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白隠慧鶴書跡[はくいんえかくしょせき]

分類 重要文化財
指定別
所在地 安八郡神戸町
所有者 瑠璃光寺
指定年月日 昭和49年6月18日

 瑠璃光寺は山号を明月山といい、臨済宗妙心寺派の寺院である。弘仁8年(817)天台宗寺院として創建されたが、江戸時代初期、愚堂国師の弟子禅達が荒廃していたこの寺を再興して臨済宗に改め、愚堂を勧請開山とした。
宝暦8年(1758)この寺において開山愚堂の百回忌法要を営んだ時、住職定水の招きに応じ、法要に列し、碧厳録を講じた。瑠璃光寺での滞在は長期間に及び、この時に白隠がしたためたのがこの墨跡である。
内容ははじめに「明月山瑠璃光聚裡、碧厳録開筵拙語」と題し、この寺に来て碧巌録を講じた事情を述べ、愚堂の法語を記している。白紙に、濃墨をもって謹直に書かれている。文字は極めて力強く個性的である。57行にわたる本文に次いで、
宝歴第八戌寅歳夏朔旦沙羅樹下白隠
老衲(火へんに「主」の字)香九拝書
と記されており、印章はない。白隠の横物としては極めて大幅である。紙面に汚損はなく、白隠の代表的な書跡と思われる。