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おくのほそ道の風景地大垣船町川湊[おくのほそみちのふうけいちおおがきふなまちかわみなと]

■分類 名勝
■指定別
■所在地

大垣市船町1丁目、2丁目、4丁目

■管理団体 大垣市
■指定年月日 平成26年3月18日

 

 

okunohosomitiNo.1

 

 

 

okunohosomitiNo.2

 

 名勝おくのほそ道の風景地は、「俳聖」と称された日本の代表的な俳諧師である松尾芭蕉が紀行文『おくのほそ道』に著した風景観をテーマとして、それに直接関係する複数の場所をひと繋がりの風致景観として評価され指定された。「大垣船町川湊」は、初回指定の平成26年3月18日に指定され、現時点ではこの地を含む計24箇所が指定されている(平成26年3月18日に13箇所初回指定、平成26年10月6日に5箇所を追加指定、平成27年3月10日に6箇所を追加指定)。本指定地には、岐阜県史跡「住吉燈台」、大垣市史跡「船町港跡」などが含まれ、以前より「奥の細道むすびの地(昭和30年代に大垣市史跡に指定)」として親しまれており、文化財のみならず中心市街地に位置する観光地の一つでもある。水門川右岸には、指定地に隣接して「奥の細道むすびの地記念館」が平成24年に開館した。

(芭蕉の『おくのほそ道』の旅における「大垣船町川湊」について)

 元禄2年(1689)2月、芭蕉は隅田川のほとりにあった芭蕉庵を引き払い、3月末に『おくのほそ道』の旅に出た。その後、5ヶ月余に及んだ旅は、大垣城下の船町の水門川に臨む川湊にて結びを迎えた。船町の川湊は、桑名と結ぶことにより人の往来及び物資の運搬の拠点になっていた。現在の船町沿いの水門川の川縁は静かな水面にソメイヨシノの並木が映える桜の名所となっており、その東岸には天保11年(1840)の高橙籠であるとされる住吉燈台(岐阜県史跡)が建つ。旅の門出と同様に再び船町の川湊から船に乗って出発した芭蕉は、親しい人々と別れ伊勢の二見へと向かう名残惜しさを軽やかに込めて「蛤のふたみにわかれ行秋ぞ」と詠み、『おくのほそ道』の結びとした。