本文
高山陣屋跡[たかやまじんやあと]
高山陣屋跡[たかやまじんやあと]
分類 | 史跡 |
---|---|
指定別 | 国 |
所在地 | 高山市八軒町 |
所有者 | 岐阜県、高山市 |
指定年月日 |
昭和4年12月17日 昭和54年10月2日 昭和55年3月24日 平成元年1月9日 |
高山陣屋跡は徳川幕府の代官所および郡代役所の遺構である。高山盆地の東端に位置し、宮川を挟んで城山(高山城跡)と対峙している。御門(1832年建築)、御役所(1816年改築)、御蔵(1600年頃建造)など、陣屋の主要部は現存しており、陣屋跡としては全国唯一の存在である。
幕府は元禄5年(1692)、領主金森氏を出羽国上山へ転封して飛騨国を天領とし、宮川西岸にあった金森氏の旧向屋敷に代官陣屋を開設した。これが高山陣屋の始まりである。以後25代の代官(初代から11代)および郡代(12代から25代)が明治維新まで飛騨を支配してきた。
陣屋は、明治維新後も地方官庁としてそのまま使用されてきたが、昭和44年12月、飛騨県事務所の移転により官庁としての役目を終えた。これを機に岐阜県が3次にわたり、次のように復元と整備に取り組み、江戸時代の陣屋の姿をほぼ再現した。
第1次復旧整備事業[昭和45年(1970)10月から昭和49年(1974)3月]:御役所、御蔵、御門などを修復した。
第2次復元整備事業[昭和54年(1979)3月から昭和58年(1983)11月]:御役所北側、書物蔵などを復元した。
第3次復元整備事業[平成元年3月から平成7年3月]:郡代役宅、蔵番長屋などを復元した。
