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第57集五島孝家1

岐阜県歴史資料館 所在史料目録

第57集 五島孝家文書目録

近世公文書

年月日 文書名 作成 受取 文書番号
A1 支配(1)領主
慶長5年9月 関ヶ原御陣真絵図(安八郡若森郷一色邑五嶋久右衛門源頼憲持主)【包紙あり・123.5×171.5・彩色】 (五嶋姓)   1枚 A1-(1)-1
元和9年12月28日 知行方(合高弐百石、右令扶助訖所付目録別紙在之、全可領知者也)【包紙あり・A1-(1)-2~6は木箱で一括してあった】 和泉(藤堂高虎) 坂崎藤兵衛 1通 A1-(1)-2
承応2年2月15日 (知行目録 高百石也、(-)全可受納者也)【欠損激しい・包紙あり】 志甲斐 浅井弥次兵衛 1通 A1-(1)-3
寛文10年12月25日 (加増目録 出置加増事、合五拾石也、右全可令所務者也)【A1-(1)-4~6は包紙で一括してあった】 氏信(大垣藩主戸田氏信) 浅井源兵衛 1通 A1-(1)-4
貞享2年12月1日 (知行目録 為扶助百石、父源兵衛跡事宛行之訖全可収納者也) 氏定(大垣藩主戸田氏定) 浅井源兵衛 1通 A1-(1)-5
享保8年8月1日 (知行目録 為扶助五拾石、亡父平蔵跡事充行之畢全可収納者也) 氏定(大垣藩主戸田氏定) 浅井外之助 1通 A1-(1)-6
元和9年12月28日 知行方(金高弐百石、右令指助訖所付目録別紙在之、全可領知者也 所持主安藤友右衛門)【A1-(1)-7~12は包紙で一括してあった】 和泉(藤堂高虎) 坂崎藤兵衛 1通 A1-(1)-7
承応2年2月15日 (知行目録 高百石、-全企可受納者也) 志甲斐 浅井弥次兵衛 1通 A1-(1)-8
寛文10年12月25日 (知行目録 出置加増事、合五拾石也、右全可令所務者也) 氏信(大垣藩主戸田氏信) 浅井源兵衛 1通 A1-(1)-9
貞享2年12月1日 (知行目録 為扶助百石、父源兵衛跡事宛行之訖全可収納者也) 氏定(大垣藩主戸田氏定) 浅井源兵衛 1通 A1-(1)-10
享保8年8月1日 (知行目録 為扶助五拾石、亡父平蔵跡事充行之畢全可収納者也) 氏定(大垣藩主戸田氏定) 浅井外之助 1通 A1-(1)-11
文政5年4月 覚(一色村福源寺丹随一子新発意天隋と相改、文政四年住職いたし文政五年病死いたし候、文化十二年丹隋より家来三弥二男吉弥申請、僧となし経続仕入、垂井宿専精寺え伴僧ニ差遣)     1枚 A1-(1)-12
(天保8年3月~辰.4月5日) 御代替御達書(殿様御参府ニ付御家老中より御達之覚・御家督被為承仰御代替リニ付仰渡之御書付・家法等ニ付仰渡之候御書付之写外)【虫損あり】     1綴 A1-(1)-13
文久1年4月~(文久1年7月) 文久元辛酉年従四月 諸事記(文久元年四月御代替リ之節仰渡候御書附之写・文久元年六月八日本多美濃守様より御渡御書付写・文久元年三月久世大和守様御渡御書付写外)【綴紐紛失】     1綴 A1-(1)-14
文久3年4月18日 (手紙 大奥様路御荷物為才領国枝平三郎殿下拙両人へ被仰付、当四日江戸出立、十八日墨俣宿河内や方ニ泊リ、十九日帰宅)【包紙あり】 スノマタ(宿)五島庄兵衛 一色村五島久右衛門 1通 A1-(1)-15
(1)(文久3年)12月24日
(2)(文久3年)12月26日
覚((1)豆葉千貫目、一色村五嶋久右衛門、右は為冥加献上致し度旨奇特之事 (2)右之通被仰渡候間此旨申渡可之候)【A1-(1)-16~19は紙紐で一括してあった・包紙あり】 (1)御年寄(2)郡奉行 (2)石崎喜多右衛門 1通 A1-(1)-16
文久3年12月27日 覚(文久三癸亥年十二月廿七日拝領、御紋附御上下一具、五嶋久右衛門)【A1-(1)-17~18は19の水引と包紙で一括してあった】     1枚 A1-(1)-17
文久4年2月17日 御用(拝領紋付上下、下包紙)【紙紐あり】     1枚 A1-(1)-18
文久4年2月17日 上下(拝領紋付上下、上包紙)【水引あり】     1枚 A1-(1)-19
(1)元治1年8月
(2)年月日未詳(3)元治1年6月
((1)長人乱入ニ付慶喜兵衛書状写 (2)御国ニて御手配益田使承知御沙汰写申来候事 (3)申聞候條々 背之者軍律を以相糺) (1)慶喜兵衛(2)福原越役(3)慶親外1人 (1)戸田采女正 (3)国司信濃 1通 A1-(1)-20
慶応1年10月24日 (殿様御書付写 此度家督相続無相違被仰付候、家中始領民共末々迄文武忠孝之道を尽し、公義法令は勿論当家御作法相守可申候) 五嶋頼業   1通 A1-(1)-21
慶応4年1月12日 御領主より御触廻状写(徳川内府様御上洛之御供被仰付之去ル三日淀表迄出進之処、伏見ニおゐて戦争差起、当御人数鳥羽街道ニて手合ニ加リ、朝敵之名難遁御家滅亡之境)【二枚に剥離】     1通 A1-(1)-22
(慶応4年)4月15日 (申渡状写 小原兵部、当正月於鳥羽街道戦争之義無余義場合ニは候得共、奉対朝廷如何之次第ニ立至リ候処、依御沙汰勤仕差許永禁錮申付之候間謹慎可罷出候)【二枚に剥離】 京都太政官代 鈴木杢之允外1人 1通 A1-(1)-23
年未詳.6月11日 (氏彬黒印書 年寄・勝手方司取用人・同掛用人、勝手向取締申付候付別段調達申付候、在町之者共え返弁方之儀、年々収納米を以違失無之様)【包紙あり】 (戸田)氏彬 年寄外 1通 A1-(1)-24
年月日未詳 (大垣城主記 三好孫七郎秀次より戸田采女正氏庸迄)【状態悪・取扱注意】     1巻 A1-(1)-25
年月日未詳 濃州安八郡大井庄大垣御城并割田城覚(往古は大尻寺内と申在郷、少々かき揚屋敷有之、足利尊氏拾弐代不破郡若森村宮川吉左衛門殿、大尻ニ城地御築大尻を大垣と御改替被成・濃州大垣代々御城主)     1枚 A1-(1)-26止
A1 支配(2)家臣
天保9年1月 覚(御側役 大橋利左衛門・小林平次左衛門・野原順太夫、御納戸役 本間猪之助・全昌寺裏井之庄右衛門・松村伴助・河出十右衛門外 天保九戌年正月渡辺富右衛門より此書付受ル)     1枚 A1-(2)-1
年月日未詳 (門弟覚 林家門弟 安藤佐兵衛景政・羽賀喜右衛門政盈・中村鉄次郎景祐、岡家門弟 中村佐太郎吉繁・若山恕奄実恒、東儀家門弟 安田彦七義正・河毛信次郎義旭・栗田租右衛門義則)     1枚 A1-(2)-2
年月日未詳 (亜墨利加合衆国より差出候書翰之儀ニ付、夫々建議候趣各遂熟覧集議参考之上達・嘉永六丑年江戸十一月六日出立書状写・異国船渡来之節内海御警衛被仰出候外)     1枚 A1-(2)-3止
A1 支配(3)法令
延享1年5月 一札之事(此度源四郎何も名字之儀ニ付、ふと難事被申掛候処、何も得其意不被申候処、拙者共え挨拶致事相済申候【A1-(3)-1~10は紙紐で一括してあった】 請掛人久右衛門外1人 藤四郎外3人 1通 A1-(3)-1
(1)(2)安永5年5月26日
(3)安永5年5月
覚((1)今市御勤番被仰承候処、勝手向難渋ニ付郷中え御用金被仰付之 (2)右之通被仰渡候 (3)乍恐御請証文之事 今市御勤番被為仰承候、御用金奉調達候ニ付、御褒美之書付奉拝見)【虫損あり】 (1)御城代(2)郡奉行(3)高持百姓 (2)藤江彦右衛門(3)御代官御役所 1枚 A1-(3)-2
亥.12月 亥年御初尾米目録覚(壱斗、安藤甚七外〆六斗五升、右之通御座候)【三枚に剥離】 安藤甚七 尾崎太夫 1通 A1-(3)-3
年未詳.6月21日 触書(近頃は盗賊致徘徊、就中押込強盗いたし候も有之、村毎ニ不寝番立切等いたし、夜深ニ通リ候者は致吟味、疑敷者は留置早々可申出)【二枚に剥離】     1通 A1-(3)-4
年未詳.11月2日 (藤左衛門一件ニ付覚 藤左衛門御役所御用金拝借致シ、利納滞リ御咎被仰付ル、右金子親族中引請致上納憐愍之願書差出ス、依之手鎖御咎御免被仰付ル)【A1-(3)-5~6は包紙で一括してあった】 (大洞村石原利兵衛) (木戸一色村安藤久右衛門) 1枚 A1-(3)-5
年未詳.12月3日 (手紙 勢州一件も段々御手配被成下候処、此度ハ先々首尾克相済悦申候、助命講之義御頼申候処、御入講被下忝奉存候)【二枚に剥離】 (大洞村)石原利兵衛 木戸一色村安藤久右衛門 1通 A1-(3)-6
年月日未詳 (覚 五畝歩、六斗五升、神宮寺・本弐セ壱歩、三斗九升、定免弐斗八升・掟九セ歩、壱石弐斗一升、兼平外)     1枚 A1-(3)-7
年月日未詳 三年掟帳(ゑけ弐石、酒井村源七殿外、右之通ニ御座候)     1枚 A1-(3)-8
年月日未詳 東双星(「七夕の衣のつまハ心して 吹なかへしそ秋の神風」外和歌)【虫損あり】 五嶋   1枚 A1-(3)-9
年月日未詳 (和歌 五嶋の何某今年巳五拾六歳の雪霜十月十四日消果て、淋しさのあまり筆に任て「信心の天をかくせる雲きりも 晴て生るゝ暁の空」外)     1枚 A1-(3)-10
明和7年4月 定(何事によらすよろしからさる事に百姓大勢申合候をととうととなへ、ととうしてしゐてねかひ事くハたつるをこうそといひ、申あハセ村方たちのき候をてうさんと申、前々より御法度ニ候) 奉行   1通 A1-(3)-11
慶応3年10月 民律(忠孝之道を守り正直ニして農業を可相励事・相互に実意を励ミ合、非分之公事を企、或は党を結ふへからさる事外)     1枚 A1-(3)-12
年月日未詳 乍恐以書付御請奉申上候(御普請人足賃古来御定之外増銀被下之、其余弁金割賦方等之儀ニ付被仰出候)【綴紐紛失・後欠】     1綴 A1-(3)-13止
A1 支配(4)施政
延享 印鑑(博奕吟味方・盗賊吟味方郡方)【「美濃国安八郡大垣城拾万石戸田采女正様御領分若森郷一色邑名主所所持」とある包紙あり】     1枚 A1-(4)-1
宝暦11年3月20日 覚(右御三方様御乗物御案内)【A1-(4)-2~8は包紙で一括してあった】 御代官 右村々名主中 1通 A1-(4)-2
宝暦11年3月 乍恐口書ヲ以奉申上候(今度御巡見様通行被為遊候ニ付御案内被仰付) 久右衛門   1通 A1-(4)-3
宝暦12年3月 御道筋大垣領村高并道法付(高弐百六拾九石八斗八升八合、安八郡切石村外)     1通 A1-(4)-4
年未詳.2月26日 覚(御巡見衆様御通之節御駕籠添并乗掛附添案内罷出候外) 郡奉行 真井小一右衛門 1通 A1-(4)-5
年月日未詳 (村況 切石村、高弐百六拾九石余、免六ッ壱分、人数百七拾四人・家六十三軒・馬無御座候外12ヶ村)     1通 A1-(4)-6
年月日未詳 御案内名主共(壱、長松村源四郎・同三郎次、弐、室村宇平次・笠木村太兵衛、三、池尻村与右衛門、荒尾村市郎次外)     1通 A1-(4)-7
年月日未詳 道法(大垣出口より五町四十四間切石村分、切石村之内西久瀬川より弐町三十六間若森村分外)     1通 A1-(4)-8
文化14年11月19日 (殿様御茶代包紙 暦録御入被遊奉頂戴候、鳥目五百文)【A1-(4)-9~22は包紙「文化十年十二月廿七日より天保九戌年迄殿様五嶋島久右衛門頼貞居宅御入四拾度程被下置候御茶代」と紐で一括してあった】 (殿様) (五嶋久右衛門) 1枚 A1-(4)-9
文政4年12月30日 (殿様御茶代包紙 文政四辛巳年十二月晦日頂戴 鳥目五百文) (殿様) (五嶋久右衛門) 1枚 A1-(4)-10
年未詳.2月3日 (殿様御茶代包紙 鳥目七百文) (殿様) (五嶋久右衛門) 1枚 A1-(4)-11
年月日未詳 (殿様御茶代包紙 鳥目三百文) (殿様) (五嶋久右衛門) 1枚 A1-(4)-12
年月日未詳 (殿様御茶代包紙 鳥目三百文) (殿様) (五嶋久右衛門) 1枚 A1-(4)-13
年月日未詳 (殿様御茶代包紙 鳥目三百文) (殿様) (五嶋久右衛門) 1枚 A1-(4)-14
年月日未詳 (殿様御茶代包紙 鳥目五百文) (殿様) (五嶋久右衛門) 1枚 A1-(4)-15
年月日未詳 (殿様御茶代包紙 鳥目二百文) (殿様) (五嶋久右衛門) 1枚 A1-(4)-16
年月日未詳 (殿様御茶代包紙 鳥目三百文) (殿様) (五嶋久右衛門) 1枚 A1-(4)-17
年月日未詳 (殿様御茶代包紙 鳥目三百文) (殿様) (五嶋久右衛門) 1枚 A1-(4)-18
年月日未詳 (殿様御茶代包紙 鳥目三百文) (殿様) (五嶋久右衛門) 1枚 A1-(4)-19
年月日未詳 (殿様御茶代包紙 鳥目五百文) (殿様) (五嶋久右衛門) 1枚 A1-(4)-20
年月日未詳 (殿様御茶代包紙 鳥目五百文) (殿様) (五嶋久右衛門) 1枚 A1-(4)-21
年月日未詳 (殿様御茶代紙札 三百文、一色村久右衛門) (殿様) (五嶋久右衛門) 1枚 A1-(4)-22
文政12年9月 (紙袋 文政十二巳丑年九月日、頂戴用事差袋由緒書 御鳥頭頂戴之御差紙入 根鞭竹差上候節御土戸より書付入)【紙袋】 五嶋正平   1枚 A1-(4)-23
(天保4年12月~嘉永3年6月19日) 天保四癸巳年并嘉永三庚戌年御省略被仰出候御書附之写(天保四年十二月入御聴御省略御治定・天保四年十二月厳敷御省略被仰出之衣類之儀左之通外)【綴紐紛失】     1綴 A1-(4)-24
(天保4年12月16日~天保5年7月6日) 炭札御摺立一件(堅炭代として札壱匁ニ仕立御領内通用之儀致一決候、寺町六角堂之僧ニ書画相頼ミ、判木は寺町金屋善助え申付、天保四年十二月百両余出来候)     1冊 A1-(4)-25
天保5年2月2日 (差紙 一色村名主甚左衛門儀、安八郡神戸村要蔵と近親之処、同人跡相続之者無之血脈断絶ニ付、三男友之助養子ニ差遣度)【A1-(4)-26~27は包紙で一括あった】 郡奉行 傍嶋忠右衛門 1通 A1-(4)-26
(天保5年)2月2日 (添書 別紙之通申来候間、得其意請書差出可被申候) 御代官 一色村名主中 1通 A1-(4)-27
(1)(2)天保7年9月16日 覚((1)金拾両、一色村丈四郎、右は冥加講え致加入候金子為冥加差上度旨相願之奇特之事候、願之通可被申渡候 (2)右之通被仰渡候間申渡可有之候)【包紙あり】 (1)御城代(2)郡奉行 (2)栗田龍助 1通 A1-(4)-28
天保9年10月21日 覚(米七斗三升一色村、当夏植残苗差上之奇特之事候、依之為御褒美書面之通当秋日折米を以被下之候、此旨御申渡可有之候)【A1-(4)-29~32、A1-(4)-29~30は包紙で一括してあった】 郡奉行 栗田龍助 1通 A1-(4)-29
(天保9年)10月21日 (添書 別紙之通申来候間、得其意請書差出可被申候) 御代官 一色村名主中 1通 A1-(4)-30
安政2年11月29日 覚(米七斗之内米弐斗、定引代米、一色村久右衛門外、去ル亥年御勝手方御取締被仰付候ニ付、御回復御年限中書面之通御借米被仰出候)【A1-(4)-31~32は包紙で一括してあった】 郡奉行 金森九左衛門外1人 1通 A1-(4)-31
(安政2年)11月29日 (添書 別紙之通申来候間、得其意請書差出可申候) 御代官 一色村 名主 久右衛門方 1通 A1-(4)-32
(1)天保9年11月2日
(2)天保9年11月9日
覚((1)一色村甚左衛門、去々申年違作之年柄ニ付、諸色高直ニて百姓及難渋候者共え手当いたし、為致相続候旨奇特之事候 (2)右之通被仰渡候間、此旨申渡可有之候)【包紙あり】 (1)御城代(2)郡奉行 (2)栗田龍助 1通 A1-(4)-33
(1)(2)(天保9年)12月24日 覚((1)真綿弐把、一色村名主所平、御備講取持方出精相勤候付、書面之通被下之候旨可被申渡候 (2)右之通被仰渡候間、此旨御申渡可有之候)【A1-(4)-34~47は紙紐で一括してあった】 (1)御城代(2)郡奉行 (2)栗田龍助 1通 A1-(4)-34
(安政2年)12月26日 覚(一色村名主久右衛門、御用之儀有之候間、寄合場え罷出候様御申渡可有之候)【A1-(4)-35~37は包紙で、A1-(4)-35~36は2枚の包紙で一括してあった】 郡奉行 金森九左衛門外1人 1通 A1-(4)-35
安政2年12月26日 (添書 別紙之通申来候間、明廿七日四ッ時罷出可申候) 御代官 一色村 名主久右衛門方 1通 A1-(4)-36
(1)安政2年12月25日
(2)安政2年12月26日
覚((1)一色村名主久右衛門奇特之取計有之ニ付、為御褒美向後他所帯刀被差許之苗字御差許者之次席え被仰付之候旨可被申渡候 (2)右之通被仰渡候間申渡可有之候)【包紙あり】 (1)御城代(2)郡奉行 (2)金森九左衛門 外1人 1通 A1-(4)-37
(安政5年)12月24日 覚(一色村名主久右衛門御用有之候間、明後廿六日四ッ時寄合場え罷出候様御申渡可有之候)【A1-(4)-38~47は包紙で一括してあった】 郡奉行 柴田平左衛門外1人 1通 A1-(4)-38
(1)(安政5年)12月20日
(2)(安政5年)12月26日
覚((1)一色村名主久右衛門、冥加并小縄差上之且年来役儀貞実相勤一段之事候、為御褒美向後苗字帯刀被差許之候旨可被申渡候 (2)右之通被仰渡候間、此旨申渡可有之候)【包紙あり】 (1)御年寄(2)郡奉行 (2)柴田平左衛門 外1人 1通 A1-(4)-39
(1)安政5年12月20日
(2)安政5年12月26日
(3)安政6年8月22日
覚((1)真綿弐把、一色村甚助・甚右衛門、為御褒美書面之通被下 (2)右之通被仰渡候間申渡 (3)右之通一ヶ年後ニ被召出、右差紙と真綿弐把頂戴仕)【A1-(4)-40~41は包紙で一括してあった】 (1)御年寄(2)郡奉行(3)一色村 御差紙名主 五島久右衛門 (2)柴田平左衛門外1人 1枚 A1-(4)-40
(1)(2)安政6年8月18日 安政六己未年八月被相渡御廻状写((1)廻状大急順達別紙之通申来候間、無遅滞罷出候 (2)覚 赤坂宿年寄作蔵外、御用状之儀有之寄合場え罷出候様) (1)御代官(2)郡奉行 (1)村々名主中(2)岩田万蔵 1枚 A1-(4)-41
安政6年12月12日 覚(米七斗之内米弐斗、定引代米、一色村五嶋久右衛門外、去ル亥年御勝手方御取締被仰付候ニ付、御回復年限中書面之通御借米被仰付)【包紙あり】 郡奉行 岩田万蔵 1通 A1-(4)-42
(万延1年)9月7日 (指紙 西久瀬川名主役、五人組頭中村弥太郎、河毛儀三郎え為相勤度村方惣連印を以相願之故障無之段聞届、附役五島久右衛門示合入念可相勤候)【A1-(4)-43~47は包紙で一括してあった】 郡奉行 岩田万蔵 1通 A1-(4)-43
万延1年9月7日 (添書 別紙之通申来候間、得其意村方惣連印請書差出可申候) 御代官 西久瀬川名主中 1通 A1-(4)-44
(万延1年)10月4日 (指紙 西久瀬川附名主五嶋久右衛門及老年近頃持病差発候付、附役赦免相願之聞届願之通差許候、此旨御申渡可有之候)【A1-(4)-45~46は包紙で一括してあった】 郡奉行 岩田万蔵 1通 A1-(4)-45
(万延1年)10月4日 (添書 別紙之通申来候間、得其意可申候) 御代官 西久瀬川 附名主五嶋久右衛門 1通 A1-(4)-46
(万延1年)10月7日 (手紙 附御役御赦免ニ相成候、段御叮嚀被仰下忝奉存候) 西久瀬川中村弥太郎 先御名主五嶋久右衛門 1通 A1-(4)-47
弘化3年 他所より一色村え引越来申候者之調へ(西ノ保北方村久米之助外〆弐人宝五乙年三月引越、惣右衛門外〆五人酉年同村引越来リ申候外)【A1-(4)-48~66は紙袋で一括してあった】     1枚 A1-(4)-48
(嘉永4年)4月26日 覚(一色村甚右衛門御用之義有之候間、明廿七日四ツ時無遅滞附添罷出可申候)【包紙あり】 御代官 一色村 名主 久右衛門方 1通 A1-(4)-49
(嘉永7年)2月30日 覚(一色村名主久右衛門外一人御用之儀有之候間、来ル二日四ツ時附添罷出可申候)【A1-(4)-50~51は包紙で一括してあった】 御代官 笠縫村 名主 惣次郎方 1通 A1-(4)-50
嘉永7年2月30日嘉永7年3月1日 (御用書 (1)昨日一色村名主外壱人之者附添呼出置候処相手方附添ニ付、外村名主え申付候間不及其義候 (2)右之通被為仰渡候) (1)御代官(2)西崎村名主 惣右衛門 (1)西崎村 名主 惣右衛門(2)一色村 名主 五嶋久右衛門 1通 A1-(4)-51
(1)年未詳.2月29日
(2)年未詳.2月30日
覚((1)一色村名主久右衛門外一人御用之儀有之候間、来月二日四ツ時無遅滞附添罷出可被申候 (2)右之趣被仰渡候) (1)御代官(2)西崎村名主 惣右衛門 (1)西崎村 名主中 (2)一色村 名主 五嶋久右衛門 1通 A1-(4)-52
年未詳.3月12日 覚(一色村久右衛門御用之儀有之候間、明十三日四ツ時附添罷出可申候)【A1-(4)-53~55は包紙で一括してあった】 御代官 木戸村兵蔵方 1通 A1-(4)-53
年未詳.3月12日 口上(別紙御用状之通リ被仰付候段御承知被成下) 木戸村兵蔵 一色村五嶋久右衛門 1通 A1-(4)-54
年月日未詳 覚(宝永元年より正徳三年迄之村置宗門帳可差出候事、明和度以前村置明細帳可差出事、岡右衛門、釜笛村より引越罷越候、古郷送リ本紙可差出候事)     1通 A1-(4)-55
(1)(2)年未詳.5月6日 覚((1)一色村甚右衛門御用之義有之候間、明七日四ツ時附添罷出可申候 (2)右之通被仰渡候) (1)御代官(2)西崎村名主 (1)西崎村 名主 惣右衛門方 (2)一色村 御名主衆 1通 A1-(4)-56
(1)年未.8月4日
(2)年未詳.8月5日
覚((1)一色村甚右衛門御用之儀有之候間、得其意明後六日四ツ時無遅滞附添罷出可被申候 (2)右之通被為仰渡候 写) (1)御代官(2)西崎村名主 惣右衛門 (1)西崎村 惣右衛門方 (2)一色村御名主 五嶋久右衛門 1通 A1-(4)-57
(1)年未詳.8月4日
(2)年未詳.8月5日
覚((1)一色村甚右衛門御用之儀有之候間、得其意明後六日四ツ時無遅滞附添罷出可被申候 (2)右之通被為仰渡候) (1)御代官(2)西崎村名主 惣右衛門 (1)西崎村 惣右衛門方(2)一色村御名主 五嶋久右衛門 1通 A1-(4)-58
年未詳.8月13日 覚(一色村久右衛門御用之儀有之候間、得其意明十四日四ツ時無遅滞附添罷出可被申候)【包紙あり】 御代官 西崎村惣右衛門方 1通 A1-(4)-59
年未詳.8月20日 覚(一色村藤左衛門外三人御用之義有之候間、明廿一日四ツ時無遅滞附添罷出可被申候)【A1-(4)-60~61は包紙で一括してあった】 御代官 木戸村 名主兵蔵方 1通 A1-(4)-60
年未詳.8月20日 (手紙 明日四ツ時頃ニは郷宿ニて御待合申候間、御出勤被成下候) 木戸村名主 兵蔵 一色村 御名主五嶋久右衛門 1通 A1-(4)-61
年月日未詳 (手紙 明日差出候様申来候、可相成ハ今日に差出可被成候方よろしく) 松野 五島長兄 1通 A1-(4)-62
年月日未詳 乍恐以口書奉願上候(一色村脇百姓平右衛門・又八・礒八・利兵衛・常右衛門五人之者、郷法ニ拘リ候、物置添家等ニ庇相付候ニ付、取払候様及理解候得共、彼是申取払不申)     1枚 A1-(4)-63
年月日未詳 (口上 甚右衛門先代々誰より脇百姓ニ無紛、慥成証拠一札も御座候得共、福源寺へ懸り候訳無御座候)【A1-(4)-64~66は包紙で一括してあった】     1枚 A1-(4)-64
年月日未詳 (口上 福源寺儀本躰を忘却仕、我意不法等申募、一村為及惑乱申様相巧候付、御吟味被成下置候様)     1枚 A1-(4)-65
年月日未詳 (口上 福源寺大成儀、本躰を忘れ脇百姓之者へ荷担いたし、村方惑乱為仕候義以外の外心得達之事ニ御座候)     1枚 A1-(4)-66
嘉永2年11月20日 覚(米壱俵、一色村名主久右衛門、右は社倉え差加え度旨相願之奇特之事候、願之通御申渡可有之候)【包紙あり】 郡奉行 五十川三吾 1通 A1-(4)-67
(嘉永3年)7月6日 (御用書 御仕送方御用候間、金弐拾五両来十日迄ニ調達之儀申達候様、奉行中被申聞候、調達有之候様いたし度)【包紙あり・A1-(4)-68~71は包紙で一括してあった】 郡所元固 一色村久右衛門 1通 A1-(4)-68
(嘉永4年)5月12日 覚(一色村名主久右衛門、御勝手方御改革ニ付御仕送方被仰付候、左之者共示合御時節柄相弁出精相勤可申候、尤勤役中持席上座被仰付之候、此旨御申渡可有之) 郡奉行 五十川三吾 1通 A1-(4)-69
(嘉永4年)5月14日 覚(一色村名主久右衛門、御勝手方御仕法替相成候ニ付、御仕送リ方被差許之候、申渡可置候)【A1-(4)-70~71は包紙で一括してあった】 郡奉行 竹中平助 1通 A1-(4)-70
(嘉永4年)5月14日 (添書 別紙之通申来候間、得其意可被申候) 御代官 一色村名主 久右衛門 1通 A1-(4)-71
(嘉永3年)8月22日 覚(一色村名主久右衛門、舫金取扱方申付候)【A1-(4)-72~73は2枚の包紙で一括してあった】 郡奉行 五十川三吾 1通 A1-(4)-72
嘉永3年8月22日 (添書 別紙之通申来候間、得其意請書差出可被申候) 御代官 一色村 名主久右衛門方 1通 A1-(4)-73
(嘉永3年)12月16日 覚(駈着人足壱人一色村、出火之節桑山豊三郎宅附申付置候処、出府ニ付寄合場附申付候、此旨御申渡可有之候)【A1-(4)-74~96は紙袋で、A1-(4)-74~75は包紙で一括してあった】 郡奉行 五十川三吾 1通 A1-(4)-74
(嘉永3年)12月16日 (添書 別紙之通申来候間、得其意可被申候) 御代官 一色村名主中 1通 A1-(4)-75
(嘉永5年).(閏)2月3日 (御用書 室村御免割今三日より取掛候ニ付、昨年之通立会相願之候間為締罷出可被申候)【包紙あり】 御代官 一色村 名主久右衛門方 1通 A1-(4)-76
(嘉永5年).閏2月6日 (御用書 先達て他所苗字被仰付候ニ付、苗字書付早々差出可被申候)【包紙あり】 御代官 一色村 名主久右衛門方 1通 A1-(4)-77
嘉永5年.閏2月25日 嘉永五壬子年閏二月廿五日見分之上申渡書(字中嶋東側、凡長弐拾間、市橋村、巾四間程外、〆御出役戸沢助大夫様、棚橋兎五六様)   御出役戸沢助大夫他1人 1通 A1-(4)-78
(嘉永5年)3月27日 覚(木戸村名主両人御用之儀有之候間、明廿八日四ツ時附添罷出可被申候)【A1-(4)-79~80は包紙で一括してあった】 御代官 一色村 名主久右衛門方 1通 A1-(4)-79
年月日未詳 (覚 下男病中罷出候付、昨夜中相尋候処、村内川下水中ニ流居候付連帰リ養生仕候処、今暁死去仕候)     1枚 A1-(4)-80
(嘉永5年)8月13日 (御用書 其村水小屋詰諸具、左之通可相渡候旨、来ル十六日五ツ時御破損方え人足召連無遅滞請取可罷出事)【包紙あり】 郷廻り方役所 一色村 名主 1通 A1-(4)-81
(嘉永5年)10月1日 (請求書 拝借金年済、当十月納之分来ル廿日八ツ時無遅滞相納可被申候)【包紙あり】 御産物役所 一色村 名主中 1通 A1-(4)-82
(嘉永5年)10月14日 (御用書 御用之儀有之候間、明後十六日四ツ時罷出可被申候)【包紙あり】 御代官 一色村 名主 久右衛門 1通 A1-(4)-83
(嘉永5年)12月2日 (手紙 御役方御貸附金上納之儀ニ付、一色村藤左衛門え御用有之候間、当月四日正八ツ時無遅滞罷出候様御申渡可被下候) 御産物奉行 赤坂筋御代官衆 1通 A1-(4)-84
(1)(嘉永5年)12月9日
(2)(嘉永5年)1月2
覚((1)米五俵、一色村・同入方・同新入方、於橋内御蔵等焼失ニ付、為冥加書面之通差上度旨、相願之奇特之事候 (2)右之通被仰渡候)【包紙あり】 (1)御城代(2)郡奉行 (2)加納弁蔵 1通 A1-(4)-85
(1)(嘉永5年)12月24日
(2)(嘉永5年)12月28日
覚((1)一色村伝左衛門外十二人、御改革之御趣意相弁え御取企之調達講え致加入候 (2)右之通被仰渡候間、此旨御申渡可有之候)【包紙あり】 (1)御城代(2)郡奉行 (2)加納弁蔵 1通 A1-(4)-86
(嘉永6年)2月20日 (請書差出可被申事 一色村丈四郎近来病身罷成、御百姓のみニては渡世難相成ニ付、作間ニ大工職いたし度之旨相願之、村方故障無之段聞届、願之通申付候)【包紙あり】 郡奉行 加納弁蔵 1通 A1-(4)-87
戌.4月 覚(銀拾八匁、池尻村かけ樋ふせかへ人足代・銀三拾四匁五分、木戸村留樋路ふせかへ人足代、合銀五拾弐匁五分、慥ニ受取申候) 中久村(中久瀬川)藤太郎 一色村御名主衆 1通 A1-(4)-88
亥.10月19日 覚(御手伝三人、差出被下御有信之至忝存候) 全昌寺会所 一色村御役人衆 1通 A1-(4)-89
年未詳.3月18日 尚以今般共ニ候事(其村願之樋木類、明後廿日五ツ半時可相渡候間、人足相連被出可被申候)【封筒あり】 樋奉行 一色村名主中 1通 A1-(4)-90
年未詳.8月27日 (御用書 其村水小屋詰諸具、先達て申達置候通、明後廿九日相渡候間、人足召連五ツ時御破損方え請取罷出可申候)【包紙あり】 郷廻リ方役所 一色村 名主 1通 A1-(4)-91
年未詳.8月29日 (御用書 其村々諸引地所見分之上年延し度、先達て相願候之処、右卦数之内高入可致筈ニ候得共、其儀無之如何之訳ニ候ハヽ次第早々可申出候)【包紙あり】 懸リ 御代官 一色村外3ヶ村名主中(久右衛門方) 1通 A1-(4)-92
年未詳.11月4日 (御用書 其村藤左衛門拝借金年済十月廿日、今以上納無之改て被仰渡有之、殊ニ御用方罷出候間明後六日八ツ時無滞訖上納有之様)【包紙あり】 御産物役所 一色村名主中 1通 A1-(4)-93
年未詳.12月2日 (急用書 急て申達置候儀ニ付、大急可申談儀有之候間、今日中大橋鉄次宅え罷出可被申候)【包紙あり・未開封の状態であった】 御普請方 一色村久右衛門方 1通 A1-(4)-94
年未詳.12月20日 覚(銀百七匁六厘、字寅丸懸戸井樋外、其村樋代銀三分銀ニ候間、金見え相包切□、来ル廿四日迄ニ役所え可被差出候)【封筒あり】 樋奉行 一色村名主中 1通 A1-(4)-95
年月日未詳 (ヤね・坂垪・出井張図 ヤね壱坪、坂垪弐坪、出井張弐坪)     1枚 A1-(4)-96
嘉永4年5月10日 (催促状 藤左衛門拝借金、当亥年納之半分来ル廿日八ツ時無遅滞相納可被申候、〆壱両銀八匁五分八厘)【二枚に剥離・A1-(4)-97~129は紙紐で、A1-(4)-97~105は包紙で一括してあった】 御産物役所 一色村 名主 久右衛門 1通 A1-(4)-97
嘉永4年9月24日 覚(御裏判五包、赤坂筋、代金弐両弐分壱匁六分四リ、右之通相渡申)【二枚に剥離】 紙屋常八 五嶋久右衛門 1通 A1-(4)-98
嘉永5年5月27日 覚(金壱両札四匁六分弐厘、子五月相納分元利右請取之) (大垣舩町)御産物役所 一色村藤左衛門 1通 A1-(4)-99
壬子.12月6日 覚(金壱両ト札弐匁三分弐リ、子十月可納分外、〆壱両札弐匁九分九リ請取候)【二枚に剥離】 御産物会所詰菱田半兵衛 一色村藤左衛門 1通 A1-(4)-100
嘉永6年5月26日 覚(金壱両壱厘、丑五月可納分請取候) (大垣 舩町)御産物会所 一色村藤左衛門 1通 A1-(4)-101
嘉永6年10月28日 (覚 丑十月可納分、弐分銀拾弐匁八分六厘外、〆三歩銀拾弐匁八分六厘受取申候) (大垣 舩町)御産物会所 一色村藤左衛門 1通 A1-(4)-102
嘉永7年11月24日 覚(弐朱、寅五月可納内、請取申候) (大垣 舩町)御産物会所 一色村藤左衛門 1通 A1-(4)-103
寅.12月27日(安政1年) 覚(五厘、寅五月之内受取候) (大垣 舩町)御産物会所 一色村藤左衛門方 1通 A1-(4)-104
安政2年2月11日 覚(金壱歩、寅五月分之内受取候) (大垣 舩町)御産物会所 一色村藤左衛門方 1通 A1-(4)-105
年未詳.4月9日 (手紙 此間御咄し被下候一条ニ付、下拙一向不都合ニ付、金子借用致し取調置候、横折ニ畝歩・高附・掟米・作人御記し被下、御遣し被成下候)【二枚に剥離】 池尻村伊藤佐五右衛門 一色村五嶋久右衛門 1通 A1-(4)-106
年未詳.4月18日 覚(室村清兵衛忰清三郎外4人御用之儀有之候間、得其意明後廿日四ツ時無遅滞附添罷出可申候)【二枚に剥離・A1-(4)-107~108は包紙で一括してあった】 御代官 室村 名主中 1通 A1-(4)-107
年月日未詳 (覚 清兵衛忰利三郎・家持君次郎・源助忰熊次郎・家持みす小三郎)     1枚 A1-(4)-108
年未詳.4月22日 (御用書 御用之儀有之候間、得其意明後廿四日四ツ時無遅滞罷出可申候)【包紙あり・破れあり】 御代官 一色村五嶋庄兵衛 1通 A1-(4)-109
年未詳.4月25日 覚(室村清兵衛忰利三郎外3人御用之儀有之候間、得其意明廿六日四ツ時無遅滞附添罷出可申候)【包紙あり】 御代官 室村 名主中 1通 A1-(4)-110
年未詳.閏4月12日 (差紙 御用之儀有之候間、得其意明渡十四日四ツ時無遅滞罷出申候)【包紙あり】 御代官 一色村五嶋庄兵衛 1通 A1-(4)-111
年未詳.閏4月16日 (差紙 内御用之儀有之候間、得其意近日之内松村芝右衛門宅え無相違罷出可申候)【包紙あり・二枚に剥離】 御代官 一色村五島庄兵衛 1通 A1-(4)-112
年未詳.5月16日 (差紙 月割調達金、当月分金子急御入用ニ付来ル十八日迄ニ精誠上納有之候)【包紙あり】 郡所調役 五嶋庄兵衛 1通 A1-(4)-113
年未詳.5月27日 (差紙 其村通路橋木品、明廿八日四ツ時可相渡候間、人足召連可被罷出事)【包紙あり】 往還方役所 一色村 名主 1通 A1-(4)-114
年未詳.7月 (兼て舫講来四日舩町肴屋為七方ニて相勤中、乍御苦労御掛金御持参七ツ時より御出会可被下候)【二枚に剥離・A1-(4)-115~116は包紙で一括してあった】 高見兵吾外1人 五嶋庄兵衛 1通 A1-(4)-115
年月未詳.2月 (添書 別紙一通差出ニ付差遣申候、御出合可被下候)【二枚に剥離】 小寺定次郎 五嶋庄兵衛 1通 A1-(4)-116
年未詳.8月4日 (差紙 可申談御用有之候、明五日五ツ時当御役所え罷出可被申事)【包紙あり】 御普請方 一色村 名主 庄兵衛方 1通 A1-(4)-117
年未詳.8月16日 (御用書 木戸村兵内え地所引戻代り地一条未済方不相成候、奉行よりも沙汰有之候ニ付、両三日之内無相違可申出候)【包紙あり】 御代官 一色村五嶋庄兵衛 1通 A1-(4)-118
年未詳.9月28日 (差紙 御用之儀有之候間、得其意明廿九日正四ツ時無遅滞罷出可申候)【包紙あり】 御代官 一色村五嶋庄兵衛 1通 A1-(4)-119
年未詳.12月4日 (差紙 御用之儀有之候間、明後六日四ツ時無遅滞罷出可申候)【包紙あり】 御代官 一色村五嶋庄兵衛 1通 A1-(4)-120
年未詳.12月4日 (差紙 御用之儀有之候間、得其意両三日之内支配宅え罷出可申候)【包紙あり】 御代官 一色村五嶋庄兵衛 1通 A1-(4)-121
(明治).2.2 (差紙 河間村小八郎外三人、明三日十字附添聴訟掛え罷出可申事)【封筒あり】 県聴 一色村五嶋庄兵衛 1通 A1-(4)-122
(明治)3月27日 (差紙 水防規則等之義ニ付、可申達旨有之候間、来ル晦日朔日両日之内安藤徳次郎宅え可被罷出候)【三枚に剥離・A1-(4)-123~124は2枚の包紙で一括してあった】 水工役所 川口村増田精兵衛 外4人 1通 A1-(4)-123
(明治)3月28日 (御用書 其村定弐目論見杭木高百七拾本之内百六拾弐本舩町ニて渡置、残リ八本之分村方預ケ木相渡候間得其意可被申事) 水工役所 一色村 名主中 1通 A1-(4)-124
(明治)4月17日 覚(壱石六斗六升五合外、〆五石壱斗七升六合、此俵拾弐俵三斗七升六合、去冬調達米之折米并欠米等勘定相場を以代金上納可致事)【二枚に剥離・A1-(4)-125~126は包紙で一括してあった】 生産局 赤坂筋世話役 1通 A1-(4)-125
(明治)4月18日 (添書 別紙之通申渡候間、得其意可罷在事) 郷目付 一色村五嶋荘兵衛方外1人 1通 A1-(4)-126
(明治)12月2日 (御用書 舫金当冬納高左之通相覚へ候間、再調之上可申出事)【包紙あり】 庶務方 五島庄兵衛 1通 A1-(4)-127
(明治)12月2日 (差紙 御用之儀有之候間、明三日五ツ半時御役所え罷出可申事)【包紙あり】 庶務方 赤坂筋觸元一色村五島庄兵衛 1通 A1-(4)-128
(明治).月未詳.21月 (差紙 可申達義有之候間、明廿二日四ツ時御役所へ罷出候可申候)【包紙あり・二枚に剥離】 生産局 赤坂筋世話役 1通 A1-(4)-129
安政2年2月21日 覚(一色村名主久右衛門、全昌寺御霊屋并本堂再建ニ付、皆出来ニ付、御酒御吸物可被下置之旨被仰出候)【包紙あり】 郡奉行 岩井次五太夫 1通 A1-(4)-130
(1)(2)(安政2年)4月28日 覚((1)一色村与右衛門忰兼弥、此度申渡之儀相済候迄手錠之侭町宿預申付之候旨可被申渡候 (2)右之通被仰渡候)【A1-(4)-131~136、A1-(4)-131~132は包紙で一括してあった】 (1)御城代(2)郡奉行 (2)金森九左衛門 外1人 1通 A1-(4)-131
(1)(安政2年)4月29日 覚((1)一色村百姓与右衛門忰兼弥、名主久右衛門方ニ一季奉公致し居候節、所々ニて致盗不届至極ニ付三十敲申付候 (2)右之通被仰渡候間、此旨申渡可有之) (1)御城代(2)郡奉行 (2)金森九左衛門 外1人 1通 A1-(4)-132
(1)(2)(安政2年)4月29日 覚((1)一色村名主久右衛門、右之者下男ニ召抱候両人盗いたし候儀は勿論無宿者之儀不存罷在恐入候、為過怠人足弐拾人申付候 (2)右之通被仰渡候間、此旨申渡有之) (1)御城代(2)郡奉行 (2)金森九左衛門 外1人 1通 A1-(4)-133
(1)(2)(安政2年)4月29日 覚((1)一色村百姓与右衛門忰兼弥、村方名主久右衛門方ニ一季奉公致し居候節、所々ニて盗いたし候旨、常々制方不行届不埒之事候 (2)右之通被仰渡候間、此旨申渡可有之候) (1)御城代(2)郡奉行 (2)金森九左衛門 外1人 1通 A1-(4)-134
(1)(2)(安政2年)4月29日 覚((1)一色村百姓代藤左衛門、同村名主久右衛門方ニ無宿者下男ニ召抱置候儀、不心附罷在候旨作法も有之改て申觸置候処、致忘却等閑之致方不埒至極之事候 (2)右之通被仰渡、此旨申渡) (1)御城代(2)郡奉行 (2)金森九左衛門 外1人 1通 A1-(4)-135
(安政2年)4月29日 (添書 別紙之通申来候間、得其意請書差出可被申上候) 御代官 一色村久右衛門方 1通 A1-(4)-136
(1)安政6年9月.
(2)安政5年2月26日
(1)安政六己未歳九月日 大垣御城主戸田采女正藤 原氏彬公 侍従殿様御巡見御用御触状諸事記録(2)安政五戊午歳十二月廿六日 御褒美苗字帯刀 御歓ひ帳 一色村名主所五島久右衛門頼憲   1綴 A1-(4)-137
安政6年1月29日 覚(生酒六升、此銭〆四拾八文)【A1-(4)-137のこよりに結んであった】 神戸酒屋 源右衛門 宮橋用蔵 1通 A1-(4)-138
(安政6年)12月27日 覚((1)一色村五嶋久右衛門、御堤御普請格別骨折相勤候ニ付為御褒美、忰庄兵衛向後御目見被仰付之候旨申渡候 (2)右之通被仰渡候)【A1-(4)-139~140は2枚の包紙で一括してあった】 (1)御年寄(2)郡奉行 (2)岩田万蔵 1通 A1-(4)-139
(安政6年)12月27日 (添書 別紙之通申来候間、得其意請書差出可申候) 御代官 一色村五嶋久右衛門 1通 A1-(4)-140
万延1年5月9日 (指紙 御用之儀有之候間、明十日罷出可申候)【包紙あり】 御代官 一色村 名主 庄兵衛 1通 A1-(4)-141
(1)(万延2年)3月18日
(2)(万延2年)3月19日
覚((1)御酒弐樽代金弐両、一色村五嶋久右衛門、両殿様御賞詞被為蒙仰之、書面之通差上度旨相願之奇特之事候、願之通可被申渡候 (2)右之通被仰渡候)【A1-(4)-142~143は2枚の包紙で一括してあった】 (1)御年寄(2)郡奉行 岩田万蔵 1通 A1-(4)-142
万延2年3月19日 (添書 別紙之通申来候間、得其意請書差出可申候) 御代官 一色村五嶋久右衛門 1通 A1-(4)-143
文久1年6月1日文久1年6月29日 文久元年酉年自六月朔日至同月晦日 在府中記帳(六月朔日、御隠居様近々御在所表え御出立之趣・六月十一日六ッ時御発駕、一統玄関え罷出候処御意被下候)     1綴 A1-(4)-144
文久1年9月12日 文久元辛酉年十月 禁裏御所より公儀え和宮様入輿ニ付被仰渡写(覚 一色村名主庄兵衛外、今般和宮様御下向赤坂宿御泊ニ付、右掛リ惣代申付之候)【A1-(4)-145~150は包紙で一括してあった】 郡奉行 山田話左衛門外1人 1通 A1-(4)-145
文久1年10月4日 (添書 別紙之通申来候間得其意可申候、尤請書御差出可申候)【A1-(4)-146~148は包紙で一括してあった】 御代官 与市新田名主中 1通 A1-(4)-146
(文久1年)10月4日 覚(福田村より赤坂え之道請持、屯所与市新田村大屋勘兵衛供方弐人、鉄炮組御足軽五人、長持壱棹持人六人) 郡奉行 山田話左衛門 1通 A1-(4)-147
(文久1年)10月 (大屋勘兵衛殿手附長柄方 御貸物対羽織自分股引自分雨具菅笠桐油合羽等之内可用之)     1通 A1-(4)-148
文久1年10月 与市新田村屯所 大屋様御宿岸之助方図(和宮様御通輿赤坂御泊リ十月廿五日御当日前後三日も都合七日之間御出ばり陣屋御餝附之図)     1枚 A1-(4)-149
(文久1年) 一統之心得(上下共着服左之通、御使番以上の羽織の袴類着用之事・長柄支配并子小姓組御諸組無足人共の羽織朽木越之類着用之事)     1組 A1-(4)-150
(1)(文久1年)12月22日
(2)(文久1年)12月28日
覚((1)一色村五嶋久右衛門、奇特之取計有之一段之事候、此旨誉可被申渡候 (2)右之通被仰渡候)【A1-(4)-151~152は2枚の包紙で一括してあった】 (1)御年寄(2)郡奉行 (2)河村忠之進 外1人 1通 A1-(4)-151
(1)(文久2年)12月18日
(2)(文久2年)12月19日
覚((1)真綿壱把、一色村五嶋久右衛門、調達金格別相働候ニ付御褒美書面之通被下候 (2)右之通被仰渡候)【包紙あり】 (1)御年寄(2)郡奉行 (2)河村忠之進 外1人 1通 A1-(4)-152
(1)文久2年9月.
(2)(文久2年)12月18日
(3)(文久2年)12月19日
(御差紙写 (1)調達被仰付金五拾両上納 (2)一色村甚右衛門調達金格別相働候付、為御褒美御目見被仰付之候覚 (3)此旨御申渡可有之)【包紙あり】 (1)一色村甚右衛門(2)御年寄(3)郡奉行 (3)奥村房右衛門 外1人 1通 A1-(4)-153
(文久2年)3月30日 覚(一色村五嶋久右衛門 右は御用之義有之候ニ付、来月二日四ツ時寄合場え可罷出旨御申渡可有之候)【二枚に剥離・A1-(4)-154~155は包紙で一括してあった】 郡奉行 河村忠之進外1人 1通 A1-(4)-154
(文久2年)3月30日 (添状 別紙之通申来候間、得其意刻限無遅滞罷出可申候) 御代官 一色村五嶋久右衛門 1通 A1-(4)-155
(文久2年)5月2日 (差紙添書 別紙之通申来候間、得其意早々請書差出可申候)【A1-(4)-156~157は包紙で一括してあった】 御代官 与市新田池尻村名主中 1通 A1-(4)-156
(文久2年)5月2日 覚(精米拾壱俵三斗四升八合、与市新田村、右は去冬和宮様御下向之節、御道固人数屯所焚出米并諸雑用等被下候様相願之聞届、赤坂宿え積送リ候精米之内を以代米被下之候) 郡奉行 河村忠之進外1人 1通 A1-(4)-157
(1)文久2年12月22日
(2)文久2年12月28日
覚((1)一色村五嶋久右衛門外、右は難渋者え助成いたし遣候趣相聞え奇特之事候 (2)右之通可被仰渡候間、此旨申渡可有之候)【包紙あり】 (1)御年寄(2)郡奉行 河村忠之進外1人 1通 A1-(4)-158
(文久3年)3月16日 覚(一色村名主庄兵衛出府之郷中間四拾人、為世話役明後十八日出立御差下相成、世話役申合相勤候様申渡、明十七日四ツ時於寄合場様子承リ罷下候様)【A1-(4)-159~160は包紙で一括してあった】 郡奉行 河村忠之進外1人 1通 A1-(4)-159
文久3年3月17日 仕上ル御請状之事(一色村礒八外五人、右は今般郷御中間三ヶ年限御召抱相成) 一色村礒八外6人 御代官 御役所 1通 A1-(4)-160
(文久3年)5月6日 (申渡書 一色村五嶋久右衛門悴貞之進・鷹之介、月岡右一右衛門え為致入門、武芸為致修行度旨相願之、願之通申付候)【A1-(4)-161~163、A1-(4)-161~162は包紙で一括してあった】 郡奉行 石崎喜多右衛門 1通 A1-(4)-161
(文久3年)5月6日 (添書 別紙之通申来候間、得其意請書差出可申候、依之先達て差下候下知早々差戻可申候) 御代官 一色村五嶋久右衛門 1通 A1-(4)-162
(文久3年)5月7日 (差紙添書 別紙之通申来候間、得其意請書差出可申候)【包紙あり】 御代官 一色村五嶋久右衛門 1通 A1-(4)-163
文久3年8月4日 (指紙 一色村五嶋久右衛門儀、舫金取扱方懸申付候処、老衰およひ難相勤ニ付、右代リ同人忰庄兵衛え申付候)【包紙あり】 郡奉行 石崎喜多右衛門 1通 A1-(4)-164
(文久3年)12月(23日) (御用状 一色村五嶋久右衛門、来正月四日年始御礼被為請候間、六ツ半時三御丸え旧井儀平治次え附罷出可申事)【包紙2枚あり】     1通 A1-(4)-165
(文久3年)12月25日 覚(一色村五嶋久右衛門御用之儀有之候間、明後廿七日四ツ時寄合場え罷出候様御申渡可有之候)【A1-(4)-166~167は包紙で一括してあった】 郡奉行 石崎喜多右衛門 1通 A1-(4)-166
(1)(文久3年)12月26日
(2)(文久3年)12月27日
覚((1)御上下一、一色村五嶋久右衛門御坊所掛リ申付置候之処御永続方之儀ニ付格別骨折、且難渋者え未進金厚致勘弁遣候之趣并奇特之取計ニ付御褒美被下之候 (2)右之通被仰渡候)【包紙あり】 (1)御年寄(2)郡奉行 (2)石崎喜多右衛門 1通 A1-(4)-167
文久3年12月28日 (1)金三分(一分銀三枚の絵)(2)覚(高見政平外二人、大堤通御普請格別骨折ニ付被下之、写シ本紙政平所持)(3)覚((2)と同文)【(2)(3)は(1)に包んであり・包紙あり・水引あり】     1部 A1-(4)-168
文久4年2月17日 覚(一色村名主五嶋庄兵衛、郷夫世話役出精相勤候ニ付、於竹嶋町本陣御酒御吸物被下之候間、羽織袴着用無遅滞罷出候)【包紙あり】 郡奉行 石崎喜多右衛門 1通 A1-(4)-169
(元治1年)10月20日 覚(一色村名主五嶋庄兵衛外、此度長防為御征伐、公方様御進発ニ付御用懸リ惣代役申付候)【A1-(4)-170~172は2枚の包紙で一括してあった】 郡奉行 石崎喜多右衛門 1通 A1-(4)-170
元治1年10月20日 (添書 別紙之通申来候間、得其意請書差出可申候) 御代官 一色村五嶋庄兵衛方外1人 1通 A1-(4)-171
(元治1年)10月21日 (差紙添書 別紙差紙之通被為仰付候ニ付宜敷御願申上候、本請書之義認メ可被下候様奉願上候)【破れあり】 高見政平 五嶋庄兵衛 1通 A1-(4)-172
元治1年11月 (武田耕雲斎防戦記録 河渡宿川渡船場ニ御固メ出張と相決し、専ら御出陣之御用意頻リ成、弥十一月廿七日御人数御操り出しニて、八ツ時分より一ノ手御出馬)【二枚に剥離】     1枚 A1-(4)-173
慶応1年.閏5月18日 覚(一色村五嶋庄兵衛御進発ニ付献金願之儀、御老中阿部豊後守様え御伺相成候処、奇特之儀ニ付願之通上納金可申渡旨被仰渡候)【包紙あり・A1-(4)-174~176は包紙で一括してあった】 郡奉行 松村芝右衛門 1通 A1-(4)-174
(慶応1年)7月17日 覚(一色村五嶋庄兵衛、御進発ニ付先般公辺え致献金候ニ付、別紙之通被仰渡候)【A1-(4)-175~176は包紙で一括してあった】 郡奉行 松村芝右衛門 1通 A1-(4)-175
慶応1年7月 申達(御領分之内百姓八拾三人之者、今般御進発御用途之内え御国恩冥加を相弁え、致献納金候段奇特ニ付、為御褒美銀子七拾弐枚被下之)     1通 A1-(4)-176
慶応2年6月25日 (手紙 先達て御下ケ相成候雉子之子壱ツ御用ニ相成候間、甚申兼候得共、此者え御渡可被下候)【包紙あり】 御鳥掛 (五島)久右衛門 1通 A1-(4)-177
(慶応2年)8月23日 覚(一色村貞之進、室入方辰三郎、右之者農兵隊差図役附属申付之候間、於操練所砲術可致修行候)【A1-(4)-178~179は2枚の包紙で一括してあった】 郡奉行 松村芝右衛門外1人 1通 A1-(4)-178
(慶応2年)8月23日 (添書 別紙之通申来候間、得其意受書差出可申候) 御代官 一色村 名主中 1通 A1-(4)-179
(1)(慶応2年)9月26日
(2)(慶応2年)9月28日
覚((1)一色村農兵隊差図役付属申付置候 (2)右之通被仰渡候間、此旨御申渡可有之候)【A1-(4)-180~183は包紙で一括してあった】 (1)御年寄(2)郡奉行 (2)松村芝右衛門外1人 1通 A1-(4)-180
慶応2年9月28日 覚(農兵隊砲術教導役人之附属役被仰付候者、同役計頭百之者え御指紙ヲ以蒙リ候附属之者計リ、今度如此御賞誉有之、帯刀、池田筋下地苗字御定相済人、安次村石原伝兵衛外)     1枚 A1-(4)-181
(慶応2年)9月29日 (手紙 今日御役所御用之義ハ、貞之進義苗字御許ニ相成候段被仰渡供々歓入申候、此段一寸皆様へ御風聴迄奉申上候) 五嶋庄兵衛 五嶋久之進 1通 A1-(4)-182
(慶応2年)9月29日 (手紙 今ばん貞之進相招キ祝ひしるし迄ニ一酒相催、別紙御指紙持進いたし候間、皆々迄へ御披露可被下候) 五嶋庄兵衛 五嶋久之進 1通 A1-(4)-183
慶応2年11月16日 写((1)一色村名主五嶋庄兵衛御咎中御用村用入念可相勤旨申渡 (2)右之通被為仰渡候)【A1-(4)-184~185は包紙で一括してあった】 (2)渡部惣三郎 (2)五嶋久右衛門 1通 A1-(4)-184
(1)(2)(慶応2年)11月22日 覚((1)一色村五嶋庄兵衛、吟味之儀有之ニ付揚リ屋入申付置候処、筋肉并諸筋世話役共より達て相詫候付以御宥免揚リ屋入被差許、此旨御申渡可有之候 (2)右之通被仰渡候) (1)御年寄 (2)郡奉行 (1)一色村 五嶋庄兵衛 (2)松村芝右衛門 外1人 1通 A1-(4)-185
慶応2年11月 慶応二丙寅年十一月 高見政平殿・五嶋庄兵衛殿・幸右衛門殿御咎ニ付歎願写 筆者矢道村 名主 二左衛門   1冊 A1-(4)-186
寅.12月(慶応2年) 覚(金弐両拾四匁、黒服連羽織外、〆金七両一分壱朱拾八匁、右之通受取申候)【包紙あり】 米屋 清五郎 五嶋貞之進 1通 A1-(4)-187
慶応3年6月2日 覚(一色村、今度水防御改正ニ付兼て相渡置候、水場出人足歩札早々郡所え相納候様御申渡可有之候)【A1-(4)-188~189は包紙で一括してあった】 郡奉行 加藤国次郎外1人 1通 A1-(4)-188
(慶応3年)6月8日 覚(三人之内駈着人足弐人一色村、右は出火之節寄合場附申付置候処、御改正ニ付差許之候) 郡奉行 加藤国次郎外1人 1通 A1-(4)-189
慶応3年5月28日 覚(一色村五嶋庄兵衛、今般水防御定御改正ニ付水防方申付之候、此頃申渡候通出来之節昼夜繁之見廻り万端心を用、夫々御役人受差図入念可相勤旨御申渡可有之候)【包紙あり】 郡奉行 加藤国次郎外1人 1通 A1-(4)-190
(1)(慶応3年)8月10日
(2)(慶応3年)8月11日
覚((1)金弐歩、一色村五嶋貞之進、有待兵嚮導役出精、隊卒取立方行届候ニ付御褒美 (2)右之通被仰渡候間、此旨御申渡可有之候)【包紙2枚あり】 (1)御年寄(2)郡奉行 (2)加藤国次郎外1人 1通 A1-(4)-191
慶応3年8月 (包紙 金二百疋)【包紙「慶応三丁卯年八月十日、御褒美被下置候指紙同十二日頂戴、御褒美金弐百疋」あり】 五嶋貞之進源頼剛   1部 A1-(4)-192
慶応3年9月28日 (差紙 米仲買之儀相願之、聞届願之通申付鑑札相渡候)【包紙あり】 生産局 一色村嘉六 1通 A1-(4)-193
(1)(2)慶応3年12月28日 覚((1)一色村五嶋貞之進、農兵隊無給ニて相勤、習熟致し候ニ付、御用中帯刀被差許之乎、御目見被仰付之候 (2)右之通被仰渡候間、此旨御申渡可有之候)【包紙あり】 (1)御年寄(2)郡奉行 (2)松村芝右衛門 1通 A1-(4)-194
(1)(慶応4年1月3日~7日)
(2)慶応4年6月7日
(諸綴 (1)慶応四辰年正月三日より七日迄 鳥羽街道ニおゐて戦争之節外大垣御人数手負覚外 (2)慶応四戊辰年六月七日 奥州白川表ニて被仰出之写) (2)松圃亭五嶋   1綴 A1-(4)-195
(慶応4年)1月12日 (廻状 朝廷え御忠勤被成度趣御願達之御運ひ相成候、御誠意御徹底之上は何様之御用品被為蒙給候も難計候間、一同心得違無之様可致候) 世話役 一色・同入方・同新入方右村々御名主衆 1通 A1-(4)-196
(1)(2)(慶応4年1月26日)
(3)(慶応4年1月27日)
((1)申達状 東山道鎮撫御勅使御滞留 (2)通達 大阪より帰村有侍ハ城下え罷出不申様 (3)覚 別紙之通御通達) (2)屯所 締役(3)右村々 締役 (3)右村々御名主中 1枚 A1-(4)-197
慶応4年1月 (記 慶応四戊辰年正月五島貞之進義、小原兵部様附属ニて去卯九月朔日出立ニて、兼て上坂御城内御定番屋敷ニ宿陣罷在候)【二枚に剥離・A1-(4)-198~202は包紙で一括してあった】     1枚 A1-(4)-198
慶応4年1月 去方商人体之者より差越候書付 大橋氏持参ニ付写す(松平肥後守御勢正月三日七ツ半時伏見表え着致シ、伏見船場寺田屋え大筒打込、浜手不残焼失)     1枚 A1-(4)-199
(1)(2)慶応4年1月 (1)丁洛之諸候(薩摩・彦根・水戸・土佐外)(2)辰正月九月未明ニ三条五条ニ高札ニ出ル則写(徳川慶喜大政返上シ将軍職辞退相願候) 三與   1枚 A1-(4)-200
慶応4年8月12日 (手紙 学心院様御儀、先般御遠行可被遊候条以誠驚入、御老体之折柄何時も難計等ハ存なから、今更之御事之様ニ不存)【包紙あり・A1-(4)-201~202は包紙で一括してあった】 御親兵二條御城様軍武官臼井重兵衛 五島久右衛門 1通 A1-(4)-201
慶応4年9月3日 (手紙 大殿様并大奥様鏈姫様、御休足方其外御入ニ相成候間島渡申上候、おつもり遊し前日より御遊かたかた御出被下候様)【封筒あり】 竹中与惣次 御姉(およみ) 1通 A1-(4)-202
(慶応4年)2月5日 覚(一色村五嶋庄兵衛、御役方岩手表え致出張候付、加田門蔵え様子承リ罷越候様申達之)【A1-(4)-203~204は2枚の包紙で一括してあった】   一色村五嶋庄兵衛 1通 A1-(4)-203
(慶応4年)2月5日 (差紙 大急御用之儀有之候間、得其意着次第罷出可申候) 御代官 一色村五嶋庄兵衛 1通 A1-(4)-204
(慶応4年)3月20日 (指紙 川除杭木明後廿三日船町全昌寺前ニて相渡候間、当日昼頃人足召連受取可罷免候)【包紙あり・A1-(4)-205~226は包紙で一括してあった】 御堤役所 一色村 名主中 1通 A1-(4)-205
(慶応4年)4月10日 (差紙 其村定免年継願未差出後ニ付、改書添早々差出可申候)【包紙あり】 御代官 一色村 名主中 1通 A1-(4)-206
(慶応4年)5月2日 (差紙 其筋村々調達金名前調書、明後四日正四ツ時御役所始無遅滞差出可申候)【包紙あり】 御代官 五嶋庄兵衛其外調金懸リ面々 1通 A1-(4)-207
(慶応4年)7月8日 (差紙 御用之儀有之候間、明後十日四ツ時無遅滞罷出可申候)【二枚に剥離・包紙あり】 郡所調役 一色村五嶋庄兵衛 1通 A1-(4)-208
(慶応4年)8月2日 (手紙 当三月相始候講改御加入申付候分、過日相勤候ニ付觸書差出し御用状ニ入差上候) 小寺定次郎 五嶋庄兵衛 1通 A1-(4)-209
(1)(慶応4年)8月2日
(2)(慶応4年)8月3日
覚((1)正人足五拾人宛、室村百姓熊次郎外帯刀いたし候段不埒ニ付、向後屹相慎候様 (2)右之通被仰渡候)【二枚に剥離・A1-(4)-210~211は包紙で一括してあった】 (1)御年寄(2)地方御役所 (2)室村 源助忰 熊次郎 外3人 1通 A1-(4)-210
(慶応4年)8月3日 (添書 別紙相達候間、得其意請書差出候様取計可申候) 郡所調役 室村 名主中 1通 A1-(4)-211
(1)(慶応4年)8月2日
(2)(慶応4年)8月3日
覚((1)室村清三郎、当正月今村清助方え立合脱走之義申合候段不埒ニ付為過怠日数三十日之内諸場所掃除等申付之候 (2)右之通被仰渡候)【二枚に剥離・A1-(4)-212~213は包紙で一括してあった】 (1)御年寄(2)地方御役所 (2)室村清兵衛忰清三郎 1通 A1-(4)-212
(慶応4年)8月3日 (添書 別紙相達候間、得其意請書差出候様取計可申候) 郡所調役 室村 名主中 1通 A1-(4)-213
(慶応4年)8月8日 (差紙 出水之節打立候杭木之儀ニ付、可尋旨有之候間、明後十日四ツ時御役所え罷出可被申事)【包紙あり】 御堤役所 一色村 名主中 1通 A1-(4)-214
(慶応4年)8月12日 (差紙 其村々水小屋諸具、明十三日朝六ツ半時於築造局相渡候間、得其意人足召連、請取罷出可申候)【包紙あり・三枚に剥離】 郷目付 右村々(一色村西久瀬川村)名主 1通 A1-(4)-215
(慶応4年)8月18日 (差紙 可申達御用之儀有之候間、来ル廿二日四ツ時当御役所え罷出可申事)【包紙あり】 御堤役所 一色村五嶋庄兵衛方 1通 A1-(4)-216
(慶応4年)8月28日 (差紙 水門御修復所為見分、明廿九日未明出宅御年寄衆并郡奉行其外御役々罷越候、各儀外御用等無之候半は可被罷出事)【包紙あり】 御用懸リ御堤奉行 御修復掛リ惣代中 1通 A1-(4)-217
(慶応4年)8月30日 (差紙 先般中宮村六右衛門方より相渡候明俵千受取済相成候半は、来二日請取書当御役所え差出し可申事)【包紙あり】 御堤役所 五嶋庄兵衛 1通 A1-(4)-218
(慶応4年)8月30日 (差紙 水門御修復ニ付、惣代被仰付候請書之儀当御役方えも早々可被差出事)【包紙あり】 御堤役所 右惣代中 1通 A1-(4)-219
(明治1年)9月24日 (御用書 其村え貸渡置候掛矢弐挺不用ニ相成候得は、急々相納可被申事)【包紙あり・二枚に剥離】 御堤役所 一色村 名主中 1通 A1-(4)-220
(明治1年)9月24日 覚(笠木村村役人、頭姓両三人、御用之儀有之候間、明廿五日四ツ時無遅滞附添罷出可申候)【包紙あり・二枚に剥離】 郡所調役 一色村五嶋庄兵衛 1通 A1-(4)-221
(明治1年)9月25日 (差紙 青木・池尻両村地内新川堀立一条ニ付、福永全蔵より申談義有之候間、近日之内可被罷出候事)【包紙あり】 往還方役所 一色村五嶋庄兵衛 1通 A1-(4)-222
(明治1年)9月28日 (御用書 (1)郷夫室村留吉、今度於会津城戦争之節落命之由忠節之至候、依之家内之者え宜可申遣旨御内通り御沙汰有之 (2)大殿様御達有之)【A1-(4)-223~224は包紙で一括してあった】 (2)地方御役所   1通 A1-(4)-223
(明治1年)9月28日 (添書 別紙相達候間、得其意請書差出候様取計可申候)【二枚に剥離】 郡所調役 室村 名主中 1通 A1-(4)-224
(明治1年)10月5日 (差紙 御用之儀有之候間、明六日四ツ時無遅滞罷出可申候)【包紙あり・二枚に剥離】 郡所調役 一色村五嶋庄兵衛 1通 A1-(4)-225
(明治1年)10月16日 (差紙 久瀬川両人之者、調達金受之御用懸リえ受取之、例之通差出可申候)【包紙あり】 郡所調役 一色村五嶋庄兵衛 1通 A1-(4)-226
(1)(慶応4年)4月2日
(2)(慶応4年)4月4日
覚((1)一色村五嶋庄兵衛舫金取扱年来格別骨折并諸向取?之行届其上奇特之取計有之候ニ付、為御褒美向後帯刀者上席被仰付之候 (2)右之通被仰渡候)【A1-(4)-227~228は3枚の包紙で一括してあった】 (1)御年寄(2)郡奉行 (1)奥村房右衛門 外1人 1通 A1-(4)-227
(慶応4年)4月3日 覚(一色村五嶋庄兵衛御用之義有之候間、明四日四ツ時寄合場え罷出候様御申渡可有之候) 郡奉行 奥村房右衛門外1人 1通 A1-(4)-228
(慶応4年.閏4月18日) (御趣意書 御家中之内ニも切米差上勤仕相願候者、事情厚く相弁え報国之志を相尽候、今後も被仰出候儀有之候共屹等閑不相成御忠勤之道御立貫被遊候)【包紙あり】     1通 A1-(4)-229
戊辰.閏4.(慶応4年) 御免 軍中慶応録(瀧川播磨所持之書中 徳川慶喜叛逆軍配之次第 奈良街道小堀口、牧野・御城近辺一円市中巡邏、撤兵組外)     1部 A1-(4)-230
慶応4年9月10日 慶応四辰とし九月 早追ひ大垣着届写(奥州路於御先鋒出進、八月廿一日より同廿六日迄戦争在之、官軍勝利、会津城三ノ丸迄討入ニ相成、其刻死傷左之通)【二枚に剥離】     1枚 A1-(4)-231
年未詳.2月3日 (指紙 一色村名主甚左衛門五位鷺拾ひ候由差出之候、拾ひ主え被下候、此旨御申渡可有之候)【A1-(4)-232~236と「青札弐匁」の包紙は包紙とこよりで一括してあった】 郡奉行 日比杢助 1通 A1-(4)-232
年未詳.2月3日 (指紙添状 別紙之通申来候間、得其意支配宅え早々請取罷出可被申候) 御代官 一色村 名主 甚左衛門方 1通 A1-(4)-233
年未詳.12月19日 (書状 先達て其薮ニ御印附置候、根鞭竹此節剪取序次第、御土戸え差出有之様致度候) 御土戸御役人 一色村甚左衛門 1通 A1-(4)-234
年日未詳.12月 (書状 此間根鞭差上候ニ付、青札弐匁被下之候間、頂戴可有之候、尤御内々之儀故、御礼ニ罷出候ニ不及候) 御土戸御役人 一色村甚左衛門 1通 A1-(4)-235
年月日未詳 (俵町岐船屋より相届可申事)     1枚 A1-(4)-236
年未詳.2月14日 (添書 別紙之通申来候間、得其意可申候)【包紙あり】 御代官 五嶋庄兵衛方 1通 A1-(4)-237
(1)(2)年未詳.4月3日 (1)覚(東久瀬川名主源内外、新町出火之節火場え 罷出出精、御誉可有之候)(2)(添書 右之通被仰渡候間此旨申渡可有之候)【A1-(4)-238~239は包紙で一括してあった】 (1)御城代(2)郡奉行 (1)東久瀬川 名主 源内外(2)田宮庄大夫 1通 A1-(4)-238
年未詳.4月3日 (添書 別紙之通申来候間、得其意可申候) 御代官 東久セ川外4ヶ村村々 名主中 1通 A1-(4)-239
年未詳.4月11日 (差紙 御用之儀有之候間、明日十二日四ツ時無遅滞罷出可申候)【包紙あり】 御代官 一色村五嶋庄兵衛 1通 A1-(4)-240
年未詳.4月25日 (差紙 御用之儀有之候間、可被罷出候)【包紙あり】 御代官 一色村 名主 久右衛門 1通 A1-(4)-241
年未詳.5月23日 (差紙 今朝被差出候信楽返書差出首尾合宜敷段御役所え差出候差様ニと申来候)【包紙あり】 御代官 一色村 名主中 1通 A1-(4)-242
年未詳.7月5日 (差紙 御用之儀有之候間、今日七ツ時我か宅へ可被罷出候) 御代官 一色村 名主中 1通 A1-(4)-243
年未詳.7月10日 (差紙 申談御用有之候間、今日中井道清左衛門宅可罷出候)【包紙あり】 郷御目付 一色村 名主 1通 A1-(4)-244
年未詳.8月4日 (差紙 其村氏神社内竹木茂リ田所え差懸リ難儀之旨、下刈枝剪申度之願相達候)【包紙あり】 郷奉行 一色村 名主中 1通 A1-(4)-245
年未詳.8月20日 覚(室村松野所三郎・庄之助・国治、御用之儀有之候間、明後廿二日四ツ時無遅滞附添罷出可申候)【包紙あり】 御代官 室村 名主中 1通 A1-(4)-246
年未詳.8月27日 覚(室村冨平、御用之儀有之候間、明廿八日正四ツ時無遅滞附添罷出可申候) 御代官 一色村五島庄兵衛 1通 A1-(4)-247
年未詳.9月16日 (指紙 御用之儀有之候間、明十七日九ツ時より八ツ時迄之内御役所え御越可有之候)【包紙あり】 別勘定奉行 一色村甚七 1通 A1-(4)-248
年未詳.9月23日 (手紙 私儀此度有栖川宮取締兼役被仰付候ニ付住所を相定メ候折柄、衣類御宅ニ有之分不残取揃、御殿より御使者被遣候間速ニ御渡し被下度)【A1-(4)-249~250は包紙で一括してあった】 有栖川宮御内旧井帯刀 一色村五嶋甚介(助) 1通 A1-(4)-249
年未詳.9月23日 (申渡状 臼井帯刀事此度有栖川宮御内役所勘定方取締兼役被仰付候段御承知可有之候) 有栖川宮御内役所 応説方 濃州一色村五嶋甚助 1通 A1-(4)-250
年未詳.9月29日 (添書 別紙之通申来候間、請書差出、人足賃銀御役所え差出可申候) 御代官 室町分・一色村村々名主中 1通 A1-(4)-251
年未詳.10月4日 (差紙 可申談御用之儀、今明日之内ニ宅え罷出可被申候)【包紙あり】 御代官 一色・木戸村名主中 1通 A1-(4)-252
年未詳.10月10日 (差紙 明十一日高差出相違之儀有之候間、四ツ時御役所え罷出可被申事)【包紙あり】 小検見方 一色新入方名主中 1通 A1-(4)-253
年未詳.10月22日 (差紙 御用之儀有之候間、明廿三日四ツ時罷出申候)【包紙あり】 御代官 室村 名主中 1通 A1-(4)-254
年未詳.11月6日 (指紙 御普請代金之儀ニ付、申談度御用之儀有之候間、急々勘定役所え罷出可被申候) 勘定奉行 木戸一色所平 1通 A1-(4)-255
年未詳.11月6日 (添書 此壱封早々相届可被申候)【A1-(4)-255に包んであった】 御代官 室村名主中 1通 A1-(4)-256
(1)年未詳.11月18日
(2)年未詳.11月19日
廻状((1)社倉懸之者、来ル廿二日四ツ時無遅滞罷出候様 (2)別紙御用状到来仕候ニ付、廻章を以御達シ奉申上候) (1)御代官(2)一色村 名主 久右衛門 (1)赤坂筋世話役中(2)徳光村和田吾六外3人 1通 A1-(4)-257
年未詳.12月2日 (差紙 御用之儀有之候間、明三日四ツ時無遅滞罷出可申候)【包紙あり】 御代官 一色村 名主五嶋庄兵衛 1通 A1-(4)-258
年月日未詳 (下知状 花村鐶、願之通御元方御免、是迄相勤太儀ニ思召候、依之御時服可被下候、別段以来弐人扶持被下候)【二枚に剥離】     1通 A1-(4)-259止
A1 支配(5)財政
文久1年5月1日~文久1年6月29日 文久元辛酉年従五月十五日 金銀請払下帳(請取覚 金百七拾壱両壱分余、神田篤造殿より請取四月御勘定越金銀外) 花村鐶   1通 A1-(5)-1
文久2年11月 調達金証文之事(金百両、但利足年八朱定、右は此度御勝手方御取締ニ付別段調達金被仰付之書面之通相納候)(奥書あり) 井上荘次郎外3人 一色村五嶋久右衛門 1通 A1-(5)-2
文久2年11月 調達金証文之事(金五拾両、但利足年八朱定、右は此度御勝手方御取締ニ付別段調達金被仰付之書面之通相納候)(奥書あり) 井上荘次郎外3人 一色村甚右衛門 1通 A1-(5)-3
午.12月 覚(文金百両、己十二月元・同拾三両、右之利午十二月迄十三月分、利足月壱歩定、右之通元利被為遊御返弁御請取申候)【二枚に剥離】 一色村甚七 別御勘定御奉行衆 1通 A1-(5)-4
年未詳.閏4月26日 (差紙 調達金之義、拾両以上取調可申出旨達置候処、模様替ニ付五両以上取調、名前書差出可申候) 御代官 五嶋庄兵衛調達金外掛之面々 1通 A1-(5)-5
年未詳.12月25日 (差紙 先達て調達有之候金子返弁之儀延引相成、其上近年利子をも御渡し無之可為難儀候)【包紙あり】 別勘定奉行 木一色村甚七 1通 A1-(5)-6止
A2 土地(1)検地
正保2年9月30日 正保二年乙酉九月晦日 濃州安八郡一色村御検地帳(弐冊之内)【A2-(1)-1~3は紙袋で一括してあった】 御横目阿保次兵衛外3人   1冊 A2-(1)-1
年月日未詳 (覚 午ノ起返組下畑、此分被下候ニ付、高辻引申候)【A2-(1)-1のこよりに結んであった】     1枚 A2-(1)-2
正保2年9月30日 正保弐年乙酉九月晦日 濃州安八郡一色村御検地帳(弐冊之内) 御横目阿保次兵衛外3人   1冊 A2-(1)-3
正保2年9月30日 正保弐年乙酉九月晦日 濃州安八郡一色村御検地帳(弐冊之内)【A2-(1)-4~5は紙袋で一括してあった】 御横目阿保次兵衛外3人   1冊 A2-(1)-4
正保2年9月30日 正保弐年乙酉九月晦日 濃州安八郡一色村御検地帳(弐冊之内) 横目阿保次兵衛外3人   1冊 A2-(1)-5
元禄11年10月13日 一色村(壱畝六歩、与右衛門外、〆壱反五畝壱歩、分米壱石十斗壱升五合、右は田中弥一右衛門殿見取)【A2-(1)-6~9は紙袋で一括してあった】     1枚 A2-(1)-6
元禄15年8月 元禄十五壬午年八月日 午年一色村田畑地押御案内帳     1冊 A2-(1)-7
元禄15年8月 元禄十五壬午年八月 午年一色村畑田出来地御改帳     1冊 A2-(1)-8
午.10月20日(元禄15年) 一色村小見取(下田拾六歩、禅浄寺外、〆壱畝歩、分米壱斗壱升) 一色村 名主 彦市 六大夫 1枚 A2-(1)-9
元禄14年12月 美濃国二十壱郡郷村高帳 坤(美濃国二十一郡六拾四万五千百壱石五斗三合、村数千八百九拾弐ヶ村) 松圃亭 五島   1冊 A2-(1)-10
享保1年8月2日 享保元丙申年八月二日 延宝八申年 申年一色邑人々名寄帳(六太夫引得田畑名寄外)【封筒あり】 (若森郷一色村名主代々久右衛門頼恒外2人)   1冊 A2-(1)-11
安永4年6月 覚(五ツ壱分、一色入方、高拾九石八斗定不農引、四ツ畑方、定免定不農引年賦明ニ付年延願差出聞届、三年賦年延申付候)【A2-(1)-12~34は紙袋で、A2-(1)-12~17は包紙で一括してあった】 郡奉行 藤江彦右衛門 1通 A2-(1)-12
(安永4年)7月6日 (添書 別紙之通申来候間、可被得其意候)【二枚に剥離・A2-(1)-12に挟んであった】 御代官 一色入方名主中 1通 A2-(1)-13
安政7年6月 覚(五ツ壱分、一色入方、高拾九石八斗定不農引、四ツ畑方、定免定不農引年賦明ニ付年延願差出聞届、当戌より子迄三年賦年延申付候) 郡奉行 温井安右衛門 1通 A2-(1)-14
天明1年6月 覚(五ツ壱分、一色入方、高拾九石八斗定不農引、四ツ畑方、定免定不農引年賦明ニ付年延願差出聞届、当丑より卯迄三年賦年延申付候) 郡奉行 田宮彦太夫 1通 A2-(1)-15
(1)(2)天明4年7月18日 覚((1)五ツ壱分、一色入方、高拾九石八斗定不農引、四ツ畑方、定免定不農引年賦明ニ付年延願差出聞届、当辰より午迄三年賦年延申付候 (2)別紙之通申来候) (1)郡奉行(2)御代官 (1)山村唯四郎(2)一色入方 名主 1通 A2-(1)-16
寛政4年6月27日 覚((1)三ツ四分八厘、一色入方、四ツ畑方、格別大風水之節は検見取、定免年賦明ニ付当子より寅迄三年賦年延願出聞届願之通年延申付 (2)別紙之通聞届申来候) (1)郡奉行(2)御代官 (1)宮井安左衛門(2)東久瀬川 源内方 1通 A2-(1)-17
(1)(安永7年)8月4日
(2)(安永7年)8月5日
(指紙 (1)一色入方高辻之儀北方村小源次・小忠次両人致所持、今般代百姓名主要助え不残相譲度旨申渡 (2)別紙之通申来候間可被得其意候)【A2-(1)-18~21、A2-(1)-18~19は包紙で一括してあった】 (1)郡奉行(2)御代官 (1)一色村名主中(2)温井安右衛門 1通 A2-(1)-18
安永7年8月5日 覚(高辻八拾壱石三斗七升、一色入方、右高北方村小源次・小忠次両人致所持候ニ付、代百姓名主要助引越是迄支配致来候処、向後不残要助譲請支配致度) 郡奉行 温井安右衛門 1通 A2-(1)-19
安永7年8月 乍恐口書を以奉申上候(一色入方高辻八拾壱石三斗七升、唯今迄北方村小忠次・小源次所持仕居候処、右御田地名主要助え相譲申度) 一色村 百姓惣代利右衛門外4人 御代官 御役所 1通 A2-(1)-20
安永7年8月 仕上御請証文之事(一色入方高辻之儀、北方村小源次・小忠次両人被致所持候処、此度代百姓名主要助え相譲申度御願被申上候) 一色村 百姓惣代利右衛門外4人 御代官 御役所 1通 A2-(1)-21
安永7年8月 乍恐口書を以奉申上候(一色入方高辻八拾壱石三斗七升、唯今迄北方村小忠次・小源次所持仕候処、名主要助え相譲リ申度)【虫損あり】 一色村 百姓惣代利右衛門外4人 御代官 御役所 1通 A2-(1)-22
安永7年8月 一札之事(一色入方御田地只今迄北方村小忠次・小源次両人所持被仕候処、今度私所持仕候) 一色入方 名主 要助 一色村御名主衆・五人組頭衆 1通 A2-(1)-23
(1)(2)天明8年5月24日 ((1)添書 別紙弐通申来候間得其意可被申候 (2)差紙 一色入方名主弥右衛門致退去候ニ付、弥右衛門田地林本郷村名主平八・東久瀬川名主源内え当分支配申付候)【包紙あり】 (1)御代官(2)郡奉行 (1)一色村名主 甚七方(2)藤江彦之丞 1通 A2-(1)-24
(1)(2)(3)(天明8年)7月11日 覚((1)一色入方名主弥右衛門退去、御年貢米不致皆済、借金致置、召捕曲事可申付候 (2)右之通被仰渡候 (3)別紙之通申来候)【包紙あり】 (1)御城代(2)郡奉行(3)御代官 (2)藤江彦之丞(3)一色村一色入方名主中 1通 A2-(1)-25
年月日未詳 一色入方諸帳面覚(諸引地帳六拾五冊・御免割帳五冊外、右之通御座候)【A2-(1)-26~28は折り重ねてあった】 東久瀬川 名主 源太郎 一色 御名主 久右衛門 1通 A2-(1)-26
申.6月 一色入方諸帳面之覚(四拾壱冊当作帳・四冊御免割帳・弐冊御引地帳外、右之通御座候) 一色村 名主 甚七 東久瀬川 名主 源内 1通 A2-(1)-27
巳.3月 覚(御定免差紙壱通・小入用帳拾三冊・引入帳拾三冊・名田帳壱冊外、右之通諸帳面差遣し申候) 笠木村惣三郎 一色入方 名主 要助 1枚 A2-(1)-28
年未詳.2月11日 覚(米三石六斗八升四合、一色入方名主弥右衛門致退去候ニ付、去申五月林本郷村渡部平八・東久瀬川名主源内両人え当分支配申付候)【包紙あり】 郡奉行 加藤伊太夫 1通 A2-(1)-29
(1)(2)年未詳.4月30日 ((1)一色入方并一色村高共弥右衛門引得之分、今般栗笠村利兵衛と申者依頼被下之候 (2)書面之通申来候間、得其意双方え示合取計可被申候)【包紙あり】 (1)郡奉行(2)御代官 (1)加藤伊大夫(2)東久瀬川 名主 源内 1通 A2-(1)-30
(1)(2)(3)年未詳.5月24日 ((1)添書 別紙之通申来候 (2)差紙 一色入方名主弥右衛門致退去、田地之儀林本郷村名主平八外当分支配 (3)添書 別紙之通申来候)【包紙あり】 (1)御代官(2)郡奉行(3)御代官 (1)一色村 甚七(2)藤江彦之丞(3)林本郷村名主 平八 外1人 1通 A2-(1)-31
年未詳.11月2日 (指紙 一色入方名主要助儀近年病身ニ相成、役儀難相勤ニ付、赦免願差出聞届願之通差許之候)【包紙あり】 郡奉行 山村唯四郎 1通 A2-(1)-32
年未詳.11月2日 (添書 別紙之通申来候間、被得其意罷出印鑑相調可被申候) 御代官 一色入方 名主中 1通 A2-(1)-33
年月日未詳 一札之事(一色入方御用地只今迄北方村小忠次・小源次両人所持被仕候処、今度私所持仕候)   御名主衆五人組頭衆 1通 A2-(1)-34
文政3年8月 美濃国二十一郡郷帳 若森郷一色邑松圃亭 五嶋頼憲   1冊 A2-(1)-35
文久1年10月 御預所不破郡綾野村地面之内 引得田畑改竿入絵図【119.0×155.0】 支配人柳平外3人   1枚 A2-(1)-36
元治1年6月6日 (御先代大殿様付紙 大殿様御入之節、当日御茶代三百文被下置候節附紙)【A2-(1)-37~49は一括してあった】     1枚 A2-(1)-37
年月日未詳 (地積籍絵図)【50.0×78.5】     1枚 A2-(1)-38
年月日未詳 (地積絵図)【24.5×34.5】     1枚 A2-(1)-39
年月日未詳 (地積絵図)【34.5×25.0】     1枚 A2-(1)-40
年月日未詳 (地積絵図)【34.2×25.0】     1枚 A2-(1)-41
年月日未詳 (地積絵図)【25.0×34.5】     1枚 A2-(1)-42
年月日未詳 (地積絵図)【37.0×25.0】     1枚 A2-(1)-43
年月日未詳 (地積絵図)【24.9×34.4】     1枚 A2-(1)-44
年月日未詳 (地積絵図)【67.0×49.5】     1枚 A2-(1)-45
年月日未詳 (地積絵図)【24.8×34.4】     1枚 A2-(1)-46
年月日未詳 (地積絵図)【25.0×34.5】     1枚 A2-(1)-47
年月日未詳 (田畑等配置絵図)【37.9×27.8】     1枚 A2-(1)-48
年月日未詳 (村内字絵図)【33.5×23.9】     1枚 A2-(1)-49
元治1年11月 覚(元治元甲子年十一月、銀百三匁八分五厘、宗門帳百五十三冊分・十一月十六日夕請取古宗門帳左之通、天和三亥年一冊・享保廿卯年一冊外)【A2-(1)-50~85は紙袋で一括してあった】     1綴 A2-(1)-50
年月日未詳 (覚 九セ歩ノ内、欠け)     1枚 A2-(1)-51
年月日未詳 (覚 ○入方へ渡す・○同断・○同断・親代より引え福田村小右衛門○外)     1枚 A2-(1)-52
年月日未詳 (覚 親代より引えふく田村市右衛門○・是三年以前子ノ年しち取候、ふく田与右衛門○外)     1枚 A2-(1)-53
年月日未詳 (覚 久左衛門○・左助○・新右衛門○外)【部分のみ】     1枚 A2-(1)-54
年月日未詳 (覚 七太夫○・久左衛門○・彦市○外)     1枚 A2-(1)-55
年月日未詳 (覚 ○入方渡す・親代より引えふく田村伊右衛門○・○入方渡す外)     1枚 A2-(1)-56
年月日未詳 (覚 ○入方へ渡す・○入方へ渡す・○入方へ渡す外)     1枚 A2-(1)-57
年月日未詳 (覚 是去年丑ノ年よりかい地○又五郎・○入方へ渡す・○同断外)     1枚 A2-(1)-58
年月日未詳 (覚 久左衛門○・久左衛門○・長九郎○・松右衛門○)     1枚 A2-(1)-59
年月日未詳 (覚 親代より引得福田与右衛門○・同断同人○・親代より引え福田村与右衛門○外)     1枚 A2-(1)-60
年月日未詳 (覚 親代より引え福田村与右衛門○・同断同人○・同断同甚右衛門○外)     1枚 A2-(1)-61
年月日未詳 (覚 親代より引得木戸村久右衛門○・同断同人○・平左衛門○・是ハ七年以前申ノ年請取、左平次◎外)     1枚 A2-(1)-62
年月日未詳 (覚 親代より引え勘四郎◎・親代より引え○左平次・親代より引え久左衛門○外)     1枚 A2-(1)-63
年月日未詳 (覚 親代より引え福源寺・同断同人)     1枚 A2-(1)-64
年月日未詳 (覚 是三年以前子ノ年しちなかれ、表町作左衛門○・佐助○・親代より引え外)     1枚 A2-(1)-65
年月日未詳 (覚 安右衛門○・助七○・甚七・伝助○外)     1枚 A2-(1)-66
年月日未詳 (覚 是ハ三年以前子ノ年しち取申候、福田村九兵衛・与右衛門○外)     1枚 A2-(1)-67
年月日未詳 (覚 親代より引え福田村与右衛門○)     1枚 A2-(1)-68
年月日未詳 (覚 久左衛門○・久左衛門○外)     1枚 A2-(1)-69
年月日未詳 (覚 平右衛門○)     1枚 A2-(1)-70
年月日未詳 (覚 九太夫○・同人○・久右衛門○外)     1枚 A2-(1)-71
年月日未詳 (覚 同人○・新右衛門○・伝助○外)【前欠】     1枚 A2-(1)-72
年月日未詳 (覚 市内○・同人○・久右衛門○・松右衛門○外)     1枚 A2-(1)-73
年月日未詳 (覚 伝内○・七太夫○・九兵衛○外)【前欠】     1枚 A2-(1)-74
年月日未詳 (覚 久右衛門○・彦市○・同人○・彦市○外)     1枚 A2-(1)-75
年月日未詳 (覚 同人○・同人○・彦市○・同人○外)     1枚 A2-(1)-76
年月日未詳 (覚 内弐畝拾八歩九兵衛・忠右衛門、壱畝十歩○ふく源寺入、是四年以前亥ノ年入百姓参かい地、○茂介入外)【前欠】     1枚 A2-(1)-77
年月日未詳 (覚 六太夫○・同人○・同人○外)【前欠】     1枚 A2-(1)-78
年月日未詳 (覚 彦市○・同人○・同人○・ふく源寺○外)     1枚 A2-(1)-79
年月日未詳 (覚 久左衛門○・七太夫○・九太夫○・同人○外)     1枚 A2-(1)-80
年月日未詳 (覚 伝内○・久左衛門○・新右衛門○・彦一○外)【後欠】     1枚 A2-(1)-81
年月日未詳 (覚 ○左平次・親代より引え○市左衛門○・同断○・同人○外)     1枚 A2-(1)-82
年月日未詳 (覚 久左衛門○・新右衛門○外)     1枚 A2-(1)-83
年月日未詳 (覚 五年以前いぬ之年請取左平次○・親代より引え福田村与右衛門○・是四年以前亥ノ年かい地福田村市右衛門○外)     1枚 A2-(1)-84
年月日未詳 (覚 九太夫○・九太夫○・九太夫○外)     1枚 A2-(1)-85止
A2 土地(3)検地
明暦1年10月22日~延享5年2月 (安八郡一色村永引地証拠帳綴 明暦元年・延宝八年・延宝八年・延宝九年・天和弐年・天和三年・貞享五年・元禄九年・延享五年)【封筒あり】 御改栗田加兵衛外   1綴 A2-(3)-1
延宝8年8月12日 延宝八年申ノ八月十二日 長九郎引得田畑名寄帳(池川水帳惣右衛門分上畑五畝弐拾歩外、惣高合八拾壱石壱升五合)【A2-(3)-2~18は紙袋で一括してあった】 一色村 庄や 彦市外4人   1冊 A2-(3)-2
延宝8年~元禄8年8月 延宝八年申年より元禄八年亥年迄 一色村永引地人々差引帳(ねこかへし中田弐反七畝七歩、平右衛門外、五之坪・寺田・けら田・とら丸外) 名主 彦市   1冊 A2-(3)-3
(1)天和8年.22
(2)子丑
(1)戌之年引地之覚(西ノ宮川欠永引上畑拾八歩、分米七升 弐合外)(2)子丑両年永引地(出口川欠上田弐歩、分米壱升外) (1)河村源兵衛 外1人   1綴 A2-(3)-4
貞享2年9月19日 貞享弐年九月十九日 丑ノ年一色村引地帳(江落下井川永引上田九間五尺七分、とら丸、伊右衛門外) 平川半兵衛外1人 一色村庄屋中 1冊 A2-(3)-5
元禄2年8月23日 元禄二己巳年八月廿三日 一色村永引当毛引御改帳(堤鋪地永引上畑五拾弐間五尺外) 御目付塚本助太夫外2人 一色村 名主五人与頭中 1冊 A2-(3)-6
元禄3年9月4日 元禄三庚午年九月四日 午之年一色村永引当毛引御改帳(永引、川欠下田拾三間・弐間、甚右衛門、分米九升五合外) 高木善七外2人   1冊 A2-(3)-7
元禄4年8月29日 元禄四辛未年八月廿九日 未之年一色村永引当毛引御改帳(畝数〆九畝弐拾三歩、内上田〆弐畝九歩、分米三斗四升五合外、永引堤下) 御横目上田小平太外2人   1冊 A2-(3)-8
元禄6年8月10日 元禄六癸酉年八月十日 酉ノ年一色村永引当毛引御改帳(上田〆弐畝拾歩、分米三斗五升外、高合壱石壱斗四升) 御横目早川角兵衛外2人 一色村 名主中 1冊 A2-(3)-9
(1)元禄10年.閏2月4日
(2)元禄11年8月5日
(1)元禄十丁丑年閏二月四日 丑之年新井川通改小帳 一色 村(2)(寅ノ年御堤原付下 拾弐間三尺・弐間 中田四歩、源 六外) (1)(2)伊藤九助外2人 (1)一色村名主中 1綴 A2-(3)-10
元禄10年8月7日 元禄十丁丑年八月七日 丑之年一色村御堤下永引御改帳(寺田堤下中田拾間、壱尺五寸、弐歩、源六外、畝数〆壱畝歩、分米〆壱斗四升四合六勺) 浜井半蔵外2人 一色村 名主衆 1冊 A2-(3)-11
元禄15年 元禄十五壬午年 午年一色村畑田高石盛替帳(上田七畝弐拾弐歩、甚右衛門、分米壱石壱斗六升外)     1冊 A2-(3)-12
元禄16年8月11日 元禄十六癸未八月十一日 未ノ年一色村永引地当作引御改帳(永引地〆壱畝七歩、分米合壱斗六升八合、当毛引〆壱畝拾八歩、分米合弐斗) 御横目伊藤小右衛門外1人 一色村 名主中 1冊 A2-(3)-13
宝永2年8月13日 宝永二乙酉年八月十三日 酉年一色村御堤下永引御改帳(とら丸上田三間弐尺・壱尺八寸、七郎兵衛外、畝歩〆五畝拾歩余、分米六斗四升余) 佐藤徳兵衛外1人 一色村 名主 1冊 A2-(3)-14
享保3年9月6日 享保三戊戌年九月六日 戌年一色村御堤下永引地改帳(〆六歩、分米三升、戌年御堤敷永引地立合相改) 御横目服部与右衛門外1人   1冊 A2-(3)-15
(1)年未詳.5月.
(2)戌.8月(享保15年)
(1)掟米之覚(小作半右衛門、弐石四斗五升、五ノ坪外)(2)無役高(四斗四升、庄蔵外) (2)彦七 (2)久右衛門 1綴 A2-(3)-16
享保17年8月27日 享保十七壬子年八月日 子年一色村御堤下永引地御改置帳(畝歩〆七歩、高〆三升壱合) 御横目服部茂之右衛門外1人 一色村名主・惣百姓 1冊 A2-(3)-17
亥.10月6日 改方永引地(壱石弐斗七升弐合壱勺、〆廿七石七斗三升八合弐勺、差引五斗八合六勺、帳面請取不申候)     1枚 A2-(3)-18
(1)延宝8年8月20日
(2)延宝9年8月17日
(3)延宝9年8月17日
(1)延宝八年八月廿日 申之年一色村新井水下永引帳(2)延宝九年八月十七日 酉之年一色村引地帳 (3)延宝九年八月十七日 酉之年一色村新井水下引地帳 (1)高崎一郎右衛門 外2人(2)(3)赤松長次郎外2人 (1)一色村 庄屋中 1綴 A2-(3)-19
延宝9年8月17日 延宝九年八月十七日 酉ノ年一色入方長九郎分引地帳(五ノ坪新井けた下引 上田拾弐間四尺五寸・三尺・六歩 長九郎外反数合六畝拾六歩)【A2-(2)-20~25は紙袋で一括してあった】 赤松長次郎外2人   1冊 A2-(3)-20
(1)元禄4年8月29日
(2)元禄6年8月10日
(3)元禄7年7月21日
(一色村入方御引地永引改覚 (1)けら田堤下永引上田弐拾弐間五尺外 (2)けら田堤下永引上田四間弐尺外 (3)延宝八より元禄六年迄高合四石四斗壱升九勺外) (1)(2)高木善七 外2人(3)一色入方名主長九郎 (2)一色入方 長九郎(3)和田笹右衛門 外2人 1綴 A2-(3)-21
元禄10年8月7日~宝永3年8月22日 元禄十丁丑年八月七日 丑之年一色村入方当毛引永引御改帳(元禄十・十一・十二・十四・十六・宝永三年分綴) 伊藤九助外 一色村入方名主衆 1綴 A2-(3)-22
宝永2年8月12日 宝永二乙酉八月十二日 酉年一色入方御堤下永引御改帳 佐藤徳兵衛外1人 一色入方名主 1冊 A2-(3)-23
(1)宝永6年9月.
(2)享保3年9月27日
宝永六己丑年九月日 丑ノ年一色入方村永引御改帳((1)五ノ坪上田御堤敷地永引相改 (2)戌年一色入方出来地) 改 (1)石原治左右衛門 (2)塚本助右衛門 外1人 (1)(2)一色入方村名主 1綴 A2-(3)-24
宝暦4年12月 宝暦四甲戌年十二月 一色入方新屋鋪囲物干場・溝下道下当作引改帳 御横目安藤久太郎外1人 木一色入方名主 地主 1冊 A2-(3)-25
寛政3年11月 (一色村定不農引地証 高三拾七石弐斗六升壱合、此町反弐町六反八畝弐歩、高弐拾石、午年より戌年迄定不農引地)【包紙あり・虫損あり】 御横目稲川弥次兵衛外2人 一色村名主・惣百姓 1通 A2-(3)-26
年未詳.8月.上旬 諸引地改帳下敷     1枚 A2-(3)-27
年未詳.9月21日 何年一色村田方不農御引帳下敷     1枚 A2-(3)-28
年未詳.11月11日 一色村田方畑方不農引地帳下敷     1枚 A2-(3)-29
文政7年10月 文政七甲申年十月日 申歳一色村田方不農引地改置帳 濃陽一色村五嶋正平源頼義   1枚 A2-(3)-30
文政8年11月 文政八乙酉年十一月日 酉年一色村田方不農引地改置帳 濃陽安八郡一色村五嶋正平源頼義士則   1枚 A2-(3)-31止
A3 貢租(1)年貢
正徳2年3月 正徳弐壬辰年三月日 辰年一色村御年貢米御勘定人々引入帳(金銀米銭相場定)【紙袋あり】 一色村名主 彦七外1人 改山田佐五左右衛門外1人 1冊 A3-(1)-1
元文5年12月 預リ申御年貢米之事(合弐表三斗四升 木戸一色村分、右之通慥ニ預リ申所実正ニ御座候)【A3-(1)-2~8は帯紙で一括してあった】 釜笛村 名主 兵右衛門外3人 倉品勘之右衛門 1通 A3-(1)-2
元文5年12月 借用申御年貢米之事(合弐拾表三斗、右は当村御目折米不足難儀仕候ニ付、借米仕則御通ニ付御上納致置候) 赤坂村 名主 孫左衛門外1人 御取次 一色村久右衛門 1通 A3-(1)-3
(1)延享2年1月.
(2)年未詳.3月21日
(1)借用申金子之事(金弐拾両、右之通借用御年貢米手形代金ニ相渡可申所実正)(2)口上(委細被伝下忝致拝見候、案文相認遣申候間御認御印形添可下)【二枚に剥離】 (1)一色村 借り主 久右衛門外3人(2)庄左衛門 (1)室村 庄左衛門(2)名主 宇平次 1枚 A3-(1)-4
寛延1年10月 覚(河間村屋敷畑六畝廿歩御年貢米私御請合申候間、喜右衛門殿へ御掟可被下候) 池尻村名主請人与右衛門 安藤友右衛門外1人 1通 A3-(1)-5
宝暦4年5月 下請状之事(切石村六助と申者、細井与市兵衛様え御留主居御奉公ニ罷出申ニ付、慥成ル者ニて御座候ニ付下請ニ罷立上請御頼申候) 一色村下請人 彦七 一色村 名主 久右衛門外1人 1通 A3-(1)-6
未.3月 午年御年貢米之事(定納合弐石六斗弐升弐合、内納リ八斗、大蔵入・九升、奇助入外、右之通御座候) 木戸村 名主 弥惣次 一色久右衛門 1通 A3-(1)-7
年月日未詳 年号月日証文之事(室村庄左衛門殿より金子借用仕置候処、当十一月迄御借延被下置奉存候、依之拾九石余、永代証文并名寄帳相渡し置申候) 一色村 名主 久右衛門外2人 彦五郎 1通 A3-(1)-8
寛保1年4月16日 覚(免六つ四分室町分、当酉年より亥年迄三年賦定免申付之候)【二枚に剥離・A3-(1)-9~27、A3-(1)-9~10は包紙で一括してあった】 郡奉行 倉品勘之右衛門 1通 A3-(1)-9
寛保1年4月16日 覚(免六ツ壱分五厘田方・四ツ畑方、一色村、当酉年より亥年迄三年賦定免申付之候) 郡奉行 倉品勘之右衛門 1通 A3-(1)-10
延享2年6月4日 覚(高六拾八石弐斗五升九合、笠木村年賦地、年賦明ニ付年賦延之願出作喜右衛門持高年賦他ニ入交有之ニ付、此度割合定不農引相願候)【包紙あり】 郡奉行 石川二大夫外1人 1通 A3-(1)-11
(1)延享4年8月20日
(2)(延享4年)8月21日
(1)覚(一色村、六つ壱分五厘田、四つ畑、不農引見立、三 年賦定免申付候)(2)(添書 別紙之通由来候)【包紙あり】 (1)郡奉行(2)御代官 (1)上田左五右衛門(2)一色村名主中 1通 A3-(1)-12
(1)延享4年8月20日
(2)卯.8月21日(延享4年)
(1)覚(六ツ四分室町分、卯年より巳年迄三年賦定免申付候)(2)(添書 別紙之通由来候)【包紙あり】 (1)郡奉行(2)御代官 (1)上田左五右衛門(2)室町分名主中 1通 A3-(1)-13
寛延3年7月2日 覚(六つ三分室町分、不農引見立、当午年より申年迄三年賦願之通定免申付候)【A3-(1)-14~15は包紙で一括してあった】 郡奉行 高橋万右衛門 1通 A3-(1)-14
(寛延3年)7月2日 (添書 定免三年賦願之儀別紙之通申来候間随分耕作可被致出精候) 御代官 室町分名主中 1通 A3-(1)-15
宝暦3年5月22日 覚(六つ四分室町分、高八石七斗年賦之内不農引、定免年賦明ニ付願之趣聞届、当酉年より亥年迄三年賦定免申付候)【A3-(1)-16~17は包紙で一括してあった】 郡奉行 村田茂左衛門 1通 A3-(1)-16
宝暦3年5月22日 覚(一色村、六つ壱分五厘田方・四つ畑方、不農引見立、定免年賦明ニ付、願之趣聞届当酉年より亥年迄三年賦定免申付候) 郡奉行 村田茂左衛門 1通 A3-(1)-17
宝暦3年5月24日 覚(高壱石七斗五升六合、室町分之内惣作地田畑室村権助依願被下置候)【包紙あり】 郡奉行 村田茂左衛門 1通 A3-(1)-18
宝暦5年11月22日 覚(米六拾俵中曽根村、年来困窮相迫り当春之勘定必至ニ差支候ニ付御代官働を以先勘定為相済候段聞届相達候)【包紙あり】 郡奉行 田宮庄太夫 1通 A3-(1)-19
宝暦12年4月28日 (1)覚(定免定不農引年賦明ニ付年延願聞届、当年より申迄 三年賦年延申付候)(2)(添書 別紙之通申来候)【包紙あり】 (1)郡奉行(2)御代官 (1)真井小市右衛門(2)一色村 名主中 1通 A3-(1)-20
子.7月13日 (御用書 定免願被差出候処困窮之儀ニ付御聞届去年迄之通来丑年迄年賦御差延被仰付候)【A3-(1)-21~22は包紙で一括してあった】 両御代官 室町分名主中 1通 A3-(1)-21
子.7月13日 (御用書 定免願被差出候処困窮之儀ニ付御聞届去年迄之通来丑年迄年賦御差延被仰付候) 両御代官 一色村名主中 1通 A3-(1)-22
年未詳.2月12日 (御申渡書 宮村室町分過上御囲籾請取罷出候ハヽ別て早朝ニ致注進候様御申渡可有之候)【A3-(1)-23~24は包紙で一括してあった】 郡奉行 田宮庄太夫 1通 A3-(1)-23
年未詳.2月12日 (御申渡書 過上籾御差戻ニ候間嶋御蔵ニて可相請取候) 郡奉行 田宮庄太夫 1通 A3-(1)-24
年月日未詳 (一色村庄兵衛分、五月廿二日包四両・閏五月廿一日壱両) 御代官   1枚 A3-(1)-25
年未詳.7月17日 (御用書 其村年賦定免願被差出候処、当子年より丑年迄弐年賦定免被仰付候)【A3-(1)-26~27は包紙で一括してあった】 両御代官 笠木村名主中 1通 A3-(1)-26
年未詳.3月28日 (御用書 別紙之通被仰付候間可被得其意候、尤御請証文可被差出候) 井道祖右衛門 一色村名主久右衛門 1通 A3-(1)-27
寛延3年7月2日 覚(六ツ壱分田、四つ畑、一色村、不農引見立、当午年より申年迄三年賦願之通定免申付)【A3-(1)-28~32は包紙で一括してあった】 郡奉行 高橋万右衛門 1通 A3-(1)-28
(寛延3年)7月2日 (添書 三年賦定免願之儀、別紙之通申来候)【A3-(1)-28に挟んであった】 御代官 一色村 名主中 1通 A3-(1)-29
(1)(2)宝暦11年6月11日 覚((1)一色村久右衛門分、高八拾石余之内高拾八石宛、年賦之内定不農引 (2)別紙之通申来候間、可被得其意)【二枚に剥離・包紙2枚あり】 (1)郡奉行(2)御代官 (1)真井小市右衛門(2)一色村 名主 久右衛門方 1通 A3-(1)-30
(1)(2)明和3年5月25日 覚((1)高弐拾弐石宛、一色新入方、定不農引、年賦定不農引願差出聞届三年賦申付 (2)別紙之通申来候)【二枚に剥離】 (1)郡奉行(2)御代官 (1)宇佐美二右衛門(2)一色新入方 名主中 1通 A3-(1)-31
(1)明和4年4月29日
(2)(明和4年)5月1日
覚((1)一色村甚七、高八拾石余之内高拾五石宛、定不農引、年賦明ニ付年延願差出聞届 (2)別紙之通申来候間、可被得其意候)【包紙あり】 (1)郡奉行(2)御代官 (1)河村弥三右衛門(2)一色村 名主中 1通 A3-(1)-32
寛延4年8月 預申御年貢米之事(合拾弐石、一色村方、田方請作御年貢米預申所実正也)【包紙あり】 戸田内記内安藤六郎太夫外1人 御代官衆 1通 A3-(1)-33
宝暦5年4月19日 (差紙 一色村名主久右衛門引得高八拾石余之内弐拾石不農引申付置候、年賦明ニ付願之趣聞届一件)【A3-(1)-34~37は包紙で一括してあった】 郡奉行 田宮庄太夫 1通 A3-(1)-34
(宝暦5年)4月20日 (添書 其方引得高之内定不農引年賦明ニ付、願之趣相添別紙之通申来候) 御代官 一色村久右衛門方 1通 A3-(1)-35
宝暦5年4月21日 仕上御請証文之事(私儀引得高八拾石余之内弐拾石不農御引地被為仰付被下置、当亥年より丑年迄三年賦高拾八石御定不農御引地被為仰付被下置難有奉存) 一色村 名主 久右衛門 田宮庄太夫 1通 A3-(1)-36
宝暦5年4月 乍恐奉願上口書之覚(私引得高八拾石余之内弐拾石御定不農御引地五年賦御願申上候)【下書】 一色村 願主名主 久右衛門外1人 田宮庄太夫 1通 A3-(1)-37
宝暦6年5月28日 覚(六つ壱分五厘田方・四つ畑方、一色村、高弐拾九石つゝ年賦之内不農引、定免年賦明ニ付願之趣聞届、三年賦定免定不農引申付)【包紙あり】 郡奉行 田宮庄太夫 1通 A3-(1)-38
(1)宝暦8年4月25日
(2)(宝暦8年)4月27日
覚((1)一色村久右衛門分、高八拾石余之内拾八石宛、年賦不農引、三年賦年延之願聞届之通申付 (2)別紙之通三年賦年延可申渡)【包紙あり・A3-(1)-39~40は包紙で一括してあった】 (1)郡奉行(2)御代官 (1)岩井弥市(2)一色村 名主 久右衛門方 1通 A3-(1)-39
(1)(2)宝暦9年6月29日 覚((1)六つ壱分五厘田、四つ畑、一色村、高弐拾九石宛年賦之内不農引、年賦明ニ付願之趣聞届 (2)右之通可申渡旨申来候)【包紙あり】 (1)郡奉行(2)御代官 (1)加藤八太夫(2)一色村名主中 1通 A3-(1)-40
宝暦8年7月 覚(米壱石壱斗六合、小見取御年貢米拾年平均当寅年より辰年迄三年賦定免被仰付候)【A3-(1)-41~61は紙紐で、A3-(1)-41~49は包紙で一括してあった】 郷御目付 一色村名主・百姓 1通 A3-(1)-41
宝暦11年8月 仕上ル御請証文之事(高弐石五升壱合、米壱石壱斗六合、一色村御小見取御年貢米御定免御願申上候処、当巳ノ年より未ノ年迄三年賦御定免被為仰付候) 一色村 名主 甚七 外1人 郷御目付衆 1通 A3-(1)-42
宝暦11年8月 覚(高弐石五升壱合、米壱石壱斗六合、其村小見取御年貢米依願相伺候処、当巳年より未年迄三年賦御定免被仰付候) 郷御目付 一色村 名主 1通 A3-(1)-43
明和1年8月 覚(高弐石壱斗弐升六合、米壱石壱斗六合、其村小見取所年賦明ニ付依願相伺候処、当申年より戌年迄三年賦定免被仰付候) 郷御目付 木戸一色村名主・惣百姓 1通 A3-(1)-44
明和4年8月 覚(高弐石壱斗弐升六合、壱石壱斗六合、其村小見取所年明ニ付依願相伺候処、当亥年より丑年迄三年賦定免被仰付候) 地方吟味奉行 一色村名主・惣百姓 1通 A3-(1)-45
明和7年.閏6月10日 (覚 小見取所御取米壱石壱斗六合三年賦ニ仰付置候処、年賦明ニ付当寅より辰年迄三年賦願之趣聞届相達) 御代官 一色村名主中 1通 A3-(1)-46
安永2年5月 覚(高弐石壱斗弐升六合、内弐石五升四合田方、七升弐合畑方、田畑取米壱石壱斗六合、其村見取所取米依願巳年より未年迄三年賦年延被仰付候) 御引地方 御代官 木(戸)一色村 名主 1通 A3-(1)-47
年未詳.8月16日 (指紙 御城下御用序之砌、御役所え可罷出候) 郷御目付 一色村 名主 1通 A3-(1)-48
年月日未詳 仕上ル御請証文之事(高弐石五升壱合、米壱石壱斗六合、一色村小見取御年貢米御定免御願申上候処、当巳ノ年より未ノ年迄三年賦御定免被為仰付候)     1通 A3-(1)-49
明和6年6月25日 (指紙 (1)一色村定免見寄引願之趣聞届、去子年迄之通当丑より卯迄三年賦年延申付之候 (2)別紙之通申来候)【包紙あり】 (1)郡奉行(2)御代官 (1)河村弥三右衛門(2)一色村名主中 1通 A3-(1)-50
明和7年.閏6月10日 乍恐仕上御請証文之事(一色村御小見取所御取米壱石壱斗六合三年賦被為仰付被下置難有奉存候、年賦明キニ付年延御願申上候)【包紙あり】 甚七外1人 御代官 御役所 1通 A3-(1)-51
安永4年6月29日 覚(高八拾石余之内高拾五石、一色村甚七、定不農引、定不農引年賦明ニ付年延願差出聞届、三年賦年延申付候)【A3-(1)-52~54は包紙で一括してあった】 郡奉行 藤江彦右衛門 1通 A3-(1)-52
安永4年6月 覚(六ツ壱分五厘 一色村、不農見立引、四ツ畑方、定免年賦明ニ付年延願差出聞届、三年賦年延申付候) 郡奉行 藤江彦右衛門 1通 A3-(1)-53
(安永4年)7月6日 (添書 別紙之通申来候間、可被得其意候) 御代官 一色村名主中 1通 A3-(1)-54
戌.6月27日 覚(米八俵 三拾弐俵弐分かへ、代金弐両壱分拾五匁、右之通相済申候) 舟町市三郎 伊藤紋左衛門 1通 A3-(1)-55
年未詳.3月30日 (指紙 其方儀勢州参宮願之通リ被仰付候間、勝手次第出立可被致候)【包紙あり】 御代官 一色村甚七方 1通 A3-(1)-56
年未詳.7月6日 (指紙 先達て願書致可被仰入候処、弐拾五石ニてハ相済不申候、三拾石と認替差出可被申候)【包紙あり】 御代官 一色村名主中 1通 A3-(1)-57
年未詳.8月10日 (手紙 十一日より十二日迄八右衛門様え御出被下候様被頼候付、無相違様御出可被成被下候)【包紙あり】 弥平 一色村甚七 1通 A3-(1)-58
年未詳.12月29日 覚(四俵 三拾四俵弐分かへ、代金壱両拾匁八分五厘、右之通仕切代金相渡差引相済申候) 三郎兵衛 水野文内 1通 A3-(1)-59
年月日未詳 (覚 六斗八升弐合壱勺、亥春潰清七外〆拾三石九斗壱升七合弐拾俵半かへ、代金拾六両三分拾三匁三分弐厘、利弐両弐分弐匁七分五厘子年利外)     1枚 A3-(1)-60
年月日未詳 (覚 五斗弐升四合七勺、亥春潰者清七、壱石四斗三升八勺外、〆拾三石九斗三升七合)     1枚 A3-(1)-61
宝暦9年2月 証文之事(私儀当御勘定御年貢米大分引明ケ賄方及年柄不申候ニ付、御田地并家諸色村方え相渡し申)【包紙2枚あり】 本人伝十郎 外2人 御役人衆御百姓衆 1通 A3-(1)-62
宝暦11年4月24日 (指紙 (1)一色新入方高辻六拾石六斗五升七合、一色村名主久右衛門え支配并名主役共申付候 (2)別紙之通申来候間、可被得其意候)【包紙2枚あり】 (1)郡奉行(2)御代官 (1)真井小市右衛門(2)一色村 名主 久右衛門方 1通 A3-(1)-63
(1)(2)明和3年6月10日 (1)覚(定免願之趣聞届、当戌より子迄三年賦定免申付候)(2)(添書 別紙之通申来候間、得其意可被申候)【包紙あり・A3-(1)-64~65は包紙で一括してあった】 (1)郡奉行(2)御代官 (1)宇佐美二右衛門(2)一色村名主中 1通 A3-(1)-64
安永7年6月 覚(六ツ壱分五厘、一色村不農見取引、四ツ畑方、定免年賦明ニ付年延願差出聞届、三年賦年延申付候) 郡奉行 温井安右衛門 1通 A3-(1)-65
(明和8年)3月10日 覚((1)高弐拾三石九斗六升壱合、室入方名主権三郎え被下之免相諸役村並可相勤旨申渡候 (2)別紙之通申来候間、得其意請書指出可被申候)【包紙あり・A3-(1)-66~67は包紙で一括してあった】 (1)郡奉行(2)小林郡左衛門 外2人 (1)小林郡左衛門 外2人(2)木戸一色村 名主中 1通 A3-(1)-66
明和8年3月11日 仕上御請証文之事(高弐拾三石九斗六升壱合、右高室入方名主権三郎え御免諸役村並被相勤候様被為仰付難有) 一色村 百姓惣代吉右衛門外6人 御代官 御役所 1通 A3-(1)-67
明和9年7月 覚(高八拾石余之内、高拾五石、一色村甚七分、定不農引見立引無之、定不農引年賦明ニ付、願之趣聞届、当辰より午迄三年賦申付候)【A3-(1)-68~69は包紙で一括してあった】 郡奉行 豊田弥右衛門 1通 A3-(1)-68
安永7年6月 覚(高八拾石余之内、高拾五石、一色村甚七分、定不農引、年賦明ニ付年延願差出、当戌より子迄三年賦年延申付候) 郡奉行 温井安右衛門 1通 A3-(1)-69
安永3年4月 乍恐奉願上口書之覚(丑年より巳年迄御定不農御引地高平均ニ仕残高ニ御本免ニツ七分三厘ニ相当リ申候、乍恐末々御定被下置候様ニ奉願上候)【A3-(1)-70~73は2枚の包紙で一括してあった】 一色新入方名主 甚七 御代官 御役所 1通 A3-(1)-70
安永3年7月 覚(三ツ、一色新入方、高三拾石以上不農有之節は見寄引可申付事、定免願之趣聞届相達、当年より子迄七年賦願之通申付候) 郡奉行 石川忠蔵 1通 A3-(1)-71
(安永3年)7月13日 (添書 別紙之通申来候間可被得其意候) 御代官 一色新入方名主中 1通 A3-(1)-72
安永3年 一色新入方(高辻六拾石七斗五升三合外、定納合拾六石四斗七升三合、此米右之残高四拾五石四斗弐升壱合ニ割候得ハ三ツ六分弐厘、残てニツ七分三厘) 一色新入方 名主 甚七 御代官 御役所 1通 A3-(1)-73
安永5年6月 覚(高弐石七升八合、取米壱石壱斗六合、其村小見取所年明ニ付、依願伺之上当申年より戌年迄三年賦被仰付之候)【包紙あり】 御引地方御代官 一色村 名主 1通 A3-(1)-74
文化9年11月~文久2年11月 (一色村免相之事 文化九年から文久二年間分〆九十六通 明治三庚午年十月十日大垣城御渡シ相成請取分 戸田采女正様御免状) 大澤角之助外 守屋小十郎外 1綴 A3-(1)-75
文化9年11月~元治1年11月 (与市新田村免相之事 文化九から文久二年間分三十四通) 井上荘次郎外 名主・惣百姓 1綴 A3-(1)-76
嘉永4年 (断簡 〔 〕一位稲荷大明〔 〕)【一部のみ・A3-(1)-76に挟んであった】     1枚 A3-(1)-77
年月日未詳 (東海名産 御膳 乾海苔、山本製)【A3-(1)-76に挟んであった】     1枚 A3-(1)-78
年月日未詳 (極製 鯛味噌)【A3-(1)-76に挟んであった】 京三條通小橋西へ入大橋屋甚七   1枚 A3-(1)-79
文政4年7月10日 覚(惣作地高三拾四石弐升七合、米三石、定引代米、一色村甚左衛門外、年賦明ニ付当巳より未迄三年賦年延相願之、願之通年延申付候)【A3-(1)-80~81は2枚の包紙で一括してあった】 郡奉行 酒井助右衛門 1通 A3-(1)-80
(文政4年)7月10日 (添状 別紙之通申来候間、得其意請書可被差出候) 御代官 一色村名主中 1通 A3-(1)-81
文政6年9月 文政六癸未年九月吉日 未歳一色村田方立毛御検見名田帳 五島頼義士則   1枚 A3-(1)-82
文政9年9月2日 文政九丙戌年九月二日 戌年笠縫村御検見名田帳     1枚 A3-(1)-83
文政9年9月 文政九丙戌年九月吉日 戌歳一色村田方立毛御検見名田帳     1枚 A3-(1)-84
文政9年11月 (笠縫村当免相之事 毛付高六つ壱分新田定弐つ九分弐厘取申付之条年内速可皆済者也) 大沢治兵衛外4人 名主・惣百姓 1通 A3-(1)-85
文政9年11月 (木戸村免相之事 定田方四つ七分三厘・畑方四つ弐分壱厘新田分・田方三つ六分四厘・畑方弐つ三分・野畑五分八厘取年内速可皆済者也) 大沢治兵衛外4人 名主・惣百姓 1通 A3-(1)-86
文政9年11月 (笠木村当免相之事 毛付高田方六つ五厘・畑方五つ三分・清水原三つ六分・新田定田方四つ四分七厘・畑方壱つ九分取申付之条年内速可皆済者也) 大沢治兵衛外4人 名主・惣百姓 1通 A3-(1)-87
文政9年11月 (室村当免相之事 毛付高六つ九分五厘取申付之条、年内速可皆済者也) 大沢治兵衛外4人 名主・惣百姓 1通 A3-(1)-88
天保2年11月 (室村当免相之事 毛付高六つ九分五厘取申付之条年内速可皆済者也) 近藤広之助外3人 名主・惣百姓 1通 A3-(1)-89
天保5年9月 天保五午年九月吉日 名田帳     1枚 A3-(1)-90
天保7年8月10日 覚(米壱石、定引代米、一色村甚左衛門外、右は年賦明ニ付当申より戌迄三年賦年延相願之、無拠訳聞届、為御救願之通申付候)【包紙あり・三枚に剥離】 郡奉行 冨山六之右衛門 1通 A3-(1)-91
嘉永2年4月 差上申一札之事(福田村仁左衛門女子てる御守リ御奉公ニ奉差上候処、兼々承知候処、懐胎仕候)【A3-(1)-92~98は2枚の包紙で一括してあった】 福田村てる親仁左衛門 外2人 一色村久右衛門殿御子息 1通 A3-(1)-92
嘉永4年4月 御年貢金借用証文之事(金五拾両、此質物御田地一色入方分書入反畝歩別紙横折レ添、高拾三石九斗弐升三合、御年貢ニ差詰借用申候)【二枚に剥離】 一色村 借主 久右衛門 外2人 林本郷村熊之助 1通 A3-(1)-93
亥.4月 横折之覚(木下九畝歩、掟米壱石八升、作人菊右衛門外、掟米合拾弐石六斗) 一色村 地主久右衛門 林本郷村熊之助 1通 A3-(1)-94
年未詳.4月3日 口上(笠松堤方衆川々為御見分只今御着、今晩当村御泊リニ明日四日喜村御昼ニ相成候由被仰渡)【三枚に剥離】 竹中与惣次 一色五嶋久右衛門 1通 A3-(1)-95
年未詳.11月23日 (手紙 昨廿二日御召出之節先前之通、社倉え御差加え金有之候、愚案御受書相認メ申候間、御調印之上御差上ケ被下置候)【三枚に剥離】 矢橋子太郎 土屋康十郎外3人 1通 A3-(1)-96
年月日未詳 献立(皿鉢 焼卵・こふたけ・三月□□□□□、丼 いか・うどす外)【三枚に剥離】     1枚 A3-(1)-97
年月日未詳 (覚 高辻四百石弐斗九升八合、一色・高辻八拾壱石三斗七升、一色入方・高辻六拾石七斗五升三合、一色新入方外)【三枚に剥離】     1通 A3-(1)-98
(1)嘉永5年12月.
(2)嘉永7年.閏7
(3)弘化4年6月
(1)未進代金覚(2)嘉永七甲寅年閏七月改 未進方年賦済請取通控(3)未進金年賦済書覚 (1)一色村 借主 与右衛門 (2)兵三郎(3)清蔵   1綴 A3-(1)-99
安政4年7月 安政四丁巳年七月 御年貢米未進金年賦返済請取通【A3-(1)-99のこよりに結んであった】 返済主 一色村本人 五蔵方外1人   1綴 A3-(1)-100
安政2年11月 (室村免相之事 定五つ七分壱厘取年内速可皆済者也)【虫損あり】 岩井弥五兵衛外2人 名主・惣百姓 1通 A3-(1)-101
安政6年2月 安政六己未年二月吉日 室町分午年御年貢米上納取立帳     1冊 A3-(1)-102
文久1年7月30日 覚(三ツ五厘一色新入方、但高三拾石已上不農之節は検見取可申付事・三ツ五分三厘一色入方、四ツ五厘畑方、定免年賦明ニ付五年賦年延相願之聞届)【二枚に剥離・虫損あり・包紙あり】 郡奉行 河村忠之進外1人 1通 A3-(1)-103
文久1年9月 覚(壱反歩之内上田壱畝弐拾歩、五番福源寺・五嶋久右衛門、作土流外、右は是迄引地相成居候処、年明ニ付見分之上当酉年より毛付高可令相続候)【三枚に剥離・包紙あり】 郷目付 一色村 名主 1通 A3-(1)-104
(文久1年)12月18日 覚(一色村・同入方、地直代米拝借五年賦返納之分、年々十一月限請手形を以御役所え可致返納旨御申渡可有之候)【二枚に剥離・A3-(1)-105~106は包紙で一括してあった】 郡奉行 河村忠之進外1人 1通 A3-(1)-105
(文久1年)12月18日 (添書 別紙之通申来候間、得其意急々差出可申候) 御代官 別紙村々(一色・入方) 名主中 1通 A3-(1)-106
文久2年2月10日 覚(米拾三石八斗五升六合、一色村、洪水之節諸具代米、当勘定ニ被下之候)【A3-(1)-107~109は包紙で一括してあった】 郡奉行 河村忠之進外1人 1通 A3-(1)-107
文久2年11月23日 覚(米三石三斗壱升八合、一色村、出水之節諸道具代米、当秋日折米を以被下之候)【二枚に剥離】 郡奉行 河村忠之進外1人 1通 A3-(1)-108
(文久2年)11月23日 (添書 別紙之通申来候間、得其意請書差出可申候) 御代官 一色村名主中 1通 A3-(1)-109
文久3年8月30日 覚(三ツ七分五厘一色村・三ツ七分壱厘畑方、定免年賦明ニ付年延相願之聞届)【二枚に剥離・包紙あり】 郡奉行 石崎喜多右衛門 1通 A3-(1)-110
(1)(文久3年)8月30日
(2)(文久3年)9月28日
覚((1)一色村定免年延之儀願後れ願書差出之候、兼て期月有之処等閑之心得不埒之事、此度は願之通聞届為過怠人足五人申付 (2)右之通被仰渡候)【三枚に剥離・包紙あり】 (1)御年寄(2)郡奉行 (1)一色村(2)石崎喜多右衛門 1通 A3-(1)-111
文久3年8月30日 覚(米七斗、内弐斗御回後御年限中御備米、残て五斗定引代米外、一色村五嶋久右衛門、右は定引代米并御会釈米年賦年延願聞届)【三枚に剥離・包紙あり・A3-(1)-112~113は包紙で一括してあった】 郡奉行 石崎喜多右衛門 1通 A3-(1)-112
文久3年9月23日 (添書 別紙之通申来候間、得其意諸書差出可申候) 御代官 一色村 名主 庄兵衛方 1通 A3-(1)-113
元治1年6月10日 覚(三ツ与市新田村、右は定免年賦明ニ付、当子より辰迄五年賦年延相願之聞届為御救願之通申付候)【A3-(1)-114~116は紙紐で一括してあった】 郡奉行 石崎喜多右衛門 1通 A3-(1)-114
元治1年8月24日 覚(三ツ七分七厘一色村・三ツ七分三厘畑方、右は定免年賦明ニ付当子より寅迄三年賦年延相願之聞届願之通申付候)【包紙あり】 郡奉行 石崎喜多右衛門 1通 A3-(1)-115
(1)年未詳.5月18日
(2)年未詳.6月10日
覚((1)定免年延之儀、願後れ願書差出し候、等閑之心得不埒之事ニ候、赦免相願候ニ付聞届 (2)右之通被仰渡候間此旨申渡)【三枚に剥離】 (1)御年寄(2)郡奉行 (1)与市新田村(2)石崎喜多右衛門 1枚 A3-(1)-116
元治1年11月 (中野村当免相之事 毛付高田方四ツ四分有助分壱つ五分下り、畑方定四ツ壱分取申付候条年内速ニ皆済者也) 大沢角之助外4人 名主惣百姓 1通 A3-(1)-117
元治1年11月 (草道嶋村当免相之事 毛付高田方三つ五分、畑方定四つ五分取申付候条、年内速可皆済者也)【虫損あり】 (大沢角之助)外4人 名主惣百姓 1通 A3-(1)-118
元治1年11月 (青木村当免相之事(毛付高田方四つ五分、畑方四つ九分弐厘、新田定三つ五分三厘取申付之条、年内速可皆済者也) 大沢角之助外4人 名主惣百姓 1通 A3-(1)-119
慶応2年8月10日 覚(三ツ五分三厘一色入方・四ツ五厘畑方、定免年賦明ニ付当寅より午迄五年賦年延相願之聞届為御救願之通申付候)【A3-(1)-120~123は包紙で一括してあった】 郡奉行 松村芝右衛門 1通 A3-(1)-120
慶応2年8月10日 覚(三ツ三分八厘一色新田、定免年賦明ニ付、当寅より申迄七年賦年延相願之聞届、為御救願之通申付候) 郡奉行 松村芝右衛門 1通 A3-(1)-121
慶応2年8月10日 覚(三ツ五厘一色新入方、定免年賦明ニ付、当寅より午迄五年賦年延相願之聞届、為御救願之通申付候) 郡奉行 松村芝右衛門 1通 A3-(1)-122
慶応2年8月10日 覚(米七斗、一色村五嶋庄兵衛、内弐斗、御回復御年限中御借米外、年賦明ニ付当寅より辰迄三年賦年延聞届申付候) 郡奉行 松村芝右衛門 1通 A3-(1)-123
慶応2年11月 乍恐以書付奉歎願上候(弐ツ田方・弐ツ六分畑方外、当村之義当年柄ニ付、以御慈悲今般御白洲被召出、御諭之上村方積リ御免たて奉差上旨被為仰渡被下置難有仕合奉存候) 一色村御百姓代惣五郎外3人 御代官 御役所 1通 A3-(1)-124
慶応2年11月 慶応二丙寅年十一月 寅年一色村同入方・同新入方・与市新田村・室村田畑共積リ御免覚     1冊 A3-(1)-125
慶応2年12月 一色村(弐ツ田方・弐ツ六分畑方・弐ツ弐分惣作外)     1枚 A3-(1)-126
(慶応3年)2月4日 (添書 御用之儀有之候間、得其意明五日四ツ時無遅滞罷出可申候)【A3-(1)-127~128は包紙で一括してあった】 御代官 一色村五嶋庄兵衛外1人 1通 A3-(1)-127
慶応3年2月 (差紙 池尻村免割勘定中、一色村名主五嶋庄兵衛、徳光村名主源次え立会申付候間、入念相勤候様御申渡之事)     1通 A3-(1)-128
慶応3年8月10日 覚(三ツ七分七厘一色村・三ツ七分三厘畑方、定免年賦明ニ付、当卯壱ヶ年延相願之聞届、願之通申付候)【A3-(1)-129~130は包紙で一括してあった】 郡奉行 加藤国次郎外1人 1通 A3-(1)-129
年未詳.3月 (差紙 去秋御百姓積リ免被仰付之候、畑方家下等急て掟究之内夫々引歩相立可申筋ニ候処、其儀無之村方も有之哉ニ相聞え候間、聊不相当之義無之様正路ニ取計可申候)     1通 A3-(1)-130
卯.12月 卯年分(田方高五石壱斗九合、畑方高弐石五斗七升五合、高〆七石六斗八升四合、定納合五石九斗五升六合、内納方〆五石八斗八升)【二枚に剥離・A3-(1)-131~132は包紙で一括してあった】 木戸西組 名主 一色村久右衛門 1通 A3-(1)-131
未.12月 未年分(高弐石七斗六升九合外、定納合弐石七斗六升八合、内納方〆壱石九斗弐升壱合) 東組 名主・五人組頭 一色村久右衛門 1通 A3-(1)-132
申.9月 (検見調 一色村惣作地・同新入方・同入方共、三合毛、壱割弐分引・弐合毛、三割七分引外)【二枚に剥離】 検見方 一色村同新入方同入方 1通 A3-(1)-133
戌.2月 酉年算用状 甚左衛門分(高七石四斗余、内高四斗余田方外、〆五石五斗余、内納方、〆五石八斗余、差引弐斗八升余、代金弐歩弐朱余) 名主 支配人林左衛門 1通 A3-(1)-134
年未詳.10月26日 (指紙 検見差出書之儀ニ付、可申談御用有之候間、旅宿え罷免可被申候)【二枚に剥離・包紙あり】 検見方 一色村 名主中 1通 A3-(1)-135
年未詳.11月10日 (手紙 御代官様被仰候通、金五両余御継米拾三表計受ニ、舟町儀兵衛方へ御出し可被下、尤新入方へ御蔵入之米三表計庄兵衛様方へ御預リ置可被下)【二枚に剥離・包紙あり】 中曽根村惣右衛門 外1人 一色村(五嶋)久右衛門外1人 1通 A3-(1)-136
年月日未詳 名田帳(毛引)     1枚 A3-(1)-137止
A3 貢租(2)小物成
辰.1月11日(慶応4年) 送り状之事(白木長持壱棹外、金三分弐朱、一色より八幡迄登り運賃、都合十四釣り)【二枚に剥離】 五島荘兵衛 竹中与惣次 1枚 A3-(2)-1
卯.7月18日 (差紙 其村悪水通リ御堤柳下苅之儀、草木共村方へ苅取、今年より御運上銀拾五匁宛致上納度)【包紙あり・二枚に剥離】 郷奉行 一色村 名主中 1通 A3-(2)-2
戌.12月 覚(一色新入方縄代、弐匁五分弐厘、壱厘村代、入方分縄代、四匁九厘、壱厘村代外、右上納受取申候) 金見役所   1通 A3-(2)-3
年未詳.10月29日 (手紙 其元御調達御用金、今年ハ格別之御差閊ニ付元金之儀ハ僅居致度存候) 別勘定奉行 一色村甚七 1通 A3-(2)-4止
A3 貢租(3)運上・冥加
享保16年7月 覚(金三分は亥之正月相渡ス、右金〆拾両銀札壱匁七歩八厘、南?村御堤内貴殿御引得田畑反数四反九畝余、此高七石三斗弐升余、代金不残相渡)【虫損あり・A3-(3)-1~29は一括してあった】 戸田内記内安藤友右衛門 南?村勘右衛門 1通 A3-(3)-1
元文2年5月29日 覚(金三百四拾八両三分銀五匁八厘御用ニ御取次仕差上申候、利足辰之正月より同極月之分金六拾弐両三分銀弐匁四分被下置)【A3-(3)-2~6は紙紐で一括してあった】 戸田内記内安藤友右衛門 戸澤七左衛門様御内多賀銀蔵 1通 A3-(3)-2
元文2年5月29日 覚(金三百四拾八両三分銀五匁八厘御用ニ御取次仕差上申候)【下書】 戸田内記内安藤友右衛門   1通 A3-(3)-3
年未詳.5月26日 (手紙 昨日御申聞候安藤友右衛門方、利息金之儀堅キ約束之義段々及延引我等甚及迷惑、七千俵之内裏判手形弐千俵ニ致し近日相受取候外) 七左衛門 正順 1通 A3-(3)-4
年未詳.5月29日 覚(三百六十俵裏判手形、六十弐両三分銀五匁余、右借利足之方へ遣し証文之事辰極月より相認追て可遣候) 戸澤七左衛門 安藤友右衛門 1通 A3-(3)-5
年月日未詳 卯年諸御手形戸沢七左衛門様へ上納覚(千五百六拾九表壱斗六升七合、三拾九表替代金三百九拾弐両銀九匁五分、外ニ代金拾両壱分銀三分八厘、右二口合四百弐両壱分銀九匁八分八厘)     1通 A3-(3)-6
元文2年9月 借用仕金子之事((1)合金四拾両は元金但し享保金、御裏判弐百四拾表封印銀札九百目、屋敷売券証文壱通、右之品々為質物相渡置申 (2)表書之通相違無御座候) (1)高屋村幸右衛門(2)喜多村休右衛門   1通 A3-(3)-7
延享2年8月 乍恐口上書を以申上候(私儀近在六ヶ村出作高所持仕、元文元辰ノ年右之御田地質物或ハ売払借用金仕、百九拾弐両余別御勘定御役所様え差上申候一件) 一色村 名主久右衛門 石川二太夫外1人 1通 A3-(3)-8
延享4年1月 乍恐口上之覚(私儀前々申上候通近在御他領分ニ出作高御座候処、元文元辰年右之御田地等売払、其外他借仕右金銀百九拾弐両余別勘定御役所様え差上申候) 一色村 名主久右衛門   1通 A3-(3)-9
寛延3年12月24日 永代売渡し申田畑証文之事(反数合弐反弐畝八歩、高合弐石四十六升八合八勺、代金拾壱匁弐分ニ相究、永代ニ売渡し候) 同村(一色村)名主 久右衛門外3人 笠縫村文右衛門 1通 A3-(3)-10
子.1月28日 口上(昨日申上候御用金御代官様え罷越、段々御断申候ハヽ三両計包申様ニ被仰付候、何とそ金子弐両御かし被遊可被下候) 久右衛門 安藤友右衛門 1通 A3-(3)-11
子.12月29日 (手紙 私借用金之義、兼て御断申候通リ、元利少々御算用仕度候様存候) 一色庄兵衛 安藤友右衛門 1通 A3-(3)-12
卯.4月23日 (手紙 月送リ御用金、私手前之分ハ昨日上納仕候得共、村高懸リ之分壱分喜右衛門、壱分利左衛門今月之分被請合候得共、今日之間ニ入不申候) 久右衛門 安藤友右衛門 1通 A3-(3)-13
(卯).6月6日 覚(卯五月迄之元利百弐拾弐両弐分銀七匁八分九リン、新出之分七拾三両弐歩銀四匁七分三厘、右元利ニ六分之増金如此御座候)     1通 A3-(3)-14
卯.12月 請取申金銀之事(百九拾弐両弐分ト銀八匁六分七厘、卯六月元外、右之通元利御返弁被成慥請取相添申候) 木戸一色村久右衛門 別御勘定御奉行衆 1通 A3-(3)-15
年未詳.2月15日 口上(役所御用多御取込何之御沙汰も無之、其内首尾奉頼候、就夫御頼置候村取金、只今樋大工作釣釘代両様ニ壱両壱分御かし可被下候) 一色庄兵衛 安藤友右衛門 1通 A3-(3)-16
年未詳.3月9日 (手紙 拝領金銀札五拾七匁御越被遊被下請申候、本銀四拾九匁弐分五厘ニて御座候、銀札いたし五拾弐匁五分三厘ニ御座候、此外ふうたいに御座候間、銀札五拾三匁御かし可被下候) 久右衛門 安藤友右衛門 1通 A3-(3)-17
年未詳.5月15日 (手紙 先日御物語仕候御用金之義、又々御廻文参リ申、私義借用之手筋無御座候間、此度之御用金何とそ御手合被遊可被下候)【虫損あり】 一色久右衛門 安藤友右衛門 1通 A3-(3)-18
年未詳.5月 覚(金子壱両、右は仏借田為御志御上ケ被成、忝受納仕候) 友江村南禅寺順証 誓玄 1通 A3-(3)-19
年未詳.6月2日 (手紙 丑年上納手形起之儀、先日被仰聞之趣を以菅原様え達て相願、御役所ニて御相談被成被下候)【A3-(3)-20~22は包紙と紙紐で一括してあった】 茶屋九右衛門 安藤友右衛門 1通 A3-(3)-20
年未詳.6月7日 (手紙 金子上納可被遊候由奉畏候、今日別御勘定所御休日ニて明日罷出何用埒明可申)【二枚に剥離】 茶屋九右衛門 安藤友右衛門 1通 A3-(3)-21
年未詳.6月12日 (手紙 此間段々被仰聞候丑年上納手形代起御借用之儀、致相談可成義候ハヽ、其元儀右願之通ニ致シ遣度候) 別勘定奉行 茶屋九右衛門 1通 A3-(3)-22
年未詳.6月4日 (手紙 今晩夜中金子五両此ノ喜三次え只今御かし可被下候)【虫損あり】 一色村久右衛門 外1人 安藤友右衛門 1通 A3-(3)-23
年未詳.6月19日 (手紙 就夫御無心之儀ニ候得共、俄ニ金子弐分入用出来仕迷惑奉存候、此者ニ弐分金子御かし可被下候)【虫損あり】   安藤友右衛門 1通 A3-(3)-24
年未詳.9月4日 (手紙 扨又御無心申上候、金子弐両弐分只今此者ニ御かし可被下候) 一色庄兵衛 安藤友右衛門 1通 A3-(3)-25
年未詳.11月26日 (急御用 一色村出火駈着人足壱人、向後浅井太郎右衛門宅え罷越候様ニ被仰渡候)【包紙あり】 御代官 右村(一色村)名主中 1通 A3-(3)-26
年月日未詳 (手紙 今日夫金壱両弐分つゝミ申候用ニ彦七方より申来候用ニ御座候)【虫損あり】 一色村利左衛門 安藤友右衛門 1通 A3-(3)-27
年月日未詳 覚(百弐両弐歩七匁八歩九リン、寅六月より借用、此利拾両三歩壱匁五歩七リン、〆百七拾七匁、月壱分半定)     1通 A3-(3)-28
年月日未詳 口上之覚(去年御咄し仕候宮町善蔵次米不埒ニ御座候、田宮専右衛門様預リ手形御座候、先日定使遣シ候得は専右衛門様預リ手形拙者方ニ無御座候) 一色村久右衛門 安藤友右衛門 1通 A3-(3)-29
(享保20年)12月24日 (指紙 猟師札相渡過被下、明廿五日八ツ時布川内右衛門方へ請取持参遣候)【三枚に剥離・A3-(3)-30~32は包紙で一括してあった】 郷奉行 一色村 名主中 1通 A3-(3)-30
享保20年12月 雁鴨以下猟師札   一色村助七 1枚 A3-(3)-31
享保20年12月 雁鴨以下猟師札   一色村半六 1枚 A3-(3)-32
安永5年10月.天明3年1月 (御用調達金請取通 一色村安永五年・一色村天明三年・一色新入方天明三年・一色新入方安永五年・一色新入方) 赤坂筋世話役宮村 名主市左衛門   1綴 A3-(3)-33
天明9年1月 乍恐書付を以奉申上候(三通御証文・御手形・御封印銀札拾貫目余御封印外、右之通御証文御手形御封印之銀札御預居申候ニ付差上申度)【A3-(3)-34~36は包紙で一括してあった】 一色村 名主 甚七  御代官 御役所 1通 A3-(3)-34
(寛政1年)2月7日 (差紙 願之通御証文類并銀札差出候様申来候間、請書相添明日御役所へ可被差出候)【包紙あり】 御代官 一色村 名主 甚七 1通 A3-(3)-35
寛政1年3月 乍恐御請証文之事(先達て奉申上候御証文四通并御日折米御手形五通、御封印銀札拾貫九拾六匁奉差上度) 一色村 名主 甚七 御代官 御役所 1通 A3-(3)-36
嘉永5年10月25日 嘉永五壬子年十月廿五日 舫金貸附帳     1枚 A3-(3)-37
嘉永5年 嘉永五子年 舫金勘定帳毛引     1枚 A3-(3)-38
安政1年12月27日 覚(長松村名主源四郎外一人、舫金取扱方申付置候処、御手当金致頂戴候儀は恐入候ニ付、為冥加已前少分御手当之節之振合を以相勤度旨相願之奇特之事候)【A3-(3)-39~40は包紙で一括してあった】 郡奉行 岩井次五大夫 1通 A3-(3)-39
安政1年12月27日 (添書 別紙之通申来候間、得其意請書差出可被申候) 御代官 一色村・長松村名主中 1通 A3-(3)-40
(1)(2)(安政1年)12月28日 覚((1)金拾五両弐歩、銀拾三匁壱分九厘、御公務金外、異国船渡来其上甚敷地震ニ付御物入多之、為冥加書面之通差上度 (2)右之通被仰渡候)【A3-(3)-41~42は包紙で一括してあった】 (1)御城代(2)郡奉行 (2)岩井次五大夫 1通 A3-(3)-41
安政1年12月28日 (添書 別紙之通申来候間、得其意請書差出可被申候) 御代官 一色村久右衛門方 1通 A3-(3)-42
安政4年9月15日 舫金勘定帳下     1枚 A3-(3)-43
安政4年9月 安政四丁巳年九月 舫金貸附帳     1枚 A3-(3)-44
(1)(安政5年)4月8日  (2)(安政5年)4月19日 覚(小縄三拾六束宛、一色村名主久右衛門、為冥加差上度旨相願之奇特之事 (2)右之通被仰渡候間申渡可有之候)【包紙あり】 (1)御城代(2)郡奉行 柴田平左衛門外1人 1通 A3-(3)-45
(1)(安政5年)12月8日(2)(安政5年)12月20日 覚((1)金拾五両、調達講金外、一色村甚右衛門、外冦防禦御備御用途金之内え書面之通献金致し度旨相願之奇特 (2)右之通被仰渡候間、此旨申渡有之候)【A3-(3)-46~48は包紙で一括してあった】 (1)御年寄(2)郡奉行 (2)柴田平左衛門 外1人 1通 A3-(3)-46
(1)(安政5年)12月8日(2)(安政5年)12月20日 覚((1)金五拾両、一色村名主久右衛門、外冦防禦御備御用途金之内え書面之通献金致度旨相願之奇特 (2)右之通被仰渡候間、此旨申渡可有之候) (1)御年寄(2)郡奉行 (2)柴田平左衛門 外1人 1通 A3-(3)-47
(1)(安政5年)12月8日(2)(安政5年)12月20日 覚((1)金拾弐両弐歩、調達講金外、一色村甚助、外冦防禦御備御用途金之内え書面之通献金致し度旨相願之奇特 (2)右之通被仰渡候間、申渡可有之候) (1)御年寄(2)郡奉行 (2)柴田平左衛門 外1人 1通 A3-(3)-48
安政6年9月 安政六己未年九月 舫金勘定帳卦引     1枚 A3-(3)-49
(1)(2)(慶応3年)12月28日 覚((1)金六拾八両銀七匁三分五厘、戌年調達金下ヶ残、一色村五嶋庄兵衛、非常御入費莫太之趣奉恐承、書面之通献金奇特 (2)右之通被仰渡候)【A3-(3)-50~51は2枚の包紙で一括してあった】 (1)御年寄(2)郡奉行 (2)奥村房右衛門 外1人 1通 A3-(3)-50
(慶応3年)12月28日 (添書 別紙之通申来候間、得其意請書早々差出可申候) 御代官 一色村五島庄兵衛 1通 A3-(3)-51
丑年舫金返済帳毛引     1枚 A3-(3)-52
年月日未詳 舫金貸附帳毛引     1枚 A3-(3)-53止
A3 貢租 (4)課役
寅.4月28日(慶応2年) 覚(米壱俵、一色村同入方、去ル申年洪水之節荒地出来ニ付五俵五年賦ニて貸渡置候処、直段格外高価相成難渋之儀ニ付、書面之通返納)【二枚に剥離・A3-(4)-1~24は包紙で一括してあった】 郡奉行 松村芝右衛門 1通 A3-(4)-1
寅.5月17日(慶応2年) 覚(出水ニ付東西両御堤囲ひ諸具 空俵七拾壱・小縄七把・松明三拾弐挺・村人足三拾人、右之通遺仏相改申候)【A3-(4)-2~3は包紙で一括してあった】 近藤直蔵外1人 一色村役人中 1通 A3-(4)-2
寅.5月17日(慶応2年) 覚(空俵十七・小縄四把・松明三十九挺、右は出水ニ付御用也) 加藤留之助外1人 一色村名主中 1通 A3-(4)-3
年未詳.1月18日 覚(室村松野所三郎御用之儀有之候間、得其意明十九日正四ツ時無遅滞附添罷出可申候) 御代官 室村 名主中 1通 A3-(4)-4
年未詳.1月29日 覚(赤坂筋四人、右之通郷中間割賦、芸州え出張申付、早々罷越御用向無差支可相勤候、尤身体強健之もの相撰可差出候)【二枚に剥離】 郡奉行 松村芝右衛門 1通 A3-(4)-5
年月日未詳 (覚 受負等は決て不相成、村人別之内を以可差出事)【A3-(4)-5に挟んであった】     1枚 A3-(4)-6
年未詳.2月13日 覚(駈着人足壱人、一色村出火之節中西彦左衛門宅附申付置候処、今般寄合場附申付候旨御申渡可有之候) 郡奉行 松村芝右衛門 1通 A3-(4)-7
年未詳.2月18日 覚(室村幸平御用之儀有之候間、得其意明十九日四ツ時無遅滞附添罷出可申候)【包紙あり】 御代官 一色村五嶋庄兵衛方 1通 A3-(4)-8
年未詳.2月22日 覚(室村清左衛門御用之儀有之候間、明廿三日四ツ時無遅滞附添罷出可申候)【包紙あり・二枚に剥離】 御代官 室村 名主中 1通 A3-(4)-9
年未詳.2月26日 覚(室村幸平御用之儀有之候間、得其意明廿七日四ツ時無遅滞附添罷免出可申候) 御代官 室村 名主中 1通 A3-(4)-10
年未詳.閏5月7日 覚(室村松野所三郎外八人、公方様御泊城ニ付、郷足軽申付候、尤御用柄并日限之義は追て可申達候、此旨御申渡可有之候) 郡奉行 松村芝右衛門 1通 A3-(4)-11
年未詳.5月19日 (差紙 申達御用之儀有之候間、近々可罷出候事) 往還方 役所 一色村五嶋庄兵衛 1通 A3-(4)-12
年未詳.5月28日 (御用書 過刻手違?八本相渡候処、右間違ニ付近夕之内可差戻事)【包紙あり】 往還方 役所 一色村五嶋庄兵衛 1通 A3-(4)-13
年未詳.6月12日 (差紙 木戸村兵内え地所戻し方届未差出不申候間、明十三日五ツ時迄ニ差出可申候様取計可申候)【包紙あり】 御代官 一色村五嶋庄兵衛 1通 A3-(4)-14
年未詳.6月14日 (差紙 其村通路板橋之諸具可相渡候間、明後十六日五ツ時人足召連可罷出事)【包紙あり】 往還方 役所 一色村 名主 1通 A3-(4)-15
年未詳.6月17日 覚(木戸村兵内御用之儀有之候間、得其意明十八日五ツ時無遅滞附添罷出可申候)【包紙あり】 御代官 五嶋庄兵衛 1通 A3-(4)-16
年未詳.6月26日 覚(田畑村まつ、親類之者壱両人御用之儀有之候間、明後廿八日正五ツ時無遅滞附添罷出可申候)【包紙あり】 御代官 願成寺村河村伝次郎外1人 1通 A3-(4)-17
年未詳.7月3日 覚(郷足軽三人赤坂筋、殿様上京ニ付御供被仰付之候日限之儀は追て可申達候間、寄合場ニて様子承り罷登候様御申渡可有之候)【二枚に剥離】 郡奉行 松村芝右衛門 1通 A3-(4)-18
年未詳.7月8日 覚(室村庄之助御用之儀有之候間、得其意明九日五ツ時無遅滞附添罷出可申候)【包紙あり・二枚に剥離】 御代官 室村 名主中 1通 A3-(4)-19
年未詳.8月 (申渡書 左之村々新田段免所定免手継願、時節後レ差出之不念之事ニ候、此度は不及其沙汰候以来入念候様御申渡) 一色村・木戸村   1通 A3-(4)-20
年未詳.12月9日 覚(室村庄吉外二人御用之儀有之候間、得其意明十日四ツ時無遅滞附添罷出可申候) 御代官 室村名主中外1人 1通 A3-(4)-21
年月日未詳 (覚 郷夫七百人程、外ニ五拾人程入用ニ可相成申候難計旨)【二枚に剥離】     1通 A3-(4)-22
年月日未詳 (室村 庄之助)     1枚 A3-(4)-23
庚午.閏10.(明治 3) 覚(米四拾弐俵一色村、但来未より辰迄拾年賦、不拘豊凶元米を以返納、案外違作之趣ニ付為御救、当日折米之内ヲ以拝借被仰付候事) 庶務局   1通 A3-(4)-24止
A3 貢租 (6)貢納一件
延享1年4月30日 覚(高弐拾九石八斗余、一色村惣作地、村方八石以上之高持共高石ニ応し持高ニ結ひ地直し可致、尤村方困窮ニ付為御救米八石宛三年之内被下置)【包紙あり・A3-(6)-1~4は包紙で一括してあった】 郡奉行 栗田五郎次外1人 1通 A3-(6)-1
寛延 3年5月10日 (差紙 一色村惣作地五反弐畝拾六歩地所悪敷弁米相立候旨、利右衛門喜平次願之趣聞届、反ニ付米壱斗宛為耕作料当午年壱ヶ年被下置候)【包紙あり・A3-(6)-2~3は包紙で一括してあった】 郡奉行 高橋万右衛門 1通 A3-(6)-2
(寛延 3年)5月10日 (差紙 先達て願之義、別紙之通被仰出候趣申来候) 御代官 一色村 名主中 1通 A3-(6)-3
宝暦14年5月28日 覚(高八拾石余之内、高拾五石宛田方、一色村久右衛門分定不農引、当申より戌迄三年賦申付)【包紙あり】 郡奉行 安藤久太夫 1通 A3-(6)-4止
A4 村政 (1)村況
延宝 5 延宝五丁巳年安八郡若森郷一色村屋敷絵図【37.7×54.0・彩色・二枚に剥離】     1枚 A4-(1)-1
宝永7年5月 (田畑色分絵図 田所弐反弐畝三歩畑壱反五畝五歩、宝永六己丑年四月廿四日改之、田所弐反三畝畑壱反四畝廿歩、宝永七庚寅年五月朔日改之)【53.5×39.9・彩色】     1枚 A4-(1)-2
寛延 4年10月28日 (一色村御城米道 室村地内御願場所絵図)【93.5×82.7・彩色・A4-(1)-3~5は紙袋で一括してあった】 一色村名主 久右衛門外1人   1枚 A4-(1)-3
未.10月(28)(寛延 4) (一色村御城米道 室村地内御願場所絵図 墨引下書)【55.8×40.5】 一色村名主 久右衛門外1人   1枚 A4-(1)-4
(寛延 4年10月28日) (一色村御城米道 室村地内御願場所絵図 下書)【55.5×40.4】     1枚 A4-(1)-5
明和1年11月 明和元甲申年十一月安八郡一色村明細帳 一色村 名主甚七外1人 河村弥三右衛門 1冊 A4-(1)-6
安永5年7月30日 覚(宝永五年差上候彩色絵図面但木戸村立合壱枚、享保三年差上候美濃紙絵図面壱枚拝借仕、上納可仕候) 一色村 名主 甚七 御普請 御役所 1通 A4-(1)-7
嘉永5年2月 (戸田治部左衛門様元禄之頃御馬飼料作附場ニ御拝領在之候昼飯村地内野方絵図面写 野方新田開発掛リ 五嶋久右衛門引得)【64.5×44.6・彩色・紙袋あり】     1枚 A4-(1)-8
嘉永5年5月 嘉永五壬子年五月 美濃国安八郡若森郷一色邑地内改正 大絵図下(御役所上ケハ此図荒増六分一ニ書縮メ上ル)【A4-(1)-9~10は紙袋で一括してあった】 大垣本町絵図平三郎外3人   1枚 A4-(1)-9
嘉永5年8月 大絵図切縮 御役所上ケ下絵図 一色村 御百姓代藤左衛門外3人   1枚 A4-(1)-10
安政4年10月14日 (一色村地内上池之川絵図 上川田不残田数拾九枚、御預所福田村円吉捨次郎え掟畝壱町余之内壱反五畝分葭生出四方分引之、残て壱町弐反分壱石弐斗ツヽ掟米大減納ニて相掟)【80.5×39.0・彩色】 五島久右衛門   1枚 A4-(1)-11
安政4年11月4日 一色村川並字池ノ川神白畑絵図 有形 久右衛門分(一色村川並神白畑方年々出水仕皆無ニ相成、三四反分請作仕、梨樹為植呉候様相頼)【49.0×46.5】 木戸源吾   1枚 A4-(1)-12
(巳) (巳年木戸村引得墨引絵図)【38.0×27.3】     1枚 A4-(1)-13
年月日未詳 (一色村・同入方・同新入方絵図)【42.0×30.0・彩色】     1枚 A4-(1)-14
年月日未詳 (稲川弥次兵衛様差上候引得 一色村墨引絵図)【34.1×24.3】 一色村 名主甚七外1人   1枚 A4-(1)-15
年月日未詳 (福田村笠毛村より笠松御役所へ差上候墨引絵図 一色村地内境・樋外普請願場所)【42.7×72.8】     1枚 A4-(1)-16止
A4 村政 (2)戸口
天和3年6月 天和三年癸亥六月 一色村幾里志丹宗門御改帳【紙袋あり】     1冊 A4-(2)-1
(享保2年)~天保7年7月 享保弐酉歳已来家族増減 安八郡一色邑五嶋本家宗門御改帳写(天保七申歳七月日 写得之 五嶋先祖代々九族早細見鉤書) 安八郡若森郷一色邑松圃亭五嶋所平源憲士則   1冊 A4-(2)-2
享保5年12月14日 奉公人請状之事(室村長六と申者子ノ極月より午ノ霜月廿三日迄其元へ奉公ニ出、給金小形金弐両ニ相極不残慥ニ請取、子ノ御年貢米ニ御納所申) 室村 奉公人 長六 外1人 木戸一色村久右衛門 1通 A4-(2)-3
宝暦4年3月 田畑預リ証文之事(上田弐反三セ拾五歩、上畑六セ六分、高〆四石弐斗余、田畑共ニ預リ申上は御年貢米諸役等年々急度上納仕、過地子米三斗ツヽ相極メ申所実証也)【A4-(2)-4~13はこよりで一括してあった】 木戸村 預り主 伝惣次外3人 一色村甚七 1通 A4-(2)-4
宝暦4年5月 古郷送リ証文之事(安八郡宮村喜平次、吉兵衛儀縁類之者、吉兵衛年罷寄世悴無御座、喜平次儀男子壱人女子壱人都合三人共引越、一緒ニ御百姓相続仕度) 安八郡宮村 名主 市左衛門外1人 安八郡室村 名主 宇平次外1人 1通 A4-(2)-5
安永1年12月 奉公人御請状之事(不破郡福田村利助と申者、辰十二月より巳十一月廿三日迄其元え御奉公ニ出申候、給金壱両三分弐朱慥請取候、然上ハ御約束之通御奉公相勤さセ可申候)【虫損あり】 福田村奉公人 利助外1人 一色村甚七 1通 A4-(2)-6
天明7年 借用申御年貢金之事(文金五拾両、右之通借用申)【虫損あり・A4-(2)-7~8は包紙とこよりで一括してあった】 借主 一色村 名主 甚七 外1人 高田町十吉 1通 A4-(2)-7
寛政1年12月 質物書入借用申金子之事(金五拾両、此質物字東一色中田壱反壱畝六歩、高壱石四斗五升六合、有畝壱反弐畝歩、此掟壱石四斗五升外借用申) 一色村 本人 甚七外2人 高田十吉 1通 A4-(2)-8
寛政5年12月 奉公人御請状之事(外花村弘助丑ノ十二月より寅ノ閏十一月十五日迄其元様え御奉公ニ出シ、御給金弐両弐分壱貫文慥ニ請取候、然上は約束通急度御奉公相勤させ可申候) 外花村三郎次外1人 一色村甚七 1通 A4-(2)-9
文化5年8月 奉公人御請状之事(徳光村与八娘さとと申者、当辰年八月より十一月迄御奉公ニ被召抱、御給金壱両壱分弐朱慥ニ請取、然ル上は御家之御作法相守為相勤可申候)【虫損あり】 徳光村(奉公人親)与八外1人 一色村久右衛門 1通 A4-(2)-10
年未詳.5月24日 (達書 (1)諸国時疫流行ニ付、薬法之儀於江戸御老中様別紙之通被仰渡、右書付之趣在所え御申触可有之 (2)右之通被仰渡候間、支配下村々え申触可有之)【A4-(2)-11~13は包紙とこよりで一括してあった】 (1)御城代(2)郡奉行 (2)山村唯四郎 1通 A4-(2)-11
年未詳.5月 (薬法 時疫にハ大つふなる黒大豆をよくいりて、壱合かんそう壱匁水にてせんし出シ、時々呑てよし外)【三枚に剥離】     1枚 A4-(2)-12
年未詳.12月14日 (申渡書 近頃在中殊之外物?之由相聞之候、村々番人等差置村人共昼夜打廻リ、別て夜中心を附可申候、胡乱成もの見当リ候ハヽ召捕可申候)【二枚に剥離・虫損あり】 郡奉行 温井安右衛門 1通 A4-(2)-13
明和1年6月 明和元甲申歳六月 美濃国安八郡若森郷一色邑人別改帳 六冊之内 名主所甚七頼正(明和元甲申年より慶応四戊辰歳迄一百○五年に成ル) 一色村名主 甚七外2人 宇佐美二右衛門 1冊 A4-(2)-14
天明4年6月 天明四甲辰年六月 一色村卯辰両年家人馬増減御目録 一色村名主 甚七外1人 御代官 御役所 1冊 A4-(2)-15
天明4年6月 天明四甲辰年六月 一色村諸奉公人御改帳 一色村名主 甚七外1人 御奉行衆 1冊 A4-(2)-16
天明4年6月 天明四甲辰年六月 一色村増減人御改帳 一色村名主 甚七外1人 御郡御奉行衆 1冊 A4-(2)-17
天明8年3月4日 乍恐口書を以奉申上候(一色村庄三郎と申者二月廿五日家出候ニ付段々相尋候得共行衛相知レ不申候ニ付乍恐御注進奉申上候)【包紙あり】 一色村 名主甚七外1人 御代官 御役所 1通 A4-(2)-18
寛政4年9月 乍恐口書を以奉願上候(私忰鍋吉儀、尾州御家中松本八左衛門殿方え養子ニ遣置申候処又候離縁仕候ニ付、生存不相叶者ニ御座候間、親子之縁切申度)【A4-(2)-19~20は包紙で一括してあった】 一色村 名主 甚七 御代官 御役所 1通 A4-(2)-19
寛政4年9月 乍恐口書を以奉願上候(私忰鍋吉儀、尾州御家中松本八左衛門殿方え養子ニ遣置申候処又候離縁仕候ニ付、生存不相叶者ニ御座候間、親子之縁切申度写) 一色村 名主 甚七 御代官 御役所 1通 A4-(2)-20
文政1年6月8日 文政元戌寅年六月八日 一色村宗門家数・人数〆高御改帳     1枚 A4-(2)-21
文政1年6月 文政元戌寅年六月 宗門帳并〆高帳上書之下敷     1枚 A4-(2)-22
文政5年.閏1 一札証文之事(此度私義岡田将監様御知行所美濃国大野郡伊尾北方御百姓常右衛門方養子罷越申度候)【包紙あり】 本人一色村磯八悴 磯右衛門外1人 御頭家衆 1通 A4-(2)-23
天保6年9月 天保六乙未年九月 小入用帳嶋氏     1枚 A4-(2)-24
天保7年7月 享保弐酉歳已来家族増減 天保七申歳七月日 安八郡一色邑五嶋本家宗門御改帳写 安八郡一色村五嶋所平頼憲士則   1冊 A4-(2)-25
弘化3年9月 弘化三丙午年九月日 先年福田村より家来百姓召連引越来申候彦市調帳(同人家来三郎兵衛忰無高惣七取調帳 享保二丁酉年六月日一色村宗門御改帳外)     1冊 A4-(2)-26
嘉永7年8月 嘉永七甲寅年八月日 一色村家数人数増減取調帳(一色村え他所より引越来リ申候者外)     1冊 A4-(2)-27
嘉永7年8月 嘉永七甲寅八月日 宗門御改帳を以久右衛門代々取調帳(享保元年より)【A4-(2)-28~30は紙紐で一括してあった】 一色村 名主 久右衛門   1冊 A4-(2)-28
嘉永7年8月 覚帳(享保四・五年宗門御改帳写 外)     1冊 A4-(2)-29
嘉永7年9月 嘉永七甲寅年九月日 宗門御改帳取調書 五嶋久右衛門控元(享保四己亥年宗門御改帳写 外)     1冊 A4-(2)-30
安政5年6月 安政五戊午年六月日 午年一色村五人組御改帳 一色村名主 久右衛門 御代官 御役所 1冊 A4-(2)-31
(1)安政7年.閏3.
(2)(安政7年).閏3月2日
乍恐以書付奉願上候((1)一色村権七飯柄村善弥方由緒御座候ニ付、同人女子すを縁付差遣申度 (2)表書願之趣聞届、此旨申渡可有之候)【A4-(2)-32~34は包紙で一括してあった】 (1)一色村 願主 権七 外2人(2)郡奉行 (1)御代官御役所(2)岩田万蔵 1枚 A4-(2)-32
(1)安政7年.閏3.
(2)(安政7年).閏3月2日
乍恐以書付奉願上候((1)五島久右衛門義、池田郡八幡村竹中与惣次由緒御座候ニ付、女子りう縁付差遣申渡奉願上候 (2)表書願之趣聞届、此旨御申渡可有之候) (1)一色村 願主 五島久右衛門 外2人(2)郡奉行 (1)御代官御役所(2)岩田万蔵 1枚 A4-(2)-33
(1)安政7年.閏3.
(2)安政7年.閏3月2日
乍恐以書付奉願上候((1)与市新田村吉右衛門義、不破郡平尾村庄三郎方由緒御座候処、同人男子無御座候ニ付、吉右衛門二男養子仕度候 (2)表書願之趣聞届、此旨御申渡可有之候申付) (1)与市新田村 願主 吉右衛門 外2人(2)郡奉行 (1)御代官御役所(2)岩田万蔵 1枚 A4-(2)-34
文久2年3月 古郷送り一札之事(安八郡一色村五島久右衛門家来権七娘ミつ、其御村喜右衛門方へ縁付候)【A4-(2)-35~40、A4-(2)-35~36は包紙で一括してあった】 安八郡一色村 名主 庄兵衛 戸田采女正様御預所不破郡福田村御庄屋衆中 1通 A4-(2)-35
(1)文久2年4月.
(2)(文久2年)4月30日
乍恐以書付奉願上候((1)一色村五島久右衛門家来権七義、福田村喜右衛門方由緒御座候ニ付縁付差遣申渡奉願上候 (2)表書願之趣聞届候、此旨御申渡) (1)一色村 願主 権七 外2人(2)郡奉行 (1)御代官御役所(2)河村忠之進 外1人 1枚 A4-(2)-36
文久2年6月 差出申一札之事(宗門帳面ニ私共家来之訳無御座候、此度肩書ニ家来之趣書入ニ付故障無之哉之旨被入御念候、毛頭故障無御座候)【A4-(2)-37~38は包紙で一括してあった】 一色村作蔵外6人 主五島久右衛門 1通 A4-(2)-37
文久2年6月 乍恐以書付御伺奉申上候(私義村方之内家来之者七軒御座候、諸御願向は都て私家より進退仕、家来誰と相認来候、宗門帳は外並御百姓之通相成、向後は肩書ニ家来と認度) 一色村五嶋久右衛門 御代官 御役所 1通 A4-(2)-38
文久2年6月 差上申一札之事(宗門帳ニ私共家来之訳無御座、此度肩書ニ家来之趣書入ニ付故障無之哉被入御念候、毛頭故障無御座候)【包紙あり】 一色村作蔵外6人 主五嶋久右衛門 1通 A4-(2)-39
辰.(2) 覚(先年御取たて被下、私え家田地六石与被下ありかたくこれ迄取つゝき来候、病きふかつてニ候間相つふれ申候、就ハ田のこらず其ほう様へ差もどし申べくはす処、質ニいれ置候)【包紙あり】 清七外1人 甚七 1通 A4-(2)-40
文久2年5月 (文久二壬戌年五月一色村宗門一件 家数人数増減帳・諸奉公人御改帳・酉戌両年宗門差引諸目録・美濃国安八郡一色村家数人数〆高御改帳外)【封筒あり】 一色村庄兵衛外 御代官役所外 1綴 A4-(2)-41
(文久2年)7月.(28) (差紙 一色村五嶋久右衛門義往古より家来之者、諸願向都て同人取扱来候ニ付、向後宗門帳ニも家来と肩書致度旨願之通聞届候、御申渡之事)【A4-(2)-42~43は2枚の包紙で一括してあった】     1通 A4-(2)-42
(文久2年)7月28日 (添書 別紙之通申来候間、得其意可申候) 御代官 一色村五嶋久右衛門 1通 A4-(2)-43
元治1年4月 古郷送リ証文之事(尾州御領美濃国安八郡草道嶋村理吉男子源内と申者、此度其御村休三郎方懸リ人ニ参リ御百姓相続仕度段相望候ニ付、御願申上差遣申候)【二枚に剥離】 草道嶋村 庄屋 川出文左衛門 一色村 御名主 五島庄兵衛 1通 A4-(2)-44
元治1年4月 (寺請証文 美濃国安八郡草道嶋村源内儀、西本願寺宗当寺檀那ニ紛無御座候)【虫損あり】 一色村福源寺□ 一色村御名主 五島庄兵衛 1通 A4-(2)-45
(1)(2)(3)慶応3年5月 (慶応三丁卯年五月 美濃国安八郡一色村宗門御改帳綴 (1)東本願寺宗 (2)西本願寺宗 (3)一色村家数人数〆高御改帳) 安八郡一色村名主五嶋庄兵衛外 宗門御改御奉行所 1綴 A4-(2)-46
(慶応4年)4月28日 (差紙 八拾歳以上之者共真意取調、名前差出候様可申候)【二枚に剥離・包紙あり】 御代官 赤坂筋世話役中 1通 A4-(2)-47
(1)(2)(3)慶応4年5月 (慶応四戊辰年五月 美濃国安八郡一色村宗門御改帳綴 (1)一色村家数人数〆高御改帳 (2)西本願寺宗 (3)東本願寺宗) 安八郡一色村名主五嶋庄兵衛外 宗門御改御奉行所 1綴 A4-(2)-48
巳.11月 口上之覚(当月十二日諸筋宗門請判御改御座候間、大垣伝馬町御坊所え御出勤可被下候)【包紙あり・後欠】 赤坂筋觸元一色村 五嶋庄兵衛 塩田村正円寺外 1通 A4-(2)-49
巳.11月 口上之覚(当月十二日諸筋宗門請判御改御座候間、辰之刻大垣伝馬町御坊所え御出勤可被下候)【包紙あり・二枚に剥離】 赤坂筋觸元一色村五嶋庄兵衛 円通寺外 1枚 A4-(2)-50
巳.11月 口上之覚(当月十二日諸筋宗門請判御改御座候間、辰之刻大垣伝馬町御坊所え御出動可被下候)【包紙あり・五枚に剥離】 赤坂筋触元一色村五嶋庄兵衛 大泉寺外19寺 1通 A4-(2)-51
巳年宗門町前書写     1枚 A4-(2)-52
年未詳.12月23日 (差紙 木戸別支配高橋円七・半六相潰候御注進有之候、別支配名主立会諸事取計ひ可被申候)【包紙あり】 御代官 一色村・木戸村名主中 1通 A4-(2)-53
年月日未詳 覚(正徳三巳六月十六日、一色村久左衛門跡え釜笛村より岡右衛門引越来リ申候、享保二酉年御改宗門帳写外)     1枚 A4-(2)-54
年月日未詳 潰者弁金之覚(六斗八升弐合壱勺、亥春、清七・壱石八斗六升、左藤次・八石壱斗三升弐合三勺、伊八・三石弐斗四升弐合六勺、権太郎、〆拾三石九斗壱升七合外)【A4-(2)-55~56は折り重ねてあった】     1枚 A4-(2)-55
年月日未詳 (潰者割分 丑春、七石弐斗三升九合八升・常七、弐石四斗・忠八、四斗八升八合六勺・半七、〆拾石壱斗弐升八合四勺外)     1枚 A4-(2)-56
年月日未詳 (覚 享保九年辰年より寛政四子年迄七拾年、久之助・宝暦七丑年より寛政四子迄三十七年、友右衛門外)     1枚 A4-(2)-57
年月日未詳 古郷送手形一札之事(何郡何村誰忰誰と申者、其御村友蔵方え養子ニ差遣申度、右誰儀出生慥成ものニて、村方故障之儀少も無御座候)【二枚に剥離・雛形】 何郡何村庄屋 誰外1人 戸田采女正様御預所不破郡垂井村 御庄屋衆中外 1通 A4-(2)-58
年月日未詳 宗門帳下敷     1枚 A4-(2)-59止
A4 村政 (3)村役人
享保15年5月3日 (指紙 一色村之内新入方名主之儀中曽根村惣右衛門え申付候写)【包紙あり・A4-(3)-1~4は包紙と紙紐で一括してあった】 郡奉行 中村弥左衛門 1通 A4-(3)-1
宝暦8年1月 借用申金子之事((1)文字小判元金合金百両、南宮勧化金之内御取次ヲ以旦那台所入用ニ借用申(2)表書之通相違無之) (1)浅野七兵衛(2)堀新五左衛門 (1)一色村 久右衛門 外1人 1通 A4-(3)-2
天明5年12月26日 預申御年貢米之事(合四斗、木一色村太右衛門、午春拙者組下御貸米ヲ以大蔵御通ニ附相渡可申) 小林猪助外3人 御代官衆 1通 A4-(3)-3
年未詳.10月14日 (手紙 十六日暮時分より御出可被下候奉願上候) 小嶋数太夫 五嶋庄兵衛 1通 A4-(3)-4
享保16年9月6日 乍恐奉願上口書之覚(一色村年々困窮仕諸事御用趣勝手悪敷御百姓共迷惑至極奉存、乍恐村方名主役之義利左衛門・久右衛門両人え隔年ニ被仰付候)【A4-(3)-5~9は包紙で一括してあった】 一色村 小百姓願主 三拾六人 竹中太左衛門 1通 A4-(3)-5
寛保2年6月27日 覚(享保十六辛亥年九月十八日被仰付候、一色村名主久右衛門外、右之通名主五人与頭御尋印形御改被成候)     1枚 A4-(3)-6
年未詳.5月4日 (差紙 一色村名主久右衛門役儀赦免之願差出聞届候得共、実体ニ相勤諸事相働候趣も相聞え候、随分致養生其返ニ相勤候様申渡)【包紙あり】 郡奉行 井道祖右衛門 1通 A4-(3)-7
(1)(2)年未詳.閏7月24日 ((1)指紙 一色村名主久右衛門儀近来病身ニ罷成、役儀難相勤ニ付赦免之願差出一件 (2)添書 右之通申来候)【虫損あり】 (1)郡奉行(2)御代官 (1)加藤八太夫(2)一色村 名主 久右衛門方 1通 A4-(3)-8
年未詳.閏7月24日 (指紙 名主役儀願之儀ニ付可申談御用有之候間、世忰甚七召連、明日四つ時以前迄ニ手前宅え罷出候) 御代官 一色村久右衛門方 1通 A4-(3)-9
亥.9月18日(享保16年) (指紙 一色村名主役吟味之上久右衛門え申付之候、御用村用共念之入可相勤之旨御申付、諸帳面等笠木村六郎次より請取候)【虫損あり・A4-(3)-10~11は3枚の包紙で一括してあった】 郡奉行 竹中多左衛門 1通 A4-(3)-10
(享保16年)9月19日 (添書 右之通被仰付候間、被得其意御請証文可被差出)【虫損あり】 竹中多左衛門 一色村久右衛門外 1通 A4-(3)-11
享保18年1月23日 (指紙 其村五人組八右衛門病死跡役五人組庄兵衛・源十郎両人え申付候)【包紙あり・A4-(3)-12~29は包紙で一括してあった】 御代官 一色村 名主中 1通 A4-(3)-12
宝暦13年4月18日 (指紙 一色村五人組頭庄兵衛儀年罷寄役儀難相勤赦免願差出候ニ付、跡役義同村利右衛門え被仰付)【包紙2枚あり】 御代官 一色村 名主中 1通 A4-(3)-13
安永5年7月16日 乍恐奉願上口書之覚(一色村五人組頭利右衛門相病罷有大煩ニ罷成御役儀相勤不申、御赦免被為遊跡御役当村瀬兵衛世悴由兵衛え被為仰付候)【二枚に剥離・A4-(3)-14~17は包紙で一括してあった】 一色村 五人組頭利右衛門外1人 御代官 御役所 1通 A4-(3)-14
安永5年7月18日 乍恐仕上御請証文之事(一色村五人組頭利右衛門儀大病ニて御役儀難相勤)【二枚に剥離】 一色村由兵衛外1人 御代官 御役所 1通 A4-(3)-15
安永5年7月 (御請証文 御役之儀内村瀬兵衛世忰由兵衛え御願申上候処願之通被為仰付被下置難有奉存候)【下書・前欠】 一色村 名主甚七 外3人 御代官 御役所 1通 A4-(3)-16
安永5年 乍恐御請証文之事(私儀此度大病相煩申候ニ付、五人組頭御役儀相勤不申御赦免之御願差上申候) 一色村利右衛門外1人 御代官 御役所 1通 A4-(3)-17
(安永5年)7月17日 (其村五人組頭利右衛門大病ニて役儀難相勤赦免願、跡役同村瀬兵衛忰由兵衛え為相勤度)【包紙あり】 御代官 一色村 名主中 1通 A4-(3)-18
文化12年6月18日 (指紙 一色村五人組頭役之儀利右衛門ニ為相勤度之旨、相願之村方故障無之段聞届相達願之通申付候、御用村用入念相勤之様可被申渡候)【A4-(3)-19~20は包紙で一括してあった】 御代官 一色村名主中 1通 A4-(3)-19
文化12年6月 乍恐奉願上候覚(一色村五人組頭役源十郎儀先達て御役御取揚相成候ニ付、跡御役之儀村方相談之上利右衛門と申者え為相勤申度) 一色村 御百姓代 惣吉外1人 御代官 御役所 1通 A4-(3)-20
安政5年11月 融通講縣金可相渡分(安政五午年十一月初メ、金拾五両内銀百五拾弐匁七分弐厘割戻リ外)     1綴 A4-(3)-21
安政6年7月1日 安政六己未年七月朔日 林本郷村彦兵衛講金利盛懸金取調帳 五嶋久右衛門   1冊 A4-(3)-22
安政6年7月 覚(先方より来ル書付写左之通 融通講懸ケ金可相渡分) 五嶋久右衛門 五十川鳳山外1人 1冊 A4-(3)-23
安政6年8月2日 覚(安政六未八月二日逢様へ差出候写、うちかけあきた織壱ツ・黒ちゝみ羽二重壱ツ外)     1冊 A4-(3)-24
万延1年10月20日 万延元庚申年十月廿日 元縁家林本郷村渡部彦兵衛方頼母子講懸金入組差引勘定帳 五嶋久右衛門   1冊 A4-(3)-25
年未詳.5月16日 (指紙 其村五人組頭由兵衛儀病身ニ付役儀難相勤赦免願差出且跡後之義同村ニて源十郎と申者為相勤度)【包紙2枚あり】 御代官 一色村名主中 1通 A4-(3)-26
年未詳.6月13日 (添書 昨日差出被申候願書之儀別紙之通相認差出可被申候) 御代官 一色村名主中 1通 A4-(3)-27
年未詳.11月14日 (手紙 明十五日之義又候延引之趣御申被下承知仕候) 尊光寺慧遠庵 誓運寺 1通 A4-(3)-28
年月日未詳 おほへ(あきとおりうちかけ壱ツ・黒ちゞみはぶたい同壱ツ外)     1冊 A4-(3)-29
享保18年12月 一札之事(当村名主給米之儀、先年ハ弐拾六表外一切村方へ請持ニ致し来リ候得共、村方困窮ニ付給米弐拾俵外ニ御公儀様より被下置候)【包紙あり】 五人組頭源十郎 外19人 一色村 名主 久右衛門 1通 A4-(3)-30
巳.12月28日(元文2年) (指紙 一色村名主久右衛門御用向相働候由被相達、依之来年始御目見被仰付候間申渡)【A4-(2)-31~35、A4-(3)-31~32は包紙で一括してあった】 郡奉行 井道祖右衛門 1通 A4-(3)-31
(元文2年)12月28日 (添書 別紙之通被仰付候、来年始御帳山川渋左衛門殿宅ニて相記シ候) 井道祖右衛門 一色村久右衛門 1通 A4-(3)-32
年未詳.3月14日 (指紙 室町分名主役之儀、一色村名主久右衛門附名主役赦免之願差出聞届差許候)【A4-(3)-33~35は包紙で一括してあった】 郡奉行 田宮庄太夫 1通 A4-(3)-33
年未詳.閏7月26日 (指紙 室町分附名主一色村久右衛門赦免願差出候共難聞届、病気致養生より相勤候様) 郡奉行 高田伝九郎 1通 A4-(3)-34
年未詳.閏7月27日 (添書 兼て之願左之通ニ被仰出候、先之被相勤時節も可有之) 御代官 一色村 名主中 1通 A4-(3)-35
延享1年10月5日 覚(米弐拾俵、一色村久右衛門近年令困窮相続難成之旨相聞之、為御救被下置候)【A4-(3)-36~37は包紙で一括してあった】 郡奉行 石川二太夫外1人 1通 A4-(3)-36
卯.11月30日 覚(米五俵、中曽根村附名主役申付、其上右村高裁判申付置候所、諸事勤方宜出精相働候段相達候、為御褒美当秋日折米ヲ以被下) 御代官 一色村久右衛門方 1通 A4-(3)-37
延享4年6月 乍恐奉願上口書之覚(私儀笠木村附名主御役儀、御赦免被為遊被下置候)【A4-(3)-38~58は紙紐で一括してあった】 笠木村 名主 久右衛門 上田左五右衛門外1人 1通 A4-(3)-38
寅.12月26日 預リ申御年貢米之事(木戸一色村分合拾弐表、右之御年貢米売預リ申、代金不残慥ニ請取申)【A4-(3)-39~51は包紙で一括してあった】 宮町米屋幸右衛門 中村甚十郎 1通 A4-(3)-39
年未詳.4月15日 (指紙 右留守中御用之儀、村々五人組頭共引請相勤候様被仰付、尤御勘定之儀弥以諸事念を入相勤候) 御代官 昼飯村・一色村名主中 1通 A4-(3)-40
年未詳.6月3日 (其御村西川田井桁通、先頃堤形ニ築立被仰付、当村川田筋甚差支気之毒ニ奉存候)【包紙あり】 福田村 御料私領 庄屋 外1人 一色村御名主中 1通 A4-(3)-41
年未詳.7月9日 (添書 別紙之趣被得其意、双方可被申渡候)【包紙あり】 御代官 一色村外一ヶ村名主中 1通 A4-(3)-42
辰.10月 請取申金銀之事(卯十二月元、百九拾弐両弐歩銀八匁六分七厘外、右之通取次金之元利返弁被遊候) 木戸一色村久右衛門 別勘定御奉行衆 1通 A4-(3)-43
巳.3月 覚(弐百三拾弐俵、代金五拾弐匁壱歩銀七匁弐分弐厘、直段四拾四俵余外、〆五拾弐両壱分銀拾弐匁壱分八厘、右之通受取申候) 別勘定所 黒柳弥之右衛門 1通 A4-(3)-44
酉.9月29日 覚(酉四月二日、利四分定金百両、内金五拾両九月二日相渡ス利本銀百匁外、元利〆百九拾弐両三分不残相渡候)【A4-(3)-45~51は紙紐で一括してあった】 桑名屋六郎次 安藤誓玄 1通 A4-(3)-45
戌.11月4日 (覚 金百八拾両請取、質物御手形之覚) 桑名屋六郎次 一色久右衛門 1通 A4-(3)-46
亥.2月22日 覚(三拾俵、岡田重五郎様御役料御手形外〆弐百五拾俵、去霜月四日金百八拾両口質物入替相渡申候) 桑名屋六郎次   1通 A4-(3)-47
亥.2月22日 (手紙 去十一月四日百八拾両口之内、質物弐百五拾取御奥様御手形壱枚俄入用之義出来仕候、御かし可被下候) 桑名屋六郎次 一色村久右衛門 1通 A4-(3)-48
年未詳.6月30日 (手紙 御払物弥御払ニ被仰付候間、代銀壱匁壱分かと覚申候、御小屋へ上納いたし申候様に可被仰渡候)【包紙が貼付してあり】 米山祖平 木戸一色村 名主 甚七 1通 A4-(3)-49
年未詳.9月30日 (手紙 講之義少々難渋致出来ニ付、先日懸金も相済不申候処、又々寄合近付、定リ之通懸金は十月三日迄ニ御懸次可被下候)【包紙あり・二枚に剥離】 勝村泉蔵 一色村甚七 1通 A4-(3)-50
年月日未詳 仕上ル御請証文之事(御米百八拾俵宛、辰年より午迄被下置候、中曽根村近年困窮仕ニ付、為御会釈右之通被下置)【下書・虫損あり】     1通 A4-(3)-51
年未詳.3月2日 (手紙 焼酒粕追々出来仕候、先ニ三拾石出来居申ニ付、一両日中ニ取リ被遣可被下候延引ニ罷成候て、焼酒粕やけ悪敷相成、何卒早ク御取被下候様奉願上候) 茶屋庄兵衛 木戸一色安藤甚七 1通 A4-(3)-52
年未詳.3月8日 (指紙 一色新入方村附名主役、当分其方え可申付旨申来候)【包紙あり・A4-(3)-53~56は包紙で一括してあった】 御代官 一色村 名主中 1通 A4-(3)-53
年未詳.4月20日 (指紙 笠木村附名主役、病身ニ付御赦免之願被差出相達候)【包紙あり】 両御代官 一色村 名主中 1通 A4-(3)-54
年未詳.6月6日 (指紙 一色村名主久右衛門笠木村附名主申付置候処、赦免之願差出聞届差免候)【A4-(3)-55~56は包紙で一括してあった】 郡奉行 赤松勘右衛門 1通 A4-(3)-55
卯.8月18日 (指紙 願書之通指出し候処、御聞届ケ無之候旨申来候) 御代官 一色村 名主中 1通 A4-(3)-56
(1)(2)年未詳.4月26日 ((1)添書 別紙之通申来候 (2)指紙 一色村名主久右衛門儀、笠木村并室町分附名主役之赦免之願、難差許)【包紙あり】 (1)両御代官(2)郡奉行 (1)一色村 名主 久右衛門方(2)石川二太夫 外1人 1通 A4-(3)-57
年未詳.8月20日 (指紙 笠木村名主孫八病死ニ付、一色村久右衛門当分附名主申付候条、諸帳面請取之御用村用入念相勤候)【包紙あり】 郡奉行 栗田五郎次外1人 1通 A4-(3)-58
((1)延享5年5月.
(2)宝暦11年4月24日
(3)文化9年.)
((1)朝鮮人来朝ニ付御用被為仰付覚 (2)一色村新入方高辻六拾石六斗余、一色村名主久右衛門え支配并名主役共ニ申付 (3)福源寺当住丹随導師判寺替之覚)【A4-(3)-59~61は紙紐で一括してあった】 (2)郡奉行 (2)真井小市右衛門 1綴 A4-(3)-59
嘉永7年8月 宗門御改帳ヲ以取調へ覚(享保四・五年宗門御改帳表写、五嶋久右衛門・甚七・甚左衛門・久右衛門経歴) 一色村 名主 久右衛門   1冊 A4-(3)-60
寅.8月(嘉永7年) 覚(享保四・五年六月宗門御改帳表写、名主役申付指紙写)     1枚 A4-(3)-61
酉.12月13日(宝暦3年) (指紙 東久瀬川名主源内儀、木戸村西組附名主役赦免之願差出聞届、願之通差許候、跡役之儀一色村名主久右衛門え当分申付候)【A4-(3)-62~71、A4-(3)-62~63は包紙で一括してあった】 郡奉行 村田茂左衛門 1通 A4-(3)-62
(酉).12月13日 (添書 別紙之通申来候間、此旨承知可有候) 御代官 東久瀬川一色村両名主中 1通 A4-(3)-63
宝暦3年12月 乍恐仕上ル御請証文之事(東久瀬川名主源内、木戸村西組附名主御役儀御赦免之御願被申上、跡役私え当分附名主役被為仰付奉畏候)【A4-(3)-64~67は包紙で一括してあった】 一色村 名主 久右衛門 村田茂左衛門 1通 A4-(3)-64
未.8月2日 (指紙 一色村久右衛門儀、木戸村附名主役申付置候処、木戸村類右衛門、又兵衛え名主役申付、久右衛門附名主役差免ニ付)【包紙あり】 郡奉行 高田伝九郎 1通 A4-(3)-65
年未詳.5月16日 (指紙 木戸村名主角兵衛儀、未進米有之御勘定難相立ニ付名主役取揚、跡役当分一色村久右衛門え申付候)【A4-(3)-66~67は包紙で一括してあった】 郡奉行 井道祖右衛門 1通 A4-(3)-66
年未詳.12月17日 (指紙 室村名主宇平次儀、木戸村別支配附名主役赦免之願差出聞届指許、右跡役一色村名主久右衛門え申付候) 郡奉行 田宮庄太夫 1通 A4-(3)-67
年未詳.3月14日 (指紙 木戸村西組并別支配方名主役之儀、一色村名主久右衛門附名主役申付置候処、赦免之願差出聞届一件)【A4-(3)-68~71は包紙で一括してあった】 郡奉行 田宮庄太夫 1通 A4-(3)-68
年未詳.7月27日 (指紙 室村名主宇平次儀禁足申渡候付、室村并木戸村別支配方附名主当分一色村名主久右衛門え申付候)【虫損あり・A4-(3)-69~70は包紙で一括してあった】 郡奉行 高橋万右衛門 1通 A4-(3)-69
年未詳.7月27日 (添書 室村名主宇平次禁足被仰付候ニ付、別紙之通申来候) 御代官 一色村 名主中 1通 A4-(3)-70
年月日未詳 (指紙 木戸西組同別支配室町分附名主役御免之儀、願之通相済候)【後欠】     1通 A4-(3)-71
宝暦7年10月8日 覚(享保十六辛亥年九月十八日御役儀被為仰付、名主久右衛門、享保十七壬子正月廿三日五人組頭被為仰付、五人組頭庄兵衛、右之通御役被成)【A4-(3)-72~97は紙袋で一括してあった】     1通 A4-(3)-72
宝暦9年.閏7 乍恐奉願上口書之覚(私儀近年病身ニ罷成、御役儀御赦免被成下置度)【別に修正部分の清書があり】 一色村名主 久右衛門 加藤八太夫 1通 A4-(3)-73
宝暦11年6月16日 乍恐御請証文之事(一色村名主久右衛門近年病身ニ罷成、御役儀相勤不申候ニ付御赦免之御願差上ケ申候処、願之通御赦免被為遊被下置候)【下書】 一色村名主 甚七外2人 真井小市右衛門 1通 A4-(3)-74
(1)(2)宝暦11年6月 (1)乍恐奉願上口書之覚(私儀病身故御役儀難相勤、御役御赦免被為遊候)(2)乍恐奉願上口上書之覚(一色村名主御役之儀、甚七之被為付難有奉存候)【虫損あり・三枚に剥離】 (1)一色村 名主 久右衛門(2)一色村五人組頭 庄兵衛 外 (1)(2)真井小市右衛門 1通 A4-(3)-75
宝暦12年12月7日 乍恐御請書之覚(私親久右衛門老衰仕、年始御礼難相勤御座候ニ付、私え継目御礼被為仰付被下置候様奉願上候処、願之通被為仰付被下置難有) 一色村名主 甚七 安藤久太夫 1通 A4-(3)-76
宝暦12年12月 乍恐御請証文之事(父久右衛門儀致老衰候ニ付年始御礼之儀私え継目御礼為申上度之旨奉願上候処、願之通被為仰付被下置難有奉存候) 一色村名主 甚七 安藤九太夫 1通 A4-(3)-77
明和3年5月 乍恐奉願上口書之覚(私儀名主役被為仰付被下置難有候、近年病身ニ罷成、御役儀相勤不申迷惑至極奉存候、恐入候得共右役儀御赦免被成下置候ハヽ難有奉存候)【二枚に剥離・下書】 一色村名主 甚七 宇佐美二右衛門 1通 A4-(3)-78
天明7年12月 乍恐御請書之覚(私義宮村并室町分附名主御役被為仰付置候処、右村々より名主御役御願奉申上候ニ付、御赦免被成下置候様御願申上たてまつり候) 一色村名主 甚七 御代官 御役所 1通 A4-(3)-79
天明8年12月 (乍恐〔〕を以奉願上候 私儀当村名主役被為仰付被下置処、病身ニ罷成御用難相勤迷惑仕候、御役御赦免被為仰付被下置候様)【虫損あり】 一色村名主 甚七 御代官 御役所 1通 A4-(3)-80
天明8年12月 乍恐口書を以奉願上候(私儀老年其上病身ニ罷成御用難相勤迷惑仕候、御慈悲之御勘考之上御役御赦免被為仰付被下置候様奉願上) 一色村名主 甚七 御代官 御役所 1通 A4-(3)-81
寛政6年12月 乍恐以書付奉願上候(私父甚七迄代々年始御礼奉申上候処、此度病死仕候ニ付、私義跡敷相続仕候間、年始御礼被為仰付被下置候様奉願上候)【二枚に剥離】 一色村名主 久右衛門 御代官 御役所 1通 A4-(3)-82
寛政6年12月 乍恐以書付奉願上候(私父甚七迄代々年始御礼奉申上候処病死仕候ニ付、私義跡敷相続仕候間、年始御礼被為仰付被下置候様奉願上候) 一色村名主 久右衛門 御代官 御役所 1通 A4-(3)-83
寛政7年10月 乍恐以書付奉願上候(父甚七去冬病死仕候ニ付、私義跡敷相続仕候、何卒年始御礼仕候様奉願上候)【下書】 一色村名主 久右衛門外1人 御代官 御役所 1通 A4-(3)-84
(1)寛政7年12月28日
(2)寛政7年12月
仕上ル御請書之覚((1)一色村名主久右衛門父甚七致病死候、継目御目見被仰付被下置候様、願之通被仰渡候 (2)右之通被為仰付被下置冥加至極難有仕合奉存候、請書奉差上候) (2)一色村 名主 久右衛門 (2)御代官御役所 1通 A4-(3)-85
寛政7年12月 乍恐以口書奉申上候(私義継目御目見奉願上候処、願之通被為仰付被下置難有、来正月四日出勤候)【虫損あり】 一色村名主 久右衛門 御代官 御役所 1通 A4-(3)-86
寛政8年8月17日 (手紙 御亡父様へ差進置候表印六拾俵、例年之通暫之内借用申度奉存候)【二枚に剥離】 五島八郎次 一色村甚七 1通 A4-(3)-87
文化9年11月 乍恐奉申上候覚(私義寛政七乙卯年十二月継目、御目見被為仰付被下置候)(奥書あり) 一色村名主 久右衛門 御代官 御役所 1通 A4-(3)-88
文化9年12月 乍恐奉申上候覚(私儀代々継目御目見仕来申候、然処父甚七病死仕候ニ付継目奉願上候処、寛政七年十二月廿八日願之通継目御目見被為仰付被下置候)【下書】 一色村名主 久右衛門 御代官 御役所 1通 A4-(3)-89
(文化14年)6月12日 (添書 別紙〔 〕認替可被差出候)【破れあり・A4-(3)-90~91は折り重なっていた】 御代官 一色村 名主 久右衛門 1通 A4-(3)-90
文化14年6月 乍恐以書付奉願上候(私儀此度甚左衛門と改名仕度奉願上候、乍恐願之通被為仰付被下置候)【下書】 一色村名主 久右衛門 御代官 御役所 1通 A4-(3)-91
(1)天保6年11月.(7)(2)天保6年12月24日 (1)乍恐以書付奉願上候(私儀近来病身ニ付忰所平え継目御目見被為仰付候様)(2)仕上ル御請書之覚(一色村名主甚左衛門病身ニ付、忰所平え継目御目見為仕度旨被仰付候)(奥書あり) (1)(2)一色村 名主甚左衛門外 (1)(2)御代官 御役所 1通 A4-(3)-92
(1)天保9年7月.(2)天保9年8月 (1)乍恐以書付奉申上候(私儀及老年歩行等不自由ニ罷成、御役御赦免被下置候様)(2)仕上ル御請書之覚(一色村名主甚左衛門及老年歩行等不自由ニ付名主役赦免相願之聞届差許候) (1)願主 一色村 名主 甚左衛門(2)一色村御百姓代 丈四郎 外4人 (1)(2)御代官 御役所 1通 A4-(3)-93
年月日未詳 (添書 別紙一覧之上差戻申候) 御代官 一色村久右衛門 1通 A4-(3)-94
年月日未詳 乍恐御請証文之事(私儀木戸村東組附名主役被為仰付候処、病身ニて御用難相勤御座候ニ付、御役御赦免被為仰付被下置候様願上候)【虫損あり・A4-(3)-95~96は折り重なっていた】     1通 A4-(3)-95
年月日未詳 乍恐御請書之覚(宮村名主市左衛門儀病死仕候ニ付、右村并室町分附名主役、一色村名主甚七え被仰付被下置難有奉存候)【下書】     1通 A4-(3)-96
年月日未詳 口上(一色村五人組頭由兵衛病身ニ罷成、五人組頭当村源十郎と申者被為仰付被下置候) 一色村五人組頭 由兵衛外3人 御代官 御役所 1通 A4-(3)-97
宝暦9年.閏7月24日~宝暦13年 (覚 甚七名主御役之儀、宝暦九卯閏七月廿四日ニ父名代ニて相勤候様ニ被仰付候、宝暦十辰六月十五日ニ本役ニ被仰付候)【A4-(3)-98~100は包紙で一括してあった】 (一色村 名主 甚七)   1枚 A4-(3)-98
(1)(2)(宝暦11年)6月15日 ((1)差紙 一色村名主久右衛門病身ニ付赦免差許之、跡役之儀世忰甚七え申付候 (2)添書 別紙之通申来候間、可被得其意候)【包紙あり】 (1)郡奉行(2)御代官 (1)真井小市右衛門(2)一色村 久右衛門 1通 A4-(3)-99
宝暦11年6月15日 (覚 宝暦九卯閏七月廿四日、役儀親久右衛門名代ニて相勤候様被仰付候、宝暦十一巳六月十五日名主本役被仰付候) 一色村 名主 甚七一色新入方右同断   1枚 A4-(3)-100
宝暦12年4月 乍恐奉願上口書之覚(私儀名主御役儀御威光を以無故障今年迄相勤難有仕合奉存、近年殊之外病身ニ罷成、御役相勤不申、御赦免被成下置候ハヽ難有可奉存候)【虫損あり】 一色村 名主 甚七 春井小市右衛門 1通 A4-(3)-101
(宝暦13年)12月6日 (指紙 一色村久右衛門老衰ニ付、年始御礼之儀世忰甚七え継目御礼為申上度)【包紙あり】 郡奉行 安藤九大夫 1通 A4-(3)-102
安永9年1月 書帳面目録之覚(拾七冊宗門帳・弐拾弐冊同小帳外、右之通ニ御座候)【A4-(3)-103~105は包紙で一括してあった】 木戸東組和助 外3人 東組 附名主 甚七 1綴 A4-(3)-103
年未詳.11月19日 (差紙 一色村名主甚七え木戸村東組附名主役申付置候処、老年罷成病身ニて御用難相勤ニ付、右附役赦免之願聞届)【A4-(3)-104~105は包紙で一括してあった】 郡奉行 藤江彦之丞 1通 A4-(3)-104
年未詳.11月19日 (添書 別紙之通申来候間、得其意可被申候) 御代官 一色村 名主 甚七 1通 A4-(3)-105
(天明7年)12月28日 (指紙 一色村名主甚七え宮村并室町分同別列方附名主役申付置候処、右村々より名主役相願候ニ付赦免願差出聞届附役差許之候)【A4-(3)-106~107は2枚の包紙で一括してあった】 郡奉行 藤江彦之丞 1通 A4-(3)-106
年未詳.12月2日 (指紙 宮村名主市左衛門儀致病死候ニ付右村并室町分同別方附名主役一色村名主甚七え申付候) 郡奉行 藤江彦之丞 1通 A4-(3)-107
天明7年12月 乍恐以書付奉願上候(宮村并室町分同別方附名主役被仰付被下置難有奉存候、然処私義老年ニ罷成候ニ付、何卒忰惣三郎え跡役之義被仰付被下置)【虫損あり】 一色村 名主 甚七 御代官 御役所 1通 A4-(3)-108
寛政6年.閏11月6日 乍恐以書付奉願上候(私義先達て名主御役被為仰付、無故障相勤難有存奉候処、老年ニ相成其上病身ニ相成リ御用難相勤候間、御役御赦免被下置候)【A4-(3)-109~114は包紙で一括されていた】 一色村名主 甚七 御代官 御役所 1通 A4-(3)-109
(寛政6年).閏11月6日 乍恐奉願上口上書之覚(一色村名主御役之義永々甚七被相勤候処、老年ニ罷成リ病身ニ相成被申、御用難相勤候ニ付、跡御役之義甚七悴久右衛門え被為仰付被下置候様) 村方惣連 御代官 御役所 1通 A4-(3)-110
寛政6年.閏11月8日 乍恐御請書之覚(私父甚七儀老年ニ罷成其上病気ニ付御用難相勤ニ付、居村并新入方共名主御役御赦免被成下置候様奉願上候処、御赦免被下置難有奉存候) 一色村名主 久右衛門 御代官 御役所 1通 A4-(3)-111
寛政6年.閏11月8日 乍恐御請書之覚(一色村名主甚七儀病身ニ相成御用難相勤ニ付、居村并新入方共名主御役御赦免被下置、跡御役之儀甚七悴久右衛門え為相勤度段願之通為仰付難有奉存候) 一色村 御百姓代 惣吉外9人 御代官 御役所 1通 A4-(3)-112
寛政6年.閏11 乍恐以書付奉願上候(私儀先達て名主御役被為仰付、無故障相勤候処、老年ニ罷成其上病身ニ相成、御用難相勤候間、御赦免被成下置候下書)【虫損あり】 一色村名主 甚七 御代官 御役所 1通 A4-(3)-113
寛政7年10月 乍恐以書付奉願上候(私父甚七迄代々年始御目見奉申上来リ候処、去冬十二月父病死仕候ニ付私義跡敷相続仕候間、是迄之通年始御礼申上度奉願上候)【下書】 一色村名主 久右衛門 御代官 御役所 1通 A4-(3)-114
寛政6年.閏11月7日 (指紙 一色村名主甚七依願居村并新入方役儀差許之、跡役之儀悴久右衛門え為相勤度旨願之通申付候、宮村名主市左衛門え加勢名主申付候)【A4-(3)-115~116は2枚の包紙で一括してあった】 郡奉行 安藤久太郎 1通 A4-(3)-115
寛政6年.閏11月7日 (添状 別紙両通之通リ申来候間、得其意可被申候) 御代官 一色村名主中・宮村 名主市左衛門 1通 A4-(3)-116
(寛政6年).閏11月7日 (指紙 一色村名主甚七老年罷成其上病気ニ付、居村并新入方役義赦免差出シ聞届差許之候、尤年来実誠ニ相勤一段之事ニ候)【二枚に剥離・包紙あり】 郡奉行 安藤久太郎 1通 A4-(3)-117
(寛政7年)12月28日 (指紙 一色村名主久右衛門父甚七致病死候ニ付、継目御目見被仰付被下置候様、相願之聞届相達候所、願之通被仰渡候)【A4-(3)-118~119は包紙と紙紐で一括してあった】 郡奉行 中西文平 1通 A4-(3)-118
(寛政7年)12月28日 (添状 別紙之趣得其意可被申候) 御代官 一色村 名主久右衛門方 1通 A4-(3)-119
(文化14年)11月3日 (添書 別紙願書加筆之砌認替可被差出候)【A4-(3)-120~121は包紙で一括してあった】 御代官 一色村 名主甚左衛門方 1通 A4-(3)-120
文化14年11月 乍恐以書付奉願上候(私儀持病御座候、病気差起リ候節は忰正平名代為相勤度奉願上候)【下書】 一色村 名主 甚左衛門 御代官 御役所 1通 A4-(3)-121
(文政2年)8月24日 (指紙 一色村名主甚左衛門病身ニ相成痛所有之、忰正平名代為相勤度旨相願之聞届願之通申付候、此旨申渡可有之候)【A4-(3)-122~155は紙紐で、A4-(3)-122~123は2枚の包紙で一括してあった】 郡奉行 二宮段蔵 1通 A4-(3)-122
文政2年8月24日 (添書 別紙之通申来候間、得其意請書差出可被申候) 御代官 一色村 名主 甚左衛門方 1通 A4-(3)-123
天保6年11月 乍恐以書付奉願上候(私儀数代御目見え被為仰付被下置難有奉存候、近来病身ニ相成、忰所平え継目御目見被為仰付被下置候様奉願上候)【下書・包紙あり】 一色村 名主 甚左衛門 御代官 御役所 1通 A4-(3)-124
天保6年11月6日 (添書 附紙之通認替之上差出可被申候) 御代官 一色村甚左衛門方 1通 A4-(3)-125
天保6年12月24日 覚(一色村名主甚左衛門病身相成候ニ付、忰所平え継目御目見為仕度旨願之通被仰付之候、此旨御申渡可有之候)【包紙あり】 郡奉行 冨山六之右衛門 1通 A4-(3)-126
天保6年12月24日 (添書 別紙之通申来候間、得其意請書差出可被申候)【包紙あり】 御代官 一色村 名主甚左衛門方 1通 A4-(3)-127
(1)(2)(天保9年)7月6日 覚((1)一色村所平、父甚左衛門兼て冥加講え致加入候、金子百両為冥加所平より差上度旨願之通可被申渡候 (2)右之通被仰渡候間、此旨申渡可有之候)【A4-(3)-128~129は包紙で一括してあった】 (1)御城代(2)郡奉行 (2)栗田龍助 1通 A4-(3)-128
(天保9年)7月6日 (添書 別紙之通申来候間、得其意請書差出可被申候) 御代官 一色村所平 1通 A4-(3)-129
(天保9年)7月30日 (指紙 一色村名主甚左衛門儀及老年歩行等不自由ニ付、居村并入方新入方共名主役赦免相願之聞届、願之通差許候)【A4-(3)-130~131は3枚の包紙で一括してあった】 郡奉行 栗田龍助 1通 A4-(3)-130
(天保9年)7月30日 (添書 別紙之通申来候間、得其意請書指出可被申候) 御代官 一色村甚左衛門外1人 1通 A4-(3)-131
天保11年7月9日 (指紙 西久瀬川名主儀左衛門退役いたし候ニ付、切石村・中久瀬川・桑名屋分附名主之儀、一色村名主所平え申付候)【包紙あり】 郡奉行 太田七十郎 1通 A4-(3)-132
(弘化5年)2月6日 (指紙 笠縫村名主忠次郎并同別支配名主惣次郎吟味中、右村附名主跡之儀一色村名主久右衛門え申付候)【A4-(3)-133~134は2枚の包紙で一括してあった】 郡奉行 水嶋与八郎 1通 A4-(3)-133
弘化5年2月6日 (添書 別紙之通申来候間、得其意請書差出可被申候) 御代官 一色村 名主久右衛門 1通 A4-(3)-134
弘化5年3月22日 (手紙 世話役之儀、今日被召出御聞済之由被仰渡候間、此段御承知被下候)【包紙あり】 室村 名主 所三郎 一色村 御名主五嶋久右衛門 1通 A4-(3)-135
(嘉永1年)5月24日 (差紙 笠縫村名主忠次郎病気ニ付、役義赦免相願之聞届願之通差許之候)【A4-(3)-136~137は包紙で一括してあった】 郡奉行 水嶋与八郎 1通 A4-(3)-136
嘉永1年5月24日 (添書 別紙之通申来候間、得其意請書差出可被申候) 御代官 笠縫村名主中 1通 A4-(3)-137
嘉永2年.閏4月3日 (指紙 笠縫村名主役又三郎え為相勤度旨相願之、願之通申付候)【A4-(3)-138~139は包紙で一括してあった】 郡奉行 五十川三吾 1通 A4-(3)-138
嘉永2年.閏4月3日 (添書 別紙之通申来候間、得其意受書差出可被申候) 御代官 笠縫村 名主中一色村 名主久右衛門方 1通 A4-(3)-139
嘉永4年5月21日 覚(米七斗、一色村久右衛門外、定引代米并御会釈米年賦明ニ付、当亥より丑迄三年賦年延願差出無拠訳聞届為御救願之通申付候)【A4-(3)-140~142は包紙で一括してあった】 郡奉行 竹中平助 1通 A4-(3)-140
(1)嘉永4年5月18日
(2)嘉永4年5月21日
覚((1)一色村久右衛門、米七斗之内弐斗定引代米・同弐石之内同七斗御会釈米、御勝手方御取締被仰付候付、書面之通御借米被仰出候 (2)右之通被仰渡候間、此旨御申渡) (1)御城代(2)郡奉行 (2)竹中平助 1通 A4-(3)-141
(嘉永4年)5月21日 (添書 別紙弐通之通申来候間、得其意請書差出可被申候) 御代官 一色村名主中 1通 A4-(3)-142
(1)(嘉永4年)12月24日
(2)(嘉永4年)12月26日
覚((1)一色村名主久右衛門、御改革之御趣意相弁、此度御取企之調達講え致加入候旨奇特之事 (2)右之通被仰渡候間、此旨申渡可有之)【包紙あり・A4-(3)-143~145は包紙で一括してあった】 (1)御城代(2)郡奉行 (2)加納弁蔵 1通 A4-(3)-143
(嘉永4年)12月25日 覚(一色村名主久右衛門、御用之儀有之候間、明廿六日四ツ時寄合場え罷出候様申渡)【包紙あり】 郡奉行 加納弁蔵 1通 A4-(3)-144
嘉永4年12月25日 (添書 別紙之通候間、罷出可被申候) 御代官 一色村 名主久右衛門方 1通 A4-(3)-145
嘉永4年12月26日 (指紙 切石村附名主久右衛門御用留ニて難行届ニ付、附役赦免相願之聞届願之通差許之候、此旨御申渡可有之候)【包紙あり】 郡奉行 加納弁蔵 1通 A4-(3)-146
嘉永6年5月4日 覚(徳光村堀嘉七外二人、御当地御坊所世話方被仰付度旨、本山御使僧を以御頼被仰入候)【包紙あり・A4-(3)-147~152は包紙で一括してあった】 郡奉行 児玉筑蔵 1通 A4-(3)-147
(嘉永6年)5月5日 (添書 別紙之通申来候間、得其意明六日四ッ時御坊所え罷出、供筋世話方え逐示談被申候) 御代官 徳光村堀嘉七方外2人 1通 A4-(3)-148
(1)(嘉永6年)11月3日
(2)(嘉永6年)11月4日
(1)(御用廻状 好之助様東本願寺御門主御猶子ニ御取整、御名好麿様と御改)(2)(添書 別紙之通被仰渡、同行中夫々御通達被成下度)【(1)(2)は包紙に貼付してあり】 (1)御代官(2)御坊所懸リ 一色村 名主 久右衛門 (1)赤坂筋取持中(2)木戸村外 名主衆 1通 A4-(3)-149
(嘉永6年)11月5日 (包紙 熨斗染地一反、御城主戸田采女正様御末男好之助様東本願寺御門主御猶子ニ被為成、好麿様と御名被下、伝馬町御坊所え御入院、懸り之者え御酒御紋附染地壱反拝領之御色紙)【水引あり】   一色村久右衛門 1通 A4-(3)-150
(嘉永6年)11月12日 (目録 大垣御坊所ニおゐて好麿殿より御酒被下候節頂戴染地壱反御目録)【包紙あり】     1通 A4-(3)-151
年未詳.4月20日 (手紙 今般大垣御坊世話方其許え御頼事ニ候間、向後被申合御取持可被申上候)【包紙あり】 御用懸仏願寺 一色村久右衛門 1通 A4-(3)-152
(嘉永6年)10月3日 (指紙 与市新田村附名主所三郎病死ニ付、跡附役一色村名主久右衛門え申付候間、諸帳面請取御用村用入念可相勤旨御申渡可有之候)【A4-(3)-153~154は包紙で一括してあった】 郡奉行 児玉筑蔵 1通 A4-(3)-153
(嘉永6年)10月3日 (添書 別紙之通申来候間、得其意百姓代連印請書差出可下候) 御代官 一色村 名主久右衛門方 1通 A4-(3)-154
(嘉永)8月13日 (指紙 全昌寺本堂再建ニ付、諸事取締世話方相頼度之旨同寺より願ニ付申付候)【包紙あり】 御代官 一色村 名主久右衛門方外1人 1通 A4-(3)-155
文政2年8月 文政二己卯年八月発起 松圃亭御目見并代々名主役都て非常御指紙写大控下帳 五嶋正平源頼憲   1冊 A4-(3)-156
文政9年9月2日 (指紙 河間村名主代治郎笠縫村附名主役申付置候処、持病差発リ候付赦免相願之聞届、願之通差許之候)【欠損あり・A4-(3)-157~159、A4-(3)-157~158は包紙で一括してあった】 郡奉行 日比杢助 1通 A4-(3)-157
文政9年9月2日 (添状 別紙之通申来候間、得其意可被申候)【虫損あり】 御代官 河間村名主 代次郎外2人 1通 A4-(3)-158
文政9年9月3日 仕上ル御請書之覚(河間村名主代次郎、笠縫村附名主役申付置候処、持病(差発リ候付)、赦免相願之聞届、願之通差許之候)【虫損あり】 河間村 名主代次郎外3人 御代官 御役所 1通 A4-(3)-159
文政9年9月 (文政九戌年九月二笠縫村附名主御役被仰付被下置候)【A4-(3)-160~197は帯紙で一括してあった】     1枚 A4-(3)-160
天保6年2月 覚(金六両三歩弐朱札壱匁三分弐厘、右は一色村無高御百姓藤吉家出之後、親類并組合立会書面之通、諸色売払、御年貢明米之内え上納仕候) 一色村藤吉親類 余吉外4人 御代官 御役所 1通 A4-(3)-161
天保8年9月19日 覚(御側役大橋利左衛門・野原唯大夫・小林平次左衛門外、天保八丁酉年九月十九日、渡部為右衛門様ニ頼ミ聴貰ひ候事)【二枚に剥離】     1枚 A4-(3)-162
天保10年2月11日 (手紙 昨日御相談申上候信明院様御法事執行ニ致度奉存候間、御案内申上御承知被成可被下候) 住持 御隣郷 1通 A4-(3)-163
嘉永4年10月21日 (鎮守正一位稲荷大明神奉納扇子ノ歌「ことふきや神の社ハ爰にあり しろきすがたを仮に移して」虫綴り不分明惜ミ爰ニ拾ひしるす) 松圃亭主人   1枚 A4-(3)-164
安政3年3月 差上申証文之事(先年金子御取替申置候処、限月ニ至リ元利共御返金被下慥ニ受取申候、御預リ置申候印附御証文紛失仕幾重ニも御断申上候) 中久瀬川大工 清七 一色村五嶋久右衛門 1通 A4-(3)-165
文久2年4月 覚(空俵百五十、小縄弐束外、右ハ一色村東堤通ニ御届候、懸樋三艘御伏替ニ付御用遣ひ申候) 一色村名主 庄兵衛 樋方御奉行衆 1通 A4-(3)-166
元治1年4月9日 奉差上御請書之覚(当寺本堂間数之儀、安政四年に相認め絵図面奉差上置候処、今般右絵図面を以て御改被成下置候) 安八郡一色村福源寺大成外2人 寺社 御役所 1通 A4-(3)-167
丙寅.6月18日(慶応2年) 覚(金壱歩ト百拾八文、花月集、右之通慥請取申候) 万屋登 東平 1通 A4-(3)-168
慶応2年8月4日 農兵隊御取立訳書写(慶応弐丙寅歳八月四日、御白洲ニおゐて諸筋世話役被仰出候御書付四通写 八幡宮境内之新・農兵御取建之大意・演習之大概)     1枚 A4-(3)-169
慶応2年9月9日 (手紙 亡妻一周忌来ル十二日執行仕度、正八時御参詣可被下候) 松野文次 五嶋庄兵衛 1通 A4-(3)-170
慶応2年9月9日 覚(袷壱ツ、単物三ツ、綿入壱ツ、金弐百疋ツヽ三ツ、亡妻為片身分奉差送リ) 松野文次 五嶋庄兵衛 1通 A4-(3)-171
午.8月6日 覚(壱両三朱、上々唐木綿并染北共外、〆壱両弐分三朱三匁四分七厘)【二枚に剥離】 松野貞助 五嶋久右衛門 1通 A4-(3)-172
子.9月3日 (御手形壱枚入)【一部欠】 一色村 名主 五島庄兵衛外 御代官 御役所 1通 A4-(3)-173
年未詳.2月6日 覚(二月六日、三拾六貫目、金壱両ニ付三拾貫也、此代銀七拾弐匁、内金壱両弐朱請取、銀四匁五分不足) 室原清次 五嶋久右衛門 1通 A4-(3)-174
年未詳.2月7日 (手紙 来ル九日霊昌院廿七日回相勤申候間、正四ツ時御参詣可被成候様奉願上候)【封筒あり・二枚に剥離】 竹中与惣次 五嶋久右衛門 1通 A4-(3)-175
年未詳.2月 覚(弐拾弐匁八分、糸之代拾九畳流久表つき外、二口〆金弐両壱歩弐朱ト弐分八厘、右之通慥受取候) たゝ美屋 宇平 五嶋久右衛門 1通 A4-(3)-176
年未詳.4月22日 覚(三段花壱鉢代三匁、石菖壱鉢代壱匁外〆三朱) 与惣次 およミ 1通 A4-(3)-177
年未詳.6月9日 口演(兼々一件ニ付此間毎度之御吟味ニ被仰聞千万忝存候、夫ニ付罷出候様被仰聞候ヘ共、与三郎方留主番被頼居候ゆへ、帰宅次第私参上仕候て御内々物語リ申上度)【二枚に剥離】 栗木村川口定助 大垣小寺孫三郎 1通 A4-(3)-178
年未詳.6月24日 覚(拾八匁壱分八厘、九厘弐百弐丁外、〆弐拾弐匁弐分九厘、右之通慥候) (大垣)会津屋久郎兵衛 いしき村久右衛門 1通 A4-(3)-179
年未詳.6月27日 覚(三匁六分新牛蒡弐わ、弐匁そうめん外、〆三十八匁壱分九厘) 辻屋半三郎 一色村五嶋久右衛門 1通 A4-(3)-180
年未詳.7月14日 (手紙 今日は遠方之処為中元之御祝義金子壱両壱歩素麺御取添被罷下候段、誠ニ深辱不残奉存候、今日之御謝礼御返納仕候間、御受取可被成下候)【破れあり】 前野村広瀬彦之□ 木戸村専光寺 1通 A4-(3)-181
年未詳.7月18日 覚(植木壱本、代金弐分也、内金壱朱御預リ、残金植木差次義、御算用可被下候) 名礼村利兵衛 五嶋甚左衛門 1通 A4-(3)-182
年未詳.11月20日 (手紙 一件ニ付御内談仕度儀出来候間、乍御多用七ツ頃迄御出馬被成下候)【封筒あり】 松原要七郎 五(嶋)久右衛門 1通 A4-(3)-183
年未詳.11月 覚(四匁四分、〆なをし四畳糸之外代、〆弐拾壱匁九分、右之通慥受取申候) たゝ美屋宇平 五嶋久右衛門 1通 A4-(3)-184
年未詳.12月12日 (手紙 過刻貞之進君御尋之一条、今朝から始末仕度奉存候得共、此頃ハ早朝より御出勤ニ付、御面会六ヶ敷と相心得参リ不申) みのやニて庄兵衛 五島貞之進 1通 A4-(3)-185
年未詳.12月15日 (手紙 今日被仰下候松木梅之儀、当年ハ梅無御座候ヘハ、急御断申上候、先達て承リ候弐鉢ハ近々植させ差上候)【二枚に剥離】     1通 A4-(3)-186
年月未詳.5月 (手紙 拙寺方之義ハ取扱人と相手方との入組ニ相成、尾州寺社御奉行所ニて段々御調理被相成、六月十八日対決ニて、先方相手方重立候者赤まけニ相成、拙寺方ハ十分之勝利ニて) 専光寺 老翁 五嶋 1通 A4-(3)-187
年月未詳.21月 口上(兼て御相談御願申上置候船町取替金、昨日木戸村御呼出し之処、村役人衆□病附居より御断被申上候、御勘定後迄御礼延引御願上申上候)【二枚に剥離】 宮村 一色村五嶋所平 1通 A4-(3)-188
年月日未詳 乍恐以書付御届奉申上候((1)御年貢未進取替金、此度元利共勘弁済仕候 (2)未進金元利勘弁いたし呉難有奉存候)【(1)(2)共に雛形】     1枚 A4-(3)-189
年月日未詳 内納方((1)四斗、新入方大蔵入・壱石八斗九升七合五勺、高帳より入、〆弐石弐斗九升余 (2)壱石六斗、新入方大蔵入・九斗四升、高帳より入、〆弐石五斗四升)     1枚 A4-(3)-190
年月日未詳 (大名覚 松平安芸守、安芸国広島城主四十二万六千石余、浅野西国・板倉周防守、備中国松山城主五万石、西国外)【二枚に剥離】     1枚 A4-(3)-191
年月日未詳 (国主・順国主等覚 浅野松平安芸守、居城安芸沼田郡広島・板倉周防守、居城備中上房郡松山外)     1枚 A4-(3)-192
年月日未詳 大目付記(河波松平阿波守・筑前松平美濃守・美作津山松平参河守外)     1枚 A4-(3)-193
年月日未詳 (覚 小七本・同九本・同十五本、こさつゝみ廿本・小十壱本、大廿壱本)     1枚 A4-(3)-194
年月日未詳 万世要(垣城下竹嶋 御扇子仕立所、旭松堂)【扇子入】     1枚 A4-(3)-195
年月日未詳 (書判入)   お収め 1枚 A4-(3)-196
年月日未詳 覚(三臓円代、金弐歩、右之通慥請取) 桑名屋六右衛門 五嶋久右衛門 1通 A4-(3)-197
文政13年8月26日 (指紙 一色村名主甚左衛門儀舫金差配申付候間、長松村名主加蔵示合入念可相勤候)【A4-(3)-198~199は包紙で一括してあった】 郡奉行 浜嶋源助 1通 A4-(3)-198
文政13年8月27日 (添状 別紙之通申来候間、得其意可被申候) 御代官 一色村 名主 甚左衛門方 1通 A4-(3)-199
天保11年7月10日 仕上ル御請書之覚(西久瀬川名主儀左衛門退役いたし候ニ付、切石村・中久瀬川・桑名屋分右三ヶ村附名主之儀、一色村名主所平へ申付候)【A4-(3)-200~207は包紙で一括してあった】 西久瀬川儀左衛門 御代官 御役所 1通 A4-(3)-200
(天保11年)7月10日 (御用書 久敷病気ニて平臥罷在候、切石其外弐ヶ所付名主等御断申上候処、早速御聞済ニ相成、尊公様へ被仰付候趣) 儀左衛門(善十郎) 一色五嶋所平 1通 A4-(3)-201
(天保11年)7月12日 (手紙 此間当所御役被仰付候処、此後御世話と奉存候、附ては其御村迄余程手越ニ付、万事迷惑仕候ニ付、先矩之格ヲ以別紙願書之通奉願上候) 六郎次外1人 一色村 御名主五嶋所平 1通 A4-(3)-202
(天保11年)7月13日 口上(今般御調印被下早速御役所え差出申候処、只今御聞済ニ相成候間此段御案内奉申上候) 六郎治外1人 一色村所平 1通 A4-(3)-203
(天保11年)7月13日 口上(御丁寧御書難有拝見仕候、然は桑名屋分御役之儀手越ニ付、廣助へ附役相願可申由、尊公様御調印之儀ハ六郎次殿可被申候ニ成被遣可被下候) 儀左衛門 五嶋所平 1通 A4-(3)-204
天保11年7月 乍恐以書付奉願上候(中久瀬川桑名屋分名主御役之儀、一色村名主所平え被為仰付被下置候) 中久瀬川桑名屋分五人組頭庄平 外2人 御代官 御役所 1通 A4-(3)-205
(天保11年) 口上(御調印之義御願申上候処御承知被下候由、然処先格ヲ以私共両人願申上候処、貴家御調印之上私方より差出可申様被為仰渡候) 中久セ川桑名屋分六郎次外1人 所平 1通 A4-(3)-206
(天保11年) (覚 切石御百姓代尚蔵外10人)     1通 A4-(3)-207
天保11年7月 仕上ル御請書之覚(中久瀬川桑名屋分附名主役一色村名主所平え申付候処、手越ニ付赦免相願之願之通差許之候、依之跡附名主中久瀬川名主広助え為相勤度旨相願之聞届願之通申付候) 中久瀬川桑名分五人組頭庄平 外3人 御代官 御役所 1通 A4-(3)-208
(天保14年)2月13日 (指紙 当勘定中世話役加勢申付候間、得其意相勤可被申候)【A4-(3)-209~221、A4-(3)-209~210は包紙で一括してあった】 御代官 一色村 名主 久右衛門方 1通 A4-(3)-209
(天保14年)2月13日 (指紙 今般御公役様御越ニ付、火急ニ御調ニ預リ度、只今より郷宿え御出張被成候様) 室村松右衛門 五嶋 1通 A4-(3)-210
(1)天保14年4月21日
(2)天保14年4月21日
覚((1)米拾三俵、一色村、日光御勤番ニ付為冥加書面之通差上度之旨奇特之事 (2)右之通被仰渡候間、此旨申渡可有之候)【A4-(3)-211~212は包紙で一括してあった】 (1)御城代(2)郡奉行 (2)太田七十郎 1通 A4-(3)-211
天保14年4月29日 覚(拾三俵、御冥加米、一色村) 竹大蔵奉行   1通 A4-(3)-212
天保14年4月26日 覚(上田八畝歩、一色村、立苗之儀当分相止候処、猶又書面之通申付候間、已前之格相心得、生立方精誠入念候様申渡可有之候)【A4-(3)-213~215は包紙で一括してあった】 郡奉行 太田七十郎 1通 A4-(3)-213
(天保14年)4月24日) 覚(上田八畝歩、高壱石弐斗、苗三千八百四拾把、田方御建苗去ル寅年多分相滅候処、近来出水御堤切入ニてかれ田相成、再植指苗願出御建苗不足故、御建苗入念相囲置可申候)【封筒あり】 見取奉行 一色村名主 1通 A4-(3)-214
天保14年4月26日 (添書 別紙之通申来候間、得其意請書差出可被申候) 御代官 一色村名主中 1通 A4-(3)-215
(1)天保14年4月26日
(2)天保14年4月29日
覚(鳥目拾三貫三百文、一色村名主久右衛門、去夏出水之節御見取奉行より苗為買候趣令承知、残リ苗差上候段奇特、依之褒美被下之候 (2)右之通被仰渡候間、此旨申渡可有之候) (1)御城代(2)郡奉行 (2)太田七十郎 1通 A4-(3)-216
(1)天保14年4月26日
(2)天保14年4月30日
(添書 別紙之通申来候間、得其意請書差出可被申候) 御代官 一色村 名主 久右衛門 1通 A4-(3)-217
(天保14年)6月.4 覚(一色村名主久右衛門外二人、来ル八日御茶壺御通ニ付郷人足為支配差遣候間、伝馬年寄共え示合墨俣宿迄罷越候様御申渡可有之候)【A4-(3)-218~219は包紙で一括してあった】 郡奉行 兼山六之右衛門 1通 A4-(3)-218
(天保14年)6月.4 (添書 別紙之通申来候間、得其意可被申候) 御代官 一色村久右衛門方 1通 A4-(3)-219
(天保14年)9月24日 (指紙 一色村名主久右衛門舫金差配申付候、荒尾村名主庫十郎示合入念可相勤候旨御申渡可被有之候)【A4-(3)-220~221は包紙で一括してあった】 郡奉行 赤坂筋御代官衆 1通 A4-(3)-220
(天保14年)9月25日 (添書 別紙之通申来候間、得其意受書差出可被申候) 御代官 一色村 名主久右衛門方 1通 A4-(3)-221
嘉永4年11月22日 覚(山口村名主仙右衛門外郷宿取締役申付候間申合入念可相勤候、尤折々不時ニ見廻リ風俗不宜女等は為引替且不締之儀は心附次第可申出候)【包紙あり】 郡奉行 加納弁蔵 1通 A4-(3)-222
安政2年1月21日 (指紙 一色村名主久右衛門儀持病有之ニ付、差発候節は忰桃之介え名代為相勤度)【包紙あり】 郡奉行 岩井次五大夫 1通 A4-(3)-223
(安政5年10月5日~安政6年3月6日) 安政五壬午年十二月 再勤ニ付江戸案内状并返書共記帳(安政五年十月六日江戸表え御定使ニ付、結構被仰付吹聴状差出之・十一月十七日江戸表より御定便到着返書至来外) 花村鐶   1綴 A4-(3)-224
安政6年3月 乍恐以書付奉願上候(当村水損所有之ニ付、今般筋内より難渋之趣相察呉金五拾両之頼母子講取詰手当ニ舫金え積立)(奥書あり)【四枚に剥離・A4-(3)-225~227は木箱で一括してあった】 中曽根村高持 惣連中 御代官 御役所 1通 A4-(3)-225
安政6年3月 乍恐以書付願上候(中曽根村極水損ニ付、今般筋内村々より金五両頼母子講取企、右枕金中曽根村扶助手当ニ舫金ヘ積立、尚渡金より落口の村々も同様積立困難手当ニ囲置度)【二枚に剥離】 筋惣代 室村名主 清九郎外8人 御代官 御役所 1通 A4-(3)-226
未.4月(安政6年) 規定(村々名主并五人組頭給米を以御用村用相勤候は古例定法ニ有之)【九枚に剥離】 池尻村名主 文四郎外87人   1巻 A4-(3)-227
安政6年4月 規定(村々名主并五人組頭給米取之御用村用相勤候は古例定法ニ有之候)(奥書あり)【五枚に剥離】 池尻村名主 文四郎外87人   1通 A4-(3)-228
安政6年4月 規定(村々名主并五人組頭給米を以御用村用相勤候は古例実法ニ有之候)【二枚に剥離】 池尻村 名主 文四郎外88人 一色村御村役人衆中 1通 A4-(3)-229
(安政6年)8月29日 (指紙 一色村名主五嶋久右衛門及老年其上持病等差発難渋ニ付、居村并入方新入方共名主役赦免相願之聞届、願之通差許候)【A4-(3)-230~231は2枚の包紙で一括してあった】 郡奉行 岩田万蔵 1通 A4-(3)-230
(安政6年)8月29日 (添書 別紙之通申来候間、得其意村方惣連印請書差出可申候) 御代官 一色村五嶋久右衛門外1人 1通 A4-(3)-231
(文久2年)3月24日 (差紙 御用之儀有之候間、明後廿六日四ツ時罷出可申候)【A4-(3)-232~234は包紙で一括してあった】 御代官 一色村 名主 庄兵衛方 1通 A4-(3)-232
(文久2年)3月24日 (御用書 与市新田村附名主五嶋久右衛門及老年、役儀難相勤ニ付赦免相願之聞届差許候、依之附名主役同人忰庄兵衛え申付候旨、双方え御申渡可有之候)【A4-(3)-233~234は包紙で一括してあった】 郡奉行 河村忠之進外1人 1通 A4-(3)-233
(文久2年)3月24日 (添書 別紙之通申来候間、得其意請書早々差出可申候) 御代官 与市新田村名主中 1通 A4-(3)-234
亥.3月12日(文久3年) 覚(金弐歩、今般非常御用郷中間相勤候御請仕候ニ付御給金之内慥ニ奉請取候)【A4-(3)-235~258は紙袋で一括、A4-(3)-235~242は折り重ねてあった】 一色村 本人 弥三郎 一色村御役人衆 1通 A4-(3)-235
亥.3月12日(文久3年) 覚(金弐歩、非常御用郷中間御請仕相勤候ニ付御給金之内慥ニ請取申候) 一色村 本人 権七 一色村御役人衆 1通 A4-(3)-236
文久3年3月15日 覚(金弐歩、非常御用郷中間御請仕御給金之内書面之通慥ニ請取申候) 一色村藤左衛門忰本人 休三郎外1人 一色村御役人衆 1通 A4-(3)-237
文久3年3月17日 覚(金弐歩、今般非常郷中間御請仕候ニ付、御給金之内慥ニ受取申候) 一色村 本人 又八 村方御役人衆 1通 A4-(3)-238
亥.3月20日(文久3年) 覚(金弐歩、今般非常郷中間役御請仕候ニ付、書面之通御給金之内慥ニ受取申候) 一色村 本人 庄七 一色村御役人衆中 1通 A4-(3)-239
文久3年3月 覚(金弐歩、今般非常御用郷中間御請仕候ニ付、御請金之内書面之通慥ニ請取申候) 一色村 本人 磯右衛門 外1人 一色村御役人衆 1通 A4-(3)-240
文久3年3月 覚(金弐歩、今般非常御用郷中間御請仕候ニ付、御給金之内書面之通慥ニ受取申候) 一色村 本人 民平 村御役人衆 1通 A4-(3)-241
亥.3月 覚(金弐歩、忰喜十郎今般非常郷中間御請申上候ニ付、御給金之内慥ニ奉請取候) 一色村藤左衛門 同村(一色村)御役人衆 1通 A4-(3)-242
亥.3月21日(文久3年) 覚(金弐両弐歩、今般非常御用御家中渡郷中間相勤御給金之内慥ニ請取申候) 一色村 本人 権七 郷中間 御掛衆 1通 A4-(3)-243
亥.3月21日(文久3年) 覚(金弐両弐歩、今般非常御用御家中渡郷中間御給金之内慥ニ奉請取候)【A4-(3)-244~247は折り重ねてあった】 一色村 本人 権七 一色村御役人衆 1通 A4-(3)-244
亥.3月24日(文久3年) 覚(金弐両弐分、今般非常御用、里見与五右衛門様附郷中間相勤御給金之内慥ニ請取申候) 一色村 本人 弥三郎 一色村御役人衆中 1通 A4-(3)-245
亥.3月24日(文久3年) 覚(金弐両弐分、今般非常御用郷中間御請仕相勤候付、御給金之内書内之通慥ニ請取申候)【二枚に剥離】 一色村 本人 民平 一色村御役人衆 1通 A4-(3)-246
亥.3月26日(文久3年) 覚(金弐両弐分、今般非常御用郷中間御請仕相勤候ニ付、書面之通御給金之内慥ニ請取申候)【二枚に剥離】 一色村 本人藤左衛門忰休三郎 一色村御役人衆 1通 A4-(3)-247
文久3年4月12日 (手紙 其御村郷中間之内、此間桑名宿より立帰リ弐人之内壱人、明後十四日江戸立帰リ被仰付、明朝名前書西久セ川安田彦七郎方へ御差出可被下候様御取計ニ付) 中間掛り 一色村 御名主五島久右衛門 1通 A4-(3)-248
亥.4月13日(文久3年) 覚(金弐両、今般非常御用江戸表立帰リ出府被仰付相勤候付、御給金之内え慥ニ受取申候)【二枚に剥離】 一色村又八 一色村御役人衆 1通 A4-(3)-249
亥.4月13日(文久3年) 覚(一色村又八、明十四日出府御用相勤申候) 一色村 役人 御掛り衆 1通 A4-(3)-250
亥.4月13日(文久3年) 覚(金壱両、江戸表立帰リ御用郷御中間出府ニ付御給金之内慥ニ受取申候)【二枚に剥離】 一色村民平 一色村御役人衆 1通 A4-(3)-251
年未詳.3月13日 覚(一色村弥三郎御用之儀有之候間、明廿四日四ツ時無遅滞附添罷出可申候)(奥書あり) 御代官宮村 勘右衛門方 一色村五嶋久右衛門 1通 A4-(3)-252
年未詳.3月22日 覚(一色村権七申者、弥明七ツ時出立ニ相成候間、今夜泊リ候様為承知申候) 栗屋丁高橋養之助   1通 A4-(3)-253
年未詳.3月26日 (手紙 今般御出府御方々御取廻し預リ無難江戸着仕、当廿六日過着、其明御惣代郷夫共品川宿泊リ候ニ付)【包紙あり】 江戸御中屋敷ニて大塚金郎 外1人 赤坂筋御惣代衆 1通 A4-(3)-254
年未詳.3月27日 口上(花原様御機嫌能御越被成候趣、三浦様御供ニて引取申候節、御日ニ懸リ御無事ニ御越被成候段御伝言承り申候) 安藤右衛門 五島久右衛門 1通 A4-(3)-255
年未詳.4月6日 (手紙 私儀無事ニて京着仕候間、乍憚御安慮思召可被下、御案内申上度如斯御座候)【包紙あり】 権七 五嶋休右衛門 1通 A4-(3)-256
年未詳.4月8日 口上覚(大奥様・奥様・淡路様奥様、当月朔日江戸表御発駕被遊、弥十三日御到着之由御屋敷様承リ申候)   五島 1通 A4-(3)-257
年未詳.5月12日 (御用書 其村々川通模様替之儀、田方植付相済次第見分罷越候間、得其意一両日已前様子可申出候)【封筒あり・二枚に剥離】 郷廻り方役所 河間村外2ヶ村村々名主 1通 A4-(3)-258
(文久3年)3月19日 (指紙 一色村名主庄兵衛出府中、父五嶋久右衛門え名主代申付之候間、御用村用入念可相勤候旨御申渡可有之候)【A4-(3)-259~261は包紙で一括してあった】 郡奉行 奥村房右衛門 1通 A4-(3)-259
(文久3年)3月19日 (指紙 室村附名主庄兵衛出府中、笠木村名主惣三郎え附役申付候間、御用村用入念可相勤候旨双方え御申渡可有之候写) 郡奉行 奥村房右衛門 1通 A4-(3)-260
(文久3年)3月19日 (指紙 与市新田村附名主庄兵衛出府中、笠木村名主惣三郎え附役申付候間、御用村用入念可相勤候旨双方え御申渡可有之候写) 郡奉行 奥村房右衛門 1通 A4-(3)-261
文久3年8月26日 (指紙 徳光村名主源次儀、上京中一色村名主庄兵衛え附役申付之候)【包紙あり】 郡奉行 石崎喜多右衛門 1通 A4-(3)-262
慶応1年6月4日 (指紙 笠木村名主渡部惣三郎上坂中、一色村名主五嶋庄兵衛え附役申付候)【包紙あり】 郡奉行 松村芝右衛門 1通 A4-(3)-263
(1)(2)(慶応2年)12月24日 覚((1)一色村五嶋庄兵衛、当年違作ニ付御趣意有之百姓積免被仰付候処、不審之儀有之為、可遂糺明一旦揚リ屋入も申付候 (2)右之通被仰渡候)【A4-(3)-264~267は2枚の包紙で一括してあった】 (1)御年寄(2)郡奉行 (2)松村芝右衛門 1通 A4-(3)-264
慶応2年12月24日 (添書 別紙之通申来候間、得其意請書早々差出可申候) 御代官 五嶋庄兵衛 1通 A4-(3)-265
慶応2年12月28日 (指紙 室村附名主役、一色村五嶋庄兵衛差支有之ニ付、宮村勘右衛門え申付置候処最早不及其義候) 郡奉行 松村芝右衛門 1通 A4-(3)-266
(慶応2年)12月28日 (指紙 与市新田村附名主役、一色村五嶋庄兵衛差支有之ニ付、木戸村兵吾え申付置候処、最早不及其義候) 郡奉行 松村芝右衛門 1通 A4-(3)-267
慶応3年4月27日 (指紙 興福地村大樋より相懸リ候養水路見廻リ惣代申渡候間、兼て申渡置候宮村名主勘右衛門示合入念相勤可申候)【A4-(3)-268~269は2枚の包紙で一括してあった】 郷目付 室村附名主一色村五嶋庄兵衛方 1通 A4-(3)-268
(慶応3年)4月27日 (添書 別紙之通申渡候間、得其意可罷在事) 郷目付 一色村五嶋庄兵衛方外1人 1通 A4-(3)-269
(慶応3年)5月28日 (添書 別紙之通申来候間、得其意受書早々差出可申候)【A4-(3)-270~272は2枚の包紙で一括してあった】 御代官 五嶋庄兵衛 1通 A4-(3)-270
(慶応3年)5月29日 (指紙 笠木村名主渡部惣三郎出府中、一色村名主五嶋庄兵衛え附役申付候間、御用村用入念可相勤旨御申渡可有之候) 郡奉行 松村芝右衛門 1通 A4-(3)-271
(慶応3年)5月29日 覚(一色村五島庄兵衛、兼て穂木懸リ之処、今般筑後国より穂木切者成者罷越居候付、手入方を始接方等精誠出情取扱候之様) 郡奉行 松村芝右衛門 1通 A4-(3)-272
年未詳.2月22日 (指紙 長松村名主多六儀病気差発、御勘定御用難相勤ニ付、加勢名主相願之聞届、一色村名主久右衛門え申付之候)【包紙あり】 郡奉行 北村源次郎 1通 A4-(3)-273
年未詳.4月8日 (指紙 木戸村名主勘右衛門此度江戸表え罷下候ニ付、留守中名主役木戸村ハ一色村甚七え、笠縫村は室入方権三郎へ申付候)【A4-(3)-274~275は包紙で一括してあった】 郡奉行 安藤九太夫 1通 A4-(3)-274
年未詳.4月9日 (添書 別紙之通申来候間可被得其意候) 御代官 室入方一色村名主中 1通 A4-(3)-275
年未詳.4月20日 (指紙 一色入方附名主役之儀、東久瀬川名主源内え申付置候処致病死候ニ付、右跡役一色村名主久右衛門え申付候)【A4-(3)-276~278は2枚の包紙で一括してあった】 郡奉行 野口丹蔵 1通 A4-(3)-276
年未詳.4月20日 (添状 別紙之通申来候間、被得其意請書差出可被申候)【欠損あり】 御代官 一色村名主 久右衛門方 1通 A4-(3)-277
年未詳.12月14日 (手紙 御差紙之写拝見仕候、首尾能御免被仰出難有奉存候、貴様へ被仰付悦己奉存候、諸帳面之儀近日中御立合御渡シ可申候) 久セ川源内 一色村久右衛門 1通 A4-(3)-278
年未詳.4月20日 (指紙 一色村名主甚七儀病身ニ罷成、役儀難相勤、赦免之願差出聞届候、然共難差許令養生相勤候様)【A4-(3)-279~280は包紙で一括してあった】 郡奉行 宇佐美二右衛門 1通 A4-(3)-279
年未詳.4月20日 (添書 別紙之通申来候間可成被得其意候) 御代官 一色村名主中 1通 A4-(3)-280
年未詳.5月7日 覚(一色村・西崎村、右村々附名主宮村名主市左衛門願役被差許候、此旨申渡可有之候)【欠損あり・A4-(3)-281~282は包紙で一括してあった】 郡奉行 野口丹蔵 1通 A4-(3)-281
年未詳.5月7日 (添状 別紙之通申来候、得其意可被申候)【欠損あり】 御代官 西崎村外村々名主中 1通 A4-(3)-282
年未詳.5月21日 (差紙 一色村名主甚七儀、徳光村加勢名主役申付置候処、作左衛門忰え名主申付候ニ付、加勢名主役差許之候)【包紙あり】 郡奉行 藤江彦右衛門 1通 A4-(3)-283
年未詳.5月24日 (指紙 一色村名主甚七儀、一色入方附名主役申付置候処、今度附名主之役差許之候)【A4-(3)-284~286は包紙で一括してあった】 郡奉行 藤江彦之丞 1通 A4-(3)-284
年未詳.5月24日 (指紙 一色入方名主役之儀、先達て一色村名主甚七え附名主役申付置候処、役儀差許之、跡役之儀東久瀬川源内え附名主役申付之候) 郡奉行 藤江彦之丞 1通 A4-(3)-285
年未詳.12月16日 (下知書 一色入方名主弥右衛門致退去候ニ付、右村附名主一色村名主甚七え申付候) 郡奉行 藤江彦之丞 1通 A4-(3)-286止
A4 村政 (4)村入用
享保21年3月 借用申金子之事(金弐百五拾両、為要用借用申候利足百両ニ付壱ヶ月銀百匁定当十月限急度返弁可申候)(裏書あり)【A4-(4)-1~3は包紙で一括してあった】 喜多村伴右衛門外1人 木戸一色村久右衛門外1人 1通 A4-(4)-1
元文1年12月 預リ申金子之事(金百六拾五両、右は就要用借用申所実正也、来巳ノ正月晦日限急度返弁可申候)(裏書あり) 高岡代右衛門外1人 高屋村幸右衛門外1人 1通 A4-(4)-2
元文2年2月2日 預申金子之事(合百六拾五両、旦那用事ニ付金借用候元文銀百六拾五匁利足として相加ヘ、来ル廿日切元利急度返済可申候)【虫損あり】 高岡代右衛門外1人 賀嶋□右衛門 1通 A4-(4)-3
元文1年10月 借用申金子之事(写(1)合百九拾弐両弐分銀八匁六歩七厘借用申利息月壱歩半定、巳十一月限リ元利急度返済可申 (2)表書之通返済相違無之)【A4-(4)-4~11は紙紐で、A4-(4)-4~6は包紙で一括してあった】 (1)大葉伝左衛門 外4人(2)戸田儀右衛門 外6人 (1)木戸一色村 久右衛門取次 安藤友右衛門 1通 A4-(4)-4
元文1年12月 借用申金子之事(写(1)合三百四拾八両三分銀五匁八厘借用中、利足月壱歩半定、御金調次第元利急度返済可申 (2)表書之通返済相違無之) (1)佐原又右衛門 外3人(2)戸田儀右衛門 外8人 (1)安藤友右衛門 取次 一色村 久右衛門 1通 A4-(4)-5
元文2年4月 覚(写(1)合弐百俵、当秋赤坂筋望之村々日折米を以可相渡 (2)表書之通相違有之間敷) (1)井道祖右衛門(2)郡奉行 (1)久右衛門取次 1通 A4-(4)-6
安永4年1月 借用申文金之事(写(1)合拾三両借用中、利足月壱歩定、御手廻次第、元利返済可申 (2)表書之通相違無之)【A4-(4)-7~8は包紙で一括してあった】 (1)中山武兵衛 外3人(2)大橋文右衛門 外1人 (1)一色村 甚七 1通 A4-(4)-7
安永4年1月 借用申文金之事(写(1)合百両借用中、利足月壱歩定、来十一月限元利返斉可申 (2)表書之通相違無之) (1)中山武兵衛 外3人(2)戸田五郎左衛門 外6人 (1)一色村 甚七 1通 A4-(4)-8
天明9年1月 覚(〆拾貫九十六匁、御封印銀札御預リ居、差上申度)【包紙あり】 一色村 名主 甚七   1通 A4-(4)-9
戌.6月29日 覚(四拾三俵、綾野米、三拾弐俵三歩かへ、代金拾三両壱分本三匁七歩六厘、此札四匁壱厘、代金銀不残相渡)【A4-(4)-10~11は包紙で一括してあった】 嶋屋 甚吉 一色村久右衛門 1通 A4-(4)-10
(午) 午年綾野村御免割(〆高三拾石八斗四升壱合、内高弐石壱斗六升壱合、内畑不農、残高弐拾四石弐斗八升三合、此取米九石五斗四升三合)     1枚 A4-(4)-11
安永4年1月 借用申村借金之事(金八拾四両但シ元金、村方潰レ者弁金相掛リ候ニ付村割賦仕候得は村方相立不申候故、村借り如何様之証文ニても可仕候間借用被成可被下候)【A4-(4)-12~13は包紙2枚で一括してあった】 一色村 五人与頭利右衛門外6人 御名主甚七 1通 A4-(4)-12
安永9年1月 借用申村借金之事(金八拾九両但シ元金、大川通リ出入ニ付入用相懸リ候ニ付村方割賦仕リ候得は惣潰レ相成リ申候故、如何様之証文ニても可仕候間借用被成可被下候) 一色村 五人組頭 由兵衛外5人 御名主甚七 1通 A4-(4)-13
安永7年2月 御請証文之事(河間村御百姓潰者多ク大借金ニ罷成候、一村惣潰ニ及相候間、御会釈御引地御高四拾五石宛酉年より亥年迄三年賦奉願上候処、村方借金之訳并返金之儀五ヶ年之内ニ相済之儀) 河間村 名主 藤五郎外16人 笠木村 名主 八郎兵衛外1人 1通 A4-(4)-14
(1)安政4年11月.
(2)天保7年4月
(1)安政四丁巳年十一月 巳年舫金貸付元帳 取扱方控(2)天保七丙申年四月日 舫金諸書類送リ覚帳 【A4-(4)-15~17は紙袋「新弐歩判八十四両二歩入良松村北窓翁」とともに紙袋で一括してあった】 (1)五島久右衛門   1綴 A4-(4)-15
元治1年 元治風土記(山崎出張夫より出陣之節諸覚) 松圃亭五嶋姓   1冊 A4-(4)-16
明治5年4月 (記 産土日吉大神神社、再興願主・奉造御宮師 産土日吉大神社、再興願主・奉造御官師)     1枚 A4-(4)-17
天保8年 天保八年新刻 茶式花月集 二冊 一楽斎蔵板【包紙・A40(4)-18~61は紙袋で、A4-(4)-18~25は紙紐で一括してあった】     1枚 A4-(4)-18
天保10年 天保十年新刻 後編 茶式花月集 二冊 一楽斎蔵板【包紙】     1枚 A4-(4)-19
安政7年1月1日 (松竹梅図) 専明   1枚 A4-(4)-20
申.6月(万延7年) (立華生花大会興行案内 万延二酉年従三月十四日同至十六日三ヶ日之間、池坊四十一世専明古稀賀筵) 池坊役人近藤泰輔外 御門弟中 1枚 A4-(4)-21
万延2年1月1日 (松竹梅図) 専明   1枚 A4-(4)-22
辛酉.6月(文久1年) 御茶銘并価附(御濃茶目方拾目入半一袋ニ付、極上初音八匁六分、後昔同、松乃白六匁、蓬莱昔同外) 名古屋伝馬町升屋半三郎   1枚 A4-(4)-23
慶応1年10月4日慶応1年10月5日 御上分御献立(生盛 白髪大根・葛切・海そうめん・銀なん・山吹ゆは、汁 かふら小才・青のり外、逍遙院釈遊西居士三回忌正当相勤)     1通 A4-(4)-24
年未詳.11月30日 覚(蝋燭四拾九丁、代弐朱、右ハ使候相渡候、御入手被下候外) 竹中与惣次 五嶋久右衛門 1通 A4-(4)-25
元治1年10月 口演(近頃諸品并ニ金銭高直ニ相成候ニ付、三臓円代銭定仕候、壱剤入代銭八百文・一半剤入代銭四百文・曲物入代銭百五十文改申上候) 大坂 御免調合所法橋吉野五運   1枚 A4-(4)-26
慶応1年10月 口演(近頃諸品高直ニ相成候ニ付、今般相改三臓円目方百目ニ付代銭壱貫六百文改申上候) 大坂 御免調合所法橋吉野五運   1枚 A4-(4)-27
慶応1年10月 口演(近頃諸品高直ニ相成候ニ付、今般相改三臓円目方百目ニ付代銭壱貫六百文改申上候) 大坂 御免調合所法橋吉野五運   1枚 A4-(4)-28
慶応1年10月 口演(近頃諸品高直ニ相成候ニ付、今般相改三臓円目方百目ニ付代銭壱貫六百文改申上候) 大坂 御免調合所法橋吉野五運   1枚 A4-(4)-29
丑.12月(慶応1年) 覚(六月〆元金拾六両三歩拾弐匁、七月より十二月迄利五拾四匁・七月十四日金拾両、十二月迄利三拾六匁、〆弐拾八両壱歩拾弐匁)【A4-(4)-30~61は紙紐で一括してあった】 蔵屋 紋八 一色村五嶋久右衛門 1通 A4-(4)-30
寅.2月13日(慶応2年) 覚(御手形四俵、四匁五分七厘替、此金八両弐歩ト四匁壱分七厘、右之通相渡し申候) 大垣俵町美濃屋 一しき庄兵衛 1通 A4-(4)-31
慶応2年2月26日 覚(米弐拾壱俵、五俵三分三厘替、金三拾九両壱分弐朱壱匁五分八厘、内十月廿二日金壱両、継右衛門組へ出外) 加ミや常八 一色村五島所平 1通 A4-(4)-32
(慶応2年6月7日) おほへ(慶応二寅年六月七日虫送リ入用買物、壱匁五分、大半し二・弐匁四分□□□□・五分六厘水引七わ外、〆八匁八分、右之通ニ受取申候外) 米屋小八 外2人   1枚 A4-(4)-33
寅.7月(慶応2年) 覚(銀拾八貫五百拾九匁五分四厘、此わり高壱石ニ付銀拾八匁五分ツヽ外、右之通慥ニ請取申候) 室原村清次 一色村五嶋久右衛門 1通 A4-(4)-34
寅.11月13日(慶応2年) 覚(米弐拾壱俵、預リ三兵衛、十月廿二日内金壱両・十一月六日大麦壱俵、同し十六貫六百外) 紙屋常八 一色むら五島所平 1通 A4-(4)-35
年未詳.4月18日 (手紙 後野より米弐拾五石之都合ニ受取申候間、壱石不足仕候間、米壱石御渡シ被下度) かミや常八 一色村五島所平 1通 A4-(4)-36
年月日未詳 人参三臓円(此薬をふくして五の妙を顕る 去享保十二年丁未閏正月於崎陽清人岐来氏周南名医より主剤修治製法精秘授す)【A4-(4)-37~52は一括してあった】 大坂 御免調合所法橋吉野五運   1枚 A4-(4)-37
年月日未詳 人参三臓円(此薬をふくして五の妙を顕る 去享保十二年丁未閏正月於崎陽清人岐来氏周南名医より主剤修治製法精秘授す) 大坂 御免調合所法橋吉野五運   1枚 A4-(4)-38
年月日未詳 人参三臓円(此薬をふくして五の妙を顕る 去享保十二年丁未閏正月於崎陽清人岐来氏周南名医より主剤修治製法精秘授す) 大坂 御免調合所法橋吉野五運   1枚 A4-(4)-39
年月日未詳 人参三臓円(此薬をふくして五の妙を顕る 去享保十二年丁未閏正月於崎陽清人岐来氏周南名医より主剤修治製法精秘授す) 大坂 御免調合所法橋吉野五運   1枚 A4-(4)-40
年月日未詳 人参三臓円主能并五之妙(諸虚の諸病の根本皆心脾腎三臓の労減より発る 故に此三臓を補養しよく調れば諸病自治す) 大坂 御免調合所法橋吉野五運   1枚 A4-(4)-41
年月日未詳 人参三臓円主能并五之妙(諸虚の諸病の根本皆心脾腎三臓の労減より発る 故に此三臓を補養しよく調れば諸病自治す) 大坂 御免調合所法橋吉野五運   1枚 A4-(4)-42
年月日未詳 人参三臓円主能并五之妙(諸虚の諸病の根本皆心脾腎三臓の労減より発る 故に此三臓を補養しよく調れば諸病自治す) 大坂 御免調合所法橋吉野五運   1枚 A4-(4)-43
年月日未詳 人参三臓円主能并五之妙(諸虚の諸病の根本皆心脾腎三臓の労減より発る 故に此三臓を補養しよく調れば諸病自治す) 大坂 御免調合所法橋吉野五運   1枚 A4-(4)-44
年月日未詳 人参三臓円主能并五之妙(諸虚の諸病の根本皆心脾腎三臓の労減より発る 故に此三臓を補養しよく調れば諸病自治す) 大坂 御免調合所法橋吉野五運   1枚 A4-(4)-45
年月日未詳 人参三臓円主能并五之妙(諸虚の諸病の根本皆心脾腎三臓の労減より発る 故に此三臓を補養しよく調れば諸病自治す) 大坂 御免調合所法橋吉野五運   1枚 A4-(4)-46
年月日未詳 人参三臓円主能并五之妙(諸虚の諸病の根本皆心脾腎三臓の労減より発る 故に此三臓を補養しよく調れば諸病自治す) 大坂 御免調合所法橋吉野五運   1枚 A4-(4)-47
年月日未詳 人参三臓円 大坂 御免調合所法橋吉野五運   1枚 A4-(4)-48
年月日未詳 人参三臓円 大坂 御免調合所法橋吉野五運   1枚 A4-(4)-49
年月日未詳 人参三臓円 大坂 御免調合所法橋吉野五運   1枚 A4-(4)-50
年月日未詳 人参三臓円 大坂 御免調合所法橋吉野五運   1枚 A4-(4)-51
年月日未詳 人参三臓円 大坂 御免調合所法橋吉野五運   1枚 A4-(4)-52
寅.7月5日(慶応2年) 覚(金壱両壱歩、ほふす料、右之通慥ニ申受候) 海老屋半兵衛 五嶋 1通 A4-(4)-53
寅.7月10日(慶応2年) 覚(四月七日金壱分油・六月廿六日金壱分油、〆金弐分、右之通慥ニ受取申候) 油屋甚吉 一色村庄兵衛 1通 A4-(4)-54
年未詳.7月5日 覚(金弐朱、右之通受取申) 大和屋源右衛門 後藤久右衛門 1通 A4-(4)-55
年未詳.8月4日 覚(四匁、右之通慥ニ受取申候) 鉄屋右衛 五嶋久右衛門 1通 A4-(4)-56
年月日未詳 覚(金弐朱、三□えん、〆右之通慥ニ受取申候) 池田や喜七 1通 A4-(4)-57
年月日未詳 覚(右同断金五拾六両弐分、利金五両弐分銀九匁余外)【一部欠・破れあり】     1枚 A4-(4)-58
年月日未詳 (銭十二文預リ)     1枚 A4-(4)-59
年月日未詳 (学門院様)【包紙あり】 高木玄宣   1枚 A4-(4)-60
年月日未詳 金箔木具     1個 A4-(4)-61
弘化3年11月 弘化三丙午年十一月日 午歳一色村出入諸雑用帳【A4-(4)-62~68は紙紐で一括してあった】     1冊 A4-(4)-62
弘化3年12月 弘化三年午十二月 一色村御役人衆中下用帳 仁右衛門(大垣室町 桝仁)   1冊 A4-(4)-63
午.12月(弘化3年) 覚(八月七日、四歩五リ、庇障願書ニ通外、〆壱匁五歩三厘、落手仕候)     1通 A4-(4)-64
午.12月(弘化3年) 覚(九月十五日十六日十七日拾五匁、宗右衛門殿一件ニ付取調、右之通慥ニ受取申候) 左右衛門 五嶋休右衛門 1通 A4-(4)-65
年未詳.10月 覚(九月十日三分五厘、くろたい壱枚外、〆三拾三匁六分二厘) 魚屋藤五郎 一色村五嶋庄平 1通 A4-(4)-66
年未詳.12月21日 口上(月迫仕リ御繁用奉察候、筆工料も被下置難有奉存候、少し過之相成候は、五分返上仕候)   五嶋久右衛門 1枚 A4-(4)-67
年月日未詳 (覚 下用六十壱人、代五拾壱匁八歩五、郷宿入用代八歩五かへ外、〆三百三匁弐歩九リ)     1枚 A4-(4)-68
嘉永6年5月 嘉永六癸丑年五月日 一色村平百姓甚右衛門三男次五右衛門より別家ニ付出入入用帳【A4-(4)-69~78は紙紐で一括してあった】     1冊 A4-(4)-69
嘉永6年 嘉永六癸丑年 一色村下用造用帳 郷宿松屋 清七 御村役人衆中 1冊 A4-(4)-70
丑.12月(嘉永6年) 覚(九月九日 壱匁六分、再返答書壱冊、同四分、右半紙代外、〆七匁九分四厘、内弐匁受納仕候) 六右衛門 五久右衛門(五嶋久右衛門) 1通 A4-(4)-71
丑.12月(嘉永6年) 覚(八月廿三日壱匁、酒五・鮎外、〆弐拾五匁四分五) 松嶋屋弥兵衛 一色村五嶋久右衛門 1通 A4-(4)-72
年未詳.4月~年未詳.8月24日 出入入用帳(四月、金弐百疋、児印様、廿五日、同弐朱、さと代中印様、大竹の子五本、松野氏え外)     1枚 A4-(4)-73
年未詳.7月 覚(四月九日、三匁弐分、福源寺証書、返答書二冊外、〆金弐朱ト拾七匁、右受納仕候) 六右衛門 久右衛門 1通 A4-(4)-74
年未詳.8月26日 覚(六匁六分五厘、三匁五分外、〆拾壱匁九分五厘、右之通慥受取申候)   五嶋 1通 A4-(4)-75
年月日未詳 (覚 三匁五分、右受取申候)   五嶋 1通 A4-(4)-76
年月日未詳 覚(金弐百疋、後藤三郎助様、金百疋、徳光村佐左衛門、金弐朱、誓運寺外)     1枚 A4-(4)-77
年月日未詳 せいうん寺支配之覚(八月廿五日、四人、朝久右衛門、夕左左衛門、同廿六日、壱人昼、久右衛門、弐人夕、同人・左左衛門、松嶋屋買物)     1枚 A4-(4)-78
乙卯.12月17日(安政2年) 覚(金五拾両、リ銀六両三分、〆金五拾六両三分、右之通慥ニ請取申候)【A4-(4)-79~158は紙紐で、A4-(4)-79~121は包紙と紙紐で一括されていた】 池尻新入方孫右衛門 一色村五嶋久右衛門 1通 A4-(4)-79
戊午.2月28日(安政5年) 覚(久右衛門分、高拾六石五斗弐升壱合五勺、定納合拾壱石八斗八升四合・内納方、三升道下米外、〆拾弐石壱斗五升、右之通御請取可被下候) 河間村小十郎 一色村 名主 五嶋久右衛門 1通 A4-(4)-80
(安政5年)2月30日 (手紙 大蔵印刎俵差米御売払代金三両壱歩弐朱銀札壱匁六分四厘御差遣シ相成候間、何分御預リ置可申候) 矢嶋勝三郎 五島大人 1通 A4-(4)-81
午.2月30日(安政5年) 覚(壱斗壱升弐合、過米差引残リ分、右之代慥ニ請取申候) 笠木村惣三郎 一色村五嶋久右衛門 1通 A4-(4)-82
午.3月1日(安政5年) 覚(御手形三拾壱俵弐斗五升弐合、代金弐拾壱両壱歩弐朱四匁四分弐厘、右之通代金不残相渡し相済申候)【二枚に剥離】 麻□や源次 五嶋久右衛門 1通 A4-(4)-83
安政5年3月13日 覚(巳三月改、入金弐両壱歩壱匁五分、三月十三日受取外、〆百拾五匁八分、引〆四両弐朱四匁八分) 江川藤二郎 一色村久右衛門 1通 A4-(4)-84
午.3月24日(安政5年) 覚(三ツ塚村往還觸寄低所附被下米、五斗七升九合弐勺、代給六拾匁七分六厘、内銀三拾匁九分六厘、差引シテ壱分三朱余、右之通御差引ニて過銀并請取書差上申候) 政平 五嶋 1通 A4-(4)-85
午.3月27日(安政5年) (釘金廿匁、午三月廿七日、代札壱匁、後ひき分より相渡済)     1枚 A4-(4)-86
午.3月29日(安政5年) 覚(内金壱両弐歩受取申候) 丸屋茂右衛門 久右衛門 1通 A4-(4)-87
午.3月29日(安政5年) 覚(巳極月酒代〆金三両壱分七匁五分六厘、三月晦日内金弐両受取申候) 米屋小八 一色村五嶋久右衛門 1通 A4-(4)-88
午.3月29日(安政5年) 覚(金壱両三歩弐朱七拾壱匁八分、御嫁入道具引〆残、巳十二月大晦日内拾九匁受取、内金弐両弐歩受取)【二枚に剥離】 多田屋文右衛門 五嶋久右衛門 1通 A4-(4)-89
午.3月29日(安政5年) 覚(金弐両、右之通慥ニ受取申候) □□や藤四郎 五嶋久右衛門 1通 A4-(4)-90
午.5月12日(安政5年) 覚(一色新入方春夫役米代、金弐歩弐朱銀四匁弐分四厘、八厘封代、〆差引本村ニ有、右上納請取申候) 金見役所   1枚 A4-(4)-91
午.5月12日(安政5年) 覚(一色入方春夫役米代、金壱両銀六匁四分六厘壱分三厘、〆差引本村ニ有、右上納請取申候) 金見役所   1通 A4-(4)-92
午.5月13日(安政5年) 覚(油屋ひさし入用、八匁四分、尺七寸より板四百枚) 井桁屋源治 五嶋久右衛門 1通 A4-(4)-93
午.5月(安政5年) 覚(巳十二月、弐百四拾六匁九分七厘、内金壱両請取、五月九日) わらや嘉助 一色村五嶋久右衛門 1通 A4-(4)-94
安政5年6月6日 (手紙 御立苗三千把何卒明日極早朝御差出成下候様奉御願申上候)【二枚に剥離・A4-(4)-95~97は包紙で一括してあった】 東大外羽村名主 喜右衛門 一色村御名主衆 1通 A4-(4)-95
(安政5年)6月6日 覚(糸〆六寸廻リ、三千把御立苗、右之通東大外羽村え入念相渡可申候) 郷廻リ方役所 一色村名主 1通 A4-(4)-96
(安政5年)6月8日 覚(糸〆六寸廻リ、八百四拾把御立苗、右之通川口村え入念相渡可申候) 郷目付 一色村名主 1通 A4-(4)-97
(安政5年)6月7日 覚(五百六拾把御立苗・八拾把右同断、右之通ニ慥ニ受取申候) 東大外羽村名主 一色村御名主衆 1通 A4-(4)-98
午.6月7日(安政5年) 覚(三千把之内苗百六拾把、御村方結構成御立苗御差出し被下忝奉存候、慥ニ受取申候) 東大外羽村名主 喜右衛門 一色村御名主衆 1通 A4-(4)-99
午.6月7日(安政5年) 覚(三千把之内苗四百把、村方御結構成御立苗御渡し被下忝奉存候、慥ニ受取申候) 東大外羽村名主 喜右衛門 一色村御名主衆 1通 A4-(4)-100
(安政5年)6月7日 覚(三千把之内六百四拾把、右之通受取申候) 東大外羽村名主 喜右衛門 一色村村御役人衆 1通 A4-(4)-101
(安政5年)6月7日 覚(三百五拾四把御立苗、右之通ニ慥ニ受取申候) 東大外羽村名主 一色村惣七外3人 1通 A4-(4)-102
(安政5年)6月7日 覚(三千把之内八百把、先請受申候残之分、大急ニ御送リ可被下候)【二枚に剥離】 東大外羽村名主 喜右衛門 一色村御村御役人衆 1通 A4-(4)-103
午.6月(安政5年) 巳年算用状(甚左衛門分、高七石四斗壱升三合七勺、内高六石六斗七升三合壱勺田方、外〆五石六斗六升九合九勺、右之通御座候) 名主   1枚 A4-(4)-104
午.7月10日(安政5年) 覚(一色村夏夫役米代、金壱両銀拾匁八分弐厘、壱分四厘封代、〆差引本村ニ有、右上納請取申候) 金見役所   1枚 A4-(4)-105
午.7月10日(安政5年) 覚(一色新入方夏夫役米代、金弐歩銀拾四匁五分壱厘、九厘封代、〆差引本村ニ有、右上納請取申候) 金見役所   1枚 A4-(4)-106
午.7月(安政5年) 覚(六人、一色村、右は去巳年閏五月二日長崎御奉行水野筑後守様御通行ニ付遣ひ申候) 人馬奉行 右村 名主中 1通 A4-(4)-107
午.7月(安政5年) 覚(四月十九日・五月十日九人半勘定、代弐拾壱匁八分五厘、右之通慥ニ受取申候) 大工清七 一色村五嶋久右衛門 1通 A4-(4)-108
午.8月(安政5年) 覚(銀六匁六分、多良御講金・座頭配当高割之分、右之通慥ニ請取申候) 世話役 一色入方御名主衆 1通 A4-(4)-109
午.8月(安政5年) 覚(銀四匁七厘、多良御講金・座頭配当高割之分、右之通慥ニ受取申候) 世話役 一色新入方御名主衆 1通 A4-(4)-110
午.11月20日(安政5年) 覚(一色村、金拾九両弐分、銀弐拾三匁弐分六厘、弐匁三分七厘付代外、〆三拾六両壱分取、内三匁六分弐厘戻ス、右上納請取申候) 金見役所   1枚 A4-(4)-111
午.11月(安政5年) 覚(金壱歩銀拾四匁三分、右ハ太神宮常夜燈御寄附金、当午年分慥ニ受取申候) 御世話方河毛儀三郎 五嶋久右衛門 1通 A4-(4)-112
午.12月3日(安政5年) 覚(一色新入方、銀弐匁七分壱厘、なわ代、同四匁四分、同入方なわ代、〆七匁壱分三厘、右上納請取申候) 金見役所   1通 A4-(4)-113
午.12月(安政5年) 覚(御蔵敷、藁七束七把、代銀壱匁五分壱厘・御世話役衆より御割符、銀七匁四分五厘、〆八匁九分六厘) 荒尾村惣四郎 一色新入方村御役人衆 1通 A4-(4)-114
午.12月(安政5年) 覚(御蔵敷、藁四束、代銀八分・燈中、竹壱束、代銀三匁壱分外、〆銀拾五匁九分九厘) 荒尾村惣四郎 一色入方村御役人衆 1通 A4-(4)-115
午.12月(安政5年) おぼへ(銀五匁弐分四厘、諸筋割、右之通慥ニ受取申候) 世話役 一色新入方御名主衆中 1通 A4-(4)-116
午.12月(安政5年) おぼへ(銀八匁弐分七厘、諸筋割、右之通慥ニ受取申候) 世話役 一色入方御名主衆中 1通 A4-(4)-117
年未詳.3月1日 覚(金二朱ト拾弐匁八分、右之通慥ニ請取申候) 笠木村惣三郎 一色村五嶋久右衛門 1通 A4-(4)-118
年未詳.5月12日 (覚 久右衛門分、定納合拾壱石八斗八升四合、内納リ三升、道下米入・十壱斗十三郎より入外、〆拾五石壱斗壱升壱合五勺、右之通リ御算当之上御受取可被下候)【二枚に剥離】 河間村名主 小十郎 一色村 御名主 五嶋久右衛門 1通 A4-(4)-119
年未詳.5月15日 覚(水車入用 十三日車入用弐間さし五本、同同断乗板四尺四分板八尺外) 北村屋介蔵 一色村五嶋庄平 1通 A4-(4)-120
年月日未詳 覚(金弐両ト銀六匁八分八厘、右之通慥ニ受取申候) 戸田藤馬内飯田広吉   1枚 A4-(4)-121
安政5年1月 安政五戊午年正月吉日 御肴之御通 一色村御入用【A4-(4)-122~158は紙紐で一括してあった】 (大垣)魚屋藤五郎   1冊 A4-(4)-122
安政5年1月 安政五年戊午正月吉日 紙御通 (大垣)わら屋嘉助 一色村御役人衆 1冊 A4-(4)-123
安政5年1月 安政五年戊午正月吉日 塩肴青物御通 一色村御入用 (大垣俵町)辻屋 半三郎   1冊 A4-(4)-124
安政5年1月 安政五午正月 万御通 一色御村入用 大垣 丸屋茂右衛門   1冊 A4-(4)-125
午.2月(安政5年) (一色村銀三拾九匁八分六厘本村分・同四匁七厘新入方分・同六匁六分入方分、組割金、三口〆五拾匁五分三厘、差引ニて入、右之通慥ニ請取申候) 世話役 右村御名主衆 1通 A4-(4)-126
午.3月8日(安政5年) 覚(八月八日四匁弐分六厘、縄御入用、右受取申候) 塩屋喜右衛門 一色村御役人衆 1通 A4-(4)-127
戊午.3月(安政5年) (一色村 銀三拾匁九分六厘、差引ニて入、内阿原村外三ヶ村組合樋賀晴、人足賃銀、書面之通慥ニ請取申候) 世話役 右御村御名主衆 1通 A4-(4)-128
午.4月27日(安政5年) 覚(人足壱人五分、一色村、代銀壱匁五分、室村往還土橋掛替請負代銀慥ニ受取申候) 室村 請負太右衛門 外1人 一色村御役人衆中 1通 A4-(4)-129
午.4月(安政5年) 覚(銀壱匁九分弐厘、内壱朱三厘入、札弐匁戻ス、浅草西村組合樋加勢人足賃金不足之分、書面之通慥ニ請取申候) 世話役 右村御名主衆 1通 A4-(4)-130
午.4月(安政5年) 覚(拾弐人、代銀拾弐匁、室村留樋伏替ニ付、人足代銀慥受取申候) 室村 請負太右衛門 外1人 一色村御役人衆 1通 A4-(4)-131
午.5月12日(安政5年) 覚(一色村春夫役米代、金五両壱歩弐朱銀七分壱厘、六分五厘封代、入方新入方共〆金七両三朱札壱匁壱分三厘、右上納請取申候) 金見役所   1枚 A4-(4)-132
安政5年7月5日 覚(七月朔日五ツ時より同四日昼八ツ時迄人足弐拾五人半、此代札弐拾匁四分、右之通リ慥ニ受取申候) 金受方 長治 一色村御役銘 1通 A4-(4)-133
戊午.7月9日(安政5年) 覚(札五匁三厘、川通段柳取払ニ付御役人様御見分被為在候節、御村当リ分諸入用割賦慥ニ受取申候) 赤坂村名主 勝三郎 一色村 御名主 五島久右衛門 1通 A4-(4)-134
午.7月10日(安政5年) 覚(一色村夏夫役米代、金五両弐歩銀拾四匁三分八厘、六分九厘封代、三口共〆七両弐分三朱取、内六分六厘戻ス、右上納請取申候) 金見役所   1枚 A4-(4)-135
午.7月13日(安政5年) 覚(二月廿六日、四分、大堤御□□内見程□□壱冊外、〆四匁六分五厘) 川村六右衛門 五(嶋)久右衛門 1通 A4-(4)-136
午.7月(安政5年) 覚(銀三拾八匁壱分八厘、一色村・同四匁八分五厘、同新入方・同七匁八分七厘、同入方、三口〆五拾匁九分、勘定中諸入用割賦書面之通慥ニ請取申候) 世話役 右御村御名主衆 1通 A4-(4)-137
午.7月(安政5年) 覚(六月廿八日三匁五分、宗三郎様ト御割合、右之通慥ニ受取申候) 赤坂丸や交助 一色むら御肖休右衛門 1通 A4-(4)-138
午.8月(安政5年) 覚(銀三拾弐匁壱分、多良御講金座頭配当高割分・同三匁七分壱厘、座頭配当人別割之分、〆三拾五匁八分壱厘、右之通慥ニ請取申候) 世話役 一色村御名主衆 1通 A4-(4)-139
午.11月(安政5年) 覚(銀弐拾九匁六分壱厘、一色村・同七匁弐分弐厘、同入方・同四匁弐厘、同新入方、〆四拾八分五厘、御手当金返納割賦書面之通慥ニ請取申候) 世話役 右村御名主衆 1通 A4-(4)-140
午.12月3日(安政5年) 覚(一色村 銀三匁三厘小屋代・同弐拾壱匁三分五厘なわ代・同弐拾六匁六分人足代、〆五拾匁九分八厘、右上納請取申候) 金見役所   1枚 A4-(4)-141
午.12月20日(安政5年) 覚(一色村留継代、銀弐百七拾壱匁弐分四厘、五分四厘封代、〆金四両弐分壱朱取、弐匁壱分戻ス、右上納請取申候) 金見役所   1枚 A4-(4)-142
午.12月27日(安政5年) 覚(銀拾三匁五分、河間村地内道路大橋御掛替ニ付、請負仕代銀慥ニ受取申候) 河間村請負 小右衛門 一色村御役人衆 1通 A4-(4)-143
午.12月(安政5年) 覚(銀五拾七匁七分三厘、水御門川通中桁修復割、羽根谷割外、右之通慥ニ受取申候) 懸リ惣代 一色村御名主衆 1通 A4-(4)-144
午.12月(安政5年) 一色村(銀四拾七匁五分六厘、川村方分・六匁四分五厘、新入方分外、水門川通并中ノ江川通御拝借金返納割賦、書面之通慥ニ請取申候) 世話役 右村御名主衆 1通 A4-(4)-145
午.12月(安政5年) 一色村・同入方・同新入方(銀六匁六分九厘、高割立毛諸入用・同四匁壱分六厘、軒別割同断外、〆六拾六匁五分壱厘、諸割符銀書面之通慥ニ請取申候) 世話役 右村御名主衆 1通 A4-(4)-146
午.12月(安政5年) おぼへ(銀拾三匁七分八厘、宗門入用・同拾七匁四分六厘、同別割外、〆七拾四匁七分八厘、右之通慥ニ受取申候) 世話役 一色村御名主衆中 1通 A4-(4)-147
午.12月(安政5年) 覚(御蔵敷藁三拾九束四把、銀七匁六分七厘外、〆銀八拾三匁壱分四厘、右之通リ慥ニ受取申候) 荒尾惣四郎 一色村御役人衆 1通 A4-(4)-148
午.12月(31)(安政5年) 覚(壱匁七分、盆前〆、右之通慥ニ受取申候) 米屋助三郎 一しき村御入用五嶋久右衛門 1通 A4-(4)-149
午.12月(安政5年) 覚(四月六日拾匁五分薄ヘリ三枚・七分火縄弐外、右之通慥ニ受取申候)【二枚に剥離】 (大垣俵町)わら屋 忠蔵 五嶋久右衛門 1通 A4-(4)-150
午.12月(安政5年) 覚(米壱石、右之通慥ニ受取申候) (大垣宮町)丸や 源右衛門 五嶋久右衛門 1通 A4-(4)-151
午.12月(安政5年) おほへ(巳壱月分、銀五匁八分九厘・三月廿二日五匁五分、御村入用杉ひ五枚八丁外、〆合三拾七匁三分弐厘、右之通受取申候)【二枚に剥離】 材木や忠七 一色村用後藤久右衛門 1通 A4-(4)-152
午.12月(安政5年) 覚(七匁、盆前〆、右之通慥ニ受取申候)【二枚に剥離】 古鉄や庄八 一色村用 1通 A4-(4)-153
午.12月(安政5年) 覚(六月廿七日壱匁八分、上酒壱升・同壱匁七分寿壱升外、〆六拾三匁四分九厘、右之通慥ニ受取申候)【二枚に剥離】 森田屋彦太郎 一色村入用 1通 A4-(4)-154
安政5年 安政五午年 酒御通 一色村御入用 (大垣西塩田)米屋 小八   1通 A4-(4)-155
午.12月(安政5年) 覚(九月廿六日廿弐人、甚兵衛様・丈四郎様外、八匁五分肴代、此分皆平四郎へ入)【二枚に剥離】 丸や源右衛門 五嶋久右衛門 1通 A4-(4)-156
年未詳.2月11日(安政6年) 覚(三月十七日七分五厘竹之子・同壱匁かまぼこ・同壱匁九分御酒壱升外、〆八拾四匁五分九厘、午大晦日、代銀慥ニ受取申候)【二枚に剥離】 大垣中杭瀬川吉村屋 宗助 一色村御用 1通 A4-(4)-157
年未詳.2月 覚(下用弐人、代壱匁五分銀弐拾弐匁弐分六厘、〆弐拾四匁六厘、右之通受取申候)【二枚に剥離】 金屋六三郎 一色村後藤茂之助 1通 A4-(4)-158
安政4年1月 安政四年丁巳正月吉日 紙御通【A4-(4)-159~170は包紙で一括されていた】 (大垣)わらや嘉助 一色村御役人衆 1通 A4-(4)-159
巳.4~12.(安政4年) (覚綴 銀一色村外組割ニ付、十六一件取立講銀ニ付、羽根谷御運伽金ニ付、一色村夏夫役米代ニ付、室村御用水樋伏替人足代ニ付外15通) 世話役外 一色村御名主衆中外 1綴 A4-(4)-160
巳.7月(安政4年) 覚(三月十五日、百四十八文、とうふ弐十四丁、〆右之通慥に受申候) もちや惣兵衛 一色村 御村方 1通 A4-(4)-161
巳.7月(安政4年) 覚(五十四文、右之通慥ニ受取申候)【二枚に剥離】 橋本屋長右衛門 一色御村用 1通 A4-(4)-162
巳.7月(安政4年) 覚(閏五月十四日、五匁、大垣廻之小田原地□、御印聊入用、〆右之通慥ニ受取申候) 米屋助三郎 一色村御入用五嶋久右衛門 1通 A4-(4)-163
巳.12月25日(安政4年) 覚(七月廿六日、四匁酒肴、右之通受取申候) とらや惣平 一色村村方連中 1通 A4-(4)-164
巳.12月(安政4年) 覚(米壱石、右之通慥ニ受取申上候) (大垣宮町)丸屋 源右衛門 一色村五嶋久右衛門 1通 A4-(4)-165
巳.12月(安政4年) 覚(十二月廿七日、五分小田原壱、〆右之通慥ニ受取申候) 米屋助三郎 一色村御入用五嶋久右衛門 1通 A4-(4)-166
巳.12月(安政4年) おほへ(正月十四日、弐匁壱分、八分すり弐丁・同小波壱丁・同九分六厘、大九寸十本外、〆弐拾壱匁三分七厘、御村用受取)【二枚に剥離】 材木や忠七 一色村後藤久右衛門 1通 A4-(4)-167
巳.12月(安政4年) 覚(五月五日、六拾五匁四分五厘御料理・七月五日六匁八分六厘同、〆七拾七匁壱分弐厘、右之通相済申候) 吉村屋宗助 一色御村入用 1通 A4-(4)-168
安政4年 安政四巳年 酒御通 一色村御村用 (大垣西塩田)米屋 小八 一色村用 1冊 A4-(4)-169
午.1月(安政5年) 覚(四匁八分、去冬〆、右之通慥ニ受取申候) 森田屋彦太郎 一色村方入用 1通 A4-(4)-170
安政7年1月 安政七庚申正月 万御通 一色御村入用(五月五日壱匁壱分、わらんし十外)【A4-(4)-171~175は紙袋で一括してあった】 庄屋茂右衛門   1冊 A4-(4)-171
(1)万延1年8月5日
(2)万延1年8月4日
(3)万延1年5月11日
(1)万延元庚申年八月五日 一色村大切所吹出候ニ 付諸入用おほへ(2)万延元庚申年八月四日 新川一件ニ付諸入用(3)万延元庚申年五月十一日 出水諸入用帳 (2)(3)一色村   1綴 A4-(4)-172
(万延1年)7月~(万延1年)12月16日 (覚綴 みのや・沢田屋・米屋・たらや・花屋・いせ屋・しおや・酒屋・京丸屋・近江や・庄三郎・角屋外)     1綴 A4-(4)-173
(1)申.12月(万延1年12月)
(2)万延1年12月
(1)申極月 一色御村入用(盆前〆・同極月〆)(2)万延元庚申年極月 新川出水御検見并諸御村御入用 (1)吉村屋 宗助(2)松野屋みせ(大垣俵町松庸) (2)一色御村 御役人衆 1綴 A4-(4)-174
戌.12月(文久2年) 覚(四月十六日五匁六分、御酒肴外、右之通慥ニ奉請取候) (大垣宮町)ミのや 又兵衛 五嶋庄兵衛 1通 A4-(4)-175
(万延1年)5月12日・(万延1年)5月16日 (覚 五月十二日昼、壱人、河村・同五人、君平・久茂外ニ三人・同夜三人、河村・岩田・手代外)【A4-(4)-176~196、A4-(4)-176~179は紙袋で一括してあった】     1枚 A4-(4)-176
申.12月(万延1年) (売掛帳 未拾月分弐匁四分引残リ、正月四日九分海老弐はい外、〆四拾匁三分八厘) 吉村屋 宗助 五嶋久右衛門 1冊 A4-(4)-177
申.12月(万延1年) 覚(十月廿一日、弐匁四分五厘、御酒売升外、〆拾七匁六分五厘、右ふしん入用) 吉村屋 宗助 一色村御入用 1枚 A4-(4)-178
申.12月(万延1年) 覚(五月十二日四匁五分、上はへ売附・同弐匁五分、新ふし売附外、〆五拾七匁五分五厘)【二枚に剥離】 吉村屋 宗助 一色村御入用 1枚 A4-(4)-179
万延1年5月18日 覚(俵弐百六拾六、右之通相渡可申候) 笠木村 一色村御村役人衆 1通 A4-(4)-180
万延1年5月18日 覚(俵五拾五) 牧野新田 一色村御名主 庄平 1通 A4-(4)-181
(万延1年)5月20日 覚(五月十七日三人、かけ切雇人足・同十八日三人、同断、〆六人、右は御一同相談之賃銀御割渡し御取計可被下候) 三久瀬川 村役人 一色村御名主 庄兵衛 1通 A4-(4)-182
(万延1年)5月20日 覚(百は空俵、中久瀬川村賄外、米五斗壱升、西久瀬川・中久瀬川・同桑名屋分三ヶ所焚出し、当五月十八日其御村え差出候諸具并人足焚出シ書面之通ニ御座候) 中村弥太郎外2人 一色村御名主 庄兵衛 1通 A4-(4)-183
(万延1年)5月21日 覚(空俵百、一色村え当月十三日ニ遣シ、則同十四日ニ右村より返済被下慥ニ受取申候) 笠縫村名主 又三郎 一色村御役人衆 1通 A4-(4)-184
申.5月21日(万延1年) 覚(五拾本、杭木、右之通其御村方より借用仕、切所ニ相使申候) 笠縫村名主 又三郎 一色村御村役人衆 1通 A4-(4)-185
(万延1年)5月24日 杉野切所見分之村々は左之通(三久瀬川・切石・西崎外右之通御座候、然処池尻三郷笠木御村々え御出勤被遊候趣承リ候間、何れ共御取計可被下候) 右村々(久瀬川外) 五嶋 1通 A4-(4)-186
(1)申.5
(2)年未詳.5月27日
(3)申.5月(万延1年)
(覚綴 (1)極上之筵弐拾束代札九拾まい (2)酒代〆弐百六拾五匁三分弐厘 (3)桧・杉丸太等代〆五百廿弐匁五分) (1)青木村 万平(2)沢田屋 徳平(3)材木屋 忠七 (1)一色村 五嶋久右衛門(2)一シキ村入用(3)一色村用役人衆 1綴 A4-(4)-187
万延1年5月 覚(俵弐百七拾也・縄拾束弐把、右之通今度御用ニ付差遣申候間、御改御請取可被下候) 荒尾村名主 樹兵衛 一色村 御名主 五嶋久右衛門 1通 A4-(4)-188
申.5月(万延1年) 覚(弐百匁、杉三間丸太六十本・同丈四尺・同弐間半廿本外、〆札五百五十弐匁弐分) 材木屋忠七 御縣リ御庄屋衆 1通 A4-(4)-189
万延1年5月 覚(人足拾人米五升、但壱人ニ付五合ツヽ、青柳村外、先達て其御村御堤切入関留之節、人足弁当持参リ候ニ付、右人足え扶持米被下置候様、御取計御頼奉申上候) 青柳村名主 彦三郎外1人 一色村御名主 庄兵衛 1通 A4-(4)-190
(万延1年)7月29日 (受取書 七月晦日、生酒代壱斗五升、弐拾四匁七分四厘、〆右之通リ受取申候) 森田屋彦太郎 五嶋久右衛門 1通 A4-(4)-191
(万延1年)8月5日(万延1年)8月6日 覚(八月五日大雨ニ付東堤切所三度切ニ付、同六日堰いたし候節、筵四束池尻村・同日縄三束五把同村外)     1枚 A4-(4)-192
(万延1年)8月5日~(万延1年)8月28日 (覚綴 生酒・筵・俵・縄・畳・ぼ竹・小縄・空俵・焚出し外) 池尻村 名主外 一色村外 1通 A4-(4)-193
申.8月6日(万延1年) 覚(俵四拾八外宮村・俵拾五外笠縫村、叺百弐拾外室村外、右は一色村切所え差出申候)【包紙あり】 宮村・室村 御代官 1通 A4-(4)-194
(万延1年) (一色 四貫六百八拾四文、三間丸太六拾本、弐貫八拾文、弐間半同断四拾本外、〆八拾七貫七百九文、代米五石八分壱升六合)     1枚 A4-(4)-195
(万延1年) 人足弁当之覚(四斗宝村・壱斗壱升西崎村・弐斗切石村外) 右村々(宝村外六村)名主中 一色村御名主 1通 A4-(4)-196
文久3年11月6日 覚(金弐朱、右は養老瀧同名金、慥ニ請取申候)【包紙あり】 千歳楼(主)喜十郎 一色五嶋 1通 A4-(4)-197
申年金子請取通(九両、御用金・五両三分、同断外)     1枚 A4-(4)-198
戌.12月 覚(四百五匁四分八厘、申極月〆高、申極月内七拾三匁九分八厘受取申候、引〆三百三拾壱匁五分、酉正月五日、弐匁壱分八厘、中酒壱升外〆三百三拾八匁八厘) 沢田屋徳次郎 一色村御村入用 1通 A4-(4)-199
年月日未詳 年中小入用日記帳相認被下敷     1枚 A4-(4)-200
年月日未詳 〔 〕帳認下敷【虫損あり】     1枚 A4-(4)-201
年月日未詳 乍恐奉願上口書之覚(都合三百余之大分之大借金罷成御百姓共十方普迷惑至極奉存候、御慈悲之御了簡を以御高百石五年賦御引地被為仰付被下置候は御百姓共難有奉存)     1通 A4-(4)-202
年月日未詳 覚(御用 金拾両、一色村久右衛門)【A4-(4)-203~204は折り重ねてあった】 一色村久右衛門   1通 A4-(4)-203
年月日未詳 (御用 金拾両、一色村久右衛門) 一色村久右衛門   1枚 A4-(4)-204止
A4 村政 (6)村方帳簿
享保16年9月 覚(御検地帳弐冊外、右之通相渡し申候御請取可被成候)【A4-(6)-1~2は包紙で一括してあった】 笠木村 名主 六郎次外1人 一色村名主 久右衛門 1通 A4-(6)-1
享保16年10月 笠木村六郎次殿より請取相渡申帳面覚(永引御帳并当作引御帳面共ニ拾三冊御奉仕衆御改御印形有之)【包紙あり】 一色村 五人組頭八右衛門 一色村名主 久右衛門 1通 A4-(6)-2
安永5年2月 一札之事(木戸村専光寺之儀、我等娘おかね縁合取詰申候、おかね為持参我等所持之定地、当住流門支配無調法ニ候間、我等預リ置申所実正也)【A4-(6)-3~7は紙紐で一括してあった】 一色村甚七 専光寺流門 1通 A4-(6)-3
安永5年5月 乍恐御請証文之事(今度今市御勤番被為仰承候ニ付、御用金被仰付奉調達候ニ付、御褒美之御書付之趣奉拝見冥加至極難有仕合奉存候) 一色村 百姓 太右衛門外34人 御代官 御役所 1通 A4-(6)-4
安永8年9月29日 乍恐奉願上口書之覚(一色村御百姓共格別困窮仕、御用金御慈悲を以、当秋被下置候は難有御百姓相続仕度奉願上候) 一色村 名主願主 甚七外1人 御代官 御役所 1通 A4-(6)-5
安永10年1月 口上之覚(此度大借ニ付、村方賄方無御座ニ付、若御願相叶不申候て相潰レ申候ても、人々何方えも申分少も無御座候)【包紙あり】 一色村御百姓 喜平次外12人 御名主甚七 1通 A4-(6)-6
年未詳.3月19日 (指紙 其村揚古木七ヶ所之分御取上被仰付候、来ル廿四日樋作事御役所御届可被成候、残リ弐ヶ所之分御払被仰付候間、代銀札急上納致候様)【包紙あり】 樋作事奉行 一色村名主中 1通 A4-(6)-7
文化13年11月 請書(婚姻之節礫打候儀御兼制之処、近頃令忘却祝儀之席え礫打其上理不尽事共有之由、向後右躰之儀於有之は厳重之咎可申付候、右之通被為仰渡候ニ付堅相慎可申候) 源十郎外36人 村役人衆中 1通 A4-(6)-8
文政2年1月 文政二己卯歳正月日 安八郡若森郷一色邑大控 五嶋久右衛門   1冊 A4-(6)-9
文政4年10月 仕上ル御請書之覚(近来諸筋村々之内、村役人共為取計免状或ハ宗門帳其外役人印附之諸書類、質物ニ差入候て金子相賄候族有之、右躰之儀有之ハ訖曲事ニ可申付候)(奥書あり) 一色村 名主 甚左衛門外25人 御代官 御役所 1通 A4-(6)-10
文政5年9月 一札証文之事(高拾五石四斗八合三勺、右は御村方よりゆつり請申候、右高之内九石九升六合伝十郎方へ相ゆつり度) 譲主甚右衛門外2人 村 御役人衆 1通 A4-(6)-11
天保6年9月10日 天保六乙未年九月十日 六行毛引     1枚 A4-(6)-12
天保9年2月 天保九戊戌年二月日 御巡見御触并諸事覚帳(覚 東海道筋巡見・公義諸国御巡見・御駕籠添外)【A4-(6)-13~15は包紙と布紐で一括してあった】     1冊 A4-(6)-13
天保10年11月17日 (覚 高五百五石五斗弐升、徳光村・高四百四石壱斗五升三合、笠木村・高千弐百三石七斗八升三合、木戸村・高四百八拾弐石九斗四升五合、一色村、兵藤氏御調被下候)     1枚 A4-(6)-14
年月日未詳 御巡見様御道通手控(安八郡切石村高弐百六拾九石余・家数百弐拾軒・人数四百七拾六人、右村之内久瀬川高切石村之内家数弐百拾七軒・人数九百三拾壱人外) 五島   1冊 A4-(6)-15
天保9年2月 天保九戊戌年二月日 御巡見御触書覚(此帳不用ニ成諸事厚紙手帳ニ改写替置) 五嶋所平   1冊 A4-(6)-16
甲寅.7月(安政1年) 大小記毛引     1枚 A4-(6)-17
安政6年8月29日 安政六己未年八月廿九日 安八郡若森郷一色邑大控弐冊目 大藪下松圃亭五代目五嶋庄兵衛源頼業   1冊 A4-(6)-18
(1)万延1年5月13日
(2)万延1年6月9日
(諸帳綴 (1)一色村小前諸具色々諸取替覚帳 (2)赤坂筋村々荒所潰家并御堤切所為御見分御出張御泊リ諸入用払方帳外) 一色村   1綴 A4-(6)-19
元治1年11月 元治元甲子年十一月日 御上様より御領分諸筋村々古宗門帳古反直段ニて御売払ニ相成候ニ付一色村分書類買入取調帳 当役名主 五嶋荘兵衛   1冊 A4-(6)-20
(慶応1年6月16日) (覚 元治二乙丑歳二月廿七日雉子雄上ル、三月十五日雉子雌上ル、大殿左門様御望ニ付雌雄雉子献上仕候)【A4-(6)-21~22は包紙で一括してあった】 (戸田左門藤原氏正) (拝領主不動窟北窓翁良松) 1枚 A4-(6)-21
年月日未詳 (一分銀 二枚)【包紙と水引あり】 (戸田左門藤原氏正) (拝領主不動窟北窓翁良松) 1包 A4-(6)-22
慶応2年1月 慶(応二年)正月吉日 大垣城年中御用諸廻状書留帳 安八郡一色村名主 五嶋庄兵衛源頼業   1冊 A4-(6)-23
慶応3年1月 慶応三卯年正月吉日 卯歳御用諸廻状写并人馬役諸取替物万書留覚帳 若森郷一色村(名主五嶋庄兵衛)頼業   1冊 A4-(6)-24
(慶応4年)1月28日 一色村始リ申ノ下亥遣ス(帰国郷夫御取調名前書御書付、明極早朝迄ニ美濃□又え御差出し可被下候) 世話役 右御村々御名主衆 1通 A4-(6)-25
慶応4年2月6日 慶応四辰歳二月六日 岩手御用掛諸控(覚 慶応四年辰二月六日出張、濃州不破郡岩手竹中丹後守領知被召上、大垣藩え取締方被仰付、御預リ地ニ被仰付候事) 一色邑五嶋頼業   1冊 A4-(6)-26
(慶応4年) (諸書留 御警衛薩摩、大津迄橋本様・柳原様・細川御家老、西国京方惣勢百四拾万余、関東方五万三千人計外)【綴紐紛失】     1冊 A4-(6)-27
年未詳.8月 八月上旬 郷番所認候下敷     1枚 A4-(6)-28
年未詳.9月1日 九月朔日 何年一色村并所之田畑下作掟覚帳下敷     1枚 A4-(6)-29
年月日未詳 (帳下敷)     1枚 A4-(6)-30
年月日未詳 (毛引)     4枚 A4-(6)-31
年月日未詳 覚(八月分、縄六束九把・俵弐百七拾・筵三拾壱枚・竹〆弐十本外)     1枚 A4-(6)-32
年月日未詳 (記 南一色村地内水難之記 当村地内水災防之為川模様替致シ候ヶ所之記、一色氏神三之宮社外)【三枚に剥離】     1枚 A4-(6)-33止
A4 村政 (7)村政一件
享保14年3月12日 乍恐奉差上口書之覚(今度当村惣作高五拾九石四斗弐升九合之名寄帳被為仰付奉畏候、委細吟味仕候得ハ永御引地并ニ高盛ヶ違等も御座候)【A4-(7)-1~44は木箱に一括してあった】 一色村 高百姓 久右衛門外4人 赤松勘右衛門 1通 A4-(7)-1
享保16年8月7日 覚(一色村戌之年御年貢米引入帳ニ御両人過米少々御座候処、同村久右衛門庄兵衛不足米ニ差引可被成由ニて引入帳ニ判形埒明不申候) 木戸村名主 角兵衛外1人 安藤友右衛門外1人 1通 A4-(7)-2
享保16年12月5日 仕証文之事(当村頼母子講共年々無相違人々其郷より寄合仕相定之通入札致掛金銀米銭落札之方へ急度相渡シ申、落札之人々より其連中へ請人を立其上質物永代ニ書入証文等仕其郷ニ預ケ置申候) 八右衛門外28人 一色村頼母子惣連中衆 1通 A4-(7)-3
享保16年12月 仕証文之事(当村頼母子之義今年殊之外悪年故、双方相談之上差延申候) 利左衛門代判寿一郎外21人 一色村名主 久右衛門 1通 A4-(7)-4
享保16年 (連判書 一色村五人組八右衛門外23人)【二枚に剥離】 一色村 五人組子八右衛門外23人   1通 A4-(7)-5
年月日未詳 (連判書 八右衛門外16人)【A4-(7)-5に挟んであった】 八右衛門外16人   1通 A4-(7)-6
享保17年3月1日 借用申金子之事(金弐分、御先状手返シ残金ニ迷惑致シ借用申候、当暮ニ至テ元利共ニ御先刻之節屹相済シ可申候、少も違乱申間敷候) 一色村彦七外1人 名主久右衛門 1通 A4-(7)-7
享保17年.閏5月27日 一札之事(私所持之御田地下畑壱畝拾三歩之所、亥年御年貢米差詰村方小市え永代ニ売渡シ申候、依之各様御吟味御座候は借用之質物又頼母子の質物ニても書入候) 一色村七太夫外1人 一色村名主 久右衛門外1人 1通 A4-(7)-8
享保18年12月 永代売渡シ申田畑之事(中田弐畝拾四歩外、〆六畝拾四歩、久右衛門外3人中間ニ喜右衛門世忰喜平次ニ預ケ置候得共、年貢米不足致シ金子三両弐分四匁五分ニ相極又永代売渡申候) 一色村名主 久右衛門外3人 利左衛門 1通 A4-(7)-9
享保19年1月17日 一札(其御村ニ当村兵六弟太郎儀病死致候ニ付御付届候ヘ共、此太郎義五六年以前村払人ニて宗門御帳ニ無御座候、其御村ニて如何様ニも御計ひ可被成候) 青柳村名主 藤右衛門 一色村名主 久右衛門 1通 A4-(7)-10
享保19年6月 仕ル証文之事(兼て御制禁之博奕人宿胡乱成もの致徘徊候ニ付、今度別て御書付并御役人様方を以御吟味被仰付候)【A4-(7)-11~16は紙紐で一括してあった】 一色村喜忠次外6人 一色村名主衆 五人与衆 1通 A4-(7)-11
享保19年6月 仕ル証文事(兼て御制禁之博奕人宿胡乱成もの被徘徊候ニ付、今度別て御書付并御役人様方を以御吟味被仰付候) 一色村喜右衛門外4人 一色村名主衆 五人与衆 1通 A4-(7)-12
享保19年6月 仕ル証文之事(兼て御制禁之博奕人宿胡乱成もの致徘徊候ニ付、今度別て御書付并御役人様方を以御吟味被仰付候) 一色村利左衛門外4人 一色村名主衆 五人与衆 1通 A4-(7)-13
享保19年6月 仕ル証文之事(兼て御制禁之博奕人宿胡乱成もの致徘徊候ニ付、今度別て御書付并御役人様方を以御吟味被仰付候) 一色村六右衛門外4人 一色村名主衆 五人与衆 1通 A4-(7)-14
享保19年6月 仕ル証文之事(兼て御制禁之博奕人宿胡乱成もの致徘徊候ニ付、今度別て御書付并御役人様方を以御吟味被仰付御越被仰聞候) 藤次郎外3人 一色村名主衆 五人与衆 1通 A4-(7)-15
享保19年6月 仕ル証文之事(兼て御制禁之博奕人宿胡乱成もの致徘徊候ニ付、今度別て御書付并御役人様方を以御吟味被仰付候) 一色村長次郎外4人 一色村名主衆 五人与衆 1通 A4-(7)-16
享保19年7月9日 一札之事(当村名主円四郎儀御勘定ニ差詰リ賄方不埒ニ付御勘定先ニて無調法成儀仕候ニ付、当宗門御帳ニも右円四郎儀はぶき置申候得共、村方何之故障も無御座候)【破れあり】 与一新田高持 伝九郎外5人 赤坂筋一組御名主衆中 1通 A4-(7)-17
元文4年1月 仕証文之事(一色村惣作三拾四石余、年々村中と致し植付料作致候処ニ人々引得高手ニ余リ迷惑仕、右惣地惣作ニ致シ候得は双方作方手ぬけニ罷成至極迷惑ニ奉存候)【二枚に剥離】 一色村五人与頭 庄兵衛外22人 一色村名主 久右衛門 1通 A4-(7)-18
元文5年4月9日 仕ル証文之事(只今宮町ニ借宅仕罷在候室村松右衛門世忰新七、此度宮町藤四郎家屋鋪買請申候ニ付、町年寄衆より生国手形差出候様ニ被申付候) 室村松右衛門外3人 名主久右衛門外1人 1通 A4-(7)-19
寛保1年4月3日 証文之事(一色村吉十郎其御地御寺え養子遣シ、吉十郎所持之御田地高拾弐石六十弐升八合八勺并新入方分高弐石五斗四升高合拾五石壱斗六升八合弐勺余、外ニ為持参金弐拾両遣シ申候) 一色村預リ主 庄兵衛 外3人 深池村唯頓寺 信? 1通 A4-(7)-20
寛保2年12月 覚(金拾五両、おたひ為拵代慥ニ請取申候、一家中檀那中故障無御座候ニ付、一家并檀那中為惣代請取証文加判仕候) 木戸村代助外2人 弥惣治 1通 A4-(7)-21
(寛保2年12月) 覚(金拾五両、今度おたひ為拵代慥ニ請取申候、一家中檀那中故障無御座候ニ付、一家并檀那中為惣代請取証文加判仕候)【A4-(7)-21の下書で挟んであった】   弥惣治 1通 A4-(7)-22
寛保3年4月 一札之事(今度源十郎居屋敷とさかき御田地との出入ニ付各御挨拶共被成被下、依之両度ニ金子壱両請取申極メ其上右さかき源十郎え相渡し事済仕候上ハ向後何事ニ不寄申分少シ無御座候) 一色村妙玄外2人 室村名主 宇平次外1人 1通 A4-(7)-23
寛保3年4月 一札之事(此度私居屋敷さかき御田地との出入之儀ニ付各方段々御挨拶被成被下、依之さかき御田地私引請其上金子相渡シ申定メニ仕、尤弐分ハ種金ニて五月切残テ弐分ハ八月相渡シ相済可申候) 一色村源十郎外2人 室村名主 宇平次外1人 1通 A4-(7)-24
寛保3年5月18日 一札之事(徳光村仲右衛門と申者、此度御壺御通ニ付御代官様兼て被入御念被仰渡候処ニ親共油断仕御代官様御目通リ迄罷出、御吟味被為遊私共迷惑至極仕候) 徳光村惣兵衛外4人 一色村久右衛門外2人 1通 A4-(7)-25
延享1年5月2日 惣作(御割賦)地証文之事(村方惣作地高弐拾九石八斗余高八石以上之高持、拙者共え御割賦之上帳面を以被下置、其上為御救米高石え御米八石子ノ暮より寅ノ暮迄三年之内可被下置)【二枚に剥離】 一色村高持 甚右衛門外8人 庄兵衛 1通 A4-(7)-26
延享1年12月10日 証文之事(此度辻与左衛門殿より家屋敷質入ニて金子御借請被成被下候、不残請取申候、然ル上ハ来三月廿日切ニ元利共此方より屹埒明可申候) 長九郎 久右衛門外1人 1通 A4-(7)-27
延享3年1月 乍恐奉願上口書之覚(私屋敷添麦田三反程之処、近年悪水落悪敷麦田しけ地ニ罷成迷惑至極ニ奉存候、乍恐御堤下ニ少々四寸四方之水戸仕度奉願上候)【下書】 一色村願主 庄兵衛外1人 御見取御奉行衆 1通 A4-(7)-28
寛延1年12月10日 田畑預ケ証文之事(笠木村分当寺引得田畑不残同村九兵衛方へ相渡シ申候、以後は諸役等迄も九兵衛より支配被致候筈ニ相究候間、何事も右九兵衛へ御相談可被成候) 慈渓寺 納所 笠木村名主 久右衛門外1人 1通 A4-(7)-29
寛延1年12月10日 預リ申田畑之事(笠木村ト其元様控高不残預リ申、作徳トして壱ヶ年ニ拾弐俵つゝ拾ヶ年間都合百弐拾俵相渡シ申筈ニ相極候) 笠木村九兵衛 納所御内所 1通 A4-(7)-30
寛延3年8月29日 仕上ル御請之事(伊左衛門外八人、右之者共当十月廿日限返済被為仰付難有奉存候外、先達て御願申上候出入之金子右日限ニ相済候様ニ日切被為仰付被下置難有奉存候)【下書】 安八郡一色村久右衛門 信楽御役所 1通 A4-(7)-31
寛延3年9月 証文之事(私持高之内誓玄殿へ証文地之内伝七郎高弐石六斗四合、此度室村宇平次殿一色村長九郎殿御挨拶ニて其元へ高わけ仕、此御田地おゐて以後申分無御座候間御引得可被成候) 笠縫村本人 善五郎外1人 一色村久右衛門 1通 A4-(7)-32
宝暦4年12月 帰リ証文之事(惣高合弐石六斗弐升三合、惣掟米合三石壱斗三升、右之畑地代金五両ニ買請申、来亥ノ年より丑年迄三ヶ年之内ニ右之金子被遣候ハヽ、右之畑地無故障相戻シ可申候) 一色村 畑地買主久右衛門外1人 徳田村覚助 1通 A4-(7)-33
宝暦6年5月 済証文之事(今月五日夜木戸村安右衛門・長七酒乱仕、長七と当村之者共論仕出シ候場所え梅右衛門外参合之処不慮ニ手疵を負セ候ニ付、既御公裁ニも可相成)【包紙あり・二枚に剥離】 本人 久徳村梅右衛門外5人 室村名主 宇平次外6人 1通 A4-(7)-34
年月日未詳 (覚 木戸村証文塩田村ニ預リ、久徳村証文一色村ニ預リ)【A4-(7)-34に挟んであった】     1枚 A4-(7)-35
宝暦6年12月 一札之事(此宇平儀来丑年より別家為致諸作御百姓為仕候処、年内余日無之殊ニ天気悪敷家作難致処、貴殿小屋来春迄御借被下忝存候、来春家作出来次第ニ此方村方へ為引越可申候) 一色村名主 久右衛門 一色入方惣右衛門 1通 A4-(7)-36
明和4年7月 一色村出水出人足之覚(戸田次部左衛門様丁場、今宿村吉助・勘六・弥七、右之者共相勤申候、乍恐書付を以申上候) 一色村名主 甚七外1人 河村弥三右衛門 1通 A4-(7)-37
文政1年10月 差遣申一札之事(当村御地押被仰付候、然ル処其御村方御地面ニ有之候葬所之儀、当村御絵面ニ相載入会と相定候上は左之通ニ相定申候)【下書】 木戸村百姓代 某外3人 一色村御名主甚左衛門 1通 A4-(7)-38
文政13年2月 証文一札之事(当村甚右衛門弟荒吉儀、当月二日夜深ニおよひ御屋敷御囲内ヘ入込ミ居申候、うろん成者と御差度ヲ請一言之申分無御座候)【包紙あり・A4-(7)-39~41は包紙で一括してあった】 一色村本人 荒吉外2人 村方甚左衛門 1通 A4-(7)-39
文政13年2月 証文一札之事(当村三弥忰半蔵儀当日二日夜深ニ及御屋敷御囲内へ入込居申候、うろん成者と御差度ヲ請一言之申分無御座候恐入候)【包紙あり】 一色村本人 半蔵外2人 村方甚左衛門 1通 A4-(7)-40
文政13年2月 証文一札之事(当村惣左衛門忰常右衛門儀当月二日夜深ニ及ひ御屋敷御囲内へ入込ニ居申候、うろん成者と御差度ヲ請一言之申分無御座候)【包紙あり】 一色村本人 常右衛門外2人 村方甚左衛門 1通 A4-(7)-41
嘉永6年8月 御断申一札之事(丈四郎義病身ニ付先年より内輪大工職相好罷在候処、弘化三午年兼右衛門居宅取繕度頼ニ付普請引請火急取懸リ普請出来為致申候処、庇之義は郷法ニ相拘リ候)【包紙あり】 一色村本人 丈四郎外2人 一色村久右衛門外3人 1通 A4-(7)-42
年未詳.3月12日 乍恐奉差上口書之覚(当村惣作高五拾九石四斗弐升九合之名寄帳被為仰付奉畏候、委細吟味仕候得ハ諸御引地等も御座候、只今相認奉差上候御帳面右惣作高五拾七石三斗五升余相違無御座候)     1通 A4-(7)-43
年月日未詳 仕証文之事(私儀貴殿御屋敷ニ罷有候処、今度外屋敷え早々罷出候様ニ被仰付候処、達て御断申上来辰ノ正月十五日迄御差延置被下難有奉存候) 屋敷かり主弥七 外1人 木戸村伝七 1通 A4-(7)-44
宝暦7年3月16日 済証文之事(此度墓所之儀ニ付其御村方と争論及ひ候処、近村名主衆取扱ヲ以双方納得仕候)(奥書あり)【A4-(7)-45~49は紙袋で一括してあった】 徳光村 名主 作左衛門外2人 久徳村庄屋衆・年寄衆 1通 A4-(7)-45
宝暦7年3月16日 済証文之事(此度墓所之儀ニ付其御村方と争論及候処近村名主衆取扱を以双方納得仕候)(奥書あり) 徳光村 名主 作左衛門外2人 久徳村庄屋衆・年寄衆 1通 A4-(7)-46
天明3年7月 証文之事(私勝手向悪敷御座候ニ付、木戸村え参候ニ付以後親格蔵義相よわり候か、又ハ病死等仕候節ハ、一色村え罷帰リ御村用相勤可申候) 銀蔵 一色村村方御役人衆 1通 A4-(7)-47
文政1年11月 差遣申一札之事(当村御地押被仰付候、然処入会葬所之儀其御村方御地面ニ有之当村御絵図面ニ相載申候)(奥書あり)【A4-(7)-48~49は紙袋と包紙で一括してあった】 木戸村 惣代 伊右衛門外4人 一色村 御名主甚左衛門外1人 1通 A4-(7)-48
文政1年11月 葬列一ヶ所一色村地面(南北拾九間弐尺、東西六間三尺五寸巾平均四等、此畝歩四畝七歩三厘) 木戸村 惣代 伊右衛門外4人   1通 A4-(7)-49
明和4年.閏9月10日 覚(高九石三斗弐升八合、一色村潰者左藤次持高惣作地ニ相成居候処、同村福源寺え被下置候)【A4-(7)-50~51は包紙で一括してあった】 郡奉行 河村弥三右衛門 1通 A4-(7)-50
(明和4年).閏9月10日 (添書 其村福源寺願之趣相達候処、別紙之通申来候間、得其意此旨可被申) 御代官 一色村名主中 1通 A4-(7)-51
文久2年9月 差上申書付之事(奉公人より村方之者え対為及迷惑候もの有之、縦令事済ニ相成候共再ヒ召抱候段心得達ニ候旨御諭を請御尤至極) 一色村甚右衛門外1人 御村役人衆 1通 A4-(7)-52
慶応4年2月16日 (諸覚 ふとん九枚外差送り候・風呂壱本受取候・まくら三ツ受取候外、東山道鎮撫惣督府岩倉大夫様外、大垣え御着、大垣町ニ不残御宿) 一色村役人外 赤坂宿御世話役衆外 1枚 A4-(7)-53
辰.2月18日(慶応4年) 覚(夜具拾四人前、右之通為御持遣し被下慥ニ請取申候) 久瀬川会所 一色村御役人衆中 1通 A4-(7)-54
酉.12月17日 覚(凡金弐拾両、参会旅宿宝来屋武右衛門方雑用〆高、相手方訴訟方弐ツ割、木戸一色村当リ分金拾両、取?いつれも今般参会之上了簡如此ニも可有哉存候)【A4-(7)-55~63は紙紐で一括してあった】   中村六太夫 1通 A4-(7)-55
酉.12月20日 覚(金弐分入、一つゝみ、右之通慥受取申候) きふ町甚兵衛 一しき村甚七 1通 A4-(7)-56
酉.12月28日 覚(四百五拾文、足袋四足、三百七十弐文、天句帖五帳外、〆九百八文、右之通受取申候)【A4-(7)-57~59は帯紙で一括してあった】 いつ屋彦右衛門 由兵衛 1通 A4-(7)-57
酉.12月28日 覚(廿九人下用、代壱貫六百七十弐文、外ニ四百廿三文申年不足、〆弐貫九拾五文、右之通請取相済申候) 笹屋札右衛門 由兵衛 1通 A4-(7)-58
酉.12月28日 覚(御前生坂、三己、壱己弐百七拾文つゝ代八百拾文、右之通リ請取申候) (美濃笠松)佐々屋 半兵衛 笹屋札右衛門 1通 A4-(7)-59
年未詳.1月29日 覚(三匁八分、小稾二束・弐匁五分、半切二百ケ、〆六匁三分、右之通慥ニ受取申候) 笹屋札右衛門 甚七 1通 A4-(7)-60
年未詳.12月16日 (手紙 此頃及御相談候雑用割合之儀、別紙之趣相談相決申候) 田代七郎兵衛 中村六太夫 1通 A4-(7)-61
年未詳.12月17日 (手紙 入用割之儀、三ツ割可仕と段々申談候得共、相手方訴訟方と申儀無拠利詰ニ付二ツ割ニ相定リ申候) 勘右衛門 甚七 1通 A4-(7)-62
年月未詳.5月 (手紙 金壱両弐分札三拾弐匁慥受取忝奉存候) 宝来屋宇八郎 安藤甚七 1通 A4-(7)-63
年月日未詳 (達書 明廿九日附添支配宅え五ツ時罷免出可申候) 一色村五嶋庄兵衛 室村幸平 1通 A4-(7)-64止
A5 土木水利 (1)治水
延宝3年 延宝三卯年 杭瀬川通絵図(西大堤通大御目付様御丁場御所持絵図)【40.4×163.0・彩色・A5-(1)-1~19、A5-(1)-1~3は紙袋で一括してあった】 五嶋久右衛門外1人   1枚 A5-(1)-1
安政6年5月 (若森村西久瀬川堤一件絵図面)【79.5×54.7・彩色】 戸田采女正御預所不破郡塩田村庄屋 彦六外14人   1枚 A5-(1)-2
安政6年5月 杭瀬川通若森村西久瀬川両村え相掛リ塩田村外四ヶ村より差障候出入済口写((1)差上申御請書之事 (2)乍恐以書付奉申上候) (1)塩田村庄屋 彦六 外14人(2)西久瀬川五人組頭 中村弥太郎外8人 (1)右田伴右衛門 外1人(2)川除御懸リ 普請奉行衆外 1冊 A5-(1)-3
宝永2年2月~天保11年12月 (諸綴 杭瀬川添御堤通之内若森村・西久瀬川地内堤間数・内間入之覚・覚・宝永二酉年二月堤間数改・乍恐以書付奉願上候外) 若森村 百姓代源八 外 笠松堤方御役所外 1綴 A5-(1)-4
天保11年12月 差上申御請書之事(今般自普請取繕候様仕度奉願上候処中施仕居且模様替等御座候ニ付、御見分之上上郷并川向御領御私領障有無御糺御座候処一同故障無御座旨申上候) 戸田采女正領分不破郡徳光村組頭 可左衛門外9人 笠松堤方御役所 1通 A5-(1)-5
天保11年12月 差上申御受書之覚(自普請仕度旨御願奉申上候処、御見分之上上郷并川向御領御私領村々障有無御礼ニ御座候) 戸田采女正領分不破郡若森村百姓代 源八外6人 笠松堤方御役所 1通 A5-(1)-6
安政6年4月 (杭瀬川請大垣輪中大堤通丈夫附之分、大堤通御見分相済模様替被仰付候節絵図面)【96.0×44.0・彩色・A5-(1)-7~10は一括してあった】 戸田采女正領分不破郡若森村五人組頭 平助外4人 笠松堤方御役所 1枚 A5-(1)-7
年月日未詳 (覚 此堤ヨリ葬所曲リ角迄堤長三拾七間外)【下書・A5-(1)-7に挟んであった】     1枚 A5-(1)-8
年月日未詳 (杭瀬川・井水川通堤絵図)【81.0×28.5】     1枚 A5-(1)-9
年月日未詳 (一色村・河間村・木戸村外井水通絵図)【下書・67.0×41.5】     1枚 A5-(1)-10
安政6年4月 (赤坂村より割田村迄杭瀬川通嵩置修覆之場所絵図) 戸田采女正領分不破郡若森村五人組頭 平助外3人   1枚 A5-(1)-11
安政6年5月.外 (諸綴 杭瀬川御堤通間数御改相済・差上申御請書之覚・乍恐以書付奉申上候・宝永度古形御改之・天保度御請書も有之・差上申御請書之事・乍恐以書付奉申上候外) 安八郡西久瀬川五人組頭弥太郎 外 右田伴右衛門外 1綴 A5-(1)-12
安政6年5月 安政六己未歳五月日 杭瀬川請大堤通西久瀬川・若森村地内論所大控 西久瀬川名主五嶋久右衛門   1冊 A5-(1)-13
安政6年5月 差上申御請書之覚(宝永度古形間数御改絵図面御引合之上水害不相成様、曲折之場所築替被仰付別紙絵図面之通、宝永度堤通御定被成築替場所御差図之趣、双方立会拝見以聊無申分難有仕合奉存候)【下書】 川西障り村訴訟方戸田采女正御預所塩田村庄屋 彦六外14人 右田伴右衛門外1人 1通 A5-(1)-14
(己未).4月28日 覚(人足九人、其村々杭瀬川通水行出入場所為見分糺我等共儀明後朔日朝五つ半時笠松陣屋出立罷越候条、得其意諸事差支無之様取計可被申候) 原田良之助外1人・1会所・8ヶ村 右村々役人中 1通 A5-(1)-15
年未詳.5月14日 (手紙 今般一件御請書調印ハ順会相済候処添書一通差出候様被仰渡候ニ付印形此者へ御渡可被成候様御頼奉申上候) 桃之助 一色村五嶋縫之助 1通 A5-(1)-16
年月日未詳 借用申御社倉米之事(御米弐拾五俵、河間村、内四俵喜八外)【紙袋あり】     1通 A5-(1)-17
年月日未詳 (手紙 過刻ハ穂木取調帳〆九冊早速御遣シ被成下難有奉存候、扨右之外切石村并笠縫村両村調書受取置申候)【後欠】     1通 A5-(1)-18
年月日未詳 覚(御普請御奉行様御壱人壱席、同割竿共御三人壱席外)     1枚 A5-(1)-19
延宝5年 延宝五丁巳年書上 田場絵図 安八郡若森郷一色村入方共【82.5×75.6・六枚に剥離】     1枚 A5-(1)-20
(1)宝永2年2月28日~
宝永2年2月29日
(2)宝永1年12月
覚書((1)安八郡川通堤猿尾改覚、木戸村・木戸一色村・福田村 (2)取払?示杭手形御覚、木戸一色村・木戸村・福田村)【A5-(1)-21~25は紙袋で一括してあった】 木戸村 名主 伊左衛門外 辻六郎左衛門外 1冊 A5-(1)-21
享保3年4月29日 (享保三年戊戌年四月廿九日 両御堤通リ一色村地内惣間教墨引絵図面)【28.0×40.4・A5-(1)-22~23は包紙で一括してあった】 一色村 名主 彦七外1人   1枚 A5-(1)-22
宝暦8年8月 一色村御堤川通墨引絵図(笠縫村堤より木戸村堤迄悪水通御堤四百五拾五間、笠木村堤より木戸村堤迄大川通四百六拾壱間)【43.0×30.5】 一色村 名主 久右衛門外1人   1枚 A5-(1)-23
文化14年6月 (杭瀬川大堤通絵図面 表面之通御普請方御役所様へ文化十四丑年六月差上申候控)【55.5×39.6】 一色村 五人組頭利右衛門外1人 御普請御奉行衆 1枚 A5-(1)-24
年月日未詳 一色村河田絵図面【40.0×64.0】     1枚 A5-(1)-25
宝永2年 宝永二酉年堤猿尾改帳写 木戸一色村(赤坂川御堤三百八拾八間外)【A5-(1)-26~29は包紙で一括してあった】     1枚 A5-(1)-26
享保1年 享保元丙申年 申年一色村人々名寄帳(上田歩拾八町七反六畝廿四分、此分米弐百八十壱石五斗弐升弐合外)     1枚 A5-(1)-27
天保10年11月18日 (杭瀬川通間数竿入図 宝永年中取払形ヲ以此度杭瀬川通葭柳取払笠松より被仰付、天保十己亥年十一月十八日間数竿入)【40.8×27.8】     1枚 A5-(1)-28
未.4月29日 (覚 未四月廿九日大堤通下木戸村、立会御堤間数有形竿八長九拾八間半と拾七竿入、但シ六尺五寸竿ニて入ル)     1枚 A5-(1)-29
宝永3年~宝暦13年 木一色御普請所書抜(宝永三戌年、大川通リ弐ヶ所ニて拾壱本石篭外宝暦十三未年迄)【包紙あり・紙紐あり】 (郡所) (長松村 名主 原四郎) 1冊 A5-(1)-30
宝暦2年2月 奉願口上之覚(私共村々三拾四五年以来大川通水行差閊水勢よとミ、年々と川底高ク常水腐所之形ニ罷成、御見分被下大川通リ水落、村々水腐之難無御座候百姓相続仕候様奉願上候)【三枚に剥離】 伊尾川薮川犀川添古宮曲輪村々百姓代 呂久村半左衛門 外7人 多良御役所 1通 A5-(1)-31
(1)宝暦2年6月.
(2)年未詳.6月21日
乍恐奉願上口書之覚((1)一色村大川通御堤并悪水通御堤くさ之儀、御堤之痛ニ罷成不申候様ニかり取申度 (2)裏書 表書之通聞届候間苅取可申之)【包紙2枚あり】 (1)一色村 名主 久右衛門 外1人 (1)桑原武右衛門 1通 A5-(1)-32
(宝暦3年6月~宝暦8年3月26日) (勢州加路戸川普請一件 御切広ケ御普請所聞合覚・御普請金差引帳・大垣領地田郡不破郡安八郡之内赤坂川通水行願村々高石書付・普請所仕様帳)【A5-(1)-33~35は紙紐で一括してあった】 大垣領赤坂筋久右衛門外 該当 1綴 A5-(1)-33
宝暦7年12月19日 大垣領村々惣代何村 名主 たれ 桑名郡西対海地村金太夫外1人 1通 A5-(1)-34  
宝暦7年12月19日 御請負申証文之事(加路戸川切広御普請就被仰付、大垣領分村々え相当リ候所、遠所御入用多ク相懸リ殊ニ土地御普請御不功者ニて出来方無覚束由ニ付拙者共え御渡シ被成請負申)(奥書あり) 桑名郡西対海地村請負 金太夫外1人 大垣御領分村々御惣代 何村 名主 誰 1通 A5-(1)-35
宝暦4年4月16日 (刷物 一札之事 松平薩摩守家来永吉惣兵衛腰物ニて致怪我相果候ニ付、於貴寺葬申度段御頼申入候所、相違無御座候) 二宮四郎右衛門 勢州桑名海蔵寺 1通 A5-(1)-36
(天明1年6月26日) (水御小屋場所替願絵図)【40.0×28.7・包紙あり・A5-(1)-37~40は2枚の包紙で一括してあった】     1枚 A5-(1)-37
(天明1年6月30日) (水御小屋場所替願絵図 元明天年丑六月晦日上ル引得)【39.7×28.5・A5-(1)-38~40は包紙で一括してあった】 一色村 名主 甚七外1人   1枚 A5-(1)-38
天明1年6月 乍恐奉願上口書之覚(一色村水御小屋立替之儀、村方勝手宜敷御座候ニ付自普請ニ仕度奉存候、御見分之上場所替被為仰付被下置候) 一色村 名主 甚七外1人 御代官 御役所 1通 A5-(1)-39
年月日未詳 (水御小屋場所替願絵図 絵色樋方返リ、願書納、御代官御役所願書共二通共返リ) 一色村 名主 甚七外1人   1枚 A5-(1)-40
天明2年3月25日 御尋ニ付以書付奉申上候(濃州多芸郡不破郡御料八ヶ村惣代石原清左衛門御代官所多芸郡飯積村庄屋甚左衛門同郡祖父江村庄屋彦久兵衛、去丑年八月御奉行所へ願出候)【四枚に剥離】 廿六ヶ村庄屋・年寄・百姓代 御見分御役人中 1通 A5-(1)-41
寛政2年8月24日 (寛政二庚戌八月廿四日引得墨引絵図 堤より川迄弐拾壱間)【39.7×28.0】 一色村名主 甚七外1人   1枚 A5-(1)-42
文政3年8月 (美濃国大絵図之内安八郡村々御料私領色分絵図写 安藤為憲士則写)【40.3×82.2・A5-(1)-43~53は折り重ねてあった】 安藤為憲士則   1枚 A5-(1)-43
(文政7年.閏8) (今村筋井水通リ、村用水・井水・御用水兼候樋、伏替御願場所絵図)【34.7×25.0】     1枚 A5-(1)-44
天保10年11月 (笠縫境より木戸境迄杭瀬川通笠縫堤絵図 十一月廿一日笠松より引取之上御代官并御普請方より書面ニ相添此通リ写差上ル)【27.8×41.0・彩色】 安八郡木一色村名主 所平外1人   1枚 A5-(1)-45
安政4年2月 (笠縫村境より木戸村境迄杭瀬川通御堤絵図 一色村控 笠松御郡代岩鍬三郎様より川通水行之障と成候流作竹木葭柳等取払、絵図面差出様被仰渡)【28.3×40.5・彩色】 安八郡一色附名主 久右衛門外1人   1枚 A5-(1)-46
明治4年6月 (杭瀬川赤坂村境与市新田村場所絵図)【39.8×28.0・彩色】 与市新田村付名主 五島庄兵衛外1人 大垣藩 御役所 1枚 A5-(1)-47
明治4年6月 (笠木村境より木戸村境迄杭瀬川通笠縫村堤絵図)【28.5×40.0・彩色】 同村(一色村)名主 五嶋庄兵衛外1人 大垣藩 御役所 1枚 A5-(1)-48
明治5年9月 (岐阜県官員御検見之節上ル安八郡五十区内一色村田場絵図面控)【37.3×27.4・彩色】 (安八郡一色村)戸長 五嶋庄兵衛外1人 岐阜県 御役所 1枚 A5-(1)-49
年月日未詳 福田村分川並有形墨引(絵図)【40.5×28.8】     1枚 A5-(1)-50
年月日未詳 入方分絵図面(笠縫村より木戸村地内井水通絵図)【40.8×28.0】     1枚 A5-(1)-51
年月日未詳 (一色入方村 大川・今村筋井水通樋場所墨引絵図)【67.0×48.0】 一色村 名主 甚七 外2人   1枚 A5-(1)-52
年月日未詳 福田村分川並有形墨引(絵図)【43.7×31.3・彩色】     1枚 A5-(1)-53
天保10年11月12日 天保十己亥年十一月十二日 安八郡一色村地内川並杭瀬川通并大堤通(宝永二乙酉年二月書上、都て証拠物取調書) 五島久右衛門頼憲   1冊 A5-(1)-54
天保10年11月12日 天保十己亥年十一月十二日 亥年笠松御堤方原田弥右衛門様名和重之助様杭瀬川葭柳取払御見分書控 大川通リ并御堤間数取調へ共【A5-(1)-55~64は紙袋で一括してあった】 一色村名主 所平   1冊 A5-(1)-55
嘉永2年11月27日 杭瀬川通一色村地内絵図引得(嘉永二己酉年十月廿日笠松御郡代柴田善之丞様より川通水行之障ニ成候流作竹木葭柳等取払被仰渡)【39.2×27.7】 大垣領一色村 名主 久右衛門外1人 柴田善之丞 1枚 A5-(1)-56
嘉永2年11月27日 (杭瀬川通一色村地内絵図 一色村分桁三百五拾間半一色村分御堤四百弐拾六間)【39.3×27.7】 安八郡一色村名主 久右衛門外1人   1枚 A5-(1)-57
嘉永2年11月 (杭瀬川通西久瀬河村地内絵図)【42.7×30.7】 安八郡西久瀬川村名主 久右衛門外1人   1枚 A5-(1)-58
嘉永6年3月 (杭瀬川通一色村地内絵図引得 笠松御郡代岩田鍬三郎様より濃勢州川通之儀水行之障ニ成候流作竹木葭柳等取払被仰渡候)【40.0×28.2】 安八郡一色村 名主 久右衛門外1人 (笠松御郡代岩田鍬三郎) 1枚 A5-(1)-59
安政4年2月 (杭瀬川通与市新田村絵図控 安政四年二月二日笠松御郡代岩田鍬三郎様より濃勢州川通之儀水行之障ニ成、流作竹木葭柳等取払注進書并一村限絵図面相認メ笠松御役所え差上候)【40.5×28.0】 大垣領安八郡与市新田村 名主 久右衛門 (笠松御郡代岩田鍬三郎) 1枚 A5-(1)-60
安政4年2月 (杭瀬川通西久瀬川絵図控 笠松御役所御郡代岩田鍬三郎様より濃勢州川通之儀水行之障ニ相成候、流作竹木葭柳取払注進并一村限川通絵図面相添差出候様被仰渡候)【34.5×20.4】 安八郡西久瀬川附名主 久右衛門外1人 (笠松御郡代岩田鍬三郎) 1枚 A5-(1)-61
安政4年2月 (杭瀬川通与市新田村地内絵図写 安政四丁巳年二月笠松御役所え川通葭柳等取払注進書并川絵図差上候様御廻状を以被仰渡候)【34.5×24.3】 与市新田村 百姓代 喜平外1人   1枚 A5-(1)-62
文久2年3月 (杭瀬川通一色村地内絵図引得 文久二年二月笠松御郡代岩田鍬三郎様濃勢州川通之義水行之障ニ成、流作竹木葭柳等取払注進并壱村限絵図面相認メ笠松御役所へ差出候様被仰渡候)【37.0×27.5】 不破郡与市新田村名主 久右衛門 外1人 (笠松御郡代岩田鍬三郎) 1枚 A5-(1)-63
文久2年3月 (杭瀬川通一色村地内絵図 御堤四百弐拾六間、但木戸村立会共御堤外高八拾六石壱斗四升三合)【36.5×27.0】 安八郡一色村名主 庄兵衛外1人   1枚 A5-(1)-64
天保13年7月 大垣宿垂井宿之間西久瀬川絵図(天保十三壬寅年七月、御公役様え上ル引得)【64.0×58.0・彩色】 戸田采女正領分西久瀬川 名主 所平 外1人   1枚 A5-(1)-65
天保14年.閏9月4日 (堤・往還・川絵図 天保十四癸卯年閏九月四日御役所ニテ河村忠之進様より雛形絵図之通有形ヲ引図差上可申旨被仰付写シ)【38.8×28.3・A5-(1)-66~70は紙袋で一括してあった】     1枚 A5-(1)-66
天保15年2月19日 (杭瀬川通絵図 天保十五甲辰年二月十四日郡所ヨリ去卯冬差上申置絵図御下ヶニ相成掛ヒ落樋訳書入早々差出可申旨被仰付候ニ付書面之通書入奉差上候引得)【40.3×28.0・彩色】 一色邑名主 久右衛門   1枚 A5-(1)-67
天保15年2月 天保十五甲辰年二月日 御用御堤通村々樋ヶ所附帳(覚 池尻村・河間村・笠縫村地内御堤通)     1冊 A5-(1)-68
年月日未詳 (堤・往還・川・樋絵図 御代官河村忠之進様より早々調へ明細ニ相仕立差上へく旨被仰渡候ニ付御検見ニ差懸リ候)     1枚 A5-(1)-69
年月日未詳 (堤・往還・川・樋絵図 此絵図出来候得共村々居所并樋杯少々喰違ひ候ニ付相止メ) 絵図工 切石 渡部倉平   1枚 A5-(1)-70
天保14年10月24日 (堤・往還・川樋絵図 天保十四癸卯年十月廿四日御役所え上ル引得)【28.0×40.1・彩色・A5-(1)-71~76は包紙で一括してあった】 切石渡辺倉平   1枚 A5-(1)-71
安政3年 (一色村留樋場所替御願場所絵図)【23.9×34.5】 一色村名主 久右衛門 郷御目付衆 1枚 A5-(1)-72
安政7年2月 (五嶋久右衛門居屋鋪・五嶋久右衛門隠居屋敷・五嶋久右衛門引得・菊右衛門居近辺新堤并道絵図)【43.8×93.3・彩色・貼紙等剥離】 一色村名主 庄兵衛   1枚 A5-(1)-73
慶応2年6月 (池尻村・青木村 新川・往還・御堤絵図)【39.1×67.0・彩色・二枚に剥離】     1枚 A5-(1)-74
年月日未詳 (木曽川・長良川・揖斐川 堤塘・往来・砂石・附洲絵図)【67.1×128.0・彩色・九枚に剥離】     1枚 A5-(1)-75
年月日未詳 (河間村・笠縫村・中野村・一色村 御堤道絵図)【44.0×93.8・彩色】 河間村 名主 小十郎   1枚 A5-(1)-76
弘化 3.閏5 乍恐以書付奉申上候(杭瀬川通当御預所福田村尾州御領笠毛村地内川添ニ水除土手出来致増長候ては御囲堤得差障候)【A5-(1)-77~78はこより・包紙・紙袋で一括してあった】 宮村 名主 中村市左衛門 御代官 御役所 1通 A5-(1)-77
弘化 3.閏5 乍恐以書付奉願上候(御領所福田村尾州領笠毛村入交リ地内杭瀬川通水除築流土手修復仕候処、御領分輪中差障リニ相成、築流土手以来之締リ御願ひ申上度) 一色村名主 久右衛門外4人 御代官 御役所 1通 A5-(1)-78
嘉永1年10月 (覚 嘉永元戊申年十月御裏印証文壱通、清水惣兵衛外、一色村久右衛門殿外、願書下書壱通外、右五月廿三日後藤氏へ預ケ置)【A5-(1)-79~92は包紙で一括してあった】     1枚 A5-(1)-79
午.4月 覚(子年七月〆高、銀四拾三匁八分四厘、九百六拾九文、内七月十四日金弐分受取、残テ銀拾三匁八分四厘、九百六拾九文外) 藁屋嘉助 一色村五嶋久右衛門 1冊 A5-(1)-80
卯.3月20日 覚(三月十日粕弐百枚、五十替代金四両、内金壱両請取)【二枚に剥離】 (西久瀬川)大野屋 佐助 五嶋久右衛門 1通 A5-(1)-81
年未詳.1月18日 (手紙 昨日帰宅申両人相待罷在申聞候は去秋頃川浚一条ニ付右懸り被仰付所々巡行申、惣代か申ニては無御座候得共自身之心ニは惣代之積を以出精相働御用達も仕度)【包紙あり・五枚に剥離】 松野文次 五嶋久右衛門 1通 A5-(1)-82
年未詳.2月24日 (手紙 先達て御頼申上置候助太夫講会之儀、預御心配候之処、同人何方ニて承リ候、御村高懸リを以御取持被成下候趣、甚タ御心配相懸恥入申候) 真光寺 一色村五嶋久右衛門 1通 A5-(1)-83
年未詳.2月28日 (手紙 先達て御注文被下候粕弐百枚、代金四両也内金壱両ト札六匁御役米弐石代金之処所、六匁差上候間残金三百、此者之御かし渡被下候)【二枚に剥離】 中村佐助 五嶋久右衛門 1通 A5-(1)-84
年未詳.3月14日 (手紙 親族南波村儀左衛門方へとせ・とわとも申遣候処、今日船を以迎ニ参申候間、明十五日未明ニ上船いたし相越申度候)【三枚に剥離】 松野文次 五島久右衛門 1通 A5-(1)-85
年月日未詳 (宮村樋普請場所墨引絵図)【27.7×40.5・虫損あり】     1枚 A5-(1)-86
年月日未詳 (未年御年貢米算用状) (青山村次左衛門)   1枚 A5-(1)-87
年月日未詳 (石高覚 高弐百八斗七升八合三勺、内高壱升九合、無役畑諸引地外、定納合壱石七斗三升八勺外)【後欠】     1通 A5-(1)-88
年月日未詳 (宮ノ後田弐尺六寸三分、九ツ割ニ候得ハ平シ弐寸九分二二、定杭水上九寸壱分)     1枚 A5-(1)-89
年月日未詳 (宮之田 惣〆九寸弐分九ツ二割候得ハ、壱寸弐厘二二)     1枚 A5-(1)-90
年月日未詳 (中ノ田水盛 北東角縄下弐尺八寸、水弐寸、西南角水四寸五分、中水三寸弐分外)     1枚 A5-(1)-91
年月日未詳 (覚 百三十弐匁、此粉三石九斗外)【二枚に剥離】     1通 A5-(1)-92
嘉永2年5月 目録 為心得相添(安永六酉年一色村川並桁御預所福田村・尾州領笠毛村より差障内済取?ひと相成定尺締リ絵図面并為書替笠松え御届書〆三通外) 安八郡一色村名主 久右衛門   1冊 A5-(1)-93
嘉永4年9月 一色村御堤川通墨引図面上ル控(都て御普請之分一村持并立会場所共当時在形之通墨引図面当月中差出し候)【39.0×27.8・A5-(1)-94~96は包紙で一括してあった】 一色村 御百姓代藤左衛門外2人 御普請 御奉行衆 1枚 A5-(1)-94
嘉永4年9月 西久瀬河御堤川通墨引絵図上ル引得【28.2×39.4】 西久瀬川御百姓代 喜八外2人 御普請御奉行衆 1通 A5-(1)-95
嘉永4年9月 一色村御堤大川通下引絵図面(都て御普請之分一村持并立会場所共在形之通、墨引図面当月中差出様被仰付候)【38.5×27.2】 一色村 御百姓代藤左衛門外2人 御普請御奉行衆 1枚 A5-(1)-96
嘉永5年5月28日 冥加策進(諸国御門徒へ正定閣申候、東山御廟所ニ仏暦ノ石碑建シヲ演説シテ、仏恩冥加ヲ知シメヨトノ尊名)【刷物・A5-(1)-97~104は紙袋で一括してあった】     1枚 A5-(1)-97
嘉永5年10月16日~嘉永5年12月 (杭瀬川通浚へ御普請一件 嘉永五壬子年十月十六日御役所え罷出、御奉行衆塩川忠次郎様御用向被仰渡候)     1冊 A5-(1)-98
嘉永5年12月 (杭瀬川通一色村普請場所願絵図 片山村より木戸村迄、御役所え奉差上候引得委細訳書者別帳相認添置)【94.5×44.5・彩色】     1枚 A5-(1)-99
嘉永6年1月 (杭瀬川通絵図 嘉永六年癸丑年正月杭瀬川通若森村御初見ニて往還土橋前後巾五間深三尺凌候被仰付)【27.5×46.5】     1枚 A5-(1)-100
嘉永6年2月6日 (指紙 御用之儀有之候間、明七日四つ時罷出可被申候)【包紙あり】 御代官 一色村 名主 久右衛門方 1通 A5-(1)-101
年月日未詳 (杭瀬川通絵図 池尻入方より木戸村迄)【78.0×43.0・彩色】     1枚 A5-(1)-102
年月日未詳 (杭瀬川通絵図 片山村より木戸村迄)【44.5×157.5・彩色】     1枚 A5-(1)-103
年月日未詳 (杭瀬川通絵図 池尻村より木戸村迄)【61.5×42.3・彩色】     1枚 A5-(1)-104
嘉永5年8月 (一色村川通絵図 大垣郡役所え上レ絵図控 一色村名主指紙役五島久右衛門 頼憲上レ)【87.2×66.5・虫損あり・裏打ち済】 一色村 御百姓代藤左衛門外3人   1枚 A5-(1)-105
安政4年5月 乍恐書付を以奉願上候(先般私共村々地内悪水落川通、御慈悲之思召を以川替御請仕候処、三ヶ村下地難渋ニ付、右川替新川堀堤築立難行届ニ付願上)【A5-(1)-106~110は紙紐で一括してあった】 同村(一色村)名主 久右衛門外6人 郷 御目付衆 1通 A5-(1)-106
安政4年5月 乍恐以書付奉願上候(先般私共村々地内悪水落川通、御慈悲之思召を以川替御請仕候処、三ヶ村下地難渋ニ付、右川替新川堀堤築立難行届ニ付願上) 同村(一色村)名主 久右衛門外6人 御代官 御役所 1通 A5-(1)-107
安政4年8月 乍恐以書付奉願上候(先般御見分之上、川替可仕方可然旨仰渡被下置村々一同示談仕候処、御演舌之趣恐入奉畏候、別紙絵図面之通水流弐間ニ両桁築立川替堀立仕度)(奥書あり) 同村(一色村)名主 久右衛門外8人 郷 御目付衆 1通 A5-(1)-108
安政4年8月 乍恐以書付奉願上候(私共村々水難多ニて水行悪敷、雨中之節々水溜リニ相成甚難渋迷惑罷在候ニ付願上)(奥書あり)【二枚に剥離・下書】 同村(一色村)名主 久右衛門外8人 郷 御目付衆御代官 御役所 1通 A5-(1)-109
安政4年10月.(25日) 乍恐以書付奉願上候(川替新川堀御堤築立等非力ニて難行届、御普請入用金為御救弐拾ヶ年賦済上納ニて拝借被為仰付ニ付願上) 同村(一色村)名主 久右衛門外9人 御代官 御役所 1通 A5-(1)-110
安政4年.閏5 差出申一札之事(一色村東堤通ニ御座候御用水樋并懸樋共六ヶ所、雨天之節為御締錠前?子共御渡被下置候ニ付、右樋え相仕込) 一色村善兵衛親又兵衛外2人 一色村御役人衆樋番衆 1通 A5-(1)-111
安政4年11月3日・19日 (池尻村并笠木村より新川堀立外願上ニ付差出候申立絵図)【83.6×40.3・彩色・付箋あり】 新川懸リ惣代一色村 名主久右衛門 外2人   1枚 A5-(1)-112
安政4年11月 安政四丁巳年十一月大垣輪中五ヶ筋大堤通り絵図(弱キヶ所出水之節水越入所等丈夫築被仰付候、五ヶ筋共惣代被仰付て大堤通不残下見仕候様被為仰渡)【40.1×83.0・A5-(1)-113~121は紐で一括してあった】 惣代 一色村 名主 久右衛門   1枚 A5-(1)-113
安政4年11月 安政四丁巳年十一月 大御堤通丈夫築御普請御願場所内見積覚(大嶋村・上開発村・津村・沢渡村・波須村・万石村・三本木村・大村・直江村外) 惣代久右衛門   1冊 A5-(1)-114
安政4年11月 (大垣輪中大堤通絵図 安政四丁巳年十一月、大垣輪中五ヶ筋御囲大堤通丈夫築被為仰付ニ付、惣代被仰下見分いたし候ニ付自分心得のためニ曳申候)【39.7×82.0】 大垣筋惣代一色村 名主久右衛門   1枚 A5-(1)-115
安政4年11月 安政四丁巳年十一月日 巳年柳瀬筋・赤坂筋・林筋・今村筋・古宮筋五ヶ筋掛リ御囲大堤通別段丈夫築被仰付諸事覚帳 惣代一色村 名主五島久右衛門   1冊 A5-(1)-116
安政5年12月 安政五戊午年十二月 五ヶ筋東西大堤通御普請目論見帳     1冊 A5-(1)-117
年未詳.2月25日 (三月廿五日曽根村御昼献立 菓子椀、竹の子・長いも・椎茸・ふき・麩・白味噌汁仕立外、津村御泊リ献立、汁白味噌豆腐外、大嶋村中食、平、竹の子・長いも・ふき外)【三枚に剥離】     1通 A5-(1)-118
年未詳.4月25日 (手紙 別紙御用状之趣被為仰渡ニ付拝見仕、御臨来被成下候様奉頼上候、就ては愚父儀他出仕在宿不仕候ニ付、乍御苦労惣代衆懸リ御村々え御達之儀御廻状御差出被下候)【二枚に剥離】 江崎村 名主惣右衛門忰太郎次 一色村 御名主五嶋久右衛門 1通 A5-(1)-119
年未詳.4月27日 (指紙 西大堤通丈夫付御普請所為見分、明廿八日より可令出郷之旨申達置候処、差支之義有之ニ付相止メ候)【包紙あり・紙片あり】 川除方掛リ御普請奉行 大堤通丈夫附掛リ惣代 1通 A5-(1)-120
年月日未詳 覚(明後廿八日御泊御宿割郡御奉行衆様久右衛門方御中間添、書役同人隠居、御普請御奉行衆様、甚助方、御中間添外)【二枚に剥離】     1通 A5-(1)-121
安政5年11月8日 安政五戊午年十一月八日 大水引赤坂筋惣代被仰付諸事記帳(一色村名主 五島久右衛門控)【A5-(1)-122~125は紙紐で一括してあった】 一色村 名主 五島久右衛門外 御代官 御役所 1冊 A5-(1)-122
安政6年2月 覚(大吉新田西海松村地内長五百五拾間、此土坪壱万四千三百坪、人足〆拾四万八千弐百人外) 赤坂筋大水行懸り惣代 一色村名主五島久右衛門外1人   1通 A5-(1)-123
年月日未詳 (西海松村外地内伊尾川沿堀割普請御願場所絵図)【31.8×43.3・彩色・A5-(1)-124~125は紙紐で一括してあった】     1枚 A5-(1)-124
年月日未詳 覚(大吉新田西海松村地内長五百五拾間、此土坪壱万四千三間外)     1枚 A5-(1)-125
(慶応4年)8月.(26日) 覚(楽田村小林五藤次外、当冬水門御修復ニ付惣代申付候間御堤奉行差図を請示合入念可相勤事)【A5-(1)-126~127は2枚の包紙で一括してあった】     1通 A5-(1)-126
(慶応4年)8月26日 (添書 別紙相達候間得其意請書差出可申候) 郡所 調役 一色村五嶋庄兵衛 1通 A5-(1)-127
安政6年2月 (西海松村・大牧村地内 伊尾川通堀割御願場所絵図)【50.3×27.81・彩色】     1枚 A5-(1)-128
万延1年5月12日~文久3年2月 (一色村御堤綴 切所諸具代米下米村方小前割符帳・御堤切所諸具覚・御堤通切所堰留諸具覚・御堤切所水除留諸入用御手当米割符帳・御堤切所諸具代米并諸入用割賦帳)     1綴 A5-(1)-129
万延1年5月12日 万延元庚申年五月十二日 強風雨ニて杭瀬川并悪水川急逆水一色村御堤切所雑記帳(名主庄兵衛控) 名主 庄兵衛   1冊 A5-(1)-130
万延1年7月1日 (諸入用雑記 安八郡若森郷一色村地内悪水川通上ミ笠縫村河間村迄三ヶ村地内御模様替 万延元六月ニ至り、水下村懸惣代等被仰付新川筋も相定リ) 五島久右衛門   1冊 A5-(1)-131
文久1年7月 文久元辛酉年七月 一色村御堤切所水除留諸具并築立人足取調帳(御惣代差出候ヒカエ 不用分) 一色村 名主 庄兵衛 御普請懸リ御惣代衆 1冊 A5-(1)-132
元治2年4月 御堤通川除御普請弁金等御窺書写 御普請掛リ惣代外山筋 山口村 名主 熊之助 外22人 御普請御奉行所外 1冊 A5-(1)-133
慶応1年9月 慶応元乙丑年九月 御堤通川除御普請弁金等御請書写【表紙のみ】     1枚 A5-(1)-134
慶応2年5月18日 覚(字村西、但用水着、掛樋長七間高弐尺、巾弐尺、内圦三尺、是は御修復相願候分外、相願之聞届伺之上願之通申渡候)【包紙2枚あり】 郷目付 一色村 名主 1通 A5-(1)-135
慶応2年5月 慶応二丙寅年五月 西川通御普請益村々請高調帳(覚 高四百三拾五石、徳光村外)【後欠か】     1冊 A5-(1)-136
巳.6月22日 乍恐一色村悪水通惣間数覚(五百間程、内三百五拾間ほと平越シ、百五拾間ほと無元場所御座候、右之通御座候) 一色村 名主 甚七 外1人 御用水御奉行衆 1通 A5-(1)-137
酉.11月 (南一色村内字別道・川絵図)【41.4×28.7・彩色】     1枚 A5-(1)-138
年未詳.3月19日 (手紙 樋伏込長々御苦労千万ニ存候、揚古木之儀御取上被仰付、持運ひ人足儀御申越被下候処、井組人足不残差出候ニもおよひ不申趣) 青野村彦三郎 一色村甚七 1通 A5-(1)-139
年未詳.4月9日 (手紙 明日大堤通大夫附御再見御座候て尤禾森村御初見して楽田村御泊り依て惣代之内出勤候様五藤次殿より被申何卒乍御苦労明日之所御頼申上候) 政平 五久右衛門(五島久右衛門) 1通 A5-(1)-140
年未詳.4月16日 (差紙 川除杭木、明後十八日五ツ時船町全昌寺ニて相渡候)【三枚に剥離・包紙あり】 御堤役所 一色村名主中 1通 A5-(1)-141
年未詳.5月・6 従公義御渡之川通箇所組合高割写(大榑川〆切洗堰、右小破修復、高三万六千三百九拾四石余外、小破修覆洲浚水防等有之候節は諸色人足組合村々より為差出村役ニ相勤候) 高木新兵衛外3人   1冊 A5-(1)-142
年未詳.5月・6 従公義御渡之川通箇所組合高割写 一色村(石田村地内杭出・猿尾・同断外、高弐万六百九拾九石余、小破修復、高弐千六百拾石余、水防外) 高木新兵衛外3人   1冊 A5-(1)-143
年未詳.( 9月24日) (堤廻り角上とり人歩覚 村方之者 藤八郎外)【前後欠】     1枚 A5-(1)-144
年月日未詳 御堤通水防人足持場定帳(東大堤通 瀬古村より水門迄御堤通八千九百八拾七間弐尺之所水番小屋四拾三ヶ所、但御堤長弐百間ニ壱ヶ所人足六人懸リ昼三人夜中六人詰之事外) 水防方惣代難波野村大橋四郎右衛門外4人 御堤方御役所 1冊 A5-(1)-145
年月日未詳 (福田川通 池尻新川場所絵図)【26.8×20.5】     1枚 A5-(1)-146
年月日未詳 (一色入方村 大川・今村筋井水通樋場所墨引絵図)【67.5×48.0・付箋多】 一色村 名主 甚七 外2人   1枚 A5-(1)-147
年月日未詳 (南一色道・川・堤絵図)【116.0×56.0・彩色】     1枚 A5-(1)-148
年月日未詳 (御領分大垣輪中出水御堤丁場絵図)【56.2×40.3・彩色・A5-(1)-149~150は紙袋で一括してあった・】     1枚 A5-(1)-149
年月日未詳 (御領分大垣輪中 鵜森伏越普請願場所絵図)【44.5×32.5・彩色】     1枚 A5-(1)-150
年月日未詳 (池尻村より木戸村迄川通笠縫堤絵図)【77.5×54.3・彩色】     1枚 A5-(1)-151
年月日未詳 (笠木村・福田村より一色村迄川通堤絵図)【108.5×57.0・彩色】     1枚 A5-(1)-152
年月日未詳 (河間村より一色村迄川通笠縫堤絵図)【83.5×60.5・彩色・下部欠】     1枚 A5-(1)-153
年月日未詳 (堤敷間数絵図)【34.5×24.5】     1枚 A5-(1)-154
年月日未詳 (長松村大谷川通 川幅・堤幅絵図)【77.0×55.7・彩色】     1枚 A5-(1)-155止
A5 土木水利 (2)用水
(1)享保6年.閏7.3 (2)(享保6年).閏7月3日 ((1)指紙 木戸村一色村両村井水、池尻村より堰留相妨及難儀之旨相願候 (2)添書 右之通被仰付候)【A5-(2)-1~4は包紙と紙紐で、A5-(2)-1~3は包紙で一括してあった】 (1)郡奉行(2)小林儀兵衛 (1)小林儀兵衛(2)一色同入方木戸両組 名主五人組頭中 1通 A5-(2)-1
寅.2月16日(享保7年) (指紙 其村々井水通リ江幅七尺ニ今度浚可被申) 御横目高橋徳右衛門外1人 一色村外村々 名主中 1通 A5-(2)-2
(享保7年)2月16日 木戸村差出し人足(木戸村拾三人・同一色村三拾人、右之人員ニて堀立可申候)     1枚 A5-(2)-3
天明3年7月 一札之覚(笠木村地内ニ先年より一色村井水有之、新き伏越壱尺四方樋仕度ニ付、伏かへ致候代金ハ両村より半分宛出し候) 同村(笠木村)名主 太平 外3人 一色村御役人衆 1通 A5-(2)-4
宝暦8年8月 (切石村之内西久瀬川絵図再写 此所川通之所宝暦八寅年生地ニいたし候、切石村之内ニ東クセ川分御高ニ寅年ト云此絵図ハ其時書上候) 西久瀬川 名主三右衛門外1人 御普請御奉行衆 1枚 A5-(2)-5
安永5年5月 乍恐返答を以奉申上候(一色村地内ニ新規井桁築廻落樋伏被申、水行甚差支悉水損仕迷惑至極奉存候、新規之井桁早速取払被申候様被為仰付被下置候)【三枚に剥離・A5-(2)-6~13は包紙で一括してあった】 戸田采女正領分濃州安八郡木戸一色村 名主 甚七 外6人 尾州様御役所 1通 A5-(2)-6
(1)(2)安永6年9月 (1)証文之事(赤坂川通刎籠・諸木等水行之差支相成候分、 不残取払申候)(2)一札之事(赤坂川通争論、尾州御領下笠村田中権之右衛 門外御取?を以内済仕候) (1)(2)木戸一色村 名主 甚七外 (1)(2)笠毛村傍嶋新之右衛門外 1通 A5-(2)-7
安永6年11月 一札之事(不破郡福田村・笠毛村より被相願候は、当村地内堤外之分赤坂川通新規井桁取繕、刎篭并諸木等水行差支ニ相成争論ニ及ひ候) 安八郡木戸一色村名主 甚七外2人 福田地 庄屋 忠次郎外 1通 A5-(2)-8
安永6年11月 証文之事(赤坂川通争論水落指支ニ相成候分不残取払申候、以来当村於地内新規之儀無之様可仕候)(奥書あり)【虫損あり】 一色村 名主 甚七外2人 福田村 庄屋 忠次郎外1人 1通 A5-(2)-9
文化11年3月 一札之事(赤坂通争論、御役所より内済取?被仰付双方熟談相調候、己後安永六酉年書面之通重て新規之儀毛頭仕間敷候)【下書】 一色村 名主 久右衛門外3人 福田村 庄屋 忠治郎外3人 1通 A5-(2)-10
文化11年3月 一札之事(赤坂川通争論、御役所より内済取?被仰付双方熟談相調候、己後安永六酉年書面之通重て新規之儀毛頭仕間敷候) 一色村 名主 久右衛門外4人 福田村 庄屋 忠治郎外3人 1通 A5-(2)-11
文化11年3月 一札之事(当村地内赤坂川通一件ニ付、其御村と及争論候処御役所より内済取?被仰付双方熟談相調候) 一色村 名主 久右衛門外3人 福田村 庄屋 忠治郎外3人 1通 A5-(2)-12
年未詳.11月18日 (手紙 明十九日福田村より被参候筈引合仕候、御内々申上候ハ、友右衛門殿祐助殿より御内々御相談之趣、委敷御咄合被遊可被下候)【虫損あり】 塩田冬郎 安藤久右衛門 1通 A5-(2)-13
(1)(2)安永6年9月 (1)証文之事(赤坂川通争論御取扱衆中御勘弁ニて水落指支 ニ相成候分不残取払)(2)一札之事(証文之通新規之分は不残取払)(奥書あり)【A5-(2)-14~18は包紙とこよりで一括してあった】 (1)一色村 名主 甚七 外2人(2)木戸一色村名主 甚七 外2人 (1)(2)笠毛村傍嶋新之右衛門外3人 1通 A5-(2)-14
安永6年11月 (赤坂川通争論内済絵図 表書絵図之通相違無之ニ付為後証致連印双方為取替申候)【A5-(2)-15~16は包紙で一括してあった】 不破郡福田村庄屋 忠次郎外11人   1枚 A5-(2)-15
(1)酉.11月(安永6年)(2)安永6年11月 (1)乍恐以書付御達申上候御事(赤坂川井桁・刎篭等取払、 御影ニて筋能内済仕難有仕合奉存候)(2)証文之事(赤坂川通論争水落指支ニ相成候分不残取払 申候) (1)笠毛村庄屋 傍嶋新之右衛門外(2)一色村名主 甚七 外1人 (1)笠松御役所(2)福田村 庄屋傍嶋新之右衛門外2人 1綴 A5-(2)-16
安永6年11月 証文之事(赤坂川通争論今般御取?衆中御勘弁ニて水落指支ニ相成候分不残取払申候、以来当村於地内新規之儀無之様可仕候)(奥書あり) 一色村 名主 甚七外2人 笠毛村傍嶋新之右衛門外3人 1通 A5-(2)-17
安永6年11月 一札之事(赤坂川通争論今般為内済御取?衆中御取?を以双方納得ニて内済仕候)(奥書あり) 不破郡笠毛村庄屋傍嶋新之右衛門外3人 木戸一色村名主 甚七外2人 1通 A5-(2)-18
安永6年11月 (池之川争論内済絵図 表書絵図面之通相違無之ニ付為後証致連印双方為取替申候)【A5-(2)-19~21は包紙で一括してあった】 不破郡福田村 庄屋 忠次郎外11人   1枚 A5-(2)-19
安永6年11月 一札之事(大垣御預安八郡木戸一色村地内堤外之分赤坂川通新規井桁取繕刎篭并諸木等水行差支相成候) 尾州御領不破郡笠毛村庄屋傍嶋新之右衛門外3人 木戸一色村名主 甚七外2人 1通 A5-(2)-20
安永6年12月 一札之事(大垣御預所不破郡福田村尾州御領同郡笠毛村より被相願候は、当村内堤外之分赤坂川通新規井桁取繕刎篭并諸木等水行差支ニ相成候)(奥書あり) 木戸一色村名主 甚七外2人 笠毛村傍嶋新之右衛門外3人 1通 A5-(2)-21
安永6年11月 (内済仕候済口証文 大垣領一色村地内堤外之分赤坂川通新規井桁取繕ひ刎篭并諸木等水行差支相成、大垣御預所福田村尾州御領笠毛村より出訴仕及争論候)【A5-(2)-22~40はこよりで一括してあった】     1通 A5-(2)-22
(嘉永2年).閏4月5日 口上(此節御頼其御村方御堤一件ニ付、今朝助太夫殿御出被下御申聞ニは笠木村迄先方ニ為取直候様被請仕居甚以六ッ敷中立候) 勘兵衛 一色村五嶋久右衛門 1通 A5-(2)-23
(嘉永2年).閏4月14日 (手紙 昨日以手紙福田村より明後十五日早天より宮町美濃屋方ニて一色村一件相談致度旨被申越候) 宮勘兵衛(宮崎勘兵衛) 五嶋久右衛門 1通 A5-(2)-24
(嘉永2年).閏(4月)15日 (手紙 兼て一件ニ付先方より宮崎氏え之書状并御添書附ニて御差送リ被下慥ニ落手拝見仕候) 矢道村嶋田仁左衛門 一色村五嶋久右衛門 1通 A5-(2)-25
(嘉永2年).閏(4月)16日 (手紙 今日之始末ニ付早急一応御相談申上度儀御座候間、乍御苦労此使着次第郷宿まて御出張可被下候様仕度) 郷宿ニて宮崎勘兵衛外1人 一色村五嶋久右衛門 1通 A5-(2)-26
(嘉永2年).閏(4月)19日 口上(先方よりさゐそく有之候ニ付一応御面会之上御勘考之次第承リ度、乍御苦労御手透ニも御座候ハヽ、只今郷宿まて御出張可被下候様仕度奉存候) 宮崎勘兵衛外1人 五嶋久右衛門 1通 A5-(2)-27
(嘉永2年).閏 4月22日 口上(兼て一件ニ付昨夜彼之方え罷越万端相咄し申候処夫ニ付兼て拝見仕候品御内々一応御見セ被下度)【封筒あり】 郷宿ニて宮崎勘兵衛外1人 五嶋久右衛門 1通 A5-(2)-28
(嘉永2年).閏(4月).23日 口上(福田村役人中え面会仕候処兼て今朝迄之引合ニ相成居候ニ又候、日延御頼有之候ても最早敢承知不致何分今日は御引合詰いたし度) 郷宿ニて宮崎勘兵衛外1人 五嶋久右衛門 1通 A5-(2)-29
(嘉永2年).閏(4月).25日 口上(昨夜之始末大六ヶ敷ニ御座候ニ付一応御面会御咄申上度、乍御苦労郷宿迄早行御出張被下度) 郷宿より宮崎勘兵衛外1人 一色村五嶋久右衛門 1通 A5-(2)-30
酉.5月10日(嘉永2年) (手紙 治郎助え御咄之趣相続仕候得共、行届キ不申夫ニ付、当村之儀今日迄之よし切取申候間、一色村ニも早行御取掛り御引合通リニ出来致候様取計呉候様) 郷宿より宮崎勘兵衛 一色村五嶋久右衛門 1通 A5-(2)-31
(嘉永2年)5月11日 (手紙 御苦労ニは候得とも郷宿迄御出張被下候得は御相談申上候上ニて何れ成とも御差図次第ニ可仕候間何分御勘考之御返事可被下様仕度)【追記1枚あり】 宮勘(宮崎勘兵衛) 一色村五嶋 1通 A5-(2)-32
(嘉永2年)5月21日 (手紙 兼て一件ニ付一応御面会御咄シ申上度、尤済口取調置彼の方へ内見ニ入置申度候間、乍御苦労明廿二日郷宿え御出張被下度) 宮崎勘兵衛外1人 一色村五嶋久右衛門 1通 A5-(2)-33
(嘉永2年)10月17日 口上(福田御掛リ一件此上年延ニ相成候ては御存之村方故、追々御苦労多ニも可相成間、何分廿日迄ニ御操合セ場所御取直シ之儀只管奉願上候) 辻次郎助 宮村宮崎勘兵衛 1通 A5-(2)-34
(嘉永2年)10月18日 (手紙 次郎助面会之上引合致度夫ニ付、同人方え右之段今日手紙ヲ以申遣し度候間、何分御苦労ニは候得とも只今より郷宿まて御出張之程奉願上) 宮崎勘兵衛 一色村五嶋久右衛門 1通 A5-(2)-35
嘉永2年12月6日 覚(嘉永二己酉年十二月六日郷宿ニて杭瀬川通葭柳剪払御見分之節入用木戸村名主兵蔵立会割符元帳)     1通 A5-(2)-36
文化12年3月25日 杭瀬川通一色村田西御料福田村尾州御領笠毛村論所え一色村より入土致シ候ニ付取?引合之趣御尋ニ付趣意書之覚【A5-(2)-37~40は紙袋で一括してあった】 宮村 名主 惣三郎外 御代官 御役所 1冊 A5-(2)-37
嘉永2年4月 嘉永二己酉年四月 安永年中出入定尺之通福田村笠毛より差障り改 一色村上池ノ河桁水盛立会帳     1冊 A5-(2)-38
年未詳.7月6日 (手紙 本紙之通リ写取書面之通下書も付役え持参いたし委敷相咄候得は、尤之筋合ニ被申聞) 宮(崎) 五嶋 1通 A5-(2)-39
年月日未詳 (手紙 此間御目ニ懸ケ候絵図とハ定杭場所喰違ひ候様、依之本紙之通写取リ差遣候) 五嶋 宮崎 1通 A5-(2)-40
天明2年5月 書付之覚(私共村方段々人少罷成候ニ付、御田地手入未難儀仕候、此度水田御願申候、依之当村留樋半戸〆御願申し候)【包紙あり】 木戸村 名主要八外3人 一色村御役人衆 1通 A5-(2)-41
天明7年7月 乍恐口書ヲ以奉願上候(木戸村佐次兵衛新規ニ高畔ヲ築キ柳ヲ植候場所、見分被成下置御威光ヲ以新桁并差閊申候節柳不残取払被為仰付)【三枚に剥離・A5-(2)-42~45はこよりで一括してあった】 一色村御百姓代 惣吉外6人 見取 御奉行衆 1通 A5-(2)-42
年月日未詳 済口証文之覚(木戸村より新規之儀出来仕候ニ付出入ニ罷成出訴仕候処、再応御挨拶ニて当村御田地之不易ニ少も不相成様被成下候ニ付御取?仕相内済仕候)     1通 A5-(2)-43
年月日未詳 乍恐口書ヲ以奉願上候(木戸村佐次兵衛新規成ル高畔を付、其上ニ柳透間なく指シ水囲致候ニ付、一色村御田地大御堤西大川添之分不残水落差閊罷成リ甚難儀迷惑仕候)【二枚に剥離】     1通 A5-(2)-44
年月日未詳 乍恐口書を以奉願上候(木戸村佐次兵衛、大河辺リ一色村地境ニて少々御田地所持致シ、其所ニ新成ル高畔を築其上ニ柳透過なく指シ水囲致シ候)【後欠】     1通 A5-(2)-45
文政4年1月 文政四辛巳年正月日 甚左衛門引得屋舗内水車有之候処御聞達シ御吟味在之候ニ付奉申上候控写并御用水村用水兼候川通堰之義御尋ニ付奉申上候写【A5-(2)-46~60は包紙で一括してあった】 一色村 名主 甚左衛門外 御用水御奉行衆外 1冊 A5-(2)-46
文政4年10月 乍恐以書付奉願上候(甚左衛門屋敷内水車相止メ罷在候得共、男女之手間助ニ罷成申候、可相成御儀ニ御座候ハヽ水車ニて飯米少々宛為舂申度)【二枚に剥離・A5-(2)-47~48は包紙で一括してあった】 一色村 名主 甚左衛門外2人 御代官 御役所 1通 A5-(2)-47
年未詳.10月26日 (添書 別紙願書附紙之分相除早々可被差出候) 御代官 一色村名主中 1通 A5-(2)-48
(文政4年)12月6日 (室村願之樋為見分明七日罷越候、夫より引続一色村甚左衛門水車之場所御用水奉行立会見分いたし候)【包紙あり】 見取奉行 初見室村一色村右村々名主 1通 A5-(2)-49
文政4年12月10日 (甚左衛門屋敷内水車場所絵図面 御見取方ニ奉差上候引得)【34.8×25.0】 一色村名主 甚左衛門 御見取御奉行衆 1通 A5-(2)-50
文政4年12月 (甚左衛門屋敷内水車場所絵図面)【34.5×24.5】 一色村名主 甚左衛門   1枚 A5-(2)-51
文政5年.閏1月7日 (指紙 一色村名主甚左衛門水車相止メ罷在候処、耕作専之時節は助力も相成、是迄之通水車ニて飯米少々宛為舂度旨相願之)【二枚に剥離・A5-(2)-52~53は包紙で一括してあった】 郡奉行 森七左衛門 1通 A5-(2)-52
年未詳.閏1月7日(文政5年) (添書 別紙之通申来候間、得其意請書早々差出可被申候)【二枚に剥離】 御代官 一色村名主 甚左衛門 1通 A5-(2)-53
(天保3年)6月28日 (下知書 一色村名主甚左衛門儀、水車及大破候ニ付相止度旨聞届願之通申渡書)【A5-(2)-54~55は包紙で一括してあった】 郡奉行 谷沢彦太郎 1通 A5-(2)-54
天保3年6月28日 (添書 別紙之通申来候間、得其意請書差出可被申候) 御代官 一色村名主中 1通 A5-(2)-55
天保3年6月 乍恐以書付奉願上候(水車之儀此度及大破候ニ付、当時相休ミ申度奉願上候) 願主 一色村名主甚左衛門外1人 御見取御奉行衆御代官御役所 1通 A5-(2)-56
天保3年6月 乍恐以書付奉願上候(水車之儀此度及大破候ニ付、相止メ申度奉願上候) 願主 一色村名主甚左衛門外1人 御代官 御役所 1通 A5-(2)-57
年未詳.1月29日 (指紙 一色村名主甚左衛門、五人組頭利右衛門、百姓代壱人、御用之儀有之間附添罷出可被申候)【二枚に剥離・包紙あり】 御代官 室入方名主長左衛門方 1通 A5-(2)-58
年未詳.3月5日 (手紙 願書認壱通、口書認壱通、御不用之図面壱枚御差紙認壱通合テ四品御見セ被下候様奉願上候) 中村市左衛門 一色村五嶋正平 1通 A5-(2)-59
年月日未詳 乍恐以書付奉願上候(私屋敷内ニ往古より水車御座候て、自分飯米少々宛舂来申候へ共、村方作人無数男女召抱大作仕候故、自分飯米水車ニてハ行届不申、男女之手間助力ニも相成) (甚左衛門)   1通 A5-(2)-60
弘化 3 (杭瀬川水落一色村堀割絵図 杭瀬川水落之ため一色村堀割出来いたし候得は、誠ニ御堤内外共大益之、諸入用割賦いたし出銀致し候様申越候)【39.5×27.5・A5-(2)-61~64は紙袋で一括してあった】     1枚 A5-(2)-61
安政4年1月23日 (安政四丁巳歳正月二十三日御役所ヨリ之絵図面写)【34.5×24.7】     1枚 A5-(2)-62
安政4年2月 (安政四丁巳歳二月廿五日一色村地内新川絵図 朱引御役所より初て御目論見図)【39.0×27.5・彩色】 名主久右衛門   1枚 A5-(2)-63
(安政4年2月.) (一色村地内新川絵図)【34.5×24.5】 (名主 久右衛門)   1枚 A5-(2)-64
嘉永2年1月30日 覚(右は御用水通左右切立并枝木繁リ草共刈取先例之通可被申付候、尤来月中旬之内見分可致候間左様相心得可被申候)【A5-(2)-65~69は包紙とこよりで一括してあった】 御用水奉行 高屋村外15ヶ村名主中 1通 A5-(2)-65
嘉永2年.閏4 乍恐以書付御届奉申上候(私共村々地内当月十一日御見分被成下置候、悪水川通川幅之儀奉言上候様被仰渡候) 一色村・西久瀬川名主 久右衛門外5人 御代官 御役所 1通 A5-(2)-66
嘉永2年.閏4 乍恐以書付奉申上候(私共村々地内当月十一日御見分被成下置候悪水川通川幅之儀奉書上候) 一色村・西久瀬川名主 久右衛門外5人 御用水御奉行衆御代官御役所 1通 A5-(2)-67
年月日未詳 (悪水川通并用水川通川幅内間当リ絵図面 御用水奉行可児筬助様・古田良内様・大工奉行河村兼五郎様御見分被成候て、何程ニ御座候哉書上可申旨被相渡候付内間当リ見奉書上候) 一色村 名主 久右衛門   1枚 A5-(2)-68
嘉永2年4月26日 (上川田桁田面より内改絵図 大工清七半蔵え申付両人田毎為水盛尺寸相改申候処此絵図面ニ書記候)【A5-(2)-69~75は包紙で一括してあった】 久右衛門   1枚 A5-(2)-69
嘉永2年 (最初笠毛村庄六福田村改之通仲右衛門より申出候勘弁之絵図)【34.0×24.5】 久右衛門   1枚 A5-(2)-70
嘉永3年4月10日 乍恐以書付御届奉申上候(別紙写絵図面ニ一紙連印之御届書壱通相添預所福田村より笠松御堤方え御注進仕候) 一色村名主 久右衛門 御代官 御役所 1通 A5-(2)-71
嘉永3年4月12日 (御示談申上置候笠松行諸入用割符之覚) 傍島助大夫 五嶋久右衛門外1人 1通 A5-(2)-72
嘉永3年4月 (福田村・笠毛村・一色村地内御堤・川通・定杭場所絵図 乍恐御届奉申上候事、別紙絵図面之通朱印定杭五ヶ所共朽腐候ニ付、双方立会打替申候)【65.0×46.2・二枚に剥離】 安八郡一色村名主 久右衛門外2人 笠松御役所 1枚 A5-(2)-73
年月日未詳 (大垣御領福田村尾州御領笠毛村地内川通絵図)【56.0×39.8】 久右衛門   1枚 A5-(2)-74
年月日未詳 (福田村笠毛村一色村惣方納得済口相究之絵図)【40.0×27.8】 久右衛門   1枚 A5-(2)-75
(嘉永2年).閏4月13日 (手紙 御面拝之上御咄申上度候間、乍御苦労様明後十五日早朝より宮町美濃文方え御出張被成下候様頼上候)【A5-(2)-76~88は包紙で一括してあった】 福田村傍嶋庄六外1人 宮村宮崎勘兵衛 1通 A5-(2)-76
(嘉永2年).閏4月19日 (手紙 一色村川桁一条同村久右衛門方へ御引合も被成下取払方決談ニも相成申候哉否承り度) 傍嶋庄六外1人 宮崎勘兵衛外1人 1通 A5-(2)-77
(嘉永2年).閏4月25日 (手紙 御相談之趣未タ承リ不申、夫ニ付只今より出張可申様被仰越候へ共、今日親類より手伝を給初節句拵ニ相懸リ居申、御無礼なから寸暇不得無拠御断申上候)【封筒あり】 傍嶋助大夫 宮崎勘兵衛 1通 A5-(2)-78
(嘉永2年).閏4月26日 (手紙 一昨夜参上仕御無理成御頼申上、其砌御勘弁筋被仰下候段一色村え申聞セ候処、最壱重御頼申上呉候様達て相願申候)【A5-(1)-79~80は包紙で一括してあった】 宮崎勘兵衛外1人 傍嶋庄六外2人 1通 A5-(2)-79
(嘉永2年).閏4月26日 (手紙 一色村之義先境より御苦労之段奉察候、一昨夜御頼申上置候儀相整候哉、昨夜否為御聞セ被下候様存居候) 傍嶋庄六外1人 宮崎勘兵衛外1人 1通 A5-(2)-80
(嘉永2年).閏4月29日 (手紙 一色村川並論所削下ヶ之義ニ付、勘弁筋之義段々被仰聞御苦労千万被存候)【A5-(2)-81~82は包紙で一括してあった】 笠毛村傍嶋庄六外1人 宮村宮崎勘兵衛 1通 A5-(2)-81
年未詳.閏4月29日 (手紙 御無利成儀段々御頼申上候処規定通リ、安永年中済口定尺之上惣高五寸通リ、今般之趣意として御勘弁被下) 宮村宮崎勘兵衛 笠毛村傍嶋庄六外1人 1通 A5-(2)-82
(嘉永2年)5月26日 (手紙 兼て預御苦労候一色村一件植付も相済候趣ニ御座候ヘハ、早々御取懸リ被下皆済相成候様御頼申上候) 福田傍嶋庄六外1人 宮村宮崎勘兵衛外1人 1通 A5-(2)-83
(嘉永2年)10月13日 (手紙 福田一件ニ付急々御相談申上度候間御苦労恐入候得共、今日申魚屋岩蔵方迄御序ニ御出張被下度奉願上候) 魚屋ニて治部助 宮村宮崎勘兵衛 1通 A5-(2)-84
(嘉永2年)10月14日 口上(福田一件ニ付急ニ御相談申度義出来仕候間毎度御苦労ニは御座候得共、昼後笠屋方迄御光来奉願上候) 笠屋ニて治部助 宮(村)宮崎勘兵衛 1通 A5-(2)-85
(嘉永2年)10月16日 (手紙 福田村一件被仰聞候通上ハ手四拾八間之ヶ所一ヶ所兼て御取合セ被下候五寸通リ村方ニて差含之上、猶又定杭ニ不拘壱寸通リ常分差含之義は内談およひ置候) 笠屋ニて治部助 宮(村)(宮崎)勘兵衛 1通 A5-(2)-86
(嘉永2年)10月17日 口上(私儀弥勢州表え罷出候様被仰渡今日出立仕候間、何卒此間御咄し被下候一色桁一件可然御取?ニ被成下度宣敷奉頼上候) 矢道村嶋田仁左衛門 宮村宮崎勘兵衛 1通 A5-(2)-87
(嘉永2年) (手紙 御書中之趣委細承知いたし、就てハ御進物ニ預リ難有頂戴仕候厚一札申上度、余ハ拝面万々一札可申上候)【封筒あり】 傍嶋助大夫 嶋田仁左衛門外1人 1通 A5-(2)-88
文久2年4月 文久二壬戌年四月 笠縫村河間村一色村新川御立替ニ付潰地并新堤下調帳【A5-(2)-89~97は包紙で一括してあった】 一色村五島庄兵衛   1冊 A5-(2)-89
文久2年5月 文久二壬戌年五月 河間村笠縫村一色村新川場所取調帳 惣代庄兵衛控(乍恐以書付御歎願奉申上候) 平蔵外13人 御代官 御役所 1冊 A5-(2)-90
文久2年12月 文久二壬戌年十二月 新川地潰地并土坪取調帳 (河間・笠縫・一色村分) 一色村名主 庄兵衛外3人 御代官 御役所外 1冊 A5-(2)-91
文久2年12月 文久二壬戌年十二月 三ヶ村新川筋取調帳 三ヶ村立会(河間・笠縫・一色村分)     1冊 A5-(2)-92
文久3年1月 (河間村・笠縫村・一色村地内新川立替絵図)【四枚に剥離・123.0×45.0・彩色】 笠縫村別支配名主惣七 外4人 御破損御奉行衆 1枚 A5-(2)-93
(文久3年) 乍恐以書付奉御歎願候(一色村地内御用水川通字三軒家御堤之義、河間村地内より西大堤え御繋合、今村筋井水樋先へ用水ニ相成候様御目工立相成)【三枚に剥離】 一色村 名主 五島庄兵衛 大垣藩御役所 1通 A5-(2)-94
(文久3年) (歎願書 一色村地内御用水川通字三軒ヤ御堤之義、近来出水之度毎難所出来候付、河間村地内より西大堤え御繋合、今村筋井水樋先へ同水ニ相成候様御目工立相成)【A5-(2)-94の下書】 (一色村 名主 五島庄兵衛) (大垣藩御役所) 1通 A5-(2)-95
明治4年1月 明治四辛未年正月 河間村笠縫村笠木村一色村木戸村組合井水川模様替目論見帳     1冊 A5-(2)-96
明治4年1月 明治四辛未年正月 河間村笠縫村笠木村一色村木戸村組合井水川模様替并堤築替御用調帳 惣代五島庄兵衛   1冊 A5-(2)-97
文久2年8月 差入申番付之事(大谷川通屈曲之場所今般御取直シ之御普請ニ付、右川通板?取繕ひ新江相立不申候ては、川東村々養水差支候ニ付、今般右板?取繕之義示談相整候)(奥書あり)【四枚に剥離】 御領分中曽根村五人組頭 和三郎外7人 長松村御役人衆中 1通 A5-(2)-98
文久2年8月 差入申番付之事(大谷川通屈曲之場所今般御取直し御普請ニ付、右川通板?取繕ひ被成候ては、川東御田場養水差支候付、板?等取拵之義別紙絵図面之通示談候)(奥書あり) 長松村名主 早野要助外2人 荒川村外2村御役人衆中 1通 A5-(2)-99
文久2年8月 (大谷川通絵図)【彩色・56.0×55.5・四枚に剥離】 御領所荒川村庄屋 武市外3人   1枚 A5-(2)-100
文久2年8月 (大谷川通絵図)【彩色・54.0×53.0・三枚に剥離】 御領所荒川村庄屋 武市外3人   1枚 A5-(2)-101
文久2年8月 (大谷川通絵図)【彩色・40.5×28.5】 長松村名主 早野要助外1人   1枚 A5-(2)-102
文久2年8月 (大谷川通絵図)【彩色・40.0×28.0】 長松村名主 早野要助外1人   1枚 A5-(2)-103止
A6 産業(農業)
安政3年11月 安政三丙辰年十一月 肥培料拝借金五ヶ年賦済切返納帳(勧農懸リ赤坂村矢橋宗太郎・一色村当番久右衛門・長松村源四郎、金弐百七拾四両、赤坂筋肥培料拝借高外)     1綴 A6-1
年未詳.8月20日 (達書 穂木接立之儀、去ル十四日より池田筋え廻村出張之筈、暫見合呉候様申聞候、両三日相延し十七八日頃より廻村)【二枚に剥離・包紙あり】 種田栄蔵 五嶋庄兵衛 1通 A6-2
年未詳.12月16日 (指紙 其筋村来ル廿六日種籾相納可申事) 出納方 赤坂筋村々名主中 1通 A6-3止
A7 交通(宿駅・河川交通)
延享5年5月5日 朝鮮人御用(御横目役被為仰付昼夜大垣中相廻リ暮六つ時ニ御当番吉村四郎右衛門様へ諸事御案内之事)【A7-1~2は包紙で一括してあった】     1通 A7-1
年未詳.5月5日 (諸筋名前書 五日暮案内九つ迄廻リ六日夜九つ迄廻リ日出案内)     1通 A7-2
宝暦4年6月26日 覚(金四両壱歩、朝鮮人通行人馬賃金御渡シ被下置慥ニ請取申候、則当筋戻リ金村々え割賦仕相渡可申候、依之請取差上ケ申候) 笠縫村名主 善五郎 村田茂左衛門 1通 A7-3
宝暦4年6月26日 覚(金九両弐歩銀拾三匁六分弐厘、朝鮮人通行人馬賃銀之内被下置村々え割賦仕相渡可申候、依之請取差上申候) 一色村 名主 久右衛門外1人 村田茂左衛門 1通 A7-4
(文政3年)5月9日 (御用書 明後十一日御茶壺御通ニ付、郷人足為支配差遣候間、伝馬年寄共え示合、墨俣宿迄罷越可被申候)【包紙あり・A7-5~6は包紙で一括してあった】 御代官 一色村甚左衛門方 1通 A7-5
(文政3年)5月10日 (御用書 明十一日御茶壺御通ニ付、郷人足為支配墨俣宿迄罷越候之様申渡置候処、南往還筋出水ニ付赤坂え御廻リニ相成候ハヽ不及出勤旨申来候) 御代官 一色村 名主甚左衛門方 1通 A7-6
弘化 3年4月25日 赤坂筋御支配様名前取調書(弘化三丙午年四月廿五日一色村御支配様住古より御役付年号宗門帳ニて取調へ書之覚) 取調主久右衛門   1通 A7-7
(慶応3年)1月13日 覚(一色村五島庄兵衛外、助郷一条并川通之儀ニ付出府申付候之間、万端心を用相勤候之様御申渡可有之候)【A7-8~9は包紙で一括してあった】 郡奉行 松村芝右衛門 1通 A7-8
(慶応3年)1月13日 (添書 別紙之通申来候間、得其意請書差出可申候) 御代官 五嶋庄兵衛 1通 A7-9
慶応3年8月28日 覚(郷中間六人赤坂筋、大坂表御取締被為蒙仰之御人数出張ニ付割賦申付候間、身体強健之者相撰大急致案内入念可相勤旨申渡可有之候)【包紙あり】 郡奉行 浅野辰五郎 1通 A7-10
年未詳.9月12日 (証文返進書 朝鮮人通行人馬賃金之請取証文村々より差出被申候ニ付、弐枚之当分受取返進申候御受取可被下候) 村田茂左衛門 一色村名主衆 1通 A7-11
年月日未詳 (大垣藩領内中山道絵図)【28.2×360.4・九枚に剥離・こよりで一括してあった】     1枚 A7-12
年月日未詳 (往還絵図 墨俣宿から垂井宿まで)     1冊 A7-13止
A8 社会 (1)身分格式
正保 2 覚 正保二乙酉年一色村御検地帳表 屋敷書抜(明屋敷拾壱間拾間壱尺三畝廿弐歩、作十郎外)【A8-(1)-1~16、A8-(1)-1~3は紙紐で一括してあった】     1冊 A8-(1)-1
申.8月12日 名寄(毛付高九石六斗九升九合六勺、六太夫、外ニ壱升弐合、引地外、上田〆拾八町七反六畝弐歩外、惣田畑合四拾町三反五畝九歩、高合五百三拾八石壱斗五升弐合) 改高崎市郎右衛門外1人   1冊 A8-(1)-2
年月日未詳 乍恐以書付再三奉願上候(一色村治五右衛門家作差障之儀ニ付)【五枚に剥離・剥がれた付箋あり】     1通 A8-(1)-3
嘉永6年3月.安政2年10月 上 荷担人大成より御吟味方へ奉差上候再三返答之答(一色村福源寺大成義村方甚右衛門ニ被相頼、同人忰治五右衛門家作出入之儀一件) 同村右同断(一色村五嶋姓)名主 久右衛門外 御代官 御役所 1冊 A8-(1)-4
卯.10月16日 覚(御代官より一色村甚右衛門御用之儀有之候間、明後十八日附添罷出可申候、右之通被仰候)【A8-(1)-4に挟んであった】 木戸村 名主 兵蔵 一色村 名主五嶋久右衛門 1通 A8-(1)-5
年月日未詳 (断簡 仰渡候間〔〕)【A8-(1)-4に挟んであった】     1枚 A8-(1)-6
嘉永6年3月.嘉永7年4月 上 福源寺大成より差上候御糺書之答(一色村福源寺大成義、村方甚右衛門三男治五右衛門家作出入之儀ニ付) 同村同断(一色村頭五嶋姓)名主 久右衛門外 御吟味 御役所 1冊 A8-(1)-7
嘉永6年4月 嘉永六癸丑年四月 一色村甚右衛門忰三男次五右衛門分家ニ付家作新規庇差障一件 同村同断(一色村頭五嶋姓)名主 久右衛門外 御代官 御役所 1冊 A8-(1)-8
(嘉永7年2月) 上 御糺書(一色村名主久右衛門外三人より甚右衛門三男治五右衛門普請之儀ニ付、拙僧え相懸リ御出訴申上候ニ付、拙僧被召出御糺有之) 一色村福源寺 大成 御吟味 御役所 1冊 A8-(1)-9
嘉永7年3月 上 大成え再返答書控(一色村福源寺大成義村方甚右衛門三男治五右衛門家作出入之儀ニ付) 同村同断(一色村頭五嶋姓)名主 久右衛門外3人 御吟味 御役所 1冊 A8-(1)-10
嘉永7年.閏7 福源寺大成より奉差上候再返答書写(一色脇御百姓甚右衛門三男次五右衛門分家家作出入ニ携リ、荷担腰押福源寺大成より奉申上再返答書写) 一色村福源寺 大成外 御吟味 御役所 1冊 A8-(1)-11
嘉永7年11月 上 大成之再三返答ヒカヘ(一色村福源寺大成儀、村方次五右衛門家作出入ニ携リ一件) 同村同断(一色村頭分五嶋姓)久衛門外 御吟味 御役所 1冊 A8-(1)-12
嘉永7年12月5日 上(乍恐以口書奉願上候 一色村脇御百姓甚右衛門義三男次五右衛門分家之家作村法ニ障リ候一件)【下書】 一色村頭分五嶋姓藤左衛門外 御代官 御役所 1冊 A8-(1)-13
安政2年3月 上 写再三返答書外ニ一冊添(一色村名主久右衛門并外三人之者より治五右衛門家作一件ニ付故障申出候由) 一色村福源寺 大成 寺社御吟味懸リ御役所 1冊 A8-(1)-14
安政2年9月 上 本引得(乍恐以口書尚又奉歎願候 一色村福源寺大成義村方甚右衛門三男治五右衛門分家之家作出入ニ携一件) 同村同断(一色村五嶋姓)名主 久右衛門外3人 御吟味御役所御代官御役所 1冊 A8-(1)-15
年月日未詳 (断簡 禄)     1枚 A8-(1)-16
(享保2年)~(享保6年) (覚 庄兵衛、享保二丁酉年、高四拾八石弐斗三升弐合七勺、同年高壱石七斗壱升七合五勺半六外)【A8-(1)-17~20は折り重ねてあった】     1枚 A8-(1)-17
享保20年~文化9年 (覚 元文二戸田内記様勝手御用書帳壱冊書状五通、享保二十証文三通、世代書壱通、桃之介より勘兵衛へ預ケ置、八月十二日外)     1枚 A8-(1)-18
年月日未詳 (口上 一色村ニおゐて五嶋姓之外頭立之者決て無御座候処、後藤姓抔出顕候は大成不埒至極ニ奉存候)     1枚 A8-(1)-19
年月日未詳 (口上 福源寺義ハ私本家開基ニ御座候、其後他寺へ檀那寺替仕候、昨丑年之儀ハ余リ迚ハ法外手万当家ニ対し不相応之斗相工之候、大成等住職為致置候てハ、村人共え差支候)     1枚 A8-(1)-20
弘化3年9月 乍恐以書付奉歎願候(一色村菊右衛門今般居宅取繕ひ、久右衛門外三人より郷例ニ差障リ候趣ヲ以御訴訟奉申上、召出訴訟面御利解被仰渡候)【A8-(1)-21~26は紙袋で、A8-(1)-21~22は包紙で一括してあった】 一色村頭御百姓渡部姓 菊右衛門外4人 御代官 御役所 1通 A8-(1)-21
弘化3年9月 宝暦五乙亥年五月廿九日 奉納御棟札藤原末孫棟梁(弘化三丙午年九月福源寺より写取之鐘撞堂棟礼也) 加納久左衛門正義外2人   1枚 A8-(1)-22
年未詳.3月 (手紙 長九郎義近年不安意罷成候ニ付、庄兵衛殿御頼母子講御無心申上候処、近年之内大分之御損被遊候)【包紙あり・破れあり】 一色村淨信 安藤友右衛門 1通 A8-(1)-23
戌.7月10日 口上之覚(不役金当リ金子才覚ニ難儀仕候、我等当リ分金壱分ニて御座候、米払切候間何とそ壱分御かし可被下候)【破れあり・A8-(1)-24~26は包紙で一括してあった】 一色久右衛門 安藤友右衛門 1通 A8-(1)-24
年未詳.11月11日 (手紙 私儀ハ兼て御断申上候通リ、近年殊之外差詰リ、必至と行当難義仕候、何とぞ前方より申上候通、田地御取可被下候)【破れあり】 一色庄兵衛 安藤友右衛門 1通 A8-(1)-25
年月未詳.18 (手紙 私取次申候金子共毎朝催促ニ自分ニも廻リ候、兄弟共又ハ半六等取リ遣申候得共、少も埒明不申候)【虫損あり】 五嶋庄兵衛 安藤友右衛門 1通 A8-(1)-26
(弘化3年)10月12日 覚(一色村名主久右衛門外三人共御用之儀有之候間、明十三日四ツ時無遅滞附添罷出可被申候)【A8-(1)-27~31は紙紐で一括してあった】 御代官 室村 名主 所三郎 1通 A8-(1)-27
(弘化3年)10月12日 (添書 別紙之通被仰渡候間、此段御承知明十三日四ツ時已前ニ私方へ御出勤被下候) 室村 名主 松野所三郎 一色村 御名主五嶋久右衛門 1通 A8-(1)-28
弘化3年10月12日 乍恐奉差上候御請書之覚(一色村菊右衛門居宅表通ニ庇御出屋根板屋葺仕候処、五嶋姓頭百姓久右衛門外三人より郷法ニ相懸リ候ニ付元形ニ取払候様申来リ候、右之通添書奉差上候)【下書】 附添笠縫別支配名主惣次郎 一色村 御名主五嶋久右衛門 1通 A8-(1)-29
(弘化3年)10月13日 (差紙 今日請書差出し候処、附紙之文言相除明日四ツ時差出可被申候)【A8-(1)-30~31は包紙で一括してあった】 御代官 一色村 名主 久右衛門 1通 A8-(1)-30
弘化3年10月 乍恐御請書奉差上候(一色村脇百姓礒八弟菊右衛門、今般居宅表通笹板葺庇取繕ひ、郷法ニ差支候間元形ニ取払候様申渡候)(奥書あり)【下書】 一色村五嶋姓百姓藤左衛門外3人 御代官 御役所 1通 A8-(1)-31
延享1年6月~嘉永6年8月 (諸覚綴 一色村丈四郎・利右衛門儀頭分之者ニ有之候哉御尋・丈四郎病身・源四郎名字・一色村甚右衛門分家普請・甚右衛門方へ福源寺より認遣書一件外)【A8-(1)-32~34は折り重ねてあった】 一色村頭分御百姓藤左衛門外 御代官 御役所外 1綴 A8-(1)-32
嘉永6年6月 返答書(八月廿一日御役所え被召出為御読聞被下置候返答書写 乍恐御糺ニ付返答書を以奉申上候)(奥書あり) 一色村 頭御百姓 甚右衛門外1人 御代官 御役所 1冊 A8-(1)-33
年月日未詳 乍恐以書付再返答奉差上候(一色村脇百姓甚右衛門三男別家次五右衛門新家庇取繕ひ候処、郷例ニ差支申候ニ付取払之儀出訴奉申上候)     1冊 A8-(1)-34
弘化3年8月9日 弘化三丙午歳八月九日 庇為取払訴訟面并請書 一色村下御百姓菊右衛門居宅【包紙・紙袋あり】 一色村 頭御百姓藤左衛門外 御代官 御役所外 1冊 A8-(1)-35
弘化3年8月9日 弘化三丙午歳八月九日 先年福田村より彦市と申者一色村え引越来候節召連候家来之者 一色村平百姓菊右衛門居宅庇取繕ひ差障諸書類(四代目五嶋久右衛門源頼憲控) (一色村頭御百姓)名主 久右衛門外 御代官 御役所 1冊 A8-(1)-36
弘化3年10月 乍恐御請奉差上候(一色村脇御百姓礒八義別家菊右衛門儀、先年同村久右衛門引得屋敷借請家作仕住居罷在候一件)(奥書あり)【A8-(1)-37~39は紙紐で一括してあった】 (一色村五嶋姓)本家筋 名主久右衛門 外3人 御代官 御役所 1通 A8-(1)-37
弘化3年10月 乍恐奉差上御請書覚(私儀一色村御百姓礒八弟ニて久右衛門引得屋敷借請住居仕、今般居宅表通リ土瓦下地庇取拵候ニ付御訴訟被申上候)(奥書あり) 一色村御百姓本人 菊右衛門外4人 御代官 御役所 1通 A8-(1)-38
(弘化3年10月) 乍恐奉差上御請書之覚(私儀一色村御百姓礒八義ニて久右衛門引得屋敷借請住居仕、今般居宅表通リ土瓦下地庇取拵ヘ、郷法ニ相拘リ候付、御訴訟被申上候)     1通 A8-(1)-39
嘉永6年4月 乍恐以書付奉願上候(何卒甚右衛門被召出本家庇新家庇別家筋之者庇共速皆取払都て先前之通相心得家作直シ、向後我意を不相働村法屹相守可申旨、厳重御理解被成下置候) 一色村頭分御百姓藤左衛門 外3人 御代官 御役所 1通 A8-(1)-40
嘉永6年9月 乍恐以書付再返答奉差上候(今般伝左衛門より返答書奉差上候ニ付、私共被召出為聞御読被成下置候処、以之外相違之申上方其上私共之儀彼是書綴リ有之余リ迚は法外之儀ニ付始末乍恐奉申上候) 一色村五嶋姓頭分御百姓藤左衛門 外3人 御代官 御役所 1綴 A8-(1)-41
安政2年10月 一色村甚右衛門伝左衛門返答書(一色村福源寺大成儀村方甚右衛門三男治五右衛門分家之家作出入ニ携混雑候) 一色村頭百姓 後藤姓甚右衛門 外1人 御吟味 御役所 1冊 A8-(1)-42
安政4年.閏5 差出申内済証文之事(一色村甚右衛門三男治五右衛門分家為仕候処、家作之儀五嶋姓より差障り候)(奥書あり)【包紙あり】 一色村頭分五島姓丈次郎外10人 御声懸リ立入人大垣 浄円寺外1人 1通 A8-(1)-43
(1)文久1年12月22日
(2)文久1年12月24日
覚((1)一色村名主庄兵衛、御組込御普請掛惣代并高渕川浚御普請掛リ出精、且去夏堤切所水除留中骨折ニ付、他所苗字帯刀被差許之同列之末席被仰付之候 (2)右之通被仰渡候)【包紙2枚あり】 (1)御年寄(2)郡奉行 (2)河村忠之進 外1人 1通 A8-(1)-44
文久1年12月 文久元辛酉年十二月吉日 酉冬他所蒙苗字帯刀御歓ひ帳 五嶋庄兵衛頼業   1冊 A8-(1)-45
文久2年4月 乍恐以書付奉願上候(一色村藤左衛門安八郡切石村喜右衛門方え由緒御座候処、同人男子無御座、藤左衛門三男源内養子仕度段相望申候)(奥書あり)【包紙あり】 一色村 願主藤左衛門外2人 御代官 御役所 1通 A8-(1)-46
(文久2年)12月18日 覚(一色村名主庄兵衛御用之義有之候間、十九日四ツ時寄合場え罷出候様)【A8-(1)-47~48は2枚の包紙で一括してあった】 郡奉行 河村忠之進外1人 1通 A8-(1)-47
(1)(文久2年)12月18日
(2)(文久2年)12月19日
覚((1)一色村名主庄兵衛、去冬和宮様御通輿之節、惣代骨折相勤候付、為褒美向後苗字者次席被仰付之候旨可被申渡候 (2)右之通被仰渡候間、此旨申渡可有之) (1)御年寄(2)郡奉行 (2)河村忠之進 外1人 1通 A8-(1)-48
(文久3年)12月25日 覚(一色村名主庄兵衛御用之儀有之候間、明後廿七日四ツ時寄合場え罷出候様御申渡可有之候)【A8-(1)-49~50は2枚の包紙で一括してあった】 郡奉行 石崎喜多右衛門 1通 A8-(1)-49
(1)(文久3年)12月26日
(2)(文久3年)12月27日
覚((1)一色村名主庄兵衛、西川通水行模様替御普請懸リ申付候処、骨折相勤候ニ付、為御褒美苗字被差許之同列之末席被仰付之候 (2)右之通申渡可有之候) (1)御年寄(2)郡奉行 (2)石崎喜多右衛門 1通 A8-(1)-50
(1)(元治1年)12月24日
(2)(元治1年)12月26日
覚((1)五嶋久右衛門及老年候、忰庄兵衛え継目仕度旨願之通被仰付之候、久右衛門御用向貞実相勤候ニ付、向後苗字他所帯刀者席被仰付之候 (2)右之通被仰渡候)【A8-(1)-51~52は包紙で一括してあった】 (1)御年寄(2)郡奉行 (2)石崎喜多右衛門 1通 A8-(1)-51
(元治1年)12月25日 覚(一色村五嶋久右衛門・五嶋庄兵衛、共御用之儀有之ニ付、明廿六日四ツ時寄合場え罷出候様御申渡可有之候) 郡奉行 石崎喜多右衛門 1通 A8-(1)-52
(慶応2年)6月9日 覚(一色村名主五嶋庄兵衛御用之儀有之候間、明十日四ツ時寄合場え罷出候様御申渡可有之候)【A8-(1)-53~55、A8-(1)-53~54は包紙で一括してあった】 郡奉行 松村芝右衛門 1通 A8-(1)-53
(1)(慶応2年)6月9日
(2)(慶応2年)6月10日
覚(一色村五嶋庄兵衛調達金掛リ并郷夫世話役出精相勤、西川通御普請格別骨折、為御褒美帯刀被差許 (2)右之通被仰渡候間、此旨申渡可有之) (1)御年寄(2)郡奉行 (2)松村芝右衛門 1通 A8-(1)-54
(1)(慶応2年)6月9日
(2)(慶応2年)6月10日
頼業帯刀被仰付候御指紙之写(覚 (1)一色村五嶋庄兵衛御用之儀有之、寄合場え罷出候 (2)為御褒美帯刀被差許) 郡奉行 松村芝右衛門 1枚 A8-(1)-55
慶応2年6月 慶応二丙寅年六月日 松圃亭五嶋庄兵衛頼業帯刀拝受御歓ひ帳(覚・御指紙写) 郡奉行 松村芝右衛門 1冊 A8-(1)-56
年月日未詳 (家作ニ付覚 一色村脇百姓平右衛門一件・平右衛門弟又兵衛忰又八一件・一色村脇百姓礒八一件)     1綴 A8-(1)-57止
A8 社会 (2)習俗
文政7年8月 一札之事(此度私共御神事灯籠之儀ニ付、彼是申過無調法至極ニ候、以来御祭礼之義ニ就てハ一切差出申間敷候)【包紙あり】 一色村本人 甚右衛門外3人 村方御衆中若御連衆 1通 A8-(2)-1
天保4年11月7日 天保四癸巳歳霜月七日 新御書志記帳(東本願寺宗志記帳、廿二日講、種穂志 外) 濃安八郡一色村廿二日講中   1冊 A8-(2)-2
年月日未詳 (弐朱五匁五分六厘外、〆壱両壱分弐朱七匁弐分三リ)【A8-(2)-2のこよりに縛ってあった】     1枚 A8-(2)-3
嘉永1年11月 嘉永元申歳十一月日 講帳(定 懸金座かけの事・講会毎年十一月相勤候事外)     1冊 A8-(2)-4
安政6年4月11日 安政六己未歳四月十一日 流行御鍬祭り相勤諸事記帳 一色村   1冊 A8-(2)-5
慶応4年 慶応四辰年大小(大勝利、かねてよりう八(わ)さも高き薩長士、三五十(みごと)ニかつて霜のよろこび・小敗軍、正四なり極言四(きめし)会津もミなはつれ、けい喜もおちて六かふ勢も七九)     1枚 A8-(2)-6
年月日未詳 乍恐以書付奉申上候(私義、来正月四日年始御礼として六ツ時、罷出候様被仰渡下度、難有奉畏出勤可仕候)     1通 A8-(2)-7止
A8 社会 (3)災異
文政5年2月4日 一札之事(此度私娘しゆん上京仕候ニ付、戻リ鳥井本宿より病気差おこり、早速利吉迎ニ遣シ、段々病気差おもり、着後此方ニて病死仕候)【虫損あり・包紙あり】 一色村親源十郎外3人 御役人衆中 1通 A8-(3)-1
酉.1月8日(文政8年) 乍恐以書付御注進奉申上候(当村甚兵衛儀、今夜九つ時頃軒下ニ取置候灰ほこり居宅焼失仕并隣家利右衛門類焼仕候)【A8-(3)-2~7は2枚の包紙とこよりで一括、A8-(3)-2~3は折り重ねてあった】 一色村名主 甚左衛門 御代官 御役所 1通 A8-(3)-2
文政8年1月9日 (甚兵衛居宅出火一件 火元口書控・類焼口書控・付火等ニては無御座自火ニ紛無御座ニ付口書) 一色村火元甚兵衛外 御代官 御役所 1通 A8-(3)-3
文政8年1月9日 (火元及び類焼居宅絵図) 一色村 御百姓代惣右衛門外2人 御代官 御役所 1枚 A8-(3)-4
文政8年1月23日 覚(米壱石弐斗八升六合、居宅類焼ニ付御定之通当春勘定之節被下之候)【A8-(3)-5~7は包紙で一括してあった】 郡奉行 岩井唯右衛門 1通 A8-(3)-5
年未詳.2月23日(文政8年) (添書 別紙之通申来候間、得其意請書覚書可被申候) 御代官 一色村 名主中 1通 A8-(3)-6
文政8年1月24日 仕上ル御請書之覚(米壱石弐斗八升六合、右は居宅類焼ニ付御定之通当春勘定之節被下之候) 一色村 五人組頭利右衛門外1人 御代官 御役所 1通 A8-(3)-7止
A8 社会 (4)救恤
寛政1年2月23日 覚(米弐百五拾俵、内百俵、当勘定被下之七拾五俵宛、戌亥弐年賦被下之、一色村名主甚七及困窮ニ、御救米願差出、格別之訳を以願之通被下之候)【A8-(4)-1~2は2枚の包紙で一括してあった】 郡奉行 藤江彦之丞 1通 A8-(4)-1
(寛政1年)2月23日 (添書 別紙之通申来候間、得其意可被申候) 御代官 一色村 名主 甚七方 1通 A8-(4)-2
嘉永2年.閏4月6日 覚(米壱俵、一色村名主久右衛門外、〆弐俵、社倉え差加え度旨相願之奇特之事候、願之通御申渡可有之候)【A8-(4)-3~4は包紙で一括してあった】 郡奉行 五十川三吾 1通 A8-(4)-3
嘉永2年.閏4月6日 (添書 別紙之通申来候間、得其意請書差出可被申候) 御代官 一色村名主中 1通 A8-(4)-4
安政6年2月27日 一札(此度秤御改ニ付当村諸秤御改請候秤之外所持之者決て無御座候)【A8-(4)-5~7は包紙で一括してあった】 安八郡一色村名主 五嶋久右衛門 秤御改御役人中 1通 A8-(4)-5
安政6年2月 差入申一札之事(今般秤御改ニ付諸秤共差出御改請候様被仰聞候間、奉畏私共組合中所持罷在候分不残御改受候)【二枚に剥離】 一色村組親 甚助外9人 一色村御役方五嶋久右衛門 1通 A8-(4)-6
安政6年4月 差入申一札之事(今般秤御改ニ付諸秤共皆差出御改請候様被仰聞候間、奉畏私共組合中所持罷在候分不残御改請申候) 与市新田村御百姓祖親 喜平外11人 与市新田村御役方 一色村五嶋久右衛門 1通 A8-(4)-7
嘉永5年5月14日 (差紙 御貸付金年済候間、五月可相納分左之通、来ル九日八ツ時返納有之様取計可被申候)【包紙あり】 御産物役所 一色村 名主中 1通 A8-(4)-8
(万延1年5月11日) 覚(米五斗宮村、代銭七貫四百五拾六文、米〆六石壱斗銭〆九拾壱貫四拾五文、但壱合ニ付銭拾四文三分四厘、壱人ニ付弐合五勺宛)【A8-(4)-9~13,9~10は包紙で一括してあった】     1通 A8-(4)-9
(万延1年5月11日) 乍恐(此度私共村々え御堤切入難渋仕候ニ付、御出張被成下置格別之御仁恵を以御赦米末々銘々え被下置、冥加至極難有仕合奉存候)【雛形】 何村何之誰   1通 A8-(4)-10
(万延1年)6月3日 覚(米三石五斗八升一色村、右は今般洪水ニて極難渋之趣相聞え候付、別段之訳を以為御手当書面之通代銀を以被下之候)【A8-(4)-11~12は包紙で一括してあった】 郡奉行 岩田万蔵 1通 A8-(4)-11
(万延1年)7月3日 覚(米六斗弐升与市新田、右は今般洪水ニて難渋之趣相聞え候ニ付、別段之訳を以為御手当書面之通代銀ニて被下之候) 郡奉行 岩田万蔵 1通 A8-(4)-12
万延1年8月23日 覚(米七斗、一色村久右衛門分、内弐斗御回復御手限中御借米残て五斗定引代米外、右は夫々年賦明ニ付当申より戌迄三年賦年延相願之聞届為御救願之通申付候) 郡奉行 岩田万蔵 1通 A8-(4)-13
文久2年6月 文久二壬戌年六月 安政五午極月御拝借米并御救米取調帳     1冊 A8-(4)-14
慶応2年10月7日 覚(米壱斗、一色村七左衛門、右は暴風ニて居宅及潰候付為御赦書面之通去丑年御物成米之内を以被下之候)【二枚に剥離】 郡奉行 松村芝右衛門外1人 1通 A8-(4)-15
年月日未詳 (差紙 其方拝借金当五月廿日納分、廿六日正八ツ時無遅滞相納可被申事)【包紙あり・二枚に剥離】 御産物役所 一色村藤左衛門 1通 A8-(4)-16止
A8 社会 (5)騒擾
文禄3年10月20日~寛文8年8月 (矢道・榎戸・青野三ヶ村野論取?一件 寛文六年榎戸矢道両村と不破郡綾戸村野論訴状之写外)【A8-(5)-1~27は包紙と紙紐で、A8-(5)-1~8は帯紙で一括してあった】 不破郡矢道村庄屋 惣左衛門外 御奉行所 1冊 A8-(5)-1
延享2年5月 乍恐以返答書申上候(此度御領分矢道村并尾州御領榎戸村之御百姓野論之儀、笠松御役所え御訴訟被申上) 不破郡青野村年寄 久右衛門外2人 大垣 御役所 1通 A8-(5)-2
延享2年7月 乍恐口上書を以申上候御事(御領分矢道村并尾州御領榎戸村之御百姓先達て申上候野論之義、此度再返答書を以笠松御役所迄被申上候) 不破郡青野村年寄 久右衛門外4人 大垣 御役所 1通 A8-(5)-3
延享4年4月 乍恐返答書申上候御事(青野村去ル丑三月五日芝草仕罷有候処、尾州御領榎戸村之百姓中七人被参、理不尽ニ農具大奪取被申候ニ付) 信楽御支配所不破郡青野村庄屋 丈助外3人 大垣 御役所 1通 A8-(5)-4
宝暦2年7月18日 取?済証文之事(此度御料青野村と尾州御料榎戸村、大垣御料矢道村と野論出来ニ付、双方御役所様より我等共え取?被仰付候)(奥書あり) 大垣御料 取?人一色村 名主久右衛門外5人 青野村庄屋中 1通 A8-(5)-5
宝暦2年7月 証文之事(此度青野村と野論之儀、各方御取?ニて済口証文之通双方相済)(奥書あり) 榎戸村 庄屋 七郎兵衛外3人 御取?衆中 1通 A8-(5)-6
宝暦2年7月 証文之事(矢道村榎戸村と野論之儀此度、各方御取扱ニて済口証文之通双方致事済)(奥書あり) 青野村 庄屋 丈助外2人 御取?衆中 1通 A8-(5)-7
年未詳.10月23日 (手紙 矢道榎戸出入之儀、去冬より段々御世話之趣致承知候、然共いまた埒明不申候由、依之御内談申度、西光寺方迄御出可被下候)【包紙あり】 西光寺老僧 一色村久右衛門外1人 1通 A8-(5)-8
宝暦2年7月 証文之事(矢道村榎戸村野論之儀、此度各方御取扱別紙済口証文之通リ双方致事済)【A8-(5)-9~14は帯紙で一括してあった】 青野村 庄屋外1人 取?衆 1通 A8-(5)-9
宝暦3年3月16日 乍恐口書を以申上候〔 〕(青野村と矢道村榎戸村野論之節、進用金割賦之儀ニ付)【虫損あり】 一色村 名主 久右衛門 村田茂左衛門 1通 A8-(5)-10
寅.8月6日(宝暦8年) 差上申一札之事(此度不破郡青野村野方御改ニ付各様御越被成、右場所ハ先年榎戸村、矢道村と青野村と争論有之、私共取?ニて内済仕)【三枚に剥離】 一色村 名主 久右衛門外5人 青木次郎九郎様御手代樽見信右衛門外1人 1通 A8-(5)-11
寅.8月6日(宝暦8年) 指上申一札之事(尾州御領榎戸村、大垣御領分矢道村と青野村先年争論ニ及、其後取?ニて争論ハ相止候得共、地境不分明ニ付右三ヶ村立会地境相立候様被仰候)【三枚に剥離】 御料青墓村庄屋取?人 惣次郎外5人 樽見信右衛門外1人 1通 A8-(5)-12
寅.8月7日(宝暦8年) 差上申一札之事(済口証文之趣を以相談取懸リ候処、榎戸矢道両村より申候ハ何れも歩合ニ相懸リ候てハ得心難成、勿論地所相分ケ候と申儀ニ候得ハ実ニ納済ニて了簡致)【三枚に剥離】 尾州領不破郡榎戸村庄屋 七郎兵衛外5人 青木次郎九郎様御手代樽見信右衛門外1人 1通 A8-(5)-13
年月日未詳 乍恐口書を以申上候覚(矢道村榎戸村野論之節、進用金割賦之儀ニ付下書)     1通 A8-(5)-14
宝暦6年6月 一札之事(三月十六日夜拙者米致紛失候処、貴僧屋敷之内ニ疑敷儀も御座候ニ付)【A8-(5)-15~27は帯紙で、A8-(5)-15~20は折りたたんで一括してあった】 徳光村 作左衛門悴喜兵衛外1人 長源寺外1人 1通 A8-(5)-15
宝暦6年6月 一札之事(三月十六日夜拙者米致紛失候処、貴僧屋敷之内ニ疑敷儀も御座候ニ付)【下書】 徳光村 作左衛門悴喜兵衛外1人 長源寺外1人 1通 A8-(5)-16
子.6月27日(宝暦6年) 納得証文之事(此度長源寺新発意弁応作左衛門子息喜兵衛出入之儀) 村方 惣中   1通 A8-(5)-17
(宝暦6年6月27日) 納得証文之事(此度長源寺新発意弁応作左衛門子息喜兵衛出入之儀)【下書】     1通 A8-(5)-18
宝暦6年6月 済証文之事(此度拙僧新発意弁応と名主作左衛門世悴喜兵衛不慮之出入致出来、既ニ御公裁ニ可相成)【下書】 徳光村長源寺新発意 弁応外1人 久右衛門外4人 1通 A8-(5)-19
(宝暦6年) 一札之事(此度不慮之出入出来仕長源寺より願書被差上候処、御公裁ニ相成候)     1通 A8-(5)-20
宝暦6年6月 一札之事(三月十六日夜、拙者米致紛失候処、貴僧屋敷之内ニ疑敷儀も御座候)【下書】 徳光村作左衛門悴喜兵衛外1人 長源寺 新発意 弁応外 1通 A8-(5)-21
子.6月(宝暦6年) (奥書 右之趣村方御百姓中被相頼候ニ付、御願申上致御挨拶内済ニて双方納得ニ付、致奥印差遣申候) 一色村 名主久右衛門外4人 長源寺外1人 1通 A8-(5)-22
(宝暦6年) 証文之事(三月十六日夜、拙者米致紛失候趣、長源寺屋敷内ニ取残し候米有之候ニ付、寺中え疑懸ケ候)【下書】 (徳光村作左衛門悴 喜兵衛)   1通 A8-(5)-23
(宝暦6年) (昨十六日徳光村え罷越村方惣百姓中相招私共申談候ハ、此度長源寺作左衛門出入之儀、御公裁ニ罷成候てハ御吟味重相成リ、村方甚難儀之節ニ相見へ申候)【下書】     1通 A8-(5)-24
(宝暦6年) 一札之事(此度不慮之出入出来仕長源寺より願書被差上候処、御公裁ニ相成候てハ御吟味も重ク御座候趣承知仕、迷惑存候)     1通 A8-(5)-25
(宝暦6年) 済証文之事(此度誰と拙者出入之儀御慈悲を以郷内名主中取扱被仰付可被下置候)【下書】     1通 A8-(5)-26
(宝暦6年) (奥書 右之趣村方御百姓中より被相頼候ニ付、御願申上致御挨拶内済ニて惣方納得ニ付、致奥印差遣申候)【前欠】 久右衛門外4人 長源寺外1人 1通 A8-(5)-27
享保17年7月12日 乍恐御注進書之覚(当村壱人居者、当分之暮方ニ迷惑仕、居申所しれ不申候ニ付申上)【A8-(5)-28~44は包紙で一括してあった】 一色村 名主 久右衛門 外1人 竹中吉左衛門 1通 A8-(5)-28
享保20年5月 一札之事(私世忰幸助殊之外ふこう者、其上作方等も不致候、宗門御帳面御払人ニ被成被下候) 福源寺 隠居 了玄 名主久右衛門 外2人 1通 A8-(5)-29
元文3年3月21日 乍恐口書を以申上候覚(当村福源寺世忰幸介昨時ニて住持了恵と口論仕ニ付、委細御尋被為遊候ニ付、口上書ヲ以申上候) 一色村 名主 久右衛門 外1人 井道祖右衛門外1人 1通 A8-(5)-30
元文3年3月21日 仕上ル口書之覚(昨日福源寺住持と幸助口論仕候趣、私近所ニ罷有候処御尋被為遊候得共、口論之子細不奉存候) 一色村新七 御横目梅田斎右衛門外1人 1通 A8-(5)-31
元文3年3月21日 乍恐口書之覚(世忰幸助義家出仕行衛相知れ不申候一件) 一色村 福源寺隠居 了玄 梅田斎右衛門外1人 1通 A8-(5)-32
元文3年3月21日 乍恐口上書之覚(私儀父了玄と不愛ニ付六年以前丑ノ年三月三日ニ寺出申、翌年中野元村親類方ニ居申候) 一色村幸助 御横目梅田斎右衛門 1通 A8-(5)-33
元文3年3月21日 (御代官様脇差一盛 御書付之写引得)【虫損あり】     1通 A8-(5)-34
元文3年3月28日 乍恐口書之覚(拙僧娘中町武右衛門方ニ居申候処、先頃御尋被遊候節、呼ニ遣し不申候由申上候処、此度御吟味被為仰付候ニ付、見舞ニ参申候哉又ハ呼ニ遣シ申候哉) 一色村 福源寺隠居 了玄 寺社御奉行所 1通 A8-(5)-35
元文3年4月7日 乍恐口書を以申上候(福源寺住持了恵儀、口論仕立去リ、近辺ハ不及申上所々遠方迄相尋申候得共、有所今日迄相知レ不申候) 一色村 名主 久右衛門 外1人 井道祖右衛門 1通 A8-(5)-36
午.5月17日(元文3年) 親類之覚(私甥中ノ元村甚左衛門外五人、此外ニ親類無御座候) 福源寺 隠居 了玄 木戸一色村 名主 久右衛門外1人 1通 A8-(5)-37
元文3年5月17日 乍恐口書を以申上候覚(当村福源寺住持了恵兄幸助と口論仕、此度御役所様え被召出、委細被為遊御尋候ニ付口書を以申上候)【二枚に剥離】 一色村 名主 久右衛門 外1人 井道祖右衛門 1通 A8-(5)-38
元文3年5月17日 乍恐口書を以申上候覚(福源寺親類御吟味被為仰付、隠居了玄え委細相尋、乍恐書付差上申、了玄甥中野元村甚左衛門外) 一色村 名主 久右衛門 外1人 井道祖右衛門 1通 A8-(5)-39
元文3年8月26日 仕上ル御請証文之事(一色村福源寺幸助不行跡者ニ付、御城下御領分中住居仕間敷)【下書】 一色村 名主 久右衛門 外1人 和田平四郎 1通 A8-(5)-40
元文3年8月26日 一札之事(木仏尊像・祖師聖人御影外、一色村福源寺什物預申候) 専光寺流順 和田平四郎 1枚 A8-(5)-41
(元文3年) 乍恐口書を以申上候覚(福源寺住持了恵兄幸助と当三月廿日ニ口論仕候ニ付)【後欠】     1通 A8-(5)-42
(元文3年) (福源寺住持了恵兄幸助と口論仕候一件、了恵脇差ニて幸助え疵付候)【前欠・二枚に剥離】     1通 A8-(5)-43
年月日未詳 覚(一色村福源寺住持了恵儀、三月廿日ニ兄弟口論致し、従御地頭様相尋出候様ニ被為仰付候)【二枚に剥離】     1枚 A8-(5)-44
元文3年8月26日 福源寺什物付之事(木仏尊像外、右は一色村旦那中へ御預リ置申候)【破れあり・包紙あり・A8-(5)-45~50は包紙で一括してあった】 久右衛門外1人 寺社御奉行衆 1通 A8-(5)-45
(元文3年)8月26日 覚((1)福源寺隠居了玄、世忰幸助儀兼て不行跡者ニ付追出シ、宗門帳ニ相除候様ニ相願一件 (2)右之通被仰渡候)【包紙あり・三枚に剥離】 (1)御城代(2)郡奉行 ((1)福源寺隠居 了玄(2)和田平四郎 1通 A8-(5)-46
午.8月26日(元文3年) 覚((1)兼て不行跡者ニ付、我侭之働有之由、今度御追放被仰付御城下拾里四方御領分住居仕間鋪候 (2)右之通被仰渡候)【包紙あり・二枚に剥離】 (1)御城代(2)郡奉行 ((1)一色村 幸助)(2)和田平四郎 1通 A8-(5)-47
(1)(2)(元文3年)8月26日 (差紙 (1)一色村福源寺了恵儀、兄幸助と及論争手負立去リ一件 (2)右之通被仰渡候)【A8-(5)-48~49は包紙で一括してあった】 (1)御城代(2)郡奉行 (2)和田平四郎 1通 A8-(5)-48
(元文3年)8月26日 (添書 御別紙之通被仰渡候) 御代官 一色村名主・五人組頭惣百姓 1通 A8-(5)-49
年未詳.4月13日 (差紙 一色村福源寺住持了恵致退去候ニ付、当宗門手形判形并諸用共木戸村専光相頼度)【包紙あり】 郡奉行 井道祖右衛門 1通 A8-(5)-50
(1)宝暦2年5月8日
(2)年未詳.12月10日
(1)乍恐奉願上口書之覚(長九郎え入方分御高支配被為仰付)(2)乍恐口上申上候(長九郎御未進米本村取かへ米七拾五石余、代金三拾両五匁)【A8-(5)-51~73は紙紐で一括、A8-(5)-51~52は折り重ねてあった】 (1)一色村名主 久右衛門(2)一色村 (1)御奉行衆 1通 A8-(5)-51
年未詳.4月 此間之御物語趣 一色入方長九郎儀去春売物之事(屋敷去春戸田内記様御内安藤六郎太夫殿え代金六両相極、永代証文相認一件外) 一色村   1通 A8-(5)-52
宝暦4年3月28日 仕上御請証文之事(此度長九郎と出入仕候ニ付、御吟味被為遊候処、御裁許相添候迄他行仕間敷候旨被為仰付奉畏候)【A8-(5)-53~54は包紙で一括してあった】 一色村 名主 久右衛門 外3人 村田茂左衛門 1通 A8-(5)-53
宝暦4年3月 乍恐口書を以申上候(新田定米四升四合六勺相違之由、長九郎申上候ニ付、御尋被為遊奉畏候) 一色村 名主 久右衛門 外2人 村田茂左衛門 1通 A8-(5)-54
宝暦4年4月8日 一色入方田畑立合請取申証文之事(二口〆高八拾壱石三斗七升田畑共、此度私共両人へ御渡シ被為仰付、各様方合田場字畝歩相改)【虫損あり・A8-(5)-55~61は包紙で一括してあった】 北方村喜惣次 外5人 一色村 御名主久右衛門 外6人 1通 A8-(5)-55
宝暦4年4月8日 一色入方田畑立合相渡申証文之事(二口〆高八拾壱石三斗七升田畑共、北方村喜惣次・喜十郎え相渡候)【虫損あり】 一色村 名主 久右衛門 外7人 北方村 喜惣次外3人 1通 A8-(5)-56
宝暦4年 仕ル上御請証文(木戸一色長九郎御追放被仰付、妻子村方親類え御預、家屋敷ハ買主え相渡、入方田地八拾壱石三斗七升北方村喜惣次彦十郎え被仰付候)【包紙あり】 木戸一色村久右衛門 外2人 御横目安藤久太郎外1人 1通 A8-(5)-57
戌.4月6日 (指紙 一色入方八拾余石之田地北方村喜十郎・喜惣次え相渡一件)【包紙あり】 御代官 一色村外5ヶ村名主中 1通 A8-(5)-58
年未詳.4月5日 (指紙 其方儀御裁許相添候得は不及相謹候間、被得其意罷出可被申候)【包紙あり】 御代官 一色村 名主久右衛門方 1通 A8-(5)-59
年未詳.4月8日 (指紙 今日八拾余石之御田地為受取候段、喜十郎相届候、其村彦七立合候様ニ仕度) 御代官 一色村 名主中 1通 A8-(5)-60
年未詳.5月7日 (指紙 一色入方長九郎妻子共村方并親類預ニ被仰付置候処、此節農業ニ差懸リ、及難儀候ニ付御赦免之願差出聞届一件)【包紙あり】 郡奉行 村田茂左衛門 1通 A8-(5)-61
弘化3年9月 入方分御高八拾壱石余持主替リ之覚(延宝七未年迄一色村茂右衛門取持仕候、同八申年より江州より引越来長九郎所持ニ成外、天保丈四郎より半地半高福源寺大成之代金ニて相譲) 甚左衛門忰久右衛門 福源寺   1枚 A8-(5)-62
申.3月6日 覚(百三拾五表八升弐合、代金五拾四両銀四匁九歩弐厘、一色入方長九郎、当御未進米御通得分外)     1通 A8-(5)-63
申.4月 (一色入方長九郎出生書)【虫損あり・三枚に剥離・A8-(5)-64~65は包紙で一括してあった】     1通 A8-(5)-64
申.4月 (一色入方長九郎出生書 虫喰不相分様成行候ニ付写いたし申候)     1枚 A8-(5)-65
年未詳.3月19日 (指紙 一色入方長九郎不勝手ニ付本村引得田地井水桁通ニ有之、はんの木五拾四五本有之ニ付、売払賄ニ仕度)【A8-(5)-66~67は包紙で一括してあった】 郡奉行 桑原武右衛門 1通 A8-(5)-66
年未詳.3月19日 (添書 別紙之通申来候) 御代官 一色入方一色村名主中 1通 A8-(5)-67
年未詳.3月20日 (指紙 一色入方長九郎不勝手ニ付本村分引得田地井水桁通リニ有之、壱尺五寸廻リより壱尺廻リ迄之はんの木五拾四五本売払賄ニ仕度)【包紙あり・二枚に剥離】 郷奉行 一色村 名主中 1通 A8-(5)-68
年未詳.4月3日 覚((1)木戸一色村久右衛門、入方長九郎え不筋之仕方在之段。訴出候付吟味之上令対決候処、長九郎申分難相立追放被仰付之候 (2)添書 右之通被仰渡候) (1)御城代(2)郡奉行 (2)村田茂右衛門 1通 A8-(5)-69
年未詳.4月3日 (指紙 木戸一色入方長九郎不届之至候、依之御渡置之田地被召揚御城下五里四方御追放被仰付候) 御城代   1通 A8-(5)-70
年未詳.4月13日 ((1)指紙 一色入方長九郎儀、御免状致質置不届者ニ付、妻子之儀厳敷可被仰付候 (2)添書 右之通被仰渡候)【A8-(5)-71~72は包紙で一括してあった】 (1)御城代(2)郡奉行 (2)田宮庄太夫 1通 A8-(5)-71
年未詳.4月13日 (差紙 一色入方長九郎妻子之儀も厳敷可被仰付之処、以御慈悲其通被差置候) 御代官 一色村・同入方名主中 1通 A8-(5)-72
年未詳.閏.18 (手紙 御年貢之儀被仰下、宮町清七方より御手形四俵出申筈ニ御座候間、先達て其元様へ清七御引合被申候)【虫損あり・包紙あり】 福田村渡辺甚右衛門 一色村五嶋久右衛門 1通 A8-(5)-73
天保8年10月21日 天保八丁酉年十月廿一日 杭瀬川通一色村地先笠縫村受円寺住持了誠変死骸有之御注進奉申上為御検使御役人衆御出張ニ付諸雑費并下用覚帳【A8-(5)-74~86は紙袋で一括してあった】     1冊 A8-(5)-74
(天保8年10月21日) (覚 代金弐分壱朱、本弐分五厘札三分三厘、三斗弐升四合五勺、人足賃米〆外) 【A8-(5)-74に挟んであった】     1枚 A8-(5)-75
酉.10月(天保8年) 肴屋善吉方かよひ写し(一色村御入用 一月廿一日三百五十文白みそ外、合百七匁八分八厘)【三枚に剥離・A8-(5)-76~85はこよりで一括してあった】 さかなや善吉 一色村 1通 A8-(5)-76
酉.10月(天保8年) 覚(十月廿二日、百四拾八文) □□屋清助 一色村御村方 1通 A8-(5)-77
丁酉.12月27日(天保8年) (笠縫村受圓寺御使検諸入用覚 笠縫別支配惣次郎殿有来、諸方御検使入用割御支配御相談相決取替置申候) 一色村名主 甚左衛門 笠縫村 名主 七左衛門外1人 1通 A8-(5)-78
酉.12月27日(天保8年) 十二月廿七日笠縫村入用長左衛門へ差遣申候書出し写(覚 下用百四十壱人、甚左衛門分、同三十三人、福源寺分) 一色村名主 甚右衛門 笠縫村名主 長左衛門 1通 A8-(5)-79
年未詳.10月25日 (一色御村入用覚 十月廿二日、弐百八文、生掛十文廿丁外〆三匁三分五厘) 紋四郎 一色御村 1通 A8-(5)-80
年未詳.10月25日 (一色御村入用覚 十月廿三日、壱包八分、刻上中弐丸) 葉屋 八郎次 一色御村 1通 A8-(5)-81
年未詳.10月29日 (一色村御入用覚 廿一日八文、せうが代外〆札六匁八分、セニ六百七十六文、此札六匁五分弐厘、合拾三匁三分弐厘) 辻屋半三郎 一色村 1通 A8-(5)-82
年月日未詳 覚(三拾三人御役人衆小使共下用外、弐歩札壱匁八分六厘、内合壱歩ト札九分相渡ス) 福源寺 御名主所平 1通 A8-(5)-83
年月日未詳 (廿拾四文、そり弐そく) 一色村繁七   1枚 A8-(5)-84
年月日未詳 (覚 惣〆三百拾八匁九分八厘、此金四両三歩弐朱三匁八分六厘)     1枚 A8-(5)-85
天保8年10月 (天保八丁酉十月 笠縫村受円寺了誠杭瀬川通一色村地先字池ノ川水死致被居候ニ付、御役人衆様御出張有之御改之上仮埋被仰渡始末奉差上書写) 一色村名主甚左衛門   1冊 A8-(5)-86
嘉永5年12月19日 差上申一札之事(南方村十右衛門御奉公ニ被召抱相勤メ候処、与風欲心差起リ御手作籾田場より筵ニ包ミ安直ニ売払代札請取)【包紙あり・A8-(5)-87~92は包紙で一括してあった】 南方村本人 十右衛門外2人 旦那五嶋久右衛門 1通 A8-(5)-87
嘉永5年12月19日 差上申一札之事(荒尾村庄右衛門忰安蔵御奉公ニ被召抱、御給金請取御年貢ニ上納仕相勤罷在候、与風欲心差起リ土蔵内ニ御座候空豆叺入四斗余取出シ売捌キ代札拾匁壱分七厘請取)【包紙あり】 荒尾村奉公人安蔵親 庄右衛門外4人 旦那五嶋久右衛門 1通 A8-(5)-88
嘉永5年12月 差上申一札之事(安蔵被相招御聞糺被成候処、盗取私え売払候旨有体申上明白仕、私迚も一言之申上方無御座、空豆少も不足不致、私より屹御返戻仕候、何卒御用捨被成下度)【包紙あり】 一色村買主 丈四郎外3人 一色村五嶋久右衛門 1通 A8-(5)-89
嘉永5年12月 差上申締リ一札之事(今度御家御召抱ニ被置候奉公人不審敷事共、追々相しれ村方丈四郎并与右衛門え其御家ニて盗品売捌被申候ニ付、夫々締一札被差出候旨いつれも御承知仕候)【包紙あり】 一色村常七外4人 御旦那 1通 A8-(5)-90
嘉永5年12月 差上申一札之事(両人盗取私え売払候者其外味噌溜リ同様有体申上、私も御聞糺と相成右両人より申上候通リ相違無御座、一言之申上方無御座候、買請候籾壱斗其外共急速御返戻仕候) 一色村買主 与右衛門外3人 旦那 五嶋久右衛門 1通 A8-(5)-91
嘉永6年1月 一札証文之事(悪事申含荷担仕候ニ付、見せ心懸リいたし逃去リ奉公不相勤候者明白候ニ付被仰聞候は御田地相続方ニ相抱リ候者、私共一言之申訳無御座誤リ入候)【包紙あり】 一色村本人 菊蔵外2人 一色村久右衛門 1通 A8-(5)-92
安政2年4月 差上申一札之事(私儀八幡宮御神事ニ付、室村甚三郎方縁合ヲ以神輿舁代リ人足ニ被相頼無何心罷出、心得違之儀有之、手錠組預ケ被為仰付相慎罷在候)【下書・A8-(5)-93~95は包紙で一括してあった】 一色村 本人 弥三郎外1人 一色村御役人衆 1通 A8-(5)-93
安政2年4月 乍恐以書付御詫奉申上候(一色村百姓弥三郎儀、室村甚三郎縁合ニ付、八幡宮御祭礼神輿舁人足ニ無何心被相頼罷出候処、心得達之義有之、手錠組預被為仰付) 藤左衛門外7人 御代官 御役所 1通 A8-(5)-94
安政2年4月 御願申一札之事(私儀八幡宮御祭礼ニ付、神輿舁人足可相勤之処、急病相煩一色村弥三郎代リ人足ニ相頼候処心得違之義出来仕、手錠組預ケ被為仰付相慎罷在候、御赦免被成下候様) 室村 当人甚三郎 赤坂筋十八郷御村々御役人衆 1通 A8-(5)-95
元治1年11月 元治元甲子年十一月 子年一色村松甫亭道具預帳(常州辺屯集賊徒甲州路又ハ中山道之方へ脱走、大垣城へも乱入いたし候様専ら申平し、町人家内迄太切之品々諸方へ預ケ) 五嶋貞之進   1冊 A8-(5)-96
(1)(慶応4年).閏4月5日
(2)(慶応4年).閏4月6日
(書状 (1)先頃より西方御勅使宮様御供之大名方操込市中混雑致し、商内丸休同様 (2)江戸六々出町仕方へ 当月二日夜より五日夜迄大合戦、船橋宿・八幡宿・市川宿焼失)     1枚 A8-(5)-97
年月日未詳 本朝国乱之起原(近来異国船渡来、安政六年八月五ヶ国交易差許ニ相成、神奈川・長崎・箱館ニおゐて商人共勝手ニ可遂商売旨被為仰出、交易ますます繁昌いたし候より事起り国乱ニ相成)     1枚 A8-(5)-98止
A9 文化(宗教)
文永9年9月5日 亀山院宣命【A9-1~2は包紙で一括してあった】 大史藤原朝臣基親外1人 大谷留主居職覚恵法師 1通 A9-1
文永9年9月5日 亀山院宣命【虫損あり】 大史藤原朝臣基親外1人 大谷留主居職覚恵法師 1通 A9-2
正徳3年7月27日文政8年3月 福源寺住持了恵儀兄幸助手負いたし立去リ験動之覚     1枚 A9-3
年月日未詳 (福源寺住持隠居了玄并兄幸助共追放夫々十里四方住居仕間敷旨被仰付、空寺と相成、当国小弾正村福応寺弟義暁と申候僧入住相望候ニ付、表向ハ御堂修覆料として金子拾三両ニて売買一件)     1枚 A9-4
年月日未詳 (覚(1)西本願寺宗福源寺、私本家庄兵衛開基之寺ニ御座候(2)私家筋ハ一色村五嶋姓長頭百姓庄兵衛嫡男久右衛門、父庄兵衛より御高四拾三石余分地)     1枚 A9-5
享保2年~文化3年 (住職一覧 福源寺・観応山光泉寺・仏教山受円寺・慈雲山専光寺・浄徳寺)【綴紐紛失】     1綴 A9-6
延享1年6月 (延享年中一札目安書 源四郎名字之儀、ふと□事被申懸候所、源四郎一統得其意不被申出入罷成、依之拙者共御挨拶いたし事相済申候)【A9-7~9は包紙と紙紐で一括してあった】 挨拶人 当役 久右衛門 外1人 藤四郎外3人 1通 A9-7
寛延4年9月 福源寺縁起世代覚(当時往古は天台宗ニて当王宮大社之節別当職有之、文明三年西光と申住持本願寺八代目蓮如上人え勧化ニ致帰依致、浄土真宗ニ罷成) 安八郡一色村福源寺 義暁 寺社御奉行所 1通 A9-8
年未詳.7月22日 覚((1)徳光村百姓半右衛門外、村内長源寺新発意弁応と名主世忰喜兵衛と出入之儀ニ付荷担之趣相聞之入牢申付(2)右之通被仰渡候) (1)御城代(2)郡奉行 (2)田宮庄太夫 1通 A9-9
(延享2年~嘉永7年.閏7) 大成より奉差上再返答書写(一色村次五右衛門分家ニ付差入組候趣故、双方和融為仕度挨拶ニ及候処、当寺え相懸リ種々跡形も無之儀共奉申上候ニ付、縁起世代ニ付奉申上候) 一色村福源寺 大成 御吟味御役所 1冊 A9-10
宝暦9年12月21日 乍恐口書を以奉申上候(西本願寺宗直末寺福源寺本堂東西六間南北五間、境内壱反三畝廿歩内、御年貢地九畝七歩外)【A9-11~17は紙紐で、11~14は包紙と紙紐で一括してあった】 一色村 名主 久右衛門 外1人 寺社御奉行所 1通 A9-11
明和5年2月24日 一札之事(拙僧当御勘定相定不申、くり諸色御田地共村方へ相渡し申所実正也)【虫損あり】 (福源寺 義暁) 一色村 名主 甚七 1通 A9-12
明和5年2月24日 (手紙 当御勘定拙僧不足米之儀、兼て覚悟仕居申、昨日今日ニ急度持参仕印勘定相定可申存候)【2枚】 福源寺義暁 久右衛門外2人 1通 A9-13
明和5年11月 永代売渡申屋敷之事(私東屋敷三畝三歩半、分米三斗七升四合、当暮差詰リ迷惑仕候、代金三両弐分弐朱ニ相極不残請取候) 一色村 売主 福源寺 外1人 甚七 1通 A9-14
天保12年3月 覚(木仏尊像ん、祖師聖人御影外、福源寺宝物類品々、久右衛門方所持旧記ニ委細相認写有之)【A9-15~17は包紙で一括してあった】 (当住 大成)   1枚 A9-15
丑.6月(嘉永6年) (福源寺取持高算用状 高四石九斗八升六合、内高弐升五合御苗場下外、定納合三石三斗七升七合六勺、〆拾壱石五斗八升六合三勺) 一色村 名主   1通 A9-16
寅.2月20日(嘉永7年) (手紙 御頼申上候儀ニ付有様左ニ認差上可申候、御調へ被下度、覚、村分全上納高、未進米銀六拾匁弐分三厘外) 一色村 福源寺 笠縫村 御名主西田惣次郎 1通 A9-17
明和4年.閏9 仕上御請証文之事(高九石三斗弐升八合、一色村潰者共左藤次持高惣作地ニ相成居候処、右高同村福源寺え被下置候様御願申上候処、願之通被下置候) 一色村 願主 福源寺外2人 河村弥三右衛門 1通 A9-18
安永4年2月 譲証文一札之事(御堂、徳養寺持菴地、木仏様并寺号、宜如上人御免外、徳養寺御堂ニ有来候宝物類諸道具立まへ戸障子等迄相印引渡申候)【A9-19~25は紙紐で、A9-19~21は包紙で一括してあった】 濃州安八郡笠木村寺売主 智円外4人 智法 1通 A9-19
安永8年7月 借用申金之事(金子壱両分は元金也、此利足弐割也、当寺相続金ニ差支申候ニ付、慥ニ借用申処実正也) 笠木邑徳養 一色村甚七 1通 A9-20
年未詳.12月13日 口上(一昨十一日ニは金子持参御返金可申上候と御引合申上置候、就夫赤坂与市殿頼置申候訳合も御座候故、来三月切金子借リニ遣シ候処、大晦日之仕上迄は碇と御答難申上と被申ニ付、返金得不申上) 笠木村徳養寺 一色後藤甚七 1通 A9-21
辰.3月27日 乍恐口書を以申上候(金百両、此度被為仰付候御用金御用次第ニ御上納可仕候)【破れあり】 一色村 名主 甚七 御代官 御役所 1通 A9-22
辰.12月2日 覚(文金百両ハ辰三月元、同九両ハ右之利同十一月迄九ツ月分利足月壱歩定、元利被成御返弁請取申候) 一色村 名主 甚七 別御勘定御奉行衆 1通 A9-23
巳.12月 覚(文金百両辰十二月元、同拾三両右之利巳十一月迄十三月分利足月壱歩定、元利御返弁被為遊被下置難有御請取奉申上候) 一色村 名主 甚七 別御勘定御奉行衆 1通 A9-24
午.12月 覚(文金百両巳ノ十二月元、同拾三両右之利午ノ十二月迄十三ヶ月分、利足壱歩定、右之通元利被為遊御返弁御請取申候) 一色村 甚七 別御勘定御奉行衆 1通 A9-25
天明4年8月7日 合印 遠州浜松普大寺【包紙あり】 遠州浜松普大寺 源十郎 1枚 A9-26
文政8年5月13日 覚(蓮如上人八ツ切御名号二幅、一幅ハ隠居頼常太切ニ御守リ一幅ハ貴家ニ御守リ、隠居病死之後甚七娘専光寺流門妻女へ一幅被譲、文政八年五月渡辺彦平方へ冥加金七両ニて相譲)【三枚に剥離】     1枚 A9-27
天保2年1月18日 永代料年券之事(金壱両弐分三朱、永代正五九月十八日并両彼岸中日御膳料慥ニ致高納候)【包紙あり】 谷汲山地蔵院三拾三世 豪真 一色村五嶋増吉 1通 A9-28
(1)天保2年8月1日
(2)天保6年1月5日
(1)天保二辛卯年八月朔日 伊勢村代参講元金貸付覚帳 (2)天保六乙未年正月五日 安八郡一色村代参惣鬮当リ年番記帳 (1)(2)発起五嶋甚左衛門   1綴 A9-29
午.9月26日(天保5年) 覚(銀三枚新御書紙札外、〆銀百六拾八匁七分)【二枚に剥離・A9-30~36は紙袋で、A9-30~32は包紙で一括してあった】 極印所 濃州一色村廿二講中 1通 A9-30
年月日未詳 (覚 惣金四両壱朱ト四拾匁壱分六厘、此金弐歩ト七匁八分四厘、合四両弐歩壱朱ト七匁八分四厘外)     1枚 A9-31
年月日未詳 覚(三匁三分、紫ちりめん外、〆金三歩三朱、銀拾六匁、残四百文、差引残リセニ弐拾七文)     1枚 A9-32
年未詳.9月 (書状 今般御製作御書御免ニ付、受納廿口謝礼) 宗延 濃州一色村廿二講衆中 1通 A9-33
年未詳.10月25日 覚(拾弐匁六分六厘、酒七升・壱匁三分、蔵酒三本、〆拾三匁九分六厘、右之通受取申候) 志□屋清三郎 木戸一色村平右衛門 1通 A9-34
年未詳.10月25日 十月廿五日西派え同行御済出ス御書様御細解志(青札壱匁、西派利右衛門外、〆八匁ト百廿八文、甚助預リ)     1綴 A9-35
年月日未詳 覚(四両弐歩弐朱五匁六分六厘惣〆、内金三両壱歩、誓運寺渡、内弐両弐分弐朱五匁四厘、御書様入用外)     1枚 A9-36
天保6年.閏7月12日 天保六乙未歳閏七月十二日 伊勢外宮御初穂記帳 安八郡一色五嶋甚左衛門源頼貞   1冊 A9-37
弘化3年6月 指出申済口一札之事(妙法事日理致病死、本願寺日経え寺役代判奉願上相勤罷在候処、日経不行届之趣ヲ以旦家惣代ニて赤坂村より御出訴奉申上候)(奥書あり)【A9-38~46は包紙で一括してあった】 訴訟方妙法寺旦家惣代赤坂村 又一外9人 御取?方一色村名主久右衛門 外2人 1通 A9-38
弘化4年2月 口書之覚(赤坂村妙法寺本願寺と差入組御出訴奉申上候)【A9-39~43は包紙で一括してあった】 矢橋宗太郎外2人 御取?所中 1通 A9-39
年未詳.1月22日 (覚 妙法寺寺役代判之儀、実相寺日昶相勤罷在候処、本願寺日経え御願申上同寺并妙法寺旦家惣代より弟子恵正え看坊住職御願可申上事)     1通 A9-40
年未詳.1月23日 (覚 妙法寺後住職之儀、恵正え向時看坊住職御願申上、本願寺日経差図ヲ請取計、惣方熟談之上後住職御願ひ可申上事) 赤坂惣代   1通 A9-41
年未詳.1月24日 口上(昨日酒井様より御召出ニ付、委細申上置候、然ル処只今矢橋氏より別書之趣申参、只今より罷出御相談申上、双方入渡治定仕置度) 宮村中村市左衛門 一色村五嶋久右衛門 1通 A9-42
年未詳.1月24日 (昨日被仰聞候一条都て本願寺え立戻リ候儀ハ檀家一統不承知ニ御座候、此段差含御取計被成下候様御頼) 赤坂矢橋孫作 宮村中村市左衛門外1人 1通 A9-43
年月日未詳 日蓮宗檀林之準(名目、四教義、集解外)【A9-39~43が一括してあった包紙に転用】 (赤坂村 妙法寺恵正)   1枚 A9-44
弘化4年3月 差上申済口一札之事(妙法寺日理致病死、御当地本願寺日経え寺役代判奉願上相勤罷在候処、日経取計方不行届之趣を以妙法寺檀家惣代矢橋宗太郎外より御出訴奉申上候)(奥書あり)【虫損あり】 訴訟方妙法寺檀家惣代赤坂村 亦一外8人 御取?方一色村御名主久右衛門 外2人 1通 A9-45
弘化4年3月 差上申済口之事(妙法寺日理去致病死、本願寺日経え寺役代判奉願上相勤罷在候処、取計方不行届之趣を以妙法寺旦家総代ニて赤坂村御出訴奉申上)(奥書あり)【四枚に剥離・虫損・破れあり】 妙法寺檀家惣代赤坂村 亦一外9人 御取?方舩町 常隆寺日然 外2人 1通 A9-46
弘化4年8月14日 山王大権現八月十五日祭礼幟図(木綿二巾、竪長壱丈九尺八寸・横巾壱尺六寸七分)【三枚に剥離】 五嶋久右衛門源頼憲   1枚 A9-47
嘉永1年9月 乍恐以書付奉願上候(一色村神祭え引続休日之儀、藤左衛門・伝左衛門村役之申条不相用、古法取崩新法企我意働候付、御訴訟奉申上候)【A9-48~49は包紙で一括し木箱に入れてあった】 一色村名主 久右衛門 御代官 御役所 1通 A9-48
嘉永1年9月 締一札之事(一色村山王大権現稲荷大明神諸事規矩有之、一同村中心得違不調法致シ候段、若キ者は不及申子供ニ至迄打寄相互ニ諭し合いつれも承知納得仕候)(奥書あり)【四枚に剥離】 一色村惣御百姓組親藤左衛門 外29人 一色村久右衛門 1通 A9-49
嘉永4年5月 (嘉永四辛亥歳五月 五嶋鎮守正一位稲荷大明神勧請発起社地縄張下絵図)【34.0×24.8・A9-50~51は折り重ねてあった】 (五嶋久右衛門尉源頼憲)   1枚 A9-50
(嘉永4年) (五嶋久右衛門源頼憲居ヤシキノ図 当屋鋪未申ノ方朱引之通、嘉永三戌年冬ヨリ取掛リ同四亥年五月迄出来地土居堀トモ出来)【34.8×24.8】     1枚 A9-51
嘉永4年6月17日 嘉永四辛亥年六月十有七日下帳 鎮護正一位稲荷大明神勧請諸雑記帳 若森郷一色邑領主五嶋久右衛門尉源頼憲   1冊 A9-52
嘉永4年6月17日 嘉永四辛亥年六月十有七日 奉勧請鎮護正一位稲荷大明神御社サヤ図(大工 中久瀬川清七図え木材工出来ニテ代金七両ニ分ト云高金ニ付此図相止メ略シ立ツ)【41.3×34.0】 願主五島久右衛門尉源頼憲   1枚 A9-53
嘉永4年6月17日~(安政6年2月5日) 嘉永四辛亥歳六月十七日 奉移勧請鎮護正一位稲荷大明神諸雑記帳 願主五島久右衛門源頼憲   1冊 A9-54
嘉永4年6月~(文久3年6月8日) 嘉永四辛亥歳六月吉祥日 五嶋守護善神勧請 正一位稲荷大明神建立入用帳 松圃亭 願主五嶋頼憲   1冊 A9-55
嘉永4年6月 不動尊御鬮占(元禄五壬申年二月吉祥日不動尊鬮書全 東久瀬川見取医師高木氏より授与 嘉永四辛亥年六月標紙あたら敷改、松圃亭五嶋久右衛門源頼憲え授与五十一歳)     1冊 A9-56
嘉永4年8月 (弘化二巳春筆、勅再住花還耕隠墨跡、嘉永三戌夏謚金剛正眼禅師、再住妙心教賜金剛正眼禅師大和尚、当国不破郡福田村大勝寺紫衣大和尚耕隠書也) 五嶋頼憲士則   1枚 A9-57
嘉永4年8月 嘉永四辛亥歳八月吉祥日 鎮護正一位稲荷大明神御宝石帳(鎮護正一位稲荷五社大明神聖廟御宝前玉垣之内に奉居御宝石由来を尋ね誌) 願主五島久右衛門頼憲   1冊 A9-58
嘉永5年4月16日 (正一位稲荷大明神御宝前奉納神鏡寸法図 此御神鏡ハ彦根藩中坪岡七郎平事八丈居間ニ奉懸七面大明神と祟メ信心いたされ候) 大垣竹嶋町 仏殿職伴利右衛門方   1枚 A9-59
嘉永6年3月26日 (嘉永六癸丑年三月廿六日朋友大京子ゑ差出ス一札 福源寺大成より差出書付、丑三月廿五日蓮師御?月敬ひ、住持大成発記ニて、朋友塩田右京子相招キ一酒相催し)【包紙として転用か】 福源寺大成   1枚 A9-60
(1)(嘉永7年)12月16日
(2)(嘉永7年)12月18日
覚((1)一色村名主久右衛門、全昌寺本堂再建ニ付、世話方格別骨折普請早行致出来候奇特之旨誉可被申渡候 (2)右之通被仰渡候)【A9-61~62は2枚の包紙で一括してあった】 (1)御城代(2)郡奉行 岩井次五大夫 1通 A9-61
(嘉永7年)12月19日 (添書 別紙之通申来候間、得其意請書差出可被申候) 御代官 一色村久右衛門方 1通 A9-62
安政2年3月 安政二年卯三月上写再三返答書外ニ一冊添(一色村名主久右衛門并外三人之者より治五右衛門家作一件ニ付故障申出、拙僧立入差障無之様、久右衛門え申談ニ付) 一色村福源寺 大成 寺社御吟味懸リ御役所 1冊 A9-63
辰.3月23日(安政3年) (覚 金弐両弐朱 極上細工春日形壱本、右之通受取申候)【A9-64~65は包紙で一括してあった】 尾州名古屋出張白木屋武右衛門 勢州屋喜左衛門 1通 A9-64
辰.3月24日(安政3年) 御送リ状之事(極上細工春日形灯籠壱本、但し石数六つ、右之通無事御積入止候)【二枚に剥離】 ナコヤ白木屋武右衛門 大垣宮町美濃屋又兵衛 1通 A9-65
辰.5月24日(安政3年) (御印書 御遠忌御書御請待志、金弐朱参銭弐百七拾銅、右奇特思召御印被成下候)【包紙あり】 横田主水外1人 一色村五嶋久右衛門外1人 1通 A9-66
安政3年11月25日 志(濃州一色村、廿二日講、米三升、平右衛門外、右令披露候所奇特思召、御印被成下候也) 下間民部卿外1人 濃州一色村廿二日講 1通 A9-67
文久4年3月 文久四甲子歳三月 京都六條本山東本願寺 御書美濃国廿八日講え御組込一色村御使僧請待諸事記帳 若森郷一色邑不動窟北窓翁五嶋良松   1冊 A9-68
文久2年.閏8 覚(一色村名主庄兵衛、笠縫村受円寺本堂再建ニ付世話方相頼度旨願出候)【包紙あり】     1通 A9-69
(元治2年)3月24日 覚(一色村五嶋庄兵衛、当地御坊所御普請始御門主御泊等ニ付、取扱候金銀締方申付候)【包紙あり】 郡奉行 松村芝右衛門 1通 A9-70
元治2年4月 元治二乙丑年四月 御門主様大垣御坊所御入ニ付諸入用之内人別割符帳 一色村(覚) 一色村   1冊 A9-71
(慶応3年)6月15日 (手紙 御鎮守様御勧招日ニ付、御神酒料弐百疋凱歌扇之額一面奉納仕候、御神前可燃御取計被成下候様奉願上候)(奥書あり)【A9-72~73は包紙で一括してあった】 吉田彦三郎 五嶋庄兵衛 1通 A9-72
(慶応3年6月15日) (包紙 御神酒料、金弐百匹、伍長)【熨斗・水引あり】     1通 A9-73
慶応3年9月29日 慶応三丁卯年九月廿九日 大神宮降臨歓帳 五島   1冊 A9-74
慶応4年4月1日 慶応四戊辰歳四月朔日 京都東本願寺新御門跡様御巡国之砌献金帳(世話方五嶋庄兵衛・一色村東宗同行)     1綴 A9-75
辰.4月1日(慶応4年) 覚(金弐百疋、右及披露候処奇特之事)【A9-75のこよりに結んであった】 御坊勘定所 一色村 同行中 1通 A9-76
辰.4月(慶応4年) 覚(金三両、御献米料)【A9-75のこよりに結んであった】 大垣御坊勘定所 一色村 同行中 1通 A9-77
慶応4年.閏4 口達覚(去秋富国之為生産局御取立之処、未間も無之ニ付、中々以其辺えは不至候得共、一同より追々運上冥加等上納相成候付、右を基ニいたし生殖増長富国之栄策施行ニ相成候様)【包紙あり】 生産局 赤坂筋 世話役 1通 A9-78
年未詳.2月16日 覚(御宮壱社、代金三両三歩、右之通ニて御請合申上、三月廿六日七日頃出来仕差上可申候)【包紙あり】 大垣本町(宮通)(日比)文三郎(平昌倍) 木戸一色村御庄屋久右衛門 1通 A9-79
巳.11月 口上之覚(当月十二日諸筋宗門請判御改御座候間辰之刻大垣伝馬町御坊所え御出勤可被下候)【二枚に剥離・包紙あり】 赤坂筋觸元一色村五嶋庄兵衛 平尾村願燈寺外2寺 1通 A9-80
戌.11月29日 志(濃州一色村、米壱升、又八外、右令披露候所奇特思召、御印被成下候也) 下間大蔵卿外1人 濃州一色村 1通 A9-81
亥.12月20日 御相続志(米壱斗九升三合、右令披露候所奇特思召御印被成下候也) 上田織部外1人 一色村同行 1通 A9-82
年未詳.6月24日 覚(麦三斗弐升五合、麦御初穂目出度致神納候) 尾崎河内太夫内赤坂与三兵衛 一色村五嶋久右衛門 1通 A9-83
年月日未詳 二巾幟氏神山王大権現幟(長壱丈九尺八寸・巾壱尺六寸七分、上ノち堅・ち横五勺)   氏子中 1枚 A9-84
年月日未詳 (愛宕山大権現御詫宣 衆生常に世界の火をけかし、己壱人のおもひをふくミ、天にさかい地にそむかむものハ)     1枚 A9-85
年月日未詳 南無阿弥陀仏(釈寂永敬写之)【包紙3枚あり】 親鸞聖人御手波釈寂永   1枚 A9-86
年月日未詳