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武川家3

岐阜県歴史資料館 所在史料目録

第34集 武川久兵衛家文書目録

第3部 益郷文書

年月日 文書名 作成 受取 文書番号
天明1年9月 (開元未有相声発云々ニ付七言律詩)(原本) 東嶽頭陀   1通 III−1
年月日未詳 (祈祷般若宝札相送候間)副啓(原本)(「神照禅師御筆」とある包紙にあり)     1通 III−2
年月日未詳 (十句観音経読誦可被候ニ付手紙)(原本)     1通 III−3
(天明2年) 七言絶句(「壬申夏五月八日蚕業粉々自午時至日暮拘与下婢奴僕間喧々高歌乱唱て荷柴東箔簀て気力漸憊暮餐之次喫三盃畢臥蓐疲労尤欝蒸汗一身悶々て更不成睡触独対燈花放賦得一詩(下書) 益水 高台孕雅兄老師 1通 III−4
(天明2年) 七言絶句草稿(壬寅夏五月初八日蚕業粉ゝ」云々)(下書) 武貫之久   1通 III−5
年月日未詳 七言絶句草稿(無題)(下書) 全湯樵   1通 III−6
年月日未詳 五言律詩草稿(「金湯秀才次玉基却呈」)(原本) 泉石道人 大久雅生 1通 III−7
(天明4年) (武川君倍安しのび歌)(原本) 秦鼎   1通 III−8
(寛政7年)(7月10日) (公儀之御家人近藤重蔵今度長崎奉行手付出勤被仰付候・水戸の御儒者立原甚五郎ニ付手紙)(原本) 武子道 1通 III−9
(文化13年3月4日) (今度高山より御来遊御座候旨・ヲロシヤ領分へ漂流人之事・台額会及び梅逸四百幅画会ニ付手紙)(原本) 秦鼎 武川久兵衛 1通 III−10
(文政3年)3月14日 (近来ハ余ほと御老衰之様ニ承知仕候・僕事引籠居候・伝秦唐橋殿御勅使之所掛川ニて病死外6か条ニ付手紙)(原本) 武川子道 1通 III−11
年月未詳.14月 (謙光院様へ拝書今日ハ相止申候ニ付手紙)(原本)(文中に文化十一年没の松正院の名ありて、彼女の生存中のものなり) 武川 1通 III−12
年未詳.12月19日 (寒中見舞・京都御病人窺・おしうとん海老相達候哉ニ付手紙)(原本)(文中に文政三年没の謙光院の名ありて、彼女の生存中のものなり)     1通 III−13
年未詳.6月9日 (金壱両壱歩受領書)(原本) 武川子 1通 III−14
年未詳.7月10日 (舎弟御健・山方之義・長崎も大水安芸も水損ニ付手紙)(原本) 秦鼎 武子道 1通 III−15
年未詳.8月26日 (材木之義木曽奉行来月木曽へ参候・武兵衛方御逢之節・江戸御掛合を丈夫ニ被成・神宮ノ文内と申者・此小冊子学者へ御贈可被成ニ付手紙)(原本) 秦鼎 武子道 1通 III−16
年未詳.9月4日 (犬山迄之事・墨書ニも孝右衛門・徳三郎・栗田は死・書物之事ニ付手紙)(原本) 秦鼎 武子道 1通 III−17
年未詳.10月26日 (滞留仕候御礼・湖水池の孝子水ヲ土産ニ仕度ニ付手紙)(原本)(鼎の詩文中にあり) 武子道 1通 III−18
年未詳.1月25日 (年賀・丼杯台御礼手紙)(原本) 秦鼎 武川久兵衛 1通 III−19
年未詳.2月16日 (寒国行記三十部差上・前便ニ合羽包と手紙ト相違不申・対州之事・平洲遺稿ハ所持・大坂之中西五郎右衛門・野老ハ不快平臥のみ等ニ付手紙)(原本) 秦鼎 武川久兵衛 1通 III−20
年未詳.3月□ (今日御立寄・書画会・婚の一字ニ付手紙)(原本) 秦鼎 武川久兵衛 1通 III−21
年未詳.4月11日 (御婚事御祝詞奉申上候・荊妻安産・東行人数書ニ付折紙手紙)(原本) 秦鼎 武川久兵衛 1通 III−22
年未詳.6月25日 (本多春承老高山加賀や清右衛門え療用被相越候ニ付手紙)(原本) 秦鼎 武川久兵衛 1通 III−23
年未詳.8月11日 (尾州より江戸へ定日飛脚ニ付口上書)(原本) 秦鼎 武川久兵衛 1通 III−24
年未詳.8月30日 (忌明御遺物御礼・小十郎様御順快之御様子ニ付手紙)(原本) 秦鼎 武川久衛門 1通 III−25
年未詳.9月24日 (大魚真綿御箸御礼・御来話ニ付返事手紙)(原本) 秦鼎 武川久兵衛 1通 III−26
年未詳.10月4日 (僕等も先月十五日より出勤・長崎事ハ別紙・九月末遠州日坂と掛川の間ニも海上異船影・先達て御懸合之事ニ付手紙)(原本) 役所堅秦鼎 武川久兵衛 1通 III−27
年未詳.11月3日 (大津隠居・今日御高過ニ付手紙)(原本) 秦鼎 武川久兵衛 1通 III−28
年未詳.12月14日 (下條信濃守殿大病・今年猪鹿如何・会所へ御達者御出精被成候哉・加藤清正牌も出来不申・此地東懸所の入組等ニ付手紙)(原本) 秦鼎 武川久兵衛 1通 III−29
年未詳.初冬 (津之事遺恨・津島快気大慶申候ニ付手紙)(原本) 秦鼎 武川久兵衛 1通 III−30
年未詳.1月10日 (年賀状)(原本) 秦鼎・同寿太郎 武川久兵衛・同恪之助 1通 III−31
年未詳.1月12日 (年賀状)(原本) 秦鼎 武川久兵衛・同恪之助 1通 III−32
年未詳.1月19日 (年賀返事手紙)(原本) 秦鼎 武川長兵衛・同恪之助 1通 III−33
年未詳.12月1日 (十七日ニハ御婚礼目出度御整御座候旨奉承知之ニ付手紙)(原本) 秦鼎 武川久兵衛・同恪之助 1通 III−34
年未詳.1月16日 (僕大晦日頃より宿痔今日枕上・頼朝公の書など墨木類・イヂリ焼キヲ致候風爐ニ付手紙)(原本) 長□子 1部 III−35
天明6年1月 天明新版袖中京絵図(着色)(原本) 作者不背・正木屋吉兵衛板   1冊 III−36
寛政2年11月 新内裏遷幸御行列記(帳)(写)     1通 III−37
寛政2年(12月21日) 失数香之記(原本) 香本順正   1冊 III−38
(寛政6年) (寛政六)三月十日行啓行列(帳)(写)     1部 III−39
寛政7年(2月) 茶人家譜(印刷)(原本) 玉鉾道人・南総館蔵版   1通 III−40
寛政7年8月 (天正時代道庵好万代屋釜極一札)(原本)(「道安好万代屋釜、モズヤト訓、天正時代初 寛政七乙卯年八月御釜師高橋因幡極一札 道安者千宗易之子宗旦之父也」とある包紙にあり) 御釜師高橋因幡広達   1通 III−41
寛政9年.閏7月.吉 仏説十六善神肝心秘密陀羅尼経(原本)   1通 III−42
寛政9年8月.令辰 (温良院譲翁宜謙居士百年后之乗火(原本)(「深瀬老師乗火 武川益郷法号写」とあり) 見梅泉隠山臾   1枚 III−43
(享和1年) 享和元酉五月十二日安芸国五日市村塩竃え落ル雷之図(写)     1冊 III−44
癸亥(3年)2月 やせわらひ(原本) 暮雨巷臥央編・平安稿治梓   1冊 III−45
(享和3年)3月 范石湖 田園雑興六十首(写) 豊□亭伊達伴識   1冊 III−46
(文化1年) 甲子肩興筆記ゆるきふて(原本) 長悟子   1通 III−47
(文化3年) 和歌詠草(「寅の春なら本の主に長梧雅公大の厄にならせたまい事ゆゑのふ寿ふき納めたまふと粗聞つたへ祝くし待りて」)(原本) 左蓮   1通 III−48
文化4年8月 雨の話(写)(公武両辺を戯作する) 田分亭五九十作・かみやウツシ   - III−49
(文化7年) 五言絶句(「歳晏之作」)(原本) 東隠   - III−49−1
年月日未詳 「題下閭里温泉」記(下書)     - III−49−2
年月日未詳 七言長賦(「秋日遊金湯山」)(下書) 東隠   - III−49−3
年月日未詳 (僕鄙詩見恵玉次ニ付手紙)(下書) (鄙詩稿「冬日田園雑興も貼付してあり) 益郷 陀臈老師 - III−49−4
年月日未詳 七言絶句千首(原本)(西隠の補訂・批評あり)     - III−49−5
年月日未詳 七言長賦(「秦君士鉉先生賢母大孺人棄館訃至哀賦」)(下書) 益郷   - III−49−6
年月日未詳 五言律詩(無題)(下書)     - III−49−7
年月日未詳 七言律詩(無題)(下書)     - III−49−8
年月日未詳 七言律詩(「雪晴」)(下書)     - III−49−9
年月日未詳 五言律詩(「奉寄丹陽大徳」)(下書)     - III−49−10
年月日未詳 和歌詠草16首(「望山茶・山里暮春・更衣・卯花・待郭公・庭樹結葉・早苗・水鶏」)(下書) 武川益郷   - III−49−11
年月日未詳 五言律詩(「代山居翁」)(下書)     - III−49−12
年月日未詳 五言律詩(「春寒」)(下書)     - III−49−13
年月日未詳 (山村良弼和歌写)     - III−49−14
年月日未詳 五言律詩(「桂氏新居」)(下書)     - III−49−15
年月日未詳 七言絶句(「奉賀天香閣之功成」)(反故) 武川益郷   - III−49−16
年月日未詳 七言絶句(「奉賀天香閣及小斎之功成」)(下書) 武川益郷   - III−49−17
年月日未詳 七言絶句(「園中即事」)(下書) 東隠   - III−49−18
年月日未詳 五言律詩(「再次韵奉和冨春老師擬祖英集之作而述懐」)(下書) 東隠   - III−49−19
年月日未詳 七言絶句(「郊行無題」)(下書)     - III−49−20
年月日未詳 詩賦(「奉題天香閣及洞窟」)(下書)     - III−49−21
年月日未詳 五言律詩(「遊金湯山」)(写) 東隠   - III−49−22
年月日未詳 七言絶句(「擬冬至前一日宴龍山」)(反故) 東隠   - III−49−23
年月日未詳 七言絶句(「奉賀天香閣及小斎之円成)(下書)     - III−49−24
年月日未詳 七言絶句(「春寒」)(下書)     - III−49−25
年月日未詳 七言絶句(「霜菊盛開」)(下書) 東隠   - III−49−26
年月日未詳 七言絶句(「山邨晩望」・「山寺即事」)(下書)     - III−49−27
文化11年10月 「文化甲戌秋九月吮筆之士弐百許名聚会?東雙林寺而競伎卑夫亦在于其数?大醫正萩埜氏併巻其図て託」(原本) 喬山市村成亮   - III−49−28
年月日未詳 七言絶句(「暁光詞」・「漁夫」)(下書)     - III−49−29
年月日未詳 東禅寺小集賦(「庭松」・「遊山寺俟陀臈老師」・「和」)(下書) 東隠   - III−49−30
年月日未詳 七言絶句(「山茶花」)(下書) 東隠   - III−49−31
年月日未詳 七言律詩(「遊富春洞懐宗玄居士」)(下書) 東隠   - III−49−32
年月日未詳 七言律詩(無題)(下書)     - III−49−33
年月日未詳 七言絶句(「悼老国手橘堂片山君」)(下書) 武益郷   - III−49−34
年月日未詳 七言律詩(「水居」・「村居」)(下書)     - III−49−35
(文化6年) 除夜作並小引(下書)     - III−49−36
年月日未詳 七言絶句(無題)(下書)     - III−49−37
年月日未詳 七言律詩(「茅居」)(下書)     - III−49−38
(文化5年) 七言絶句(「漫成」)(下書) 東隠・西隠   - III−49−39
(文化8年) 七言絶句(「辛未歳除作」)(下書)     - III−49−40
年月日未詳 七言絶句(無題)(下書)     - III−49−41
年月日未詳 「師汨東隠居士以乞居士和」(下書)     - III−49−42
年月日未詳 詩賦(無題)(下書)     - III−49−43
年月日未詳 和歌(衲子のもとより乞はれ浅草海苔をとて」)(原本) 巨燵仙   - III−49−44
年月日未詳 伊呂波重字狂咏(下書)     - III−49−45
年月日未詳 七言絶句(無題)(下書)     - III−49−46
年月日未詳 七言絶句(無題)(下書)     - III−49−47
年月日未詳 七言絶句(「□芳韵寄穏上人」)(下書) 東隠   - III−49−48
年月日未詳 七言律詩(「奉和仙」)(下書)     - III−49−49
年月日未詳 七言絶句(無題)(下書)     - III−49−50止
(文化5年)1月1日 七言絶句(「元旦試毫」)(下書) 武益郷   1巻 III−50−1
年月日未詳 七言絶句(恭奉慶賀天香尊師之賜紫之盛事)(反故) 武川益郷   - III−50−2
(文化12年) 七言絶句(乙亥重九余無詩陀臈老師有寄因次瑶韵奉酬」)(下書) 東隠   - III−50−3
年月日未詳 漢詩(「重奉題天香閣及洞窟三首」)(原本) 東隠武川益郷   - III−50−4
年月日未詳 七言絶句(「辺国手之高韻併謝見投良方」)(下書) 益郷   - III−50−5
年月日未詳 七言絶句(「冬日懐金城故人」)(原本) 金湯樵夫   - III−50−6
年月日未詳 七言律詩(「秋日登金湯山」・「松月吟」)(下書) 東隠   - III−50−7
年月日未詳 五言絶句(「続平士徳之韵遺閑」)(下書)     - III−50−8
庚午(文化7年) 五言律詩(「庚午上元前夜夢芙蓉峰覚後作)(下書)     - III−50−9
庚午(文化7年)1月 七言絶句(「庚午新年作」)(原本) 金湯樵夫益郷   - III−50−10
年月日未詳 漢詩三首(「冬日径山」・「冬日偶作」・「夜坐」)(下書) 金湯樵夫   - III−50−11
年月日未詳 漢詩(「次鱗君之韻呈虚白君乞和」・「?東隠君登金湯山之韻」・「庭竹」・「金湯山」)(原本) 益郷・天香   - III−50−12
甲戌(文化11年) 五言律詩(「甲戌冬至」)(下書) 東隠   - III−50−13
年月日未詳 七言絶句(「竹村君之僑居)(下書) 東隠   - III−50−14
甲戌(文化11年) 五言律詩(「甲戌中秋作」)(下書) 東隠   - III−50−15
年月日未詳 七言絶句(無題)(下書)     - III−50−16
年月日未詳 七言絶句(「寿国手広君七十」)(下書) 武益郷   - III−50−17
癸未(文政6年) 七言絶句(癸未中秋即時嚮金剛経弐千弓誦了」云々)(下書) 武川益郷   - III−50−18
年月日未詳 (天香之閣洞窟之室記)(下書)     - III−50−19
年月日未詳 (苔滑非関多松鳴不仮風紀)(下書)     - III−50−20
年月日未詳 七言絶句(悼倚松老爺」)(下書)  武益郷   - III−50−21
年月日未詳 五言絶句(「?郁公韻」・「同前賀住山」)(下書)     - III−50−22
年月日未詳 五言律詩(「寺井医生由張城到喜て賦呈時余感冒就蓐卒乞湯剤」)(反故) 東隠   - III−50−23
年月日未詳 五言・七言律詩(「冬日偶作」・「雨後寄山寺」)(下書) 東隠   - III−50−24
年月日未詳 詩文(「題下閭郷温泉」)(下書)     - III−50−25
年月日未詳 七言絶句・五言律詩(「庭竹」・「遠山」)(下書)     - III−50−26
年月日未詳 七言絶句(「久旱祈雨」)(下書) 東隠   - III−50−27
年月日未詳 七言絶句(「五声淡斎ニ君見過喜賦」)(下書)     - III−50−28
年月日未詳 七言絶句(「奉?良夜之瑶韻」)(下書) 益郷   - III−50−29
年月日未詳 五言律詩(「苦旱行」)(下書)     - III−50−30
年月日未詳 七言絶句(「春雨霽後作」)(下書) 東隠   - III−50−31
乙亥(文化12年) 七言絶句(「乙亥重九余無詩陀臈老有寄因次瑶韵奉酬」)(下書)     - III−50−32
年月日未詳 五言律詩(「秋興」)(反故) 東隠   - III−50−33
年月日未詳 七言絶句(「秋夜井君章留て篆印」)(反故) 東隠   - III−50−34
年月日未詳 七言絶句(無題)(下書)     - III−50−35
年月日未詳 「西太隠確執記事」(下書)     - III−50−36
年月日未詳 七言絶句(「秋山水記」・「山覧聞鴬」・「雑詩」)(下書)     - III−50−37
年月日未詳 五言律詩(無題)(下書)     - III−50−38
年月日未詳 七言絶句(「放鹿? 陀臈老師之尊叶伸喜」)(下書) 金湯老樵   - III−50−39
年月日未詳 七言絶句(写) 釈浄穏・東隠・茎草   1巻 III−50−40
年月日未詳 漢詩(「清人魏惟度有八居之詩皇朝諸名家次韻之詠刻本巳行余未視魏之原韻今倣於諸賢て続蛇尾」)(下書)       III−50−41
年月日未詳 漢詩(「龍沢之会予有小恙不能走茎草師見再寄因歩前韻酬之五首」)(原本) 金湯老樵   1綴 III−51
(文化5年) (1)鄙稿(2)東隠鄙稿(3)戊辰秋末ニ隠筆陣集(4)八居詩(綴)(原本) (1)益郷(4)武益郷稿   1冊 III−52
(文化5年) 名前所書(帳)(原本)(大坂武川伊兵衛、蘭化先生前野良沢の名前あり)     1冊 III−53
文化6年1月21日 苗木根元記(写) 嘉(加)子母村栃ヶ松嶋梅田所助写   1綴 III−54
(文化6年) 濃東紀行 唱和付(下書) 飛騨下呂武益郷子道   1通 III−55
(文化7年) 詩書(七言絶句(庚午仲秋至高山府北山道中作・登金湯山))(写) 東隠   1冊 III−56
(文化7年) 文化七庚午年八月後藤庄三郎一件御裁許并外異事御届等之写(写)     1通 III−57
文化8年(11月) 扁額揮毫(未装)(下書) 八十八才子常   1通 III−58
(文化9年)3月23日 (平山行蔵上書・当地出火・東西洋考謄写未出来ニ付手紙)(原本) 江馬蘭斎 武川東隠 1通 III−59
(文化9年)7月17日 (采覧遺(異)言差上申候ニ付手紙)(原本) 江馬蘭斎 武川東隠 1通 III−60
(文化9年)10月19日 莨?足袋御礼・采覧異言写料落手・東西洋考写ハ未成就・常滑焼宜国産梨差上付手紙)(原本) 江馬蘭斎 武川東隠 1通 III−61
(文化10年)9月22日 (娘竹画愚老古詩認差上・赤人当六月尚又罷越候・油屋甚右衛門方引揚名古屋紙屋彦三郎方へ止宿ニ付手紙)(前欠)(原本) 江馬蘭斎 武川東隠 1通 III−62
(文化10年)10月20日 (東西洋考書会漸一冊仕差上候、其余全部三冊上置申候、其地ニて謄写被仰付被下候ニ付手紙)(原本) 江馬蘭斎 武川東隠 1通 III−63
(文化11年)1月15日 (東西洋考御書会御容子も承知不仕若病気等にても被為入候哉なと娘も折々御噂申上候ニ付年賀手紙)(原本) 江馬蘭斎 武川東隠 1通 III−64
年未詳.1月17日 (年賀手紙)(原本) 江馬蘭斎元恭 武川東隠 1通 III−65
年未詳.4月7日 (職方外記(紀)奉返呈候・御痔疾ニ付御来臨可被下候ニ付手紙)(原本) 江馬蘭斎 武川東隠 1枚 III−66
(文化9年) 大成年代広記(木版)(印刷) (文化八年まで印刷、「年代長暦」と書かれた封筒と、「温良院様御持用年代記二冊」と書かれた包紙に入っていた) 大坂心斎橋通河内屋太助板行   1冊 III−67
(文化10年) 東西洋考 巻之五 東洋列国考・巻之六外紀考(写)     1通 III−68
(文化11年) 七言絶句[「陽月討(悼)立川氏臥疾不遇有此章](原本)(「拙寺楢本様 半定不世人拝」とある包紙にあり) 半定徹   1通 III−69
文化12年1月1日 七仏通戒之偈(原本)     1通 III−70
年月日未詳 日課祈願文(下書)     1通 III−71
年月日未詳 谷汲山御守護(御符)(原本)     1通 III−72
文化12年.三元之日 当家代々可伝日課文(原本) 武川益郷 児恪之助行和 1通 III−73
年月日未詳 毎晨課誦之文     1通 III−74
(文政10年1月6日) (於旅中父奉読誦金剛般若波罷蜜経云々遺言書)(原本)(「温良院様文政十丁亥春正月六日江戸え御発駕之砌被認置候て行和江御渡被下置候太切之御遺言也、当家之子孫勤て可相守尊書也 行和勤誌」とある包紙にあり)     1通 III−75
文化12年1月 日課祈請文(原本)     1通 III−76
文政12年1月 (日課)祈請文(下書)     1冊 III−77
文政12年5月 美濃順礼観音御詠歌(原本)(寛政九年四月岐阜宗潜居士誌・同藤屋喜平次梓の「美濃国三十三所観音御詠歌」を文化十二年五月再版したもの) 施主岐阜某生   1通 III−78
午((文化13年)4月.9 (春来音信不通故御様子も如何と存居候・小子も伏見町二丁目西側ニ引越申候ニ付手紙(原本) 花亭 久兵衛 1通 III−79
年未詳.10月1日 (東野儀素読迄も懈りニ相成候あいだ今日御越可被下候ニ付手紙)(原本) 華亭 謙光院 1通 III−80
年未詳.(10月)14日 (今以大林寺滞留金剛方不参ニ今日相極申候外五件ニ付手紙)(原本) 花亭 長悟 1通 III−81
年未詳.10月14日 (東野子持病・東野不縁と決択ニ付手紙)(原本) 華亭 東隠 1通 III−82
年未詳.11月2日 (筆之儀・玄忠老文選写外4件ニ付手紙(原本) 華亭 東隠 1通 III−83
年月日未詳 (宗敬迄罷越今日滞留ニ付口上書)(原本)(文中「与返文正発下呂途中作」という漢詩あり) 華亭 久兵衛 1通 III−84
(文化13年) 発句詠草(「父の三十三回忌に」)(原本) 松月・益水   1通 III−85
年月日未詳 和歌詠草(「追悼」・「初七日に甘露門を修行し奉りて」)(原本)(姉人の一周忌に 花野ふく夕かな風ちからなき 益水」とある封筒にあり) 行和   1通 III−86
年月日未詳 (門原へ被遣候詩は少々改申候ニ付口上書)(原本)     1通 III−87
年月日未詳 (漢詩・和歌詠草)(写) 行和   1通 III−88
年月日未詳 (十味水煎)方書(原本)     1通 III−89
年月日未詳 (人々の身の守りなるへき)おしへぐさ(写)(「おしへぐさ」とある包紙にあり)     1通 III−90
(文政1年)4月22日 (拙寺開祖白隠禅師五十年忌ニ付為御知申入度手紙)(原本) 龍沢寺照道 武川久兵衛 1部 III−91
文政1年.秋 文政新板富士見御江戸絵図(着色)(原本) 西村屋与八江見屋吉右衛門板・地本問屋山本吉開板   1冊 III−92
巳卯(文政2年)3月.下院 (近畿諸方)旅行記(原本)(途中中国史に関する記述あり) 武川(益郷)   1通 III−93
文政2年4月2日 (当山前版第一座江転版証文)(原本)(「典嶺和尚転版書物文化二巳卯歳五月領定」とある包紙にあり) 妙心寺紀綱寮侍真祖応外4人 典嶺座元禅師 1通 III−94
文政2年4月2日 (就当山後版首座証文)(原本) 妙心寺紀綱侍真祖応外4人 宗築首座 1通 III−95
(文政2年)4月3日 (西国巡礼衆中田中屋家内・禅林隠居病中転住式代僧良因相勤典嶺宗築座元と号し申候ニ付手紙)(原本) 天香 武川久兵衛・同恪之助 1通 III−96
年未詳.11月25日 (紫蘇御贈寄御礼・御来訪待入申候ニ付手紙)(原本) 天香 武川久兵衛 1通 III−97
年未詳.12月6日 (蒸飯・蒸菓御礼・桂輪院斎金青銅受納ニ付手紙)(原本) 天香 武川久兵衛 1冊 III−98
文政2年4月 西国三十三所御詠歌縁起記(原本) 東隠   1冊 III−99
文政2年4月 西国三十三所御詠歌縁起記(原本) 東隠述   1冊 III−100
文政2年12月 西国丗三所順礼札(原本)(と包紙にあるも、内にある紙は全く記入なし、未使用か)     1冊 III−101
文政3年2月 文化七年正月荊斎手帳写 秋葉山道中記(写) 東野   1冊 III−102
文政3年2月〜文政10年4月 清誦之日記(原本)     1通 III−103
文政3年7月12日 日課廻向文草(下書)     1通 III−104
文政3年7月12日 日課廻向文(下書)     1通 III−105
文政3年7月12日 日課廻向文(下書)     1通 III−106
文政3年7月12日 日課廻向文(下書)     1通 III−107
文政3年7月12日 持誦廻向文(下書)     1通 III−108
年月日未詳 日課廻向文(下書)     1通 III−109
年月日未詳 日課廻向文(下書)     1通 III−110
年月日未詳 日課廻向文(下書)     1通 III−111
文政7年8月5日 (永代大施餓鬼之事)(原本) 武川久兵衛益郷   1通 III−112
(文政7年). 閏8月9日 (龍沢寺資助金三両被贈下忝落掌仕候、龍沢当住年齢・生縁並に神照禅師示衆彫刻并に放生会勧進文進上候ニ付手紙)(原本)(「上 武川久兵衛様 貴報 関室」と書かれた封筒に入っていた) 顧鑑 武川久兵衛門 1枚 III−113
甲甲(文政7年).仲秋 (初心より最後向上の大事ニ付)龍沢神照禅師示流(木版)(印刷) 范顧鑑   1通 III−114
(文政8年)3月5日 (東嶺先師三十三年忌ニ付此地罷越並に龍沢寺修覆ニ付御資助被下候様ニ付手紙)(原本) 顧鑑 武川久兵衛 1通 III−115
(文政8年)7月28日 (此題目・来々亥年は崇徳院七百年・平仄御勘考詩ニ成候様御相談ニ付手紙)(原本) 下宮馬奴老 益水雅兄 1通 III−116
丙戌.(文政9年)1月2 愛染大明王之咒(原本)(包紙には「愛敬福貴の咒文」とあり) 祖父 お満 1通 III−117
(文政9年) 発句詠草(「慈母の十三回忌に」とあり)(下書) 益水   1冊 III−118
文政10年1月 (金剛経)清誦之日記(原本)     1枚 III−119
(文政10年3月26日) 短冊(原本) 宗匠鶯笠   1枚 III−120
(文政10年3月26日) 短冊(原本) 一橋殿官医ひろ実   1枚 III−121
(文政10年3月26日) 短冊(原本) 女宗匠応二   1通 III−122
(文政10年)3月 (大伝馬長瓢箪新道於佃屋惣助方文台披俳諧興行仕候ニ付案内状)(原本) 涛斎春路   1通 III−123
(文政10年) 俳文(「人生のはかなきことあたかも草露の如し鳴呼かなしひ哉」云々)(原本) もとむさし野々かたはしに住しゆかりなる□斎野人   1通 III−124
年月日未詳 (此摺物ニ付口上書)(原本) □斎 益水 1冊 III−125
(文政10年) 亥二月廿七日より(江戸滞在)留(原本)(益郷自筆) (益郷)   1通 III−126
(文政10年) 和歌折紙(「武川益水ぬし六十六とせの歳をたもち給ふるを賀て」)(原本)(益水六十六歳とあるも益郷は文政十年六十三歳で没す) 貫休   1冊 III−127
(寅) (懐中諸事覚帳)(原本)     1枚 III−128
亥3月 豆州沢地龍沢寺略図(写)(顧鑑老師御侍志祖道蔵司・恵流蔵司より聞置」とある)     1通 III−129
年未詳.孟1月8日 (年始御祝詞ニ付手紙)(原本) 雪潭 武川玖兵衛 1枚 III−130
年月日未詳 掛幅「大精進勇猛仏」(原本)     1通 III−131
年未詳.晩春18日 (庭前石菖鉢ニ御用ヒ之スリ鉢送り可被下候ニ付手紙)(原本)(「代書状 武川御氏 天沢庵寓雪潭子 些少ナレ共仏前ヘ御薫シ可被下候其内好キ香手ニ入次第又々差シ上可申候」とある包紙あり) 無名庵主 武川雅君 1通 III−132
年未詳.卯9月 (此線香平生御座右ニ御薫シ可能被下候ニ付手紙)(原本)(花押は雪潭のもの)   武川 1通 III−133
年未詳.(11月)14日 (御親類之方疎遠ニ不成ト折々書状ヲ以テ親ク御付合可被下候ニ付手紙)(原本)(「飛州下呂 武川久兵衛様 要用書 毒草庵」とある包紙にあり) 雪潭 武川久平衛菩薩居士 1通 III−134
年未詳.(12月)10日 (浪華御親類衆ヘは折々書面ヲ以テ心易御付合可被遣候ニ付手紙)(原本) [「飛州湯之島武川久兵衛様 僧堂愚毒草庵 要用書」(表)(「線香添臘月十日認出 美濃上加納ヨリ発」(裏)とある包紙あり) 雪潭 武川 1通 III−135
年月日未詳 (本居宣長著作目録)(原本)(「本居春庵筆」と端書あり、「本居書簡」とある包紙にあり)     1通 III−136
年月日未詳 (神機独妙禅師由緒書)(写)     1通 III−137
年未詳.新正之日 (年始御祝詞・古川加藤氏懇切を以此地へ引移申候ニ付手紙)(原本) 関真 文蓁大禅師 1通 III−138
年未詳.(5月)23日 (当春巳来御内談申上置候浪華武川伊兵衛方義ニ付手紙)(原本) 玉桃庵主万寧 益水詞伯 1通 III−139
年未詳.7月24日 (宮ヶ洞仕出之義は山入致候様御申付可被成候ニ付口上書)(原本) 下呂より同久兵衛 八木山ニて武川恪之助 1通 III−140
年未詳.7月27日 (当春頃被仰遣候表具物・当六月廿五日浪華表伊兵衛様幣庵へ御来訪・拙子も当秋限り帰国仕度ニ付手紙)(原本) 玉桃庵主万寧 益水先生 1枚 III−141
年月日未詳 (七言絶句詩稿 九日在于禅昌寺遇両)(原本) 天香   1通 III−142
年未詳.(3月)28年 (紬壱反老師え恵御恵投ヲ蒙御礼手紙)(原本) 毒草庵待者 益水 1通 III−143
年未詳.(3月)28年 (此頃は老師ニ随伴仕候テ四部禄会裡ニ罷在候・此夏も逐禅師ト同伴ニて御尋問申上候本心に御座候ニ付手紙)(原本) 淀文明 益水老大人 1通 III−144
年未詳.7月15日 (期約延引ニ相成候ヘとも八月上旬頃ニ貴地再遊罷越可申候ニ付手紙)(原本) 関桂穏 武川東野 1通 III−145
年未詳.(9月)13日 (御扇面相済候間御光被下度奉待候ニ付手紙)(原本) 桂隠 東野 1通 III−146
年月日未詳 (亭主共御噂申居、御来賀奉希上候ニ付手紙)(原本) 桂隠 東野主人 1通 III−147
年未詳.4月7日 (御約諾ニ任セ当月末ニは御地え罷越度ニ付手紙)(原本) 松響 武川雅丈 1通 III−148
年未詳.10月17日 (御都合次第御出被下度候ニ付手紙)(原本) 松響 久兵衛雅丈 1通 III−149
年未詳.1月10日 (新年之賀詞・十五日頃御出宿相待居候・此町大雪ニ付手紙)(封紙欠・後欠)(原本)(この人物は八十八歳で絵を描く、「其地去秋出立」とあり)   長梧先生 1通 III−150
年未詳.1月21日 (浸鼎方御安否・此元お貞様も初て珍敷所ニて御重年ニ付年賀手紙)(原本) 秦東菰 武川久兵衛 1通 III−151
年未詳.2月22日 (老師不快・結構ナル物御憐贈御礼手紙)(原本) □侍 益水 1通 III−152
年未詳.(4月)19日 (久々やどらせ給ふ仁恩大井様去四月御隠れニ付手紙)(原本) 楽圃 益水 1通 III−153
年未詳.(4月27日) (野拙も始終無恙ニ付手紙)(原本) 備之前州之人事壺□ 武川益水老先生 1通 III−154
年未詳.上夏.25日 (御手製御茶御礼旁消息伺手紙)(原本) こし普倫 武川益水 1通 III−155
年未詳.8月23日 (乍失敬此度ハ何とも不申上候ニ付)舌代(原本) 雲印静山 武久御主人 1通 III−156
年未詳.9月3日 (外吏訓蒙返進添手紙)(原本) 節斎 益水老人 1通 III−157
年未詳.(10月).中浣 (今尾の産藤四郎と申包丁よろしく御引廻被成遣ニ付連牒)(控)(「連牒 下閭長梧」とある包紙にあり) 長梧 大秀・長嘯・仙里・秋巴・?浪・華樵・杜六・狗斎・東阿 1通 III−158
年未詳.12月9日 (発句詠草ニ付手紙)(原本) □(竹に択)斎 益水 1通 III−159
年未詳.(12月)18日 (前作御重調拝見仕候ニ付手紙)(原本) 村瀬千彦 武川益水 1通 III−160
年月日未詳 (去年来書中清雍正中海国見聞録倭奴ノ字訓扨々悪口ナルヤニ付返事手紙)(原本)(「東隠武君足下 日浅園者拝」とある包紙にあり) 日浅園者 東隠武君 1通 III−161
年月日未詳 (呈上乾菓口上書)(原本) 玉桃子 武川久兵衛 1通 III−162
年月日未詳 (金子うらみが数々ござるニ付)むくひおく笑止(写)(「武川久兵衛様 檜垣神主」とある封筒にあり)     1冊 III−163
年月日未詳 益水漫筆(原本)(味噌、地震、弁慶状、踪跡之文字、診脉、詩解、正五九月、五音、ちくら、千里同風、忘八について記す。江馬蘭斎翁の医事答話についても言及あり、これが『江波医事問答』ならば漫筆は文化十一年一月以降ならん)     1枚 III−164
年月日未詳 発句記毫(「郷中の防正君に対して」)(下書) 益水   1通 III−165
年月日未詳 発句詠草(六首書上)(下書) 益水   1枚 III−166
年月日未詳 (発句短冊)(下書) 益水   1部 III−167
年月日未詳 (素有加藤大翁追悼詩句)(下書) 益水   1部 III−168
年月日未詳 詩文草稿(「重奉題天香閣及洞窟三首」)(下書) 東隠武川益郷   1通 III−169
年月日未詳 五言律詩(「山居」)・七言絶句(「五声淡斎ニ君見過喜賦」)(下書) 東イン   1部 III−170
年月日未詳 七言律詩草稿(「暮春作」)(下書) 東隠   1通 III−171
年月日未詳 鯉鱗聨(原本) 陀臈・東隠   1冊 III−172
年月日未詳 八居詩(下書) 武益郷   1冊 III−173
年月日未詳 (和歌・漢詩)艸稿(原本)(この文書内に名簿あり) 益久   1枚 III−174
年月日未詳 和歌揮毫(「世の塵を遁れ得たるは一せうの徳利にあまる養老の酒」)(原本) 益水   1枚 III−175
年月日未詳 和歌揮毫(「世の塵を遁水得たるは一せうの徳利にあまる養老の酒」)(下書) 益水   1冊 III−176
年月日未詳 (詠草)冬籠くさくさ(原本) 益水   1冊 III−177
年月日未詳 (詠草)冬籠くさくさ(原本) 益水   1冊 III−178
年月日未詳 (詠草)冬籠くさくさ(原本) 益水   1通 III−179
年月日未詳 和歌詠草(「落葉深」外八題(写) 益水   1通 III−180
年月日未詳 詠草(五言律詩「閑詠」)(下書) 金湯樵者 陀臈尊師猊座下牧渓雅生 1通 III−181
年月日未詳 七言絶句(「贈苗城神田某甲」)(下書)(神田某甲は神田茂介のこと) 金湯山樵   1冊 III−182
年月日未詳 (発句集)夢の詩(下書) 長梧・尾張士朗・江戸俚丈・南部大畑鬼ユ外9人   1冊 III−183
年月日未詳 連句(「待宵歌僊行」・「俳諧之歌僊」・「銘録鹿」)(下書) 暁二・長悟・文蔦・覃施・左蓮   1通 III−184
年月日未詳 俳文(「山田守る僧都といゝしに遣ハす夏焼峠を越るとき」云々)(下書)     1通 III−185
年月日未詳 (武川みつ子の禊神事初学ひの宿をせられるこころをほめて祝和歌)(下書)     1通 III−186
年月日未詳 辰如月十八倚松亭(発句詠草)(下書)(この句会は益水・松月・梅軒の3人による)     1通 III−187
年月日未詳 亀木老人八十八歳の寿莚祝賀歌仙(下書)(東野と亀木による)     1通 III−188
年月日未詳 (年賀和歌)(厚本) 亀木 東野雅君 1冊 III−189
年月日未詳 詩稿(原本) 田口鳳介 益水先生旅寓文席中 1通 III−190
年月日未詳 発句詠草(「初産の寿も正しき月と改り幾代めてたき折からなれは」)(原本) 亀木   1枚 III−191
年月日未詳 漢詩草稿(七言律詩「山中楽事」・七言絶句「聞嘉」)(原本)(印「雨詩槁白」あり)   益水老君 1通 III−192
年月日未詳 七言絶句(「益水漁先生酬被寄詩」)・五言律詩(「漁先生奉寄陀臈大師次芳韻以呈」)(原本) 林下清貧龍孕   1部 III−193
年月日未詳 七言絶句草稿(「武川厳父時々被賦郢歌示予不傀蕪陋卒綴巴調酬呈之」)(原本) 山樵大牧渓   1通 III−194
年月日未詳 七言絶句(「梅雨夜坐思益水先生」)(原本) 遠江伯嘩   1通 III−195
年月日未詳 七言絶句(笠松舟中憶益水大人之作)・同和韻(原本) 久憧   1通 III−196
年月日未詳 和歌詠草(「飛騨国下呂にありける頃五月雨降りつゝきけれは」外四題)(原本) 貫休   1枚 III−197
年月日未詳 漢詩草案(前欠)(原本) 坦斎?   1通 III−198
年月日未詳 和歌詠草(「廻国旅心」)(原本) 江戸巡国行者 夢外   1通 III−199
年月日未詳 八十一才、あねニわかれて口すさむ(発句)(原本) 七十七才 佐次   1通 III−200
年月日未詳 発句詠草(四首)(原本) 士言   2冊 III−201
年月日未詳 慎百首(原本)     1枚 III−202
年月日未詳 (多賀大明神の御詠歌一節)(原本)     1通 III−203
年月日未詳 (吾師東塢□大人の歌世とて云々ニ付和歌詠草)(写) 隅田川なる夕路館にてしるす源斐雄   1巻 III−204
年月日未詳 (水墨画手本)(後欠)(単色)(写)(許宜平、簫史、東方朔、王質、西王母、張果老等あり)     1通 III−205
年月日未詳 発句七言絶句(写) 董?   1枚 III−206
年月日未詳 赤染右衛門讃(写)     1冊 III−207
年月日未詳 (発句集)(写)     1枚 III−208
年月日未詳 (七言絶句詩箋)(下書) 天香   1通 III−209
年月日未詳 (七言絶句(「武川氏額面」)(下書) 阪口潭   1通 III−210
年月日未詳 七言絶句・律詩(「除夜作」「臘中迎春」「履端」)(下書) 祖容   1通 III−211
年月日未詳 [七言絶句(「途中九日」森村地内にて](下書) 松窓   1通 III−212
年月日未詳 七言絶句(「輓橘堂医兄」二首)(下書)     1通 III−213
年月日未詳 和歌詠草(「下呂の里なる竹(武)川の家にとゝまりて」云々)(下書) 結の里 搗念坊正之   1通 III−214
年月日未詳 和歌詠草(「兼て家君のおほし立より石山へ詣ふて」云々)(下書)     1通 III−215
年月日未詳 和歌詠草(「信州福島より飛之高山ニ行雨つゝき日和田峠にて極伴并ニ人足之労りて」云々)(下書)     1通 III−216
年月日未詳 和歌詠草(「酒蔵の首尾よく建しを祝ひて」)(下書)     1通 III−217
年月日未詳 宗匠五十賀に重遠よめるうた(下書)(この上に「長楽寺にて 重遠」という和歌が貼付してある)     1通 III−218
年月日未詳 宗匠道中の歌左ニ申上候(下書)     1通 III−219
年月日未詳 (和歌詠草)(下書)     1冊 III−220
年月日未詳 (俳諧連句)(下書)     1冊 III−221
年月日未詳 (発句書留帳)(下書)     1通 III−222
年月日未詳 (発句題吟詠草)(下書)     1枚 III−223
年月日未詳 (書幅「神代より今も雲らす天てらす、神のみかけをあふけもろもろ」)(下書)     1通 III−224
年月日未詳 山中之毒虫(の説)(下書) 恕川   1冊 III−225
年月日未詳 霊会日鑑ヨリ抜書(原本)     1冊 III−226
年月日未詳 築首座巡派牒(湿損)(原本)     1通 III−227
年月日未詳 迦葉尊者毎朝奉唱礼シ十三仏ノ号ヲ(原本)     1通 III−228
年月日未詳 回向文(原本)     1部 III−229
年月日未詳 飛騨国益田三拾三所順礼歌并ニ道法(木版)(原本) 願主 道輪居士   1通 III−230
年月日未詳 豊雲国医王山一畑寺眼薬師如来(御詠歌)(写)     1通 III−231
年月日未詳 興禅大燈国師遺誠(写)     1通 III−232
年月日未詳 常栄山法華寺什宝法花経奥書(写)     1冊 III−233
年月日未詳 禅経達磨尊像賛(写)     1冊 III−234
年月日未詳 大施餓鬼(陀羅尼)(写)     1冊 III−235
年月日未詳 (語録)(写)(この語録は洞山良价和尚五位頌・殺生石頌(玄翁和尚)・百丈禅師野狐下火・雙林善恵大士心王銘・略法華経文・石経熊野権現常読誦此経也洞山心受宝鏡三昧・天台智者智■(豈+頁)大師摩訶止観中円頓者・中峯和尚座右銘・準提観音修法・座禅籤勅謚?知禅師正覚和尚撰・療痔病経陀羅尼・雲峯悦禅師示衆・大燈国師遺誡・大黒尊天秘咒・大宝広転楼閣善住秘密咒輪・五位君臣道元禅師歌・金剛童子咒があって道杲禅人来書を付す)     1冊 III−236
年月日未詳 (至道)無難和尚法語(写)     1冊 III−237
年月日未詳 五位弁(写)     1冊 III−238
年月日未詳 天正(神祖豊臣氏)両君盛(成)績弁(下書)     1通 III−239
年月日未詳 (妙心寺四派開祖覚)(下書)     1通 III−240
年月日未詳 (薬師如来大陀羅尼・仏説能浄一切眼疾病陀羅尼経)(下書)     1冊 III−241
年月日未詳 児訓 第一(下書)     1枚 III−242
年月日未詳 (四天王墨 書絹布)(原本)(「つかだ立石進三郎書付入」とある包紙にあり)     1通 III−243
年月日未詳 題石亀並序(絹本)(原本) 陀臈粹荊林・釈巨浸(文化四年久兵衛が濃州で石亀を得たことを賀す、「武川氏蔵書」とある包紙で包んであり)     1枚 III−244
年月日未詳 (文化八年朝鮮国聘使対州来着・巫蠱之事発覚皇子桂宮并幼皇子薨御生母新内待卒ニ付覚)(原本)     1枚 III−245
年月日未詳 御おち様え上候かさき上人撫名号(原本)     1通 III−246
年月日未詳 唐物引請人ニ付申上書(写)(文中に町奉行所筒井伊賀守とあり、彼の在任は文政四年から天保十二年までである)     1通 III−247
年月日未詳 (下総国相馬郡藤代宿ニて八歳之幼女男子出生いたし候ニ付)申九月十五日付御代官吉岡次郎右衛門申上書(写)(九月廿七日付 本芝三丁目金蔵妻引続キ女子三人出産いたし候ニ付覚も同一紙面に写してあり)     1通 III−248
年月日未詳 (相州伊勢原与兵衛蔵)遊女高雄文(写)     1通 III−249
年月日未詳 日和見やう伝授書(写)     1通 III−250
年月日未詳 薮内紹智之(系)譜(下書)     1枚 III−251
年月日未詳 (名古屋城下図)(着色・172.0×153.0cm)(写)     1冊 III−252
文政10年3月28日〜文政10年4月4日 東隠居士長梧子死去一条留(原本)     1通 III−253
(文政10年)4月.9 (御親父様御死去之由ニ付御悔手紙)(原本) 漁菊軒 武川恪之助 1通 III−254
文政10年4月10日 三月廿八日温良院様御卒去ニ付江戸行之記(原本) 行和   1冊 III−255
文政10年4月27日〜 文政10年5月7日 (武川恪之助父益郷死去ニ付江戸行帰路日記)(原本)     1通 III−256
文政10年5月16日 (温良院譲翁義謙居士ニ付)祠堂金受取之事(原本) 鈍渓代禅昌寺 武川恪之助 1綴 III−257
(1)年月日未詳(2)文政10年4月 (3)(文政10年)4月 (1)(御葬式行列三仏事)(2)温良院様七々日之内観音講香典帳(3)御頼申置候ヶ条(綴)(下書) (2)武川恪之助   1冊 III−258
文政10年5月 温良院様香腆帳(原本)     1冊 III−259
文政10年5月 温良院様御遺物之記(原本) 武川行和   1通 III−260
(文政10年6月5日) (温良院回向料・温良院所持之具及織物受用・予ノ老台仏へ回向料・川老金剛経ニ付手紙)(原本) [飛ノユノシマ武川恪之助様梧下 ?草軒」(表)「濃ノ柁田寄客」(裏)とある封筒にあり) ?草茸主 武川恪之助 1通 III−261
(文政10年).初夏 (御親父宜謙老居士回向料落手ニ付手紙)(原本)(「上 飛州下呂 武川恪之助様貴答 尾州犬山輝東庵」とある包紙にあり) 尾州犬山輝東庵 関室 武川恪之助 1通 III−262
(文政10年)7月10日 (温良院御回向料金受取候ニ付)口演(原本)(「飛州下呂 武川恪之助様貴下 七月十日従豆州沢地発 龍沢寺納所」とある包紙にあり) 従豆州沢地龍沢寺宜元 武川恪之助 1通 III−263
(文政10年)7月11日 (御親父被成物故桐葉壱片御恵贈致収納候ニ付手紙)(原本)(「武川恪之助殿梧右 大仙寺隠居」とある封紙にあり) 前大仙雪関子 武川恪之助 1通 III−264
(文政10年)6月.7 (温良院殿一生御陰徳・温良院殿御所持練織絹拝受・施斎料落手・牛皮消拝受・松蔭寺龍沢寺への両書金子落手ニ付手紙)(原本)(「上恪之助様御案下 顧鑑」とある包紙にあり) 顧鑑 武川恪之助 1通 III−265
(文政10年)9月.3 (温良院譲居士おくやみニ付手紙)(原本)(封紙欠)     1冊 III−266
(文政10年) (温良院様江戸御逝去荒増)(原本)     1枚 III−267
(文政10年) (追)悼(発句)(短冊)(原本)(「上悼亀木」とある包紙にあり) 亀木   1通 III−268
(文政10年) 追悼(発句)(懐紙)(「長梧尊翁の東武にみまかり給ふをいたみ奉りて」)(原本)(「追悼 仗石」とある包紙にあり) 仗石   1枚 III−269
(文政10年) (追悼発句短冊)(原本)(合爪 ?斎春路」とある包紙にあり) ?斎春路   1通 III−270
(文政10年) (長梧居士)追悼(折紙)(原本)(「追悼 ?斎春路」とある包紙にあり) ?斎春路   1冊 III−271
文政11年1月 掛物記(帳)(原本) 武川見古堂   1通 III−272
(文政11年).(3).18 (御令父様御追慕愚句御備可被下候・春之玉句拝見ニ付手紙)(原本) 南涛俊物 東埜雅先生 1冊 III−273
天保10年3月 温良院様十三回忌諱御法事・譲光院様一周諱玉林妙光大姉百回忌諱取越御法事諸調帳(原本) 武川久兵衛   1冊 III−274
天保14年3月28日 温良院様十七回忌御法事調帳(原本) 武川久兵衛   1冊 III−275
嘉永2年3月28日 温良院様廿三回忌諸覚帳(原本) 武川久兵衛   1冊 III−276
嘉永6年3月28日 温良院様廿七周忌御時斎覚帳(原本) 武川玖兵衛   1冊 III−277
安政6年3月28日 温良院様三十三周忌御法事記(帳)(原本) 武川玖兵衛   1通 III−278
安政7年6月 (奉納神社仏閣順拝札)(写)   ぼう州天津村なべや長兵衛 1通 III−279
安政7年6月 (奉納四国・西国神社仏閣順拝札)(写)   信州更級郡吹上村願主三浦屋幸治郎 1通 III−280
年月日未詳 御婚礼之次第(写)(「御こんの式」とある包紙にあり)     1通 III−281
年月日未詳 安政六未念迄(温良院様旅中御所持之霊年数覚)(下書)     1通 III−282
年月日未詳 (昨日ノ御清作和音仕候ニ付)口代(原本) 沢山主栽松軒叟 武川主人 1通 III−283
壬寅.(5月5日) (七言絶句・無題)(下書) 益水漁父   1通 III−284
年月日未詳 (七言律詩・「夏日山村即事」)(下書) 益水漁父   1通 III−285
年月日未詳 (五言律詩・「奉寄陀■(くさかんむり+月曷)尊師乞山中大衆之清和」)(下書) 金湯山樵   1通 III−286
年月日未詳 (七言絶句「寄浴温泉僧」)(下書) 金湯雅大夫   1部 III−287
年月日未詳 和歌詠草(「恐多くも御仁恩をおもひ出て」)(下書) 雅文   1部 III−288
年月日未詳 和歌詠草(「観音経を写して恩君の御墓に納め奉るとき蓮華寺と承ハれハ」)(下書) 雅文   1通 III−289
年月日未詳 (七言絶句・「金湯雅生有席上之珍次韻却呈」)(原本) 泉石   1通 III−290
年月日未詳 (七言律詩・「清川館主人有詩見寄次其芳韻却呈」)(原本) 泉石道人   1通 III−291
年月日未詳 (「弁慶ハ汁なへさかせ春の風」外四句詠草)(原本) 寿八十一歳五渓   1部 III−292
年月日未詳 発句詠草(「花寒に続くや花の吉の山」「けふはまた咲ぬを花の見処かな」)(下書) 旭渓   1通 III−293
年月日未詳 (三国通覧ニ出たる琉球人の歌・明和元年の収聘使の歌写)(前欠か)    久兵衛 1通 III−294
年月未詳.同日 (或道中一件外七式件ニ付引合書)(写) 前台 亜相卿 1部 III−295
年月日未詳 (濃州東道詩歌草稿)(写)(付知村・矢柄嶺・田瀬橋・下野庚申廟・浅間山を詠む)     1部 III−296
年月日未詳 (東海道六十三次折込み歌)(前欠)(写)     1通 III−297
(文政10年) (三月廿八日武川益郷死去ニ付仲平申口覚)(原本)     1通 III−298
年月日未詳 (取次濃州苗木新町阿波屋出店馬はらいたみの薬(木版)外五薬)(原本)     1通 III−299
年月日未詳 糸引之名号(一名疳呼出し法)(覚)(写)     1通 III−300
年月日未詳 加味道気湯(処方箋)(写)     1通 III−301
年月日未詳 (打躰妙薬他処方箋)(写)     1通 III−302
年月日未詳 妙見大薩?濡手秘文(原本)     1通 III−303
年月日未詳 若人大勢ニてもまたはだしけ来る時は(唱へる呪文)(写)     1通 III−304
年月日未詳 (東隠院英翁了雄居士、俗名武川久兵衛覚)(原本)     1通 III−305
年月日未詳 (東隠院英翁了雄居士、御法号書)(原本)     1冊 III−306止

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