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稲荷遺跡(いなり)

所在地

揖斐郡大野町六里(いびぐんおおのちょうろくり)

地図(外部サイト)

 

時代

古墳時代から中世

 

発掘区全景

発掘区全景(南西から撮影)

 

発掘状況

 稲荷遺跡は揖斐川と根尾川に挟まれた平地に立地し、遺跡の東側に三水川が流れています。発掘調査は平成26年度に実施し、古代を中心とした集落跡がみつかりました。

 

竪穴建物(たてあなたてもの)

竪穴建物

竪穴建物(南から撮影)

 

カマド
竪穴建物のカマド(南東から撮影)


稲荷遺跡では、奈良時代から平安時代にかけての竪穴建物が17軒みつかりました。写真の竪穴建物は平安時代前期の遺構で、北側の壁にカマドが備え付けられていました。この建物のカマドには、竪穴の外へ煙を出す溝が残っていました。

 

須恵器(すえき)の大甕(かめ)

須恵器大甕

須恵器大甕出土状況(北西から撮影)


竪穴建物の1つから、須恵器の大甕が潰れた状態でみつかりました。この甕を組み立てると、底以外はほとんど完全な状態で復元できました。平安時代に愛知県の猿投窯で製作されたもので、何らかの理由で竪穴建物の中に廃棄されたと考えられます。

 

稲荷遺跡の集落と条里(じょうり)地割

東部全景

発掘区東部全景(西から撮影)

 

大野町は、古代の土地区画である条里(じょうり)地割が残ることで知られています。稲荷遺跡で検出した古代の竪穴建物や溝は、いずれも南東から北西に傾いており、条里地割の特徴である南北方向と一致していません。このことから、稲荷遺跡の集落が営まれなくなる10世紀前半頃には、まだ条里地割による土地区画が行われていなかったと考えられます。

 

 

 

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