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第1部近世公文書

岐阜県歴史資料館所在史料目録

第38集堀一郎家文書目録(上)

第1部近世公文書

年月日 文書名 作成 受取 文書番号
1.支配
文久元年6月改 定(大庄屋・両元取・井頭・大作目付・諸惣代等の勤務規定に付通達)(写) 役所   1通 1の1
丁卯(明治3年)1月18日 南上加納村始回状覚(米三十俵堀泰一郎江渡す)(原本) 小原嘉一郎・辻彦蔵・海藤恭平(加納藩代官) (南上加納村・西上加納村・東上加納村・東六条村・宇佐村)右村々庄屋中 1通 1の2
午(明治3年)12月28日 (別紙之通布告候間此段得其意尤社寺院江茂可申達者也)(回状)(原本) 加納藩庁掌 西庄外十ヶ村庄屋(別紙欠) 1通 1の3止
 2.土地
年月日未詳 差入申一札之事(当村地内の御堤新規作付小段御普請、貴村地内に懸る敷地の掟米差入に付定書)(下書)~ 村百姓代・組頭・庄屋誰印 爪村御庄屋 1通 2の1止
 3.貢租
天保8年2月 天保八年酉年先納金通(原本) 庄屋江崎順右衛門 堀正輔 1通 3の1-1
(天保8年) 酉先納金請取通(原本)   高川原村庄助 1通 3の1-2
天保9年 天保九年戌先納御通(原本)   堀庄助 1通 3の1-3
天保9年 天保九年先納通(原本) 年番江崎儀七郎 堀庄助 1通 3の1-4
(天保9年) 戌先納金請取通(原本) 高川原村庄屋 庄助 1通 3の1-5
亥(天保10年)4月26日 亥先納金并御金講金仕取通(原本) 高川原村庄屋 庄助 1通 3の1-6
亥(天保10年) 亥月割先納御通(原本)   堀庄助 1通 3の1-7
子(天保11年) 子先納御通(原本) 庄屋江崎庄兵衛 堀庄助 1通 3の1-8
子(天保11年) 子先納金請取通(原本) 高川原村庄屋 庄助 1通 3の1-9止
戌天保9年11月 借用申金子之事(金百両也利足一両に付一ヶ月銀七分来亥十一月限、引当足谷立林内の材木)(原本) 高木修理内代官元〆三輪作左衛門外勘定方、郷方等五人(裏書修理) 加納宿丸井屋殿佐助取次 1通 3の2
子(天保11年か)12月25日~丑(天保12年か)9月14日 人別調達金通(原本) 頭取尾関仁兵衛・松波文右衛門・堀江久次郎・浅野松之進・森市次郎 次木村堀庄助 1通 3の3
丑(天保12年)11月22日 覚堀庄助(元利合七拾弐両ト八分、此米百六拾五俵ト弐斗五升弐合、内米弐拾八俵清村渡り、百三拾七俵宇佐村渡り、右相渡皆済)(原本) 堀庄助(調達頭取印が押してある)   1通 3の4
天保13年2月 天保十三年寅ニ月先納通(原本) 西之庄 庄助 1通 3の5-1
酉(嘉永2年か)6月27日~10月13日 酉月割先納金通(原本) 江崎庄兵衛 堀庄輔 1通 3の5-2
戌(嘉永3年か)2月28日~9月29日 戌月割先納通(原本) 江崎庄兵衛 堀庄助 1通 3の5-3
戌(嘉永3年か) 先納金通(原本) 江崎庄兵衛 堀庄助 1通 3の5-4
丑(嘉永6年)2月29日 丑先納金請取通(原本) 高河原村庄屋 庄助 1通 3の5-5
丑(嘉永6年か)1月29日~8月23日 丑月割先納通(原本) 江崎庄兵衛   1通 3の5-6
丑(嘉永6年か)2月 丑月割先納通(原本) 江崎庄兵衛 堀庄助 1通 3の5-7
寅(嘉永7年か)2月16~4月14 寅三月並金之通上佐波(原本) 庄屋仙右衛門・同断勇右衛門 庄助 1通 3の5-8
寅(嘉永7年)2月21日~閏7月24 寅月割先納通(原本) 江崎庄兵衛 堀庄助 1通 3の5-9
寅(嘉永7年か)3月 寅三月分一金一朱と八十二文(引合書)(原本)   庄助 1通 3の5-10止
○5-1~10止は、かんぜよりで縛ってあった。
寅(天保13年か)4月 覚(先納金覚か天保四年~十一年)(控)     1通 3の6
辰(安政3年か).正.29日~6月23日 辰月割先納通(原本) 江崎庄兵衛 堀庄助 1通 3の7-1
午(安政5年か)3月26日~7月11月 午先納金通(原本) 邦三郎 堀庄助 1通 3の7-2
未(安政6年か).正.21月~10月11月 未先納金覚(原本) 邦三郎 庄助 1通 3の7-3
(万延元か)2月5日~15日 申之先納金覚(原本) 邦三郎 庄助 1通 3の7-4
酉(文久元年)9月18日 酉先納金覚(原本) 邦三郎 庄助 1通 3の7-5
文久2年戌4月20日~9月17日 戌月割金覚(原本) 邦三郎 庄助 1通 3の7-6
戌(文久2年か)2月21日~3月21日 戌之先納通(原本)   浅右衛門 1通 3の7-7
文久3年3月 亥歳先納村取替金証文通(原本) 年番臼井浅右衛門 堀泰一郎 1綴 3の7-8止
未(安政6年か) 未御年貢勘定(控)   堀泰一郎 1綴 3の8
未(安政6年か).大晦日 未御勘定之事やぶた(原本) 庄屋篠田武八郎 庄助 1通 3の9-1
未(安政6年か).大晦日 未免割勘定下なら(原本) 庄屋江崎勘右衛門 庄助 1通 3の9-2
未(安政6年か).大晦日 未御年貢米勘定西庄東組(原本) 東西庄庄屋浅野助左衛門 庄左衛門 1通 3の9-3
未(安政6年か) 未之御物成之通上左波(写)   庄助 1通 3の9-4
未(万延元年)2月13日 未御物成之通(原本) 庄屋山田五左衛門 長六 1通 3の9-5
未(万延元年)2月13日 未之御物成之通(原本) 預り庄屋山田五左衛門 金作 1通 3の9-6
(万延元).閏3月5 未御物成之通下佐波(原本) 庄屋青木久兵衛 庄助 1通 3の9-7
申(万延元)閏.3日月2日~6月13日 未御物成勘定(未年、権庄の内訳挟みあり)(下書) 高河原村庄屋堀権蔵 庄助 3通 3の9-8止
申(万延元か) 申年御物成勘定(帳)(控) (1)泰一郎(2)堀太一郎預り高金作(3)堀泰一郎・半兵衛   1綴 3の10
文久3年亥10月 御冥加取調帳次木村(控) 組頭惣四郎・平左衛門・房右衛門庄屋堀泰一郎・江崎謹六郎 藤田孫九郎・辻彦蔵・神山兵蔵 1綴 3の11
(慶応2年か)3月晦 覚(金百両内三十六両調達残納金六拾四両御扶持米代金納受取証)(原本) 安達重兵衛 堀泰一郎 1通 3の12
寅(慶応2年)4月23日 覚(金百両御扶持米の内受取証)(原本) 安達重兵衛 堀泰一郎 1通 3の13-1
寅(慶応2年)12月28日 覚(金拾壱両御当借御調達金受取証)(原本) 詰合浅野助之右衛門・葛西吉右衛門 堀泰一郎 1通 3の13-2止
寅(慶応2年)1月2.大晦日 覚(金四両ト札一両〆五両御年貢金納受取に付)(原本) 堀権蔵 堀泰一郎 1通 3の14-1
(慶応2年か) 覚(札五両御年貢金受納に付)(原本) 庄屋旧井武右衛門 堀泰市郎 1通 3の14-2止
慶応2年12月 寅年免割下調帳次木村(下書)     1冊 3の15
(慶応2年か) (堤御運上・柳運上・葭野御運上清算書)(下書)(慶応2年文書と共にあり)     1通 3の16
自慶応3年年12月25日~慶応4年7月23日 御扶持米覚(控) 堀泰一郎   1通 3の17
慶応4年4月~明治元年10月 辰年先納金覚(控)     1通 3の18
辰(明治元か)11月~巳(明治2年か)7月 (辰・巳年加助米千五百俵割納方払方仕訳帳)(下書) 堀泰一郎   1綴 3の19
明治2年巳2月 借用申金子之事(金百五拾両也御操上金御調達に付借用証文)(原本)(「証文壱通堀久次郎」とある包紙に包んであった) 中鶉村百姓代源五郎・組頭庄右衛門外2人・庄屋甚助・同断堀江久次郎 堀江藤兵衛殿取次 1通 3の20-1
明治3年午3月 借用申金子之事(金弐百両也御操上之金御調達に付借用証文)(原本)(「証文壱通堀藤江中鶉村」とある包紙に包んであった) 中鶉村庄屋堀江久四郎・右村証人庄右衛門 堀江藤平 1通 3の20-2止
巳(明治2年)3月11日 (1)覚(米代之内金札二百五十両請取状)(原本) 魚屋七右衛門 日置江青木平弥 1通 3の21-1
巳(明治2年)7月26日 (2)覚(米千俵口清算状)(原本) 魚屋国太郎 柏屋甚四郎 1通 3の21-1
巳(明治2年)4月9日 (1)覚(笠松ヨリ入米五拾五俵請取状)(原本) 安岡傳七 元取中 1通 3の21-2
巳(明治2年)4月13日 (2)覚(笠松ヨリ入米百廿三俵請取状)(原本) 安岡傳七 下郷元取中 1通 3の21-2
巳(明治2年)4月13日 (3)覚(笠松ヨリ入米七拾壱俵請取状)(原本) 安岡傳七 下郷元取中 1通 3の21-2
巳(明治2年)4月13日 (4)覚(先役中納り居候分二百三拾六俵・百六拾四俵請取状)(原本) 安岡傳七 下郷元取中 1通 3の21-2
巳(明治2年)1月2月10日 (1)覚(東下川手村ヨリ入米拾俵受取状)(原本) 御元蔵 堀泰一郎 1通 3の21-3
巳(明治2年)1月2月11日 (2)覚(米拾俵受取状)(原本) 御元蔵 堀泰一郎 1通 3の21-3
巳(明治2年)1月2月17日 (3)覚(笠松表へ返納金三拾両受取状)(原本) 元取・大庄屋 堀泰一郎 1通 3の21-3
午(明治3年).正.5月 (1)覚(御引札八両小物成金之内受取状)(原本) 泉三蔵 次木村庄屋 1通 3の21-4
辛未(明治4年)3月28日 (2)記(米二拾壱俵請取状)(原本) 民政掛 次木村庄屋 1通 3の21-4
年未詳3月25日 (3)記(午年小物成請取状)(原本) 飯田誠一郎 次木村庄屋 1通 3の21-4
午(明治3年).正.24日 覚(御定用・笠松返納・御切手返納金等諸調達金差引清算状)(原本) 組元取・大庄屋 堀泰一郎 1通 3の21-5
午(明治3年)2月18日 (1)覚(金札弐百両当借証書)(原本) 民政掛 堀泰一郎 1通 3の21-6
午(明治3年)3月17日 (2)覚(金札四百両当借証書)(原本) 民政掛 堀泰一郎 1通 3の21-6
辛未(明治4年).正.27日 覚(御年貢竹先納に付納付状)(原本) 次木村庄屋堀泰一郎 営繕御役所 1通 3の21-7
年未詳.正.27 覚(堤運上請取状)(原本) 営繕御役所 次木村堀泰一郎 1通 3の21-8止
○21-1~8止は、「年々調達請取書入」堀光暉控とある袋に入っていた。
巳(明治2年か)8月27日 (辰年分差継直段に付照会状)(写) 会計御役所   1通 3の22
巳(明治2年か)10月26日 覚(加助米二百俵売渡申候に付約定書)(下書) 堀泰一郎・青木平弥 堀江藤平 1通 3の23
明治2年12月.晦日 覚(金札七十五両也御年貢未進之内江受取申候に付)(原本)(紙面を抹消してある) 堀泰一郎 江崎謹六郎 1通 3の24
巳(明治2年か)12月 巳年調達金(内訳)覚(控)     1通 3の25
明治2年12月 借用申金子之事(金弐百両也御上様調達金・其外村方小前未進之内へ)(原本) 借主堀江久次郎・証人甚助 尾藤段四郎・中嶋彦三郎 1通 3の26-1
明治4年.正 借用申金子之事(金弐百両也小前未進米并御扶持米代取替之内へ)(原本) 庄屋堀江久次郎 尾藤段四郎・中(嶋)彦(三郎) 1通 3の26-2止
○26-1~2止は、「証文壱通弐百両口尾段口堀江久次郎」とある包紙に包んであった。
明治4年辛.正 一札差入申証文之事(金弐百八拾両也村方先納金ニ差支借用仕候に付)(原本) 中鶉村庄屋堀江久次郎 加納九町目油屋嘉七様御取次 1通 3の27-1
明治4年辛.2月 一札差入申証文之事(金百七拾両村方先納金ニ差支借用仕候に付)(原本) 中鶉村庄屋堀江久次郎 加納九町目油屋嘉七殿御取次 1通 3の27-2
明治4年辛未6月 借用申金子之事(金七拾両也四月金五拾五両也六月御上様調達金先納金ニ差支申候に付)(原本) 中鶉村庄屋堀江久次郎 かノ九町目油屋嘉七 1通 3の27-3
酉(明治6年)9月.晦日 覚(元金百六拾八両壱朱内金百五拾円請取証文)(原本) 油屋嘉七 堀泰一郎・堀江久次郎 1通 3の27-4止
○27-1~4止は、「証文壱通堀江油屋口」とある包紙に包んであった。
未(明治4年か)2月29日 (1)覚(米十三俵御繰上ケ先納受取証)(原本) 預り庄屋赤堀百太郎・預り組頭喜四郎・同断久平 円七 1通 3の28
(明治4年か) (2)口上(上佐波村円七江切出し米十三俵に付)(写)     1通 3の28
明治4年未3月 覚(米四拾両代金当未先納へ受取証文)(原本) 庄屋堀江久次郎 岩田源左衛門 1通 3の29-1
明治4年未5月 借用申金子之事(金六拾両也村入用ニ付借用証文)(原本) 堀江久次郎 岩田源左衛門 1通 3の29-2
(明治6年か) (1)覚(新元金金百弐両四十四匁差引引合書)(下書)     1通 3の29-3止
(明治6年か) (2)別紙(米四拾両口并に金子六拾両口)証文弐通之分へ金子相済口(訳合書)(下書)     1通 3の29-3止
未(明治4年か)12月1日 覚書(加助米七十六俵川岸出し代金百両也・右当月四日限受渡之筈に付)(写) 堀泰一郎 竹屋町八百屋久兵衛 1通 3の30
未(明治4年か) 未年掟米覚(勘定書)(下書)     1通 3の31-1
未(明治4年か) 未御年貢勘定(書)(下書)   泰一郎 1通 3の31-2
申(明治5年か) 鶉村申年掟米(勘定書)(下書)     1通 3の31-3止
○31-1~3止は、かんぜよりで縛ってあった。
申(明治5年)2月14日 申御年貢米勘定(皆済書)(原本) (下なら)戸長江先勘一郎 堀泰市郎 1通 3の32-1
壬申(明治5年)5月2日 壬申諸税勘定(帳)(原本) 上サバ吉村仙右衛門 堀庄助 1通 3の32-2
申(明治5年か) (中鶉)申御年貢勘定(書)(下書)   堀泰一郎 1通 3の32-3
申(明治5年か) (東鶉)申貢米勘定(書)(原本)   次木泰一郎 1通 3の32-4
申(明治5年か) 記(申御年貢受取証)(原本) 堀江三郎助 堀泰市郎・青谷庄右衛門 1通 3の32-5
酉(明治6年)4月25日 (西鶉)申之歳御年貢米勘定帳(原本)   泰一郎 1通 3の32-6
酉(明治6年)10月24日 壬申貢米勘定(皆済書)(原本) 戸長(西庄東組)後藤豊太郎 泰一郎 1通 3の32-7
酉(明治6年)11月1日 壬申貢米勘定(帳)(原本) (西庄西組)伊藤左蔵 堀庄助 1通 3の32-8
戌(明治7年)2月18日 申租税勘定(帳)(原本) (下サバ)青木助四郎 堀庄助 1通 3の32-9止
○32-1~9止は、かんぜよりで縛ってあった。
明治5年3月 記(元金百二十五両宛四ヶ年積立合五百両也献金証券)(写)(「証券健次郎・平弥外四名献金証」とある包紙に包んであった。) 堀宗四郎他5人 浅岡隆・中村郡平殿御取次 1通 3の33
申(明治5年か) 申年御分知様月割調達受取覚(状)(原本) 横山友之丞・永田十三郎 堀泰一郎 1通 3の34
明治5年~9 申年御物成勘定帳・明治六年御年貢勘定(帳)・明治七年・八年・九年租税勘定(帳)(下書) 江崎一六郎 江崎吾一 1綴 3の35
卯6月15日 覚(金三両也庄助右之通月並割付之分受取に付)(原本) 庄屋仙右衛門 庄助 1通 3の36
卯12月8日~辰2月16日 覚(卯・辰年払米請取書うつし仕候に付)(写) 西鶉村庄屋   1通 3の37-1
卯仕立目録西鶉村(写)     1通 3の37-2止
辰2月18日 卯之御物成之事(米一石一斗五升八合四勺内祐助〆一石五斗五升三合二勺引残テ三斗八升三合庄助ニ入右皆済に付)(原本) 預り庄屋竹内武左衛門   1通 3の38
辰5月~11月 辰年之調達覚(控)     1通 3の39
午年御分知調達金(御通)(原本) 太田得蔵 堀庄助 1通 3の40-1
未年御分知月割(調達金御通)(原本) 横山友之丞・太田得蔵 堀泰一郎 1通 3の40-2止
○40-1~2止は、「御分知様調達金御通入」とある袋に入っていた。
年日未詳戌.正 月割調達金請取通(原本) 神山兵蔵・辻彦蔵・藤田孫太郎・嶋友三郎 次木村庄屋中 1通 3の41
年未詳6月30日 (御分知様月割拾両受取書)覚(原本) 永田十三郎 堀泰一郎 1通 3の42
年未詳10月20日 覚(金三拾両也右臨時調達慥ニ受取候也)(原本) 小原嘉一郎 堀泰一郎 1通 3の43
年未詳12月1日 廻状覚(十二月三日限米二百四十三俵堀泰一郎御渡に付)(原本)(「廻状御代官」とある包紙に貼付してある) 堀謹蔵・後藤恭平・辻彦蔵・飯田誠一郎・小原嘉一郎 右村々庄屋 2通 3の44
年月日未詳 覚(十二月三日限米二百四十三俵堀泰一郎御渡に付)(控)     1通 3の45
年月日未詳 御約定返済調・辰年分御繰上ゲ(上郷下郷高当り金内訳書)(下書)     1通 3の46
年月日未詳 年玉覚(百疋~三百疋届け先らしき名前17あり、都合九両三分)(控)     1通 3の47
年月日未詳 津米三人様割合覚但二百八俵也(青久・堀泰・青平に付、諸勘定差引清算ニ月半納分・十月半納分とあり、貢祖関係か)(控)     1通 3の48
年月日未詳 (御年貢間違分・未進分・町宿入用分等に付書状及右明細箇条書・免割相場に付手紙)(原本) 臼井浅右衛門 堀泰一郎 2通 3の49
年月日未詳 御拝備米に付取立不足銀(書上記)(原本)     1部 3の50止
 4.村政
安政3年4月.吉 御肴御入用書類(諸料理等勘定書)(原本) まつや半治郎 堀庄助 1綴 4の1
万延2年酉4月 小前銘々貸金印形帳次木村(原本) 借主助右衛門外39人 江崎庄兵衛・堀泰一郎・江崎徳右衛門 1冊 4の2
申(万延元)~戌(文久2年) (治水費等諸村方入用清算書和宮様御通行人足賃等あり)(控)     1通 4の3
亥(文久3年)~卯(慶応3年) (次木村諸村方入用清算書)(控)     1綴 4の4-1
卯4月27日 卯四月廿七日改寅年御年貢過不足(下書)     1綴 4の4-2
(卯4月) 卯四月取払(控)     1枚 4の4-3止
慶応2年.正 寅年諸入用日記帳(原本) 次木村   1冊 4の5
慶応2年12月 寅年当村諸取替金覚帳東享扣(控) 東享(堀泰一郎)   1冊 4の6
慶応2年寅12月 村々割賦銀請払帳東享扣(控) 東享(堀泰一郎)   1冊 4の7
(慶応2年) 丑年郡中割符銀(下書)     1枚 4の8
寅(慶応2年) 寅年免後落物并追割差引仕訳(帳)(下書)     1綴 4の9-1
寅(慶応2年) (1)寅年追割(下書)     (1)~(2)1綴 4の9-2止
  (2)弘化三年午年より村方荒地之内起田掟米年□、謹六郎引請ニ相成候分取調覚(下書)     (1)~(2)1綴 4の9-2止
(慶応2年) 寅年諸色代銀御下ケニ成ル分覚(下書)     1通 4の10-1
(慶応2年) (次木村)寅郡中割符(銀覚)(下書)     1通 4の10-2
(慶応3年4月) 卯四月改御囲諸色覚(下書)     1通 4の10-3
(慶応3年) 卯年惣郡取かへ覚郷会所ニて写(写)     1通 4の10-4
(慶応3年) (次木村)卯郡中割付銀覚(下書)     1通 4の10-5
(慶応4年4月) 辰四月割直しニ成卯冬御操上金覚(下書)     1通 4の10-6
年月日未詳 子供組御救普請(賃銀割覚)(下書)     1通 4の10-7
年月日未詳 水門南小段敷地米先方より書出し之分(下書)     1通 4の10-8止
(慶応3年)5月11日 寅年分勘定覚他見無用(下書)     1綴 4の11
慶応3年.春 三銘密々割合銀覚帳他見無用東享扣(控) 東享(堀泰一郎)   1冊 4の12
(慶応4年)7月12日 (会所入用・古川・板谷川入用・盲人順達料等村入用出金督促状)(原本) 青木平弥 堀泰一郎 1通 4の13
辰(慶応4年)5月 覚(弁当代支給方引合書)(控) 御作事 郷会所弁当代掛り 1通 4の14
慶応4年辰5月 御囲苗渡し村々并ニ請取村々割合取調帳(原本)     1冊 4の15
辰(明治元年)1月2 覚(賄代金等受取帳)(原本) 加納魚屋源四郎 堀泰一郎 1通 4の16
明治2年3月 (増人・減人)巳増減取調帳(控) 次木村組頭左兵衛他3人・庄屋堀惣四郎・同断江崎徳右衛門・同断堀泰一郎 安達重兵衛 1綴 4の17
明治3年7月 御通(〆二十四飯引合書)(原本) 御助郷宿かみや八右衛門 次木村御庄屋衆 1綴 4の18
壬申(明治5年)4月 記(当村高当り割符銀納付猶予願)(原本)(印をこわしてあり) 次木村掘泰市郎・同村堀惣四郎・同村代印江崎吾市 元御取締御衆中 1通 4の19-1-1
年未詳7月5日 記(午・未惣郡割賦不足分済方被下度に付書状)(原本) 魚源ニ而小塩寿太郎 堀泰一郎 1通 4の19-1-2
年未詳7月18日 (惣郡一件済方相成、請取約定書差上帳面皆済仕候に付書状)(原本) 魚源ニ而小塩 堀泰 1通 4の19-1-3
年月未詳.13 一報(惣郡一条御返金に相成候様御返書)(原本) 小塩寿太郎 堀泰一郎 1通 4の19-1-4止
明治8年7月15日 記(午・未惣郡割符銀不足分熟談相成候に付請取書)(原本)(明治八年亥七月十四日惣方代人小塩寿太郎「明治三午・同四未年旧藩官下惣郡割符銀不足分・今般出金勘定皆済致候書類不残入」とある包紙に包んであった。) 鳥屋村元取締役代言人小塩寿太郎 堀泰一郎 1通 4の19-2止
年未詳4月19日 (差紙)(原本) 民政御役所 堀泰一郎 1通 4の20
年未詳5月6日 (郡中九両之義八月四日に御取次と心得申候御取調下さるべく候郷宿所への使は勘右衛門持参、受取書は助三郎へ取調候様申遣し候間左様御承知の上帳面御取調下され度に付手紙)(原本) 浅右衛門 1通 4の21-1
年未詳8月5日 (御遣し下され候郡中金九両封の儘預り申候書中を以て御願申上候十四両同役の手前面目もなくお助けと思召され御繰替下され候様願上候に付手紙)(原本) 浅右衛門 堀泰一郎 1通 4の21-2止
 5.土木・水利
嘉永6年丑6月 堰規式之事(用水堰留に付)(写) 高河原村村役人・次木村村役人 嶋友三郎・鷲見準助・広江海蔵・立会戸崎養助 1通 5の1
安政6年2月 諸願書留帳(堤川除普請に付)(原本) 堀泰一郎   1冊 5の2
戌(文久2年か)2月 (次木村普請土坪及所用人足帳)(原本)     1綴 5の3
文久2年戌7月 乍恐奉仕願候口上之覚(田方早魃ニ付用水見廻り中、吉五郎ト申者不思寄強気之致方あり、役意相立候様願上候に付)(下書) 堀泰一郎 1通 5の4
戌(文久2年) 戌年水門南小段(普請仕用帳)(写)     1綴 5の5-1
慶応3年3月 (1)切所(高桑村切所土持人足帳)(控) 高桑村切所土持人足   (1)~(2)1綴 5の5-2止
寅(慶応2年)12月3日~卯(慶応3年) (2)堤穴堀替し人足(控) 水門南堤堀替し支配房右衛門   (1)~(2)1綴 5の5-2止
慶応2年丙寅2月 御組入御普請用手扣(帳)外ニ私用共(下書) 御用掛掘泰一郎   1冊 5の6
慶応2年寅10月 次木村堤御普請仕用帳(写) 大元取村瀬禎吉郎   1綴 5の7-1
慶応2年寅10月 前御積御救普請賃銀渡帳(下書)(上組請負惣助・中組請負利八・下組請負吉右衛門・小供組請負助三郎とあり)     1綴 5の7-2
(慶応2年)寅10月 寅十月前御救普請(費用帳銀二十五貫五百四十二匁四分代金四百廿五両銀四十二匁四分)(写) (村瀬)   1綴 5の7-3
慶応2年寅11月 次木村御救御普請積帳(写) 大元取村瀬禎吉郎   1綴 5の7-4
慶応3年卯3月 御救普請賃銀払扣帳(下書)     1綴 5の7-5止
○7-1~5止は、「慶応二寅ヨリ三卯□大切成書類入東享扣」とある袋に入っていた。
(慶応2年)寅10月~11 (堤防工事土坪並ニ所用人足割当帳)(原本)     1冊 5の8
慶応2年寅10月 堤小段土持坪付賃銀渡帳次木村(原本)     1冊 5の9
慶応4年辰8月 乍恐奉歎願候口上之覚(当村宮北・八方灘二百石分忠節用水井水組込ニ相成候様歎願書)(原本) 東下川手村与頭傳右衛門・庄屋定治外8人 小原嘉一郎外4人 1通 5の10
年未詳7月25日 砂利積通(次木村源右衛門舟十艘此坪六合五勺銀匁七分九厘)(原本)     1通 5の11止
 6.産業
天保14年11月 借用申金子之事(金百両也此質物田畑合而十七石八斗四升五合六勺掟米〆二十二石四斗三合)(下書) 次木村本人堀庄助・同村証人久蔵 講御連中 1通 6の1-1
(天保14年・11)か 預リ申金子之事(講鬮取の案分)(下書) 本人・・・証人 講御連中惣代・講会御衆中 1通 6の1-2
(天保14年・11)か 毎会懸金覚(天保十四年卯年の初会~丑年の満会まで)半口取懸金利懸割合覚(初会~十一会まで)(控)     1通 6の1-3止
弘化2年巳10月 預リ申金子之事(金五十両也但し講鬮当リ金)(原本) 次木村本人長三郎・同村証人堀庄助 講会御衆中 1通 6の2
弘化2年巳10月 預リ申金子之事(金百両也但し講鬮当リ金)(原本) 本郷村本人浅井治郎助 講会御衆中 1通 6の3
弘化3年午10月 預リ申金子之事(講金二口五十両也此引当土蔵一ケ所) 加納本人西川佐助・同所証人丸井屋安蔵 講会御衆中 1通 6の4
万延元申12月 一札(金三十三両講一口半持右ハ私義内借有之候ニ付此度頼母子御加入被下候に付)(原本) 講元堀江藤之丞 堀泰一郎 1通 6の5
万延元申12月 頼母子講仕法帳写(写) 講元堀江藤之丞   1冊 6の6-1
(万延元)か (頼母子講帳初会から十二会目満講まで)(写)     1冊 6の6-2止
文久2年戌3月 融通講受取通 御分知掛り永田十三郎・安池新八郎 堀泰一郎 1冊 6の7
明治3年12月 頼母子講御連中口数并勘定帳(写) セ話人源兵衛・講元生産方金三郎   1通 6の8-1
(明治5年8月4日) 差上申済口証文之事(頼母子講掛金に付)(下書)     1綴 6の8-2
(明治5年4月) 預証文之事(金百廿五円也頼母子講掛ケ金トシテ借用候に付)(下書)     1通 6の8-3-1
明治6年11月14日 頼母子規則并勘定帳(原本) セ話人青木源兵衛・講元青木金三郎   1通 6の8-3-2止
明治4年10月 協心融通講仕法(原本)     1冊 6の9
明治5年申4月 (1)覚(金百廿五両也頼母子講掛ケ金として借用に付)(原本) 日置江村講元本人金三郎・同村証人甚八・下佐波村世話人源兵衛 堀太一郎 (1)(2)1通 6の10
明治9年3月20日 (2)(表書之借主青木金三郎身代分散金配当方に付渡書)(原本)(明治五年壬申四月講掛金証文入日置江村金三郎とある封筒に入っていた) 岐阜県庁((2)は(1)の裏面に朱書してある)   (1)(2)1通 6の10
子3月19日 覚(金百両半四郎鬮当り差引書)(原本) 浅井治郎助   1通 6の11-1
午9月17日 覚(金四十二両取口一口ニ付六両ツツ七会分懸金金三十五両講元出金分七口分等出金引合書)(原本) 講連中 堀権蔵・同甚之助 1通 6の11-2
未~巳 (1)二口持子方三会目・四会目取り勘定     1通 6の
年月日未詳 (2)二口持子方六会目懸継・七会め壱口取・九会め壱口取之勘定(下書)     1通 6の11-3
年月日未詳 講法規定之事(金五十両講一口掛金・講元出金・子方利懸・鬮当り等に付)(下書) 講元・引請人   1通 6の11-4止
○11-1~4止は、かんぜよりで一括してあった。
年未詳4月3日 講(掛金送付書)(原本) 本郷治郎兵衛 堀泰 1通 6の12止
 7.交通
弘化4年未5月 人足賃銭帳(原本) 永井肥前守内堀荘輔   1通 7の1
弘化4年未10月 人足賃銭帳(原本) 永井肥前守内堀荘輔   1通 7の2
亥(文久3年)1月2 宿入用日役米覚帳(控) 光衆寺   1綴 7の3
辰(明治元年)9月11日 (御一新に付宿助郷墨俣宿へ組替の件御談申度御出勤可被下に付急廻文)(駅逓御役所御触面写添付)(原本) 墨俣宿問屋 高桑村・御茶屋新田村・日置江村・高河原村・次木村 1通 7の4
(明治初)7月21日 覚(人足五人右ハ諸家様御通行ニ付相触申候間)(原本) 墨俣駅御伝馬 次木村御庄屋衆中 1通 7の5
年未詳9月14日 覚(金五両也助郷出府入用之内に受取に付)(原本) 郷会所 堀泰一郎 1通 7の6
年未詳10月22日 (杉小舟壱艘代金五両内金三両受取並ニ右杉舟寅年年正月下旬出来仕候に付証文)(原本) はの舟大工久治郎 浅蔵 1通 7の7止
 8.社会
弘化2年7月 (本家林助方相続筋ニ付)一札(写) 次木村本人林三郎・同村証人長三郎・中鶉村証人彦市・次木村証人堀庄助 ギフ伊勢屋嘉右衛門 1通 8の1
嘉永3年戌2月 一札(拙者機屋商売筋ニ付紺屋染方差支候処各方ヨリ御請合被下候に付)(原本) 堀邦三郎 堀庄助・同権七 1通 8の2
年月日未詳 (1)口上之覚(女難の儀に付堀権七と彦三郎と入組に付)(写)     1通 8の3
(嘉永4年か)8月 (2)覚(女難之儀ニ付相詫勘弁ニ預リ申度段御頼に付)(下書)(端書に「高河原入組口上書之写」とある。) 高河原村彦三郎 両人 1通 8の3
嘉永5年.正 乍恐以書付御吟味下奉願上候(大野郡西方村藤十郎娘ともよ与高河原村庄屋彦三郎忰彦四郎与因み候より喧嘩出来候一件熟談相整候に付)(下書)(宛名抹消し、御願下ゲ下書とあり) 高河原村彦三郎外関係者24人 大垣御預御役所・尾州様御役人・永井肥前守様御内役人8人 1通 8の4
嘉永6年丑10月 乍恐奉願上候口上之覚(抱人祖父江村伊三郎三両取逃げ、請人紋右衛門一両二朱のみ返済にて、此上は返弁難相成旨申候に付)(控) 堀庄助 嶋友三郎・鷲見準助・廣江海蔵 1通 8の5
安政元寅12月 質流相渡申御田地証文之事(中下田畑二町七反五畝廿九歩・高三十五石六斗四升三合、掟米四十七石八斗五升六合二勺此金百両也)(写) 借主下座倉村地主田代平八郎・同村請人庄屋田代市兵衛・奥印田ノ上村庄屋堀甚兵衛・清兵衛   1綴 8の6-1
安政3年丙辰12月 添証文之事(貴殿より在方舫金内江差金被成度金、拙者名に而差加置候間、御入用之節者御沙汰被下度に付)(写) 大月村源三郎 下座倉村田代平八郎 1通 8の6-2
とり(文久元年)5月29日 口上おぼへ(源三郎よりもやい金さし金致し候証文の件御たづねに付)(写)(「端裏に源三郎御家より七右衛門江遣し候一札之写」と貼付しあり) 大月さと たかぎ七右衛門 1通 8の6-3
文久元辛酉10月 乍恐以書付奉願上候(下座倉村平八郎江金子返済方被仰渡下置度に付)(写) 大月村願主源蔵・奥印付名主高木七右衛門 御代官御役所 1通 8の6-4
文久元辛酉10月 御たたしニつき奉申上候(舫金江さし金仕候金の明細及びその処理に付)(写) 大月村さと・奥印大月村名主高木七右衛門 御代官御役所 1綴 8の6-5
(文久元)か 預リ申金子証文之事(金子八十両)(写)(「田代平八郎より受取置候預リ証文之写」と端裏に貼付してあり) 下座倉村田代平八郎・古橋村証人昇平 大月村治太夫殿御取次 1通 8の6-6
(文久2年7月) (源三郎後家さと表裏之一札相渡置候実ふ御糾ニ付差上候口上之写)     1通 8の6-7
癸亥文久2年(3月)7日 御糺ニ付乍恐以口書奉申上候(養父源三郎先年舫金差金仕置候処、今般座倉村田代平八郎江金子相渡候様被為仰渡候に付始末柄)(写) 大月村五人組頭源蔵・奥印南屋井村名主寺町半之丞 御代官御役所 1枚・1綴 8の6-8止
○6-1~8止は、「平八郎舫金一件」とある袋に入っていた。
安政4年巳7月 一札(其元様末子嘉三郎殿と拙者娘袖と内密に馴深、懐妊致候間形付儀に付)(原本) 今峯村権右衛門後家・名古屋旅籠町組頭清七・次木村証人長三郎・湊村同断忠八 堀庄助 1通 8の7
自安政6年未12月17日~至万延元年2月 西鶉村臼井波右衛門・堀江一類一件取扱日記(臼井波右衛門・堀江一類御年貢勘定引違ニ付扱之覚)(原本) 立入庄屋武山小左衛門・同断堀泰一郎   1冊 8の8
(万延元年2月以後)4日 (江崎庄兵衛への貸金引当、質流にて私控地に相成候田畑之過地子米不納の件、並びに買入米相渡不申候件に付歎願書)(写) 浅井新九郎   1通 8の9-1
(文久2年) 乍恐口上覚(本郷村浅井新九郎等より訴出の江崎庄兵衛の地所作離、並に預ケ米等閑の件に付、庄兵衛は同村同役に候へ共近親にても無之、迷惑の至に付)(下書) 堀庄助か   1通 8の9-2止
酉(文久2年か) (庄助・金蔵分)酉年取替物差引覚(綴)(下書)     1綴 8の10
元治元子9月 差入申免許一札之事(縁なし前側瓦庇、御許容被下候に付)(原本) 本人□右衛門 堀泰一郎・御一統衆中 1通 8の11-1
元治元子9月 差入申免許一札之事(前側外縁付瓦庇、並天井戸側内色壁床構白木立板腰張等御許容被下候に付)(原本) 本人□右衛門・証人□左衛門 堀泰一郎・御一統衆中 1通 8の11-2止
○10-1~2止は、「元治元年辛子九月、御上様御時節柄脇百性之者共夫々望ニ有之候ハゝ神金ニ応じ差許候様御沙汰ニ付右金子不残御上様江献金いたし候、外ニ江崎二性、下堀一性、拙者性〆四通也」とある包紙に包んであった。
(元治元)か 大津宿新規高札有之候写(書)(長州人恐多も自ら兵端ヲ開キ、犯禁闕、不容易騒動に相成候に付)(写)     1通 8の12
丑(慶応元年)4月 (1)乍恐口上覚(湊村政木屋嘉七江米売渡之引合私ヨリ解キ之儀申聞米相渡不申訳柄に付)(下書) 堀泰一郎 国井傳平・後藤恭平・小原嘉一 (1)(2)1綴 8の13-1
丑(元治2年)3月18日 (2)覚(米百俵売渡に付)(写) 堀泰一郎 ミナト政木屋嘉七 (1)(2)1綴 8の13-1
丑(慶応元年)4月 (1)乍恐口上覚(湊村政木屋嘉七江米売渡之引合私ヨリ解之儀申聞米相渡不申訳柄に付)(写) 堀泰一郎 国井傳平・後藤恭平・小原嘉一 (1)(2)1綴 8の
丑(元治2年)3月18日 (2)覚(米百俵売渡に付)(写) 堀泰一郎 ミナト政木屋嘉七 (1)(2)1綴 8の13-2止
慶応3年卯12月 乍恐奉願上口上之覚(荒町丸井屋佐助拝借金凶作打続返済難仕私義廻縁に付年済金御年延)(写) 堀泰一郎 中川理右衛門 1通 8の14
辰(慶応4年か)8月 乍恐手続書を以奉歎願候口上之覚(小前一統全徒党同様之仕業致シ迷惑仕候ニ付御召出之上御利解ヒ成下置候様)(控)(包紙に包んであった) 中鶉村庄屋甚助・同断三郎助・同断堀江久次郎 小原嘉一郎外4人 1通 8の15-1
慶応4年辰8月 乍恐手続書を以奉歎願候口上之覚(御上様ヨリ之種籾及小畝引之義ニ付徒党同様之仕業致奉恐入候間被召出御利解ヒ仰付下置候様)(控)(包紙に包んであった) 中鶉村組頭甚三郎・同断佐兵衛・庄屋格同断六郎兵衛・同断弥三郎 堀江久次郎・三郎助・甚助 1通 8の15-2止
明治3年庚午12月17日 (捨子ニ付定使啓助申口)(下書) 次木村捨子見付主啓助・奥印右村組頭・庄屋 泉三蔵・青木乙七 1綴 8の16-1
明治3年庚午12月17日 (1)御見分書(次木村往還葉サ場堤ニ捨有之候女子に付)(下書) 次木村組頭・庄屋 泉三蔵・青木乙七 (1)~(3)1綴 8の16-2
明治3年庚午12月17日 (2)村役人申候(次木村往還堤ノ捨子別紙御見分書之通相違無御座候に付)(下書) 次木村組頭・庄屋 泉三蔵・青木乙七 (1)~(3)1綴 8の16-2
年月日未詳 (3)差上申一札之事(次木村往還ノ捨子私江御預ケ被遊候間大切ニ養育可仕に付)(下書)     (1)~(3)1綴 8の16-2
明治3年午12月17日 村役人申口(次木村字葉サ場堤之捨子之儀別紙御見分書之通相違無御座候に付)(下書) 次木村組頭五市・同断弥吉・同断平三・同断房一・庄屋江崎徳平・同断堀惣四郎・同断堀泰一郎 泉三蔵・青木乙七 1綴 8の16-3
明治3年庚午12月17日 差上申一札之事(次木村往還堤之捨子仰渡奉畏大切ニ養育可仕候に付)(下書) 次木村捨子預主右村組頭・庄屋 泉三蔵・青木乙七 1綴 8の16-4止
明治4年未4月 (被告人丈七儀私扣地無沙汰ニ而当村三郎平へ売渡候件に付訴訟文書)(下書)(原告人堀江久治郎)     1綴 8の17
明治4年辛未10月 乍恐御訴訟申上候(米謀取代金不相渡出入に付)(写) 厚見郡加納宿渡辺甚四郎 笠松御県 1綴 8の18
壬申(明治5年)9月 (訴訟入費償却仮規則)(原本・木版) 司法卿江藤新平・司法大輔福岡孝弟   1綴 8の19-1
年月日未詳 (訴訟に関する)訴答文例(原本・木版)     1綴 8の19-2
年月日未詳 (訴訟に関する)訴答文例附録(原本・木版)     1綴 8の19-3止
(辰)8月28日 (尾関仁三郎より渡辺茂兵衛相手取及出願候文面之写御目に掛申候、御熟覧の上同人へ御返書被下度に付手紙)(原本) 森孫蔵 堀庄助 1通 8の20-1
辰8月 乍恐歎願奉申上候口上之覚(書)(元養家渡辺家の大垣紀州様御役所より拝借金廿両取替置候処、渡辺茂兵衛返済不致に付御利解被仰付被下置候様)(写) 願主尾関仁三郎 御役所 1通 8の20-2
(辰) (尾関仁三郎より貸金一件に付茂兵衛相手取願書差出候由乍去暦相立何事もうろ覚えとなり、私義病身ニ而打過候段、御許被下度に付渡辺行返事)(下書) 堀庄助か   1通 8の20-3
(辰) (五丁目一件に付森方への返書)(下書) 堀庄助か   1通 8の20-4止
年月日未詳 (1)乍恐奉歎願候口上之覚(私隣家甚作への貸金返済、子年より辰年迄相滞候、甚作被召出別紙勘定書之通返済被仰付度に付)(控)     1通 8の21
年月日未詳 (2)覚(合四十両ト三匁二分八厘、とら年十二月まで)(控) 栄助 高河原村甚作 1通 8の21
辰9月 (3)覚(甚作江貸金元利并店貸共引合書)(控)((2)(3)は、(1)の手紙の中の別紙に当たる) 高河原村栄助 1通 8の21
午2月 (天満宮社内ニて来廿九日操芝居浄瑠理興業仕に付)乍恐口演(原本・印刷木版) 加納宿問屋場人馬指銭元梅助・取持町内中・問屋店中他取持二人   1通 8の22
申9月 乍恐奉願口上覚(日置江村牧蔵娘ちゑ機職ニ抱置候処長三郎忰善平と相因候事に付、牧蔵・親類様々なる申懸致庄屋所江願出候得共帰村引取不申迷惑至極に付)(原本) 次木村願主長三郎組頭平左衛門・同断房右衛門・倉之助後見篤三郎・庄屋江崎倉之助・同断堀庄助・庄兵衛代役庄次郎・庄屋江崎庄兵衛 江崎庄兵衛・堀庄助・江崎倉之助久村固十郎・田辺豊助・田神八右衛門・鷲見準助 1通 8の23
年月日未詳 乍恐奉願上候口上之覚(書)(庄屋堀権蔵並ニ同人新家甚助への当分貸並ニ講金、別紙勘定書之通返済仕候様、被仰付度に付)(下書)     1通 8の24
年月日未詳 (来ル廿一日年始会相催申度候に付)口演(破損)(原本) 京都柊屋及荷口河内屋辰蔵外1人 道勝兵衛外13人 1通 8の25止
 9.文化
天保10年亥9月 本堂修覆廿五人講仕法書(控) 了福寺   1冊 9の1
弘化3年4月26日 差入証文一札之事(拙寺今般飛檐新官仕候に付)(反故)(紙面を抹消してある) 次木村光衆寺 佐波村観音寺 1通 9の2
午(明治3年).閏10月 天満宮神具御寄進帳(原本) 神主宮辺記良   1冊 9の3
近世か年未詳.文(7月) (尊像御見送之儀に付)七月十二日枯思坊より指揮之書取写(写)     1通 9の4
年月日未詳 大鐘化縁帳(明和年中焼失之鐘鋳直之存念ニ候間御寄附奉依頼候に付)(原本) 甘南寺寓陰独園軒・東光寺毒湛・当谷惣代小倉村庄屋元之助   1綴 9の5止

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