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戸田家廟所[とだけびょうしょ]

■分類 史跡
■指定別
■所在地 大垣市西外側町
■所有者 円通寺
■指定年月日 昭和39年12月8日
戸田家廟所
 寛永12年(1635)7月、戸田氏鉄は摂州尼崎から大垣へ移封され、大垣城に入城した。その際、尼崎円通寺の三世専誉上人も氏鉄に従った。氏鉄は現在の寺地に諸堂を造営し、菩提所として寺領百石を与えた。天和2年(1682)には戸田家3代氏西が50石を加増し、更に4代氏定が50石を加増、寺領は200石となり戸田家菩提所として栄えた。江戸時代から大垣藩主戸田家の廟所として、城下町の人々の尊崇を集めていたが、昭和20年(1945)7月の空襲により、初代氏鉄・2代氏信・7代氏教の墓石の他は破損した。
その後、大垣市政45周年を期して復旧がはかられ、東京駒込蓮光寺にあった9代氏正、11代氏共の墓も円通寺に分骨され歴代藩主の墓がすべて集められた。参道には石門、石燈篭を新設して昭和39年(1964)4月に完成した。