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速報!調査状況を紹介します
芥見町屋遺跡(国事業)発掘作業
5月から発掘作業を開始した(国)芥見町屋遺跡の発掘状況について紹介します。現在、発掘区の南側から遺構の掘削を進めており、複数の竪穴建物が見つかっています。
今回は、発掘区の南西部で見つかった一辺約4.5mの竪穴建物について紹介します。
写真1 発掘区の南西部で見つかった竪穴建物(北西から)
この竪穴建物の南東側にはカマドが残っており、両袖には2つの川原石が用いられていました。この川原石は両方とも上部が割れており、割れ面同士がくっつくことが分かりました。意図的に割ったかどうかははっきりしませんが、もともとは一つの石だったようです。この石はカマドが使われていた時に一部が露出していたようで、火を受けた部分は赤く変色していました。
またこのカマド内やその周辺からは煮炊きに使う土師器の甕や、9世紀後半から10世紀前半頃の須恵器や灰釉陶器の碗といった食器類が見つかっています。当時の人々が竪穴建物の中でカマドを使って煮炊きをし、食事をしていた様子を垣間見ることができます。

写真2 カマドとその周辺で遺物が出土した様子(北西から)
名滝遺跡 発掘作業
今年度の発掘作業が終了しました
5月から発掘作業を開始した今年度の名滝遺跡の発掘作業が終了しました。調査地のF地点は令和2年度に発掘作業を行ったD地点とE地点の間にあたり、耕地整理前の水田畦畔などの区画、溝、土坑などが見つかりました。畦畔の区画は中世までさかのぼる可能性もあります。また、近世の陶磁器類など約1500点の遺物も出土しました。
10月から整理等作業を開始し、出土遺物や見つかった遺構の詳細な検討を進めていきます。

写真1 発掘区遠景(西から)

写真2 発掘区近景(西から)
芥見町屋遺跡(県事業)発掘作業
二分金形土製品が出土しました
見つかった場所は?
5月から行っていた西半部発掘区の中央部あたりで、遺物包含層から出土しました。遺物包含層からは古代から近世に至る遺物が混在した状態で出土しています。
二分金形土製品とは?
「銭貨模造品」や「模造貨幣」、「銭形土製品」などと呼ばれているもので、江戸時代の貨幣(金貨や銀貨)を土で模造したものです。大きさや模様など精巧に模倣して作っていますが、土でできているため本物とは容易に区別できます。

写真:二分金形土製品(左が表、右が裏)
今回出土した銭形土製品は二分金を模倣して作ったもので、大きさは縦2.1cm、横1.2cm、厚さ0.2cmです。二分金は江戸時代後期から明治時代初期に鋳造された貨幣で、これを模倣して造ったものと思われます。表面には上部に扇形の枠の中に桐の紋様、中央に「二分」の文字、下部に桐の紋様を描いています。裏面には「光次」の署名と花押が描かれています。
玩具や祭礼用の縁起物といった用途が推定されていますが、出土例が少なく確定的なことは分からないようです。
岐阜県内では、高山陣屋跡から二朱銀を模造したものが出土していますが、土人形などと一緒に出土したことから玩具として報告されています。
芥見町屋遺跡(国事業)整理等作業
接合作業が終了しました
昨年度に引き続き、今年度も芥見町屋遺跡(国事業)の整理等作業を実施しています。今年度は令和3年度に発掘調査を実施した1地点と、令和5年度に発掘調査を実施した8地点の整理等作業を実施しています。
(各年度の発掘調査の詳細は、以下をご参照ください。)
【令和3年度 芥見町屋遺跡発掘調査】 【令和5年度 芥見町屋遺跡発掘調査】
整理等作業は4月下旬から開始し、9月初旬までに土器の接合作業を終了しました。1地点では弥生土器や土師器が、8地点では須恵器の出土が多く、なかには完全な形に復原できる個体も幾つか含まれていました。

写真1 弥生土器・土師器の接合状況
写真2 須恵器の接合状況

写真3 接合作業の様子

