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一切経並春日版大般若[いっさいきょうならびにかすがはんだいはんにゃ]

■分類 重要文化財
■指定別
■所在地 高山市国府町西門前
■所有者 安国寺
■指定年月日 昭和31年2月24日
一切経並春日版大般若
 安国寺経蔵の一切経は塔頭南陽軒主超一が明国に渡って大蔵経5千余巻を将来し、その担越同国益田郡の豪族奥田氏夫妻が経蔵を建立したという。
大蔵経は応永7年(1400)11月以前に超一都寺が将来したことは確かであるが、その確かな年代は分からない。また、上葺勧化文に蔵経の将来と時を同じくして経蔵が建立されたとあるが、輪蔵請木に「時応永十五年(戌)子六月十八日」と墨書のあることから、経蔵は大蔵経が将来され、これによって経文の校合などの利用管理保存の面から十数年を経て建造されたと考えられる。
室町初期、当時は足利将軍の外護によって諸山の位、十刹の内に列したが、幕府の威信失墜によって、寺勢も衰えた。永禄六年(1563)兵火にかかって仏宇僧房が焼失したが、経蔵はまぬがれ蔵経もことなきを得た。その後明治の廃仏毀釈それに経蔵の破損とによって蔵経の損壊散失するものが多かった。昭和30年(1955)堀鉄翁師が今津洪嶽師の助縁によって現存目録四巻を完成させた。
春日版大般若経36巻は、折帖装で黄褐色の楮紙で墨色もよい。