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青木久太郎家文書目録(3) 近世文書

岐阜県歴史資料館所在史料目録

第59集補遺 青木久太郎家文書目録(3)

近世文書

年月日 文書名 作成 受取 文書番号
近世文書
A 公 文 書
A1 支 配
A1-(1) 領 主
年未詳.8  触書(中山大納言殿嫡子之由浪士相交六十人計具足着用、抜刀・槍・長刀を携、河口狭山北条相模等陣屋其外ニ而勅命と偽、武具・馬具等借請候由)     1通 A1-(3)-1 
年未詳.10  触書(近年浪人抔と申村々百姓家え参、合力を乞、少分合力銭抔遣候得は悪口致し、外、一、旅僧修験瞽女座頭之類物貰之者共志次第之報謝を請、相対ニ而宿を借り可申処、近年押而宿を取或はねたりケ間敷儀申懸ルもの共有之段)【包紙(「大久保大膳様之願 佐波村青木源兵衛」と表書き)あり】     1通 A1-(3)-2止
A1-(4) 施 政
亥.8 廻状(当今御諱字之儀以来俗名実名共相憚候様可仕候、外、別紙 御諱 統仁様と奉称候事)     1通 A1-(4)-1 
年未詳.7.17  触書(来ル廿日殿様御発駕被仰出候間、納竹廿二日ニ相成申候間、此段申達候)【包紙(「西庄組 触書 山方」と表書き)あり。虫損】 作事 東西庄村 外11ケ村 1通 A1-(3)-2 
年未詳.7.15 廻状(殿様御儀来ル十七日被遊御発駕候旨兼而被仰出候処、来ル廿日迄延引ニ相成、西組九ケ村迄ニ上川手村ニ相揃居可申候様被申出候)【包紙(「西庄始り刻付急回状 大庄屋」と表書き)あり】 伊藤友左衛門 請取 青木久八 外24人 1通 A1-(4)-3 
年未詳.9.9 廻状(於仁様御儀御名於義様と被遊御改候ニ付同字は勿論、別字同音ニ而も相改候様被仰出候、此段得其意、尤寺院えも可申達者也) 田熊蔵 外1人 西庄組 村庄屋 1通 A1-(4)-4 
年月日未詳 (覚 一、月〆勘定之入用は庄屋組頭百姓代立会ニ而致勘定候入用ニ付、午年を以其侭差置以来可改事 一、畝引道普請其外臨時寄合之節引賄之義不当ニ付以来可改事、外)【全16ヶ条】     1通 A1-(4)-5止 
A2 土 地
A2-(1) 検 地
年月日未詳 (記 寛文十三丑年御改 屋敷 拾弐間半 拾間 四畝五歩 助左衛門 外 宝暦四戌年御改 屋敷 拾間半 九間三畝四半 左平次 外)【虫損】     1冊 A2-(1)-1
寅.2.11 覚(当村草野御見分ニ付、銘々地所御案内仕候処ニ坂牧前堤外内字間違有之候様ニ御疑御座候ニ付、御地押奉願候処大分入用も可掛候間、松山ニも仕候ハヽ可然と被為仰聞候) 下佐波村庄屋 源兵衛 外5人 西安理右衛門 外1人 1通 A2-(1)-2
年月日未詳 乍恐奉願口上之覚(一、此度上佐波村中佐波村永川成御改ニ付、前起堤外上佐波村中佐波村田畑并ニ下佐波村草野共ニ立会、絵図被為仰付)【虫損】     1通 A2-(1)-3
年月日未詳 (記 道添南 与八右衛門作り之南弐枚壱枚西之畑へ入迄都合三枚井田 弥右衛門作 六 上田拾壱歩 七 同拾弐歩、外】     1冊 A2-(1)-4
年月日未詳 (記 ほけふた 海道はた東南道角始まり 北へ二ケ壱番 上田壱畝拾壱歩 拾六間半弐間半 林蔵、外】     1冊 A2-(1)-5
年月日未詳 (記 山前滝内忠七西道より始まり 弐百七拾九 東北道角 上田 拾間三間半、壱畝五歩 内へ 畑田 権九郎、外)     1冊 A2-(1)-6止
A2-(2) 新田開発
年月日未詳 (申新田周辺絵図)【彩色。117.2×110.0cm。ただし、L字形。茅野の位置も記載】     1枚 A2-(2)-1止
A2-(3) 免租税
文政 5.12 文政五年午十二月 小川権十郎当番ノ年改 年々諸永引改帳 南組庄屋     1冊 A2-(3)-1止
A3 貢 租
A3-(1) 年 貢
(宝暦3) (覚 御検地御奉行御宿源兵衛 竿取御宿久八 御供御宿喜左衛門 外)【シミ】     1通 A3-(1)-1 
(宝暦4) (覚 御内検之時 御奉行源兵衛方 上座敷 中ノ間御用間御勝手同付郡同心 同北間御代官 外)     1通 A3-(1)-2 
(宝暦4) (覚 宝暦四戌年下佐波村御内検地絵面 庄屋 源兵衛 外 地案内百姓 孫四郎 外)【A3-(1)-5の絵図の添書】     1通 A3-(1)-3 
(宝暦4) (覚 宝暦四甲戌年御内検ニ付 当時之有形絵面下書 絵師 鉄玄 手伝 組頭恒右衛門 庄屋源兵衛倅太兵衛)【A3-(1)-5の絵図の添書】     1通 A3-(1)-4  
(宝暦4) (宝暦四甲戌年御内検ニ付当時之有形絵図下書)【【A3-(1)-4はこの絵図の添書】292.5×251.0cm(ただし最大長)。彩色あり。「源兵衛為写置」との書込あり】【別置】               下佐波村庄屋
源兵衛
  1枚 A3-(1)-5  
安永7.2 乍恐奉願上候口上之覚(以御書付江戸御下シ金千両御減可被遊候間、他所金主等掛合、成丈ケ出精仕候様被〔為〕仰付候得共、先書ニ申上候通、巳年上ケ大金御断之上、午年より申年迄冬中御用達之分)【端裏書あり。シミ。虫損による傷み甚だし】 青木源兵衛 外13人 井上畑治 外2人 1通 A3-(1)-6     
年月日不詳(安永9以降) (記 下佐波村 高千九拾七石八升七合 内四斗 南組 江口蔵屋引 北組分 畑三斗六合 安永二巳年堤切入 同八亥三年より永引、外)     1冊 A3-(1)-7     
享和3.12 証文之事(一、高百三拾壱石五斗九升壱合 下佐波村 此米五拾六石五斗八升四合 右は当亥ノ先納米代金 百六拾三両壱分 銀拾弐匁九分六厘之内え、外、残金之儀は卯年元利共ニ無相違可令皆済候)【虫損】               有松還八 外11人   1通 A3-(1)-8     
①未.12~酉.2 ②辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥・子・丑・寅・卯・辰
③天保.7.3
④天保.8.2
①覚(一、米三百俵 丸作 伊蔵 十七俵七分かへ 此金拾貫拾六匁八分四厘、外)
②覚(久左衛門方切入分 辰年 一、米三石弐斗 浅右衛門切入、巳年 一、同四石四斗 同人入、外)
③覚(天保七年申 小左衛門方勘定帳より切入 一、米拾壱石四斗 右は酉三月十四日直段 八俵五分かへ、竹門与一郎様、小左衛門宅へ御出張、切入ニ相見へ被下候、外)
④預り覚(十七俵七分かへ、一、米三百俵、外 右ハ大庄屋仕切拾壱俵弐分買入置候間、米金拙者預り置、借材相済之上、四分利ニ而相渡可申候)
④竹門義左衛門 ④加藤五平 1冊 A3-(1)-9     
天保10.12 小前反別帳(けんば新田下田七畝十五歩 一、九畝十八歩 中サバ文六作 掟壱石五升六合、外、右之通小前掟相違無御座候) 下佐波村 本人 青木久八 外1人 いかりや 嘉右衛門 1通 A3-(1)-10     
文久2.1.晦 文久二年戌正月晦日 仙右衛門 伝左衛門 金段 立会勘定帳     1冊 A3-(1)-11  
子.6.14 (覚 一、高大豆弐拾九俵 内 弐拾弐俵 大場出 七俵 金納 此金弐両壱分銀七分四毛、外、右之通亥御物成并小物成元払勘定相改相違無之候)              室丹治 外1人 北下佐波村庄屋組頭中 1通 A3-(1)-12     
寅.12.27 寅御物成通(一、米弐斗六升四合三勺 笠松久右衛門 内 五升八合九勺 田畝引 弐斗五合四勺 源兵衛より入、〆弐斗六升四合三勺、皆済)               庄屋 小川恒右衛門   1通 A3-(1)-13     
卯.3.27 覚(一、御金百両也、右は永井能登守月並金之内、志ヶ谷於御用所慥ニ奉請取候、以上、御利足之義は月七分ニ而上納可仕候)               青木久八 紀州 役人中 1通 A3-(1)-14 
未.6.4 (覚 未六月四日 高割之方 村方過金割合壱石ニ付 銀弐匁五分八厘ツヽ当ル、外)                   1通 A3-(1)-15     
未.12.20 差上申ヶ条々之事(一、高差引取調之事 一、落物帳免割帳ニ有之候持高過不取調之事、外、右は昨午年之分御調被成下度、尤此余之分決而御苦労相掛申間敷候)     惣代 五右衛門 外8人 預庄屋 青木久八外1人 1通 A3-(1)-16     
年未詳.11 覚(一、高拾石七斗弐升 免間引 一、高壱石九升 玄幡起 免間引 右は申年田方免間引相究者也)【奥端に「下佐波村」と書込あり】               勘定所   1通 A3-(1)-17     
年未詳.12. 3 覚(一、金壱分弐朱 右は此度御出府ニ付、先規分之振合を以御無心申上候処、御聞済被下候)              留守居方付
平井休蔵
下佐波村 弥兵衛 1通 A3-(1)-18     
年月日未詳 (墨引埋り残り之池ほか絵図 右長十郎新田北之小口より一目見通し墨引 南北長凡廿四五丁程 東西横凡十七八丁程)【31.0×23.4cm】     1枚 A3-(1)-19     
年月日未詳 北本田引畝(上田五歩 五合 同弐セ廿一歩 四合 同六セ九歩 四合、外)【虫損】                  1冊 A3-(1)-20     
年月日未詳 (記 村中 与兵衛居屋舗、是ハ田ヲ埋屋舗ニ成ル、百七十六 上田壱畝八歩 一、屋舗 壱畝十四歩 与兵衛、掟弐斗弐升五合 極切、外)【「中佐波村分」「隠居分」「中佐波分」「庄屋田之訳」「神田」「村地之訳」に区分して記載】【幕末か。シミ】                   1冊 A3-(1)-21 
年月日未詳 寅御年貢納通(彦蔵 二石八斗六升壱合 米七斗壱升七合六勺 同七升四合八勺 御頼米内割 〆七斗九升弐合四勺 六升六合六勺 田畝引、外)     1綴 A3-(1)-22 
年月日未詳 見立帳(一、よし原 四畝十六歩 四斗 九代 喜三郎 一、よし原 六畝 十□歩 六斗 内壱升引 九代 藤十郎、外)     1冊 A3-(1)-23止
A3-(2) 小物成
子.8 乍恐奉願上候覚 北下佐波村(一、五寸竹八本 一、小竹廿六束五厘、外、右之通当子納竹金納奉願上候)【包紙(「上 北下佐波村」と表書き)あり。シミ。虫損】               右村庄屋 青木久八 外1人  山方役所 1通 A3-(2)-1止
A3-(4) 課 役
午.9 乍恐口書(下佐波村儀は、長良川木曽川左右ニ有之、剰境川添之村方連々川底高ク罷成、溜り水等弥増、尚又用水之助は聊無御座ニ而水旱多難之場所、外、前ケ條之趣荒ケ〆御歎奉申上候、其外種々村難御座候) 下佐波村   1通 A3-(4)-1止
A3-(5) 未 進
①戌.8
②戌.2
①戌八月改不足分(四斗六升四合八勺 九郎衛門 八斗四升七合三勺 応助、外)
②酉御年貢過不 戌二月廿一日取調(一、壱石七斗四升壱勺 弥兵衛 一、弐斗五升 川守屋、外)              
    1綴 A3-(5)-1止
A3-(5) 貢納一件
年月日未詳 記(村方高免ニ付勘定取調中大庄屋并庄屋心得共休役、伊藤友左衛門 、外、右当役所ニおいて申達 一、村方諸勘定取調ニ付諸帳面掛りえ早々差出、来ル晦日迄ニ取調申候様、預り庄屋并掛り之者共へ申達)                   1冊 A3-(6)-1止
A4 村 政
A4-(1) 村 況
年月日未詳 (下佐波村村中絵図)【境川と輪中堤、村内道路がよく描かれている。90.0×40.4cm。彩色。「源兵衛為写置」との書込あり】               (源兵衛)   1枚 A4-(1)-1
年月日未詳 (絵図断片)【彩色。未完成。42.6×30.7cm。42.6×30.7cm。41.9×30.9cm】                   3枚 A4-(1)-2止
A4-(2) 戸 口
(文政4.7.5) 覚(天満菅原町会所書付写 三拾弐ヶ年以前 一、寛政二戌年四月菅原町大室屋庄兵衛借屋 薬屋宗助、外)【虫損。シミ。継ぎ目剝れにより、2枚目以降欠損。A4-(2)-19の前部分                   1通 A4-(2)-1
文政4.9 一札(一、其町内梶や伊助支配かしや藤井龍山女房きせ儀此度不縁ニ相成、当村青木辰右衛門方へ引取申処実正也)【虫損】 何村 庄屋年寄 誰 印 同何町 1通 A4-(2)-2
文政4.9 送り一札(一、町内梶屋伊助支配かしや藤井龍山女房きせ儀、此度不縁ニ相成、其御村方青木辰右衛門方へ引取ニ相成候段申出候ニ付)【虫損。A4-(2)-2の関連文書】 大坂日向町会所  美濃国厚見郡下佐波村 役人中 1通 A4-(2)-3
文政12.3 村送り一札之事(一、当村甚蔵妹るのと申者、当丑四拾七才、此者宗旨は代々浄土真宗東本願寺中須村円明寺旦那ニ紛無御座候) 安八郡中須村 庄屋 合蔵 下佐波村 庄屋 青木源兵衛 1通 A4-(2)-4
天保2.3 覚(北下佐波村 一、惣人数合三百弐拾七人 内百七拾人男 百五拾七人女 浄土真宗 去寅御改以後壱人増 内弐人画師 外ニ人数七人内 五人僧 弐人女 浄土真宗 寺方 無増減、外)【虫損】   庄屋 青木五兵衛 外3人 岡村与左衛門 外1人 1通 A4-(2)-5
天保2.3 宗門送り一札之事(一、当村嘉兵衛と申者、当卯七拾壱歳、此者宗旨ハ代々浄土真宗当村願教寺旦那ニ而、御法度之宗門、親族ニは諸親類縁者ニ至迄壱人も無御座候)【虫損】   羽栗郡直道村 庄屋 清兵衛 下佐波村 庄屋
青木五兵衛
1通 A4-(2)-6
天保6.4 村送り一札之事(一、当村信右衛門義、当未五拾八歳ニ相成申候、若年之砌尾州名古屋え罷越、外、今般勝手ニ付当村え罷帰り直様其御表小石川富坂町浜松屋権兵衛方え店奉公ニ罷越申度旨願出候ニ付)【虫損。シミ】 厚見郡下佐波村 庄屋 五兵衛 江戸小石川富坂町町役人衆中 1通 A4-(2)-7
嘉永5.3 村送り一札之事(一、安藤長門守領分方県郡上曽我屋村嘉左衛門忰清五郎、当子拾七歳、右之者御村方源十郎方え穂積村喜之右衛門仲人ニ而縁付参り候) 上曽我屋村 庄屋 俊治 外1人 厚見郡下佐波村 庄屋 青木久八郎 1通 A4-(2)-8
嘉永6.3 村送り一札之事(一、西尾謙太郎知行所厚見郡薮田村富三郎娘ひさのと申者、当丑之拾六歳、此度中鶉村政右衛門仲人ニ而其御村甚左衛門忰儀平女房ニ縁付有之申候)【虫損】 薮田村 庄屋 篠田保左衛門 下佐波村 庄屋 青木久八郎 1通 A4-(2)-9
嘉永6.3 村送り一札之事(一、坪内遜譲知行所濃州羽栗郡小網村市右衛門娘はつと申者、当巳ノ年弐拾壱才、右之者此度其御村芳兵衛方え牛子村四郎左衛門仲人ニ而縁付参り候)【虫損】 小網村 庄屋 喜八 厚見郡下佐波村 青木久八郎 1通 A4-(2)-10
安政2.3 村送り一札之事(西尾図書助知行所厚見郡薮田村源七娘はつと申者、当卯拾九才、右之者御村方清七方え弥右衛門仲人ニ而縁付参り候) 厚見郡薮田村 庄屋 井上順右衛門 厚見郡下佐波村 庄屋 青木久兵衛 1通 A4-(2)-11
安政3.7 戻送一札(一、下佐波村宅右衛門娘義、当村今右衛門方縁付候、就夫当寺門徒相成候所今度離縁ニ而立帰り候、依之本之旦那寺相成度由出願有之) ヲクマ 恩立寺 佐波 観音寺 1通 A4-(2)-12
安政6.12 村送一札之事(一、戸田采女正御預所厚見郡鏡島村儀兵衛娘きさと申者、当未三拾壱歳、右之者此度其御村太助女房ニ和平仲人ニ而縁付参候) 厚見郡鏡島村 
庄屋 常右衛門
厚見郡下佐波村 庄屋 青木久兵衛 1通 A4-(2)-13
寅.2 乍恐奉願上候口上覚(一、私姉きん儀、当寅廿四歳ニ罷成申候、今般尾州御領中島郡城屋舗村勇左衛門仲人ニ而同村辰左衛門女房に縁付遣申度奉存候)【奥書(預り庄屋 青木久兵衛 外3人による)あり。包紙(「上 高桑村」と表書き)あり】 高桑村 勝蔵 太田得蔵 外3人 1通 A4-(2)-14
寅.2 乍恐奉願上候口上覚(一、私姉しを儀、当寅三拾壱歳ニ罷成申候、今般尾州御領中島郡城屋鋪敷村勇左衛門仲人ニ而同村助左衛門女房に縁付遣申度奉存候)【奥書(預り庄屋 青木久兵衛 外3人による)あり。包紙(「上 高桑村」と表書き)あり】 高桑村 勝蔵 太田得蔵 外3人 1通 A4-(2)-15
寅.3 乍恐奉願上候口上覚(右は津田美濃守様御知行所羽栗郡長池村勘蔵娘、当寅弐拾壱歳、当村浅右衛門仲人に而女房ニ引取申度奉願上候) 【外10件の村送り事案を列挙】【預り庄屋 青木久兵衛外8人による奥書記載の後、松井伝右衛門・山岡藤兵衛へ提出。包紙(「上 高桑村」と表書き)あり】 高桑村 与右衛門  預り庄屋 青木久兵衛 1通 A4-(2)-16
寅.3 乍恐奉願上候口上覚(右は中川喜左衛門様御知行所羽栗郡坂丸村光蔵方え不波一色村安蔵仲人ニテ養子ニ遣シ申度奉願上候)【外9件の村送り事案を列挙】【預り庄屋 青木久兵衛外8人による奥書記載の後、松井伝右衛門・山岡藤兵衛へ提出。包紙(「上 高桑村」と表書き)あり】 高桑村 和兵衛 預り庄屋 青木久兵衛 1通 A4-(2)-17
巳.4 乍恐御届奉申上候覚(一、私共親類儀右衛門義、当四月六日夜九ツ時宿元罷出候ニ付、心当之所相尋申候得共、行衛相知レ不申出奔と相見申候間) 下佐波村儀右衛門親類 善太夫 外1人 相沢佐平 外5人 1通 A4-(2)-18
巳.7.5 (覚 右之通勘四郎住居変宅之次第如斯ニ候)【A4-(2)-1の後続部分】     1通 A4-(2)-19
酉.11 乍恐奉願上候口上覚(私忰豊蔵義、心得方不宜候ニ付追々異見差加へ申候得共、何分相用不申候間義絶仕度奉願上候)【虫損。奥書(庄屋 青木久兵衛 外3人による)あり。包紙(「上 北下佐波村」と表書き)あり】 北下佐波村 願主 銀蔵 太田得蔵 外2人 1通 A4-(2)-20
年月日未詳.12.26 (書簡 急キ啓呈、今朝たつ相見え申口ニハ、娘いく引取縁付可申候間、相渡し呉候様申参候、聊不申候ハ、此方顔面ハ手当いたし呉候上ニハ、国本へ引取、惣親類相談之上身分片付いたし度願心ニ御座候)【2枚に剥離】【副啓(下拙印形若し入用之事と難計候)あり】     1通 A4-(2)-21
年月日未詳 差入申一札之事(一、今般私女房送り一札山口村より直ニ四町目え可差越候処、少しく差支候間、一応山口村より貴村え人別御引取ニ而村送り四町目え御遣し被下候段、難有忝奉存候) 加納宿四丁目 本人 清兵衛 外2人 北下佐波村 庄屋 青木久兵衛 1通 A4-(2)-22止
A4-(3) 村役人
天明3.12.4 覚(一、私兄栄蔵義、先達而奉願候通り病〔   〕御役御免被下置難有奉存候、就夫恐多御義ニ候ヘ共跡御役之義、何卒私御願申上度奉存候)【虫損甚だし。シミ】【庄屋青木久兵衛外2人の奥書あり】 下佐波村 嘉蔵 甲田定四郎 外2人 1通 A4-(3)-1   
文久3.4 乍恐奉願上候口上覚(村役人之内退役被仰付候者も有之恐入相慎居候、然ル処久兵衛・新三郎・牧右衛門義、御慈悲を以年来役義相勤罷在候身元ニ而、農業之外他行も不仕相慎居候ニ付、右之者共恐多御願ニは候得共、何卒御別格を以格式被為仰付被下置候ハヽ一同難有仕合ニ奉存候)【継ぎ目剝れにより2枚に分離】【案文】 預り庄屋 外1人   1通 A4-(3)-2   
①(卯).12.9
②(卯)
③卯.12.9
①(書簡 其村七左衛門死去より日数何程相過候哉書付可被差出候)
②(書簡 卯十一月三日夜八ツ過頃七左衛門死ス、同四日朝、定夫元助以源兵衛方へ御届有之)
③覚(一、当村南組庄屋七左衛門、先月三日ニ死去仕候、十二月九日迄ニ三十七日ニ罷成申候)
①代官三人
③下佐波村 庄屋 源兵衛
①下佐波村 源兵衛
②速水藤左衛門
③代官 三人
1綴 A4-(3)-3止   
A4-(4) 村入用
宝暦1.11.18 (記 一、人足半人 米一升 上 一、同壱人 米弐升 下北 彦八 一、同壱人 米弐升 勘之助、右ハ拝殿棟繕并ニ庵屋ね繕、宮垣ゆい入用、外)【シミ。破れ。虫損】                                                                   1綴 A4-(4)-1      
(文政3か】 覚(一、金拾五両也 則三 安六 一、同五両也 則三 一、同拾三両也 安五 〆三拾三両也、内 壱両也引、是ハ安田五軒より拾三両と申内、壱両ハ勘弁相願候ニ付相改候上引、引残り 三拾弐両也、外)     1通 A4-(4)-2
寅(慶応2).12.
21~(慶応4).
12.20
下佐波村御賄帳 寅極月 魚屋 源四郎 魚屋 源四郎   1冊 A4-(4)-3      
寅.9 乍恐御歎願奉申上候口上覚(一、私共儀墨俣宿白木屋抱女之儀ニ付、をり合も御座候ニ而被出出(ママ)御吟味申、町宿ニ足留被為仰付、何分奉恐入候、然ル処御糺も彼是手間取、困窮之私共町宿入用等難渋仕候ニ付)【虫損。奥書(庄屋青木久兵衛外2人による)あり。包紙(「上 北下佐波村」と表書き)あり】 下佐波村願主 広蔵 外1人 大田得蔵 外3人 1通 A4-(4)-4 
卯.11.23 (記 一、米四升三合 一、銭百四拾九文 中佐波村 是ハ堤普請所内見之節庄屋与頭賄入用、外、右之通三ケ村庄屋組頭吟味之上割符かくのことくニ候、以上)【領毛八幡宮修理に伴う入用の記録あり】 下佐波村庄屋 源兵衛 外9人   1冊 A4-(4)-5      
戌. 覚(銭六百文、銭弐貫五百四拾八文、右ハ往来休泊并人足賃銭茶代共 、右は召使候もの、同雇代、外)【シミ】     1通 A4-(4)-6      
年月日未詳 記(二月十日 一、金壱両也 久村 同日 一、同弐分也 田辺、外 〆弐両三分弐朱 内 弐分 小種 弐朱 い兵衛 壱両壱朱 五兵衛 、外)【シミ甚だし】     1綴 A4-(4)-7      
年月日未詳 (記 元利〆高 一、金四千両 此利三百六拾両 利足年九朱 〆金四千三百六拾両也、外)     1冊 A4-(4)-8止      
A4-(5) 郡中割
(慶応 1) (記 去ル戌年十月 三百五拾両 割合調達之分元利御下ケ金 一、金三拾五両 利拾壱両三朱ト七分五厘、外、文久三年亥十二月調達金 弐千九拾三両壱分三朱と六匁六分六厘、当丑より無利足拾ケ年済御下ケ割合、外)     1通 A4-(5)-1
年未詳. 1.3 (記 一、銀三百拾三匁四分壱厘 右は境川返納金 外 右之通割賦銀拙者共会所え無遅帯早々御持参被成候) 辰上刻 組元所 大庄屋 右村々御庄屋中 1通 A4-(5)-2止
A4-(6) 村方帳簿
天保2.2 (天保二年卯二月 忠兵衛、紋右衛門、留平より差出候一札并右之者より義絶願書 作蔵、喜太夫庄屋心得違ニ付頭分惣代より願書 作蔵、喜太夫庄屋御白洲ニ而請書 青木五兵衛扣)【シミ。虫損。①(一札)②③に奥書あり】 (差出一札)下佐波村 小川氏 留平 外3人 (願書) 下佐波村 留平
(願書)下佐波村頭分惣代 留平 外5人
(請書)下佐波村 作蔵 外2人
(差出一札)頭分惣代 青木五兵衛 外4人 
(願書)久村固十郎 外2人
(願書)久村固十郎 外2人
(請書)久村固十郎 外2人
1綴 A4-(6)-1   
天保6.8.22~ 同.10.19 (御用留帳  一、此間中ニ達し置候通り、其村々田方苅取之義、来ル廿二日前可引取一同相心得、間違有之間敷存居候得共、猶又為念申置候)     1冊 A4-(6)-2   
天保10.4.9~ 同.5.4 (日記 右ハ千代蔵忰幷初五郎盗一件ニ付、中たやニ而人別方え酒出し右代中島屋へ伊兵衛・久兵衛より相払久兵衛取かへ 右等ニ付角蔵と久兵衛、八兵衛并杢次郎賄在之、当日久村様より金四両御頼ニ付彦七へ御用置候様申上候、其夜帰ル、外)【御用のための加納滞在の記録か】     1冊 A4-(6)-3   
天保12.11.~天保14.12.25 (御用留帳 両人持御講金拝借利納十一月納分 一、元金百両也 八朱 此利納証文料也 五両四百文相済也、外)     1冊 A4-(6)-4
嘉永5.10 (覚 外ニ弐分つゝ 又六殿 屋鋪殿 肴料ニ賄候、右ニ而くれ方迄ニ御用済ニ成也、中之元御役人衆中は御用所ニ而(酒)肴出、同様ニ小子も呼れ候、是も御用済ニ成也 外)【虫損】     1冊 A4-(6)-5   
①年未詳.9. 6
②年未詳.9.12
③④未.8.24
①覚(一、人足 南下佐波村 右之通御茶屋村御普請所へ明七日六ツ時御出可被成候) 
②覚(一、人足五拾人 南下佐波村 右之通御茶屋村土持人足)
③(覚 今廿四日鶉山茅野切分ケ致候ニ付、望之もの在之候ハヽ、廿八日正四ツ時御作事所え罷出可申候)
④覚(一、人足三拾人 下佐波村 右之通御茶屋村堤切所築壱人足、明廿五日正六ツ時場所)
【綴じ穴2つ】
①大元取
②大元取
④大元取
②右村々庄屋中
④右村々庄屋中
1綴 A4-(6)-6
未.9.~未11.15 (御用留帳 召仕、此段得其意尤寺院へも可申置候もの也、十一月朔日 仙金左衛門 杉伝右衛門 例年相触候通御収納不相済以前月分米相払申間敷候、外)【前部分欠】     1冊 A4-(6)-7   
未.12.10~申.1.3 (御用留帳 一、其村々より茅附け払御用の銀不足之分可相渡候間、明十四日村役人共之内印形持参山方御役所へ可被罷出候、十二月十三日 御作事 中佐波へ返ル、外)【前部分欠】     1冊 A4-(6)-8   
年未詳.10.22~11.23 (覚 造り来候もの名前も相知レ居不申故、右之分夫ハ新酒ニ而其年限之酒造ハ追々蔵名之心得ニ而可造之候、外)【前部分欠】 杉 伝右衛門 外1人   1冊 A4-(6)-9   
年月日未詳 乍恐御歎願奉申上候口上(一、中島村差入組内世話当村源兵衛仕、当一月中金子書類請渡之義、当人ニ而仕兼、同人ニ無拠被相頼、中島村え罷越、右書類并金子請渡し仕候)【下書き。虫損】     1通 A4-(6)-10止   
A4-(7) 村政一件
宝暦6.11 文書末尾【継ぎ目剥がれ】 下佐波村組頭 源兵衛 外4人 奉行所 1通 A4-(7)-1   
寅.4 乍恐奉願上候口上覚(別紙之通札印形替仕度奉願上候、何卒御慈悲を以御聞済被成下置候ハヽ、難有仕合ニ奉存候)【虫損。シミ。別紙(印影を示したもの)あり。包紙(「上 高桑村」と表書き)あり】 高桑村 庄屋仮役 茂右衛門 太田得蔵 外3人 1通 A4-(7)-2   
年月日未詳 (弐丁目三丁目屋敷配置絵図)【加納町か。57.8cm×54.0cm】     1枚 A4-(7)-3止   
A5 土木水利
A5-(1) 治 水
安永 7.閏7.15 乍恐奉願上候御事(一、先達而玄蕃圦御普請御願申上候処被為仰付難有奉存候、併此度大水ニ而右圦破損仕候儀も、甲蓋より吹抜申候故、御伏被下置候圦甲蓋厚三寸板ニ御申上候)【奥の裏に書込(「安永七戌年閏七月 此壱通 上佐波村庄屋仙右衛門書之)あり。継ぎ目剥れ。虫損】 北下佐波村庄屋 青木源兵衛 外21人 長戸友七 外2人 1通 A5-(1)-1      
文政8.8.29 書替一札(三ヶ村立会玄蕃堤惣長五百拾弐間 文政八乙酉八月廿九日相談之上内訳支配ニ相極ル)【付図(玄蕃圦付近惣懸り箇所を示した絵図。52.4cm×38.7cm)を貼付】 北下佐波村庄屋 青木源兵衛   1通 A5-(1)-2     
文政8.9 玄蕃堤内訳支配為書替一札之事(一、今般内訳支配之儀は、御普請幷ニ水防木槎通り方と被存候ニ付、惣方相談之上、御上様えも御届申上致内訳候、尤及後年右之趣ニ而不宜村方も有之候ハヾ何れ之村方より申出候共、申出次第是迄之通り惣立会ニ可致事) 北下佐波村庄屋 青木源兵衛 外21人   1通 A5-(1)-3      
①年未詳.7.13
②年未詳.6.13
③辰.6.13
④年未詳.6.14 ⑤年未詳.6.14 ⑥年未詳.6.13
⑦年未詳.6.13
⑧辰. 6.13
①覚(浅右衛門 藤右衛門 外 〆五拾三人 外ニ 明俵百三拾弐  縄壱束五把 右は御村方石川圦水防人足 夜分両度之分幷諸色取調書如此ニ御座候)
②覚(一、人足八拾七人 夜分両度 一、明俵弐百八拾七 一、縄弐束八把 右は御村方石川圦水防人足 夜分両度之分并ニ諸色取調如此ニ御座候)
③覚(七左衛門 次郎兵衛 外 〆四拾七人 古俵廿九ツ 同拾二ツ 外 右之通諸色人足 如此ニ御座候)
④(記 六月十四日朝より四ツ迄 与右衛門 四人 徳左衛門、外)
⑤(記 六月十四日夜八ツより朝迄 喜左衛門 林内 丈助、外)
⑥(記 六月十三日圦水囲人足正見分 与兵衛 夕助 夕助、外)
⑦(記 六月十三日夜 又吉 勘兵衛 源四郎、外 明俵十五 勇助 、外 水廻り 千右衛門、外)
⑧天保五年辰六月十三日 水囲人足諸色入用取調下帳
⑨(記 万左衛門 林松 久四郎、外)
⑩(記 六月十三日 拾わ 鉄右衛門 古莚七枚 藤蔵、外)
⑪(記 明松 十丁 周八 俵四ツ 夕介、外)
⑫(記 六わ 又左衛門 弐わ 源七 弐間〆廿壱本、外)
⑬(記 空俵 弐ツ 助右衛門 同六ツ 林左衛門、外)
⑭(記 弐間柱壱本 惣三郎 同壱本 壱本 牧右衛門、外)
⑮(記 勝右衛門 源吉 三右衛門、外)
⑯(記 弐両也 〆六両也 新左衛門 酒五升 和兵衛、外)
【④~⑧⑮は人足名簿。①~⑯は紐で綴じ一括してあった】
①上庄屋 
②中佐波村 支配人
③高桑村庄屋
①下役人衆中 
②役人衆中
③下佐波村庄屋衆中
1綴 A5-(1)-4      
天保6. 閏7  天保六年未閏七月 堤御普請御願場所下調帳 下佐波村 役人 下佐波村 役人   1冊 A5-(1)-5      
天保10.10.5 天保十年 亥十月五日 境川通堤御普請御願下帳 両下佐波村 庄屋 青木久兵衛 外12人 太田得蔵 外2人 1冊 A5-(1)-6      
安政4.7 安政四年巳七月 百曲り一件返答写 青木久兵衛 下佐波村 組頭 久兵衛 外25人 広平蔵 外1人 1冊 A5-(1)-7      
慶応2.3.晦 慶応二年 丙寅三月晦日 二本圦堰仕訳覚帳 両組庄屋【虫損】 両組庄屋   1冊 A5-(1)-8      
慶応3.4 慶応三年 丁卯四月 百曲り堤一件熟談書写 青木久兵衛【奥書(塩谷卯兵衛外3人連名による)あり】 下村組合惣代 高川原村庄屋 堀権蔵外7人  小原嘉一郎 外2人 1綴 A5-(1)-9     
子.1.16 覚(一、壱本 松弐間 五寸六寸 代九匁 一、弐本 同弐間七寸 方五 代十五匁、外) 材木屋 与三右衛門 下佐波村 村方 1通 A5-(1)-10      
寅.3 乍恐御願奉申上候覚(一、堤川除御普請御願申上候処、御見分之上被為仰付被下置候様奉願上候、以上)【包紙(「上 高桑村」と表書き)あり】【シミ。虫損】 高桑村庄屋 武山小左衛門 預庄屋 青木久兵衛 外6人 太田得蔵 外3人 1通 A5-(1)-11      
寅.8.15 覚(一、明俵百廿俵 〆寅八月十五日 右之通慥受取申候)【A5-(1)-12~20は紙袋(「高桑村切所諸色書付入」と表書き)に一括して入れてあった】 高桑村 源蔵 下佐波村庄屋衆中 1通 A5-(1)-12      
寅.8.15 覚(一、縄四貫四百目 一、同拾四貫弐百目 一、同六貫六百六拾目 〆右之通慥ニ受取申候 以上) 高桑組頭 戈一郎  下佐波村庄屋衆中 1通 A5-(1)-13      
寅.8.21 覚(一、明俵弐百八拾俵 右之通慥ニ受取申候 以上)【虫損】 高桑村庄屋 下佐波村庄屋衆中 1通 A5-(1)-14      
寅.8 紙袋(「高桑村切所諸色書付入」と表書き)※以下の文書で作成。
覚(五月十五日夜 松明三拾壱把 石川圦水廻りニ相用候、同一同拾弐把 二本圦相用候、外、右は出水ノ節相用候分 何卒御差継被成下置候様奉願上候)【A5-(1)-12~20がこの袋に一括してあった】         
下佐波村庄屋 山田岩右衛門 外1人   1枚 A5-(1)-15      
寅.9.3 覚(一、明俵 弐百俵也 右之通慥ニ請取申し候也) 高桑村庄屋  下佐波村庄屋衆中 1通 A5-(1)-16      
年未詳8.23 覚(一、雇分賃銀弐拾七匁三分 一、受取賃銀五百六拾壱匁三分 〆五百六拾八匁六分、外) 下佐波村   1通 A5-(1)-17      
年未詳.10.22 高桑村水尾留賃銀受取覚(一、弐拾七匁三分御雇分 一、五百六拾壱匁三分 村請負、外)     1通 A5-(1)-18      
年月日未詳 (記 凡長八拾間 高壱丈五尺五寸 高弐間 敷拾壱間 此土 千三百四拾三坪三合、外)      1通 A5-(1)-19      
年月日未詳 覚(雇分 一、凡銀五拾四匁六分)【後続部分は継ぎ目剝れにより欠損。虫損】     1通 A5-(1)-20      
辰.6.12 覚(一、先達而も口上ニ而段々御願申上候通、鶉村悪水両佐波玄番田方年々水損仕、惣百姓困窮仕候ニ付、鶉村悪水請不申候様奉願上候)【庄屋名より安永1年(1772)ないし天明4年(1784)のいずれか】【後欠により宛名不明】 下佐波村庄屋 源兵衛 外6人    1通 A5-(1)-21      
辰.12.28~巳.12.19 (記 辰十二月廿八日 一、賄弐人 米弐升 一、三百八拾文 酒肴之外いろいろ り七拾六文 右ハ臨時見廻り三倉鎌蔵、白井茂三郎弐人昼支度、外)     1冊 A5-(1)-22      
午.2 奉御願申上所御事(一、此度御村方様御圦樋被仰付難有仕合奉存候、 元来徳田村半右衛門方より土塀(ニ而)生松弐分六厘かへニ而引合仕置候)【包紙(「上 祖父江村 材木屋 六右衛門」と表書き)あり】【虫損】 材木屋 六右衛門 村役人衆中 1通 A5-(1)-23      
午.10. 8 覚(一、弐ヶ所 圦樋 長サ拾三間 高サ七尺 横弐間 〆長サ拾壱間 高サ二尺五寸 横三尺弐寸 〆但内法 表地柱 一、三本 檜丈四尺八寸角 同笠木 一、壱本 同丈五尺八寸五分角、外) 大工 利兵衛  下佐波村 村役人衆中 1通 A5-(1)-24      
午.11.24 覚(両腹立枠 一、四拾四本 松六尺五寸 六寸方五 〆百四拾三匁 、外) 材木屋 与三右衛門 下佐波村村役人 1通 A5-(1)-25      
未.11.25~12.8 覚(廻文を以申上候、然は今般川之御普請金受取之節、三判印鑑御入用ニ付、徳田村大井様御役所へ差出可被成候、則案文左之通り御認可被成候、外)【川普請関係の御用留】 徳田村御用会所 鶉村、佐波村、高桑村庄屋中 1冊 A5-(1)-26      
酉.4 覚(一、弐間杭百本 一、五尺杭百本、外、右之通御堤水防御手当諸々也、不残御揃申置候)【2枚に分離】 上佐波村庄屋 山田五左衛門 外3人 島友三郎 外3人 1通 A5-(1)-27      
亥.10.23 (願書 境川通出水口合よりも吸ヶ橋へ引落候由申上候ニ付水丈之儀可申上候旨御願御座候)【虫損。シミ甚だし】 厚見郡次木村与頭 久右衛門 外1人 笠松役所 1通 A5-(1)-28      
年未詳.4.晦日 (覚 弐本戸平内妙吐先古形巾村鑑其外留記等吟味いたし、有無共明、朔日五ツ時迄ニ御役所え持参可有之候)【A5-(1)-29~A5-(1)-38は紙袋(「弐本圦吐先書類入」と表書き)に一括してあった】 御代官 青木久八 1通 A5-(1)-29      
年未詳.7.5 使札を以致啓上候、然ハ今朝ハ内分内分得御意、御相談申上候通堀口氏に御噺申上候間、御供仕、国井様、鷲見様へ御内願申上候)【端裏書(「青木久八様 小左衛門 貴下用事」)あり】 小左衛門 青木久八 1通 A5-(1)-30      
年未詳.7.15 (書簡 此間御相談御伺之趣西川氏え参上仕候処、折節在宿無之、虚引取又々参上仕致面談候処、全外役人中相談様子ニ而ハ無之様相見へ申候)【A5-(1)-32、A5-(1)-33とともにこよりで一括してあった。端裏書(「七月十五日之分 青木久八様 武山小左衛門 貴下急用」)あり】 武山小左衛門 青木久八 1通 A5-(1)-31      
年未詳.7.19 (書簡 口演 昨日申上置候西小熊一件如何御座候哉御内談之上早々先方へ申談度奉存候)【A5-(1)-31、A5-(1)-33とともにこよりで一括してあった。端裏書(「青木久八様 武山小左衛門 貴下急事」)あり】 武山小左衛門 青木久八 1通 A5-(1)-32      
年未詳.7.19 (書簡 今日御差支之儀ハ御尤奉存候、然ル所明日西川氏他行之趣被申越候間、今日三ケ村寄合之節、夫々御相談被成下、可相成ハ久方迄ニ御内談之趣御知らせ可被下候)【A5-(1)-31、A5-(1)-32とともにこよりで一括してあった。端裏書(青木久八様 武山小左衛門)あり】 武山小左衛門 青木久八 1通 A5-(1)-33      
年未詳.8.28 (書簡 然ハ大江川一件も武右衛門より両度申来り候得共、伝言之儀方両度二様ニ申来り候ゆへ組頭中ニ而も一度内談ニ遣可申と奉存候)【端裏書(青木久八様 武山小左衛門)あり】 武山小左衛門 青木久八 1通 A5-(1)-34      
年未詳.9.1 (書簡 然ハ此頃被仰下候是迄輪中差障之儀、相尋遣置候処、今朝小熊村組頭衆相見候、昨日輪中寄御座候而相談有之候処、惣代相立弥差障リ之趣ニ相成候)【端裏書(「青木久八様 武山小左衛門 貴下大急用事」)あり】 武山小左衛門 青木久八 1通 A5-(1)-35      
年月日未詳 (記 堀割之橋下 弐丈三尺 五十石畑ノ北口 巾四間 口壱丁程下 弐丈弐尺、外)      1枚 A5-(1)-36      
年月日未詳 (記 東 長弐百八拾間 平均高八尺三寸 巾弐間 此土七百七拾四坪六合六勺 此人足弐千七百拾壱人三分、外)     1通 A5-(1)-37      
年月日未詳 大江川吐先掘削(東之方 長弐百八拾間 均高八尺三寸幅弐間 此土 七百七拾四坪六合五勺 此人足、外)     1通 A5-(1)-38      
年月日未詳 (切所調帳 民次郎前 高壱尺四寸北 同弐尺中 同弐尺五寸西 馬踏七尺五寸 長三間 内法弐間 外 法弐間壱尺西 九尺北 壱間北 外)     1冊 A5-(1)-39      
年月日未詳 申達(百曲堤昨夏出水ニ而所々切入候ニ付不取敢水尾留取計置候処、水害ニ付多分之御入用有之、無御拠御組入御普請御願相成)   水門組合村下郷拾壱ヶ村 1通 A5-(1)-40      
(年未詳9.9) 覚(一、金八拾五両也 日置江村え相渡し 一、金弐拾七両ト札百八拾弐匁 御茶屋村え相渡し、外、御救ひ普請四ヶ村へ相渡申候金子覚右之通りニ御座候間、宜敷御取成し可被下候)【虫損】【重陽とあることから9月9日と推定】 重郎(青木健治郎代筆) 青木久八 1通 A5-(1)-41      
年月日未詳 両崩直し人足(二月晦日 民治郎東 又□ 太四郎 万左衛門、外、新左衛門裏 与右衛門東 弥平治 源助 与左衛門、外)【虫損】     1冊 A5-(1)-42      
年月日未詳 (二本圦付近絵図)【37.8cm×27.0cm】     1枚 A5-(1)-43      
年月日未詳 (木曽川〆切場所付近絵図 此場所木曽川〆切相成候場所是より北宿村浦迄凡道法弐里余川上ニ御座候)【84.0cm×31.0cm】【虫損】     1枚 A5-(1)-44      
年月日未詳 (切所調帳 中佐波境 一、長三拾間 内腹付高九尺 巾弐間 此土九拾坪 五人八分三厘かけ 人足 五百廿四人 七分、外、御下ゲ金 〆三百壱両也 内 九拾両也 五左衛門え渡ス 拾五両也 久兵衛へ返金、外)     1冊 A5-(1)-45止      
A5-(2) 用 水
寛政5.7.9 覚(一、此度当村為松と田方囲水之義ニ付及口論ニ、既ニ御上様え御願可申上と奉存候処、各々方取扱ニ而御内済被下置奉存候)【虫損。A5-(2)-3の関連文書】 下佐波村 仲八 辰右衛門 外2人 1通 A5-(2)-1
寛政5.7.11 (覚 当田方植付後旱魃ニ而田畑水無成、人々ニ田方水かこい大切ニ致処、九左衛門兵蔵ト直八作之田ニ水かこいし之ヲ権九郎弟清兵衛理不尽ニ切入、直八田をひつつかせ申ニ付)【虫損。シミ】     1通 A5-(2)-2
寛政5.7 覚(一、此度当村仲八之田方囲水之儀ニ付、及口論ニ既ニ御上様え可被成度、谷方御取扱ニ而御内済被下置奉存候)【虫損。シミ。A5-(2)-1の関連文書】 下佐波村 為松 辰右衛門 外2人 1通 A5-(2)-3
年月日未詳 (一札 忠節井水近来水廻り能相成候処、雑用割符先年之通り此節元形ニ立戻り、組合一日之割合当村之日当丈ケ出金可致候)【シミ】     1通 A5-(2)-4止
A6 産 業
A6-(3) 林野用益
安永6.12 覚(一、萱四百四拾壱駄、此苅賃六貫三百文、但シ銭百文ニ付七駄苅、一、萱四百四拾壱駄、此駄賃廿弐貫四拾八文、但シ壱駄ニ付四拾八文つゝ、外、右之通茅野仕上目録如此ニ御座候)【端裏書あり】 佐波村庄屋 青木源兵衛 外3人 小林輪八 外3人 1通 A6-(3)-1
天保10.11 天保十年亥十一月 茜部山御茅附払帳 下佐波村     1冊 A6-(3)-2
年未詳.8.25 覚(一、飼葉壱万連 但シ編上ケ三尺宛 内 一、三百拾壱連 東西庄 一、弐百廿六連 西々庄、外、〆弐千九百八十連 右は御馬飼料御入用ニ付壱万連差出候旨被仰付候)  組元取 大庄屋 右村々庄屋中 1通 A6-(3)-3
年未詳.9.24 廻状(大殿様思召も有之江戸表え御取寄相成候間、概数并直段共其御村々之内ニ而御取調早速御申出可被成候、尚々御買上之御積ニ候間左様御取行可被成也)【包紙【「西庄組廻状 大庄屋 組元取」と表書き)あり】  組元取 大庄屋 南下佐波村 外(12ヶ村)右村々庄屋中 1通 A6-(3)-4止
A6-(7) 商 業
年未詳.11.8 (記 金三拾壱両也、残買、此残弐百三拾壱貫五百〇四文 札弐拾両也、此残百五拾貫二文 〆三百八拾壱貫五百〇四文、外)【2枚に剥離。虫損】     1通 A6-(7)-1止     
A7 交 通
A7-(3) 行 旅
天保7.3          天保七丙申年三月 一橋鍋島於川崎宿故障願書并落着書写     1冊 A7-(3)-1止
A8 社 会
A8-(2) 習 俗    
年未詳.7.28          (書簡 中将殿逝去ニ付、御礼之趣入御念候段江戸表え可申遣候、恐惶謹言)【石河光籌は安永3年(1774)に尾張藩家老に就任】 石河伊賀守光籌 外2人 立政寺 1冊 A8-(2)-1
年月日未詳 半口持請取通 十三番(積立講 講元 吉村七右衛門殿 一、金弐両弐分弐朱、銀五匁也)【包紙に(半口持 請取通 十三番)とあり】    講元 吉村七郎右衛門 1冊 A8-(2)-2止      
A8-(5) 騒 擾
正保5.2.3 (一札 今度其方堀ニ付而善右衛門せんさく仕候所ニ地下中上下庄屋年寄相談合仕候へは、善右衛門北之堀は五左衛門ニきわまへ申、西之堀計之儀ニ付、あつかい申候而、やぶ堀さかいをたて異見被申候)【虫損。包紙(「正保五子年五左衛門善右衛門堀出入あつかい書付写」と表書き)あり】      下佐波村庄屋 半右衛門 外4人 五左衛門 1通 A8-(5)-1   
文政4.12.24 拝見御請書之事(一、今般貴殿より我等外壱人相手取不実出入之旨被申立、松平右近将監様え御訴訟被成候ニ付、来午閏正月十三日御着日之御尊判頂戴被相付候)【継ぎ目剝れ】【案文】【第59集青木久太郎家文書目録A8-(5)-4と同一内容】 大坂上本町四丁目勘四郎幼年ニ付同人母たつ 外 濃州厚見郡下佐波村庄屋 辰右衛門代人  久兵衛 1通 A8-(5)-2
(文政4) 拝見御請書之事(一、今般貴殿より我等外壱人相手取不実出入之旨被申立、松平右近将監様え御訴訟被成候ニ付)【A8-(5)-2の下書き】【宛名を欠く】 大坂上本町四丁目勘四郎幼年ニ付同人母たつ 外   1通 A8-(5)-3   
文政6.8.1 内取証済口一札之事(一、私女房当村作左衛門と不義仕候趣致白状候ニ付致、離縁古郷祖父江村え相戻候)【奥書(取噯人七右衛門外1人による)あり】 下佐波村 本人 伊右衛門 外2人 下佐波村庄屋衆中 1通 A8-(5)-4
文政12.4 一札(一、今般其元より弥右衛門出入取噯一件ニ付弥右衛門より出金有之分右同人差当り金子不出来ニ付、来月十日迄ニ取立相渡可申候)【虫損。第59集青木久太郎家文書目録A8-(5)-5の関連文書】 佐波村取噯人 吉次郎 1通 A8-(5)-5   
文政12.11 乍恐御訴訟(養子相極入家相整申候、右之節内記殿差掛金子入用ニ付私共借用取次被相頼候由、無拠銀七貫六百目才覚仕要立申候、外、然ル処入家相済候而も無返済ニ付) 何町 年寄 誰○ 外2人 奉行 1冊 A8-(5)-6   
天保2.6 誤り申一札之事(右りそ之儀、今般御離縁被成下候上は以後再縁仕候共岐阜地方町方并加納は不及申、右近辺五里四方之内えは縁付申間鋪候)【継ぎ目剝れ。奥書(下佐波村組頭 長右衛門による)あり。A8-(5)-9と同一文書】 下佐波村りそ之親 佐平次 外2人 岐阜小熊 木村屋金右衛門 1通 A8-(5)-7   
天保2.6 誤り申一札之事(右りそ儀、今般御離縁被成下候上は以後再縁仕ル共岐阜地方町方并加納は不及申、右近辺五里四方之内えは縁付申間鋪候)【奥書(下佐波村組頭 長右衛門による)あり。A8-(5)-8と同一文書】 下佐波村りそ之親 佐平次 外2人 木村屋 金右衛門 1通 A8-(5)-8   
天保9.3 乍恐以書付奉願上候口上(一、加納壱丁目大橋屋文蔵方え去ル八月より十月迄ニ次木村酒屋庄次郎方より酒取継世話仕置候所、尤代金六両三分弐朱余只今ニ至ル迄□勘定不仕)【虫損甚だし。シミ】 中佐波村 助七 預庄屋 青木久兵衛 1通 A8-(5)-9
天保12.9 乍恐奉願上候口上之覚(一、去ル五月四日当村重助女房くのと申者急死仕候ニ付入組出来申、既ニ公辺ニも相成可申処、右くの儀は牛牧村忠蔵ノ娘ニ御座候)【包紙(「上 高桑村」と表書き)あり】【虫損】 高桑村 願主 玄察 預り庄屋 青木久兵衛 1通 A8-(5)-10   
天保14.5 乍恐奉願上候口上之覚(紛失稲之儀、当村助九郎取込置候分米は勿論、種藁共ニ私え差戻シ呉候様乍恐御吟味之上厳重ニ被為仰付度段、委細ニ相認メ奉願上候得共、御延引ニ相成居、貧窮之私難渋難堪)【奥書(庄屋青木久兵衛外7人による)あり。包紙あり】 北下佐波村 願主 浅右衛門 久村固十郎 外2人 1通 A8-(5)-11   
嘉永2. 閏4.20 差出申一札之事(一、今般私共義心得違仕場所栖悪敷辺ニ而殺生仕、預御差当ニ一言之申訳も無御座、既ニ御上様え御届ニ可相成処、助右衛門殿、彦右衛門殿を以御侘申上候)【シミ。奥書(下佐波村侘人 助右衛門外1人による)あり】 下佐波村 喜平次 外2人 村役人衆中 1通 A8-(5)-12   
安政5.3 差上申済口一札之事(一、善四郎より伝四郎相手取彼是差入組候ニ付村方御役場迄願出候処、訴答御呼寄御利解之上、幸右衛門、弥左衛門両人え取噯被仰付)【端裏書(「善四郎伝四郎入組一札」あり】 訴訟人 善四郎 外3人 村役衆中 1通 A8-(5)-13
慶応2. 8.14 ①覚(高桑村堤切所出来ニ付小前之者多人数山田五左衛門宅え罷越候始末吟味中村役人え預ケ他行留申付候)
②差上申請書之事(村方小前之者え差出候願書之趣取調之上、追而可及沙汰候間、一統神妙ニ相慎御時合を奉存、心得違無之様申達)     
②下佐波村庄屋 七左衛門 外1人 ①下佐波村惣代 林六 外5人
②役所
1綴 A8-(5)-14   
卯.6 一札(一、去ル四月晦日夜、其元御内室振合御座候而欠払い被致候処、其夜拙宅え達而止宿被相頼候ニ付、無何心一、二夜留置候処、其旨御差当御座候)【右村組頭菊右衛門の奥書あり】 七屋鋪 市右衛門 岐阜小熊 木村屋 金右衛門 1通 A8-(5)-15   
辰.7 一札(一、此度私儀与風、貴殿御子息広蔵殿と強気之致口論、勿論広蔵殿へ少々痛所も致出来候ニ付、貴殿より強気之御掛合ニ相成打擲被成、私儀痛所処分ニ付、其段庄屋所へ願出候)【奥書(宅之丞外1人による)あり】 本人 浅右衛門 外1人 弥兵衛 1通 A8-(5)-16   
辰.7 済口一札(一、当月十六日若者寄合遊罷在候処ニ而、弥兵衛忰広蔵、源右衛門忰浅右衛門と不図喧嘩仕、此段庄屋所へ御届ケ申上候)【奥書(宅之丞外一人による)あり】 下佐波村 源右衛門 外3人 中佐波村村役衆中 1通 A8-(5)-17   
未.10 乍恐以書付奉申上候御事(一、私義細畑村信宗寺様ニハ縁合ニ御座候処、先達而相見え被仰候ニハ内々掛り合之女有之、甚タ以迷惑致居候間、何卒貴様相片付候様世話被呉候)【虫損】 下佐波村 作左衛門   1通 A8-(5)-18
酉.11 (願 御領分日置江村中島分借主久蔵、外、酉十一月金十壱両住家売払迄差図、右家売払方不都合ニ候得は書入ニ致置候地所質流ニ相渡候得ハ、過金出来候ニ付、両品之内ニ而返金可仕)【下書】     1綴 A8-(5)-19   
酉.12.22 御取噯済口一札之事(一、金拾八両壱分ト銀三匁三分三厘 一、米五十俵也、外、右之通取噯被下、惣方納得熟済仕候【虫損】 中佐波村 紋蔵 外3人 取噯人 青木久兵衛 外1人 1通 A8-(5)-20   
戌2.23 一札之事(一、当月十八日中佐波村々観進職芝居有之候ニ付折節見物ニ罷越候処、上佐波村伊三郎と申もの、外、不図口論出来、其場ニ居合候見物人より取噯呉候ニ付、其御限と相心得罷在候) 林松 北下佐波村村役衆中 1通 A8-(5)-21   
年未詳.6 乍恐奉願上候口上之覚(一、当村小天王宮神事例年之通、当月十六日御座候処、外、善左衛門、弥助、源七、藤兵衛其外之者共献灯之しない為持置候人足清右衛門ヲ理不尽ニ打擲致し候)【包紙(上 東鶉村)と表書き)あり】 預り庄屋 青木久八郎 外9人 島友三郎 外2人 1通 A8-(5)-22
年月日未詳 御願書下調(一、金百八拾両也 元金 右は父捨蔵拾四ヶ年以前死去仕候節、右酒〆上ケ金ニ御座候、外)     1冊 A8-(5)-23   
年月日未詳 (願 北下佐波村青木五兵衛義、入牢中病気御座候ニ付、以御慈悲快方ニ相成候迄下宿村預被仰付置候処、死去仕候段、御届申上候)【紙紐あり】【A8-(5)-25②と同文】 五兵衛女方のを 外1人   1綴 A8-(5)-24   
年月日未詳 ①御見分書(一、病死人 北下佐波村青木五兵衛 当申三十九才、外、右五兵衛義入牢中ニ病気ニ付快気相成候迄下宿村預被仰付置候所、今月廿七日死去仕候旨、御届申上候)
②(願 北下佐波村青木五兵衛儀、入牢中病気御座候ニ付、御慈悲を以快方相成候迄下宿村預被仰付置候処死去仕候段、御届申上候)【A8-(5)-24と同文】
②五兵衛女房 のを外12人 ②相沢俊平 外1人 1綴 A8-(5)-25   
年月日未詳 (書簡 当村五右衛門相手取、西長間(ママ)村惣左衛門御願申上御呼出之上済方日限被仰付恐入奉畏候、然ル処又右衛門義、永々眼病相煩、終ニ盲ニ相成、薬礼費等不少、夫々東六条村役人衆中相見得、先納金差支候ニ付、口入待呉候様被相頼候)【後欠。下書】     1通 A8-(5)-26止
A9 文 化
A9-(1) 宗 教
①宝暦7.8
②宝暦11.6
①(記 宝暦七丁丑年八月 本堂之葺替并環籬葺替大工北及村市十郎  、本堂葺師ハ岐阜小熊村惣左衛門、外)
②(記 宝暦十一辛巳年六月本村八幡宮御門新く建、此大工中佐波村金蔵忰篠八、前々ハ門かたち計ニ而有之所段々わかもの宮拝殿ニ夜ニ入候得は参候)
    1綴 A9-(1)-1      
天明4.3.7 添書申一札之事(此写為吉書之 一、私儀拾六ケ年以前丑年より尾州山城守様御扣墨俣川御預り申上御川相守居申候、外、午年四月上旬に大網川へ入候処、有網に立像之金仏不動尊一体相懸り)【虫損。シミ】 濃州本巣郡祖父江村庄屋 覚左衛門 高賀山 武藤市之進 1綴 A9-(1)-2      
文化4.1 一札(一、羽栗郡直道村誰方医師求馬と申者、此度其御村八幡宮惣社火炷并掃除人御入用ニ付御頼申差遣申候)【虫損】【下書。2枚に剥離】 尾張様御領分羽栗郡直道村 本人 求馬 佐波(三)ヶ村 庄屋衆中 1通 A9-(1)-3      
辛未.7.2
(1811年か)
覚(一、金弐拾五両 楮幣 一、同弐拾五両 手形壱通 一、同五拾両証書壱通 〆金百両也 右之金子住持不在ニ付其侭ニ而櫃ニ御預置取次仕候)                               一乗寺納所 青木久兵衛 1通 A9-(1)-4      
①天保9.7
②天保9.7.1
①普化宗門取締証文
②覚(一、金弐分弐朱 右は此度留場証文為入替料、慥致寺納候 以上)
【①虫損。包紙(「証文 普大寺」と表書き)あり。A9-(1)-6と同一文書。②とともに包紙に包んであった。②虫損。破れ】          
①遠州浜松 鈴鈬山譜普大寺 役僧
②普大寺 役僧
①中佐波村役人中
②佐波三ヶ村役人中
1
 1通
A9-(1)-5      
①天保9.7 普化宗門取締証文
【A9-(1)-5と同一文書】【虫損】          
遠州浜松 鈴鈬山譜普大寺 役僧 下佐波村役人中 1
 通
A9-(1)-6      
嘉永1.11 請取一札之事(一、金壱両三分也 右は領毛八幡様御本社屋ね御(桧皮)棟木壱本取かへ、右之代金ニ而□用共不残出来候迄、御請取申候) 加納葺師 吉兵衛 青木久八 1通 A9-(1)-7      
嘉永6.11 覚(一、金六両三歩也 右は八幡様御本社御屋ね檜皮葺箱棟共右代金不残慥ニ御請取申候)【虫損甚だし】 加納葺師 吉兵衛 庄屋 青木久八 1通 A9-(1)-8      
安政6.6 乍恐御歎キ奉申上候口上之覚(一、今般村方天王様へ例年之通六月十六日挑灯奉差上候処、相済候後、右之挑灯村方一同勝手次第ニ契取申候段、先年より仕来りニ御座候)【虫損。奥書(預り庄屋 青木久八外1人による)あり】 東鶉村願主 佐助 外18人 島友三郎 外2人 1通 A9-(1)-9      
元治2.3 元治二年丑三月 御神着ニ付人数取調帳(長右衛門忰 太兵衛 清九郎、外、〆五拾人 内 一、馬弐疋 一、人足 四拾八人)     1冊 A9-(1)-10      
卯.9 乍恐奉願上候口上之覚(市場村要助と申者之父貞蔵と申者、当卯四拾九歳ニ罷成申候、外、当社八幡宮火炷ニ引取申度奉願上候)【2枚に剥離。奥書あり。シミ。虫損】 下佐波村庄屋 青木久兵衛 外10人 相沢俊平 外3人 1通 A9-(1)-11      
午.6.17~酉.3 九拾人講金受取通(午六月十七日 一、金三分 請取、十月廿九日 一、同三分 受取、外) 久運寺行煎 下佐波村庄屋中 1通 A9-(1)-12      
年未詳.10.20 (書簡 然は先境は参上仕安右衛門一条ニ付御邪魔仕難有奉存候、右ニ付当廿三日・四日両日之内二拙寺参上仕、御苦労二相成度奉願上候)【付箋(牧左衛門様 徳行寺 此壱通早速惣代衆へ御届ケ可被下候)あり】 起宿 徳行寺 佐波村惣代衆中 1通 A9-(1)-13      
年未詳.12.1 積り書之覚(一、八幡宮様御本社御上葺組木之儀、上椹斬厚サ并板長さ葺足右之通ニ仕、尤鉄釘竹釘手間扶持共ニ代金七両弐分拾匁、外) 加納新町 葺師 喜兵衛 (佐波村)□□ 1通 A9-(1)-14      
年月日未詳 村北八幡宮御社間尺(一、前間 五尺六寸四分 一、端軒 弐尺三寸四歩 一、桁行 惣長壱丈三尺弐寸、外)【端裏書(「本社八幡宮」)あり】     1通 A9-(1)-15      
年月日未詳 御宝物目録(市杵島大神 為朝ノ鎖帷子 義家朝臣神像 佐々木高綱ノ轡 外)【木版刷】     1枚 A9-(1)-16止      
B 私 文 書
B1 家
B1-(4) 住 宅
年月日未詳 覚(一、金八両三分二 切組代〆 一、弐丁 松壱間四寸八寸 代九匁六分 一、五本 栂弐間方五、外)【2枚に分離】     1通 B1-(4)-1
年月日未詳 覚(上屋 一、六丁半 檜弐間三寸四寸 柱 一、廿五本 杉弐間凡そかた付 四寸角、外)【末尾に計4回(4月30日~9月7日)の代金受取の書込みあり。2枚に分離】     1通 B1-(4)-2      
年未詳8.8 (家普請方位図 作事吉日、甲・子辰戌、外、丙丁をいむ、就柱立龍伏口伝、春三ヶ月ハ頭西、腹南、外、右之通龍の腹にあたる方より柱立始てよし、背或は頭足の方より立始てハ甚悪し)【84.1cm×60.2cm。青木家の屋敷内主屋、附属屋は位置図、主屋は間取り図か】     1枚 B1-(4)-3止
B1-(5) 贈 答
年月日未詳 目録(一、扇子 一箱 家内喜□□ 一荷 青木久八様 一、白髪苧 一包 菓子 一箱 御老母様、外)【嫁入り時の手土産目録か】     1通 B1-(5)-1止
B1-(6) 日 記
(嘉永6.7.2~7.5 (日記 七月二日 天気吉、在宿、今日も引続三まへ地上ケ致ス、尤今日之通村中罷出ル、支配人、久八、七左衛門、造平、嘉兵衛、庄三郎、外)【雨乞いの記事多し。『柳津町史 佐波編』p206~209に関係史料〉     1冊 B1-(6)-1      
年未詳.6.11~14日 (日記 六月十一日晴親子共在宿、今夕御代官様御泊り込ニ井水引キ方之義ニ付御出張之筈之処、くれ方ニ島藤三郎様御出、夕飯召上り鶉村へ向ケ御帰り、尤白米上下弐人ニ付六合御渡し被成御帰り、外) 【井水、雨乞いの記事多し。虫損甚だし】 (青木久八郎か)   1冊 B1-(6)-2     
B2 家 産
B2-(2) 家業経営
文化9.7~文政1.4 文化十年酉正月吉日 万覚帳(一、じんき四十め おさよ 一、わり四升 同人 一二月八日弐朱 酉十二月より きく分 次吉、外)【虫損】【虫損。裏表紙に「下佐波邑 千世扣」と記す】     1冊 B2-(2)-1
文久2.7.24~元治1.12.27 (記 八月( )日 一、同拾服 久兵衛 九月六日 同断 一、同拾服 大人 同日 一、同九服 久兵衛 九月九日兵介かのふへ貰ニ行 一、同七服 大人、外)【薬購入の記録(購入者別…新家、加納新町、柳津伊藤貞富、上佐波小川順貞)     1綴 B2-(2)-2
年月日未詳  (記 日雇覚并薪代 金銭出入覚 染物現代覚 鶏卵大吉覚、外)【表紙・裏表紙外数頁。破れ、スレ、手馴れ】     1綴 B2-(2)-3止   
B3 生活と文化
B3-(3) 諸 芸
天和3.3 外良家十二之篇(第一呑海之位、此位は西湖水ヲモ唯一口ニ吞ホスノ勢ヒ、仮令見物如何程多トモ心ヲ少モ動スベカラズ)【シミ。虫損。肉筆】、 外良右近政光 判
注者 水家長右衛門
  1冊 B3-(3)-1      
年月日未詳 琴歌 其二(中の部 四季富士 田子のうら 波うちいでゝみれば 雲井に高き 名の山のすがた)【肉筆】 堀江ぎん   1冊 B3-(3)-2      
年月日未詳 ①かゞみ山旧錦絵 長つぼねの段 七冊目
②志渡寺の段 奥 花上野誉の旧跡
【いずれも表紙裏に「美濃国各務郡蘇原野口村(邑) 飯沼文右衛門」の書込みあり】
①享栄屋七郎兵衛
外1人
②名古屋本町通拾丁目 久木屋次郎吉板
  1綴 B3-(3)-3止      
B3-(5) 書 籍
(明和7) 「京都三条大橋より諸方道法」「大坂高麗橋より諸方道法并ニ方角を図す」「風雨ヲ知ル事」【『大日本道中行程細見記』から切り取ったものか】     1冊 B3-(5)-1    
寛政10.中夏 増補倭言葉【写本。手馴れ。シミ】【(此年四月八日大水堤切り)とあり】 ふせすぎじ   1冊 B3-(5)-2    
文化10.11 商人書状蔵【手馴れ。表裏表紙ともに欠損し、新聞紙で補修】 一条通智恵光院東へ入 石田治兵衛   1冊 B3-(5)-3    
年月日未詳 旅がらす 初篇 二篇【表紙裏に「江戸絵本河村屋嘉兵衛より」と書込みあり】 十返舎一九編
歌川国直画
通油町 鶴屋喜右衛門版
  1綴 B3-(5)-4      
年月日未詳 四書章句集注【破れ、虫損甚だし。表紙欠。本文18頁まで残存、以下欠】 朱熹   1冊 B3-(5)-5止
B3-(6) その他
(慶応2カ) 絵図(長門、周防、岩見)【手書き。第二次長州征討時の陣立て図か。24.5cm×33.5cm】     1枚 B3-(6)-1止      

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