ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ

本文

15美濃蘭学の祖_江馬蘭斎_2

岐阜県歴史資料館授業に使える当館所蔵史料

No.15美濃蘭学の祖「江馬蘭斎」

美濃蘭学の祖「江馬蘭斎(えまらんさい)」・・・・岐阜に『解体新書』がある!?【江馬家文書】 江馬蘭斎『解体新書』全6巻

玄白の講義に使っていたと思われる解体新書
江馬蘭斎肖像画解体新書画像
江馬蘭斎『解体新書』全6巻
解体新書内容の画像
玄白の講義に使っていたと思われる解体新書

江馬蘭斎略年表
いつ 年齢 できごと
延享4年(1747年)   大垣市で生まれる。
幼くして大垣藩医江馬元澄の養子になる。
安永3年(1774年) 28歳 元澄が死去し江馬家を継ぐ。大垣藩医となる
天明7年(1787年) 41歳 長女細香(さいこう)が生まれる。
寛政4年(1792年) 46歳 江戸に出て杉田玄白から「解体新書」の講義を受ける。
寛政5年(1793年) 47歳 前野良沢に師事して蘭学を学ぶ。
寛政7年(1795年) 49歳 大垣に帰り藤江村で開業する。
蘭学塾「好蘭堂」を開く。
寛政10年(1798年) 52歳 西本願寺の文如上人の病気を治し有名になる。
文化13年(1816年) 71歳 「五液診法」を刊行する。
天保9年(1838年) 92歳 死去

解説

『解体新書』は、「序図」と「本編(巻之一・巻之二・巻之三・巻之四)」の全5巻から構成されている。序図には、体の内部の様子を各臓器ごとに分け詳細に描かれている。さらに、その描かれた体の内部の様子を本編で詳しく解説している。当館は、実物の『解体新書』全5巻を保存している全国でも稀な資料館である。では、なぜ、『解体新書』が岐阜に残されたのであろうか。それは、西美濃を中心に蘭学を広めた人物がいたからである。江馬蘭斎という。蘭斎は、養父のあとをついで大垣藩の藩医となった。向学心旺盛な蘭斎は、46歳という高齢にもかかわらず江戸に出て、杉田玄白や前野良沢から蘭学を学び、3年間で西洋医学の基礎やオランダ語を習得し帰郷した。おそらく当館が所蔵する『解体新書』は、蘭斎が玄白から講義を受けた時に使っていたものかと思われる。
寛政7(1795)年、蘭斎は藤江村(現大垣市藤江町)で開業し、美濃初の蘭学塾「好蘭堂」(こうらんどう)を開いた。そこでは門人の育成に力を注ぎ、藩主から褒詞を贈られたという。好蘭堂は、寛政7年から明治18(1885)年までの間に県内外を含めて331名の人が学んだ(『岐阜県近世医学史』)。蘭斎が用いた『解体新書』は、多くの門人にも使われたという。蘭斎は西洋医学の基礎となる解剖学の知識や技能を西美濃に広めるとともに、科学的なものの見方や考え方を養う役割を果たしたと思われる。
また、蘭斎は日本初の西洋内科診断書といわれる『五液診法(ごえきしんぽう)』を著し、発刊が許されたのは完成から15年後の文化13(1816)年であった。この本は、汗、唾液、嘔吐、尿、大便の5つから内科的な診断を下す方法を述べたもので、当時の日本の医学界に大きな影響を与えたといわれており、その書物も当館が所蔵している。西美濃で蘭学の普及に貢献した蘭斎の功績は実に大きいと思われる。
蘭斎エピソードその1
 蘭斎はかなりの倹約家であったようである。硯(すずり)の水も雨水を受けて使っていたという。なぜ水が豊富な大垣でそのようなことをするのかと問われると、「こういう小さなことから倹約する気持ちをもたなければ、本当の倹約はできない」と答えたという。
しかし、師の前野良沢が困窮しているのを知ると、愛読書を売って金に換え、師に送金するなど、倹約に走るだけではない一面もあった。
その事実を裏付ける書状が当館にある。その書状は良沢から蘭斎へ宛てた礼状で、感謝の気持ちが述べられている。

蘭斎エピソードその2
 寛政10年(1798年)11月26日、江戸で『蘭学者相撲見立番付』(早稲田大学図書館蔵)が出された。これは大槻玄沢の私塾「芝蘭堂」で開かれた賀宴の余興として作られた。その中に美濃国出身の者が6名いた。しかもそのうちの4名は大垣藩医であった。江馬蘭斎は、「東前頭四」に位置づけられていた。

用語について

解体新書
 ・・・・ドイツ人医師クルムスの医学書のオランダ語訳『ターヘル・アナトミア』を翻訳した書。
著者は杉田玄白。安永3年(1774年)、須原屋市兵衛によって刊行される。
本文4巻、付図1巻。内容は漢文で書かれている。
藩医
 ・・・・江戸時代、藩に仕えた医者

褒詞
 ・・・・ほめたたえる言葉
大槻玄沢
 ・・・・杉田玄白・前野良沢にオランダ医学とオランダ語を学んだ。蘭学の入門書『蘭学階梯』を記した。

史料の授業等への利用について

申請書(様式第2号様式(第6条関係)[Wordファイル/30KB])を歴史資料館へお送り下さい。


授業に使える当館所蔵史料トップ頁へ

<外部リンク>