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砂行火葬墓(すぎょうかそうぼ)
所在地
関市下有知(しもうち)
地図<外部リンク>
時代
奈良時代
発掘状況
砂行火葬墓は、丘陵南端の尾根上に営まれた火葬墓です。人力により表土掘削を進めていたところ、須恵器の坏蓋(つきぶた)や壺が石組みと共に見つかったことにより、火葬墓の存在が明らかとなりました。

砂行火葬墓検出状況(南より)
火葬墓
砂岩の岩盤を掘り抜いた周囲に石組みを設け、石組みの内部から須恵器の提瓶(ていへい)を用いた蔵骨器と坏蓋を用いた蔵骨器の蓋が見つかりました。蔵骨器の内部には火葬された人骨が残されており、人骨の観察により20歳前後から35歳前後の女性である可能性が高いとされています。
この火葬墓は蔵骨器の特徴より奈良時代初頭と考えられ、古墳時代終末期の砂行7・8号古墳の築造・埋葬や、砂行4号古墳の火葬追葬と本火葬墓が同時期に営まれたことを示す調査事例として貴重な発見となりました。

砂行火葬墓蔵骨器
出土した遺物

