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武川家1

岐阜県歴史資料館所在史料目録

第34集武川久兵衛家文書目録

第1部北方関係文書<県指定文化財>

年月日 文書名 作成 受取 備考 文書番号
甲書状の部
A.蝦夷山請負
享保3年10月29日 (夷地臼山八ヶ年取勝手次第)奉願上候御山之事(原本) 津軽三高屋願人山田庄平・江戸鉄炮州明石町金本飛騨屋久兵衛・松前宿岡部権兵衛 御山御奉行北山岡左衛門 県指定文化財(1-甲-A-1~21止は一括してあった) 1通 I−甲−A−1
元文1年7月6日 (御領内蝦夷桧葉惣山一円ヲ五ヶ年之間私壱人え被為仰付被下置候ニ付)乍恐以書付奉願上候御山之事(原本)(元文元年八月十五日付、蛎先元右衛門の裏書きあり 願人飛騨屋久兵衛・宿工藤忠兵衛 御奉行所 県指定文化財(1-甲-A-1~21止は一括してあった) 1通 I−甲−A−2
元文5年.閏7月21日 (蝦夷桧葉惣御山戌より卯迄五ヶ年賦にて請負ニ付)乍恐書付を以奉願上候御山之事(原本)(元文五年八月付、藤倉友右衛門の裏書あり) 願人飛騨屋久兵衛・宿工藤忠兵衛 御奉行所 県指定文化財(1-甲-A-1~21止は一括してあった) 1通 I−甲−A−3
延享2年3月10日 (御領内北村目名御山御囲桧葉御山不残江差山師中と等分、五ヶ年運上金小判弐千三百両ニて請負度ニ付)乍恐以書付奉願上候御山之事(原本)(延亭二年四月二日付、松前若狭守氏家家善次右衛門の裏書あり) 飛騨屋久兵衛・宿工藤忠左衛門 桧御山御奉行 県指定文化財(1-甲-A-1~21止は一括してあった) 1通 I−甲−A−4
(延享3年)8月 (過分の損毛取戻シ難成、別紙願之通御隣愍を以被為仰付被下置候様)乍憚以口上書申上候(写) 飛騨屋久四郎   県指定文化財(1-甲-A-1~21止は一括してあった) 1通 I−甲−A−5
延享3年8月3日 (あつけし御山之儀壱ヶ年延引仕度)乍恐以書付御窺奉願上候御事(原本)(九月七日、松前若狭守内氏家善次右衛門の裏書あり) 飛騨屋久兵衛代飛騨屋久四郎 御奉行所 県指定文化財(1-甲-A-1~21止は一括してあった) 1通 I−甲−A−6
延享5年7月18日 (しりべつ川御山夷桧柴惣山杣入越年・御領内夷桧柴惣山来午年より戌年迄五ヶ年被為仰付被下置候様ニ付)乍恐書付を以奉願上候御事(原本)(辰七月廿八日、松前若狭守内氏家善次右衛門の裏書あり) 飛騨屋久兵衛代飛騨屋久四郎・宿工藤忠左衛門 桧御山御奉行所 県指定文化財(1-甲-A-1~21止は一括してあった) 1通 I−甲−A−7
未(宝暦1年)7月14日 (金六百両氏家善次右衛門方より之手形金にて此度あつけし山運上金差引に罷成右手形被差上請取申候)覚(原本) 高橋七郎左衛門・新井田五郎左衛門 飛騨屋久兵衛・久次郎 県指定文化財(1-甲-A-1~21止は一括してあった) 1通 I−甲−A−8
酉(宝暦3年)7月28日 (悪消御山之儀思之外木立薄、依之石狩御山、尻別川え引越奉願上、八ヶ年賦に奉願上候ニ付)口上(写) 飛騨屋久次郎 御奉行 県指定文化財(1-甲-A-1~21止は一括してあった) 1通 I−甲−A−9
宝暦3年7月28日 (石狩御山跡山取木ニ付)乍恐書付を以奉願上候御事(原本)(八月十日、松前若狭守内鈴木源兵衛の裏書きあり) 願人飛騨屋久兵衛代飛騨屋久次郎・宿工藤忠左衛門 桧御山御奉行 県指定文化財(1-甲-A-1~21止は一括してあった) 1通 I−甲−A−10

戌(宝暦4年)11月1日

(尻別山延山之儀願出候得共定之通年限相勤候様可仕候ニ付)覚(原本)     県指定文化財(1-甲-A-1~21止は一括してあった) 1通 I−甲−A−11
宝暦10年9月6日 (木古内山仕入金借用手形ニ付)覚(原本) 借用主武川与惣右衛門・証人工藤忠左衛門 武川久兵衛・同所左衛門 県指定文化財(1-甲-A-1~21止は一括してあった) 1通 I−甲−A−12
宝暦10年11月 (久兵衛・徳次郎の諸商売永相続ニ付)仲満儀定証文之事(反故) 本人武川久兵衛・同人母まつ・今井所左衛門 武川徳次郎 県指定文化財(1-甲-A-1~21止は一括してあった) 1通 I−甲−A−13
(宝暦11年)7月25日 (石狩御山之儀此後御山方相続仕度ニ付)乍恐口上(写) 飛騨屋久兵衛・飛騨屋所左衛門・宿蓬来屋忠左衛門 桧御山御奉行 県指定文化財(1-甲-A-1~21止は一括してあった) 1通 I−甲−A−14
(宝暦11年)7月29日 (御留山蝦夷桧葉惣山請負願書差出ニ付工藤瀬兵衛様の御尋并御役所よりの返事ニ付)覚(控) 久兵衛・所左衛門   県指定文化財(1-甲-A-1~21止は一括してあった) 1通 I−甲−A−15
(宝暦11年)8月20日 (別紙以書付奉願上候御山之儀此度脇方よりも御願奉申上候由承知仕候ニ付跡御山奉願上候二付)乍恐口上之覚(写) 飛騨屋久兵衛・飛騨屋所左衛門・代飛騨屋徳次郎・宿工藤忠左衛門 桧御山御奉行 県指定文化財(1-甲-A-1~21止は一括してあった) 1通 I−甲−A−16
亥(明和4年)8月25日 (蝦夷桧葉并椴惣山之義、願之通被仰付候ニ付)覚(写) 徳次郎   県指定文化財(1-甲-A-1~21止は一括してあった) 1通 I−甲−A−17
宝暦8年8月17日 (御領内木古内山方仕入成兼申ニ付、貴殿江一円ニ仕入相頼別紙手形を以仕入金高三百両段々受取申筈ニ相定申候)証文之事(原本) 金子借用主武川与惣右衛門・右請人大黒屋茂右衛門・右同断工忠左衛門 武川久兵衛・所左衛門 県指定文化財(1-甲-A-1~21止は一括してあった) 1通 I−甲−A−18
宝暦11年8月11日 尻内跡山加入定之事(原本) 本人浦谷新七・請人工藤忠左衛門 飛騨屋与惣右衛門 県指定文化財(1-甲-A-1~21止は一括してあった) 1通 I−甲−A−19
宝暦11年8月11日 (尻内跡山五ヶ年之間私共ニ山方仕入被下度ニ付)証文之事(原本) 本人武川与三右衛門・本人浦谷新七・証人工藤忠左衛門 武川久兵衛・今井所左衛門 県指定文化財(1-甲-A-1~21止は一括してあった) 1通 I−甲−A−20
宝暦11年8月23日 (喜古内山材木有高)覚(原本) 武川与惣右衛門 武川久兵衛・今井所左衛門 県指定文化財(1-甲-A-1~21止は一括してあった) 1通 I−甲−A−21止
B.南部山請負
宝暦4年7月 (七戸御領内留山清水目山、太坪、小坪山右三ヶ山五ヶ年ニテ請負願ニ付)証文之事(原本) 南部大畑町角田長兵衛、同所請人菊池与左衛門 江戸鉄砲州本湊町栖原角兵衛、館屋清次郎、武川久右衛門殿代畑中市兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−B−1
宝暦4年9月27日 (拙者分ニ御座候城ヶ沢半藤沢来年出材木半分、先達て本紙金二百両之引当二千石目に相向申候添手形ニ付)覚(原本) 綿屋九右衛門・同九兵衛 武川久兵衛・久次郎 県指定文化財 1通 I−甲−B−2
宝暦8年6月3日 (七戸御支配所坪清水目御山証文并添御証文・御覚書四通請取申ニ付)覚(原本) 若山覚兵衛・角田長兵衛 栖原角兵衛・館屋請次郎・武川久右衛門 県指定文化財 1通 I−甲−B−3
明和9年8月 (長後領喜平次沢山へ私仲間入仕、仲間証文請取御渡申候ニ付)一札之事(原本) 金子預り人京屋伝次郎・請人木村勘右衛門 武川文吉 県指定文化財 1通 I−甲−B−4止
C.受取証文
(享保13年) (倍行死去ニ付遺金の受取ニ付)覚(原本) 飛騨屋さわ C 県指定文化財 1通 I−甲−C−1
享保21年2月16日 (下国斎宮様差上ケ申呉服物代金請取ニ付)覚(原本) 通油町相模屋吉右衛門 飛騨屋久兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−C−2
元文3年7月11日 預申金子の事(原本) 預り主松前杉野五兵衛 武川久兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−C−3
宝暦6年8月12日 (金五十両あつけし山五年之為祝儀領収一札)(原本) 工藤忠左衛門 武川所左衛門 県指定文化財 1通 I−甲−C−4
宝暦13年9月1日 (石かり山八ヶ年之為祝儀、金子八拾両被下置候て致受納候ニ付)覚(原本) 工藤忠左衛門 武川久兵衛・同所左衛門 県指定文化財 1通 I−甲−C−6
安永2年9月18日 (ゑとも、あつけし、まいたつふ、くなしり夏商場運上金小判五千四百両相渡候ニ付)覚(原本) 鈴木藤左衛門・氏家新兵衛 武川久兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−C−7
延享3年7月29日 (武川久次郎殿え御下ケ金二両受取候ニ付)覚(原本) 菊池与左衛門 武川庄右衛門 県指定文化財 1通 I−甲−C−8
卯(宝暦9年).閏7月10日 (喜古内山仕入金之内金百両請取候ニ付)覚(原本) 武川与惣右衛門 武川久兵衛・所左衛門 県指定文化財 1通 I−甲−C−9
卯(宝暦9年)8月3日 (喜古内山仕入金之内百五拾両請取候ニ付)覚(原本) 武川与惣右衛門 武川久兵衛・所左衛門 県指定文化財 1通 I−甲−C−10
(宝暦9年)12月22日 (小林覚左衛門殿へ相渡申金子小判拾両受取候ニ付)覚(原本) 工藤庄次兵衛 武川久兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−C−11
年未詳.辰12月13日 (巳ノ正月百両渡り金之内五拾両受取候ニ付)覚(原本) 武川与右衛門代飛騨屋兵左衛門 武川伝次郎・理助 県指定文化財 1通 I−甲−C−12
申(明和1年)9月 (廻船春日丸え御取替被下候金七拾九両三歩請取候ニ付)覚(原本) 栖原武兵衛 武川久兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−C−13止
D.借用証文
天和3年5月19日 借用仕金子之事(原本) 門原市右エ門・七蔵・才兵衛・喜兵衛 下呂久右エ門・五へ衛 県指定文化財 1通 I−甲−D−1
享保21年1月..10 借用手形事(原本) 借主下国主鈴・請人品川佐左右エ門 飛騨屋久兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−D−2
宝暦11年9月2日 預申金子之事(原本) 伊勢屋吉郎右衛門・伊勢屋安右衛門 武川久兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−D−3
宝暦12年12月4日 (上納金之内百弐拾五両問屋与左エ門引負仕ニ付金弐拾両与左エ門え御合力可被下由ニ付)覚(原本) 大畑検断豊右衛門・同所宿老安右衛門・同善治郎 武川伝次郎・嘉右衛門 県指定文化財 1通 I−甲−D−4
年未詳5月7日 (工藤忠左エ門様分自丑至辰迄内渡金ニ付)覚(下書) 県指定文化財 1通 I−甲−D−5
寛政3年6月10日 借用仕候金子証文之事(原本) 杉本助右エ門・証人菊池重左衛門 堺屋徳兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−D−6
戌2月15日 借用申金子之事(原本) 小平甚左エ門 武川久平衛・栖原伝吉 県指定文化財 1通 I−甲−D−7
享保19年5月12日 預り申金子之事(原本) 金子預り主菊池与左エ門・受人菊池豊七 武川久兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−D−8
元文1年11月12日 (急難之節御恩借被下候ニ付)一札之事(原本) 菊池与左エ門外4人 武川久兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−D−9
元文2年7月8日 借用申金子之事(原本) 塩谷武左エ門 武川久兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−D−10
元文1年11月12日 借用申金子之事(原本) 金子借り主菊池与左エ門・証人菊池豊七外3人 武川久兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−D−11
元文2年12月17日 預り申金子之事(原本) 金預主菊池与左衛門・請人武川久兵衛 鈴木治郎兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−D−12
元文5年9月14日 借用申金子之事(原本) 和哥山七郎兵衛 武川久兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−D−13
寛保2年9月2日 預申金子之事(原本) 金預主金津伝重郎 武川久兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−D−14
寛保2年11月12日 預り申金子之事(原本) 金津伝重郎・同太郎 武川久治郎・久四郎 県指定文化財 1通 I−甲−D−15
寛保3年4月11日 預申金子之事(原本) 請人菊池与左衛門・金預り新保屋源兵衛 武川久治郎・同久四郎 県指定文化財 1通 I−甲−D−16
延享3年12月11日 (金五両借用預申ニ付)覚(原本) 福士唯右エ門 武川久四郎 県指定文化財 1通 I−甲−D−17
延享4年1月23日 預り申金子之事(原本) 関川与兵衛 畠中市兵衛・栖原平助 県指定文化財 1通 I−甲−D−18
延享4年2月18日 借用申金子之事(原本) 八谷伝四郎 武川久四郎 県指定文化財 1通 I−甲−D−19
延享4年12月21日 (寅之年山仕入残金預り申候ニ付)証文之事(原本 菊池与左エ門・菊池豊七・証人田中小左衛門 武川亀之助・久治郎・久四郎 県指定文化財 1通 I−甲−D−20
延享4年12月24日 預申金子之事(原本) 金子預人田名部山本庄助・同喜太郎 武川久治郎・同久四郎 県指定文化財 1通 I−甲−D−21
延享5年6月18日 (金三両慥ニ請取申候ニ付)覚(原本) 大呂佐々木左衛門 大畑武川久四郎 県指定文化財 1通 I−甲−D−22
宝暦2年7月3日 預り申金子之事(原本) 金子預り人佐井竹内与兵衛・請人同所川井久兵衛 武川久兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−D−23
宝暦4年.閏2月26年 預借用申金子之事(原本) 金子借用主京屋勘右衛門・受人菊池与左衛門 武川久兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−D−24
宝暦4年6月 預申金子之事(原本) 綿屋九右衛門・同幸次郎・受人菊池与左衛門 武川久兵衛・同久次郎 県指定文化財 1通 I−甲−D−25
宝暦4年7月 借用申金子之事(原本) 綿屋九右衛門・同幸次郎・受人菊池与左衛門 武川久兵衛・同久次郎 県指定文化財 1通 I−甲−D−26
宝暦4年8月23日 預申金子事(原本) 湊御役所菊池平右衛門・中嶋源右エ門・宮野市兵衛 菊池与左衛門 県指定文化財 1通 I−甲−D−27
宝暦4年9月24日 借用申金子之事(原本) 金子借用主綿屋九右衛門・同九兵衛・請人菊池与左衛門 武川久兵衛・同久次郎 県指定文化財 1通 I−甲−D−28
宝暦5年6月13日 借用申金子之事(原本) 田名部山本利左衛門 武川久兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−D−29
宝暦6年4月19日 借用申金子之事(原本) 金子預り主田中善次郎・証人菊池与左衛門 武川久兵衛・同所左衛門 県指定文化財 1通 I−甲−D−30
宝暦6年5月3日 預申金子之事(原本) 金子預り主田中善次郎・証人菊池与左衛門 武川久兵衛・同所左衛門 県指定文化財 1通 I−甲−D−31
宝暦8年8月17日 借用申金子之事(原本) 金子借用主武川与惣右エ門・右受人工藤忠左衛門 武川久兵衛・同所左衛門 県指定文化財 1通 I−甲−D−32
宝暦8年8月23日 借用申金子事(原本) 金子借用主武川与惣右エ門 武川久兵衛・同所左衛門 県指定文化財 1通 I−甲−D−33
宝暦8年10月23日 借用申金子之事(原本) 金子借用主武川与惣右衛門 武川久兵衛・同所左衛門 県指定文化財 1通 I−甲−D−34
宝暦9年2月11日 借用申金子之事(原本) 金子借用主武川与惣右エ門 武川久兵衛外3人 県指定文化財 1通 I−甲−D−35
宝暦9年8月10日 (金三拾六両砂壱匁八厘七毛慥ニ受取借用申ニ付)覚(原本) 藤井次郎平 武川伝次郎・同理助 県指定文化財 1通 I−甲−D−36
宝暦11年8月11日 借用申金子之事(原本) 金子借用主武川与惣右エ門・浦谷新七 武川久兵衛・今井所左衛門 県指定文化財 1通 I−甲−D−37
宝暦10年8月26日 借用申金子之事(原本) 金子借用主武川与右衛門・受人宮嶋源右衛門 武川伝次郎・理助 県指定文化財 1通 I−甲−D−38
宝暦11年8月23日 借用申金子事(原本) 武川与惣右衛門 武川久兵衛・今井所左衛門 県指定文化財 1通 I−甲−D−39
宝暦11年8月23日 借用申金子事(原本) 武川与惣右衛門か ら武川久兵衛・今井所左衛門 県指定文化財 1通 I−甲−D−40
宝暦12年3月23日 預申金子之事(原本) 金願主藤井次郎平・証人宮藤右エ門 武川久兵衛様御支配人武川伝次郎・武川理助 県指定文化財 1通 I−甲−D−41
宝暦12年2月23日 (金子三拾壱両砂壱匁八厘七毛預り候ニ付)覚(原本) 金預主藤井次郎平・証人宮藤右エ門 武川久兵衛様御支配人武川伝次郎・武川理助 県指定文化財 1通 I−甲−D−42
宝暦13年5月3日 借用申金子之事(原本) 武川与右衛門 武川久兵衛・所左衛門 県指定文化財 1通 I−甲−D−43
宝暦13年6月2日 借用申金子之事(原本) 菊池忠右衛門 武川伝次郎・嘉右衛門 県指定文化財 1通 I−甲−D−44
宝暦13年5月10日 借用金手形之事(原本) 金子預主宮嶋源右衛門・請人千葉屋藤次郎 武川所左衛門・菊池甚右衛門 県指定文化財 1通 I−甲−D−45
宝暦13年9月6日 御恩借申金子之事(原本) 工藤忠左衛門 武川久兵衛・同所左衛門 県指定文化財 1通 I−甲−D−46
宝暦13年9月18日 尻内山仕入金手形之事(原本) 浦谷新七・武川与三右エ門 武川久兵衛・今井所左衛門 県指定文化財 1通 I−甲−D−47
宝暦13年9月18日 尻内山仕入金別紙手形之事(原本) 浦谷新七・武川与三右エ門 武川久兵衛・同徳次郎・今井所左エ門 県指定文化財 1通 I−甲−D−48
宝暦13年12月11日 預申金子之事(原本) 槇玄範 武川久兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−D−49
明和1年8月21日 借用申金子之事(原本) 町名主能登屋万右エ門・広瀬孫右エ門 武川久兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−D−50
明和1年9月18日 借用申金子之事(原本) 飛たや与三右衛門 武川久兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−D−51
明和1年9月23日 借用申金子之事(原本) 同与三右衛門 武川久兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−D−52
明和1年11月10日 借用申金子之事(原本) 広瀬孫右衛門 武川久兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−D−53
明和1年12月 借用申金子之事(原本) 借用主武川与右衛門 武川嘉右衛門 県指定文化財 1通 I−甲−D−54
明和5年8月12日 借用申金子之事(原本) 菊池忠右衛門 武川久兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−D−55
明和5年9月11日 御恩借申金子之事(原本) 受人工藤忠左衛門・本人塩越屋兵七 武川久兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−D−56
明和6年9月20日 (金七両借用申ニ付)覚(原本) 蛎崎庄左エ門 武川徳治郎・上田忠右エ門 県指定文化財 1通 I−甲−D−57
明和7年8月 借用申金子之事(原本) 菊池新右衛門 武川久兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−D−58
明和9年8月24日 (中之又御山御出金弐百両借用仕候御約束之内此度五拾両請取申候ニ付)覚(原本) 金子預人山本吉次良 武川久兵衛・栖原角兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−D−59
明和9年11月6日 預申金子之事(原本) 金子預り人山本庄治郎代金蔵・証人磯谷八兵衛 武川久兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−D−60
天明8年10月 (飛州松永伝兵衛方より金百両借用被成度ニ付)口上(原本) 大阪奈良本久右エ門代嘉兵衛 武川久兵衛・助右エ門・儀兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−D−61
寛政12年11月14日 (武川久兵衛殿不仕合ニて残金返金行届不申候間、延金御承知被下ニ付)入置申一札之事(原本) 栖原角兵衛 堺屋紋兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−D−62
寅(延享3年)6月29日 (金三両慥ニ受取申候ニ付)覚(原本) 菊池与左エ門 川上惣四郎 県指定文化財 1通 I−甲−D−63
酉7月7日 (金五両)預手形之事(原本) 市川進右衛門 武川久兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−D−64
酉.(4).26 (小判拾五両預申ニ付)覚(原本) 工藤武右エ門 武川久兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−D−65
酉11月9日 (丁銭借用申ニ付)一札之事(原本) 松前屋利右衛門 飛騨屋兵吉 県指定文化財 1通 I−甲−D−66
亥4月24日 (小判七両預申候ニ付)覚(原本) 工藤武右エ門 武川久兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−D−67
(辰)1月15日 (金五両請取申ニ付)覚(原本) 上野吟右衛門 武川久兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−D−68
年未詳11月30日 (金子弐両弐歩借用仕ニ付)覚(原本) 因藤官治 武川久治郎 県指定文化財 1通 I−甲−D−69止
E.為替手形
元文2年11月11日 (金拾両和歌山七郎左衛門より請取ニ付)為替手形之事(原本) 為替本人松前工藤五兵衛 為替金渡シ主南部大畑武川久兵衛・同久次郎・同久四郎 県指定文化財 1通 I−甲−E−1
宝暦7年9月16日 (七戸領御支配の内、大坪・小坪・清水目山立木并取材木共右御山譲請ニ付)(原本) 南部有畑鳥山勘次郎・南部野辺地五十嵐伝兵衛・請人同所野村兵右衛門・同片石庄助 江戸鉄砲津栖原角兵衛・江戸深川木場丁館屋清次郎・南部大畑野呂七次郎 県指定文化財 1通 I−甲−E−2
寛保2年8月 (武川久兵衛殿登金として金拾五両ニ付)請取為替申金子之事(原本) 坪長右衛門 足羽次郎三郎 県指定文化財 1通 I−甲−E−3止
F.家屋証文
天明4年6月21日 (小松前立家壱軒)売渡シ申家之事(原本) 近江屋利兵衛 武川助右衛門 県指定文化財 1通 I−甲−F−1
天明8年1月. (御金奉預候内万一取障等御座候節は)差上申家屋鋪引当証文之事(原本) 松前城下問屋蓬莱屋忠兵衛外5人 山本滝三郎・小沢伝左衛門 県指定文化財 1通 I−甲−F−2止
G.場所請負
安永2年9月6日 (江戸御屋鋪月割上納金并御年賦金之儀私共甚不勝手ニ付残金五千四百両はえとも・あつけし・きりたつふ・くなしり右四ヶ所て壱ヶ年金弐百七拾両宛年数弐拾ヶ年ニ御指引仕候様被為仰付被下置度ニ付)乍恐以書付奉願上候御事(下書) 飛たや久兵衛 氏家新兵衛・鈴木藤左衛門 県指定文化財 1通 I−甲−G−1
安永4年1月30日 (元利合テ金二千八百五拾六両の引当ニ西蝦夷地宗谷場所を一ヶ年百九拾両宛十五年間無利足にて引取申ベク候ニ付)証文之覚(写) 因藤与惣治外3人 飛騨屋久兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−G−2
天明3年10月 (是迄運上支配致来候西蝦夷地そうや夏場処引き続き其許へ二十五ヶ年支配申付候ニ付運上金の内二百両を無利足ニて上納請取候ニ付)覚(写) 在江戸下国舎人・氏家新兵衛 飛騨屋久兵衛・久治郎 県指定文化財 1通 I−甲−G−3
午(天明6年)9月 (其方請負場所下蝦夷地当壱ヶ年は松本伊豆守様より御達之趣有之無據商売怠申渡候処明年ハ商売可致事ニ候并ニ先年依頼試稼申付置候鮭鱒・秋味石高運上金等之積を宛可申出候ニ付達書(原本)   飛騨屋久兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−G−4
天明7年10月 (東蝦夷地一円商売懈怠被仰付当惑仕候、何卒格別之以御慈悲悪消・きいたつふ・久名尻三ヶ処是迄勤来之通年請負被仰付被下置候ニ付)乍恐以書付奉願上候(控) 飛騨屋久兵衛 氏家新兵衛様御取次中 県指定文化財 1通 I−甲−G−5
寛政1年6月13日 (此度東蝦夷地騒動ニ付不相済中船々指立申間敷趣被仰出候儀、変死之者跡々助情方并旅人より借用作略方当惑仕候ニ付)乍恐以書付御伺申上候(下書) 飛騨屋久兵衛代儀兵衛・宿蓬莱屋忠兵衛 町奉行所 県指定文化財 1通 I−甲−G−6
寛政1年6月19日 (くすり場所に囲置候荷物積取のため立船仕候共、未残荷も有由手船を更に一艘差遣申度ニ付)乍恐以書付奉願上候(控) 飛騨屋久兵衛代儀兵衛・宿蓬莱屋忠兵衛 町御奉行所 県指定文化財 1通 I−甲−G−7
寛政1年.閏6月23年 (下夷地立船之儀御指留之趣奉恐入候へ共横死之者相続方者不申及難渋仕候ニ付囲荷積取少々なり共作略方足前ニも致度ニ付)乍恐以書附奉願上候(控) 飛騨屋久兵衛代儀兵衛・宿蓬莱屋忠兵衛 町御奉行所 県指定文化財 1通 I−甲−G−8
寛政1年.閏6月26年 (此頃御願奉申上候下夷地立船之儀一日も早被仰付被下置候様ニ付)乍恐以書附奉願上候(控) 飛騨屋久兵衛代儀兵衛・宿蓬莱屋忠兵衛 町御奉行所 県指定文化財 1通 I−甲−G−9
寛政1年7月1日 (先達て御願申上候下蝦夷地立船之願書は御下ケ被成下度候、石かり秋味石高当一ヶ年増石被為仰付被下置候様ニ付)乍恐以書付奉願上候(控) 飛騨屋久兵衛代儀兵衛・宿蓬来屋忠兵衛 町奉行所 県指定文化財 1通 I−甲−G−10
寛政1年7月12日 (そうや御場所借用金代ニ栖原三郎兵衛に年数之中相渡候ニ付御用向等は、枝ヶ崎町三郎兵衛方え被為仰付被下置度ニ付)乍恐以書附奉願上候(控) 飛騨屋久兵衛代儀兵衛・宿蓬莱屋忠兵衛 町御奉行所 県指定文化財 1通 I−甲−G−11
寛政1年7月 (くなしり支配人伝七・吉兵衛儀は、夷とも懸り合之儀ニ候間可召連旨被仰聞両人御供仕候得共、何卒早速帰国致候様)乍恐以書附奉願上候(控) 飛騨屋久兵衛代儀兵衛・宿蓬莱屋忠兵衛 町御奉行所 県指定文化財 1通 I−甲−G−12
寛政1年8月3日 (下蝦夷地立船之儀再三御申上候も此節船水主共混雑ニ及候、何卒早速御沙汰被為有被下置度ニ付)乍恐以書附奉願上候(控) 飛騨屋久兵衛代儀兵衛・宿蓬莱屋忠兵衛 町奉行所 県指定文化財 1通 I−甲−G−13
寛政1年8月3日 (先達て御願奉申上候西蝦夷そうや御場所御用向之儀者借金相済迄栖原三郎兵衛方江被為仰付被下置度儀宣敷御聞済被下候様)乍恐以書附奉願上候(控) 飛騨屋久兵衛代儀兵衛・宿蓬莱屋忠兵衛 町御奉行所 県指定文化財 1通 I−甲−G−14
寛政1年8月9日 (当一ヶ年東夷地私請負御場所御運上之筋ハ御免被仰付御米并金子共御下ケ被成下候様)乍恐以書附奉願上候(控) 飛騨屋久兵衛代儀兵衛・宿蓬莱屋忠兵衛 町御奉行所 県指定文化財 1通 I−甲−G−15
寛政1年8月22日 (私是迄請負仕候東西蝦夷地五ヶ所ともニ御引上ニ候、積取残荷物・諸道具ともニ勝手次第積取候様被為仰付、運上屋・蔵等御代金被下置度ニ付)乍恐以書附奉願上候(控)飛 飛騨屋久兵衛代儀兵衛・宿蓬莱屋忠兵衛 町御奉行所 県指定文化財 1通 I−甲−G−16
寛政1年8月22日 (御場所御引上ニ付御請相済迄御延引願上候、あつけし御場所え熊人差遣申度ニ付)乍恐以書附奉願上候(控) 飛騨屋久兵衛代儀兵衛・宿蓬莱屋忠兵衛 町御奉行所 県指定文化財 1通 I−甲−G−17
寛政1年8月24日 (東西蝦夷地五ヶ所之御場所御引上可被遊段奉承知候得共、御支配年数中交易荷物ハ私方ニて取扱候様被仰付被下置候様)乍恐以書付奉願上候(控) 飛騨屋久兵衛代助右衛門・宿蓬来屋忠兵衛 町御奉行所 県指定文化財 1通 I−甲−G−18
寛政1年8月25日 (東蝦夷地より登り居候大通丸水主庄屋、伝七・吉兵衛早速渡海仕候様被仰付被下置度ニ付)乍恐以書付奉願上候(控) 飛騨屋久兵衛代助右衛門・宿蓬来屋忠兵衛 町御奉行所 県指定文化財 1通 I−甲−G−19
寛政1年8月29日 (東西蝦夷地五ヶ所之御場処年数中交易荷物ハ私方ニて元姿ニ取扱候様被為仰付被下置候様)乍恐以書付奉願上候(控) 飛騨屋久兵衛代助右衛門・宿蓬来屋忠兵衛 町御奉行所 県指定文化財 1通 I−甲−G−20
寛政1年8月30日 (昨日以書付御願申上候東西蝦地五ヶ所年数中交易荷物取扱之願書ニ付再三御願申上候通早速御取次被成下候様)乍恐以書付奉願上候(控) 飛騨屋久兵衛代助右衛門・宿蓬来屋忠兵衛 張江甚兵衛・村山伝兵衛・福井吉郎兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−G−21
寛政1年9月3日 (去月廿九日同晦日御願申上候通御改正之儀ハ如何体之被仰出御座候共可奉畏商売荷物ハ御支配被仰付被下置候様)乍恐以書付奉願上候(控) 飛騨屋久兵衛代助右衛門・宿蓬来屋忠兵衛 町御奉行所 県指定文化財 1通 I−甲−G−22
寛政1年9月13日 (去月より御願申上候東西蝦夷地之御場所之儀御取用難成旨承知奉畏候、五ヶ所ニ代り丈之御場所東西蝦夷地ニおゐて年数も同様ニ御支配被為仰付被下置候様)乍恐以書付奉願上候(控) 飛騨屋久兵衛代助右衛門・宿蓬来屋忠兵衛 町御奉行所 県指定文化財 1通 I−甲−G−23
寛政1年9月15日 (東西蝦夷地五ヶ所ニ代り丈之御場所被為仰付被下置度ニ付)乍恐以書付奉願上候(控) 飛騨屋久兵衛代助右衛門・宿蓬来屋忠兵衛 張江甚兵衛・村山伝兵衛・福井吉郎兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−G−24
寛政1年9月21日 (先達て御願申上候東西蝦夷地代り御場所御支配被仰付被下置度段早速被仰付被下置候様ニ付)乍恐以書付奉願上候(控) 飛騨屋久兵衛代助右衛門・宿蓬来屋忠兵衛 町御奉行所 県指定文化財 1通 I−甲−G−25
寛政7年7月 (南部松前商売打払後之借用金返済并江戸南部松前・出羽・越後残り居候商売筋借用金之儀は、貴殿方ニて宜敷御取計可被成候様ニ付)指入申証文之事(原本) 湯之嶋村徳兵衛・同人親徳次郎・立会内蔵助 湯之嶋村久兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−G−26
(安永)2年9月6日 (悪消・きいたつふ・久名尻右三ヶ所御場所年数中ハ船立御停止被仰付被下置度ニ付)乍恐口上(元本) ひたや久兵衛 氏家新兵衛・鈴木藤左衛門 県指定文化財 1通 I−甲−G−27止
H.売船・貸船・免状等
宝暦2年5月5日 (手船万歳丸四百石積)売渡シ申廻船証文之事(原本) 船主栖原角兵衛・宿平野茂兵衛 綿屋九右衛門 県指定文化財 1通 I−甲−H−1
安永7年1月22日 (弁財船、百弐拾石積)売券証文之事(原本) 証人松前屋庄衛門・本人松前屋利右衛門・宿河内屋久兵衛 飛騨屋兵吉・近江屋忠右衛門 県指定文化財 1通 I−甲−H−2
安永7年3月2日 (弁財船千石積)船売券証文之事(原本) 船主越前屋久右衛門・請人宮腰屋理右衛門 飛騨屋久兵衛殿代飛騨屋兵吉・松前宿大黒屋茂右衛門 県指定文化財 1通 I−甲−H−3
天明4年10月10日 (弁才弐百五拾石積壱艘)船売券状之事(原本) 船売主西館支配江差専之助・宿受越後屋専右衛門 武川久兵衛外3人 県指定文化財 1通 I−甲−H−4
天明8年6月13日 (弁財弐百七拾石積壱艘)永代売渡証文之事(原本) 箱館村船主笹屋治兵衛・同沖船頭同政次郎・松前宿張江太次兵衛 武川久兵衛・同助右衛門・同儀兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−H−5
寛政1年6月25日 (弁財船千弐百石積)売船証文之事(原本) 船主江戸伊勢屋伊兵衛代伊勢屋彦右衛門・伊勢屋孫兵衛・沖船頭仙台屋松太郎 武川久兵衛・儀兵衛・菊池重左衛門 県指定文化財 1通 I−甲−H−6
寛政9年1月28日 (御手船山王丸譲り受候ニ付)金子預証文之事(原本) 栖原久次郎・証人長川仲右衛門 武川久兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−H−7
安永9年5月23日 (九人乗弁才壱艘)貸船証文之事(原本) 住吉屋孫兵衛・善七 飛騨屋助右衛門・惣三郎 県指定文化財 1通 I−甲−H−8
天明8年12月11日 (松前久兵衛船頭多助逢難風当外浦湊え漂着仕候ニ付)差上申証文之事(下書) 江戸鉄砲州本湊町栖原屋久次郎代支配人 浦方御役所小原伝右衛門・山崎太郎左衛門 県指定文化財 1通 I−甲−H−9
天明7年8月 (東蝦夷地アツケシ於御山造船免許状)覚(原本) 木山奉行藤倉八十八 飛騨屋久次郎・宿蓬莱屋忠兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−H−10
寛政4年4月 (於悪消造掛船足木)材木伐出免判之事(原本) 木山奉行所 飛騨屋久兵衛代伊右衛門・宿大津屋民左衛門 県指定文化財 1通 I−甲−H−11
享和2年12月29日 運賃目録(原本) 栖原角兵衛 武川久兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−H−12
安政5年9月24日 番船御免判(原本) 浜マシケ場所御用所 浜マシケ場所運上家 県指定文化財 1通 I−甲−H−13
安永8年11月14日 (於御当地ニ両艘共船囲仕度候)以口上書奉願上候(写) 大通丸金兵衛・長生丸源右衛門・宿武兵衛 中津源兵衛 県指定文化財 1通 I−甲−H−14止
I.船往来切手
安永6年2月 (船主兵衛沖船頭仁三治水主共、津々浦々往来切手)(原本) 松前志摩守鈴木藤左衛門・氏家新兵衛 津々浦々御番所衆中 県指定文化財 1通 I−甲−I−1
安永7年2月 (船主久兵衛船頭仁惣治水主共、津々浦々往来切手)(原本) 松前志摩守内鈴木藤左衛門・氏家新兵衛 津々浦々御番所衆中 県指定文化財 1通 I−甲−I−2
安永8年1月 (船主久兵衛沖船頭源七水主共、津々浦々往来切手)(原本) 松前志摩守内酒井伊左衛門・青山園右衛門 津々浦々御番所衆中 県指定文化財 1通 I−甲−I−3
安永9年2月 (船主久兵衛沖船頭久蔵水主共、津々浦々往来切手)(原本) 松前志摩守内酒井伊左衛門 津々浦々御番所衆中 県指定文化財 1通 I−甲−I−4止
J.網株
明和8年11月6日 (ノコロ鰯株代金七両ニて)売渡申網株之事(原本) 売主京屋伝次郎・証人木村勘右衛門・田中治三郎 武川文吉 県指定文化財 1通 I−甲−J−1止
K.久奈尻騒動
寛永1年6月15日 (くな尻嶋・きいたふ両所七拾余人の変死者を見届并死骸を取片付に人指遣申度ニ付)乍恐以書付奉願上候(原本) 飛騨屋久兵衛代儀兵衛・宿蓬莱屋忠兵衛 町御奉行所 県指定文化財 1通 I−甲−K−1
寛政1年6月23日 (下蝦夷地存亡不相訳志見届并変死之者共片付ニ付)乍恐以書附奉(再)願上候(原本)飛 騨屋久兵衛代儀兵衛・宿蓬莱屋忠兵衛 町御奉行所 県指定文化財 1通 I−甲−K−2
寛政1年8月11日 (於東蝦夷地ニ横死之者之死骸取片付并死骸埋め為菩提石地蔵相立置申度ニ付)乍恐以書附奉願上候(原本) 飛騨屋久兵衛代儀兵衛・宿蓬莱屋忠兵衛 町御奉行所 県指定文化財 1通 I−甲−K−3
L.公訴
天明1年10月11日 (飛州湯ヶ嶋村久兵衛久次郎より松前志摩家来と申立候松前城下町南部屋嘉右衛門引負出入一件被仰渡候ニ付)差上申一札之事(控) 松前志摩守家来元勘定役湊源左衛門・大原亀五郎御代官所飛州久兵衛外2人 御評定所 県指定文化財 1通 I−甲−L−1
寛政2年8月5日 (蝦夷地及騒動已来御改正有之場末之儀は、他国之者交易差留之儀有之、久兵衛差出候先納金并御用立金等は御返シ可有之候、従御公儀様宗谷交易請負運上先納致候金子千八百拾両者四年賦ニ請取可置旨被仰渡候ニ付)差上申一札之事(原本)(松前志摩家来家老松前左膳外3人の奥書あり) 飯塚常之丞御代官所飛州益田郡湯之嶋村百姓久兵衛後見同郡花池村百姓所左衛門外8人 御奉行所 県指定文化財 1通 I−甲−L−2
寛政2年 (書面之通り松前志摩守様御家中方之貸金并取替者代金有之にて前書の金子不残相済候様)乍恐書付御訴訟奉申上候(下書) 飛州益田郡湯之嶋村久兵衛・所左衛門 御奉行所 県指定文化財 1通 I−甲−L−3
安永9年6月 (何卒嘉右衛門被召出品々相巧私渡世ニ差障候段御吟味被成下私方相勤候内々引負金并残金貸共弐千八百弐両余不残相返し向後右体渡世ニ差障り不申候様被為仰付被下置候様)乍恐以書付奉願上候(控) 大原彦四郎御代官所飛州益田郡湯之嶋村訴訟人久兵衛・同同人弟久次郎 御奉行 県指定文化財 1通 I−甲−L−4止
M.武川家
享保13年11月 (飛騨屋久兵衛頓死ニ付、さわ・久蔵・伊兵衛・小三郎等跡式相続ニ付)覚(原本) 江間楊助   県指定文化財 1通 I−甲−M−1
享保13年11月

(1)飛騨屋久兵衛跡式定証文覚(原本)

(2)飛州湯ノ嶋村え遺金員数覚(原本)

(1)飛騨屋小三郎外5人

(2)飛騨屋さわ

  県指定文化財 1通 I−甲−M−2
寛保2年11月24日 (亀之助成長いたし候迄ハ万事両人ヘ宜頼入候ニ付)遺言覚(原本) 久兵衛 久次郎・久四郎 県指定文化財 1通 I−甲−M−3-1
寛保2年12月24日 封紙(原本)(「御遺言状菊池与左エ門・西村源兵衛・武川久四郎・武川久次郎寛保弐年戌十二月廿四日立合拝見候時封印新保屋三郎兵衛・真木玄達・吉田勘七」と書かれている)     県指定文化財 1枚 I−甲−M−3-2
宝暦子(6).7 包紙(原本)(「宝暦子七月定御遺書入」と書かれている)     県指定文化財 1枚 I−甲−M−3-3
亥(寛保3年)2月13日 封紙(原本)(「御遺言状利超・武川小三郎・同忠右衛門亥二月十三日立合披見候剋封印植川惣左エ門・近藤善助・今井弥平次」と書かれている)     県指定文化財 1枚 I−甲−M−3-4

戌(寛保2年)12月7日

封紙(原本)(「立合拝見新保屋三郎兵衛・武川久四郎・槙玄達老・吉田勘七・菊池忠右エ門・前田忠三郎戌十二月七日夕」と書かれている)     県指定文化財 1枚 I−甲−M−3-5
戌(寛保2年)11月24日 封紙(原本)(「武川久四郎殿・久次郎殿・同久兵衛戌十一月廿四日」と書かれている)     県指定文化財 1枚 I−甲−M−3-6止
寛政1年8月11日 (そうやニて御病死被成候御普請役庵原弥六様の墓石碑明年にも相建申度ニ付)乍恐以書附奉願上候(下書) 飛騨屋久兵衛代儀兵衛・宿蓬来屋忠兵衛 町奉行所 県指定文化財 1通 I−甲−M−4
文政2年 年間供養操出記(下書)     県指定文化財 1枚 I−甲−M−5
年未詳6月7日 (百二拾両手形相認上申候ニ付手紙)(原本) いせや安右兵衛門 武川理助 県指定文化財 1通 I−甲−M−6
年月日未詳 羅期国女帝エカテリナアレキセウナ肖像(原本)     県指定文化財 1巻 I−甲−M−7
年月日未詳 ラックスマンら四人の肖像(原本)     県指定文化財 1巻 I−甲−M−8
(文化8年7月) 書翰(ロシア語)(原本) カピタンモウル   県指定文化財 1着 I−甲−M−9
年月日未詳 アイヌ木綿衣(原本)     県指定文化財 1通 I−甲−M−10
明和1年9月18日 奥州二本松新殿村源治郎流(酒ニ付四ヶ条伝書)(原本) 奥州二本松新殿村源治郎   県指定文化財 1冊 I−甲−M−11止
乙.書冊・横帳の部
A.蝦夷関係
(天明6年).閏10.~(天明8年)2月 午閏十月より帰府之上蝦夷地之儀ニ付申上候書付留(控)     県指定文化財 1冊 I−乙−A−1
天明6年10月 蝦夷拾遺(写) 佐藤玄六郎行信   県指定文化財 1冊 I−乙−A−2
寛政2年6月 蝦夷国風俗人情之沙汰弐冊之内乾(写) 最上徳内常矩   県指定文化財 1冊 I−乙−A−3
寛政2年6月 蝦夷国風俗人情之沙汰弐冊之内坤(写) 最上徳内常矩   県指定文化財 1冊 I−乙−A−4
年月日未詳 (村山伝兵衛ニ付)松前風説書(写)     県指定文化財 1冊 I−乙−A−5
寛政7年1月28日 北辺禁秘録(写) 本田利明   県指定文化財 1冊 I−乙−A−6
年月日未詳 北信記聞壱(原本) (武川益郷)   県指定文化財 1冊 I−乙−A−7
安永7年8月~寛政4年 北信記聞弐上(原本) (武川益郷)   県指定文化財 1冊 I−乙−A−8−1
文化4年9月 北信記聞弐下(原本)     追加寄託 1冊 I−乙−A−8−2
文化4年 北信記聞参(原本) (武川益郷)   県指定文化財 1冊 I−乙−A−9
年月日未詳 (諸国見聞)雑記(下書) 武川   県指定文化財 1冊 I−乙−A−10
天明6年 海国兵談(写) 仙台林子平   県指定文化財 1冊 I−乙−A−11
丁卯(文化4年か) 海国兵談未書(写) 仙台隠士   県指定文化財 1冊 I−乙−A−12止
B.蝦夷山請負
宝暦3年7月 松前付届書留控(原本)     県指定文化財 1冊 I−乙−B−1
宝暦13年8月12日 夷桧葉山献上覚(控)     県指定文化財 1冊 I−乙−B−2
安永4年9月13日~(天明9年)1月5日 (飛騨屋蝦夷地)諸用書留帳(写)     県指定文化財 1冊 I−乙−B−3
寛政4年2月 (商売)諸用留(写)武川(天明七~八年分もあり)     県指定文化財 1通 I−乙−B−4
子8月 (蝦夷地)唐桧材木伐出シ方中考積書(下書)     県指定文化財 1冊 I−乙−B−5止
C.帳簿
元文4年1月 申ノ年より午十二月迄諸勘定目録(原本)     県指定文化財 1冊 I−乙−C−1
寛延1年10月 (金銭)万覚帳(原本) 倍安   県指定文化財 1冊 I−乙−C−2
宝暦9年8月 (山方仕入金并諸方取遣帳合万商物等)勘定目録(原本) 石神伝次郎・山本理助   県指定文化財 1冊 I−乙−C−3
宝暦10年9月 (山方仕入金高并諸方取遣帳合万商物等)勘定目録(原本) 石神伝治郎・山本理助   県指定文化財 1冊 I−乙−C−4
宝暦12年9月 (山方仕入金高并諸方取遣帳面万商物等)勘定目録帳(原本) 石神伝治郎・山本嘉右衛門   県指定文化財 1冊 I−乙−C−5
明和1年9月 (山方仕入金高并諸方取遣帳面万商物等)勘定目録帳(原本) 山本嘉右衛門・浜谷嘉助   県指定文化財 1冊 I−乙−C−6
明和3年9月 (山方仕入金高并諸方取遣帳面万商物等)勘定目録帳(原本) 浜谷嘉助・田口文吉   県指定文化財 1冊 I−乙−C−7
明和4年10月 (山方仕入金高并諸方取遣帳面万商物等)勘定目録帳(原本) 浜谷嘉助・田口文吉   県指定文化財 1冊 I−乙−C−8
明和6年1月 惣元立勘定目録(原本) 久兵衛・徳次郎・所左衛門   県指定文化財 1冊 I−乙−C−9
明和7年9月 (山方仕入金高并諸方取替帳面万商内物等)諸勘定目録帳(原本) 浜屋宇右衛門・田口文吉   県指定文化財 1冊 I−乙−C−10
安永2年11月 (山方仕入金高并ニ諸方取替万商物)諸勘定目録(原本) 浜屋宇右衛門・田口文吉   県指定文化財 1冊 I−乙−C−11
安永5年10月 (夷地仕入金高并諸方取替万商物等)諸勘定目録(原本) 浜屋宇右衛門・今井久次良   県指定文化財 1冊 I−乙−C−12
宝暦4年9月 (惣元立指引目録)(表紙欠)(原本) 武川久兵衛・今井久次郎   県指定文化財 1冊 I−乙−C−13
宝暦6年9月 惣元立指引勘定目録(原本) 今井所左衛門・武川徳次郎 武川久兵衛 県指定文化財 1冊 I−乙−C−14
宝暦10年9月 惣元立指引目録(原本) 今井所左衛門・武川徳次郎 武川久兵衛 県指定文化財 1冊 I−乙−C−15
宝暦11年9月 惣元立指引目録(原本) 武川久兵衛・今井所左衛門   県指定文化財 1冊 I−乙−C−16
宝暦13年12月 惣元立指引目録(原本) 武川久兵衛・武川徳次郎・今井所左衛門   県指定文化財 1冊 I−乙−C−17
明和1年12月 惣元立指引目録(後欠)(原本) 武川久兵衛・同徳次郎・今井所左衛門   県指定文化財 1冊 I−乙−C−18
明和2年11月 惣元立指引目録(裏表紙欠)(原本) 武川久兵衛・同徳次良・今井所左衛門   県指定文化財 1冊 I−乙−C−19
明和5年1月 惣元立勘定目録(原本) 久兵衛・徳次郎・所左衛門   県指定文化財 1冊 I−乙−C−20
享和2年12月30日 (取替金受取金)差引目録(原本) 栖原角兵衛 武川久兵衛 県指定文化財 1冊 I−乙−C−21
亥12月 正金座請払(引合書)(原本) 栖原角兵衛 武川久兵衛・同徳次郎 県指定文化財 1綴 I−乙−C−22
宝暦10年11月 封金納戸帳(原本)     県指定文化財 1冊 I−乙−C−23
寛政7年7月 金銀出入り指引勘定?(下書) 武川久兵衛 武川徳次郎・徳兵衛 県指定文化財 1冊 I−乙−C−24
寛政11年12月30日 (取かへ金受取金)差引目録(原本) 栖原角兵衛 武川久兵衛 県指定文化財 1冊 I−乙−C−25
寅9月16日 (山方仕入金高并諸方取遣帳合万商物等)諸勘定目録(原本) 石神伝次郎・山本理助   県指定文化財 1冊 I−乙−C−26
宝暦8年9月 惣元立指引目録(原本) 今井所左衛門・武川徳次郎   県指定文化財 1冊 I−乙−C−27
酉1月 酉正月店勘定目録(原本) 橋本三郎兵衛・小右衛門   県指定文化財 1冊 I−乙−C−28止

D.場所請負

子(安永9年)9月 東西蝦夷地場所附(控)     県指定文化財 (1)(2) I−乙−D−1
(1)(2)天明4年

(1)(海猟・鱒・夏商・秋味・御城下)御収納取立目録(写)

(2)御場所御引当金・御役所方才覚金御改金高(写)

町御役所   県指定文化財 1冊 I−乙−D−2(1)(2)
天明5年3月 (東蝦夷地之産物・地理・夷共之様子等の御尋ニ付乍恐以口上書奉申上候)東蝦夷地あくけし・きいたつふ・くなしり一件(下書) 飛騨郡代大原亀五郎御支配所益田郡湯之嶋村久兵衛後見久次郎   県指定文化財 1冊 I−乙−D−3
天明6年11月13日~天明7年6月 東夷地午歳御用向一件(控)     県指定文化財 1冊 I−乙−D−4
寛政5年12月 ニキヘツ秋味諸仕入物積書帳(控)     県指定文化財 1綴 I−乙−D−5
年未詳1月 キイタツフ未春請取荷物之分(写)     県指定文化財 1綴 I−乙−D−6
酉1月 申年宗谷産書抜帳(原本) 三郎兵衛・小右衛門・勘定立合助右衛門   県指定文化財 1冊 I−乙−D−7止
E.長崎俵物
天明8年10月 天明八申年松前蝦夷地廻俵物買入代金諸払勘定帳(控) 松前問屋惣代蓬莱屋忠兵衛・大津屋武左衛門   県指定文化財 1冊 I−乙−E−1
寛政3年1月 寛政二戌年松前蝦夷地廻俵物買入代金諸払勘定帳(控) 大黒屋茂右衛門・大津屋武左衛門 久米豊三郎・伊東友助 県指定文化財 1冊 I−乙−E−2
年月日未詳 大阪内平野町弐丁目小山屋吉兵衛依頼松前津軽南部三ヶ領俵物昆布壱ヶ年分御請負商等仕方(写) 大阪内平野町弐丁目小山屋吉兵衛・大阪南本町柏屋勘兵衛外3人   県指定文化財 1綴 I−乙−E−3
寛政4年9月 昆布買入方一件(控)     県指定文化財 1冊 I−乙−E−4
年月日未詳 乍恐以書付奉願上候長崎俵物方御支配一件(下書) 飯塚常之丞御代官所飛州益田郡湯之嶋村百姓久兵衛   県指定文化財 1冊 I−乙−E−5
年月日未詳 俵物諸用書認帳(下書) 武川   県指定文化財 1冊 I−乙−E−6
天明8年10月 (煎海鼡・白干鮑・志苔昆布右三品ノ俵物ニ付ヶ条ノ通被為仰付被下置度ニ付御頼申書付)長崎俵物之一件(写) 阿部屋茂兵衛・阿部屋守八 大阪立売堀中之町奈良本や久右エ門・嘉兵衛 県指定文化財 1冊 I−乙−E−7
年月日未詳 (長崎俵物方御買入御仕方一件ニ付乍恐以書付言上仕候)俵物方書上(控)     県指定文化財 1冊 I−乙−E−8
年月日未詳 (箱館昆布・大坂払昆布)中勘書上(控)     県指定文化財 1冊 I−乙−E−9
寛政4年5月 寛政三亥年松前蝦夷地廻俵物代金請払勘定帳(控) 大黒屋茂右衛門・大津屋武左衛門 盛谷右衛門・阿野甚十郎 県指定文化財 1冊 I−乙−E−10止
F.久奈尻騒動
酉(寛政1年)6月1日.~寛政1年8月30日 東蝦夷地一件書留帳(反故)     県指定文化財 1冊 I−乙−F−1
寛政1年6月 蝦夷騒動之儀ニ付御届書其外申渡書写(写)     県指定文化財 1冊 I−乙−F−2
酉(寛政1年)8月 (くな尻騒動ニ付)伝七・吉兵衛・庄蔵・吉太郎御役所え口上書之控(控)     県指定文化財 1冊 I−乙−F−3
寛政1年9月 於蝦夷地横死助命之者名前書上(控) 益田郡下呂郷湯之嶋村久兵衛 中井清太夫 県指定文化財 1冊 I−乙−F−4
寛政1年7月.~寛政1年11月16日 (クナシリ騒動ニ付中井清太夫様ノ御尋ニヨリ高山御役所へ御届申書付)覚(控)     県指定文化財 1冊 I−乙−F−5
酉(寛政1年)9月 (松前蝦夷地騒動ニ付横死御座候私手先之者ニ付)乍恐以書付奉申上候(下書) 益田郡下呂郷湯之嶋村久兵衛 中井清太夫 県指定文化財 1冊 I−乙−F−6
寛政1年11月4日 酉歳蝦夷地騒動始末書扣(控)     県指定文化財 1冊 I−乙−F−7止
G.公訴

安永8年9月22日~天明1年10月11日

(嘉右衛門不届ニ付)訴訟書留帳(控) 武川   県指定文化財 1冊 I−乙−G−1
安永8年12月 (嘉右衛門被召出御吟味ニ付)願書之下書(下書) 大原彦四郎様支配所飛騨国益田郡湯之嶋村願人久兵衛・親類久次郎・奥州松前御城下相手嘉右衛門   県指定文化財 1冊 I−乙−G−2
安永8年 (嘉右衛門不埒相働候由私商売差障有ニ付取調方)公事一件(下書)     県指定文化財 1冊 I−乙−G−3
酉(寛政1年)10月16日 (御上納方并借用金返済共ニ差当り難渋仕候ニ付金三百両御拝借被為仰付被下置度願書ニ付)書留帳之写(写)     県指定文化財 1冊 I−乙−G−4
寛政1年11月 (志摩守様御役人中村山伝兵衛通詞三右衛門一同被為召出御吟味之上御儀定通商売場所元姿ニ私方え被仰付、尚又夷共致乱妨候諸仕入物等委細勘定之上志摩守様より御渡被下候様)願書扣(控)   御奉行所 県指定文化財 1冊 I−乙−G−5
寛政1年11月13日~寛政2年1月17日 松前屋鋪手紙扣(控)     県指定文化財 1冊 I−乙−G−6
寛政1年8月 諸家中・諸町人貸方帳(控)     県指定文化財 1冊 I−乙−G−7
寛政2年8月.~寛政2年12月1日 松前屋鋪懸合控(控)     県指定文化財 1冊 I−乙−G−8
(寛政2年) (くな尻騒動ニ付)御答書願書下書(下書)     県指定文化財 1冊 I−乙−G−9
寛政1年10月22日~寛政2年7月8日 (くなしり騒動・国法改正ノ由ニ付)場所交易之儀ニ付公訴一件(控)(この文書1-乙-G-16へ続く)     県指定文化財 1冊 I−乙−G−10
寛政2年7月3日 (請負場所之儀は商売さへ元姿ニ被仰付被下置候様)乍恐以追訴奉願上候(写) 飯塚常之丞御代官所飛州益田郡湯之嶋村久兵衛後見所左衛門・同人下代儀兵衛外3人 御奉行所 県指定文化財 1冊 I−乙−G−11
寛政2年8月5日 (飛騨屋久兵衛蝦夷地交易方之儀ニ付再応御吟味之上左之通被仰渡候ニ付)差上申一札之事(写)(松前志摩守家来家老松前左膳外3人の奥書あり) 飯塚常之丞御代官所飛州益田郡湯之嶋村百姓久兵衛後見同郡花池村百姓所左衛門外8人 御奉行所 県指定文化財 1冊 I−乙−G−12
寛政2年8月 (蝦夷地騒動ニ付)寛政二戌年八月吟味書肝要抜(写)(『新北海道史第七巻史料1』P468~473,482~492に掲載)     県指定文化財 1冊 I−乙−G−13
寛政2年11月.~寛政3年6月3日 (松前志摩守様え御用達金并御家中え貸金取替物代金滞出入奉出訴候処懸合可仕旨ニ付)乍恐以書付を御訴訟奉申上候(下書)(一部散逸)     県指定文化財 1冊 I−乙−G−14
寛政1年10月22日~寛政2年7月3日 (場所・交易之儀、公訴ニ付)東都日記留(控)(1-乙-G-10の冊子の一部分がここに載せてある) 武川   県指定文化財 1冊 I−乙−G−15
寛政1年9月25日~寛政1年10月7日 松前より江府迄用事留(写)(この文書は1-乙-G-10へ続く) 武川   県指定文化財 1巻 I−乙−G−16止
H.武川家
年月日未詳 武川久兵衛系図【武川家収蔵につき当館では閲覧不可】     県指定文化財(武川家所蔵) 1冊 I−乙−H−1
(文政4年) (倍行懐中手控)(原本)(「悟本院様御自書之手帳永々大切ニ囲置末代之御記念ニ可備者也文政九丙戌十一月改置」と記した紙片が貼付された布袋に入っていた、これがさらに布袋に入れてあった) 倍行   県指定文化財 1冊 I−乙−H−2
年月日未詳 (武川久右衛門倍良・久兵衛倍行ニ付)記録草稿(原本)     県指定文化財 1冊 I−乙−H−3止
I.蝦夷関係雑
年月日未詳 松前ヨリ西蝦夷ソウヤ迄地名(原本)     県指定文化財 1冊 I−乙−I−1
寛政5年3月25日 (寛政三年九月八日写書)松前一二印松栄丸長吉船漂流一件控(控)     県指定文化財 1冊 I−乙−I−2
寛政4年6月26日 松前城下前破船難船覚(原本)     県指定文化財 1冊 I−乙−I−3
寛政5年.(11) 魯斎亜人渡来磯谷氏聞書(写)     県指定文化財 1冊 I−乙−I−4
年月日未詳 (アイヌ語語彙集)(写)(「ムロチ菅ベラツ子キナ織此草為龍」と表記に記してある)     県指定文化財 1冊 I−乙−I−5
年未詳7月19日~年未詳7月21日 (赤人と交易致候哉ニ付平八・庄次郎吟味之記)(写) 庄次   県指定文化財 1冊 I−乙−I−6止
J.漂流其他
文化4年9月 (自安永九・十二)異舶航来漂民帰朝紀事(写)     県指定文化財 1冊 I−乙−J−1
安永9年12月~寛政5年7月 異舶航来・漂民帰朝紀事上(写)(1-乙-J-1の前半部分と同じである)     県指定文化財 1冊 I−乙−J−2
文化5年8月 長崎え異国舶渡来一件之記(写)     県指定文化財 1冊 I−乙−J−3
文政4年10月 御定地法鑑坤(写)     県指定文化財 1冊 I−乙−J−4
寛政1年6月1日~寛政3年9月1日 紀州熊野浦え異船漂着之事・松前船漂流大清着岸之事・異国船漂着届并被仰渡之事(写)     県指定文化財 1冊 I−乙−J−5
年月日未詳 ヲロシイア国道具ノ図(写)     県指定文化財 1冊 I−乙−J−6
嘉永6年11月 亜墨利加より差出候書翰建議参考之御書付并船炮器械之儀ニ付御触書(写)     県指定文化財 1枚 I−乙−J−7止
丙.地図の部
A.小帳
年月日未詳 北蝦夷地図(写)(文化7年巡察を遣されて元のカラフト嶋から北蝦夷地と称うべき旨命ぜられたと注あり)(単色・66×96cm)     県指定文化財(I−丙−A−1~19は近代になって表装・一綴) 1枚 I−丙−A−1(古地図綴小帳)
年月日未詳 室韋サガイン嶋之概図(写)(寛政三年孟正に前野が誌した文あり。原図は「人見?邑老人之蔵」とあり)(単色・46×55cm)     県指定文化財(I−丙−A−1~19は近代になって表装・一綴) 1枚 I−丙−A−2(古地図綴小帳)
年月日未詳 (松マヘ国図)(下書・単色・27×37cm)     県指定文化財(I−丙−A−1~19は近代になって表装・一綴) 1枚 I−丙−A−3(古地図綴小帳)
年月日未詳 (カラフト島図)(下書・単色・27×37cm)     県指定文化財(I−丙−A−1~19は近代になって表装・一綴) 1枚 I−丙−A−4(古地図綴小帳)
年月日未詳 北洋略絵図(写)(着色・27×39.5cm)     県指定文化財(I−丙−A−1~19は近代になって表装・一綴) 1枚 I−丙−A−5(古地図綴小帳)
年月日未詳 (ロシア国絵図)(写)(着色・48×67cm)     県指定文化財(I−丙−A−1~19は近代になって表装・一綴) 1枚 I−丙−A−6(古地図綴小帳)
年月日未詳 (日本蝦夷地接壌図カ)(写)(うち一葉に「寛政七乙卯六月飛州於下呂北溟一止書之」とあり)(着色・28×40cm)     県指定文化財(I−丙−A−1~19は近代になって表装・一綴) 1枚 I−丙−A−7(古地図綴小帳)
年月日未詳 東蝦夷地(絵図)(写)(臼ヶ嶽は「文政五壬午前閏正月十六日焼出」とあり)(着色・27.5×41cm)     県指定文化財(I−丙−A−1~19は近代になって表装・一綴) 1枚 I−丙−A−8(古地図綴小帳)
年月日未詳 久奈志利嶋全図(写)(着色・27.5×41cm)     県指定文化財(I−丙−A−1~19は近代になって表装・一綴) 1枚 I−丙−A−9(古地図綴小帳)
年月日未詳 山丹国道路之図(写)(着色・27.5×41cm)     県指定文化財(I−丙−A−1~19は近代になって表装・一綴) 1枚 I−丙−A−10(古地図綴小帳)
年月日未詳 野作国全図(写)(着色・40.9×54.7cm)     県指定文化財(I−丙−A−1~19は近代になって表装・一綴) 1枚 I−丙−A−11(古地図綴小帳)
年月日未詳 (東シベリア地方図)(写)(着色・40.8×56cm)     県指定文化財(I−丙−A−1~19は近代になって表装・一綴) 1枚 I−丙−A−12(古地図綴小帳)
年月日未詳 ウルプ嶋全図(写)(着色・40.7×61.7cm)     県指定文化財(I−丙−A−1~19は近代になって表装・一綴) 1枚 I−丙−A−13(古地図綴小帳)
年月日未詳 東蝦夷地ウルプ嶋全図(写)(着色・43×60cm)     県指定文化財(I−丙−A−1~19は近代になって表装・一綴) 1枚 I−丙−A−14(古地図綴小帳)
年月日未詳 エトロプ嶋全図(写)(「寛政七乙卯六月飛州下呂於湯嶋北溟正図之」とあり)(着色・40.6×80cm)     県指定文化財(I−丙−A−1~19は近代になって表装・一綴) 1枚 I−丙−A−15(古地図綴小帳)
年月日未詳 北蝦夷地カラフト国之古図(写)(着色・49×103cm)     県指定文化財(I−丙−A−1~19は近代になって表装・一綴) 1枚 I−丙−A−16(古地図綴小帳)
年月日未詳 悟本院様御代唐桧伐出内図(写)(「蝦夷地勇張山・伊古真別山・唐桧請負伐出山場所図文政五壬午年夏五月十一日写置正徳年中より享保ノ初ニ至ル伐出山見分図古図虫ハミ離分ニヨリ写之処也」とあり)(着色・64×80.5cm)     県指定文化財(I−丙−A−1~19は近代になって表装・一綴) 1枚 I−丙−A−17(古地図綴小帳)
年月日未詳 (ロシア国絵図)(写)(着色・47×61.7cm)     県指定文化財(I−丙−A−1~19は近代になって表装・一綴) 1枚 I−丙−A−18(古地図綴小帳)
年月日未詳 (島原肥前噴火被害絵図)(写)(着色・56.5×85.5cm)     県指定文化財(I−丙−A−1~19は近代になって表装・一綴) 1枚 I−丙−A−19(古地図綴小帳)
B.大帳
年月日未詳 東蝦夷地エトロフ嶋全図(写)(着色・69×81cm)     県指定文化財(I−丙−B−1~7は近代になって表装・一綴) 1枚 I−丙−B−1(古地図綴大帳)
年月日未詳 北蝦夷カラフト国之図(写)(「南部大畑木村重平図也」とあり)(着色・68.5×96.5cm)     県指定文化財(I−丙−B−1~7は近代になって表装・一綴) 1枚 I−丙−B−2(古地図綴大帳)
年月日未詳 (徳元院様御代より禅林院様御代ニ至唐桧伐出山案内図)(下書・三色・92.6×101cm)     県指定文化財(I−丙−B−1~7は近代になって表装・一綴) 1枚 I−丙−B−3(古地図綴大帳)
年月日未詳 徳元院様御代より禅林院様御代ニ至唐桧伐出内図(原本)(「享保十三戊申年ヨリ宝暦九己卯年マテ唐桧山一手請負伐出之場所但此外前後之伐出場所年数等別ニ図有之」とあり、場所は石狩川流域)(着色・90.2×106cm)     県指定文化財(I−丙−B−1~7は近代になって表装・一綴) 1枚 I−丙−B−4(古地図綴大帳)
年月日未詳 (蝦夷国松前全嶋之古々図(写)(着色・107×181cm)     県指定文化財(I−丙−B−1~7は近代になって表装・一綴) 1枚 I−丙−B−5(古地図綴大帳)
年月日未詳 蝦夷国松前全嶋之古図(写)(着色・106×148cm)     県指定文化財(I−丙−B−1~7は近代になって表装・一綴) 1枚 I−丙−B−6(古地図綴大帳)
年月日未詳 蝦夷国松前全嶋之古図(写)(着色・106×148cm)     県指定文化財(I−丙−B−1~7は近代になって表装・一綴) 1通 I−丙−B−7(古地図綴大帳)
<指定外文書>
宝暦6年5月 (坪清水目出手伝ニ付拙者共心を合セ是迄ニ不相替出精可申候間此趣を以金主方え義定可被成候様ニ付)一札之事(原本) 木村勘右衛門・和歌山覚兵衛 角田平吉   1通 I−続−甲A−1
宝暦6年5月11日 (坪御山親病死ニ付覚兵衛・勘右衛門ニ手伝為致是迄通御取組被下度奉願候并ニ両人給金・賄料之儀ニ付)覚(原本) 角田平吉 栖原角兵衛・武川久右衛門外2人   1通 I−続−甲A−2
天明2年10月5日 (大畑村川目山之伐出方之儀、鷲巣山之儀請負)証文(写) 長沢覚右衛門外6人 飛州益田郡下呂村久兵衛後見武川久次郎・右同人宿大畑村忠左衛門   1通 I−続−甲A−3止
宝暦12年2月13日 (牧田忠兵衛殿え御用金立二拾五両栖原角兵衛殿より請取、相渡申候、手形は私方え受取申候ニ付)覚(原本) 工藤忠左衛門 武川久兵衛   1通 I−続−甲−B−1
文政9年12月4日 金子請取(堺屋門左衛門方迄相渡申)一札之事(原本) 江戸新乗物町門左衛門使福嶋屋栄蔵 武川久兵衛   1通 I−続−甲−B−2
年月日未詳 (金四百二十両之年賦金之内天明五年金百二十両請取、残三百両取替也、江戸船乗福嶋屋栄蔵殿持参手形之写)(写)(反故)       1通 I−続−甲−B−3止
延享4年7月2日 (金三拾両)借用申金子之事(原本) 氏家善次右衛門 栖原庄兵衛   1通 I−続−甲−C−1
元文4年1月 (金子二千両)預り申金子之事(反故)(残金千二百両について、金子預り主武川久兵衛・同後見今井久次郎から武川次郎三郎・御代衆宛の寛延四年二月七日の手継証文あり) 武川久兵衛・同貞松 武川小三郎   1通 I−続−甲−C−2
(宝暦12年)9月10日 (尻内山午年仕入金千二百四拾五両二歩借用手形(原本) 武川与惣右衛門・浦谷新七 武川久兵衛・今井所左衛門   1通 I−続−甲−C−3
安永2年9月18日 (金五千四百両為引当ゑとも・あつけし・きいたつふ・くなしり夏商場運上金弐拾年差引ニ相渡候ニ付)覚(写) 鈴木藤左衛門・氏家新兵衛 武川久兵衛   1通 I−続−甲−C−4
明和2年7月13日 (金百両)借用申金子之事(原本) 借用主関川平四郎・同与兵衛・受人福原太郎左衛門・同菊池忠右衛門 武川所左衛門   1通 I−続−甲−C−5
明和3年1月4日 (金千両)預り申金子之事(原本) 飛騨屋伊兵衛・飛騨屋次郎右衛門 武川久兵衛   1通 I−続−甲−C−6
明和3年2月2日 (金五百両)預り申金子之事(原本) 飛騨屋伊兵衛・飛騨屋次良右衛門 武川久兵衛   1通 I−続−甲−C−7
明和4年9月12日 (金拾両)預り申金子之事(原本) 預り主関川平四郎・受人工藤理右衛門 武川徳治郎   1通 I−続−甲−C−8
天明4年12月 (金四百二拾両巳年より申年迄年割定月ニ無相違御返済可仕候ニ付)年賦証文之事(下書)金 金子借主武川久兵衛外4人 堺屋紋兵衛・同徳兵衛   1通 I−続−甲−C−9
天明7年12月 (銭拾五貫文)借用申銭之事(原本) 丸屋三右衛門 武川助右衛門・儀兵衛   1通 I−続−甲−C−10
天明7年12月 (銭六拾貫文)借用申銭之事(原本・奥欠) 丸屋三右衛門・川崎忠吉 武川助右衛門・儀兵衛   1通 I−続−甲−C−11
丑(寛政5年)5月25日 (金子五両借用証)(原本) 川村与七郎 武川所左衛門   1通 I−続−甲−C−12
年未詳10月10日 (小判百拾八両預り申ニ付)覚(原本) 工藤作兵衛 近藤善助・川上惣四郎   1通 I−続−甲−C−13
年未詳8月24日 (金百四拾両借用之内手船壱艘本売券状の通り相渡置申候ニ付)覚(原本) 綿屋九右衛門 武川久兵衛・同久次郎   1通 I−続−甲−C−14
年月日未詳 (松前南部商売引払ニ付、定之通貴殿三分拙者七分の割合を以金相渡し申候ニ付)差入申証文之事(控) 本人久兵衛・立合内蔵助 徳次郎・徳五郎   1通 I−続−甲−C−15
年未詳9月28日 (銭二百二貫二拾文預り候ニ付)覚(原本) 工藤忠兵衛 武川久兵衛   1通 I−続−甲−C−16
年未詳2月13日 (小判拾両借用申ニ付)覚(原本) 秋能伊八 武川久兵衛   1通 I−続−甲−C−17止
寛政1年4月 (助右衛門借用致置候年賦金私共引請無相違返済可仕候ニ付)添手形之事(写)(反故) 武川久兵衛外3人・証人菊池重右衛門 堺屋紋兵衛・徳兵衛   1通 I−続−甲D1
申7月10日 (武川久兵衛殿へ取替金二十両受取)覚(原本) 大津屋宗兵衛・杉屋勘兵衛 佐見屋清三郎・讃岐屋平三郎   1通 I−続−甲E1
安永4年10月 (蟹田山上納仕込金取替引当テニ家屋敷沽券三通預り置申候ニ付)覚(原本) 栖原角兵衛・三郎兵衛 武川久兵衛・久次郎   1通 I−続−甲E2
亥2月18日 (琉球包一箱)送り状之事(原本) 尾州白鳥田中半次郎 武川挌之助   1通 I−続−甲F1
寛政2年11月 (商売取続次第返済可被成旨致聞済是迄引出入無之ニ付)証文之事(原本) 栖原角兵衛・武兵衛 武川久兵衛・今井所左衛門   1通 I−続−甲G1
寛政4年2月11日 (此度大阪立売堀奈良本久右衛門店ヘ御渡被成松前御城下貴殿所持の家屋敷ニ付借金)証文之事(原本) 今井所左衛門 武川久兵衛   1通 I−続−甲G2
寛政4年2月11日 (松前出店取替高・松前横町家屋敷・鰯釜御用達金書入之手形并ニ年賦証文壱通請取、金皆済いたし候ニ付)証文之事(原本) 今井所左衛門 武川久兵衛     I−続−甲G3
寛政4年2月11日 (貴殿親父久右衛門殿江預置差引残金二百両と定め拾年賦にて大阪奈良本久右衛門殿へ御渡被成候定ニ付)証文(原本) 今井所左衛門 武川久兵衛   1通 I−続−甲G4
文化1年3月 (拙者大阪稼先にて急難之儀有之候ニ付、湯之嶋村に所持仕候田畑書入金十五両御渡し被下候ニ付)指上申証文之事(原本)(広瀬玄忠・武川徳兵衛・武川徳三郎の奥書あり) 大坂道頓堀筋同下橋南爪吉田屋平八 武川久兵衛   1通 I−続−甲G5止
元禄6年2月25日 (私家つぶれ申ニ付作り申度ニ付)乍恐奉願候家道具松之事(下書) 下呂郷湯嶋村本主久右衛門・同郷肝煎五郎兵衛・同断又右衛門 御奉行   1通 I−続−甲H1
酉(寛政1年)7月 (米・鮭あたつ等の荷物そうや場所ちいたつふ場所にて引渡願並明細ニ付)覚(控)       1通 I−続−甲H2
寛政6年3月 (南部山槻材木蔵納相済、帰国仕度、此上御用有之候節は栖原屋武兵衛え被為仰付被下置候様)乍恐以書付奉願上候(写) 飛州湯之嶋村久兵衛・深川木場町栖原屋武兵衛 御勘定所   1通 I−続−甲H3
寛政13年11月24日 (貴殿儀武川久兵衛殿え用立候返金残金暫く延金ニ相成候様拙者方ニて認印仕ニ付)入置申一札之事(写) 栖原角兵衛 堺屋紋兵衛   1通 I−続−甲H4
(文化14年)2月13日 (去秋ヲロシヤより六人の漂流人をエトロフ嶋へ送来候の蝦夷通辞山田文右衛門・河上甚三郎よりの聞書一封御届被下候ニ付手紙(原本) 秦鼎 武川久兵衛   1通 I−続−甲I1
(寛政1年)12月13日 (印紙二枚御用捨可被下候并右借用も追々申上度ニ付手紙)(原本)(前・後欠) 今井久次郎 武川久兵衛   1通 I−続−甲I2
(寛政4年8月26日) (都合百五六拾艘程、不残破船ニ付報告手紙)(写)       1通 I−続−甲I3
年月日未詳 ((文化八)未申自七月一日至八日)蝦夷地より西村常蔵留主え申越候日記之写と申候事(写)(「八月十五采女殿御目付羽太庄左衛門え御渡御書付写」とあり)       1通 I−続−甲I4
(文政10年)2月.9 (御礼方々兼て御願申上置候一件御救被成下候ニ付手紙)(原本) 堺屋紋左衛門 久兵衛   1通 I−続−甲I5
(文政10年)2月11日 (兼て奉願上候一件御断被成下当惑仕候所、風邪気味のため口上書を認差出ニ付手紙)(原本) 堺屋紋左衛門 久兵衛   1通 I−続−甲I6
(文政10年)2月13日 (先夜口上書を以申上候儀平ニ御用捨被成下御慈愛之御返書奉希上候ニ付手紙)(原本) 堺屋紋左衛門 久兵衛   1通 I−続−甲I7
(文政10年)2月14日 (兼て御断申上候一件、何卒否之御報早々奉願上候、尚栖原角へ渡置残金百金相滞候儀若御疑にも被召置候分は御尋被下候ニ付手紙)(原本) 紋左衛門 久兵御衛   1通 I−続−甲I8
年月日未詳 (蝦夷地の大概・漂流民・ロシア女王等ニ付)武川久兵衛御文通の種       1通 I−続−甲I9
年未詳11月2日 (御旅宿中御繁多の中御肴一籠御心配の段痛入奉存候、猶磯邑君之貴君の御尋の旨申上候ニ付手紙)(原本) 本田三郎右衛門 武川久兵衛   1通 I−続−甲I10
安永9年6月5日 (嘉右衛門理不尽仕候ニ付被召出引負金并給金貸共不残相返向後渡世ニ差障り不申様被為仰付被下置候様)乍恐以書付奉願上候(控) 大原彦四郎御代官所飛州益田郡湯之嶋村訴訟人久兵衛・同同人弟久次郎 御奉行所   1通 I−続−甲L1
安政2年7月8日 (夷貸付囲荷物外共に是迄請負人以振合夫々被下置候様)乍恐以書付奉願上候(控) 飛州益田郡湯之嶋村久兵衛後見所左衛門外4人 御奉行所   1冊 I−続−甲L2
享保3年11月 (飛騨屋久兵衛頓死致シ候ニ付)飛騨屋久兵衛跡式定証文覚(原本)(「飛州湯之嶋村え遺金員数覚飛騨屋さわ」の記述あり) 飛騨屋小三郎外5人     1通 I−続−甲M1
文政11年.夏 (武川益郷愛亀讃)(下書)       1枚 I−続−甲M2
年未詳5月 (去年凶作ニ付当春ニ至米払底候節自分着船之米挌別売方有之候致方被致満足候ニ付南部様達書)(原本) 武川久兵衛     1通 I−続−甲M3
年未詳5月 (武川久兵衛奇特之致方達聴被致満足、自分儀同様之心付之段神妙之儀候・目録之通被申遣候ニ付南部様達書) 武川所左衛門     1通 I−続−甲M4
申(宝暦2年)9月 万覚帳(原本)       1冊 I−続−乙A1
享和1年12月30日 (取かへ金受取金)差引目録書(原本) 栖原角兵衛 武川久兵衛   1冊 I−続−乙A2
戌(文政9年)1月1 諸用之留帳(原本) 武川     1冊 I−続−乙A3
明和6年1月 (武川久兵衛方より月極)金子請取手形之事(原本) 横井正蔵 栖原角兵衛・栖原伝吉   1冊 I−続−乙B1
文政3年8月 牢抜人足軽成瀧万助捜索状(写) 大久保加賀守 町奉行   1冊 I−続−乙D1
年月日未詳 旅中携霊簿(原本)(「旅中ひかえ霊鑑」と書かれた袋に入れ、「温良院様旅中御所持之霊鑑内々御書付は温良院様御筆也」と書かれた包紙に包んであった)       1帖 I−続−乙E1
慶応2年 玖兵衛より夫々譲地小前帳(控)       1綴 I−続−乙E2
<その他>
(1)(2)寛延4年2月7日

(1)(元金弐千両立会改)覚(原本)

(2)(元金千五百両差引書)(原本)

(1)武川治郎三郎・都竹治郎兵衛

(2)武川治郎三郎

(1)(2)武川久兵衛・同久次郎   1通 I−続−他−1
明和1年11月 (金二拾三両)借用申金子之事(原本) 庄内加藤宿納屋藤左衛門・同小太郎 飛騨屋長吉   1通 I−続−他−2
明和4年10月3日 (金子二拾両)預り手形(原本) 河内屋久兵衛・同庄七 武川徳治郎・菊池忠右衛門   一綴 I−続−他−3
文化1年9月~文化3年10月29日 江戸栖角懸合留(写) 飛騨屋久兵衛 栖原角兵衛弥七   1冊 I−続−他−4
戌辰(文化6年)2月 寓話巻之三(抜刷)(原本)(木版)(「北地之大寒国へ到らしむ人々に伝へて益なる事」)の部分のみ) 乾田一分二樗之散人     1通 I−続−他−5
文政4年5月10日 寛政元巳酉五月十日東蝦夷地騒擾横死七十一員(法名・俗名書上)(写)(三十三回忌正当・文政四辛巳年五月十日と端裏書あり)       1通 I−続−他−6
(文政9年)11月21日 (先年貴家様え御取替金残り弐百両ニ付手紙)(原本) 紋兵衛伜堺屋紋左衛門 武川久兵衛   1通 I−続−他−7
(文政9年)12月4日 (先年御取替残金之儀・港屋清左衛門様へも同様御出府之由ニ付手紙)(下書) 武川久兵衛 堺屋紋左衛門   1通 I−続−他−8
亥(文政10年)2月11日 (御返金残金ニ付)口上書之覚(原本)(「口上書二月十日付」とある包紙あり) 堺屋紋左衛門 久兵衛   1通 I−続−他−9
(文政10年)2月11日 (今般御頼之儀付昨朝相認申上候処尚又昨日御口上書御そへ御申越面目も無之次第ニ付口上書)(下書) 久兵衛 紋左衛門   1通 I−続−他−10
(文政10年)2月23日 (兼て御噺申上置候一件今暮迄ニ御返事可被成下候ニ付手紙)(原本) 紋左衛門 久兵衛   1通 I−続−他−11
(文政10年)3月5日 (紋左衛門殿義私方えは一切出入差止申候ニ付手紙)(原本) 栄蔵 武川久兵衛   1通 I−続−他−12
(文政10年)3月9日 (御見舞御礼・金八両御繰合依頼ニ付手紙)(原本) 紋左衛門 久兵衛   1通 I−続−他−13
(文政10年) (内々一件之義ニ付手紙)(下書) 武川久兵衛 堺紋左衛門   1通 I−続−他−14
文政10年12月17日 (往昔之好を以御手当被成候ニ付)一札之事(原本) 南部大畑堺屋紋左衛門 武川久兵衛代川尻良左衛門   1通 I−続−他−15
(辰・春) 辰春現銀塩直段・五合以上現銀小売相場・辰盆前まで延売相場(表)(写)       1通 I−続−他−16
未2月 宗谷御差荷覚(下書)       1通 I−続−他−17
年未詳1月28日 (御立寄被下候処、不得尊顔残念奉存候ニ付手紙)(原本) 福嶋屋栄蔵 武川久兵衛   1通 I−続−他−18
年未詳2月4日 (一両日中ニ御目通之上御咄し申上度ニ付手紙)(原本) 福嶋屋栄蔵 武川久兵衛   1通 I−続−他−19
年未詳9月20日 (椎茸・ユタルヘ・アツシ・夷前垂・海参受取礼状)(原本)(「浪花兼葭堂筆」とある包紙に入っていた) 木村吉右衛門     1通 I−続−他−20
年未詳11月19日 (馬場様より御状・オットセイタケリ・薬種等送付)入記(原本) 田中 武川   1通 I−続−他−21
年月未詳.27月 (爰三四日之内別て多用ニ付御断口上書)(反故) 武川久兵衛 福嶋屋栄蔵   1通 I−続−他−22
年月日未詳 (白砂糖・蘇木進上目録)(原本)かひたんやんこつぐふろひほふ       1通 I−続−他−23
年月日未詳 松前エドロフ嶋産イケマ功能(書)(写)       1冊 I−続−他−24
年月日未詳 (組合村々新開発場所普請ニ付、御買受米被仰付被下置候様ニ付)乍恐口上書付ヲ以願奉申上候)(写)       1冊 I−続−他−25
年月日未詳 大畑桧材木千石月仕込中考覚(原本)       1通 I−続−他−26
年月日未詳 (木場到着・釜石所持木数代永覚書)(下書)(「覚書」とある包紙あり)       1基 I−続−他−27
年月日未詳 提灯       1着 I−続−他−28
年月日未詳 前だれ       1点 I−続−他−29
年月日未詳 帽子       1点 I−続−他−30
年月日未詳 ロープ       1点 I−続−他−31
年月日未詳 ロウソク立て       1点 I−続−他−32
年月日未詳 小道具類(鋸・ナイフ・シンチュウの棒)       1枚 I−続−他−33止

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