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6憲法発布号外

岐阜県歴史資料館授業にも使える当館所蔵史料

No.6 憲法発布号外 明治22年2月

憲法発布号外 明治22年2月
大日本帝国憲法の内容は?

憲法発布号外
<憲法発布号外 [その他のファイル/7.14MB]>

解説

明治7年(1874)、板垣退助らが「民撰議員設立建白書」を提出した。それをきっかけとして、議会開設を求める自由民権運動が全国に広がり、この勢いを無視できなくなった政府は、憲法制定と10年後の国会開設を約束した。
国会開設を翌年に控えた明治22年(1889)2月11日、「大日本帝国憲法」が公布され、翌23年11月29日に施行された。国民の権利が著しく制限された憲法ではあったが、当時の世論や政党の反応は概ね好意的であったという。
この史料は、憲法公布日に出された「岐阜日日新聞号外」である。これには、勅語や、大赦令、大典執行が滞りなく済んだこと、新聞紙条例、出版条例等が記されている。また、岐阜県からも7名の集(衆)議院議員が選出されたことを紹介している。
しかし、この号外には憲法の内容について具体的に何も述べられていない。つまり、多くの岐阜県民は憲法の内容を知らないまま公布を喜んでいたのではないだろうか。
憲法発布式の準備を目にしたドイツ人の医師ベルツ(東大医学部教授)が、次のような日記を書いている。「いたるところ、奉祝門、照明、行列の計画。だが、滑稽なことに、誰も憲法の内容を知らないのだ。」
このように岐阜県民だけではなく、国民のほとんどが憲法の内容を知らないまま公布日を迎えたのであろうか。

史料の授業等への利用について

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