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木造阿弥陀如来立像(西方寺)[もくぞうあみだにょらいりゅうぞう]

分類 重要文化財
指定別
所在地 羽島市足近町直道
所有者 西方寺
指定年月日 昭和48年3月16日

 阿弥陀如来の通容の作である。上品下生印[じょうぼんげしょういん]を結び、蓮台の上に直立した古色の像である。また、眼は彫眼、首に三道があり、類型的衣文[えもん]で、円満相をした優雅な木造である。
西方寺は、元天台宗の古刹で、古文書、仏具仏画等、遺品も多い。現在は浄土真宗に変わっている。この阿弥陀如来は秘仏となっているもので、平常は厨子に安置され。開扉を固く禁じられている。
天正年間(1573〜1592)、石山の戦いに際し、織田信長は本願寺を攻めるために、本寺9代の住職祐慶に対して、再三に渡り降状の勧告を行ったが、聞き入れられなかった。そのため、加賀の野井弥八に堂宇を焼かせ、領地を没収したという。その上、槍をもって本尊の咽喉をさしたところ、血がほとばしり出たと伝えられているが、その伝説の傷あとは補修してみられない。
この阿弥陀如来は、元は金色であったに違いないが、現在はすべて消失している。香のため黒ずんで古色となっているが、欠失はなく、保存状態は良好である

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