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愚堂東寔筆蹟[ぐどうとうしょくひっせき]

分類 重要文化財
指定別
所在地 揖斐郡揖斐川町小島瑞岩寺
所有者 瑞巌寺
指定年月日 昭和42年11月13日

愚堂東寔筆蹟

 瑞巌寺は揖斐郡揖斐川町瑞岩寺区にあり、臨済宗妙心寺派に属する。延元元年(1336)6月、伊豫守であった土岐頼清[よりきよ]が上洛の途中、摂津国芥川で病死したので、その子頼庚[よりやす]がその菩提寺として大林善育を開山として創建した寺院である。
瑞巌寺に伝わる愚堂の筆跡は、白紙に「初祖菩提達磨大師」の8字を1行に大きく筆太にしたため、左側に「末葉比丘東寔」の落款があり、その下に「愚堂」の2字の朱字角印が一つ押されている。この1行は禅宗の始祖達磨大師の名号である。この名号は達磨忌(達磨が示寂した10月5日)やその他の折、項相[ちんそう](禅僧の肖像画)の代わりにかけたものである。
愚堂の書風は、当時の御家流などの流儀にこだわっていない禅僧の面目のあらわれた枯淡なものである。その遺墨はかなり伝わっている。細字墨跡は、別に目立った特色のない質撲なものであるが、大字墨跡はこの一幅に見られるように、稚拙さと野気に富んだ見事なもので、我が国の茶人などに喜ばれる中国宋時代の無準禅師や我が国の愚堂とほぼ同時代の江月などの墨跡と相通ずるものがある。この一幅は愚堂の代表作といっても過言ではない。