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堀田城之内遺跡(ほりたしろのうち)
所在地
岐阜市長良堀田 (ながらほりた)
地図<外部リンク>
時代
古墳時代から近世
発掘状況
堀田城之内遺跡は岐阜市長良堀田に所在する遺跡で、岐阜城のある金華山とは長良川を挟んで対岸の位置となります。古墳時代から江戸時代にかけての竪穴建物や掘立柱建物、土坑、区画溝などが見つかり、土師器や須恵器、灰釉陶器、中近世陶磁器など多数の遺物が出土しました。

発掘区遠景(写真手前が発掘区、写真奥が金華山)
古墳時代の集落跡
40軒以上の竪穴建物が重複して見つかりました。そのなかには、建物の床面に焼土や炭化材が堆積している焼失家屋もあり、焼失家屋からは多くの土器片が出土しました。

焼失家屋の焼土・炭化材検出状況

焼失家屋の遺物出土状況
室町時代の区画溝
発掘区の中央付近でほぼ直角に曲がる、幅1.85mから3.20m、深さ0.95mから1.31mの溝が見つかりました。堀田城之内遺跡の西側には美濃国守護の土岐氏の居館である「枝広館」(えだひろやかた)が所在していたと考えられており、当遺跡で発見された溝は、その周囲に展開する区画溝の一つと考えられます。なお、溝からは多数の土師器皿が出土しました。

区画溝の様子

区画溝から出土した土師器皿

