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第53集熊谷守一1(その2)

阜県歴史資料館所在史料目録

第53集熊谷守一文書目録

第一部史料目録

1書簡類その2(昭和16年~昭和59年)
年月日 タイトル/内容 作成 備考 文書番号
昭和16年1月1日 年賀 渡邊義一   1-1277
昭和16年1月1日 年賀 大野顕五   1-1278
昭和16年1月1日 年賀/11日の会、午前中にはお出ででなかったので残念 江見恒三郎   1-1279
昭和16年1月1日 年賀 高橋進、小林武夫   1-1280
昭和16年1月1日 年賀 画楽里吉田勝蔵   1-1281
昭和16年1月1日 年賀/4,5月頃、スケッチ旅行の計画中 関四郎五郎 関津恵、千恵の3人の連名にて 1-1282
昭和16年1月1日 年賀 神田周三   1-1283
昭和16年1月1日 年賀/倉敷大原美術館にて近代フランス絵画の研究中 水野富三   1-1284
昭和16年1月1日 年賀 能島武文 住所に「四谷区南伊賀町」も並記 1-1285
昭和16年1月1日 年賀 大野新吉 絵葉書:徳富蘇峰先生御詩 1-1286
昭和16年1月2日 年賀/広島から船で松山に渡り、徳島へ 河合敏雄 絵葉書:屋島談古嶺より北を望む 1-1287
昭和16年1月2日 年賀 旭亮弘   1-1288
昭和16年1月2日 年賀 松本弘二   1-1289
昭和16年1月2日 年賀/小包1個郵送 由井覚郎 宛名:秀子も併記 1-1290
昭和16年1月3日 年賀 秋元正雄   1-1291
昭和16年1月3日 年賀/(1)11月上旬より再上京し下宿中(2)栃木県足利郡筑波村に写生に行く予定 山口幹雄   1-1292
昭和16年1月3日 年賀 有隅善郎   1-1293
昭和16年1月3日 年賀 三浦舜太郎   1-1294
昭和16年1月5日 年賀 野田武男 康徳8年:昭和16年 1-1295
昭和16年1月5日 年賀 濱田葆光   1-1296
昭和16年1月6日 (絵葉書) 河合敏雄 絵葉書:鳴戸8枚 1-1297
昭和16年1月7日 寒中見舞 黒田重太郎 絵葉書:「牡丹」黒田重太郎画 1-1298
昭和16年1月7日 年賀 矢田部艶   1-1299
昭和16年1月8日 年賀 林武   1-1300
昭和16年1月9日 年賀 袴田円助   1-1301
昭和16年1月9日 年賀、12月妹死去、1月男子誕生/(1)濱田氏より貴兄の猫の絵を送っていただく、代金連絡を(2)帝大の医者、丸善にて貴兄の洋画を購入 木村定三   1-1302
昭和16年1月11日 年賀/昨年中に奉天の三中井百貨店にて個展開催 沼田一郎   1-1303
昭和16年1月13日 払出通知票(『改造』1月号稿料5円) 改造社山本三生   1-1304
昭和16年1月15日 年賀 小林源太郎 小林:南郊モデル協会、成層絵画研究所 1-1305
昭和16年1月15日 会葬御礼(父嗣章死去) 藤田嗣雄、嗣治   1-1306
昭和16年1月15日 会葬御礼(丁寧なる弔詞、感謝) 藤田嗣治   1-1307
昭和16年1月15日 転居通知 早川國彦   1-1308
昭和16年1月22日 晨潮会第3回展開催/三越にて 山口幹雄   1-1309
昭和16年1月24日 額縁2点、箱書き2点お渡しいたしたく 田村謹寿   1-1310
昭和16年1月27日 濱田氏より受け取った猫の絵の代金、送金 木村定三   1-1311
昭和16年1月29日 鈴木夢平氏、50才を迎え祝う会を開催/作品の御恵送を乞う 夢平氏を祝う会 発起人:村瀬馨 1-1312
昭和16年1月30日 山中にて制作中、3月末に上京の予定 旭亮弘   1-1313
昭和16年2月4日 第5回大日本海洋美術展覧会開催/趣旨、規程、出品諾否の返信用葉書 大日本海洋美術展覧会事務所   1-1314
昭和16年2月4日 晨潮会への御来場、御指導、感謝 山口幹雄 晨潮会が1月下旬に開催されたことから2月と推定 1-1315
昭和16年2月6日 善九庵での陶画制作、御苦労さまでした/また、北川民次氏と共にお越し下さい 東本春水   1-1316
昭和16年2月6日 3日前、トチ餅を送付/本年は配給とて制限されることにて作りにくく 牧野たか 宛名:秀子も併記 1-1317
昭和16年2月25日 濱田氏より画集に日本画を入れたいとの希望あり/交渉中に付、しばらくお待ちを 大下正男 大下:「みづゑ」、守一の画集制作中 1-1318
昭和16年2月26日 本日、金沢特産「カニ」を送付 福村友吉   1-1319
昭和16年2月26日 発送御案内(北沢定一フルーツキャンディ) 三中井発送部   1-1320
昭和16年3月3日 還暦記念の写真、本日頂戴、御礼 上田暁 絵葉書:伊豆大島 1-1321
昭和16年3月4日 先日送付のカニ、受け取り確認/便りがないので、病気かと心配 福村友吉   1-1322
昭和16年3月4日 噂では、2月に横井、北川氏と瀬戸に/(1)阪急美術部、本年もまた毛筆画個展開催を希望(2)昨年阪急への出品作の販売分、代金送金(3)関西画廊にて坂本氏の個展開催 濱田葆光   1-1323
昭和16年3月5日 訃報(母春子死去) 東郷青児   1-1324
昭和16年3月7日 毛筆画個展、開催の都合伺い/(1)作品の依頼(2)18日頃黒田君上京と、国枝君の来信にあり 濱田葆光   1-1325
昭和16年3月7日 「テンランカイイツゴロカイサイカノウナリヤ」 阪急百貨店 宛名:濱田葆光 1-〃
昭和16年3月7日 個展開催の依頼、4月は如何か 阪急百貨店美術部   1-1326
昭和16年3月10日 黒田重太郎氏上京に合わせ、新年会開催 二科会   1-1327
昭和16年3月10日 先日の訪問と御揮毫の御礼/(1)本日は「みづゑ」を頂き、感謝(2)4月の先生の焼き物展、今から楽しみに(3)日本画数点の依頼 木村定三   1-1328
昭和16年3月13日 作品6点完成、上京し御指導を賜りたい/新愛知新聞社の北原氏、先生の作品を希望 旭亮弘   1-1329
昭和16年3月14日 作品お揃いの節は、5月にても開催予定/その他については、作品出来上がりの上、相談 阪急百貨店美術部   1-1330
昭和16年3月15日 会葬御礼(母春子葬儀) 東郷青児   1-1331
昭和16年3月17日 ただ今、帰郷中、本月中に帰奉の予定/上京の際には、お伺いいたしたく 北澤定一 帰奉:奉天市浪速通 1-1332
昭和16年3月17日 第7回西人社展への出品依頼/全九州、朝鮮の二科出品者へ呼びかけ 西人社事務所 第7回展覧会より昭和16年と推定 1-1333
昭和16年3月25日 二科会の趣旨について/二科会員新作展覧会開催大阪高島屋にて 二科会   1-1334
昭和16年3月27日 転居通知 中野安次郎   1-1335
昭和16年4月4日 漸く式根着、これから先生推奨の岩へ行く/「おじいさん」が先生を懐かしがり、毎夜、炉端にて噂 竹谷富士雄   1-1336
昭和16年4月5日 出品承諾の御礼/明日九州に発ち、坂本先生を訪問の予定 草人社久我五千男 二科五人展の件か 1-1337
昭和16年4月7日 先日は突然お邪魔し、御指導を賜り御礼 矢田部艶   1-1338
昭和16年4月7日 総会開催の通知 二科会   1-1339
昭和16年4月9日 美術研究所編纂出版物案内 美術研究所   1-1340
昭和16年4月12日 例年どおり、5月のお出でを待つ/御馳走はないが、臨時配給などで、心配は無用 江見恒三郎   1-1341
昭和16年4月12日 二科会の方針協議会開催の案内 二科会   1-1342
昭和16年4月12日 郷里に不幸ありて、帰郷中/また上京の予定 山口幹雄   1-1343
昭和16年4月15日 阪急百貨店での個展、6月中に開催予定/(1)作品は5月10日頃までに送付を願う(2)21日、黒田氏と法隆寺壁画を見に行く 濱田葆光   1-1344
昭和16年4月15日 19日夜行にて上京、20日お迎えを乞う/東京駅着の時間は打電にて 大野新吉 1350に中止の連絡あり、よって昭和16年と推定 1-1345
昭和16年4月15日 趣味の陶画三昧展開催/熊谷守一、横井礼市、北川民次の作品 双弦会   1-1346
昭和16年4月15日 趣味の陶画三昧展開催の案内/作品は後援関係者から絶賛を浴びています 東本春水   1-1347
昭和16年4月16日 会葬御礼(夫鶴造死去) 原田たか   1-1348
昭和16年4月16日 3月に結婚、学校勤めで絵が描けない/旧友の伊藤房子氏の指導をお願いしたい 牧田正雄   1-1349
昭和16年4月19日 徳富先生入院のため、上京は延期/君の家にて、そばを満腹まで楽しみたく 大野新吉   1-1350
昭和16年4月20日 この度は失礼、延期したが訪問はしたい/22日来名の由、夫人と共に御泊まりを乞う 大野新吉   1-1351
昭和16年4月26日 貴殿の経歴その他承りたく 同盟通信社調査部   1-1352
昭和16年4月26日 大阪高島屋二科会員新作展の会期決定/招待状の発送は、高島屋計画部鳥居氏まで申し込み 二科会 表「牡丹」と書込あり 1-1353
昭和16年4月26日 在京中の御指導、感謝/(1)京都にて仕事口見つかる、来年の春季まで滞在(2)法隆寺の拝観、模写の件、残念 小笠原吉郎   1-1354
昭和16年4月26日 日活との契約満了を機会に退社 田坂具隆、小杉勇、内田吐夢   1-1355
昭和16年4月26日 二科五人展、準備進行中/(1)坂本、国枝両氏の進捗状況(2)今後も年1回、東京、大阪で開催したい(3)12日頃上京、訪問の予定、都合は如何か 草人社久我五千男   1-1356
昭和16年5月2日 昨日、夏みかん1箱送付/(1)明後日、室戸岬に行き、3ヶ月ほど滞在の予定(2)黄ちゃんが遠方へ行かれたこと、杉本さんから聞く 玉井安武   1-1357
昭和16年5月3日 来名感謝、「趣味の陶画三昧展」も盛況に終了/(1)第4回双弦会日本画展開催に付、揮毫お願い(2)北川、横井両先生にも出品を依頼 東本春水   1-1358
昭和16年5月3日 第7回西人社展覧会開催 西人社事務所   1-1359
昭和16年5月3日 福岡にて西人社展出品の「道」を拝見/国枝先生から8号が1点、完成しているとの連絡 草人社久我五千男   1-1360
昭和16年5月4日 先日の訪問、作品とお土産を頂いた御礼/(1)安部は旅行中(2)直美は先生宅の庭で見た動物の話をする 安部小澄 宛名:秀子も併記 1-1361
昭和16年5月5日 第7回西人社展への出品御礼 西人社事務所   1-1362
昭和16年5月6日 絵の批評いただきたく御都合は如何か/5月11日、熊坂君と訪問の予定 中村徳二郎   1-1363
昭和16年5月6日 大阪高島屋二科会員新作展の会期変更/6月1日から5日まで 二科会   1-1364
昭和16年5月12日 新作展紹介状の件、至急連絡を/大阪高島屋計画部鳥居氏宛 二科会   1-1365
昭和16年5月14日 観音像の代価、為替にて送金/(1)二科小品展の作品制作中(2)来月の阪急での展覧会、楽しみに 濱田葆光   1-1366
昭和16年5月15日 本日、招待日にて非常の前人気/北川、横井両先生、本日来名の予定 東本春水   1-1367
昭和16年5月15日 遺作展開催に当たり、追悼会開催 長谷川利行氏追悼会 幹事:矢野文夫外4人 1-1368
昭和16年5月15日 岡田三郎記念像建設趣意書/寄付金申込書、振込書 故岡田三郎助記念像建設委員会   1-1369
昭和16年5月17日 訃報(一子真佐子死去) 石川真五郎   1-1370
昭和16年5月19日 阪急展での出品作到着/阪急に搬入前に、作品を愛好者に4点分ける 濱田葆光 書込(メモ)あり 1-1371
昭和16年5月20日 過日のお邪魔の御礼、同日帰阪/(1)明日から開催(2)奉祝展出品の「畝傍山」、御所蔵か否か、連絡を乞う 草人社久我五千男 二科五人展の件 1-1372
昭和16年5月20日 友人が薫製を製造、試食の上、批評お願い 田口省吾   1-1373
昭和16年5月20日 6月に阪急で展覧会の由、お出でを乞う/(1)黄さん、大変都合よくいかれておめでたく(2)信時さんの所は如何か 江見恒三郎   1-1374
昭和16年5月21日 双弦会展賛助出品御礼、謝礼送金/作品は近日中に発送 東本春水   1-1375
昭和16年5月21日 阪急より電報あり/会場の充美会はよい部屋にて 濱田葆光   1-1376-1
昭和16年5月20日 「ロクガツソウソウジュウビカイニテカイサイノヨテイ」(6月早々充美会にて開催の予定) 阪急百貨店 宛名:濱田葆光 1-1376-2
昭和16年5月22日 阪急より開催日の連絡あり、11日から15日に/(1)紅梅図、表装の折に変色に付、お知らせ(2)阪急の山内君、上京中、お邪魔する予定 濱田葆光   1-1377-1
昭和16年5月21日 「11ヨリ15マデ」 阪急百貨店 宛名:濱田葆光 1-1377-2
昭和16年5月25日 転勤通知/東洋紡株式会社勤務 早川次郎、頼子   1-1378
昭和16年5月26日 二科五人展、本日好評裏に終了、感謝/2点売約、「裸」が残る、近く上京の予定 草人社久我五千男   1-1379
昭和16年5月27日 阪急個展の作品到着/私のために椿、蒲公英2点ずつ御揮毫、感謝 濱田葆光   1-1380
昭和16年6月3日 在京中、御世話になり御礼/5月末に幸袋に着くが、荷物まだにて絵は描けず 徳永秀夫、はる子   1-1381
昭和16年6月5日 藤川勇造君七回忌に当たり、偲ぶ会開催 藤川勇造氏追悼会 発起人:有島生馬外5人 1-1382
昭和16年6月7日 阪急の展覧会、先生来阪か否か 濱田葆光   1-1383
昭和16年6月8日 来訪の上、御指導に感謝/猫の画の色紙を賜り、感謝 井原元正   1-1384
昭和16年6月10日 結婚並びに住居通知 小柳實、政枝   1-1385
昭和16年6月11日 転居、筆耕生の見習いとして働く/原勝四郎氏宅へ訪問いたしたく 小笠原吉郎   1-1386
昭和16年6月15日 北海道に滞在中、近く帰京の予定/うっかり絵を描くこともできない 青山龍水   1-1387
昭和16年6月15日 東京美術家常会城西部発会/発会式、6月21日、池袋第5国民学校 東京美術家常会城西部 有志:浅野薫外30人 1-1388
昭和16年6月17日 御指導への御礼/熊坂君もお伺いしたい旨、次の日曜の御都合は如何 中村徳貴郎   1-1389
昭和16年6月18日 本日、新巻鮭送付 青山龍水   1-1390
昭和16年6月19日 個展盛況裏に終了、御尽力感謝/以前にお願いした箱書きの蓋、所在確認 阪急百貨店美術部土井憲治   1-1391
昭和16年6月20日 阪急の日本画展にて作品拝観/「どくだみ」売約済みにて、御揮毫を願う 大久保久三   1-1392
昭和16年6月21日 作品代金の送付/表具代領収証 阪急百貨店美術部松浦正   1-1393
昭和16年6月24日 展覧会開催に付、賛助出品のお願い/出品規程、出品目録 嶽陽記念美術館建設事務所   1-1394
昭和16年6月26日 作品3点入手、感謝/今度の会は大阪前田万竹堂に表装を依頼 『汎究美術』編集部山内金三郎 展覧会の開催と『汎究美術』から昭和16年と推定 1-1395
昭和16年6月26日 武道大会後援の御揮毫承諾、感謝/大写真帳作成に付、略歴など送付お願い 全国壮丁訓練武道大会本部   1-1396
昭和16年6月26日 画仙紙入荷のお知らせ 横井誠   1-1397
昭和16年6月28日 二一ヒノ(ウケトリショウ)オクレ 阪急 1393の関連 1-1398
昭和16年6月 創刊70周年記念の御揮毫依頼 報知新聞社長三木武吉 郵送にあらず 1-1399
昭和16年7月1日 作品代金2点分、送付/名古屋にて横井君に会われた由、同君元気にてなにより 濱田葆光   1-1400
昭和16年7月2日 箱書き受領、御礼 阪急百貨店美術部土井憲治 絵葉書:井上幸画 1-1401
昭和16年7月2日 一昨日は、誠に有難く/ホタルはまだ見ず 河合敏雄   1-1402
昭和16年7月4日 瀬戸でお描きの志野茶碗焼き上がり/蟷螂の茶碗が一番よい出来か 木村定三   1-1403
昭和16年7月4日 先生の作品の件、無事連絡が着く/いずれ、帰京の節に 榎倉省吾   1-1404
昭和16年7月4日 『月明』8月号スケッチ依頼 『月明』編集部   1-1405
昭和16年7月6日 先般来、病気にて引き籠もり/来週中には御面会できるかと 千田平要太郎   1-1406
昭和16年7月6日 美術家倶楽部参加の件、至急申し込みを/添え書き「湯沢先生も参加」 軽井沢美術家倶楽部仮事務所   1-1407
昭和16年7月8日 帝国文化協会発足、事業要項/美術品の斡旋内容、入会申込書 帝国文化協会   1-1408
昭和16年7月8日 御揮毫受領、御礼と送金/葉書は小生の子の絵にて 大久保久三 絵葉書同封 1-1409
昭和16年7月8日 田口省吾氏新作油画展覧会開催/高島屋にて 田口省吾   1-1410
昭和16年7月16日 第28回二科美術展覧会出品目録(14枚)/二科美術展覧会出品票(22枚) 二科会   1-1411
昭和16年7月20日 照子と結婚、御縁繋がる光栄/(1)当地に在住したるも挨拶にも参らず、失礼の段、御容赦(2)何卒、御引見に賜りたく、お願い(3)直彦氏に紹介の労を頼むも叶わず 新谷寛二   1-1412
昭和16年7月22日 名古屋の鵜城氏依頼の焼き付けを送付 佐野進   1-1413
昭和16年7月23日 嶽陽記念展覧会開催に付、賛助出品のお願い/9月中旬、三越本店にて開催 嶽陽会   1-1414
昭和16年7月24日 作品持参の上訪問致したし、都合伺い 福村友吉   1-1415
昭和16年7月26日 非公開     1-1416
昭和16年7月26日 先生の半折の画料、画商より受け取る/本日帰京、早速お伺いします 榎倉省吾   1-1417
昭和16年7月28日 本日、子ども用に煎餅を発送/東京は御菓子欠乏の由 大野新吉   1-1418
昭和16年7月30日 8月1日より夏休みにて、上京の予定/絵を持参し参上、御指導を乞う 旭亮弘   1-1419
昭和16年7月30日 国枝君を見舞う、経過は順調/注文の絵具、ビチユムだけ製造していない 濱田葆光   1-1420
昭和16年7月31日 先日の御指導の御礼/先生や原勝四郎さんの話を聞くと、感激がこみ上げる 福村友吉   1-1421
昭和16年7月 回覧板(第1号)/第2回総会開催、8月10日 東京美術家常会城西部 1388の関連から昭和16年7月と推定 1-1422
昭和16年8月1日 記念号に、後援者として貴名掲載の諾否/創刊8周年記念号 画室社山本廣洋   1-1423
昭和16年8月2日 暑中見舞/勤めが忙しく、出品作完成せず 徳永秀夫   1-1424
昭和16年8月5日 暑中見舞 金宗燦   1-1425
昭和16年8月6日 弊社製造油絵具を送付/濱田先生の命により 桜商会井上源治郎   1-1427
昭和16年8月8日 展覧会場での高作拝見を鶴首 石本三十二 表書「西田美代子様気付」とあり 1-1428
昭和16年8月10日 一行5名で当地に参る 明石哲三 絵葉書:琉球の墳墓 1-1429
昭和15年8月10日 夏休みには黄ちゃん、萬ちゃんを飛騨へ/墓石の題字を描いていただきたく、お願い 熊谷敏子   1-1430
昭和16年8月11日 野菜を2カゴ送付 福村友吉 宛名:秀子も併記 1-1431
昭和16年8月12日 展覧会予定日割 二科会 1433も同封してあった 1-1432
昭和16年8月11日 二科展現職絵葉書制作に付、撮影日、画題の連絡を乞う 美術工芸会 1432に同封してあった 1-1433
昭和16年8月15日 第28回二科美術展覧会目録の表紙絵依頼 二科会安部治郎吉   1-1434
昭和16年8月15日 二科会出品作送付の連絡/東京府美術館宛発送 田中太郎   1-1435
昭和16年8月16日 残暑見舞 片桐勝昌 (1)片桐:豊島区会議員、財務委員長(2)写真:抗州前線、南京 1-1436
昭和16年8月17日 上京の際の御指導、御礼/18日から30日まで、国民学校の講習に参加 旭亮弘   1-1437
昭和16年8月18日 二科会出品作送付の連絡/秋には、北川先生と共に「陶土を愛好する会」を持ちたい 東本春水   1-1438
昭和16年8月19日 貴作所蔵者の住所、氏名、回答の御礼 大禮記念京都美術館長戸津吉之助   1-1439
昭和16年8月19日 見舞の手紙に対する御礼/快復に付、月末には退院、今秋は上京できず 国枝金三   1-1440
昭和16年8月21日 (前欠)丸木と結婚/日本画の材料で描いたので、御批評を 赤松俊子   1-1441
昭和16年8月22日 二科会出品作送付の連絡/玉井君と一緒に運送屋に頼む 鈴木國威   1-1442
昭和16年8月23日 二科会出品作搬入の連絡 小川勝蔵   1-1443
昭和16年8月25日 二科会出品作搬入番号の連絡/先日は突然お邪魔し、御礼 里見常夫   1-1444
昭和16年8月27日 二科展出品作で、会心のもの拝見したし/依頼した箱書きは如何に 田村謹寿   1-1445
昭和16年8月28日 当地にて作品制作の予定 赤松俊子   1-1446
昭和16年8月28日 残暑見舞/荻野康児朝鮮風景水彩画個人展開催三越にて 荻野康児   1-1447
昭和16年8月 第28回美術展覧会開催 二科会 (1)宛名:なし(2)封筒欠 1-1448
昭和16年8月 第28回美術展覧会開催 二科会 (1)宛名:なし(2)郵送にあらず 1-1449
昭和16年8月 第28回美術展覧会開催 二科会 (1)宛名:なし(2)郵送にあらず(3)招待券2枚あり 1-1450
昭和16年9月1日 10月25日木曽行き依頼、川合夫婦が待つ/熊谷、鍋井、中川、東郷、島崎五画伯作品頒布会趣意書 新津文紀 蘇峡四皓会同人:川合勘助外5人 1-1451
昭和16年9月2日   二科会 中身欠 1-1452
昭和16年9月3日 岡田賞選考会の連絡 二科会   1-1453
昭和16年9月4日 濱田君と国枝君を見舞う/約束の唐黎のパイプと木のパイプを送付 黒田重太郎   1-1454
昭和16年9月4日 先生に相談事あり、御来訪を乞う/一昨年結婚、昨年女児誕生 佐藤しげ   1-1455
昭和16年9月5日 創刊70周年記念の御揮毫、御礼 報知新聞社長三木武吉   1-1456
昭和16年9月8日 二科出品作「桃」、購入希望/(1)赤坊もずいぶん大きくなり(2)ご来遊を乞う、猪飼氏と長良川の鵜飼い見物など 木村定三 二科出品「桃」から昭和16年と推定 1-1457
昭和16年9月8日 今年度の作品の批評、お願い 高瀬勝男   1-1458
昭和16年9月10日 新会員披露午餐会開催 二科会   1-1459
昭和16年9月10日 二科会友推薦の御礼 佐藤吉五郎   1-1460
昭和16年9月12日 二科会友推薦の御礼 旭亮弘   1-1461
昭和16年9月13日 鮎一匹汽車にて送付/本年は闇にて入手 大野新吉   1-1462
昭和16年9月14日 先日は突然お邪魔し、御指導を賜り御礼/帰途、広島の父母のもとでゆっくりした後、帰郷 立田   1-1463
昭和16年9月16日 10月から御指導を賜りたく、公休日は月2日/素描が一番苦手にて、できる限り勉強いたしたく 小崎忠夫   1-1464
昭和16年9月18日 入隊の連絡、8月末に徳さんが面会に/2日に二科に行くが、お会いできず 武田二郎   1-1466
昭和16年9月26日 来月11日が公休にて、お伺いしたい/薄給にて、月謝は2円くらいで 小崎忠夫   1-1467
昭和16年9月29日 本校設置記念式典挙行の案内/併せて35年・ 東京美術学校長澤田源一   1-1468
25年在勤祝賀式挙行 1-
昭和16年9月29日 盛岡の寮生活報告/その内、果樹園に頼み、リンゴを送付 熊谷黄   1-1469
昭和16年9月29日 木曽行き、防空演習のため、10月25日に/(1)作品は20日前におまとめ下さい(2)小生、渡満延期に付、お供します 中川紀元   1-1470
昭和16年10月3日 訪問、御指導の御礼/小生たちは5日朝、新宿駅にて待ち合わせ、先生のお出でを待つ、この件、介山氏にも連絡 明石哲三   1-1471
昭和16年10月4日 訃報(母こま死去) 藤井浩祐   1-1472
昭和16年10月6日 歳末義金運動への揮毫お願い/名士寄贈書画即売会を開催 大阪毎日新聞社、東京日日新聞社   1-1473
昭和16年10月6日 二科展、5日日曜日に拝見する/松茸送付の予定、東京駅まで受け取りに 大野新吉   1-1474
昭和16年10月6日 宿屋等の都合により26日に変更/作品は16,17日頃に新津君が受け取りに参上 中川紀元   1-1475
昭和16年10月8日 水墨会との旅行は如何だったか/(1)名古屋の二科展、手伝いに参上、横井君の招きにて(2)先般の阪急の毛筆画、値段は如何に 濱田葆光   1-1476
昭和16年10月11日 胃病で入院、絶対安静中/代筆にて手紙、本年中はお邪魔できず 中村徳二郎   1-1477
昭和16年10月11日 今夕、松茸発送、池袋駅朝着/荷物発送困難、速達を出す 大野新吉 小荷物切符あり 1-1478
昭和16年10月15日 当市開催の二科展にて「桃」を拝見す/知人の画家、鈴木清氏への指導お願い 木村定三 (1)郵送にあらず、表書「鈴木清氏持参」とあり(2)二科展「桃」より昭和16年と推定 1-1479
昭和16年10月15日 阪急の残り「蟋蟀」「マツムシ草」の購入希望あり/値段の連絡を待つ 濱田葆光   1-1480
昭和16年10月15日 画仙紙極少数入荷のお知らせ/今回は5枚くらいでご容赦願いたく 横井誠   1-1481
昭和16年10月19日 二科大阪展が近づき、来阪を期待/川上君は11月1,2日大阪にて演奏会 江見恒三郎   1-1482
昭和16年10月19日 盛岡の寮生活報告/(1)南部へ送付した同じリンゴを送付(2)信時さんのところの太郎さん、そんなに悪いのですか 熊谷黄 宛名:熊谷秀子 1-1483
昭和16年10月22日 大阪に出るはずが、来月初めまでこちらにいる予定/防空演習、警戒管制、食糧不足 佐藤しげ 宛名:秀子も併記 1-1484
昭和16年10月22日 岐阜県郷土美術連盟結成/(1)貴名の拝借をお願い(2)名簿には早川、坂井、村田、浅井、里見、三田村、山川等 大野新吉   1-1485
昭和14年~16年10月26日 26日は信州旅行の由、鍋井君も参加とか/(1)今日より大阪二科展開催に付、午後から大阪へ出掛ける(2)先般貴台の毛筆画を所望する方へ50円で販売 濱田葆光 宛先住所、大阪二科展日付から14~16年と推定 1-1486
昭和16年10月27日 先日の訪問、御指導の御礼/絵の勉強は見込みないようなので、一時中止に致したく 小崎忠夫   1-1487
昭和16年10月28日 訃報(父山口順吉死去) 山口シヅ   1-1488
昭和16年10月28日 書留受領/終業年限短縮のため、土曜日も7時間授業 熊谷黄   1-1489
昭和16年11月3日 会葬御礼(父山口順吉葬儀) 山口シヅ   1-1490
昭和16年11月4日 歳末義金運動への揮毫快諾御礼/揮毫用紙別便にて発送 大阪毎日新聞社   1-1491
昭和16年11月6日 濱田氏御世話の2軸代金送付/「コオロギ」「マツムシ草」頂戴にて 森田淳一   1-1492
昭和16年11月12日 御用命の小画仙紙入荷 心正堂筆墨舗   1-1493
昭和16年11月22日 大阪、京都、奈良の諸寺を拝観/次に原さんに手紙を書くつもり 小笠原吉郎   1-1494
昭和16年11月24日 台湾新竹州に出向に 水野富三   1-1495
昭和16年11月25日 湯沢三千男内務次官就任祝賀会開催 日動画廊長谷川仁   1-1496
昭和16年11月26日 文士連中、従軍に際し、貴兄宅訪問の希望/加納さんが手紙にて要望、住所など連絡済 小笠原吉郎   1-1497
昭和16年11月27日 火災保険契約満期御通知 明治火災海上保険株式会社   1-1498
昭和16年11月27日 時候御機嫌伺い/杉本、橋本兄から時々東京の様子を伺う 徳永秀夫   1-1499
昭和16年11月 異動挨拶/北京育成学校から国立北京芸術専科学校へ 石塚太喜治   1-1500
昭和16年11月 即売会開催につき、御揮毫お願い 朝日新聞厚生事業団歳末厚生週間係   1-1501
昭和16年12月2日 転勤通知/名古屋支店から大阪支店へ 吉田秀雄   1-1502
昭和16年12月2日 11月25日退院/その内に会社も閉塞、何事にも気を遣わぬようにしたい 中村徳二郎   1-1503
昭和16年12月3日   明治火災保険株式会社峰田八良 中身欠 1-1504
昭和16年12月5日 12月8日貴兄宅訪問を希望、御都合伺い 木村定三   1-1505
昭和16年12月8日 即売会開催に際し、揮毫拝受/色紙1枚 朝日新聞厚生事業団歳末厚生週間係   1-1506
昭和16年12月9日 大東亜戦争勃発にて意識高揚/去る6日より出社を始める 中村徳二郎   1-1507
昭和16年12月9日 「柿」の色紙、箱書き感謝/(1)「富士」と共に朝夕眺める(2)鍋井、島崎、東郷さん間に合わず、信州行き遅れる 新津文紀   1-1508
昭和16年12月9日 北斗会展のための賛助出品、感謝/先生の作、200円にて購入いたしたく、送金 東本春水 目録同封とあるも欠 1-1509
昭和16年12月11日 会葬御礼(子:茂葬儀) 青木明富   1-1510
昭和16年12月13日 名士寄贈書画即売会に際し、揮毫拝受 大阪毎日新聞社   1-1511
昭和16年12月13日 北斗会展、盛会裏に閉会、出品感謝/(1)来春に第5回双弦会展「名作小品を鑑賞する会」を開催(2)熊谷、北川、中川、野間、横井先生に依頼の予定 東本春水   1-1512
昭和16年12月15日 一昨日の作品に対する指導、御礼 鈴木清   1-1513
昭和16年12月17日 画集刊行に当たり、所蔵の物から選定を 田村謹寿   1-1515
昭和16年12月18日 岐阜合同新聞発足、新年号への御揮毫依頼/色紙は小包便にて発送 岐阜日日新聞社 荷札、切手あり 1-1516
昭和16年12月18日 日本紳士録原稿蒐集に付、お願い/申込書、「御投函に就き御注意」 交詢社日本紳士録編纂部   1-1517
昭和16年12月19日 画集刊行に付、所蔵作品の収載依頼/所蔵作品の画題、大きさの回答依頼 日動画廊長谷川仁 出版賛助者:有島生馬外16人 1-1518
昭和16年12月19日 先日は電報を頂戴し、感謝/ハムを送付、来名の際は木村氏と共にお待ち受け 猪飼正一   1-1519
昭和16年12月23日 『画室』誌代6ヶ月分振込お願い/郵便払込票 画室社山本廣洋   1-1520
昭和16年12月25日 会社失職、拝趨を得、御指導を賜りたく/熊谷六郎氏住所不明につき、御回送お願い 新谷寛二   1-1521
昭和16年 昨秋二科展にて「湯檜曽の朝」に出合う/(1)私の熊谷守一論の相手は旭亮弘君(2)お目にかかり、客間に熊谷さんの絵を加えたい (差出人不明) (1)封筒欠(2)二科展「湯檜曽の朝」出品は昭和15年 1-1522
昭和16年 一度帰郷、決定、土産送付/日本海方面から帰る予定 北澤定一 帰国から昭和16年と推定 1-1523
昭和16年..21 「桑畑」、毎日うれしく拝見/上京の際、お尋ねできず、非常に残念 北澤定一 康徳8年:昭和16年 1-1524
昭和17年1月1日 年賀:「ジイチャン新年オメデトウ」 安部ちあき 羽根突きの絵あり 1-1525
昭和17年1月9日 手製「つくだに」を送付 明石哲三   1-1526
昭和17年1月9日 6日朝盛岡無事着 熊谷黄   1-1527
昭和17年1月10日 寒中見舞 岩村博   1-1528
昭和17年1月14日 訃報(父昌保死去) 川上淳   1-1529
昭和17年1月16日 寒中見舞 渡邊義一   1-1530
昭和17年1月17日 月1回の絵の指導、お願い 大沼操   1-1531
昭和17年1月19日 会葬御礼(父昌保葬儀) 川上淳   1-1532
昭和17年1月22日 お手伝いの人も決まり、家事も軌道に乗る/主人もちょっと風邪をひく 信時ミイ (1)宛名:秀子も併記(2)2銭葉書と消印から昭和17年と推定 1-1533
昭和17年1月23日 百合、波、自画像、裸婦の撮影を終える/会心の作ができたら、拝見したい 田村謹寿   1-1534
昭和17年1月24日 半弓会洋画展開催につき、出品依頼/3月上旬開催の予定 阪急百貨店美術部   1-1535
昭和17年1月28日 木村氏とお噂、先生の画を切望/ハムを送付 猪飼正一 封筒にメモ書きあり 1-1536
昭和17年1月29日 小生、岐阜中学時代の同窓/昨年より表記の所に在住、一度お目にかかりたく 福田享吉   1-1537
昭和17年1月30日 年賀、昨年中の画業について報告/二科展出品、個展開催など 田中太郎 ガリ版刷り 1-1538
昭和17年1月31日 昨日のお伺いの御礼/2月1日に大松閣(略図あり)までお越しを願う 熊谷熊雄   1-1539
昭和17年1月31日 第6回大日本海洋美術展覧会開催/規程、出品申込書、出品諾否の返信用葉書 大日本海洋美術展覧会事務所   1-1540
昭和17年2月5日 先日のお伺いの御礼/御文感謝、芝清遺作集に掲載 芝武雄   1-1541
昭和17年2月7日 先日のお伺いの御礼/芝清遺作集への弔文、感謝 関口清   1-1542
昭和17年2月9日 訃報(妻政枝死去) 小柳實   1-1543
昭和17年2月9日 東京美術家常会要諦/回覧板第4号、入会申込書 東京美術家常会城西部   1-1544
昭和17年2月17日 リンゴ、野菜など、いずれも見当たらず/不自由な物があったら連絡をされたし 熊谷黄 宛名:熊谷秀子 1-1545
昭和17年2月18日 12月に在郷軍人となり、郷里に帰る/5月頃、上京の予定 小笠原吉郎   1-1546
昭和17年2月19日 第5回半弓会洋画展開催の期日通知/3月17日から22日まで 阪急百貨店美術部   1-1547
昭和17年2月20日 奉天の洋画展で先生の絵を発見/(1)1月に上京の折、満炭寮焼失のためお伺いできず(2)画具類は大半焼失、ちょこちょこっとやっている 北澤定一 康徳9年:昭和17年 1-1548
昭和17年2月22日 マツナガ屋、送品御案内/守口漬 熊谷鋭太郎 郵送にあらず 1-1549
昭和17年2月22日 第5回半弓会洋画展開催の期日変更/(1)作品出品お願い、連絡先は座右寶刊行会後藤宛(2)吉屋信子氏よりお願いの色紙同封 阪急百貨店山内金三郎   1-1550
昭和17年2月23日 ハム送付 猪飼正一 封筒欠 1-1551
昭和17年2月 昭和愛国詩歌展覧会開催に付、揮毫依頼/(1)即売会を実施、軍用機を献納(2)要記、諾否回答用返信はがき 朝日新聞大阪本社   1-1552
昭和17年3月3日 月明文庫刊行を記念し、文庫拝呈 月明会山崎   1-1553
昭和17年3月4日 絵が分からなくなって苦しむ小生に御指導を乞う/道(修行)を否定したところに絵の三昧境があるのでは 木村辰彦   1-1554
昭和17年3月9日 美術家大会開催に付、出品依頼/作家カード作成のため、回答依頼 美術団体連盟   1-1555
昭和17年3月10日 第5回半弓会洋画展覧会、出品承諾御礼/加藤運送店が作品を頂戴に参上 座右寶刊行会後藤真太郎   1-1556
昭和17年3月11日 「此者に御渡し被下度御願申上候」/後藤真太郎氏依頼の大阪行き作品6号1点 加藤運送店 紹介状か 1-1557
昭和17年3月12日 愚妻に作品4点お渡し下され、感謝/東郷氏の鹿児島行き、奥さん病気に付いつになるか不明 新津文紀   1-1558
昭和17年3月15日 個展開催、3月18日から日本橋白木屋にて/(1)タイ、ビルマ等へ絵行脚の成果を発表(2)中里さんにも連絡 明石哲三   1-1559
昭和17年3月17日 「タラウケサヤスラカニシス」(太郎今朝安らかに死す) 信時潔   1-1560
昭和17年3月23日 訃報(父岡野栄死去) 岡野猛雄 岡野栄:女子学習院教授 1-1561
昭和17年3月23日 資材統制に付、絵絹購入の方法/画仙紙上品入荷のお知らせ 心正堂本舗   1-1562
昭和17年3月23日 春季二科展会期変更通知/4月22日から26日まで 二科会   1-1563
昭和17年3月25日 会葬御礼(父岡野栄葬儀) 岡野猛雄   1-1564
昭和17年3月27日 画箋紙送付、気の向くまま制作依頼/内製のカステラ送付 猪飼正一   1-1565
昭和17年3月28日 展覧会切符の御礼、参観の感想/(1)私の小作品を送付(2)先生の画集、出来上がるのが楽しみ 福村友吉   1-1566
昭和17年4月5日 第5回半弓会洋画展出品御礼/盛会裏に閉会 阪急百貨店美術部   1-1567
昭和17年4月9日 送金御案内状、支払金額300円 阪神急行電鉄株式会社経理部会計課   1-1568
昭和17年4月11日 名作画帖展を5月に開催に付、賛助お願い/(1)画帖は11枚を1組として3組お願いしたい(2)4月25日に北川先生来名に付、それまでに完成を 東本春水 郵便切手5銭は昭和17年4月より推定 1-1569
昭和17年4月12日 東郷さんの鹿児島行き、未だに待ちぼうけ/お詫びを兼ねて、お願いに伺う、明後日の都合は如何か 新津文紀   1-1570
昭和17年4月13日 『汎究美術』、『翠彩』を併合し『美術・工芸』に/御購読申し込みを乞う 『美術・工芸』編集部   1-1571
昭和17年4月19日 今日、京浜地方に空襲の報、状況は如何か 熊谷黄   1-1572
昭和17年4月21日 転宅御通知 長谷川仁   1-1573
昭和17年4月21日 先日は子どもがお邪魔をし、感謝/本日から、信州へ5,6日の予定で出掛ける 新津文紀   1-1574
昭和17年4月21日 二科展明日より高島屋で開催/(1)小生も2点出品(2)観音像残り1枚も希望者に譲る、代金送付 濱田葆光   1-1575
昭和17年4月23日 二科出品の「菜の花」、売れなければ拝見したい/観音様の密画は如何なりましたか 田村謹寿   1-1576
昭和17年4月24日 高島屋展閉会に際し、作品引き取り連絡 二科会   1-1577
昭和17年4月30日 御手紙拝見、作品出来上がりを鶴首/名古屋丸善にて長谷川利行氏の遺作展開催 猪飼正一   1-1578
昭和17年5月1日 菊名牡丹園行、参加を乞う 鈴木國威   1-1579
昭和17年5月5日 美術工芸、申し込み感謝/いつもの個展はいつ頃に開催がよいか 阪急百貨店山内金三郎 吉沢義則先生筆上代様書展開催 1-1580
昭和17年5月6日 領収書(阪急美術予約金) 『美術・工芸』編集部   1-1581
昭和17年5月8日 東大寺、法隆寺を拝観して帰京の予定 小笠原吉郎   1-1582
昭和17年5月8日 二科春季展一般作品不振とのこと/(1)先日の書留の受け取り、確認(2)国枝君に会う、元気に 濱田葆光   1-1583
昭和17年5月8日 出陳の申込書未着、再びお願い 大日本海洋美術展覧会事務所   1-1584
昭和17年5月13日 高島屋の件あれきりにて、待っている状態/返事があり次第お伺いする予定 安部治郎吉   1-1585
昭和17年5月14日 手紙拝見、風邪に罹られた由/橡の実を戴き、感謝 濱田葆光   1-1586
昭和17年5月15日 阪急百貨店美術部退職し、独立/日本画作品鑑賞展開催 天賞堂画廊土井憲治   1-1587
昭和17年5月16日 「ジイチャン、ワタクシモオキテエヲカイタリシテアソンデイマス」 安部ちあき クレヨン画あり 1-1588
昭和17年5月16日 非公開     1-1589
昭和17年5月22日 油絵で「静物」を1枚希望 田村謹寿   1-1590
昭和17年5月28日 三向会第1回展覧会開催に付、揮毫依頼/日本画2点を希望 青樹社鈴木里一郎 会員:石井柏亭外9人 1-1591
昭和17年5月30日 画5点拝受、感謝、代金200円送付/併せて不足気味の物、送付 猪飼正一   1-1592
昭和17年5月30日 水稲荷神社境内の二階を借りる/就職口も加納さんの弟に依頼中 小笠原吉郎   1-1593
昭和17年6月4日 先日の感謝、大変喜んでいただけた/木曽山中でとれた蕨を少々、送付 新津文紀   1-1594
昭和17年6月5日 小品展開催に付、作画3点お願い/例年の日本画展、小生宛に遠慮なく申し付け下さい 阪急百貨店山内金三郎   1-1595
昭和17年6月9日 昨日田口氏を訪ねるに病気のため帰郷/明日は全日本彫塑家連盟会の集いありて不在 石川確治   1-1596
昭和17年6月19日 鰯のつくだに、少々ですが送付 明石哲三   1-1597
昭和17年6月19日 結構な干物を頂き、感謝/(1)田口氏は秋田へ帰郷(2)石井柏亭氏から雑誌を借用、近日中にまとめる(3)卯刀を購入、ご来遊を乞う 石川確治   1-1598
昭和17年7月1日 趣意書を同封、御高覧を/作品の制作をよろしく 新津文紀 「熊谷守一画伯作品頒布会趣意書」あり 1-1599
昭和17年7月3日 秋の洋画展開催の承諾、感謝/本月中旬、上京の折、参上の予定 天賞堂画廊土井憲治   1-1600
昭和17年7月9日 青樹堂退社、洋画商として独立挨拶 川邊敏哉   1-1602
昭和17年7月9日 12日、大月駅付近日帰り写生会のお誘い/安部治郎吉氏、橋本氏参加の予定 深瀬武一   1-1603
昭和17年7月14日 写生の収穫は如何か/昨夜から埼玉県寄居に逗留、是非ご来遊を 河合敏雄   1-1604
昭和17年7月17日   新美社山本廣洋 (1)中身欠(2)「画室社山本廣洋」あり 1-1605
昭和17年7月18日   坂本重蔵 中身欠 1-1606
昭和17年7月21日 ご厄介の上、結構な品まで頂戴し感謝 福田久良 消印の「7」から昭和17年と推定 1-1607
昭和17年7月29日 第2回忠愛美術院展覧会開催 忠愛美術院 招待券あり 1-1608
昭和17年7月31日 制作された画書、さらに希望/(1)食用油送付(2)木村君から貰った書「流水不浄先」が面白く 猪飼正一   1-1609
昭和17年8月1日 本は着々と進行/序文の件で編集者参上の予定 明石哲三   1-1610
昭和17年8月2日 茸と馬の2作売約に付、箱書きお願い/日本画個展の方は如何か 阪急百貨店山内金三郎   1-1611
昭和17年8月2日 (臨海修養団先から)もうじき帰る予定/お土産に鯵の干物を120枚注文した 熊谷榧 (1)「十文字高女」とあり(2)秋葉先生の手紙同封 1-1612-1
昭和17年7月29日 十文字高女臨海修養団総勢77名、25日より開始 秋葉馬治 榧の手紙に同封 1-1612-2
昭和17年8月4日 7日から15日まで信州上林ホテルにて待つ/奥様等お帰り次第、早速お出かけを 猪飼正一   1-1613
昭和17年8月5日 9,10日頃、上京の予定/絵の御指導を乞う 旭亮弘   1-1614
昭和17年8月5日 画集、御希望の通り川合、木村氏に発送 日動画廊   1-1615
昭和17年8月6日 二科展出品前に作品を拝見いたしたし/観音様は気が向いたときに力作を 田村謹寿   1-1616
昭和17年8月7日 暑中見舞 牧田正雄   1-1617
昭和17年8月8日 時候御機嫌伺い/今年は学校の方が忙しく絵も描けなかった 徳永秀夫   1-1619
昭和17年8月9日 絵画寄贈、御礼 霞ヶ浦海軍航空隊副官   1-1620
昭和17年8月10日 二科展出品の予定/先月末、守口漬け送付 里見常夫 前後の手紙から昭和17年と推定 1-1621
昭和17年8月11日 絵の代金50円、送金 阪急百貨店山内金三郎 小為替證書あり 1-1622
昭和17年8月12日 展覧会日程、動静報告 二科会   1-1623
昭和17年8月12日 青蛙、つゆ草頂戴して参りました 新津文紀   1-1624
昭和17年8月12日 画廊案内 天賞堂画廊   1-1625
昭和17年8月13日 母の四十九日後、上京の予定/桃を少々、送付 小笠原吉郎   1-1626
昭和17年8月14日 9月17日、猪飼氏と上京、お伺いの予定/二科展、満州国国覧展など見物 木村定三   1-1627
昭和17年8月15日 時候御機嫌伺い、信時氏さぞ落胆のことと/其道、川越に行っているのでお伺いするかも 江見恒三郎   1-1628
昭和17年8月19日 阪急の箱書の件、御礼 萬竹堂前田武夫 1611の件 1-1629
昭和17年8月1日? 絵葉書の作品、完成したら連絡を乞う 美術工芸会 二科展用絵葉書作成の件 1-1630
昭和17年8月20日 日本画扇面展覧会、御厚志御礼/先月末より当地に滞在中 坂本重蔵 写真:東西名家日本画扇面展覧会 1-1631
昭和17年8月21日 二科展出品作搬入の連絡 小川勝蔵   1-1632
昭和17年8月22日 昨日、二科展出品作搬入の報告/ボール紙に描いたため、受付に手間取る 吉川豊輔   1-1633
昭和17年8月24日 先日、お伺いできなかったことへのお詫び/(1)9月に上京の予定(2)画集の出版所知りたし 福村友吉   1-1634
昭和17年8月24日 二科展出品の連絡/入選の際には上京の予定 里見常夫   1-1635
昭和17年8月24日 出発に際してのご厚意、御礼 寺田竹雄   1-1636
昭和17年8月24日 二科展出品作搬入の連絡 鈴木國威   1-1637
昭和17年8月25日 先日、突然参上したことへの御礼/こちらの都合で芦屋へ帰ることになった連絡 江見其道   1-1638
昭和17年8月25日 入隊挨拶/台北市第5部隊永島隊 宮内武雄   1-1639
昭和17年8月27日 北斗会、双弦会への賛助出品、感謝/(1)出品御礼として500円送付(2)先日、北川先生と共に朝鮮の田舎を旅する(3)先般発行の画集2冊をお頒けいただきたく 東本春水 (1)封筒欠(2)画集から昭和17年と推定 1-1640
昭和17年8月27日 其道が御世話になり御礼/(1)画集、余分がありましたらお譲り下さい(2)北川画伯が写生して居られるとか、二科展が楽しみ 江見恒三郎 其道の訪問から昭和17年と推定 1-1641
昭和17年8月27日 二科新会友2名推挙の連絡を乞う/代行委員会にて取りまとめ、評議委員会席上で発表 二科会代行委員   1-1642
昭和17年8月28日 画廊案内 天賞堂画廊 1625と同一、昭和17年と推定 1-1643
昭和17年8月30日 青樹社鈴木氏より評議員招待の申し出 二科会   1-1644
昭和14年~17年9月1日 今回の特待への御礼/今後とも御指導、御後援のお願い 旭亮弘 (1)「26年で初めて親孝行」とあり(2)宛先住所から14~17年と推定 1-1645
昭和17年9月5日 新会員、新会友の懇親会開催 二科会   1-1646
昭和17年9月~.7 先日はお邪魔をいたし楽しい一刻を感謝/(1)当地名産の漬物を送付(2)画集は日動画廊へ申し込む 東本春水 (1)1640と関連、画集から昭和17年と推定(2)東本の名刺1枚あり 1-1647
昭和17年9月8日 本屋さんのお伺い延期、10日前後に 明石哲三   1-1648
昭和17年9月9日 例年の行事として、今夕鮎を送付す 大野新吉   1-1649
昭和17年9月12日 昨年の阪急の残りから、3点売れる/個展をめざして制作中 濱田葆光   1-1651
昭和17年9月21日 画集を一部頂戴いたしたい 坂本重蔵   1-1652
昭和17年9月22日 名士寄贈書画即売会に際し、揮毫お願い 大阪毎日新聞社、東京日日新聞社   1-1653
昭和17年9月25日 柿の絵、描き直しを求む/作品代金と画箋紙を送付 猪飼正一   1-1654
昭和17年9月29日 写生旅行、10月1日夜出発に変更 橋本光雄   1-1655
昭和17年9月30日 転勤通知/三井鉱山株式会社に勤務 林一郎   1-1656
昭和14年~17年8月9日 神戸風物展開催/9月6日から8日まで、三越ギャラリーにて 神戸市観光課長甲斐軍喜 内容から14年以降、東京市から18年7月までと推定 1-1657
昭和17年9月 第2回絵画展覧会開催/日本美術協会列品館にて 創元会 封筒欠、招待券2枚あり 1-1658
昭和17年10月8日 熊谷守一画集出版記念会開催/二科出品のツツジ山、湯沢様より話があり、赤札に致す 日動画廊長谷川仁   1-1659
昭和17年10月12日 記念会後の2次会開催の連絡/(1)湯沢、牛尾、有島、桑原と小生にて、牛尾氏の招待(2)湯沢氏の親戚の青年、花の絵2点を希望 日動画廊長谷川仁   1-1660
昭和17年10月13日 お尋ねの水明楼の場所について連絡 杉本孝一   1-1661
昭和17年10月14日 水明楼でなく山水楼の間違い、訂正 杉本孝一   1-1662
昭和17年10月15日 今夕、汽車便にて松茸一籠発送/交通難にて、ここ3年、上京も見合わせ中 大野新吉   1-1663
昭和17年10月18日 先月から病院通いに付、近状/川上氏の下痢、その後は如何か 江見恒三郎   1-1664
昭和17年10月18日 本刊行に当たり、御迷惑をおかけし、お詫び 明石哲三 絵葉書:「カンボヂアのアプサーラ」明石哲三画 1-1665
昭和17年10月20日 訃報(夫山本信太郎(廣洋)死去) 山本清子   1-1666
昭和17年10月23日 歳末厚生週間に際し、揮毫お願い 朝日新聞厚生事業団歳末厚生週間係   1-1667
昭和17年10月24日 転居通知/作品出来の節はまた御批評を乞う 熊坂満   1-1668
昭和17年10月24日 お嬢さんの経過、如何か/木曽にて、画会もよろしくやって帰京する予定 新津文紀   1-1669
昭和17年10月25日 二科展、盛況の報にて/(1)黒田君、阪急にて個展、国枝君また入院(2)小生の個展、青樹社なら好都合、御手配を願う 濱田葆光   1-1670
昭和17年10月27日 画会、無事終了、29日帰京の予定/お嬢さんお大事に 新津文紀   1-1671
昭和17年10月27日 会葬御礼(夫信太郎(廣洋)葬儀) 山本清子   1-1672
昭和14年~17年10月27日 上京中止のため、代金330円送付/絵の代金11枚分、小切手にて 木村定三 宛先住所と4銭切手から14年~17年と推定 1-1673
昭和17年10月29日 蛙子、稲、雨蛙の画を拝受、代金送付/(1)表装の上は、また箱書きをお願い(2)木村君の話では信州の方で展覧会をなさるとか 猪飼正一 「信州の展覧会」から昭和17年と推定 1-1674
昭和17年10月31日 双弦会秋の鑑賞会開催に付、出品お願い/色紙40枚送付、日本画33枚、書3枚、油絵3枚希望 東本春水   1-1676
昭和17年11月2日 「大下春子女史を讃へる会」開催 大下春子女史を讃へる会 大下春子:「みづゑ」(改題新美術)編集に貢献 1-1677
昭和17年11月2日 坂本繁二郎氏還暦記念出陳作写真展開催/関西画廊にて 草人社   1-1678
昭和17年11月4日 油絵の具案内 月光荘   1-1679
昭和17年11月5日 作品は20日に北川先生が受取に参上/(1)来月には大阪にて個展開催の由(2)お嬢様、ご入院とか、お大事に 東本春水   1-1680
昭和17年11月5日 上京以来、何かと御心配をおかけし、御礼/金銭については、いずれ両親からもお詫びを 牛田健太郎内圓三 「伯父様」とあり 1-1681
昭和17年11月6日 御不在中、お邪魔しお詫び/2,3日中に帰京し、参上の予定 坂本重蔵   1-1682
昭和17年11月7日 南行は頓挫、箱根の山人となる 木村辰彦   1-1683
昭和17年11月11日 鈴木さんに電話したところ、回復した様子/今日は謄写版1000枚ばかり刷らされる 杉本孝一   1-1684
昭和17年11月11日 体格検査書同封、適齢届の記入お願い/リンゴは先生の所3ヶ所と南部に送付 熊谷黄   1-1685
昭和17年11月11日 『新美』誌代5ヶ月分振込お願い 新美社山本廣洋 『新美』(改題画室) 1-1686
昭和17年11月15日 木曽へお出かけの由、傑作が楽しみ/(1)大阪の展覧会の期日はいつか、木村氏と同道の予定(2)白桃の瓶詰め送付 猪飼正一   1-1687
昭和17年11月17日 結婚式挙行挨拶 川上淳   1-1688
昭和17年11月17日 来月10日からの大阪の展覧会、楽しみに/大阪お出かけの節は、来名願いたく、猪飼氏と歓待 木村定三   1-1689
昭和17年11月19日 筆洗い用石鹸の特配連絡/榧ちゃんの御加減如何か(安部添え書き) 二科会、安部治郎吉   1-1690
昭和14年~17年11月22日 山の紅葉は今が一番美しい/今秋は紅葉の絵をたくさん描きました 旭亮弘 宛先住所から14~17年と推定 1-1691
昭和17年11月22日 名士書画彫刻即売会への揮毫お願い 朝日新聞厚生事業団歳末厚生週間係   1-1692
昭和17年11月25日 火災保険契約満期御通知 明治火災海上保険株式会社   1-1693
昭和17年11月25日 大阪での展覧会、拝見を楽しみに/木村氏とともに、御来名を乞う 猪飼正一 大阪、天賞堂による個展から昭和17年と推定 1-1694
昭和17年12月2日 小生の個展の件、煩わせ恐縮/(1)天賞堂土井君より、画帳への揮毫依頼(2)貴兄個展を、天賞堂にて10日頃より開催の予定(3)鈴木、鍋井、国枝氏の近況 濱田葆光   1-1695
昭和17年12月6日 9日の御来名をお待ち致し度/箱書きのため、筆、墨、印などの御準備お願い 木村定三   1-1696
昭和17年12月11日 本日、鰯干し少々送付 高瀬勝男   1-1697
昭和17年12月14日 16日に式を挙行、出席を乞う 玉井安武   1-1698
昭和17年12月14日 先日の突然のお邪魔、御礼/上野にて大東亜戦争展を見て帰名 熊谷朋助   1-1699
昭和17年12月17日 アパートなど入居に付、援助を願う/現在は千駄ヶ谷の照子様宅にやっかいに 日本加除出版株式会社牛田圓三 「守一伯父様」とあり 1-1700
昭和17年12月17日 『新美』新年号記事に関わり回答依頼/最近の読書とその感銘について 新美社   1-1701
昭和17年12月18日   安部治郎吉 中身欠 1-1702
昭和17年12月28日 油絵展開催の御礼/毎年1回の油絵展をお願いしたい 天賞堂画廊土井憲治   1-1703
昭和17年12月31日 圓三儀、何卒宜しくお願い申し上げ度/年賀欠礼 牛田健太郎   1-1704
昭和17年12月31日 年賀 威徳流宗家渡邊吉光   1-1705
昭和17年 熊谷守一画集の序か(原稿) 湯沢三千男 (1)宛名:なし(2)『熊谷守一画集』画集刊行会日動画廊長谷川昭和17年刊 1-1706
昭和17年 阪急百貨店小品展について、御依頼/(名刺にメモ) 『東京玩具商報』編集部前田哲人 1595との関連により昭和17年と推定 1-1707
昭和18年1月1日 年賀 明石哲三   1-1708
昭和18年1月2日 年賀 由井覚郎   1-1709
昭和18年1月2日 年賀/受傷に付入院 熊谷光夫 熊谷伊造の二男 1-1710
昭和18年1月2日 年賀 立田   1-1711
昭和18年1月5日 年賀 林武 林武、幹子、櫛 1-1712
昭和18年1月6日 非公開     1-1713
昭和18年1月6日 60年ぶりに赤穂郡鞍居村に帰郷した話/油画材料入用でしたらお知らせ下さい 江見恒三郎   1-1714
昭和18年1月7日 『時局情報』2月号目次カット作成依頼 毎日新聞社『時局情報』編集部   1-1715
昭和18年1月13日 訃報(父喜蔵(武夫)死去) 永井三明   1-1716
昭和18年1月13日 入隊挨拶 吉田一郎   1-1717
昭和18年1月15日 『時局情報』2月号用原稿、拝受、御礼 毎日新聞社『時局情報』編集課 1715に関連 1-1718
昭和18年1月15日 即売会への作品御恵贈、御礼 朝日新聞厚生事業団歳末厚生週間係   1-1719
昭和18年1月 年賀/本社へ転勤、挨拶 北澤定一 差出人住所から昭和18年と推定 1-1720
昭和18年1月19日 転勤挨拶/新京本社勤務に 北澤定一 康徳10年:昭和18年 1-1721
昭和18年1月20日 「友人信時潔君」執筆依頼/『音楽教育』3月号「信時潔を語る」 大日本出版(株)『音楽教育』編集部 返信用葉書あり 1-1722
昭和18年1月21日 先日の御礼/先日の話、他言せぬよう注意を受けたのでお含みおきを 木村辰彦   1-1723
昭和18年1月22日 銚子名物少々送付/近く小生の本も発刊の予定 明石哲三   1-1724
昭和18年1月23日 手洗い用石鹸特配の連絡/「そのうちお届けします」(安部添え書き) 二科会   1-1725
昭和18年1月30日 紙本2尺横物の鯰の画2点、御揮毫お願い 有賀宮一郎   1-1726
昭和18年1月 払出通知票(毎日新聞社東京支店より)/金30円 毎日新聞社東京支店 1715のカット料か、昭和18年1月と推定 1-1727
昭和8年~18年1月 第2回新造型美術展開催/1月7日から18日まで、上野府美術館にて 新造型美術協会 宛先住所から8~18年と推定 1-1728
昭和18年2月3日 本の完成報告/本屋からお届けに、いづれ上京の折お話しを 明石哲三   1-1729
昭和18年2月6日 鰉少々送付 明石哲三   1-1730
昭和18年2月8日 非公開     1-1731
昭和18年2月14日 第5回半弓会洋画展開催、出品依頼/3月24日開催の予定 阪急百貨店美術部 第5回とあるが、第6回の間違い 1-1732
昭和18年2月17日 第7回大日本海洋美術展覧会開催、出品依頼/規程、出品申込書、出品諾否返信葉書 海軍協会   1-1733
昭和18年2月20日 子どもの中耳炎の経過について/(1)15日には西田も寄ってくれた(2)子どもの体育に気を付けながら、専ら絵を描きたい 西田美代子 (1)宛名:秀子も併記(2)1428に「西田美代子気付熊谷守一先生」とあり(3)1812と関連、内容から昭和18年と推定 1-1734
昭和18年2月24日 上京中、近く本を持ってお伺い致し度 明石哲三   1-1735
昭和18年2月26日   二科会 中身欠 1-1736
昭和17年~18年2月29日 3月末までには5点完成の予定/体操の時間に子どもたちに校庭の雪割をさせる 旭亮弘 (1)下池田の写真8枚同封とあるが欠(2)作品点数から昭和17年、18年と推定 1-1737
昭和18年2月 『月明』来月号に向け、ご寄稿お願い/月明文庫について、御高覧のもの、刊行希望のもの 月明会編集部 月明文庫17年3月発刊と「浅春好日」から18年2月と推定 1-1738
昭和18年3月4日 紙送付、木村氏と半分ずつの積もりにて/3月の先生と小松均氏との展覧会の詳細、知りたし 猪飼正一   1-1739
昭和18年3月8日 2回の手術後、転院、経過良好にて/近く3回目の手術を受ける予定 熊谷光夫   1-1740
昭和18年3月9日 非公開     1-1741
昭和18年3月11日 北斗会洋画小品展開催、案内/たくさんの作品、感激と感謝をもって拝見 東本春水   1-1742
昭和18年3月11日 黄君、健康回復、結構にて/川上氏から全君凱旋と聞く、神戸で迎え度 江見恒三郎   1-1743
昭和18年3月12日 約束の観音様は如何に/会心の近作、拝見したい 田村謹寿   1-1744
昭和18年3月12日 浅尾に参り絵の具のこと話しおく/次の日曜、郷里から送ってきた野菜を取りに来ませんか 石川確治   1-1745
昭和18年3月14日 17日の御来訪、家族風邪のため延期に/いづれ快復後、お伺いします 信時潔   1-1746
昭和18年3月15日 筆洗い用石鹸の特配連絡/「先日の分とお届けいたします」(安部添え書き) 二科会   1-1747
昭和18年3月15日 長らく御無沙汰、家族の近況報告/田口さん、正宗さんの近況 安部小澄 (1)宛名:秀子も併記(2)5銭切手と田口の病気から昭和18年と推定 1-1748
昭和~18年3月23日 青木繁「房州布良風景」鑑定依頼/併せて感想も記していただきたい 明治美術研究所高崎正男 (1)郵送にあらず(2)東京市から18年以前と推定 1-1749
昭和18年3月24日 先日お願いの種、ヤミ屋にて入手 江見恒三郎   1-1750
昭和18年3月24日 北斗会展への出品、御礼/近く御礼に参上いたしたく 東本春水   1-1751
昭和15年~18年3月27日   二科会 (1)中身欠(2)宛先住所から15~18年と推定 1-1752
昭和18年3月29日 青木繁作品、御覧いただき感謝/(1)半弓会への出品、感謝(2)作品は招待日に売約、阪急より送金に 座右寶刊行会後藤真太郎   1-1753
昭和17年~18年3月31日 29日の朝盛岡無事着/信時さんのところから10円為替の送付あり、返却を願う 熊谷黄   1-1754
昭和18年3月31日 松坂屋での個展開催の承諾、感謝/(1)5月1日から6日を予定(2)併せて、北川先生の個展も決定 東本春水 点数を記したと思われるメモあり 1-1755
昭和18年4月2日 第6回半弓会洋画展への出品御礼 阪急百貨店   1-1756
昭和18年4月3日 朝日新聞学芸部より社会部次長に異動 遠山孝   1-1757
昭和18年4月8日 送金御案内状、支払金額300円 阪神急行電鉄株式会社経理部会計課   1-1758
昭和18年4月9日 町名変更通知/北伊賀町から三栄町へ 田村謹寿   1-1759
昭和8年~18年4月9日 友人野田允太氏を紹介 原勝四郎 (1)郵送にあらず、野田氏持参(2)宛先住所から8~18年と推定 1-1760
昭和18年4月10日 先日、展覧会の招待券を頂き、感謝/児童の焼き物作品を送付 福村友吉   1-1761
昭和18年4月10日 火曜会懇親会通知/御出席を乞う(安部添え書き) 火曜会 火曜会:旧二科塾画友有志 1-1762
昭和18年4月11日 先生の作品、是非頂戴いたしたく/完成しましたら、何時でも東京まで頂戴に上がりたい 猪飼正一 1739に「蜻蛉」「蜘蛛」「あぶ」あり、よって昭和18年と推定 1-1763
昭和18年4月13日 18日上京の際、作品頂きに参上/色紙20点、屏風貼りまぜの小品、尺八横物など 東本春水   1-1764
昭和18年4月14日 番地改正通知 二科会   1-1765
昭和18年4月16日 非公開     1-1766
昭和14年~18年4月18日 13日夜北京着/しばらくこちらに滞在し、各地を廻る予定 青山龍水   1-1767
昭和18年4月21日 個展取り止めの件、松坂屋も了解/急遽、北川先生の個展を代わりに開催 東本春水   1-1768
昭和18年4月28日 結婚式挙行挨拶/二科展審査員野間仁根画伯夫妻の媒酌 三澤喜之助、富士子   1-1769
昭和18年4月28日 陸ヒジキの種、発送 渡邊義一   1-1770
昭和18年5月9日 牡丹開花、是非描きにお出でを 小川勝蔵   1-1771
昭和18年5月10日 牛堀に逗留中、明日は帰郷の予定/介山さんが先生宅を訪問する由、童安さんから知らせあり 明石哲三   1-1772
昭和18年5月10日 日本美術報国会創設/趣意書、総会次第 日本美術及工芸統制協会 吉野信次外 1-1773
昭和18年5月10日 日本美術報国会創立発起人、快諾御礼/承諾書、もう1通送付依頼 大政翼賛会実践局文化部   1-1774
昭和15年~18年5月12日 一昨日、当地へ入る、白樺林が見事/都を出た機会に、せいぜい山や海を勉強して帰る 谷口清子 宛先住所から15~18年と推定 1-1775
昭和18年5月14日 月明会名簿更新に付、詳細記入依頼 月明会編集部   1-1776
昭和18年5月14日 異動通知/内務省地方局振興課から石川県官房企画課長兼地方課 中野亨   1-1777
昭和18年5月14日 松坂屋にての個展終了/4000円あまりの赤札 北川民次 松坂屋展覧会より5月と推定(東本の書簡) 1-1778
昭和18年5月18日 日本美術報国会創立会、諸挨拶文/日本美術報国会名誉会員及役員名簿 大政翼賛会 会長:横山大観、評議員第二部に熊谷の名あり 1-1779
昭和18年5月19日 連盟の絵具、配給、来店を待つ いづみや絵具店   1-1780
昭和18年5月20日 非公開     1-1781
昭和18年5月20日 評議員会御通知/重要協議あり、是非御出席を、食事あり、米1合持参 二科会   1-1782
昭和18年5月21日 大樋焼粘土発送、作品は当方で焼成/7月頃、参上の予定 福村友吉   1-1783
昭和18年5月21日 『美術・工芸』予約金1年分領収書/阪急百貨店受取 『美術・工芸』発行所   1-1784
昭和18年5月21日 追伸、作品は壺、花瓶、茶碗など肉薄な物が割れにくい 福村友吉   1-1785
昭和18年5月22日 日本画展出品作品送付、感謝/(1)展覧会は6月13日から20日に開催(2)濱田先生の展覧会は15日から20日にて 阪急百貨店美術部橋本文二   1-1786
昭和18年5月22日 日本画の数々、出来上がるのが楽しみ/(1)東本氏より、先生風邪気味と聞くが、お元気そうで安心(2)芋切干、少々送付 猪飼正一 消印と宛先住所「千早」から昭和18年と推定 1-1787
昭和18年5月23日 北川先生個展への指導、激励、感謝/(1)来月上旬、上京の予定(2)先生の個展開催を一同鶴首 東本春水   1-1788
昭和18年5月27日 明治温泉行き、31日夜、茅野駅出発/弁当2食分用意、警報発令の際は延期 橋本光雄   1-1789
昭和18年5月28日 総会通知/5月30日開催 二科会   1-1790
昭和18年5月29日 転居通知 野尻貞一   1-1791
昭和18年5月30日 『日本美術年鑑』への記載内容記入依頼 美術研究所 封筒欠 1-1792
昭和18年5月31日 『花ごよみ』に作品下さり、感謝/野間氏に佐藤春夫氏作「朝顔の花」の画を依頼 中島重兵衛 「書簡用住所判」あり 1-1793
昭和18年6月1日 二科展、出品点数、大きさの連絡 二科会   1-1794
昭和18年6月3日 先日送付の粘土、その後如何に/先生の作品、拝見するのが楽しみ 福村友吉   1-1795
昭和18年6月5日 火曜会出品の絵、制作中/今朝、桜桃少々送付 北條熱実   1-1796
昭和18年6月5日 非公開     1-1797
昭和18年6月8日 第2回火曜会油絵展覧会開催/帝劇画廊にて 火曜会 火曜会:旧二科塾画友有志 1-1798
昭和18年6月9日 訃報(夫恵死去) 堀サダ   1-1799
昭和18年6月10日 治療に上京、お伺いできず残念 小笠原吉郎   1-1800
昭和18年6月14日 神経痛にて御来阪叶わず、残念/(1)昨日、黒田氏とともに貴兄展覧会を参観、既に7点売約(2)明日は名古屋より猪飼氏参観とか 濱田葆光   1-1801
昭和18年6月15日 会葬御礼(母葬儀)/弔詞、香料賜り、感謝 熊谷鋭太郎 「伯父、伯母様」(ママ) 1-1802
昭和12年~18年6月16日 『地方文化』発刊に当たり、一文を賜りたく/愛知、三重、岐阜出身者による雑誌『地方文化』発刊 渡邊登喜雄 2銭切手、東京市から12~18年と推定 1-1803
昭和18年6月17日 お伺いの節の風邪、その後如何/(1)先生の個展開催を熱望(2)只今、二科及び航空美術などの準備中 東本春水   1-1804
昭和18年6月17日 介山先生訪問の由、童安先生の手紙にあり 明石哲三   1-1805
昭和18年6月18日 「アスゴ一ジゴロユク」(明日午後1時頃行く) クロタ 黒田重太郎か 1-1806
昭和14年~18年6月20日 勉強不足で、ちっとも描かないので困る/審査に石井柏亭先生がお見えに 荒山雪子 (1)絵葉書:第22回鮮展出品「冬枯」荒山雪子画(2)宛先住所から14~18年と推定 1-1807
昭和18年6月23日 「渓流」と「裸婦」の代金400円送付/「風景」と御揮毫お願いの花2枚、近作「裸婦」も近々受け取りに参上 薄田晴彦   1-1808
昭和18年6月23日 阪急の個展、拝見できず残念/夏には先生をお誘いして木村氏と長野へ、御都合如何か 猪飼正一   1-1809
昭和18年6月25日 その後、非常に元気/戸籍謄本2通、準備をお願い 熊谷黄   1-1810
昭和14年~18年6月26日 展覧会の出品画、半月ほどで完成/(1)当地、絵の具、カンバス等不自由(2)上京の上、御指導を受けたいが、思うようにならず 田中優紀子 (1)封筒欠(2)宛先住所から14~18年と推定 1-1811
昭和18年6月29日 応召後4ヶ月、経過報告/(1)満ソ国境地帯の風景描写(2)留守宅の美代子、幾子に対し御配慮、感謝 西田義郎   1-1812
昭和18年6月30日 美術家連盟の発展的解消/(1)日本美術報国会並びに日本美術及工芸統制協会に参加(2)両会代議会員として参加をお願い 日本美術報国会 会費振込用紙あり 1-1813
昭和18年6月30日 30年記念展後に、二科会脱会/脱会の意向だが、会に迷惑をかけることはできない 黒田重太郎 別にメモあり 1-1814
  (メモ)二科会脱会に関わるメモか/(表)総会通知   守一のメモか 1-〃
昭和18年7月1日 作品受け取りに近日、店員参上/風景、4号花、6号か8号の静物か花、以上3点 薄田晴彦   1-1815
昭和18年7月2日 二科が文展に合流する由、本当か/作品の大きさは50号までか、確認 旭亮弘   1-1816
昭和18年7月3日 送金御案内状、支払金額1330円 阪神急行電鉄株式会社経理部会計課   1-1817
昭和18年7月3日 10日、颯田氏を中心に会合、出席を乞う/辰野隆、有島生馬、安井曽太郎、小宮豊隆氏など出席 湯沢三千男   1-1818
昭和18年7月4日 送金の連絡、箱書きの依頼/先日長谷川利行氏の日本画展開催、なかなか好評にて 阪急百貨店美術部橋本文二   1-1819
昭和18年7月7日 二科美術展覧会開催の案内/9月1日から20日まで 二科会   1-1820
昭和18年7月7日 就職決定、次は18日頃帰京の予定 熊谷黄   1-1821
昭和18年7月7日 日本画たくさん頂き、猪飼氏とともに感謝/(1)馬の絵を5,6枚頂戴したい(2)来月、先生のお供をして信州の温泉へ参りたい 木村定三   1-1822
昭和18年7月8日 築地の会合、さらに2名参加/(1)桑原幹根、三浦直彦氏、この機会に紹介いたしたく(2)颯田、辰野、安井の三氏は出席 湯沢三千男   1-1823
昭和18年7月8日 今月は琉球へ出掛ける予定/千田氏の手紙に、先生にお会いしたい旨あり 明石哲三   1-1824
昭和18年7月9日 『白百合の花』今日発行/先生の画集を是非発行させていただきたく 中島重兵衛   1-1825
昭和18年7月9日 中旬頃、上京の予定 東本春水 絵葉書:「国府宮裸祭」東本春水画 1-1826
昭和18年7月9日 『週刊朝日』扉カットの依頼/『週刊朝日』(昭和18年7月18日号)扉 『週刊朝日』小川薫 封筒欠 1-1827
昭和18年7月10日 二科30周年記念画集発行に付、カット2葉依頼 東郷青児   1-1828
昭和16年~18年7月11日 暑中見舞、迪章こと、世話になり御礼/自家製品の豆少々送付につき、連絡 高橋 (1)1173と差出人住所から昭和16年以降と推定(2)葉書2銭は19年4月まで 1-1829
昭和18年7月13日 先生の作入手、2点箱書き依頼/(1)恵那郡大井町西尾伝十氏、新津文紀氏のお陰にて(2)箱書き料8円送付 原龍甫   1-1830
昭和18年7月13日 先生の作入手、2点箱書き依頼 原龍甫 (1)郵送にあらず、別便の箱書きに添えたものか(2)1830の件 1-1831
昭和18年7月14日 画拝受、感謝、気に入り毎日眺めている/(1)熊蜂と蜻蛉は返却したい(2)いろはの書も面白い(3)8月10日頃の信州行き、快諾感謝 猪飼正一 「熊蜂」と「蜻蛉」の返却と1848から昭和18年と推定 1-1832
昭和18年7月15日 二科会彫塑部の文展審査員辞退理由書/朝日新聞社説「決戦下に於ける文展」 渡邊義知 渡邊義知:二科会彫塑部代表 1-1833
昭和18年7月15日 顕彰碑建立に付、醵金1口拝受、感謝 故古賀春江君顕彰碑建立事務所   1-1834
昭和18年7月17日 第30回二科美術展覧会出品目録、題名票 二科会   1-1835
昭和18年7月17日 先日送付の絵の内、4枚返送/(1)失礼ながら、富士山の絵3枚、虫の絵1枚にて(2)烏の三匹居る富士山の絵が一番よいかと(3)信州旅行の件、また来月に御連絡いたします 木村定三   1-1836
昭和18年7月18日 明石先生の指示により、表装の御指導頂き度/明石先生の絵を持って、20日に参上、御都合如何か 秋山尚古   1-1837
昭和18年7月19日 上京の折は厚情に預かり、感謝/河童、女人裸像、4号の近作、拝見したいという人あり 川元奈津   1-1838
昭和18年7月21日 出品制作についての連絡、感謝/最後の仕上げをし、上京することを楽しみに 旭亮弘   1-1839
昭和18年7月21日 非公開     1-1840
昭和18年7月21日 昨日お邪魔いたし、御礼/(1)帰途、展覧会を拝見(2)表装することがあったら、是非私に御相談を 秋山尚古   1-1841
昭和18年7月23日 扉カット拝受、感謝、礼金10円送付 『週刊朝日』編集部   1-1842
昭和18年7月26日 明日上京、午後5時頃お伺いの予定 小笠原吉郎   1-1843
昭和18年7月26日 近頃、落ち着いて景色等描く/安井先生も、来月満州へ発たれるとか 木村辰彦   1-1844
昭和18年7月29日 8月14,5日頃に上京、お邪魔の予定/わらびの干物を送付 旭亮弘   1-1845
昭和18年7月30日 御作「けし」頂き、感謝/(1)他に御作を世話する義理ありて、制作をお願いしたい(2)花、静物、風景のいずれでも結構、来月10日頃上京 薄田晴彦   1-1847
昭和18年7月31日 熊蜂と蜻蛉、返却の予定を変更/(1)熊蜂は、私の弟が頂くことに(2)画箋紙送付、気の向いた時に制作を、御礼500円同封(3)信州行き、木村氏と打ち合わせて、近日中に連絡す 猪飼正一   1-1848
昭和8年~18年7月 喜多武四郎氏彫刻工芸小品展覧会 三昧堂美術部 宛先住所から8~18年と推定 1-1849
昭和18年8月2日 第1回炭彩会展開催/目録、会場の写真2枚 北澤定一 康徳10年:昭和18年 1-1850
昭和18年8月4日 応召、明5日入隊の連絡 秋山尚古 秋山の手紙から昭和18年と推定 1-1851
昭和18年8月4日 信州旅行の日程連絡/我々は7日3時頃上林ホテルに着、お出でを待つ 猪飼正一   1-1852
昭和18年8月5日 川合勘助方、4人の近状について/昨夜無事着、皆元気、山登りして過ごす 熊谷秀子、以下3名   1-1853
昭和18年8月6日 御約束の作品、まだか 田村謹寿 絵葉書:(エッチング)西田作 1-1854
昭和18年8月6日 非公開     1-1855
昭和18年8月6日 二科会記念画集制作に付、至急作品写真拝借/文中カット、東郷先生より通知あれば、1点拝借 美術工芸会   1-1856
昭和18年8月6日 (鉛筆画風景) 河合敏雄   1-1857
昭和18年8月9日 第6回美術展覧会招待者として、出陳願い/(1)無鑑査出品制に関し、隔年出品を3年制に改正(2)第二部無鑑査者名簿 文部省教化局総務課   1-1858
昭和18年8月9日 本日、二科3点完成、発送の手続きを終える/18日に上京、参上の予定 東本春水   1-1859
昭和18年8月10日 米国本土空襲飛行機献納資金募集/野依秀市主催、帝都日日新聞社において 三木武吉 三木:責任者 1-1860
昭和18年8月11日 非公開     1-1861
昭和18年8月11日 田口省吾氏より容態悪化の連絡あり/安部はまだ帰らず(妻、代筆にて連絡) 二科会、安部治郎吉   1-1862
昭和18年8月12日 葉書と作品を頂戴し、感謝/(1)先般の油絵具の注文、代金立て替え支払い(2)国枝君、経過良好 濱田葆光 納品伝票3枚、領収証1枚 1-1863
昭和18年8月13日 画仙紙極少数入荷のお知らせ 横井誠   1-1864
昭和18年8月18日 1週間ほどで退院の予定 小笠原吉郎   1-1865
昭和18年8月27日 神経痛にて湯治中の由、お大事に/先日は美術報国会の件、御連絡感謝 由井覚郎 宛名:秀子も併記 1-1866
昭和18年8月30日 昨夜上京、明朝、横井君と共に参上/今日は黒田君が行く由、伺っている 濱田葆光   1-1867
昭和18年8月30日 出品者懇親会の開催/9月2日、上野精養軒にて 二科会   1-1868
昭和18年8月 30回二科展日程/二科の文展参加により、招待者、無鑑査を選出 二科会   1-1869
昭和18年9月1日 9月20日、卒業式 熊谷黄 宛名:熊谷秀子 1-1870
昭和18年9月3日 緊急に協議する事項あり、5日集合 二科会   1-1871
昭和18年9月5日 2日夜行にて横井君と東京を離れる/(1)東郷君の書簡には、あなたは退会を思い留まった由(2)また貴方、正宗、坂本、国枝君は審査委員長格に 濱田葆光 1867の上京の手紙から昭和18年と推定 1-1872
昭和18年9月8日 文展開催の頃、上京の予定/焼き物の件、その時お受けしたい 福村友吉   1-1873
昭和18年9月9日 昨朝、無事帰郷/療養中に付、結果は延期になるらしい 小笠原吉郎   1-1874
昭和18年9月9日 貴下を本会第二部評議員に推挙/承諾を乞う 日本美術報国会   1-1875
昭和18年9月13日 8月17,8日にお邪魔をいたし、感謝/(1)頂いた色紙「馬二頭」、朝夕の私の友に(2)川合さんの病気、快方に向かわれた由、御安心を 山田稔   1-1876
昭和18年9月13日 石炭、配達ができず/石炭不足に加え、店員徴用令にて居らず 千原七蔵   1-1877
昭和18年9月17日 大阪、福岡展にて貴作出品、お願い/出品の諾否、返答用葉書 二科会   1-1878
昭和18年9月29日 松本俊介個人展/日動画廊にて 松本俊介 中身欠 1-1879
昭和18年11月9日 圓三儀、去る5日に帰宅/就職先確定の上、また上京の節は御指導をよろしく 牛田健太郎 1681,1700,1704との関連から昭和18年と推定 1-1880
昭和18年12月24日 会葬御礼(父国枝金三葬儀) 国枝芳郎   1-1881
昭和18年12月28日 (古田写真館封筒「写真在中」) 杉本貞雄 中身欠 1-1882
昭和~18.12. 求龍堂十周年記念十大家洋画展覧会目録/資生堂にて 求龍堂 (1)宛名:なし(2)封筒欠(3)求龍堂の書簡、8年からあり 1-1883
昭和7年~18年3月   帝国通信 (1)中身欠(2)宛先住所から7~18年と推定 1-1884
昭和8年~18年3月 日本画箱書き2点お願い/10円同封 日動画廊長谷川仁 (1)郵送にあらず、持参(2)宛先住所から8~18年と推定 1-1885
昭和8年~18..13 有道佐一画伯作品展覧会 有道会 (1)中身欠(2)宛先住所から8~18年と推定 1-1886
昭和8年~18年   荒井龍男 (1)中身欠(2)宛先住所から8~18年と推定 1-1887
昭和8年~18年   日本美術通信社 (1)中身欠(2)宛先住所から8~18年と推定 1-1888
昭和8年~18年 小出楢重素画集申込書 座石寶刊行会 (1)宛名:なし(2)「はがき」と住所から8~18年 1-1889
昭和8年~18年 石川先生にお願いしてご厚意を頂き、御礼/毎日、外のことが多く、なかなか絵を描く間もない 荒山雪子 宛先住所から8~18年と推定 1-1890
昭和8年~18年 (荷札) 杉崎愛子 (1)宛名:佐藤しげ子(2)宛先住所から8~18年と推定 1-1891
昭和8年~18年 3回払い優秀洋家具の会(チラシ3枚) 美術工芸社 宛先住所等から8~18年と推定 1-1892
昭和8年~18年 展覧会用額縁大奉仕(チラシ) 彩美堂 宛先住所から8~18年と推定 1-1893
昭和8年~18年 日下部最高級油絵の具定価表 クサカベ油絵画製造発売元日下部信一 宛先住所から8~18年と推定 1-1894
昭和8年~18年 名作屏風・絵巻特別展覧会目録 帝室博物館 宛先住所等から8~18年と推定 1-1895
昭和8年~18年 藤田先生の個展、九州での開催中止/大演習のため、近日中に上京の予定 天城俊彦 (1)宛先住所から8~18年と推定(2)絵葉書:鶴丸城跡写真 1-1896
昭和8年~18年 (表:全日本クロッキー・素描総合展覧会」)/クロッキー研究所創立満10年紀念 クロッキー研究所 (1)中身欠(2)宛先住所から8~18年と推定 1-1897
昭和8年~18年   童林社 (1)中身欠(2)宛先住所から8~18年と推定 1-1898
昭和8年~18年   連袖会 (1)中身欠(2)宛先住所から8~18年と推定 1-1899
昭和8年~18年 (表:「御招待」) 現代美術社 (1)中身欠(2)宛先住所から8~18年と推定 1-1900
昭和8年~18年   新美術家協会 (1)中身欠(2)宛先住所から8~18年と推定 1-1901
昭和8年~18年   新興美術院 (1)中身欠(2)宛先住所から8~18年と推定 1-1902
昭和8年~18年   新自然派協会小城 (1)中身欠(2)宛先住所から8~18年と推定(3)3銭切手は昭和12年まで 1-1903
昭和8年~18年 (表:美術雑誌『画観』) 画観社 (1)中身欠(2)宛先住所などから8~18年と推定 1-1904
昭和12年~18年 出品有無 返信用葉書二科会 (1)宛名:なし(2)葉書2銭から12~18年と推定 1-1905
昭和14年~18年 三面会(日本画)出品画、頂きに参上 洋画店青樹社 宛先住所から14~18年と推定 1-1906
昭和14年~18年 11月初、盲腸の手術、当地にて静養中 福原俊二 宛先住所から14~18年と推定 1-1907
昭和14年~18年   二科会 (1)中身欠(2)宛先住所から14~18年と推定 1-1908
昭和14年~18年   四行会 (1)中身欠(2)宛先住所などから14~18年と推定 1-1909
昭和16年~18年 画仙紙極少数入荷のお知らせ 横井誠 東京市から昭和18年6月までと推定 1-1910
昭和16年~18年 パピエ・トアール織紙画布について(広告) ルテス商会 (1)宛名:なし(2)封筒欠(3)広告内容と住所から16~18年と推定 1-1911
昭和17年~18年   『美術・工芸』発行所 (1)中身欠(2)『美術・工芸』は17年4月から(3)東京市より18年以前と推定 1-1912
昭和19年5月15日 只今無事朝鮮に上陸、京城を経て慶州に/この後、京城に帰り、平壌を経て満州に入る予定 明石哲三 絵葉書:新羅の古跡 1-1913
昭和19年6月2日 無事慶州に入り、朝鮮の気分を味わう/(1)瓦で硯を作り、青銅鏡を文鎮にして絵を描く(2)長谷川利行の本を読む 明石哲三 絵葉書:慶州古跡写真 1-1914
昭和8年~19. 長谷川利行油絵個人展覧会開催/6月16日から20日まで、 天城画廊 昭和11年9月に天城画廊にて長谷川展あり 1-1915
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昭和19年7月21日 朝鮮滞在が長引き、この冬はハルピンか/今は金剛山に滞在 明石哲三 絵葉書:朝鮮内金剛写真 1-1916
昭和19年9月10日   天賞堂画廊 中身欠 1-1917
昭和19年10月 国枝金三遺作展覧会開催/11月1日から7日まで、大阪市立美術館にて 国枝芳郎 絵葉書:「嵐山の春」国枝金三画 1-1918
昭和19年11月13日 子ども入院に付、お伺いできず/折を見て参上の予定、信時さんの額お忘れなく 清水憲太郎   1-1919
昭和19年12月2日 乗車券、5日当駅にて買い求め、回送 山本弥四郎 宛名:江見恒三郎 1-1920
昭和19年12月26日 会葬御礼(父乙吉葬儀) 庄司次郎   1-1921
昭和20年4月29日 空襲にて、各地被害大きく案じている/(1)奈良の田舎へ疎開中(2)岩本の友人に貴兄の絵を求める者あり 濱田葆光   1-1922
昭和20年5月21日 半年の平壌滞在を終え4月末に新京に入る/今後3ヶ月の命があったら、満州から支那に渡りたい 明石哲三 絵葉書:承徳 1-1923
昭和8年~20年5月 南洋民芸展覧会案内 アモレ画廊 宛先住所から8年以降、内容から戦中と推定 1-1924
昭和20年9月6日 萬ちゃん具合は如何か/荷物整理し、池袋の駅止めで送付 熊谷黄   1-1925
昭和20年9月24日 こちらに来て既に半年、東京が懐かしい/(別紙)安部ふゆみの手紙 安部一同 「ぢいちゃん先生」(はつき)とあり 1-1926
昭和8年~20年 8月満州国平斉線白城子深野部隊転任/満州は事変以来発達めざましく日々発展 桐木信一 宛先住所から昭和8年以降と推定 1-1927
昭和16年~20年 2年前、絵を見て頂いたことが懐かしく/奥田郁太郎、小谷輝美君に連れられてお邪魔 諏訪正雄 裏:ペン画あり 1-1928
昭和16年~20年 今日は元旦とて、爆竹、太鼓、鐘の大騒ぎ 鈴木十五郎 1041から昭和16年以降と推定 1-1929
昭和21年7月15日 萬様のその後の病状は如何か/(1)ちょうど1年前に農兵隊員として、この地に(2)何でも自分でやる生活なので、落ち着いて絵も描けない 梅原英子   1-1930
昭和21年7月15日 斎藤豊作氏の息子さん、医師免許を得る 山下新太郎   1-1931
昭和21年7月24日 (其二)3月以来療養中にて、病褥生活/復興二科会に貴方の名前が見当たらず 濱田葆光   1-1932
昭和22年5月8日 葆光死去の節の弔詞、香料、御礼/第二紀会の記事を新聞で見る 濱田静枝   1-1933
昭和22年10月18日 空襲に追われて、この地で生活/(1)先日、藤井君が熱海からここへ来訪、貴君の話が出る(2)貴作板横臥裸婦(京都へ出陳)は近作と交換を望む 田村謹寿   1-1934
昭和22年~.12.23 源泉税徴収票1700円 東京日日新聞社経理部 丸之内が千代田区に入るのは昭和22年から 1-1935
昭和11年~22年   LESLILAS (1)宛名:なし(2)郵送にあらず、中身欠(3)682から11年以降(4)王子区は22年まで 1-1936
昭和23年1月30日 非公開     1-1937
昭和23年5月24日 愛知セロフアン株式会社開始/取締役社長林誠吉 林誠吉   1-1938
昭和23年6月29日 訃報(パパ高橋迪章戦死)/遺骨が届いたので葬儀を挙行 高橋   1-1939
昭和23年9月9日 訃報(社長林誠吉死去) 林一郎、前田正實 林一郎:嗣子 1-1940
昭和23年9月18日 玉稿「我が画帖より」受取、稿料送付/差引原稿料765円 朝日新聞東京本社『アサヒグラフ』編集部 表「検閲済」スタンプ 1-1941
昭和23年9月25日 カット拝受、10月号掲載、画稿料送付/支払明細書稿料4250円 『新潮』編集部野平健一   1-1942
昭和23年10月24日 二紀会懇親会にて御尊顔拝見/関屋の遺族住所をお知らせ、長女、関屋道子 大石俊彦   1-1943
昭和24年1月19日 玉稿「若き日の肖像」受取、稿料送付/差引原稿料1360円 朝日新聞東京本社『アサヒグラフ』編集部 表「検閲済」スタンプ 1-1944
昭和24年3月4日 現代大家洋画展覧会開催に際し、出品依頼/(1)4月1日から10日まで、徳島市丸新百貨店にて(2)目録収載用略歴記入依頼、預かり証(「山道」油絵4号) 美術出版社 表「検閲済」スタンプ 1-1945
昭和24年5月12日 「虹の歌」の楽譜送付、感謝/お陰にて、柳村文献に得難い資料を加えることに 嘉治隆一   1-1946
昭和24年6月14日 『文学界』7月号寄稿に付、稿料送付/謝礼2000円 文芸春秋新社   1-1947
昭和24年7月2日 連合展での第二紀会を振り返って/第二紀会昭和23年度会計報告 第二紀会   1-1948
昭和24年7月21日 本年度二紀会会費1500円納入の連絡/第3回二紀会展を10月9日から27日まで開催の連絡 第二紀会   1-1949
昭和24年8月1日 子供の不幸を知らなかったことは甚だ残念/(1)これからは、是非連絡が欲しい(2)疎開先から戻り、8月2日から治療再開の予定(3)家族が、辰野先生の記事を見て会いたがっている 大野新吉 辰野隆の記事:『美術手帖』2月号か 1-1950
昭和24年10月4日 電話新設の知らせ 『心』編集所生成会事務所 住所、電話のメモあり 1-1951
昭和24年10月18日 先日、奥様お訪ね下さり感謝/(1)雑事に紛れて二紀会出品もならず(2)伊勢君が二紀会出品目録を送ってくれた(3)佐藤マサさんは京都に在住 安部治郎吉 宛名:秀子も併記 1-1952
昭和24年10月31日 文芸御画料5100円送付 河出書房   1-1953
昭和24年 『心』7月号原稿料、2000円送金 日本評論社会計課 封筒欠 1-1954
昭和25年1月20日   改造社会計部 中身欠 1-1955
昭和25年1月25日 24年度印税稿料の総額支払調書送付/支払調書『改造』稿料800円 改造社   1-1956
昭和25年2月28日 息子哲三から来信あり、その消息を連絡/中国チチハル市、旧民衆教育館美術室にて絵画に精進 明石敬治   1-1957
昭和25年3月21日 二紀会の方で競馬好き、御紹介下さい/(1)農林省競馬部で、美術家諸君に見て貰う話あり(2)先日、信時氏に会い、近状を伺う 池田勇八   1-1958
昭和25年4月21日 『文学界』5月号寄稿に付、稿料送付/支払額3200円 文芸春秋新社   1-1959
昭和25年6月21日 訃報(父早川孝平死去) 早川昴吉   1-1962
昭和25年8月31日 来信感謝、珍しい手紙大切に保管/(1)猪飼氏、他日見物の際、空き座席を頼む(2)貴兄、家族の健康は如何か 大野新吉   1-1963
昭和25年9月24日 半弓会展に付、27,8日頃参上 阪急百貨店美術部橋本文二   1-1964
昭和25年 昨年度中の支払『心』原稿料の通知/支払額2000円 日本評論社   1-1965
昭和26年4月   農林省東京競馬事務所 中身欠、1958に関連 1-1966
昭和26年9月10日 訃報(富樫寅平死去)/妻夏江も昨年3月13日に病死、合わせて葬儀を挙行 富樫甚平、原千代 富樫甚平:富樫寅平の兄 1-1967
昭和26年11月3日 江見はこの頃大分よくなって心配無用/(1)其道は、野球で20人ほどで上京、お邪魔したい由(2)この間、江見は大阪で熊谷様の絵を見てきたとか(3)黄さんは元気ですか、お話しは如何か 江見あさ 宛名:秀子も併記 1-1968
昭和26年11月23日 拙著『三千年物語』送付/(1)昭和20年に発意、取り急ぎ明治以前まで完成(2)御尊父の悪評、一身に引き受けられた感あり、詳細は後編(3)孫六翁関係の本あり、受取希望なれば送付 三尾金三(箕山)   1-1969
昭和26年12月8日 拙著『三千年物語』の受取確認/尊父孫六翁関係の資料、御入用か否か確認 三尾金三(箕山)   1-1970
昭和26年12月19日 突然の二紀会退会の由、翻意を願う/昨年、今年と病気とかで秋にも会えず、これでは寂しい 黒田重太郎 昭和26年に二紀会退会から推定 1-1971
昭和28年1月30日 年をとると体の具合が悪く不都合千万/(1)古稀の祝いも本人は少しもうれしくない(2)体に気を付けて、細く永く絵を描いてください(3)鶏卵油の作り方 山下新太郎   1-1973
昭和28年3月6日 先頃、お手紙と作品を頂き、感謝/(1)年末から正月にかけての私共一家の風邪の様子(2)梅田は6日に東京に戻った 梅田しげ (1)宛名:秀子も併記(2)梅田しげ:佐藤しげが梅田と結婚か 1-1974
昭和28年4月3日 無事卒業、4月より恵那高等学校に勤務/在京中は御世話になり、御礼 田口俊平   1-1975
昭和28年4月7日 非公開     1-1976
昭和28年4月30日 第2歌集『林野集』出版に際し、装丁お願い/(1)茂吉先生存命中に決める(2)小生が死んでも、出版の約束 石川確治   1-1977
昭和28年5月16日 御子息の結婚おめでとうございます/色紙の件、御承諾、感謝 横井礼市   1-1978
昭和28年6月12日 軽井沢にも開店に付、マッチへの揮毫お願い/店の上に上げるのも、出来上がりましたらよろしく 西山友枝子 マッチの構図あり「てんぷら三味」 1-1979
昭和28年6月27日 御揮毫拝受、感謝、代金送付/来名の際、色紙の包装紙に画題を書いていただきたい 横井礼市   1-1980
昭和28年7月27日 新進作家以白会表装展開催/8月1日から10日まで、松坂屋画廊にて 松坂屋、以白会片岡市郎   1-1981
昭和28年8月14日 『三千年物語』脱稿、題字揮毫お願い/(1)金がなく、謄写版で印刷(2)表紙題字「三千年物語付知のあゆみ」 三尾金三(箕山)   1-1982
昭和28年10月31日 電報受け取る/旅行はまたにして、近所で描く 小林森次   1-1983
昭和~28. お話の紺絣、春子が学校で仕立て済/これは古い物ですがよろしかったらお使い下さい 信時ミイ (1)宛名:熊谷秀子(2)封筒欠、郵送にあらず(3)春子が在学中から28年以前と推定 1-1984
昭和29年3月25日 言上(店の紹介)/近日中に参上の予定(山岡) おつけもの店若菜   1-1985
昭和29年4月4日 訃報(父巌死去) 高木一郎 高木一郎:高木巌の嗣子 1-1986
昭和29年4月15日 無事着、御安心を/(1)第1回熊谷榧みづえ、はりえ展、梅田画廊にて(2)最初に売れたのは牧場の境界線の貼り絵(添え書き) 熊谷榧   1-1987
昭和29年4月 異動挨拶 中小企業金融公庫審査部尾向三治 宛名:榧も併記 1-1988
昭和29年5月15日 先日の突然のお邪魔、御礼/子どもを預ける件、よく分からず 熊谷黄、はる子 宛名:秀子も併記 1-1989
昭和29年6月4日 退院後、長い間御世話下さり厚く感謝/頂いた絵、有難く、これからせいぜい勉強を 上須禧子 (1)宛名:秀子も併記(2)「榧ちゃん」とあるので榧の同級生か 1-1990
昭和29年6月7日 白鳥会展への作品搬入のため、16日参上/白鳥会展、6月18日から23日まで、銀座松屋にて 伊藤彪   1-1991
昭和29年6月21日 坊やを見に来てくださり、感謝/また、たくさんの頂き物有難く、陽は元気にて 熊谷はる子 宛名:一同も併記 1-1992
昭和29年8月11日 暑中見舞/付知へお出かけ下さる件、如何に 伊藤英治   1-1993
昭和29年9月23日 台風の被害は如何か、こちらは無事にて/(1)坊やは元気、ツベルクリンは陰性、また中耳炎に(2)片岡さんのこと、相談するが、多分お招きすることに 熊谷はる子   1-1994
昭和29年~.11.12 「岩」の絵、とても気に入り座敷に掛ける/(1)榧ちゃん、展覧会の折に是非お出かけ下さい(2)菊ごぼう送付 阿部和子 (1)宛名:一同も併記(2)榧の展覧会から29年以降 1-1995
昭和29年11月17日 会葬御礼(妻すみれ葬儀) 天野素六 封筒欠 1-1996
昭和30年代.1月1日 年賀、昨年夏より肋膜を患い退社静養/(1)絵を描きたいが、戦争中からの想念が頭にこべりつき(2)家族の近況 由井覚郎 (1)宛名:秀子も併記(2)娘の真生美の年齢から30年代と推定 1-1997
昭和30年5月7日 お申し越しの展覧会、出品したいが/(1)展覧会の期日はいつか、本年内はできかねる(2)先日、宮本三郎君が来訪 坂本繁二郎   1-1998
昭和30年6月4日 牧野伊三郎の法要に際し、御揮毫お願い/(1)小生、明治中期に25歳で逝った牧野伊三郎の甥にて(2)別送の遺作デッサン、ご収納頂きたく 牧野彪六郎   1-1999
昭和30年7月13日 郵政会館での先生を囲む会の写真を拝見/(1)私方、家族の近況(2)二科会も何かしら賑やか 安部治郎吉   1-2000
昭和30年9月22日 第3回白鳥会展盛会裏に終了、出品感謝/9月27日に御礼やら報告に参上 藤田静夫、多田栄二   1-2001
昭和30年代.9月 10月号表紙の菊に合わせ、揮毫お願い/(1)「中村吉右衛門劇団」(2)榧さんの展覧会の折、来名の際は御泊まりを 猪飼正一 (1)封筒欠(2)内容から昭和30年代と推定 1-2002
昭和30年10月19日 郵政会館以来御無沙汰にて/(1)杉本兄より御気分がすぐれない由、聞き、心配を(2)勝沼産ブドウを送付(3)近頃、心機一転絵を描き始めました、また御指導を 北條熱実   1-2003
昭和30年10月25日 強風御見舞の御礼/主人も絵を描き始める(花) 明石哲三、花子 宛名:榧も併記 1-2004
昭和30年11月7日 色紙を頂き、感謝/もうたった一人の叔父様にて、是非長生きを 加藤郁郎内加藤重子 (1)281に重子名あり(2)「叔父様」とあり 1-2005
昭和30年11月27日 小山敬三画伯油画発表展覧会開催/12月1日から5日まで 日動画廊長谷川仁   1-2007
昭和30年11月28日 申年年賀状への揮毫、お願い てんぷら三味 (1)宛名:秀子も併記(2)1979に「てんぷら三味」あり 1-2008
昭和30年12月6日 同窓会50年記念式にて拝眉、故人も喜んでいることと/早速にお便りいただき、感謝 柳八重 (1)91に「婦人之友社柳八重」あり(2)夫は柳敬助か 1-2009
昭和30年12月11日 先日の突然のお邪魔、御礼/まだ、宝塚の方へは先生方の御様子、報告に行かず 田中はつき   1-2010
昭和30年12月12日 退職挨拶状/富士銀行、大正3年入行、大阪支店を最後に 熊谷鋭太郎   1-2011
昭和30年12月19日 青森展の作品代、今月中に持参/報告、御礼が遅くなりお詫び 藤田静夫、多田栄二   1-2012
昭和31年1月8日 年賀/(1)在京中の御世話、感謝、卒業後は岐阜タイムスに勤務(2)今秋には社の主催にて郷土出身者の展覧会を開く予定 伊藤英治   1-2013
昭和31年2月14日 訃報(父石川確治死去) 石川哲平、照子 嗣子:石川哲平、妻:照子 1-2014
昭和31年2月 山内金三郎草画小展開催/2月21日から26日まで、阪急美術部陳列室にて 阪急百貨店美術部、山内金三郎 弥生画廊で水仙の画、2月21日が火曜日から昭和31年と推定 1-2015
昭和31年3月22日 本館新築に当たり、揮毫快諾、感謝 岐阜タイムス社   1-2016
昭和31年3月23日 第10回墨心会展開催に際し、揮毫お願い/5月下旬より、上野、名古屋、大阪にて展観 松坂屋   1-2017
昭和31年5月8日 『婦人之友』8月号表紙の画、早々にお願い/昨年依頼の件 婦人之友社柴美代子   1-2018
昭和31年6月13日 第2回現代日本美術展、盛会裏に終了、感謝/「ヤキバノカエリ」は引き続き、地方巡回展に借用 毎日新聞社現代日本美術展事務局   1-2019
昭和31年8月11日 お体不調の由、御見舞申し上げます/(1)湯沢先生の選挙で宇都宮へも2度参り、洋画展を開催(2)涼しくなりましたら参上の予定、何か作品を頂けたら幸い 長谷川仁   1-2020
昭和31年8月13日 第7回丹楓会開催に際し、出品お願い/10月30日から11月4日まで、高島屋にて 高島屋美術部 会員:伊藤廉外9人 1-2021
昭和31年8月 本市美術展への御高配、感謝/(1)本年度美術展、11月1日より7日まで開催(2)準備のため、係員参上に付、よろしく御引見の程を 岐阜市美術展覧会長岐阜市長松尾吾作   1-2022
昭和31年10月4日 寄贈書画工芸作品即売展開催に際し、揮毫依頼 朝日新聞大阪厚生文化事業団   1-2023
昭和31年10月7日 「蟇」、稲生安武氏を通じ頂き、感謝/小さい頃、御世話になったことが懐かしく 小林龍男 千葉医科大学封筒 1-2024
昭和32年4月15日 非公開     1-2025
昭和33年3月4日 先月はお邪魔した上、絵を頂き、感謝/(1)油絵「亀」が気に入りました、「蟻」も悪くない(2)14日お伺いの予定、油絵、日本画を頂きたくよろしく 猪飼正一   1-2026
昭和35年2月29日 色鉛筆貰いました、遊びにお出で 熊谷陽 色鉛筆画 1-2027
昭和35年4月14日 25日より色紙展(中村百貨店)開催/本日色紙送付、18日、塩田が参上いたします 加藤汐人 絵葉書:第9回五都連合展「白猫」守一画 1-2028
昭和35年7月7日 一昨日は長い間遊ばせていただき感謝/(1)陽、泰ともに元気(2)(表:陽の手紙) 熊谷陽、はる子 宛名:秀子も併記 1-2029
昭和35年12月10日 熊谷守一個人展開催/12月13日から18日まで、松坂屋ギャラリーにて 猪飼正一、松坂屋 絵葉書:「猫」守一画 1-2030
昭和35年12月22日 (クリスマスカード) 熊谷陽 (1)宛名:秀子も併記(2)消印とカード中の鏡面文字から昭和35年と推定 1-2031
昭和37年7月22日 昨日、画集を頂戴、明るい画に驚く/(1)朝からセロばかり弾いていらっしゃった頃を思い出す(2)奥様の花の絵を戦災で失う 三輪末子 宛名:熊谷秀子 1-2032
昭和39年5月13日 飛行機に乗ったら直ぐ食事 向井加寿枝 絵葉書:Eccles山 1-2033
昭和39年5月14日 パリでの展観目録を拝受、感謝/相変わらず、旅烏の生活 嘉治隆一 (1)宛名:秀子も併記(2)絵葉書:沈周廬山高図軸 1-2034
昭和39年5月 昨夜10時半出発、飛行機の旅/アンカレッジ経由、あと50分でハンブルグ着 熊谷秀子 絵葉書:アラスカの夕日 1-2035
昭和39年5月 宿はルーブルのある公園の近く、元気にて/ガルニエ画廊はいい部屋だが、思ったより小さい 熊谷秀子 絵葉書:パリ凱旋門 1-2036
昭和39年5月 パリ個展、評判はよい/(1)斎藤さんの未亡人と娘さんが参観(2)小杉さん、留守番感謝(3)くまのこ会の人へ、同封の絵葉書を送付、お願い 熊谷秀子 宛名:小杉放庵も併記(1)熊谷守一個展レセプション開催案内あり(2)封筒欠 1-2037
昭和39年7月13日 父(利雄)は3月8日死去/生前中の御厚情、感謝 櫛田久   1-2038
昭和39年7月22日 箱根にて、元気に過ごす 熊谷陽 宛名:秀子も併記 1-2039
昭和40年7月19日 ぼくたちは高原の家に来ています/明日から十国峠、金時山を廻る予定 熊谷陽 宛名:秀子も併記 1-2040
昭和40年8月14日 お見舞い品を頂き、感謝/お盆で田舎へ帰り、ちょっと不便 明石哲三 (1)宛名:秀子も併記(2)絵葉書:犬吠埼 1-2041
昭和29年・40年9月12日 長岡の生成会支部員駒形氏とお邪魔したい/例の中央飯店の小会は10月3日に 嘉治隆一 (1)宛名:秀子も併記(2)10月3日が日曜日から29,40年と推定 1-2042
昭和26年~40年12月22日 御滞在中の失礼のお詫び、御礼/主人は部屋の四方に先生の絵を掛け、楽しむ毎日 木村洋子 (1)宛名:秀子も併記(2)郵便料金10円から26年~40年と推定(3)木村洋子:定三の妻 1-2043
昭和41年1月23日 書「無盡蔵」「無一物」拝受、感謝/御礼として、作品5点を知人の小林正一氏に託す 棟方志功   1-2044
昭和41年2月1日 兄が描いていただいた父の肖像に御署名を/信時氏が亡くなり寂しいことと 林廣吉 林廣吉:林誠吉の弟 1-2045
昭和27年~41年2月3日 手術にて入院、その経過/病気への御見舞感謝 梅田しげ (1)宛名:秀子も併記(2)梅田しげ:佐藤しげが梅田と結婚か(3)郵便料金10円から26年~41年と推定 1-2046
昭和41年7月26日 学校の遠足にて、鵜原に来ています 熊谷泰 (1)宛名:秀子も併記(2)絵葉書:鵜原かっぱ浦 1-2047
昭和41年11月 尚美日本画、油絵展開催/油絵11月8日から12日まで、日本画21日から26日まで、壺中居にて 関尚美堂 (1)宛名:なし(2)封筒欠 1-2048
昭和41年12月27日 朝日新聞でお姿拝見/清水辺のオキナアメに似ている名物の飴、送付 梅田しげ (1)宛名:秀子も併記(2)梅田しげ:佐藤しげが梅田と結婚か 1-2049
昭和42年1月16日 小包拝受、感謝/年末に粗品送付 梅田しげ 宛名:秀子も併記 1-2050
昭和42年2月6日 先生の作、何でも1枚頂きたく/(1)4月に芽が出たら、野草をお持ちしたい(2)小豆島の片栗そうめんを送付 田中澄江 宛名:秀子も併記 1-2051
昭和42年4月1日 猫の画を頂き、感謝/(1)先生に捧げて、猫の小説集を出したい(2)5,6月には野草をお庭にお届けに 田中澄江 宛名:秀子も併記 1-2052
昭和42年7月21日 米寿記念展の目録送付、感謝/(1)そうめん、お茶少々送付(2)友人などを含め、近況報告 由井覚郎 宛名:秀子も併記 1-2053
昭和42年7月26日 学校で軽井沢に来ています 熊谷陽 (1)宛名:秀子も併記(2)絵葉書:武蔵青山寮から浅間山を望む 1-2054
昭和42年7月30日 小包拝受、感謝/田舎に土地を買ったので、移築する予定 梅田しげ 宛名:秀子も併記 1-2055
昭和42年8月21日 度々の御見舞、感謝/昨日は黄ちゃんと次郎の家に行きました 信時ミイ   1-2056
昭和43年3月2日 地震御見舞、感謝/(1)毎日新聞で御夫婦を拝見(2)2月にやっと引っ越し、近況について 梅田しげ 宛名:秀子も併記 1-2058
昭和43年3月13日 先日は大勢でお宅にお邪魔し、感謝/(1)こちらは雪と風と動物だけの静かな冬にて(2)来春5月にはまた東京の予定 岡田謙三、きみ (1)宛名:秀子も併記(2)差出人宅付近のカラー写真あり 1-2059
昭和43年7月7日 先生の個展の案内状と画録の送付、感謝/(1)上京の一番の収穫は、先生の作品を拝見できたこと(2)送付した草花、秋の七草の積もりにて(3)白牡丹、水墨画で描いてみたく 由井覚郎 宛名:秀子も併記 1-2060
昭和43年9月8日 東北地方を巡る/阿部の笹蒲を少々送付 井垣薫 (1)宛名:秀子も併記(2)絵葉書:松島 1-2061
昭和43年9月11日 御菓子御恵送、感謝/(1)この秋、第2回の展覧会を開催、それに向け作画中(2)来春には、有志にて東京で展覧会をやりたい 由井覚郎 宛名:秀子も併記 1-2062
昭和43年10月19日 テレビへの御出演、拝見/(1)京都にて展覧会開催、和洋画、工作など(2)本日、松茸少々送付 由井覚郎 宛名:秀子も併記 1-2063
昭和44年2月6日 御菓子御恵送、感謝/春と秋の2回展覧会開催に付、1年に10枚描きたい 由井覚郎 宛名:秀子も併記 1-2064
昭和44年2月17日 小包、お葉書拝受、感謝/右手不自由の上、赤ん坊の世話にて、御礼が遅れお詫び 梅田しげ 宛名:秀子も併記 1-2065
昭和44年3月18日 お便りと御菓子拝受、感謝/昨年11月に亡夫7回忌と長男の1週忌を行う 増田たま 宛名:熊谷秀子 1-2066
昭和44年4月12日 2月9日から4月13日までの近況報告 梅田しげ 宛名:秀子も併記 1-2067
昭和44年5月24日 新聞にて個展開催の記事、拝見/赤ん坊の写真送付、正月に静岡の島根さんから葉書あり 梅田しげ 宛名:秀子も併記 1-2068
昭和31年~44年5月 新椿会美術展覧会開催/昭和30年以来休館の資生堂ギャラリー再開 資生堂 (1)宛名:なし(2)坂本繁二郎:昭和44年7月没(3)封筒欠 1-2069
昭和44年6月8日 先生の回顧展を拝見でき、感激/奥様と会場でお会いし、お元気そうにて 由井覚郎 宛名:秀子も併記 1-2070
昭和44年7月 お便りと画集拝受、感謝/外岡、石渡様、御来訪の延期、清子のことよろしくお願い 増田たま 宛名:熊谷秀子 1-2071
昭和44年8月9日 お便りと洋菓子拝受、感謝/(1)6月に京都丸善でいつもの仲間と展覧会開催(2)来年は、娘夫婦が関東方面へ連れて行ってくれる予定(3)土地の産物を少々送付 由井覚郎 宛名:秀子も併記 1-2072
昭和44年9月15日 百日草の画を拝受、感謝/折を見て奈良の濱田さんの遺族にも連絡をしたい 酒井賢 酒井姓には「酒井濬一郎」あり 1-2073
昭和44年10月20日 手紙、あられ、目録送付の御礼/信太郎の成長など、近況 梅田しげ 信太郎の誕生は43年5月 1-2074
昭和44年12月16日 非公開     1-2075
昭和45年1月6日 年賀、トチ餅を送付/トチ餅は、千代の親類から送ってきた物にて 由井覚郎 宛名:秀子も併記 1-2076
昭和45年2月19日 友人の大野、先生の色紙を頂きたく参上/(1)家のことで御迷惑をお掛けし、申し訳なく(2)長女の白内障手術費のため、北海道へ渡る(3)絵らしい絵は1枚も描けず 伊藤彪 宛名:秀子も併記 1-2077
昭和45年3月 松尾市長の本、題字揮毫、感謝/松尾市長は69歳の若さながら中風にて自宅療養中 高田米吉 (1)封筒欠(2)松尾市長の病気(昭和44年8月に脳血栓)と朴の若葉から昭和45年3月と推定 1-2078
昭和45年5月27日 4月大阪大丸20人展にて先生の絵を観覧/一ファンとして鯛を送付 岡田三男   1-2079
昭和45年6月7日 サイン入り画集を拝受、感謝/マスカットを送付 岡田三男   1-2080
昭和45年6月9日 父へ画集送付、感謝/父は2月以来の病院生活で快方に向かう 上田隆郎 父:嘉治隆一 1-2081
昭和45年7月6日 御書「一去一来」拝受、感謝/(1)病気を乗り越えた今の私を励ますかのような言葉(2)焼失した家も再建中、ひげを生やした私の写真を送る 明石哲三 絵はがき:「再起新生」素玄、写真3枚 1-2082
昭和45年7月10日 葉書、御菓子、個展目録を拝受、感謝/大阪大丸での巨匠20人展にて、先生の作を観覧 由井覚郎 (1)宛名:秀子も併記(2)由井一家の写真4枚 1-2083
昭和45年8月10日 美意子死去の際の御厚情、感謝/(1)詩や散文などは草野心平君によって編纂出版の予定(2)詩誌『歴程』追悼号に先生からの手紙を掲載したい 庫田? 宛名:秀子も併記 1-2084
昭和45年8月10日 家族3人でのセントルイスでの生活、近況 Mr.&Mrs.Kataoka 宛名:秀子も併記 1-2085
昭和45年9月9日 主人死去に際し、丁寧なる悔状感謝/みづき会よりも御香典を頂戴し 松宮孝子 宛名:熊谷秀子 1-2086
昭和45年9月14日 御機嫌伺い/絵手紙(烏瓜)、俳句 中尾吸江 宛名:秀子も併記 1-2087
昭和45年9月19日 8月12日夫覚郎死去/心筋梗塞にて突然に、本人もさぞ心残りでなかったかと 由井千代 宛名:秀子も併記 1-2088
昭和45年10月2日 非公開     1-2089
昭和45年10月18日 覚郎死去に際し、御悔状を頂き感謝 由井千代 宛名:秀子も併記 1-2090
昭和45年11月15日 私の死後、寄附をしてくれることになった/「今しばらく貸してくれと言います、この手紙はヒミツ!」 颯田琴次   1-2091
昭和45年12月15日 お金を受け取りました/年末にお送りするみかんなど、確かに承りました 大江幸子 宛名:秀子も併記 1-2092
昭和46年2月28日 弔問御礼(静枝死去、法要) 大江邦樹 (1)宛名:なし(2)郵便にあらず 1-2093
昭和46年3月17日 私の死後の守一さんの絵について/日本の耳鼻咽喉学、音声学の奨学金として残したい 颯田琴次   1-2094
昭和46年3月19日 木版画拝受、父とともに感謝/大阪大丸での展覧会にて作品拝見 大江宏一 (1)宛名:熊谷秀子(2)「伯母」とあり 1-2095
昭和46年6月13日 原勝四郎遺作展開催に際し、御揮毫御礼/(1)遺作展は来春に予定(2)先日、お兄様御見舞に南部までお出かけの由 原厚子 (1)宛名:熊谷秀子(2)原厚子:勝四郎の妻(3)「お兄様」:邦樹か、ならば弟のはず(4)大江先生:宏一か 1-2096
昭和46年8月13日 日経新聞掲載の「私の履歴書」を拝見して/(1)令室秀子様は私の又従兄弟に当たる(2)2年ほど前にも、大江邦樹夫妻方へお伺い(3)宏一様より、邦樹夫妻御逝去の由、連絡あり 中村幸孝 邦樹夫妻:1月12日妻死去、7月7日邦樹死去 1-2097
昭和46年9月10日 小包とお手紙拝受、感謝/(1)弟様とその奥様の死去、お心残りのことと(2)清水の姉については困ることばかり 梅田しげ 宛名:秀子も併記 1-2098
昭和46年~.9.23 南部からお帰り後、さぞお疲れと拝察/写真ができたので送付 大江宏一、幾久代 (1)宛名:熊谷秀子(2)封筒欠(3)父親が出てこないからその死後と推定 1-2099
昭和46年11月27日 非公開     1-2100
昭和46年12月8日 御本拝受、感謝 増田たま 宛名:熊谷秀子 1-2101
昭和46年12月8日 『へたも絵のうち』御恵送、感謝 村上加兵衛   1-2102
昭和46年12月13日 『へたも絵のうち』拝読、感心 佐藤勇   1-2103
昭和46年12月13日 『へたも絵のうち』拝読、感心 大瀧益栄   1-2104
昭和47年1月7日 本の御恵送、感謝/清水の姉死去 梅田しげ 宛名:秀子も併記 1-2105
昭和47年1月31日 非公開     1-2106
昭和47年2月3日 高著拝受/目下眼病治療中に付、回復を待って拝読 梅原龍三郎   1-2107
昭和47年6月2日 アジアの書の近状について/(1)雑誌で青木の展覧会開催を読む(2)絵の方も少しはできるかと 坂本修   1-2108
昭和47年7月11日 大原美術館にて「陽の死んだ日」を拝見/若布送付 由井千代 (1)宛名:秀子も併記(2)絵はがき6枚あり 1-2109
昭和47年8月25日 非公開     1-2110
昭和48年1月17日 明石哲三死去と葬儀の連絡/3度目のシルクロードの旅の途中、カブールにて死去 明石花子   1-2111
昭和48年2月12日 無事葬儀を終え、今日は35日に 明石素玄尼(花子) 宛名:秀子も併記 1-2112
昭和48年3月6日 「明石素玄菜美術庵」準備中/(1)作品や蒐集の品々を展示した美術館に(2)窯もパパの弟子たちと近々再開を 明石素玄尼(花子) (1)宛名:秀子も併記(2)封筒欠 1-2113
昭和48年4月13日 本日は長時間に亘りお邪魔し感謝 画廊カスミ杉山冽   1-2114
昭和48年5月15日 体が弱り、身の回りのことだけで精一杯に 梅田しげ 宛名:秀子も併記 1-2115
昭和48年8月28日 帰国する日を決めず、暮らす毎日 坂本修 (1)宛名:秀子も併記(2)封筒欠 1-2116
昭和48年11月7日 弔問御礼(母たまの七七日法要) 増田妙子 宛名:なし 1-2117
昭和49年1月26日 妻しげ死去の折、御香典賜り感謝/ザボンを少々送付 梅田見   1-2118
昭和49年3月18日 弔問御礼(母幸子死去) 大江一夫   1-2119
昭和49年11月10日 御菓子をたくさん頂き、感謝/夏には屋根瓦をふき替えられた由、大変だったかと 由井千代 宛名:秀子も併記 1-2120
昭和49年11月18日 父の法要にて書いて頂いた軸を披露/御礼として縮みの木で作らせた杖を長男円平が持参 北原慶造   1-2121
昭和~51.10. 過日は御迷惑をお掛けし、松茸を送付/(1)中島さんの案内状印刷、御批判を頂きたく(2)先生用の年賀状を作成、御揮毫お願い 高田米吉 封筒欠 1-2122
昭和43年~52年4月20日 ヨモギの季節、越後のにおいをご賞味 内田収吉 郵送にあらず、郵便番号の枠から43年以降と推定 1-2123
昭和45年~52年5月18日 牡丹が散り、瀬戸内海の春も去る/大原美術館は毎日賑わっています 中尾宏 (1)年賀切手から45年以降と推定(2)牡丹画 1-2124
昭和52年6月5日 大山の山開き前夜祭を見る/今日は皆生温泉会館で句会 中尾吸江 (1)宛名:秀子も併記(2)中尾吸江:本名宏(3)絵葉書:大山 1-2125
昭和52年6月6日 先日は庄司俊吾とお邪魔をいたし、感謝/先生の「人間と自然」の生活の様、感銘いたし 越山健二 (1)宛名:秀子も併記(2)絵葉書:(版画)越山画 1-2126
昭和52年6月13日 今日は少し何かが描けるような気が/(絵手紙:鉄線) 伏屋博司   1-2127
昭和52年6月20日 角力番付表 待乳山昌治   1-2128
昭和52年12月5日 守一氏の死に際し、ただ合掌/御遺族の安泰を念じつつ 加藤浩 宛名:故熊谷守一方家族 1-2129
昭和52年12月6日 私も少しは絵を描くことを考えてみたい/(絵手紙:いちょう) 伏屋博司 宛名:熊谷秀子 1-2130
昭和52年12月29日 年賀 はしもと努 (1)宛名:秀子も併記(2)版画:馬の文字 1-2131
昭和52年12月30日 年賀/先生の御冥福を祈ります 飯沼瑛 (1)宛名:熊谷(2)版画 1-2132
昭和52年12月31日 先生の社会福祉へのご芳情に対し感謝/先生より公私に亘り御恩恵を拝受 西野源 宛名:熊谷秀子 1-2133
昭和52年12月31日 先生の絵の風呂敷、お送り下され感謝/お邪魔したときの先生との思いでの数々 飯嶋雪 宛名:熊谷秀子 1-2134
昭和52年12月31日 昨日はいろいろお送りいただき、感謝 亀岡光代 宛名:熊谷秀子 1-2135
昭和52年12月31日 年賀 早川頼子 宛名:熊谷秀子 1-2136
昭和43年~52年 メモ:中津川、丸山、竪福表装、一陽来福/いろはにほへと...... 美術いわた岩田成知 (1)郵送にあらず(2)封筒の郵便番号枠から昭和43年以降と推定 1-2137
昭和52年 年賀 村山祐太郎 (1)宛名:なし(2)馬、「九十七才守一」 1-2138
昭和53年1月1日 年賀 中尾吸江 (1)宛名:熊谷秀子(2)中尾吸江:本名宏 1-2139
昭和53年1月1日 年賀 村山祐太郎 (1)宛名:熊谷秀子(2)馬、「九十七才守一」 1-2140
昭和53年1月1日 寒中見舞 園巳代治 宛名:熊谷秀子 1-2141
昭和53年1月1日 寒中見舞 大山八 (1)宛名:熊谷秀子(2)絵葉書:馬頭観音像(版画) 1-2142
昭和53年1月1日 先生が亡くなられ淋しい新年をお慰め 横井留男 宛名:熊谷秀子 1-2143
昭和53年1月1日 年賀 世良正 (1)宛名:熊谷秀子(2)版画:馬 1-2144
昭和53年1月1日 年賀 平野朔郎   1-2145
昭和53年1月1日 年賀 『心』編集室   1-2146
昭和53年1月1日 年賀 仏蘭西料理エヴァンタイユ   1-2147
昭和53年1月1日 年賀 北原慶造 宛名:熊谷秀子 1-2148
昭和53年1月1日 年賀 大塚巧芸社並木武雄 絵葉書:横山大観画 1-2149
昭和53年1月1日 年賀欠礼 小出進 宛名:熊谷秀子 1-2150
昭和53年1月1日 先生の御冥福を祈る 熊谷富良 宛名:熊谷秀子 1-2151
昭和53年1月1日 年賀 田口太実 宛名:熊谷秀子 1-2152
昭和53年1月1日 先生の御冥福を祈る 安藤好男 宛名:熊谷秀子 1-2153
昭和53年1月5日 年賀/イブの日女児誕生、素子と名付ける 荒川玄二郎 宛名:熊谷秀子 1-2154
昭和53年1月6日 年賀 梅田秀樹 宛名:熊谷秀子 1-2155
昭和53年1月6日 昨年の年賀状に先生を偲ぶ 山本久美子 宛名:熊谷秀子 1-2156
昭和53年1月18日 先生の御冥福と奥様の御健康を祈る/春には付知の記念館とお墓参りをしたい 中尾吸江 宛名:熊谷秀子 1-2157
昭和53年1月19日 寒中見舞/本年も暖かくなったら上京し、お目にかかりたい 熊谷朋助 宛名:熊谷秀子 1-2158
昭和53年1月25日 『アサヒグラフ』で先生に関わる写真を拝見/(1)退院、上京の日が待ち遠しい(2)三尾さんは時々顔を見せてくれます 遠藤一文 宛名:熊谷秀子 1-2159
昭和53年1月26日 先生の著書への照会に付、御返事感謝/『へたも絵のうち』を拝読、近頃にない読み物にて感激 市民新聞社黒川弥吉郎 宛名:熊谷秀子 1-2160
昭和53年1月26日 『アサヒグラフ』で先生の特集を拝見/特集作りでの奥様の御苦労を思います 田村玄一郎、久子 (1)宛名:熊谷秀子、恵美 1-2161
昭和53年1月29日 寒中見舞 河井寛次郎記念館 (1)宛名:熊谷秀子(2)絵葉書:河井寛次郎作 1-2162
昭和53年1月 会葬御礼(要二葬儀) 鈴木基子、威雄 (1)宛名:熊谷秀子(2)封筒欠 1-2163
昭和53年3月2日 熊谷榧様個展の御案内、感謝/『アサヒグラフ』で先生の特集を拝見 林猛 宛名:熊谷秀子 1-2164
昭和53年3月16日 おば様、御病気にて来訪中止、とても残念/早く元気になられて、来てくださることをお待ちする 片井和巳内須美子 宛名:熊谷秀子 1-2165
昭和53年3月23日 中津川に先生を敬服する老画家あり/4月中旬、付知を含めて訪ねる予定 東正佳 宛名:熊谷秀子 1-2166
昭和53年3月30日 当方元気に旅しています/成田空港の事件、日本の内乱と報道 原田宣穂 (1)宛名:熊谷秀子(2)絵葉書:タイガーバーム庭園 1-2167
昭和54年4月10日 『エコノミスト』誌の随想、感慨深く読む 熊谷秀子 (1)宛名:林要(2)絵葉書:熊谷守一展1978 1-2168
昭和54年9月19日 訃報[父巧記(尚三)死去] 西山由高 宛名:熊谷秀子 1-2169
昭和54年9月24日 御尊父の御逝去に際し、遠く御冥福を祈る/歩行不自由に付、お参りできず 熊谷秀子 (1)未発送の書簡(2)宛名:西山由高 1-〃
昭和54年10月10日 原勝四郎油彩小品展開催/(1)10月13,14日、田辺商工会議所にて(2)11月4日教育テレビ『日曜美術館』を御覧下さい 池田諒、陽子 (1)宛名:熊谷秀子(2)池田陽子:原勝四郎の娘(3)絵葉書:「バラ」原勝四郎画 1-2170
昭和54年10月27日 先日、伊勢丹でルノアール展を観る/私も一生絵を描きたい 伏屋博司 (1)宛名:熊谷秀子(2)絵葉書:ルノワール画 1-2171
昭和54年12月 年賀欠礼 西山由高 宛名:熊谷秀子 1-2172
昭和55年5月28日 (前欠)京都での御遺作展、よい追悼に 熊谷秀子 宛名:浜中房枝 1-2173
昭和55年8月19日 『日展史文展編1』への掲載許可、感謝/(掲載箇所抜き刷り2枚) 日展 宛名:熊谷秀子 1-2174
昭和55年9月25日 『連盟ニュース』No.273,9月25日発行 日本美術家連盟 宛名:熊谷秀子 1-2175
昭和55年11月13日 大原50年記念の式に参加/古備路を歩く 荒川玄二郎 (1)宛名:熊谷秀子(2)大原美術館絵葉書 1-2176
昭和55年11月22日 『茂吉秀歌』拝受、感謝/御詠歌の一節同封 高田米吉 宛名:熊谷秀子 1-2177
昭和55年11月30日 渋谷龍吉写真展案内、ナガセフォトサロンにて/村山様とは月2,3回お会いしています 渋谷龍吉 宛名:熊谷秀子 1-2178
昭和55年12月3日 年賀欠礼(4月に母死去) 田口守彦 宛名:熊谷秀子 1-2179
昭和55年12月9日 『茂吉秀歌』拝受、感謝 柏木喜一 宛名:熊谷秀子 1-2181
昭和55年12月17日 御本拝受、感謝/(1)熊野へ取材に、南部や千里の浜を回る(2)先生の作品をたくさん使わせていただいた花の本を送付 田崎正子 宛名:熊谷秀子 1-2182
昭和55年12月 年賀欠礼(父矢田修の喪中に付)/亡父の意志を継いで画業に一層励む所存 矢田健爾 宛名:熊谷秀子 1-2183
昭和56年1月4日 会葬御礼(武者小路侃三郎葬儀) 武者小路妙子 (1)宛名:なし(2)郵送にあらず 1-2184
昭和56年2月4日 朝鮮人参を少々送付/友人が開城の人参を持参 林要 宛名:熊谷秀子 1-2185
昭和56年2月9日 昨年暮れに先生の御本送付、感謝/画室に引きこもり、榧さんの展覧会にも出掛けられず 竹谷富士雄 宛名:熊谷秀子 1-2186
昭和56年2月 京都国立近代美術館54年度年報送付/榧さんの随筆を掲載につき、年報送付 玉田幸人 (1)宛名:熊谷秀子(2)郵送にあらず 1-2187
昭和56年6月13日 毎日新聞の「あじさい」贋作報道について/取材など、御迷惑をお掛けしお詫び 梅田画廊矢倉八郎 (1)宛名:熊谷秀子(2)小磯作品贋作事件から昭和56年と推定 1-2188
昭和56年11月11日 展覧会に付、作品の絵葉書制作お願い/「若き日の巨匠秀作展」開催要項、熊谷守一画「裸婦」 サンケイ新聞社 宛名:熊谷秀子 1-2189
昭和56年12月 熊谷榧油絵個展開催案内/来春5月の暖かいときに遊びにどうぞ 熊谷榧 宛名:熊谷秀子 1-2190
昭和57年1月11日 大平猛雄遺作展案内/熊谷守一、原勝四郎、原愛造先生に巡り会った青春時代 大平洋子 (1)宛名:熊谷秀子(2)大平洋子:大平猛雄の娘 1-2191
昭和57年1月28日 孫誕生のため、2日より上京中/3月頃まで滞在、またお電話をしたい 榎倉千代 宛名:熊谷秀子 1-2192
昭和57年12月14日 年賀、先日の台風は被害無く無事/11月にハワイ美術院展に出品、入賞、別便で記事送付 大江正夫 (1)宛名:熊谷秀子(2)クリスマスカード 1-2193
昭和58年5月10日 御香華料御礼(妻死去)/電話での辛夷や朴の花の話に昔が思い出される 高田米吉 宛名:熊谷秀子 1-2194
昭和58年6月6日 先生作品の絵葉書への使用了解、感謝/絵葉書は婦人之友80年記念に出席の方へ配付 婦人之友社柴美代子 (1)宛名:熊谷秀子(2)郵送にあらず(3)守一死後のため53年以降と推定 1-2195
昭和58年7月28日 暑中見舞 ギャラリーなかつみ 宛名:熊谷秀子 1-2196
昭和58年 守一の署名掲載について 新日本出版社田畑木利子 (1)宛名:熊谷秀子(2)郵送にあらず(3)2198の暑中見舞以前と推定 1-2197
昭和58年7月29日 暑中見舞 新日本出版社田畑木利子 宛名:熊谷秀子 1-2198
昭和58年7月29日 暑中見舞 葡萄屋松坂哲明 宛名:熊谷秀子 1-2199
昭和58年7月29日 先生の七回忌、御冥福を祈る/マスカットを送付、御霊前に 中尾宏(吸江) 宛名:熊谷秀子 1-2200
昭和58年10月 熊谷榧水彩画展開催/美術画廊新装記念、10月28日から11月2日まで 岐阜近鉄百貨店 (1)宛名:なし(2)10月28日が金曜日から昭和58年と推定 1-2201
昭和52年~58年秋 (絵手紙)「雨あがり尾花も露をはらいけり」 鈴木十五郎 宛名:熊谷秀子 1-2202
昭和58年11月2日 「無人春日長」を賜り、恐縮 守屋篤太郎 宛名:熊谷秀子 1-2203
昭和58年11月15日 年賀欠礼 山谷益之、佳代 宛名:熊谷秀子 1-2204
昭和58年11月17日 榧さんの手紙にて転居の趣、伺う/体調不良にてお伺いができず、お詫び 松村外次郎 宛名:熊谷秀子 1-2205
昭和58年11月20日 お便り拝受、感謝 鈴木十五郎 宛名:熊谷秀子 1-2206
昭和58年11月22日 お引越の御挨拶、拝受/上田市のリンゴ園からリンゴを送付 大宮貞男、寿々 宛名:熊谷秀子 1-2207
昭和58年12月12日 お引越の御挨拶、拝受 梅田見 宛名:熊谷秀子 1-2208
昭和58年12月15日 近況を榧さんから伺い、安堵/(1)榧さんの個展で久しぶりに外出(2)伊勢丹からボケの鉢植えを送付 松村外次郎 宛名:熊谷秀子 1-2209
昭和58年12月23日 『婦人之友表紙画撰』拝受、感謝 松村外次郎 宛名:熊谷秀子 1-2210
昭和43年~58年   日本経済新聞社松田春樹 (1)宛名:熊谷秀子(2)中身欠、表「南部よりの手紙」とあり(3)郵便番号枠と宛先住所から推定 1-2211
昭和59年1月9日 先生の絵を順々に替えて拝見/御礼が遅くなり申し訳なく 猪飼とし子 宛名:熊谷秀子 1-2212
昭和59年3月7日 弔慰、芳志御礼(今泉篤男死去) 今泉卓也 (1)宛名:熊谷秀子(2)宅配便送り状あり 1-2213
昭和59年3月11日 『蒼蠅』市販についてのお尋ね 中野禎次郎 宛名:熊谷秀子 1-2214
昭和59年3月14日 昨年6月より人工透析、養生の日々/黄さんご一家とお暮らしにて、さぞ心丈夫のことと 大江宏一 (1)宛名:熊谷秀子(2)宛先住所から昭和59年と推定(3)「写真在中」とあるも欠 1-2215
昭和59年4月2日 御機嫌伺い、春のお便りに花を送付 松村外次郎 宛名:熊谷秀子 1-2216
昭和53年~59年4月18日 展覧会開催の案内/御機嫌伺いを兼ね、表敬の次第 松村外次郎、恵 (1)宛名:熊谷秀子(2)郵送にあらず 1-2217
昭和52年~59年 手まりの写真撮影に際し、感謝/写真家の藤森氏の紹介による撮影、写真掲載の本を送付 編集企画社重田真理 (1)宛名:熊谷秀子(2)郵送にあらず 1-2220
大正・昭和12年22月 返事が遅くなったことのお詫び/お訪ねするつもりだったが、今年中はできない 佐藤しげ (1)宛名:熊谷秀子(2)封筒欠 1-2222
昭和.2.26 自作の目鏡、お貸し下されたく/御自慢の何々琴、御持参の上、御来遊を待つ 島倉文夫 郵送にあらず 1-2223
昭和.7.18 非公開     1-2224
昭和.. (部分:前後欠)油絵を「かけもの」にする/片岡市郎が取り組む (差出人不明) (1)封筒欠:宛名不明(2)片岡市郎:以白会同人 1-2225止

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