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観音寺経塚[かんのんじきょうつか]

■分類 史跡
■指定別
■所在地 大垣市上石津町三ツ里
■所有者 観音寺
■指定年月日 昭和51年9月3日
観音寺経塚
 観音寺西方に位置するこの経塚は、養老山地から東方に伸びた海抜約170mほどの丘陵の頂きにある。かってこの山麓に観音寺があったが、昭和45年(1970)に焼失し、現在寺跡一帯は開墾され茶畑が造成されて往時の姿はないが、塚は大切に保存されている。
塚の盛土の中央には、高さ約80cm、幅約36cmほどの自然石が建っている。この石面には、以下の如く刻名されている。

願主慶覚
如法経文治五季己酉
十月十四日庚子
同心多良郷
緇素貴賤

この経塚は、観音寺住僧慶覚というものが戦死者の耳を埋め、供養のために法華経の一部を書写してこれを納め、経塚を築いたとの伝承がある。