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「出土した岐阜の逸品」No2南高野古墳大型器台を紹介します
【逸品No.2】中学校教科書でも紹介された優美な須恵器の大型器台
逸品情報
大型器台が出土した古墳(石室)の様子
概要
須恵器(大型器台)口径:30cm器高:45cm8mm
精巧に作られた大型の高坏形器台で、器をのせる鉢部は深く、6段に分割された長い脚部は、丸や四角、三角の透し穴が開けられ、櫛状の工具により波状文や直線文が描かれています。
非常によく似たものが滋賀県宮山1号墳から出土しており、畿内から搬入されたものと思われます。
石室から64個の須恵器が見つかりましたが、この器台は一際大きく迫力のある逸品であり、中学校の歴史教科書にも掲載されました。
このような大型器台を所有できる被葬者は、畿内ともつながりのある地域の有力者であったと考えられます。
出土遺跡
南高野古墳(揖斐郡池田町片山字南高野)
濃尾平野の北西端、池田山の麓に立地する直径約22m、高さ約2m50cmの円墳と推定されます。石室の内壁はベンガラによって赤彩され、床面には須恵器・装身具・鉄製品などが置かれ、当時の姿をよく残していました。
古墳は小山状に残るため、その存在を知られることが多いですが、この古墳は近世に起こった河川の氾濫によって完全に埋没していたことから全く知られていませんでした。また、古代の地震によって石室が崩れ、中に入ることができなくなっていました。
南高野古墳は、当時の人々にも大きな被害を与えたと思われる洪水や地震によりその姿を隠し、盗掘を免れたことによって当時の姿をよく残すものとなったのです。
出土状況
石室内の奥壁近くで倒れた状態で出土しました。埋葬は3回以上行われたと考えられますが、一番奥で見つかり、石室内の須恵器の中では古い様相(築造当初:6世紀後半)を示すことから、最初の埋葬で供えられたものと思われます。
奥壁近くで出土した大型器台