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新着情報

史料目録及び資料検索に追加更新した史料(資料)は次の通りです。<なお、丸数字(○の中に数字)は、県ホームページ作成規程(機種依存文字は不可)により表記できなくなりましたので、*1、*2と表記しています>

 

▲「岐阜県行政文書目録昭和61年度」新着の黄色目印

▲「岐阜県行政文書目録昭和6~60年度(追加整理分)」

 平成27年度末までに追加受入した行政文書のうち、分類・整理が終了しました昭和6〜60年度分を目録に掲載しました。併せて「資料検索」用データとしても追加しましたのでご利用ください。

▲<山川洋家文書>を「諸家文書(4)」に追加

 不破郡新井村(現垂井町新井)の山川家に伝わった近世・近代文書。史料の半数近くが年貢勘定関係であるが、その内確認できるほとんどが隣村の大滝村(現垂井町大滝)に係わるものである。この他にも新井村の村政や家業経営に関する史料が多い。

▲「岐阜県行政文書目録昭和60年度」 

▲<岩村・沼田家文書>を「諸家文書(4)」に追加

 沼田家は、かつては、源頼朝から遠山荘の地頭に任命された加藤景廉を祀る八幡神社や、その子景朝を祀る武並神社の別当職を申し付けられていた家柄である。昭和20年まで神職にあったことから、史料の半数以上に当たる276点が祝詞である。殊に、昭和初期から20年の間のものが多く、出征兵士の武運長久を祈ったものが多い。その数の多さや文面等から、当時の世相や人々の考え方を知ることができる。

▲第8集林周教氏蒐集文書目録

 本目録は、大垣市万石の郷土史家林周教氏が蒐集された古文書を整理したものである。氏は、本県郷土史学界で一時代を形成した郷土史家の一人だが、昭和46年に永眠され、長年蒐集された古文書や郷土史の草稿がそのままになっていた。そこで当館が、ご遺族と協議の上、寄託されたものを保存し整理したのが本目録である。

▲「岐阜県行政文書目録昭和59年度」

▲第44集棚橋健二家文書目録(6)(近代史料の部*4)

 棚橋家の目録も6冊目、近世史料の部としては4冊目となる。本目録は村方帳簿類を中心に収録。これらの史料からは、私領渡しの風聞に苦しむ様子、輪中土手築立に努力する様子など村人たちの様々な社会生活模様が見て取れます。

▲第43集棚橋健二家文書目録(5)(近代史料の部*3)

 『棚橋健二家文書目録(4)』の続編目録である。目録化された史料は、寛永期から明治初年までの私文書を中心にしたもので、特記すべき資料は諸芸関係の史料である。棚橋家第12代当主吉重(碌翁)は美濃派第17世道統を継承した経歴をもつが、その碌翁の俳諧関係の史料が目録に収録されるのは今回が初めてである。

▲<鏡島・上松家文書>を「諸家文書(4)」に追加

 鏡島村すべての字限(あざきり)土地丈量(字限図を含む)が収納されている。明治政府が当面する最初の課題は財政基盤の確立だった。廃藩置県を断行すると続いて地租改正に取り組むが、本文書の中心をなすのはその最初の作業である丈量関係資料であり、大変貴重な史料群である。その他家業の質屋関係資料(質札群)や他家へ嫁いだ娘たちによる実家への手紙類も当時の実家と婚家の関係を知る珍しい史料群である。

▲「岐阜県行政文書目録昭和58年度」

▲第41集棚橋健二家文書目録(4)(近代史料の部*2)

 『棚橋健二家文書目録(3)』の続編目録である。明治初年から大正年間にわたるもので12代当主吉重、13代吉亨、14代馨也の3代に関わるものである。今回は主に重吉の神職活動、学校開設、彼を取り巻く家族の肖像を中心とした史料の収集となる。

▲第27集棚橋健二家文書目録(3)(近代史料の部*1) 

 『棚橋健二家文書目録』(1)・(2)に続く目録である。同家は地主経営発展の為、掟米の絶対量増加をはかり農談会を設立したり、農業技術向上から博覧会等への出品なども行っている。また、耕地を売却して新たに県外に土地を求める経営がなされ、明治40年以降は地所経営により土地投資に力を入れたことが分かる。

▲第23集棚橋健二家文書目録(2)(近世史料の部*2)

 『棚橋健二家文書目録(1)』に続く目録である。同家の土地集積は宝暦中期にピークを迎えている。地主経営が安定化したことをうかがえる地主経営基本帳簿である『掟御年貢帳』や、資金調達の方法についての解明につながる『金銀出入帳』などの史料が含まれている。

▲<大澤喜久家文書>(「諸家文書(4)」)に「本願寺門跡宛戸田氏信書状」を追加

 大垣二代藩主戸田采女上氏信が、本願寺門跡に贈り物に対するお礼と近況を知らせた書状である。

▲<戸崎博三家文書>を「諸家文書(4)」に追加

<戸崎博三家文書>羽島郡徳田村の宗門改帳・宗門改人数増減帳・免定・築堤論争・田畑の売買等の文書があり、徳田村の家数・石高・年貢高・築堤論争の状況・田畑売買の状況等を知ることができる史料である。

▲「岐阜県行政文書目録昭和57年度」

▲「第59集青木久太郎家文書目録(2)」

 「第10集青木久太郎家文書目録」に引き続き、厚見郡下佐波村(現岐阜市柳津町下佐波)の庄屋であった青木久太郎家に残されていた史料である。本目録には、「物成割付」、「物成勘定帳」、「田畑高揃帳」や「宗門改人別帳・総人数目録」などがあり、下佐波村の石高や年貢、人口、村政の様子などを知ることができる。また、「宗門送り手形」など享保19年(1734)年2月以降307通も残っており、婚姻を中心とした下佐波村の人の動きを知ることができまる。また、領主であった加納藩主の領内巡回時の様子が分かる史料などもある。

▲「第17集棚橋健二家文書目録(1)(近世史料の部*1)」

 棚橋健二家文書は、長良川下流右岸の福束輪中北東に位置する現安八郡輪之内町楡俣(旧楡俣村)の旧庄屋家に保存されてきたものである。棚橋家は楡俣村の草分けの一軒であり、近世初頭からの文書を伝えている。本目録は、そのうちの村方文書と地主経営文書が中心となっているが、慶長5年9月の徳川家康禁制朱印状や寛永期の五人組之覚や宗門改帳等大変貴重な史料が含まれている。 

▲「富田家文書(2)」

 揖斐郡揖斐川町に伝わった富田家の近代文書である。内容は、富田治郎兵衛、富田健治郎、富田賢輔、富田要之助の人物毎に分けているが、富田要之助の資料が一番多く残っている。これらは、教育史を研究する上で大きな意味をもつものである。

▲<大野玲二家文書>及び、<高橋武揚文書>を「諸家文書(4)」に追加

<大野玲二家文書>筵田郡三橋村・仏生寺村、本巣郡北方村・見延村・早野村等野論裁許絵図をはじめ、糸貫川通絵図・長良川堤絵図等北方村周辺の絵図が多数ある。また、正徳2年の北方村辻帳、嘉永7年の宗門改寺増減帳、明治3年の北方地下村戸籍等がある。<高橋武揚文書>昭和28年10月交付施行された町村合併促進法に基づいて県内でも町村合併が進んだが、本文書は本巣郡内の町村合併申請書原本を中心とした史料で、当時の同郡の町村合併の実情を知ることができる大変貴重な史料である。

▲<笠原正義家文書>を「諸家文書(4)」に追加

 慶長14年(1609)の雄総村御縄打水帳や宝永元年(1704)の御年貢勘定帳等古い史料とともに、天保4年(1833)の村絵図、明治の村絵図等貴重な史料がある。 

▲「諸家文書目録第24集のI」<渡辺久家文書>

 渡辺久家文書は、加茂郡水戸野村(現在加茂郡白川町)に伝存してきた地方文書である。水戸野村の領主は、西尾吉次・忠永父子、稲葉正次・正吉・正休3代と続き、以後幕府領となる。貞享元年(1864)〜慶応4年(1868)の184年間に、実に27人の幕府の代官・郡代の交代があった。これは、一人平均7年の在任期間であったことを示す。従って、代官・郡代は、その在任中に水戸野村に影響を与えることは難しかったといえよう。この文書群を克明に読んでいくことにより、近世村落における農民生活を窺うことができる。

▲<金澤正徳家文書>を「諸家文書(4)」に追加

 故金澤正雄氏が岐阜県内務部長の任にあった大正11〜13年及び岐阜県知事を務めた昭和2〜4年の間の行政文書と手紙を中心とした私文書等総数772点からなる。戦前の官選知事時代の地方と中央政府との関係を知る上で重要な史料である。また昭和3年11月に行われた昭和天皇の大礼式典関係の詳細な史料が含まれる。さらには、吉田茂・鳩山一郎等からの手紙など多数の手紙類から金澤知事の公私にわたっての幅広い人脈が読み取れ、大変興味深い史料となっている。 

▲「第40集堀一郎家文書目録(下)」

 「第38集」「第39集」に続く堀家目録3分冊の下巻です。この巻は大正から昭和にかけての領収書約5,000点からなります。明治期には、大部分が筆書きで記されていた領収書も、大正・昭和初期になるとほとんどが印刷されたものに移行していて、商品流通経済の具体的な浸透状況が分かります。また、戦時色を示す領収書がみられるなど、購入品目から時代性を窺い知ることもできます。 

▲「岐阜県行政文書目録昭和56年度」

▲「第39集堀一郎家文書目録(中)」

 「第38集」に続く堀家目録3分冊の第2弾です。堀家の土地・家業経営文書(主に領収書類)は、約1万点にのぼり、他に類をみない貴重な史料群ですが、本目録は明治4年(1871)を始めとする約4,540点から成っています。これらの史料から当時の生活状態を読み取ることができます。

▲「第38集堀一郎家文書目録(上)」

 堀家は次木村(現、岐阜市次木)の庄屋を務めた大地主でした。本目録は同家の生活や地域との関わりを示す近世から近代の史料です。特に、地券・租税書類や教科書・参考書等の教育関係の史料、さらに新聞、手紙、絵葉書など幅広く収録されていて、近世から近代の調査研究に幅広く利用できる史料です。

▲「諸家文書目録(4)」

<西川正美家文書> 西川家は代々にわたって尾張藩長良川役所改役(付問屋)を務めた家です。長良川を上下する舟から役銀を取り立てることを任務としており、長良川灰舟御役銀御請合帳や長良川本舟御役銀御請合帳などの資料とともに、西川家の免定や日記(年々録)などが残っています。

<青木丈太郎家文書>  岐阜県下における昭和5年から12年にかけての青年団関係の資料です。

<本巣土地改良区文書>
 本巣土地改良区が所蔵していた井水資料、村方資料、川通絵図などです。

<高橋善昭文書>
 近世期の和書の希少本資料です。具体的には本居宣長に学んだ高山の国学者田中大秀が著した「竹取翁物語解」と「養老美泉辨」、中世及び近世期を記録した「美濃国記」と「後編美濃国記」から成っています。

<加納広家文書>
 揖斐郡内の尋常高等小学校訓導及び校長などを務めた加納助三郎氏に関わる辞令等の資料が中心ですが、近代の教育史研究に役立つ資料です。

<山本喜幾文書>
 旧宮村史の古代・中世を執筆された故山本喜男氏が所蔵していた松平定信の編集による「集古十種」全85冊の完本です。同書は寛政12年に発行されたが、本資料は明治期の再版本と思われます。

<犬塚行蔵文書>
 飛騨考古学会員であった犬塚行蔵氏が所蔵していた明治・大正・昭和初期の考古学及び歴史関係の書籍資料です。特に、明治期に飛騨市古川町大野の佐藤泰郷が著した「菫菜園集」(一〜四)等の書籍は当時の飛騨地方の考古学の状況を知ることができます。

<若原惣一家文書>  
若原惣一氏の実父が師範学校で使用していた教科書など明治から昭和20年頃迄の教育関係書籍資料であり、明治から大正、昭和へと激動の時代を教育の視点からみてとることができる資料です。

 

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