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底津遺跡(そこつ)
所在地
関市洞戸栗原字底津(ほらどくりはらあざそこつ)
地図<外部リンク>
時代
縄文時代及び中世
発掘状況
底津遺跡は板取川と底津谷に挟まれ、開析されずにわずかに残された段丘面上に立地する複合遺跡です。発掘調査により縄文時代早期後半から後期前半の竪穴建物14軒、中世の土坑墓1基などを確認しました。

平成5年度発掘区の全景(北西から)
竪穴建物
発掘区の西部にて写真の竪穴建物(第3号・第4号住居址)を確認しました。これらの竪穴建物は床面の標高差及び石囲炉の設置場所から、建て直しまたは拡張が行われた可能性があると考えられます。

竪穴建物(第3号・第4号住居址)を完掘した様子(南から)
出土遺物
竪穴建物(第3a号住居址)から多くの縄文土器や石器が出土しました。縄文土器は竪穴建物の床面付近だけでなく炉内からも出土しています。また、床面直上で重量約32kgにもなる凝灰岩性の板状石皿が出土しました。

竪穴建物(第3a号住居址)から出土した縄文時代中期後半の縄文土器

竪穴建物(第3a号住居址)から板状石皿が出土した時の様子

