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六里遺跡(ろくり)

所在地

揖斐郡大野町六里・小衣斐(いびぐんおおのちょうろくり・こえび)

地図(外部サイト)

 

時代

縄文時代から江戸時代

 

全景

発掘区全景(北東から撮影)

 

 

 

 

発掘状況

 六里遺跡は揖斐川と根尾川に挟まれた平地に立地し、遺跡に隣接して大野町史跡「条里(じょうり)跡」が所在します。発掘調査は平成26年度に実施し、縄文時代から近世にかけての遺構を検出しました。

 

土器埋設遺構(どきまいせついこう)

土器埋設遺構

土器埋設遺構(北から撮影)

 

土器集合写真
土器埋設遺構に使われていた土器


現在の地表の約1.5m下で、縄文時代晩期(ばんき)の土器埋設遺構を検出しました。2個体以上の土器を組み合わせて設置されており、このような遺構は当時の墓と考えられています。全部で11基あり、土砂に覆われていたため非常に良好な状態でみつかりました(深鉢1深鉢2)。

竪穴建物(たてあなたてもの)と掘立柱建物(ほったてばしらたてもの)

竪穴建物と掘立柱建物

竪穴建物と掘立柱建物(西から撮影)


縄文時代晩期の遺構が埋没し、古墳時代になると集落が営まれました。写真は発掘区の中央付近で確認した竪穴建物掘立柱建物です。竪穴建物は東側(写真奥)の壁にカマドが備え付けられており、そこから土師器(はじき)の甕(かめ)がまとまって出土しました。掘立柱建物は、柱穴9基がほぼ同じ間隔で配置された「総柱(そうばしら)」と呼ばれる建物で、2棟が重なってみつかりました。南(白)から北(緑)へ建て替えられたと考えられます。

かまど

カマドから出土した土師器の甕

 

里境溝(りざかいみぞ)と坪境溝(つぼざかいみぞ)

里境溝
里境溝(北から撮影)

 

坪境溝

坪境溝(北から撮影)

 

大野町は古代の土地区画である条里(じょうり)地割が残ることで知られています。調査では、南北方向の大区画「里」の境に当たる溝と、そこから東へ約109m離れた位置で「坪」の境と考えられる溝を確認しました。六里遺跡では古代以降広い範囲が水田として利用されており、その取水溝として設置されたと考えられます。

 

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