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白紙墨書大般若経[はくしぼくしょだいはんにゃきょう]

分類 重要文化財
指定別
所在地 高山市丹生川町下保
所有者 千光寺
指定年月日 昭和45年4月7日

白紙墨書大般若経

(この画像を使用される場合は、所有者の許可が必要になります。)

 この大般若経は96冊のうち10冊に奥書がある。これらの奥書によって、この大般若経は、郡上郡九頭(竜)大明神の御宝前において、左衛門(少)尉橘頼綱を願主として、文永8年(1271)正月晦日から建治元年(1275)7月まで4年半あまりを費やして書写されたことが分かる。これが千光寺に伝来されたことについて、「飛州志」には、郡上郡和良村九頭竜社(現在の白山神社)にあった大般若経を三木自綱が同地へ出兵したとき持ち帰り、これを天正元年(1573)8月、千光寺へ寄進したと述べられている。
元来飛騨国守三木氏は、真言宗千光寺を厚く保護していた。千光寺に対してすでに三木直頼(自綱の祖父)は天文13年(1544)梵鐘を寄進している。永禄7年(1564)甲斐武田軍の兵火により千光寺は焼失し、いったん廃寺になったという。この大般若経寄進も、千光寺再興に関係あると思われる。