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荏野文庫附書函[えなぶんこつけたりしょかん]

分類 重要文化財
指定別
所在地 高山市上一之町高山市郷土館
所有者 高山市
指定年月日 昭和57年5月14日
写真 荏野文庫附書函

 荏野文庫はもと高山の国学者田中大秀(1777〜1847)の蔵書で、現在高山市郷土館に保管されている。
弘化2年(1845)、荏名神社境内に落成した文庫蔵の中に収蔵されていたのが、大秀没後嘉永2年(1849)、文台継承者山崎弘泰の花里文庫に移された。その後、大正元年(1912)に当時の高山町教育会が、吉島休兵衛・日下部九兵衛・土川宗左衛門・平瀬市兵衛の4氏の援助により一括購入した。
荏野文庫の蔵書数は、本来のもの435部1388冊、大秀没後に付加されたもの84部128冊、総数519部1516冊である。付加されたものは、大秀の高弟山崎弘泰と足立稲直の稿本や蔵書が主体をなしており、花里文庫時代に合体したものと思われる。
蔵書印で圧倒的に多いのは「香木園印」である。庭に桂の木があり、桂は香木で『古事記』に「湯津香木[ゆつかつら]」とあるところから、大秀は一之町の生家を香木園[かつらぞの]と称した。荏野(現江名子町)に隠退してからは「荏名神社」の印を多く使用し、まれに「荏野文庫」を認めた肉筆の蔵書記がみられるが、「荏野文庫」という蔵書印はついにつくられなかったようである。
当時の書函は現在7函残されている。大秀自身の設計によるもので、蓋に薄目の軽い桐板を用い、函側手掛けの桟の位置を函ごとにずらすなど、周到な工夫が凝らされている。